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(株)情報統合思念体をクビになった私は、しばらくフリーターをしながら無気力に暮らしていた。
思えば私は子どもの頃からTFEIのエージェントに憧れて、ずっとTFEIになることだけを考えて頑張ってきたんだった。
だからTFEIの地位を失った喪失感は大きかった。なにを目標に生きれば良いかの分からないし、そもそもなにをすればいいのかさえ分からない。

実家の父母は、私が失業したことを知らない。知らせられるわけがない。
両親は私の夢を応援してくれていたし、私がTFEIになって上京したした時も、諸手をあげて喜んでくれたんだもの。
言えるわけないよ。
だから私は、(株)情報統合思念体でまだ働いているということになっている。
けど働いていかなければ、生計をたてることができない。バイトはしてるけど、正直バイトで暮らしていけるほど都会は甘くない。
だから私は昼間のコンビニのバイトに加え、夜おでんの屋台を開くことにした。

社長「朝倉ちゃん、もういっぱい!」
朝倉「社長さん、そろそろおしまいにしたら? 体に毒よ」
社長「もう一杯だけだから。もう一杯だけつけてちょうだい!」
朝倉「はいはい。これでお勘定にしてくださいね」
社長「わあってるって。朝倉ちゃんがそう言うなら、今日はこれくらいにしとくよ」


決して儲けがいいわけじゃないし楽な暮らしでもなかったけれど、私はこの生活が好きだった。
コンビニのバイトにしてもおでんの屋台にしても、人と深く関わることなく仕事をこなすことができる。
もう人間関係に深く関わってヤキモキするような気分を味わうのはたくさん。思いつめて思いつめて、その末の行動で大きな失敗をしてしまった私には、人の人生をただ傍観しているだけの今の仕事の方がお似合いなのかもしれないから。

朝倉「あら、社長さん。今日も来てくれたの?」
社長「ああ。この橋の下はちょうど帰り道でね。夕食を食べて帰るのにちょうどいいんだ」
朝倉「うれしいわ。じゃあ、今日はなにからいきます?」
社長「とりあえず大根というものをもらおうか。あと、日本酒」
岡部「社長さん。こんばんわ」
社長「おや、先生。今日は早いね」
岡部「クラブ帰りですよ。これでも。朝倉、はんぺん」
朝倉「先生もこんばんわ。はい、はんぺん」
岡部「ありがと」
朝倉「先生、最近調子です?」
岡部「今年はなかなかいい新人が入ってね。今年の大会は期待できそうなんだ。今から楽しみだぞ」
朝倉「うふふ、先生ったら。いつもハンドボール部のことばかり。よほど好きなんですね、ハンドボール」


朝倉「今日は雨ね。やだわ。今日は早めにお店、閉めようかしら」
社長「今日はもう店じまいするのかね?」
朝倉「雨だとお客さんもこないですから。社長さんが帰ったら閉めますよ」
社長「そうか。じゃあ、今日は遅くまで飲んでいこうかな」
朝倉「まあ、社長さんったら。いじわるね」
社長「ははは。冗談だよ。すまんすまん、何故かな、朝倉ちゃんを見ていると、ついつい悪い冗談の一つも言ってみたくなるんだよ」
朝倉「からかってるんですね。お酒、ついであげませんよ?」
社長「おいおい、勘弁してくれよ。朝倉ちゃんについでもらう一杯が楽しみで毎日仕事をがんばってるこっちの身にもなってくれよ」
社長「うちにもキミと同じくらいの年頃の娘がいるんだがね。これが朝倉ちゃんと違ってジャジャ馬なんだ。誰に似たのか。学校の校庭に落書きしてたり、教室の机を全部廊下に出したりとイタヅラばかりやっててね。よく先生から叱咤されているよ」
朝倉「元気な娘さんじゃないですか」
社長「元気なだけがとりえさ。高校に入ったら少しはおとなしくなるかと思えば、バニーガールの衣装を着て学校の校門でチラシを配ったりしてたんだよ」
朝倉「まあ、活発ですこと」
社長「そのせいでこないだは学校に呼び出されて、岡部さんに懇々と育児について諭されてしまったよ」
朝倉「ふふふ、岡部さんもハンドボール以外のこともしてたんですね」
社長「今の元気な娘も好きなんだが、たまに思うことがあるんだよ。もしも、うちも娘が朝倉ちゃんみたいな子だったらってね」



岡部「今日もじめじめした日だな」
朝倉「そうですね。うちとしては湿気よりも、蚊が増えてきたのが悩みですけど」
係長「まあ、屋台だからね。壁がないからどっからでも蚊が出てくるのも仕方ないさ。やれやれ」
朝倉「係長さん、今日は社長さんと一緒じゃなかったの?」
係長「社長は今、残業中ですよ」
岡部「涼宮さんも大変だね。今のご時勢に会社を経営していくことなんて楽じゃないだろうに」
係長「最高責任者ですからね。自分たち下っ端には分からないし縁もないような悩みがたくさんあるんですよ。私の最近の悩みなんて、息子が自転車を駅前で撤去されたことくらいですよ」
朝倉「そうなの。今度きたら、社長さんの好きな大根をサービスしてあげましょう」
係長「社長よろこびますよ。朝倉さんところの大根はうまいっていつも言ってますからね」

社長「うい~、こんばんわ! 朝倉ちゃん!」
朝倉「あら社長さん。もう酔ってるの?」
岡部「どこでひっかけてきたんですか。待ってたんですよ?」
朝倉「まあまあ。どうぞかけてください」
係長「社長、朝倉さんが社長のために大根をサービスしてくれるそうですよ」
朝倉「係長さんったら。私が言おうと思ってたことを先に言っちゃって」


朝倉「社長さん、係長さん? 岡部さん? もう、みんな酔って寝ちゃったの?」

朝倉「しかたないわね。お店しめてから、もう一回起こしてみましょう」

朝倉「? あら、なにかしら、あれ?」
朝倉「あ、あれは、神人!? こ、こっちにくる!」

なんてこと。気づかないうちに閉鎖空間に迷い込んでしまったなんて。
特別な力を持つ人じゃない限りこの空間に紛れ込むことは滅多にないっていうのに。運が悪いわ……。
私だけならまだしも、社長さんと係長さんと岡部先生までここに取り込まれるなんて。
3人が酔いつぶれてくれていて、助かったわ。

神人の振り下ろした腕が、屋台から数十メートル離れた土手を粉々に粉砕する。土や石が煙となって飛んでくる。
なんとか私の力で衝撃をくいとめているけれど、自分の情報管理空間でもないここでは、正直いってきついわね…。
ゆっくりと体を持ち上げた神人がこっちに顔を向けた。3人が寝ててくれて助かるわ。もし今、社長さんと係長さんと岡部先生が起きてあの神人を見たら、なんて言うかしら。
考えたくもないわね。

機関の人間たちはなにをしてるのかしら。今こそ彼ら彼女たちの活躍の時じゃない。善良な一般市民が巨大生物に襲われそうになってるのよ? 早く飛んできなさいよ。
シールドを展開する手がすこしづつ下がってくる。やっぱり、ちょっときついわね……。
視界の端で、私の屋台が音をたてて弾き飛び、木屑をまき散らして四散するのが見えた。
神人の足が一歩ふみだされた。その振動で体がわずかに飛び上がる。

3人の意識が目覚めないように情報操作しつつシールド展開なんて……。
私に、長門さんのような力があれば………。今だけは、本当に彼女がうらやましいわ。
ああ、やっぱり私はバックアップでしかなかったか…。
神人の蹴り砕いた土手から転がり出た人間ほどの大きさの小岩が、勢いよく飛んでくるのが目に入った。
せめて今、私一人だったなら。あれくらいの岩はじき飛ばすこともできたのに………。


私の作り出したシールドの許容容量をこえる質量の岩が目の前までせまっていた。
これまで、か……。
岩が私のシールドを突き破ろうとした瞬間。黒ずんだ土くれはテレビの砂嵐のようにざらざらと見る間に崩れ去っていった。
岩が…。こんなことができるのは、TFEIしかいない。まさか

長門「………情報連結の解除を確認」
朝倉「長門さん!? なぜここに」
長門「………なぜ? あなたにはその解が分かっているはず。答える必要はないと推測する」
朝倉「分かってるわよ。涼宮ハルヒのお父さんを守りにきたんでしょ。でも一言、昔の同僚を助けにきた、なんて言う愛想が……あるわけないわね」
長門「………ない」
朝倉「後ろで寝ている3人の意識情報は私が担当するわ。長門さんはシールドの展開をお願いね」
長門「………分かった」
朝倉「皮肉なものね。あなたと直接一緒に仕事をしたことはなのに、私がTFEIの肩書きを失った今、こうして共同で作業しているなんて」
長門「………私は、皮肉とは思わない。過去現在を問わず、そうする必要が認められる事例はなかった。それだけ」
朝倉「相変わらずあっさりしてるわね。でも、今こうしてあなた一人では手に負えない事態が発生しているのに、なんであなた一人しかいないの? 今のバックアップとは協力体制をとらないの?」

長門「………朝倉涼子の後任は、まだ決定していない」
朝倉「あら、そうだったの」
長門「………そう」
朝倉「観察対象に変化がないんだし、バックアップなんて設定する必要ないと判断されたのかしら。まあ、部外者の私には関係のないことですけど。長門さんくらい優秀なTFEIには、バックアップの必要はないと思われているのかもね」
長門「………緊急の事態が発生しないとも限らない。可能性を考慮し、バックアップを設定することは適切」
朝倉「じゃあ誰でもいいじゃない。必要があるのなら、早く決めればいいのに。TFEIは他にもいるでしょ。だれでもいいじゃない…」
長門「………(株)情報統合思念体は、あなたと同程度の能力を有する者がバックアップにふさわしいと判断している。しかしまだそれに適当と認められる該当者がいない以上、安易に後任を選定することはできない」
朝倉「……なによ。それ」
長門「………機関の能力者がきたみたい」
朝倉「遅いわよ。まったく」
長門「………手遅れにならずに済んだ」
朝倉「手遅れよ。余計な話きいちゃったじゃない」


長門「………涼宮ハルヒの父親を救助した功績は大きい」
朝倉「功績なんて関係ないわ。今の私にはね」
長門「………あなたが希望するなら、私からもあなたの復職を上層部に提案してもよい」
朝倉「……本気で言ってるの?」
長門「………本気。先ほども言ったはず。あなたの能力に及ぶTFEIはまだいないと。あなたが以前と同じ過ちを犯さないという反省がみられるのなら、TFEIに復職できる可能性は高いと思われる」
朝倉「TFEIになることが、子どもの頃からの私の夢だったわ。TFEIになれた時は、世界中が輝いて見えるほど嬉しかったことを覚えているわ。だからTFEIには誇りを持っていたし、自分なりの信念を持って行動してきたつもり」
長門「………なら、私があなたの口添えを
朝倉「だから、自分がTFEIとして間違った行動を執ったことがあるとは思っていない」
長門「………あなたがあの日、教室を情報管理空間に位相転移したことは明らかな越権行為」
朝倉「承知の上でしたことよ。だから、そのことを理由にクビになったことも納得できていたし、反論するつもりはないわ」
長門「………では、TFEIに復職することは」
朝倉「ないでしょうね。自分の信念をまげてまでTFEIに戻ろうとは思ってないわ」
長門「………そう」


朝倉「長門さん。あなた、言ったわよね。私が涼宮ハルヒの父親を助けたって」
長門「………言った」
朝倉「私は涼宮ハルヒの父親なんて助けていないわよ。涼宮ハルヒなんて、今の私にはまったく関係ない人物だもの」
長門「………しかし、あなたは涼宮ハルヒの父親を事実、救出している」
朝倉「そうね。結果的にそうなっているわね。でも、私が助けたのは涼宮ハルヒの父じゃなくて、さえない中小企業の子煩悩な社長さん。私の店の常連さんよ。偶然それが涼宮ハルヒの父親だったというだけの話。まあ、あなたには理解できないでしょうけど」
長門「………」

朝倉「あなたの申し出は嬉しいんだけどね。ありがとう」
朝倉「よかった。壊れたと思ったけど、閉鎖空間が消えたら屋台も元にもどったわ。これがないと生活できないから」
長門「………本当に、それでよかったの?」
朝倉「いいのよ。別に。今の生活だって、嫌いじゃないし」
朝倉「そうだ。あなた、ひょっとして毎日インスタント食品とか冷凍食品とか食べてるの?」
長門「………そう。能率的」
朝倉「能率的だけど身体に悪いわよ。気が向いたらおでん食べに来なさい。サービスしてあげるから」
長門「………そう」
朝倉「そうよ。レトルトカレーよりは、ずっとおいしいと思うわ」
長門「………了解した」
朝倉「固い言い方ね。あなたらしいけど」
長門「………たのしみ」



  ~完~

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