山にこもって半年が過ぎた。なにも考える必要のない生活というのは大層ヒマでつまらないものだったけど、それにももう慣れたし、これはこれでいいものだと思えるようになってきた。
今日も朝起きて歯を磨き、朝食を食べて山に入り、チェーンソーに混合ガソリンをさして仕事に取り掛かった。
いつも通りの、平穏で静かな時間がながれる。

杉にチェーンソーの刃を食い込ませてしまい抜こうと躍起になっていると、遠くから人の藪をかきわける足音が聞こえてきた。隣の炭焼きの谷口さんだろうか。今日こっちへ来るって言ってたから、たぶん間違いないだろう。
あの人は年季がはいってるから、上手に刃を抜いてくれるかもしれない。


ハルヒ「谷口さん」
キョン「ハルヒ、こんなところにいたのかよ。探したぜ」
ハルヒ「キョン!? あなた、なんでここに?」
キョン「お前を連れ戻しにきたに決まってるだろ」
ハルヒ「……なんでよ。放っておいてよ」
キョン「2年前、お前がどうして蒸発したのか、その理由がわからない。会って1年ちょいの付き合いだったけどさ、事情くらい教えてくれてもいいんじゃないのか? それが知りたくて、追ってきたんだ」
ハルヒ「ば、ばかじゃないの? それだけのためにこんな山奥まできたって言うの?」
キョン「そうだ。俺はバカだからさ。どうしても諦められないんだ」

ハルヒ「もう放っておいてよ! 私が出てった理由なんてどうでもいいじゃない」
キョン「どうでもよくない。それに、理由を知りたいのは俺だけじゃない。みんなそうだ。古泉も朝比奈さんも長門も、この2年間どんな思いでお前を探してきたか分かってるのか?」
ハルヒ「知らないわよ! そんな勝手な、あんた達の理屈を私におしつけないでよ!」
キョン「放ったらかしかよ!? 俺たちのこと。俺のこと。俺はな、お前がいなくなってからようやく悟ったよ。俺、お前の言うとおり馬鹿だからさ。気づかなかったんだ。ただ漠然と感じてはいたんだけど、俺」

キョン「俺、お前のこと、好きなんだ」


私はまた逃げ出した。アイドリングするチェーンソーをその場に残し、山道を駆け上っていった。
好き? キョンが、私のことを? そんなことあるはずない。

ハルヒ「いい加減なこと言わないでよ! あんたが好きなのはみくるちゃんなんでしょ? 適当なこと言って私を騙そうったってそうはいかないわよ。もう騙されないんだから。私は」
キョン「騙してなんかいない! 確かに朝比奈さんのことは好きだけど、それはなんていうか、恋愛感情というよりも憧れというか、父性本能というか……よく分からんが、純然たる恋愛感情でないことだけは確かだ! 誓っていい!」
ハルヒ「………」
キョン「なあ、分かってくれよ」

ハルヒ「本当に、私のことが好きなの? 嘘じゃないの?」
キョン「ああ。嘘じゃない。もし嘘だったら、お前の商売道具で切り刻まれたっていい。本当だ」
ハルヒ「そう……なんだ」

ハルヒ「……本当いうとね、私も好きだったのよ。あんたのこと」
キョン「………ハルヒ…」
ハルヒ「でもね、見ちゃったのよ。あの日。2年前のいつだったか。校舎裏でたまたま、あんたとみくるちゃんが抱き合ってたの」
キョン「あれは……その、違うんだ。朝比奈さんが元の時代に帰るからってお別れに……いや、なんでもない。ともかく、あれは違うんだ。恋愛感情からの行動じゃない」
ハルヒ「ほんと?」
キョン「本当だ。俺が好きなのは、お前だけだ」
ハルヒ「嬉しいわ。あはは。私たち、実は両思いだったんだ…」
キョン「ハルヒ。……積もる話もいろいろあるだろうしさ。とりあえず帰ろうぜ。こんな山の中じゃ、ゆっくり話をする喫茶店もないしさ」
ハルヒ「……でも、ダメよ。帰って。もう二度と私の前に姿を現さないで。あなたが本当に私のことを愛してるんだったら」
キョン「何故だ!? お前は俺が朝比奈さんと抱き合ってるのを見て勘違いして、あ、いや、あれは俺が悪いんだが、とにかく誤解は解けたんだ。もう厭世する理由もないだろ?」
ハルヒ「……重いのよ。私には。2年前の私なら十分あなたの気持ちに応えられただろうけど、今の私には、そういう感情は重荷にしかならないの。苦しいのよ」
キョン「ハルヒ……」


山の中を逃げ回る私。それを追ってくるキョン。変な状況よね。心底そう思うわ。これがお花畑か麦畑ならロマンチックだったんだろうけど。
私はもう誰の期待にも応えたくない。辛いから。
追ってこないでよ。そうやって私に気をもたせて。どれだけ私が苦しんでるか分かってるの? あなたの期待に応えたいという自分と、あなたにもしも裏切られたらと無意識的に思ってしまう私の、狂おしいほどの葛藤がどれだけ辛いことか。

こんな苦しくて、胸が張り裂けそうなほどに悲しい思いをするくらいなら、いっそ……


ハルヒ「来ないで!」
キョン「待て、どうするつもりだ!?」
ハルヒ「どうするって、どうするかなんて見れば分かるでしょ。それ以上近づいたら、私はここから飛び降りるわ」

ああ、私ったら。まだこんなに。こんなに苦しむほど、
この人のことが好きだったんだな。


キョン「どうしろって言うんだよ!? もう、俺はお前と離れ離れになるなんてイヤだぜ」
ハルヒ「近くにいるよりも、互いに離れたまま良い思い出として胸にしまっておいた方がいいことも、あると思わない?」
キョン「お前にとっては迷惑でうっとうしい俺のわがままかしれないが、俺はそうは思わないな。勝手な言い草だとは分かっているが、今は言わせてくれ。俺、お前と一緒でないとつまらないんだ! この世のすべてが!」

そうか。
なんだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。バカは私だ。
私と同じで、この人も苦しんでたんだ。私とは、まったく正反対の理由で。

もっと早く、気づいてあげたかったな。そうすれば、この人も私も、今頃は……


ハルヒ「ありがとう。キョン。泣けるほどうれしいよ」
キョン「ハルヒ……。俺も、お前の気持ちを考えずにここまで追いかけちまって、悪かった」
ハルヒ「いいよ。別に」

ハルヒ「そういえば昔は、SOS団やってた頃はさ、よくあんたに無理難題ふっかけてたわよね。私」
キョン「まあな。何で俺が、っていつも思ってたけど、今思えば楽しい毎日だったよ」
ハルヒ「無理難題のなつかしい思い出ついでに、最後にひとつ、わがまま言ってもいい?」
キョン「いいぜ。この際だ。最後にひとつと言わず、これからもずっと聞き続けてやるよ」
ハルヒ「ううん。ひとつでいいよ」

ハルヒ「ごめん。私のことは、忘れて。さようなら」


それだけ言って、私は崖の上から跳んだ。
風が耳元でうなり声をあげている。宙で体がのけぞった時に一瞬、キョンが何か叫んでいるのが目に入った。
なにも聞こえなかったけどね。でも、よかった。きこえなくて。



小学生時代から平凡な人生に辟易してきた私は、ずっと不思議でおもしろくて、楽しいことを探してきた。とうとう見つけられなかったけどね。
けど、なんか今、ちょっと楽しいな。浮遊感ってなんか不思議な感じ。
風にさらされて、私の体が半回転した。その時、私の耳に耳障りな風の音以外の声が聞こえた。

キョン「ハルヒッ!!」
ハルヒ「キョン!? 私を追って…? どうして、あんた……!」
キョン「気づいてやれなくて、すまなかった! 一言だけ、俺も言わせてもらおうと思って追ってきた!」

キョン「お前、さびしかったんだな」

伸ばした手を、キョンがつかんだ。

キョン「聞こえたか? 聞こえなかったかもしれないから、もう一回言うぜ。最後まで気づいてやれなくて、ごめん。やっぱお前の言うとおりだったわ。馬鹿だな、俺」
ハルヒ「死んじゃうわよ、あんた! なんで飛び降りたのよ! 飛び降りてまで言うセリフじゃないでしょ!?」
キョン「舌かみそうだぜ……。なんでって、そういう気分だったからさ。お前を放っといて、のうのうと帰れるかよ。お前の尻拭いをするのは、雑用係の俺の役目だろ? いつだって」
ハルヒ「キョン……」

キョンが私の肩を強く抱いた。
暖かい。

いやだ。絶対に。
この人を死なせたくない! 神様! 本当に神様がいるんだったら信じてもいい、お賽銭だっていくらでもあげるわ!
だからこの人を助けてあげて! お願い!



一瞬なにが起こったのかわからなかった。木の葉のように錐揉みする私とキョンの体が突然、手を離した風船のように宙に浮き上がった。
ジェットコースターで急降下する時、体が風で上に持ち上げられるでしょ。あんな感じ。

キョン「上昇気流か!?」
ハルヒ「じょうしょう……きりゅう?」

呆然とする頭では理解できなかったけれど、下から猛烈な勢いで押し上げてくる空気の塊に流され、私とキョンはその上昇気流に空高く持ち上げられた。
もうどこが上でどの方向が下なのかも分からないくらい、私たちは風にもまれて奔流していた。
そして気づくと、2人して元いた崖の渕に転がっていた。


キョン「……くそ、痛ぇな。アザになってるぜ。助けてくれるんなら、もうちょっとソフトにお願いするよ、神様」
ハルヒ「………私たち……たすかったの?」
キョン「ああ、そうらしい。ここがあの世じゃなければな。まあ、お前と一緒なら俺はこの世でもあの世でも、どこでもいいけどな」
ハルヒ「そっか……」

頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。キョンの言っている言葉も理解できていなかった。
でも、ただ一つだけ強く感じられたことがある。
空中でキョンに抱かれた時。あったかかったな。



ハルヒ「人間ってさ。死ぬ瞬間に、今までの人生を走馬灯のように見るっていうでしょ。あんた、見えた?」
キョン「ああ。見えたさ。はっきりな」
ハルヒ「どんなの?」
キョン「朝比奈さんがお茶ついでくれて、長門が本読んでて、古泉がトランプで一人負けしてる走馬灯」
ハルヒ「ふうん」

ハルヒ「ねえ」
キョン「ん?」
ハルヒ「帰ろうか」




古泉「それで帰ってきたんですか。いやはや。一大スペクタクルでしたね」
キョン「ああ。是非お前にも体験していただきたい貴重な出来事だったな。一度どうだ? 人生かわるぜ」
古泉「遠慮しておきましょう。僕は今の人生に満足している方なので。無理して変えようとは思いませんね」
キョン「残念だな。お前にもあの走馬灯を見てもらいたかったんだが」
古泉「昔の映像は自主制作映画だけで十分ですよ。それより、涼宮さんは?」
キョン「店にいる」


ハルヒ「いらっしゃいませ……なんだ、あんたか。よそ行きの声だして損したわ」
キョン「減るもんじゃないだろ」
長門「………いらっしゃい。水」

ハルヒ「で、どうしたの? まだ仕事終わるまで時間あるわよ。まさかカレー1杯で1時間もねばる気?」
キョン「いいじゃないか。1時間くらい。その間、デートコースを考えてるよ」
ハルヒ「分かったわよ。待ってなさい。あんたのために私がインド仕込みのスペシャルメニューを用意してきてあげるから」
キョン「それは楽しみだな。甘めに頼むよ」
ハルヒ「なに言ってるの。カレーは辛くてナンボよ。いい感じに辛くしてあげるから。覚悟しておきなさい!」

キョン「やれやれ……。って、このセリフ言うのも久しぶりだな」
ハルヒ「残さず食べなさいよ。残したら、死刑だから!」




   ~完~


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