ハルヒニート第二話『掃除』

 
 
ハルヒ「おはよう、朝ごはん出来てる?」
 
 俺より遅いとはいえ、一応ハルヒも朝はちゃんとした時間に起きている。もっともそれは、俺がいるうちに起きないと朝ごはんが食べられないから仕方なくといった感覚だと思うがな。
 まあそんなことはどうでもいい。今日まで俺はある一つの作戦を考案、実行に移すべく準備してきた。そしてそれを今から実行する。名付けて『ハルヒ更正プログラム! あしたのためにその1』だ!
 
キョン「ハルヒ、お前プリン好きだったな。これを見ろ」
ハルヒ「そ、それは!? 神戸屋で一日100個限定販売の高級クリームプリン! でかしたわキョン!」
 
 と、ハルヒがそれを食べようとしたところで俺はひょいっとプリンの乗った皿を持ち上げる。
 
ハルヒ「なにすんのよ!」
 
 エサを取られた猛獣の如くハルヒが抗議した。その顔の前に俺は一本立てた人差し指を突き出して言う。
 
キョン「ハルヒ。プリンを食べたければ条件が一つある」
ハルヒ「条件? なによ一体?」
キョン「今日、俺が帰ってくるまでに部屋をキレイに掃除しておいてほしい」
 
 俺は俺なりにハルヒを更正させることを考えていた。そして、とある本で見たのだが、『部屋を自分の手で掃除することで、そういうだらけた心も綺麗に退散する』という項目を見かけたのだった。
 確かにハルヒの生活空間である俺の部屋は、カップ面の空容器やらなにやらで散々な散らかりようで、見ているだけで気分も滅入ってくる惨状だった。
 だから、ニートハルヒ更正プログラムの第一歩として、俺は本人の手でこの荒れ果てた部屋を掃除させることにしたのだった。
 
ハルヒ「掃除? ふん、別にいいわよ。それよりさっさとそれ寄越しなさい!」
キョン「約束だからな、まあそのプリンは前金だ。帰りにまた同じのを買ってくるから、しっかり頼んだぞ」
ハルヒ「本当!? わかったわ! 約束だからね!」
 
 俺はそう確認して、ハルヒと二人で朝飯を食ってから家を出た。
 珍しく朝出て行く俺をドアの前まで見送って手を振っていたハルヒの姿は、まるで愛する主人を送り出す若妻のようにかいがいしく俺の目に映ったが、「プリン忘れんじゃないわよ!」との言葉で台無しだった。
 
 
 朝の満員電車にもだいぶ慣れたが、やっぱり慣れても楽になるモンじゃない。
 乗客の中にはこのイモ洗い地獄の中で新聞紙を広げる余裕まで持った猛者がいるが、俺はひたすら潰されないようにつり革に捕まるだけで精一杯だった。
 だが今日は少し気分も軽い。少なくとも、仕事から帰って汚い家を掃除する手間が掛からないと約束され、さらにハルヒが元気な状態に戻るかもしれないときている。これなら一個600円とかいう暴利のような値段のプリンも安いものだ。
 
 
 と、まあそんなことを考えながら俺は仕事を終え、約束通りにハルヒへのお土産を買って家に帰った。
 
キョン「ただいま」
 
 おお! 思わずそう歓声を上げたくなった。部屋は見事に綺麗に片付いていた。
 今朝までの『実録! これがひきこもりの部屋だ!』といった感じだった惨状はすっかり様変わりしていた。
 結婚した男の喜びの一つに、帰ったら妻が部屋を掃除してくれていることと聞いたことがあるがそれも頷ける。
 まあその妻にあたる存在がパソコンとにらめっこしてオンラインゲームをしていることだけが玉に傷だが贅沢は言うまい。今朝まで部屋に散らかっていたあらゆる物は異次元に吸い込まれたかのように完全にその姿を消失させていた。
 
キョン「ハルヒ、帰ったぞ」
ハルヒ「うん、ちょっと待って、今戦闘中で手が放せない」
 
 てっきりプリンに飛びついてくると思っていたが、ハルヒにとって一番大切なのはゲームであってプリンでも帰宅してきた俺を迎えることでもないらしい。
 
キョン「はあ、お前は俺よりそのゲームのほうが大事なんだな……」
 
 何気なく愚痴をこぼして、買って来たプリンを冷蔵庫に入れようとしたときだった。
 
ハルヒ「ああ!! あんたが変なこと言うから気が散ってミスして死んだじゃない!!」
 
 そう言ってハルヒが立ち上がってこっちに歩いてきた。
 
ハルヒ「もういいわよ。それで、お土産ちゃんと買って来たわよね!?」
 
 子供のように目をきらきらさせながらハルヒが言う。俺は「ほらよ」と紙箱に入ったプリンを差し出した。
 
ハルヒ「やったー! ありがとうキョン!」
 
 ハルヒはさっそくスプーンを取り出して食卓に着いていた。
 やれやれ。こんな何気ない一言でも救われるものだ。ハルヒが「ありがとう」と言ってくれた、その一言で俺は今日一日の働き疲れもその馬鹿高いプリンのこともどうでもよくなる。
 人の存在価値ってのは役に立つ立たないだけじゃない、例えニートだろうとひきこもりだろうと俺にとってハルヒはあの頃のハルヒと何も変わらない。そう思えた。
 
ハルヒ「ちょっと、早くあんたも座りなさいよ! あたし一人で先に食べちゃうわよ!」
キョン「やれやれ。待ってろ、背広くらい脱いでから……」
 
 そう言って、俺は脱いだスーツを片付けようとクローゼットを開いたときだった。
 ドサドサドサドサ、そんな轟音と共に中から大量の衣類、本、ゲームソフト、その他もろもろが降ってきた。
 全部今朝まで床に散らばっていた物だ。なるほど、どこに消えたかと思ったら全部棚に押し込んであったわけか。はははこりゃ納得だ。
 
ハルヒ「ちょっとなにしてんのよキョン!? せっかく片付けたのに台無しじゃない!」
 
 …………俺はぶち切れた。
 
キョン「どこが片付いてる!? 散らかってた物全部集めて棚に放り込んだだけじゃねえか!! うわっ、しかもゴミまで混ざってやがる!!」
ハルヒ「なによ!! 片付けたんだからいいでしょ!? もういいわよ。プリンあたしが先に食べるからね」
 
 呆れ果てて物も言えないとはこのことだ。俺はハルヒがまさにスプーンを差し込もうとしていたプリンを皿ごとつかんで一気に自分の口に押し込んだ。
 
ハルヒ「ああっ!! なんてことするのよバカキョン!!」
キョン「ふがもあひい! (やかましい!)」
 
 さらにもう一つ、俺の分として買ってきていたプリンも一気にほお張って飲み込んだ。吐きそうなほどに甘ったるい。
 
ハルヒ「バカバカ!! なんて粗末な食べ方するのよ勿体無い! 吐き出しなさい!!」
キョン「こんな横着する奴にご褒美がやれるわけないだろ! 今から片付け直す! そしたらまた買ってきてやるから!」
ハルヒ「めんどい!! だったら今度はプリンじゃなくてケーキよ! イチゴのタルトとレアチーズケーキ!!」
 
 ぎゃーぎゃーとわめいてブーたれながらも、俺が手伝ってやると言うとハルヒは大人しく床に散らかったゴミを拾い始めた。
 
 
 何をやってるんだか、ハルヒの手で部屋を綺麗にさせるのが目的だったのに、俺が手伝っても仕方無いだろう。そう思ったときには、すでに部屋はきれいさっぱり片付いた後だった。
 しかも時間もけっこう遅くなっていた。そろそろ風呂入って眠らないと明日がきつい。
 
キョン「やれやれ。風呂の掃除はまだだし、散々だな……。まあとりあえずお疲れ様だハルヒ、もういいからお前は先に寝ろよ」
 
 ちなみにハルヒは滅多に風呂に入らない。たまに俺がいないときで気の向いたときにシャワーを浴びているそうだった。
 
ハルヒ「……ねえキョン。今日のお風呂掃除はあたしがするわ」
キョン「は? なんで」
ハルヒ「たまには私もゆっくり風呂に漬かりたいと思っただけよ。大丈夫、お風呂掃除の仕方くらい知ってるわよ。それじゃ、すぐ終わらせるからテレビでも見てて」
 
 ハルヒはそういい残して風呂場に消えていった。
 残された俺は一人で呆然としていた。
 ハルヒが自分で風呂を掃除する? ホワイ? なぜ?
 あの全てにおいて自堕落で、落ちた箸すら自分で拾わないようなハルヒが風呂掃除をするだって?
 
キョン「ひょっとして……さっそく効果ありってことか……?」
 
 だとしたら実に喜ばしいことだった。
 この調子でだんだんとハルヒが活動的になってくれれば、いずれあいつも職探しに目覚めるかもしれない。
 いや、そこまで言わなくてもせめて俺が仕事に出ている間に部屋を掃除したり、夕食を作って待っててくれればもう十分だ。(ん? それってなんか…………まあいいか)
 ハルヒ一人に風呂掃除をさせるのはさすがに悪い、そう思って俺は浴室の扉を開けた。二人でやった方が早く済ませられるだろうからな。
 
キョン「ハルヒ、俺も手伝ってやるよ…………って、なんだこれはっ!?」
ハルヒ「あ!? ちょ、今入ったら駄目!!」
 
 そういえば、さっき片付けをしながらも、妙に物が少ないんじゃないかと思った。
 ゲームソフトや漫画本にしても、もうちょっと数があったんじゃないかな、そう思っていた。
 それらはどこに消えた? その答えは、なぜか衣類、本、ゲームソフト、その他もろもろがたっぷり詰め込まれた浴槽が教えてくれた。
 俺は今度こそぶっ倒れた。ハルヒ更正への道のりは果てしなく遠く険しい。
 
 
 

ハルヒニート 第二話 完 

 


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