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背中に鈍く熱っぽい痛みを感じ、目覚めるともう23時だった。
ベッドに潜り込んだのが、確か14時前だった記憶がある。ということは、俺は9時間も寝ていたことになるのか。
ベッドに潜り込んだと思ったが、よく見るとここはカーペットの上だった。こんなところで9時間も寝ていれば、そりゃ背中も痛くなるってもんだ。
くそ。電気もつけっぱなしだ。そういえば帰ってきた時は昼間だったから電気をつけたりしてないはずだ。ってことは、昨夜からずっとつけたままだったってことか。

乾燥したゴムみたいに縮んでいた体を起こして背伸びすると、眠気もなにもかもが一斉に飛んでしまった。
俺は夜型の人間というわけでもないが、さすがに今から歯を磨いて風呂にはいって、また朝までぐっすり眠る気はしない。
倦怠感をひきづりながら洗面所まで移動し、顔を洗い冷蔵庫の中にあったパンを食べて外へ出た。
心許ない街灯の明かりをたよりに歩いているうちに、また小腹が減ってきた。俺はいたって健康なんだ。

いきつけのバーの扉を開け、のそのそとした足取りで店内に入る。
薄暗い店内には、客の姿がない。今日は定休日でもないのに。これも不況の影響か。
初夏だというのにエアコンも利かせていないエコロジーな店内は、少し蒸し暑い。
俺がカウンターにつき、薄汚れた中折れ帽をぬぐと、バーテンがすかさずグラスに水を注いで俺の前に置いた。
俺はこの店に来て、今まで一度も酒を頼んだことがない。バーテンもそれが分かっていて無理に注文を勧めたりはしない。他の店だとこうはいかない。夏は暑くて冬は寒いこの店だが、このストイックなところが気にいっている。
なぜ俺がここでアルコールの類を注文しないのか。決まっている。酒ならコンビニで買って家で飲んだ方が安いからだ。
ではなぜ俺が足繁くバーになど通うのか。決まっている。仕事だからだ。


「頼んでいた仕事は、片をつけてくれたのですね。さすが谷口さん」
よせやい。照れるじゃないか。
これが今回の報酬です。そう言って、バーテンは厚みのある茶封筒を差し出した。俺はそれを受け取り、中を確認することなく懐へしまった。こことは長いつきあいだ。中身なんて確認する必要はない。
「しかしまさか、犬猿の仲と思われていた鶴屋組と機関の間で秘密裏の同盟があったとは。思ってもみませんでした。今回のことは我々の不手際です。そのせいであなたを危険な目に遭わせてしまった」
それも給料のうちさ。
「あなたでなければ、今回の件は解決できなかったでしょう」
褒めたって何も出ないぜ?

俺がグラスの水を飲み終えた時、店の扉が開いた。それを横目で一瞥する。珍しい。女性客だ。
おっと、あまりジロジロ見るのも失礼だな。セクハラはしない主義なんだ。俺はそのへん、わきまえているのさ。紳士だからな。
女性はゆっくりとした足取りでカウンター席に歩み寄り、注文をして椅子に腰をかけた。
こんなにガラガラの店内なのに、ピッタリ俺の真横に座ったんだぜ? きっと今日はラッキーデーに違いない。まあ、あと30分で明日になるわけだが。
「あなたが、このへんで有名な探偵の谷口さん?」
そうさ。光栄だな。キミみたいな美人に知っていてもらえるなんて。俺的美的ランキングでいうと、AAランク+ってところかな?
「あら。それって、セクハラよ?」
なんてこった。
「実はその女性が、新しい依頼主です」 と、グラスを磨きながらバーテンが言った。
仕事が一段落して、オフにどうしようかと思ってた矢先にこれだ。景気が良くて助かるよ。

俺的美的ランキング上位の女性、朝倉涼子の依頼内容は人探しだった。なんでも、3年前両親が離婚した時に離ればなれになってしまった姉ともう一度会いたいが、どこにいるのか分からないから探し出して会わせてもらいたいらしい。
彼女の姉の名は、喜緑江美里。両親が離婚した時に母方の旧姓にしたがったから、依頼主の朝倉姓とは別姓のようだ。
離ればなれになった肉親に会うため、遠路はるばる見知らぬ地までやってくる。美人にはドラマチックなストーリーがよく似合う。
おっと、これは口には出さないぜ。またセクハラだなんて思われたくないからな。これはセクハラじゃない。男のロマンってやつさ。


次の日から俺の人探しが始まった。
昨日までヤクザ相手のハードな仕事をこなしていたから、今日から始まる平穏で探偵然とした仕事には、心穏やかに臨むことができる。
それに、2,3日に一度は依頼人に進捗状況を口頭で報告することになっている。今度は目の前に顔見知りのバーテンがいる深夜のバーなんて無粋な場所じゃなくて、街角の喫茶店で会うんだ。男女が待ち合わせをする場所としては、実に健全なイメージで良いじゃないか。
こういうと不謹慎かもしれないが、楽しみだね。是非プライベートでお会いしたいもんだ。
俺は、仕事とプライベートはちゃんと分けてるんだ。依頼人にちょっかい出すのは主義に反するんでね。


そんなこんなで1週間が過ぎた。今だに朝倉涼子とは探偵と依頼人以上の関係にはなってないぜ。残念ながら。
自慢じゃないが、俺はこの界隈でちょっとした顔なんだ。この街のことで手に入らない情報はないと言っても過言じゃない。と言うわけで、1週間もあれば依頼主の姉に関する情報はすっかりそろえることができた。
結果から言うと、喜緑さんは現在この街の外れにある菜種油の工場で働いているようだ。菜種油を精製してボトルに詰め、商品ラベルを貼り、出荷する。それが喜緑江美里の職場らしい。
生産的だね。どうも。

朝倉涼子の両親は離婚した後、父が朝倉涼子を引き取り、母が喜緑江美里を引き取った。母はその後実家に帰ったが、不幸なことに震災でその実家は倒壊。避難所に入っての生活となったらしい。
朝倉涼子が知っているのはそこまでで、その後の消息に関しては父親が許さず追求できなかったという。

明日工場へ、俺と朝倉涼子の2人で出向く段取りになっている。
喜緑江美里に朝倉涼子のことを伝えると、とても嬉しがっていたが、仕事の関係でどうしても時間を空けることができないらしい。仕方ないから、彼女の昼休みの時間に俺と朝倉涼子が会いに行くことになった、という訳だ。
朝倉涼子と喜緑江美里が感動の再会をはたして感涙するシーンを確認して、俺の1週間にわたる仕事がめでたく完了する。
朝倉涼子と会う口実がなくなるのはちと残念だな。うちはアフターサービスは承っていないんだ。



日本には古来より八百万の神という、ありとあらゆる事象に神が宿っているというアニミズムの真骨頂的格言があるのだが。もしトラブルの神様というものがいるんだとしたら、それは女神に違いないね。
男はふらふらしててもやる時はやるというキッチリした性格をしてるが、女ってのは概ね気まぐれだ。愛の告白をOKした5分後にハイ別れましょう、なんていうこともある。油断してると後ろからバッサリだい。
そしてどうやら困ったことに、そのトラブルの女神様は、つくづく俺のことを愛しているらしい。やれやれ。

俺と依頼人が郊外の工場へむかっていると、周囲がなにやら騒がしい。
「何かあったのかしら。嫌な予感がするわ……」
嫌な予感なら俺も感じている。なにせ、俺たちが向かっている工場の周りに消防車と野次馬がわんさと集まっているんだからな。何があったのかは一目瞭然ってことだ。
工場からはごうごうと、煤けた黒い煙があがっている。
「火事!? いそぎましょう、谷口さん!」
結果から言うと、工場は見事に火事だった。トタン壁の2階の窓から朱色の炎がちろちろと見え隠れしている。ファイアーダンスのパーティーで盛り上がってるんじゃなければ、火事なんだろうね。
「姉さん!」
おい、ちょっと待てよ! 今消防車が放水してるんだ、おいそれ近づける雰囲気じゃないぜ?
「避難してきた人たちの中に姉さんの姿はないわ。きっと逃げ遅れてまだ中にいるのよ!」
なんて直情的な人だ。言いながら工場の裏へ走り始めた。


消防車も到着したばかりのようで、工場の裏にまではまだ当局の手は及んでいなかった。主に火災に遭っているのは工場の玄関から2階で、裏口にまではまだ火の手が及んでいない様子だから対処が後回しにされたのかもしれない。
「ここからなら、中に入れそうね」
おいおい、本気か? まだあんたの姉さんが中にいるって決まったわけじゃないんだぜ? それに仮にいたとしても、素人が勢いにまかせて突っ込んでいったら事態は余計に悪くなるんじゃないか?
ここはおとなしくプロにまかせようじゃないか。
などと俺と朝倉涼子が話していると、工場裏口の付近で職員らしき人が数人ですったもんだしているのが目に入った。


工場長「離せ、みんな!」
職員「待ってください工場長! ここは危険です、あとは消防にまかせて避難を…」
工場長「バカを言うな! まだ中に江美里が残っているんだぞ! 彼女を放って俺だけ逃げられるか! 工場長として!」

朝倉「ほら、まだ姉さんは中にいるのよ!」
谷口「落ち着け。な? すぐに消防署の人に連絡してくるから、無茶な真似はやめるんだ」
工場長「ん? キミは、昨日うちに来た探偵屋」
谷口「どうも、昨日ぶりです」
工場長「すると、そちらの女性が江美里の妹さんか。初めまして、工場長といいます。いつもあなたのお姉さんにはお世話になっております」
朝倉「こちらこそ、姉がいつもお世話になっております。これ、お土産のオワタまんじゅうです。皆さんでどうぞ召し上がってください」
工場長「これはこれはご丁寧に。すいませんね、ろくにお出迎えもできなくて。ご覧のとおり火事場のもんで。いやあ、参りました」
谷口「そうだな。初対面の人との挨拶は大切だもんな。ところで俺はもう行っていいのかな」

その時。工場裏口の階段上に、ウェーブのかかった長髪の女性が現れた。
楚々とした顔立ちのその女性は、驚いた表情でこちらを見ていた。


喜緑「涼子!? なぜここに?」
朝倉「姉さん、無事だったのね! やっと会えたわ…。姉さんに会うために裏口までやって来たのよ!」
谷口「どうやら姉さんは自力で脱出してこられたようだな。良かったじゃないか」
工場長「江美里、早く階段を下りてこい!」
喜緑「それが……倒れてきた機材に足がはさまって抜けられないの」
朝倉「なんですって!? 姉さん、大丈夫なの?」

工場長「いかん、すぐそこまで炎が! このままでは油に引火するぞ! 待ってろ江美里、すぐ助けに行くからな!」
喜緑「工場長、気をつけて! 階段にはすでに菜種油が大量に!」
工場長「たすけてええぇぇぇ!」 ズダダダダ
職員「ああ、工場長! みんな、工場長のスライディングを受け止めるんだ! どっせーい!」
工場長「そ、そこはダメ! あふん!」

谷口「なんてこった。階段一面に油がぶちまけてるなんて」
朝倉「正面の玄関の炎を消してからじゃ間に合わない。今すぐこの階段を登らないと、油に火が移っちゃうわ!」
工場長「待ってろ江美里! 今すぐ助けに行くからな!」
職員「無理ですよ工場長、その怪我では!」
工場長「こんな傷がなんだ! 俺は昔、仮面ライダーに憧れる少年だったんだ! こんな階段くらいひとっ飛びよ!」
職員「いくら工場長がかつて仮面ライダーに夢を馳せた少年だったとしても、そのビール腹ではやはり無理です!」
工場長「ちくしょう、調子に乗って昨日、深酒しなければ! すまねぇ江美里、俺が医者にとめられているにも関わらずついつい晩酌しちまったばっかりに!」

朝倉「私が行くわ」
谷口「やめろ朝倉さん。危険だ。俺が行く。これは俺の仕事だ。それにこれでも俺は昔、ウルトラマンに憧れていたんだぜ」
朝倉「いいえ、私が行きます。あなたの仕事は、私と姉を会わせてくれた時点で終わっています。これから先は、私たちの家庭の問題です」

朝倉涼子の真剣な眼差しに、とうとう俺は道をあけた。姉を思う彼女の心を、無下に扱いたくなかったからな。
それにしても女ってのは、用意周到だ。来がけに靴屋でサッカー用のスパイクシューズを買っていたのはこんなこともあろうかと、という備えだったのか。
確かにあのスパイクをもってすれば、油まみれの階段もクリアーできるかも知れない。

谷口「朝倉さん、気をつけて」
朝倉「だ、大丈夫よ。これくらいなら……」
谷口「ゆっくり着実に登っている。これなら上までたどり着けそうだな」
喜緑「あ、危ない涼子! 突然上から備品の金タライが!!」
朝倉「きゃあああ!」
谷口「備品の金盥!? 朝倉さんよけろ! それに当たったらアウトだッ!」

朝倉「そおおおい!」
谷口「とっさに取り出したナイフでタライを弾きとばしたぞ! やるな、朝倉さん!」
工場長「うまい! スカートの下のガーターベルトに隠し持っていたアーミーナイフはこんな非常時のための物だったのか! まさに鮮やかで美しいバラがその身にトゲをまとっているかのような華麗さだ!」
谷口「いきなり何なんスか、あんた」
工部長「しかしその衝撃で体勢を崩してしまったぞ、朝倉涼子! 必死にふんばる! 体勢を立て直せるか? どうだ? どうだ? もう少し! あああっとダメだったああああああ!!」
谷口「ちょ…、前に出ないで…おさないで」
コンピ部長「足を滑らせて階段を転がり落ちた! もんどりうって呻いています、これは痛い、大丈夫か、大丈夫なのか朝倉涼子!?」
谷口「おま、いい加減に……この人…ウザ」


朝倉「お姉ちゃん……ごめん。私、くやしいよ……ううぅ………」
喜緑「いいのよ、涼子。私、うれしかったわ。あなた私のこと、ずっと探してくれてたんですって? ずっとずっと、あなたに心配かけてたのね、私。ごめんなさいね……」
朝倉「お姉ちゃん……」
喜緑「最後まで心配かけちゃって、ごめんなさい。もういいのよ。早く逃げて。ここにいたら、あなたまで危ないわ」
朝倉「諦めたらダメだよ、お姉ちゃん! 私、やだよ、またお姉ちゃんとお別れすることになるなんて!」
喜緑「涼子……」
朝倉「たとえどんな目に遭ったって、私、諦めないから!」

谷口「おっと、二人とも。涙はこの後の、感動の姉妹再会抱擁シーンまでとっておきな。ここからは、俺の見せ場だろ?」
朝倉「谷口さん………」
谷口「こんなこともあろうかと、キミがサッカー用スパイクシューズを買ってる時に登山用シューズを買っといてよかったぜ」
朝倉「谷口さん、お姉ちゃんを、よろしくお願いします。助けてあげてください」
谷口「ああ。任せろよ」

喜緑「谷口さん、がんばって!」
谷口「けっこうこれ、厳しいな……。ちょっとでもバランスと気合をぬいたら、特急ですべり落ちそう……」
コンピ研部長「探偵さん、急いで! 火がもうすぐそこまで来ている!」
谷口「分かってるって。俺はパーフェクトな探偵なんだ。菜種油で滑って転ぶようなヘマはしないぜ。受けた依頼は確実にこなすエージェントなんだ」
朝倉「もう少し、谷口さん、もう少しですよ!」
喜緑「あとちょっと、もう少しで、手が、届きそう…!」

喜緑さんみたいな清楚で可憐な美人さんを、こんな油くさいところで死なせてたまるかよ。それこそ世界的損失だぜ。必ず俺が救い出してやるからな。
そしたら朝倉涼子もきっと俺を、スーパーヒーローを見るような羨望と憧憬にうるんだ眼差しで見つめて、谷口さんステキよ~、なんて言ったりして
その時だった。油断って言うんだろうな。一生の不覚だぜ。足を浮かした拍子に、俺の左足が油で滑ってスッポ抜けた!
なんてこった。ここまで来て。やっぱ下心なんてロクなもんじゃないぜ…



誰だって、子ども頃には夢をもっていたはずだ。親の跡をつぐとか、お菓子屋になるなんていう比較的現実的なものもあれば、サッカー選手やパイロットになりたいなんていう困難をともなう夢もある。
しかし叶えるのが容易くても難しくても、夢は夢なんだ。憧れを抱く心に理屈なんていらない。
俺はガキの頃、ウルトラマンになりたかった。子ども心のヒロイックな妄想からくる憧れなわけだが、子どもってのは結構マジなもんだ。本気で俺は一時期、必殺技の練習までやってたんだぜ。
中でも一番憧れたのは、光の巨人が空を飛ぶシーンだった。どう考えても羽もなければエンジンも背負ってない人間型の生物が、勇壮にも空を飛ぶんだ。
純真なガキ心っておそろしいね。俺は小学校高学年までずっと、頑張ればいつかきっと鳥のように大空を飛べる日がくると信じてたんだ。
大人になってからは当然、空を飛べるなんて寝ボケたことは夢の中以外では言わなくなったが、今だけなら。今だけなら信じてもいい。

俺は飛べる! あの日、テレビにうつっていた正義の巨人のように!
必殺技は出せないし悪い怪獣もいないが、俺の助けを待っている、かよわい女性がいるんだ。
ここで飛べなきゃ、俺は一生ウルトラマンにはなれないぜ!


谷口「だああぁぁぁぁぁ!!」
朝倉「踏ん張ってた右足だけで跳んだ!?」

全体重をかけた俺の登山シューズが、ガッチリと階段の摩擦力をとらえた。いける!
俺は、ウルトラマンになれるんだ!

コンピュータ研究会部長「ああっと、しかし惜しいぃぃ! あと少しというところで届かなかったッ! 残っ念っ!」
朝倉「この人、本気でウザくなってきたわ……」


あと、10cm、いや、あと5cm高く跳べていれば……。こんなことなら毎日ヒンズースクワットやって足腰を鍛えておくんだった……。
ごめん、朝倉さん。ごめん、喜緑さん。おれ、とうとうウルトラマンにはなれなかったよ……。
誰かを劇的に救うことができるウルトラマン。俺にはやはり、かなわぬ夢だったのか……。

その時。絶望にうなだれ、油で階段上を滑り落ちる俺の腕を、がっちりとつかんだ手があった。

喜緑「ありがとう、探偵さん。あなたのおかげで、私の夢がかないました。また、妹に会えました」
谷口「喜緑さん。あんたが俺の腕をつかんでくれたのか」
喜緑「とどいて良かった。信じていれば、願いはかなうものなんですね」
谷口「……ああ、そうさ。信じてりゃ、きっと夢はかなうもんなんだ。あんた、頭いいな」

朝倉「お姉ちゃん! 谷口さん! 大丈夫!?」
谷口「ああ、大丈夫だ! 今すぐキミの姉ちゃんを引っ張り出して、階段を滑り落ちる! その方が早いだろ?」
朝倉「なんでもいいから早く! もうそこまで火がきてるわよ!?」
谷口「なあ、ひとつ訊いてもいいか?」
朝倉「なに!?」
谷口「俺って、格好よかった?」
朝倉「早くしないさいよ!」




客のいないバーのカウンター席で、俺はバーテンについでもらった水を一口飲んだ。
これが俺なりの、仕事あがりの一杯ってやつなのさ。

国木田「ただの人探しかと思っていたのですが。まさかこんな大騒ぎに巻き込まれることになるとは」
谷口「俺はよほどトラブルの女神さまに好かれてるんだろうな。そう考えれば、嫌な気もしないぜ」
国木田「前向きですね。そう考えなければ、やってられないということでしょうか」
国木田「そうそう。昼間に朝倉さんが来て、これを置いていきましたよ。今回の報酬だそうです」
谷口「ん? なんかこの封筒、厚すぎないか? ひょっとして八面六臂のはたらきをした俺に特別ボーナスを加えてくれたとか」
国木田「たぶん違いますよ。中に感謝状をいれてあるって言ってましたから、手紙でしょう」
谷口「あれ、封が開いてるぞ。国木田お前、ひょっとして見たんじゃないだろうな」
国木田「僕はそんな野暮じゃありませんよ。それに、別に興味もないし」
谷口「あっそ。じゃあ見せてやらね」
国木田「だから、見たくありませんって。ただの感謝状でしょう。なにを期待してるんだか」

谷口「………」
国木田「なんて書いてありました。やっぱりただの感謝状だったんでしょ」
谷口「まあね。それと、今度あの姉妹2人と俺の3人で遊びに行きましょう、ってさ。もてる男は辛いねぇ」
国木田「良かったじゃない。あの朝倉さんって人、美人だったから。キミの好みのタイプだったしね」
谷口「よせよ。俺は行かないぜ。女2人につきあって買い物の荷物持ちさせられて、それじゃバイバイさようなら、ってのは目に見えてる」
国木田「キミがそんなに奥手っぽい発言をするのは初めて聞いたよ。なにかあったの?」
谷口「何もない。ただ、ウルトラマンは3分間しか活動できないから、デート向きじゃないってこった」
国木田「なにそれ」

これでいいんだ。俺があの2人の間に割ってはいって、せっかく出会えて幸せになった2人をかき混ぜることもないだろ?
俺と朝倉涼子は、探偵と客。ただそれだけの関係だ。
ハードボイルドだろ?



  ~完~





  <次回予告>

谷口「ダンディーでハードボイルドな超ド級絶倫探偵、谷口はこうして不遇な姉妹に平和な日常をとりもどしたのだった」
国木田「超絶探偵って、そういう意味だったの?」
谷口「しかしそんな谷口の元に、休む間もなく新たな依頼が舞い込む。それは行方をくらませたかわいい愛犬の身を案ずる一途な乙女の哀しみだった!」
国木田「人探しの次は犬探しですか。より谷口さんの望むハードボイルド像に近づけるんじゃないですか?」
谷口「経営不振のため廃棄された無人のアパートにて、谷口はついにウェストなんたらかんたらのルソーを発見する」
国木田「言えてないですよ」
谷口「飼い主の少女、阪中の元へ帰るよう説得する谷口探偵の言葉を拒絶するルソー。エサで釣ろうとウェハースを手にルソーへ歩み寄る谷口の目の前に、突如として謎の生物があらわれる!」
国木田「ウェハースはないでしょ」
谷口「そして明らかになる真実。ルソーは実はウェストナントカカントカ星から来た侵略者で、今までは情報収集のため地球に潜伏していたのだった! おそるべき驚愕の事実!」
国木田「言えてないから。さすがにナントカカントカ星はないでしょ。あと、次回予告の段階でそこまでバラしていいの?」

谷口「ルソーが地球外からやってきた侵略者だということは分かった。だがルソーは、現れた仲間の誘いに難色を示す。地球侵略を嫌がっているようにも見える」
国木田「ねえ、聞いてる?」
谷口「口を閉ざしたまま何もしゃべらないルソーに業を煮やした宇宙人は、奇妙な形の銃を取り出してルソーに向かって光線を発射する! 光を受けたルソーは驚くことに、全長10mほどの巨大生物に姿をかえた!」
国木田「次回予告する気ないでしょ?」
谷口「巨大化したルソーは周囲の建物を破壊しながらも、小さく呟いた。『阪中さん……ぼくは…こんなこと………』」
国木田「探偵関係ないよね」
谷口「謎の凶暴怪獣を退治するため次々とやってくる戦車、戦闘機。燃え上がる町並み。その時、少女は涙ながらに訴える。私のルソーを助けてあげて、と」

谷口「やれやれ。命は地球よりも重いものだって、小学校でならわなかったんかねぇ。犬相手になにやってんだか」


谷口「次回、動物愛護探偵、谷口!~愛欲のトップブリダー!~」

国木田「最悪のネーミングですね」
谷口「次回もお楽しみに!」
国木田「合言葉は、ハードボイルドですよ」

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