第六章


「これは・・・」
 俺はいつの間にか幾何学文字の浮かぶ空間からも、平行世界からも抜け出て、元の長門の部屋にいた。
「まさか、あちらでの三日間がこちらでは半日にも満たないとは驚きですね」
 古泉は自分の手を眺めて言った。今の俺たちの脳内には二つの記憶が混合しているため、体内時計が悲鳴を上げている。 
「あれ?あたし部室にいたと思ったのに・・・でもこっちにもいたような気が・・・」
 ハルヒも混乱しているみたいだったが、
「そうよ!有希っ!」
 長門のことを思い出して和室に駆け込んだ。
 予想に反して、長門はけろりと布団の上に置物のように立っていた。
「あなた熱があるって言ってたのに、寝てなくていいの?」
「・・・・・・」
 なにも言わずに長門は俺の顔を見た。俺は迷惑かけた、すまんという意を込めて軽く頭を下げた。古泉と朝比奈さんもそうしているようだ。
「もう、へいき」
 と長門は言うが、いつかの別荘事件のときのようにハルヒは無理矢理寝かしつける。
「明日また来るから、しっかり寝てなさい。わかった?」 
 これには長門も観念したらしく、おとなしく布団に入った。
「本当にすまなかったな」
 俺は長門にだけ聞こえるように言って部屋を後にした。後にしてから気づいたが、いつの間にか佐々木がいなくなっていた。   
 
 マンションを出た後、ハルヒは朝比奈さんを抱えて俺たちと別れた。
「涼宮さんの力で元の世界に戻る、とはよく決行しましたね。僕は彼女には力がないと言いましたのに」
 こいつ本来のスマイルになった古泉がつぶやく。
「そんなこと忘れてたさ。ただ、あの世界はハルヒの異世界人がいてほしいという願望で作られていて、なおかつ俺のこと、ここではジョン・スミスだが、そいつを異世界人だと思ってるんじゃないかと考えただけだ」

「どうです?僕の代わりに涼宮さんの監視役となるのは」
 全身全霊をもって、お断りする。そんなことより佐々木を頼むぞ。
「ええ。あちらでも頼まれたことですが、忘れてはいませんのでご安心を」
 人畜無害な微笑みを備えた超能力者モドキは、そう言って去って行った。 
 さて俺も帰るかと振り返ると、そこには佐々木がいた。
「お邪魔かと思ったので先に出ていたよ」
 そいつはすまなかったな。
「僕が謝られる立場ではない。それと、言っておかなくてはならないことがある」
 なんだ?
「何故、彼女らがキミたちを狙ったのかわかるかい?」
 知らないし、知りたくもない。が、ここは聞いてやろう。
「何故だ?」
「涼宮さんに存在する神のような力を僕に植え付けようとしたみたいなんだ。そしてコピー体だったキミたちを消滅させればもう元の世界には帰ることができない。そのまま力は僕へ・・・そういう算段だ」 
「・・・・・・」 
 俺は黙っていた。
「じゃあなんで俺を刺そうとしたんだって顔だね。言い訳にしかならないけど、僕はそうしなければいけなかったんだ。信じられないかもしれないが、僕は未来の映像を見せられたんだよ。あの藤原と名乗る人にね」
 てことは、時間移動で未来に跳んだのか。
「その口ぶりじゃ、キミも体験したことがあるみたいだね。例の朝比奈さんて方かな?」
 相変わらず鋭い。その通りさ。
「とにかく、僕は未来でキミを刺そうとする自分を見た。驚愕したよ。自分が人に刃物を向けることなんて一生ないと思っていたからさ。そこで僕は彼にこう言われた。『おまえがこうしなければ、あいつは還ってこない』とね」
 それって、あの憎たらしい未来人が俺たちを助けたってことか?
「と言うよりは、僕に選択の権限を委託したということだろう。どちらにしても、キミの彼に対する印象は芳しくないようだし、これを機に改めてみてはどうかな」
 どういう風の吹き回しだ。やはりあいつは協力する気はなかったってことなのか?
 いくら考えてもあの未来人の考えてることなんざ細胞の核ほどもわかるはずもない。

「それにしても、よく戻ってきてくれたよ」
 俺は異世界での出来事を遡りながらこう言った。
「向こうの世界でおまえとの会話の幻覚を見た」
 佐々木は意外そうな顔をした。
「元に戻るためのパスワードを俺は一度間違えた。本当ならそこでアウトだったんだろうが、そこで中坊んときのおまえとの会話の幻覚を見たんだ。おまえなんて言ってたかわかるか?」
「さあねぇ。なんと言っていたんだい?」
「『今のままでいい。平和でいたい』って言ってたんだ」
 佐々木は思い出したようだった。宇宙人も未来人も超能力者も知らない、過去の自分の姿を。
「やはり、今の僕はどうかしていたようだ。こんな非日常な事態を楽しんでいるなんて」
「そいつは違う」 
 俺は即座に否定する。
「俺らはおまえの心の中に閉じ込められてたんだ。その世界は宇宙人も未来人も超能力者も変な改変能力を持った女も誰一人としていなかった。間違いなくおまえの本心が望む世界があった。さっき言ったエラーも、きっとおまえが俺たちを助けようと無意識にねじ伏せたんじゃないかって俺は思う」
「嘘でもそう言ってくれるのはありがたいよ」
 嘘じゃねぇよ。思ったままの感想を述べただけだ。
「もう僕はキミに頭が上がらないな」
 笑いながら佐々木は言った。
「そう言うな。俺とおまえはいつでも平等な立場の親友さ」  
「・・・・・・」  
 佐々木は絶句していた。俺だってこんな歯の浮くようなこと二度と言う気はないぜ。
「キミからそんなことを言ってもらえるとは、少しは事件に加担した意義もある」
 おいおい。 
「冗談さ。それじゃあまた同窓会ででも会おう」 
 すっかり自分のペースを取り戻した佐々木は、住宅街へと消えた。
 これで安心して俺も帰れるな。

 エピローグへ


|