「キョンくん!キョンくん!・・・大丈夫?」
う・・・あ・・・?
あれ?
「大丈夫ですか?すんでのところで何とか喜緑さん達が駆けつけてくれて――助かったんです」
はぁ、と何故か俺の顔の真上にいらっしゃった朝比奈さんがへなへなとため息をはいた。
「・・・・・・?」
ここは部室で・・・壁の一部がぶっ壊れてて・・・
窓が割れている。敵はこっから逃げていったんだろう。

・・・ああ、紛れもなくさっきまでの部室だ。
後頭部が妙に暖かい―――朝比奈さんの膝だ。
なんという不覚。もっと早く目覚めて朝比奈さんの膝枕を堪能しておけばよかった・・・。
「大丈夫かキョン君」
朝比奈さんの後ろから男の声が聞こえた。
誰だ?少なくとも俺の記憶には――あった。
「シュルツ・・・さん?」
久しぶりの登場だ。融合事件の際、言いたいことだけ言ってとっとと姿をくらませてしまった無責任男、ここに再登場せり。
「すまんな。奴らの行動がここまで早いとは思わなかった。上の指示を仰いでいる暇もなかったので独断で来てしまったよ」
「・・・いままでどこで何をされていたんです?」
融合事件で鶴屋さんに例の下着群を渡したのはこの御仁だろう。ということは我々の行動の一部始終をどこかで見ていたんだろうとは思う。
手助けしてほしかったなぁ。
「いやいや。あれは君達がやらないと意味がないからね。それがこの時間平面状の規定事項・・・」
規定事項と言いかけたシュルツ氏は何故か一瞬押し黙る。
「規定事項なんですか」
「・・・ああ、まぁ、そういうことだ」
そもそも詰まるようなところじゃないと思うんだがな。
「気にするな。それよりだ」

 

 

「やはり、例の組織の手によるものだった」
例の、ってあの頭目が変わった云々・・・のか?
「例の組織・・・って、あの組織の頭目が過激派連中と入れ替わったって云う・・・」
「そうです」
いつの間にやら、古泉も帰ってきていた。
まだ頭がくらくらするが、流石に朝比奈さんにずっと膝枕しててもらうわけにも行かないので、まだ痛む頭をさすりながら起き上がり、パイプ椅子に深く腰をうずめた。
「古泉、どこ行ってやがった」
「申し訳ありません。本当にクラス委員の仕事がありまして・・・もとより、機関の方からも何も連絡がなかったので油断していました。弁解の余地もありません」
そうかい。
そういえば――俺は奴らに何かを打たれたが、あれは・・・
「あれは一種の麻酔のようなものだと考えてもらって差し支えありません。ごく最近某製薬会社で開発された、薬物汚染の心配の無い麻酔らしいです。
一応しかるべき医療機関に掛かったほうがいいのかもしれませんが・・・」
「その心配はありません」
と古泉の横からひょっこり顔を出した喜緑さん。
「貴方が寝ている間にいろいろ調べさせてもらいました。しかしながら、特に異常は見られませんでした。ただ、ストレスが若干溜まっておられるようでしたが・・・」
やはりな。
最近妙に胃が痛いんだ。
頭痛とあいまってそれはそれは地獄の苦しみだ。
宇宙人謹製の頭痛薬と胃薬でももらおうかね。とか妙なこと考えていたら
部室のドアがゆっくりと開き、

 

長門が病院から帰ってきた。
「おかえり。ハルヒのそばに居なくていいのか?」
「彼女は現在二回目の精密検査を行っている。終了する時間帯はすでに面会終了時間を越えているので帰ってきた。ともかく、大丈夫・・・そうね。よかった」
あんまり大丈夫じゃないけどな。
なんでハルヒじゃなくて俺たちが襲われなきゃならないんだ。
「さぁ。敵に訊いてみて」
と長門にしては無責任な返答を返しやがった。人間味たっぷりでうれしいが、ちょっと小憎たらしくもある。
しばらく無邪気な笑みを俺の方に向けていた長門だが、何故か俺の後ろのシュルツ氏を発見するや否や目を丸くし・・・
「・・・・・・」
どうした長門。
久々の絶対零度に達するかという瞳で、半ば睨みつけるように凝視し始めた。
――ああ、そういやコイツシュルツ氏と対面するのは初めてだったか。
「長門、この方は所謂・・・外宇宙人だそうで、お前の遠縁の親戚に当たる・・・」
んだろうか。
ともかくだ、害は無いらしい。
「・・・・・・」
まだガン見してやがる。
何がそんなに気に入らない?
「――積もる話もある。既に喜緑君には事情を話した後だったが・・・君には未だだったな。ちょっとお隣を借りて二人で話をさせていただきたいんだが・・・いいか?」
俺が拒む理由も無い。長門はどうだ?
「・・・私も、話がしたい」

久々の同属・・・に近い存在というだけはあるのか、内輪話を始めるようで、
シュルツ氏は長門を伴って先ほど武装した連中が破った壁を伝ってお隣のコンピ研部室へと入っていった。
「何を話しておられるんでしょうね」
恐らく喜緑さんを除けばこの中で一番彼に詳しい筈の古泉が呟く。
「・・・キョンくん」
なんですか朝比奈さん。
「・・・あのね。あの人・・・・・・」
あらはやい。もう帰ってきやがった。
と思ったら朝比奈さんは俺の横から一歩下がって、下を向き始めた。
「?」
「・・・また、今度お話します」
そう言ったっきり黙ってしまった。
何なんだ一体。
幾つかの謎を残しつつ、二度目の動乱は幕を下ろした。

 

 

 

「流石にこのまま君達をはいさようなら、と返してしまうわけにもいかん。我々があの組織をつぶすまで、暫く安全な場所で生活してもらいたい。あの連中のことだ、
寝込みを襲うことはまず無いと思いたいが・・・もしも、ってこともある。ということでこいつに乗ってくれ」
帰り際、某ランクルに挟まれた・・・2台のクラウンに俺達は案内された。
これに乗ってサンクチュアリへご招待?俺達は生憎皇族でも政治家でも国賓でもないぜ。
「あなた方の存在は既に、並の国家元首より貴重なものとなっております。政治家や企業のトップなら替えが利く。しかしながら、あなた方には替えが利かないのです」
先頭のクラウンの助手席から森園生さんが顔をのぞかせた。
「この車列は我々が用意したものです。全面7.62mm×39弾の直撃に耐え切れます。対物ライフルの狙撃を受けるか対戦車地雷を踏むかRPGの直撃を受けない限り、
ビクともしませんよ。・・・しかし、我々がこんなものに乗って移動しなきゃならないなんて・・・・・・世も末ですね」
若干口元をゆがめつつ笑う古泉は、俺を車内に案内する。
「僕と朝比奈さんが乗る後ろの車には喜緑さんが乗っておられます。なので、敵の攻撃を受けてもある程度は・・・防ぐことが可能でしょう」
そう願いたいものだな。
それはそうと、一体どこで暮らすことになるんだ。それに学校はどうするんだ。
「学校にはすでに話を通してあります。ご家族には暫く友人宅に止まると電話なされていた方がいいでしょう。行き先ですが・・・・・・本当なら弊機関のセーフハウスを提供したいところだったのですが、
生憎準備が整いませんで。暫定的に夢洲に設けられたベースに一日程度、居てもらいます」
「ハルヒはどうなるんだ?」
「精密検査の結果、少しばかり異常が出たので念のため明日も入院・・・ってことになりました。ああ、もちろんただの方便ですので心配するに及びません。まぁ彼女にとってはとんだ災難でしょうが」
人畜無害な笑みに若干黒のエッセンスを配合したような奇妙な笑みを浮かべて、じゃあまたあとでと言いドアを閉めた。
「じゃあそろそろ出ましょうか」
森さんは運転手に命じ、運転手は先頭のランクルと後部者列に無線で連絡を入れたのち、クラウンは乗用車にしては深く大きくゆったりとした制動感を残して発進した。

 

 

うーん。高級車はいいね。
振動も少なく、何より”守られてる”って感じがするもんな。
窓ガラスも妙に厚いし。うんうん。厚いガラスの所為で景色が微妙にゆがんでやがる・・・
「仕方ない。窓ガラスでライフル弾を防ごうと思ったらこれくらいないと。・・・エリザベス女王の乗るベントレーはもっと凄いよ?」
「どう凄いんだ?」
「ドアが金庫の扉みたいに厚い。多分重機関銃弾も止められる」
こんくらい、いやこんくらいだったかな?と長門は手でとんでもない厚さなんだろうという表現をするが、
俺からは壊れたシンバルをふりまわすサルのおもちゃのような姿にしか見えない。
中々滑稽だ。
「ひどい。必死に説明しているのに。・・・せっかくCD貸してあげようと思ったのに・・・」
「CD?」
「もういい、教えない」
ぶー、と口を膨らませて怒ったようなしぐさを見せる。
「わかった、長門、悪かった、ごめんごめん」
「ごめんは一回言えば判る」
・・・・・・はい、長門先生。
「で、CDっていうのは・・・?」
「仕方ない」

教えてあげる、と言いながらカバンから樹脂製のケースを取り出し、俺にそっとよこした。
CDのジャケットには・・・茶色の背景に女性の姿の彫像・・・いや、彫像のようなものが張り付いたモノリスのような雰囲気の背景。
ジャケットからは、中身にどんな曲が詰まっているのかは想像出来ない。
「Crystal Tears?どんなジャンルの曲だ?」
「うーん」
と長門は一瞬考え込み、しばらくたっても適当な考えが出なかったようで
「メランコリックゴシックメタル?」
?はないだろう。
「ギターとドラムを前面に押し出したアルバムもあるし、ひたすら美しさを追求してメタルの範疇から完全に外れちゃった曲もあるし・・・一概にどうとはいえない」
「お前が好きな北欧メタルとかいう奴か?」
「・・・う~ん・・・これはどういったら良いんだろう。確かにその流れを汲んでいることは汲んでいるけど・・・ま、新境地と言ったところ」
「どういうこった?」
「確かに叙事的な要素もあって、アップテンポの曲も在るけど・・・他の北欧メタルとは違い、低く、物悲しく陰鬱に、然しながら美しく・・・・・」
わけが判らんぞ。
「・・・そうだね」
プロテインだね、とでも言わす気か。
「・・・・・いや、まぁ、貸してあげるから聴くと良い」
「そうか。じゃあ借りるとするよ。暇があれば聴いてみるよ」
たわいない会話、だが俺にとってはある意味かなり貴重であった、長門との趣味の会話を楽しみながら、車は高速道路へと吸い込まれていった。

 

 

 

海を臨む高速道路というのも中々乙なものだ。
ひたすらコンビナートと市街地が広がっているだけだが、中々絵になる。
そう思わんか、長門。
「そうね・・・?」
なぜかクエスチョンマークを語尾につけた。
「どうした長門」
「併走するワンボックスカーに何か・・・乗ってる?ちょっと待って・・・・・視覚的、質量的、熱的・・・物理的ステルス状態にある何者かが乗っている可能性がある」
おいおい、プレデターにでも襲われるのか俺たちは。
長門が何かを言いかけようとした瞬間、車のルーフを何かがするような音が一瞬したかと思ったら、直後連続した銃声が轟いた。
「上にのられた!?」
確かに何かが車のルーフに乗った感触があったが、それにしては銃声以外の物音がしなさすぎる。
「どうするんだ長門!?」
「振り落として!!」
「了解しました!」
車が一気に加速し、絶妙なハンドルさばきで以って僅かに開いた追い越し車線に入る。・・・っと、トラックにはさまれちまった。
森さんが窓を開けて身を乗り出し、どこから取り出したのかは知らんがMP7をルーフの上に向けて連射する。
「森さん!一般道ですよ!?」
「大丈夫です!被害を受けるのはトラックの積荷だけ――ッ!!」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫です!長門さん、なんとかなりませんか!?相手が見えないことにはこっちも避けようがありません!」
助けを求められた長門は、
「・・・現在上の敵にかけられた情報連結を解除中・・・あっ!?」
「ちょっとだけ見えたっ!」
再びルーフから乗り出して再び射撃を開始しようとした森さん。しかし・・・
「きゃっ!!」
と小さな悲鳴を吐いたかと思ったら、直後上半身を窓から出したまま後ろへと倒れて行き・・・
とっさに長門がズボンのベルトを引っつかんで何とか支えた。危ない危ない。
「どうしたんです!?」
返事がない。長門が無理やり車内へと引きずり込む。
―――これはやばい。

「肩口から背中にかけて2発、上腕部に1発貫通弾。・・・・・急いで。高速だと止める場所がない」
「敵はどこへ行った?」
「飛び降りた!」
んな馬鹿な。
「重力の影響が無効化されている。恐らく防音壁を飛び越えたものと思われる」
ヤクザ崩れの連中になんでそんな能力があるんだ?
「わからない・・・とにかく、敵に取り囲まれている可能性がある。どうにかしなければ」
「夢洲まではまだかかる!?」
「今高速を降りています!舞洲まで3分、夢洲まで10分ないし12分といったところです!!」
ジャンクションを降りて直線状の橋に入る。前方を行くランクルが再加速し、クラウンもそれに習う。
「もう少しで夢洲に到着・・・します・・・」
「森さん、傷に障りますから・・・」
大丈夫、と言って起き上がろうとする森さんを長門が止め
「致命傷ではないけれど、止血をしないと駄目。モルヒネ打つ?」
「モルヒネは・・・遠慮しておきます。・・・・・でも、さすがに痛いですね」
ふふっと力なく笑う。白いブラウスが赤く染まり、ブラウスが吸い切れなかった血がポタポタと車の床に落下する
「敵は部室襲撃に失敗して、タイムテーブルが狂うことを嫌っているみたい。だから・・・今日のうちに朝比奈みくるの確保を狙っている。どんな意味があるのかはわからないし、明らかに向こうに勝算がない。一体・・・・・・」
「ともかく止血だ止血。お前の技じゃなんとかならんのか?」
「今何とかしてるところ!・・・ホローポイントで撃たれた所為で、いくら貫通してくれたとは言っても体内組織の損傷が激しい。加えて若干の金属粒子も残っているので・・・除去中・・・」
その時だった。
長門が森さんの治療に能力を傾注している。ということは、本来彼女が果たすべきはずであったレーダーピケットの役割を放棄すると云うことに等しい。
つまり、喜緑さんだけがレーダーピケットとしての役割を実行することとなり、その能力は二人で行う場合より著しく低くなる。
・・・・・敵の攻撃から身を守れなくなると言うことと、同義だった。

長門が一瞬何かに気がつき、顔を上げた。もう遅かった。
俺たちの目前にまで、何かでかい熱の塊が接近していたのだから。

 

 

「TOW!?」
長門が叫んだ。だがもう遅すぎた。
運転手が機転を利かしてミサイルがあたるすんでのところでハンドルを切るも、ミサイルは車輪の真横で爆発、衝撃で側壁に向かって車体が吹っ飛び・・・
すべてがスローモーションで流れる景色を何の感慨も無く眺めていた俺の意識は、側壁に激突した瞬間どこかへと吹っ飛んだ。

 

 

 

キョ――――

きょ?

―――キョン

ああ、俺はキョンだ。・・・忌々しいあだ名だがな。それがどうかしたか。

・・・これは・・・・

あの「夢」だ。
いつもの様に瓦礫と化した何かの建造物群と、赤茶げた大地。
そしてハルヒ・・・と。何だ・・・?
この間の、何故かノイズが乗りまくったハルヒと・・・後ろに何かが居るな。
白い影。いや、白い霧か?ハルヒの後ろでなにやらうごめいている。
人の形は成していない。ハルヒの身長と同じくらいの高さの霧が上下左右に微動している。
雰囲気だけを見ると九曜のそれと近い気もするが、全く違うと何故か言いきれてしまう。
幽霊・・・・・とでも言おうか。とにかく名状しがたいものだ。
へんなのが居るかわりに、例の音楽は聞こえてこない。
俺は声を出そうとする。が、案の定出ない。ちゃんと口も開いて息も出している筈だし、声帯もきちんと機能している筈だ。なのに―――
声だけが出ない。
辺りにある空気が振動を伝えることが出来ないわけではないようだ。
ハルヒの声と、以前よりもはっきりと聞こえるようになった”歌”が俺の耳に届いているからだ。
「お願い―――みく―――たすけ―れ―くて―――心―――折れないように―――」
心折れないように、か。
ハルヒ。そろそろお前が何で俺の夢に出てくるのか。この俺の夢の中に広がる世界は何なのか、教えてくれても良いんじゃないかな。
――無駄か。心までは読んでくれないようだ。
しばらく同じような言葉を繰り返した後、ハルヒはその形を崩していき、消滅。
ハルヒの後ろでうごめいていた影も同じように消えていった。
そして、俺の夢もそこで唐突に終わる。

 

 

 

「キョン!!」
な・・・がと?
長門の澄んだ、そして感情の込められた瞳が見開いた目に飛び込んできた。
クレゾールの臭いが鼻をついた。病院か?
「大丈夫ですか?キョン君」
朝比奈さん・・・じゃないな。喜緑さんだ。ベッドの横のパイプ椅子で小さく縮こまって居られる。
誰も怒っちゃいませんよ。どうされたんです。
「申し訳ありません。本当に・・・申し訳ありません」
とただただこうべを垂れて繰り返すばかりで、会話が成立しない。
長門に助けを求める。
「・・・どういうことだ?それにここは病院のようだが・・・って朝比奈さんは?」
まさかとは思うが・・・いや、さっきの爆発は?
何で俺はここに居る。
「森さんもほかの人も無事・・・朝比奈みくるをのぞいては。・・・彼女は連れ去られた。奴らに」
「・・・なんだって?」
カーテンの横から完全にスマイルを消失させた小泉が現れる。
一体何が起こったって言うんだ?
「あなた方は対向車線に居た敵の車両からミサイル攻撃を受けました。先頭に居たランクルも。車列の先頭がやられたことで、我々は転がった先頭車両に阻まれて前進することかなわず、
停止を余儀なくされました。・・・そして、先ほど、あなた方先頭車を襲った、一切の物理的性質を無効化された組織の戦闘員が我々を襲い・・・喜緑さんも奮戦されたんです。
しかしながら人数が多すぎました。・・・・・・結果、朝比奈さんは拉致されました」
「何かの冗談・・・・じゃない、・・・そうだよな?」
「真実。目を見開いて、目の前の真実を見つめて。お願い」
「――殺された、のか?」
「いえ。長門さんに言うには監禁状態にありるが、敵には殺害する意思は今のところないと」
「どういうことだ。全部何もかも最初からきっちり説明してくれ」
「ええ。判っています」
古泉は従順な執事よろしく即答した。
「先日の爆弾テロおよびこの朝比奈さん誘拐事件は、やはりあの新興勢力によって引き起こされたものだという結論に至りました」
「理由を聞こう」
「敵の組織が最近購入した爆薬および火器のリストと、今回使用された弾薬および火器のルートを照合した結果、完全に一致しました。対戦車ミサイルなんて物騒なもの使ってくれたおかげで確信がもてましたよ」
・・・・・・そうか。
爆弾テロに車列を襲撃して誘拐か。
ここはイラクじゃないんだぞ。
「それはともかく、朝比奈さんがどこに居るのか、判るのか?」
長門の顔が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。
「・・・判っている」
「・・・本当か?」
「・・・本当」
「・・・じゃあどこだ?」
「あっち」
南の方を指す長門。
「あっちって南だな。南のどこだ?」
俺の執拗な舌攻撃に、ついに長門は押し黙った。
判らないんだな。
「・・・私たちだって、努力はしてる。でも・・・」
「ごめんなさい。本当に見つからないんです。西太平洋のどこか、に居るということくらいしか」
声に嗚咽を混ぜ始めた長門を宥める様にして喜緑さんが仲裁に入る。
「あんたがたで見つからないって・・・」
「どうやら何がしかの障壁が張られているようです」
障壁?
「ええ。我々の検知を無力化するような障壁が。それがどういうものなのかは一切判りません」
「おい古泉。お前さっき”朝比奈さんは殺されては居ない”って言ったよな?」
「ええ」
「検知できないならなんで殺されていないとわかるんだ」

「それはですね」
と再び喜緑さん。
「あなた方には、我々が開発した原始的な量子情報通信装置をナノマシンという形で入れていますので、どんな遠隔地にいようが情報を伝えることができます。
しかしながら非常に原始的なものなので、ほんの少しだけの光子の量子状態を観測することしかできません
――ただ、観測結果から導き出される推論から、確実に生存はしているといえます」
・・・なんだか良くわからん。
「ともかく生存してはいるんです。安心してください」
「安心・・・は出来んな。こんな状態だし。それに・・・障壁っていったい?」
「障壁・・・と仮に呼んでいるに過ぎません。もしかしたら朝比奈さん自体に何らかの処置が施されているのかもしれませんが・・・
ともかく状況から察するに、敵には我々と同種の勢力が協力しているのかと・・・」
―――まさか。
一切の物理的性質を無効化された敵、長門たちを以ってしても観測できないほどの障壁をはる敵。
心当たりがある。
「天蓋領域の奴らか?」
「恐らくはな。だが、現在調査中だ」
声のした病室の入り口を見る。
シュルツ氏が憮然とした表情で立っていた。

「すまない。もう少し我々の対応が早ければ・・・」
申し訳ない、とただこうべをたれるばかりのシュルツ氏。
「判っていることを全て教えていただけませんか?何でも良いんです。俺の知らないことがあるなら―――全部、知っておきたい」
”自称”何でも知っている外宇宙人氏なら、何か有益なことを教えてくれるだろう。
「おや?我々では不十分ですか?」
彼だけしか知らない情報もありそうだからな。
「相変わらず察しが良いな。・・・我々はもてうる力の全てを動員して朝比奈君の所在を割ろうとしているが・・・正確な位置まではわからん。しかしながら、一つだけ重要な情報を手に入れることに成功した」
「・・・重要な情報?」
と手の甲で涙を拭きつつたずねる長門。

「ああ。どうやら奴らはロシアの原潜を強奪して海中に潜ったらしい」
あんたそれ一種の核ジャックじゃないか。それにそんな簡単に動くもんなのか?
「原潜・・・ですか?そんな馬鹿な。車を動かすのとは訳が違うんです。一筋縄で動かせるとは・・・」
「・・・ああ、奪った、というと語弊があるな。ともかくこれを見てくれ」
日焼けしたシュルツ氏にはあまり似合わない、結構華奢な手から古泉に薄い冊子が渡される。
「ふむ・・・パブロフスキー・・・のリストですか?」
「ああ。かつて栄華を極めた軍港にして、今ではソビエト原潜艦隊の夢の残りカスが集う原潜の墓場の一つ・・・だ」
「・・・?オスカーⅡ級が造船所・・・いや浮きドックか。そこに回航されていますね」
「ああ。艦名は今のところ不明だが、最も程度の良い『廃棄原潜』・・・まぁ、ロシア側から言わせると『財政難によりやむなく退役させた退役原潜』だそうだが・・・それを再就役させる予定だったそうだ。
それに関する情報は既に各国の軍事情報筋が感知し、情報自体も数多の軍事情報誌に載っている。が、問題は次のページだ。これは我々が真っ先に押さえた情報でな」
長門と古泉が小冊子を食い入るように見め「アクラ級・・・?」と二人して呟いた。
「正確にはアクラⅡ型と言ってしまった方が良いかもしれない」
先ほどまで泣いてた筈の長門は興味津々というそぶりで冊子にかぶりついて
「それが一隻・・・乗員をルイバチーで全員おろして後から別の部隊が乗り込んで・・・パブロフスキー湾へ自力回航して一ヶ月程度放置?不思議。数がそろわないシエラ級に代わる、
ロシア海軍が現有する中で最大にして最強の攻撃型原潜なのに・・・致命的な欠陥か事故でもあった?」
「いや。事故や欠陥なら兵器位下ろすだろう。それに修理チームか何かが来る気配も無い。第一、故障したら普通ドックにでも行くだろう?」
「ドックに空きが無かったとか」
と古泉。
シュルツ氏は頭を横に振り
「いや、ロシアの造船所のドックは一部を除いて全部閑古鳥が鳴いてるよ―――いやな。俺たちも当初、てっきり原潜修理能力のある造船所のドックは全部開いてないのかと思ってたんだよ。
そしたら・・・つい三日前、なんだかよくわからん老人たちを乗せたと思ったら、唐突にそいつがパブロフスキーから姿をくらまし、その後下北海洋観測所のSOSUSに引っかかった後太平洋へと消えた。
・・・あ、今のは他言無用だ。一応機密情報なんでな。公式にはあそこはただの海洋観測所であって、間違ってもSOSUSの中継基地じゃない、ってことになってるからな」
今更防衛機密も無いだろうとは思うがな。
「ともかく、何がしかの手段を用いて朝比奈君を収容し、そのまま太平洋に消えたという線が今のところ一番考えられる」
太平洋・・・か。こうしちゃ居れん。
「俺はもう大丈夫だ、自主退院するぞ。朝比奈さんを探さんとな」
点滴の針を引き抜いて健在ぶりをアピールしようかとも思ったが、残念ながら生憎点滴針は刺さっていなかった。
「ええ。多分大丈夫ですよ。若干怪我を負っていましたが、長門さんが治療してくれたのでもう大丈夫です。それに半日もたっていますので―――」
俺は半日も寝てたのか。なお更こうしちゃ居れない。

 

「しかしながら、な。どこに居るのか判らんのでは・・・」
「そうそう。SOSUSには引っかかったんですよね。じゃあ海上自衛隊の基地からP-3Cを雨あられと飛ばしてMAD(磁気探知装置)やソノブイ、
ISAR(逆合成開口レーダー)で検知すれば良いんじゃないですか」
「無計画に飛ばしまくってソノブイ落としまくって、ついでに海自の潜水艦がアクティブピンを打ちまくっても、水中が音波やら何やらでめちゃくちゃになるだけだ。
だが海自さんもやれるだけのことはやってるから、まぁ期待半分ぐらいはしては良いと思うが・・・・・
ただ、朝比奈君の所在が彼女たちを以ってしてもわからないとなると、海自が潜水艦を探知できるとは・・・・・長門君、潜水艦だけの探知は可能?」
「・・・・・不可能。ごめんなさい」
謝る事は無いぞ。
「・・・・・私を口撃したあなたに言われたくは無い」
悪かったよ。怒らないでくれこんなときに。
「・・・・・ふん」
・・・・・
あのなぁ長門。
「おいおい。こんな時に内輪喧嘩は止してくれ」
「判っている。・・・・・・SOSUSで捕らえられたのに、私たちが探知できない。・・・となると、考えられる状況は一つ。
SOSUS通過後にこの潜水艦は我々と同等もしくはそれ以上の能力を持つ何者かの情報制御下に置かれたと考えるのが妥当」
ということは、だ。
「長門、お前たちでも手も足も出ないということか?」
「・・・残念ながら、今のところは。だけど、敵が朝比奈みくるを拉致したのには何らかの意図があるはず。意図を見抜き、相手に一切付け込む隙を与えないことが、我々に出来る唯一のこと。
・・・大丈夫。いずれ光明は射す」

 

 

 

長門の言ったとおり、直後に光明が射し始めた。一隻の軍艦が、怪しい潜水艦の陰を捉えることに成功したのだ。

東京へと向かう親善航海の途上にあったウダロイ級対潜駆逐艦”アドミラル・パンテレーエフ”は下北半島の尻屋崎の南南東およそ150km付近にて友軍の潜水艦と思しき音波をキャッチし、
少々おかしいなと思いながらも交信を試みたところ、まったく応答がなく、本国に問い合わせたところ、アクラ級のうち一隻の所在が判らなくなっていることが判明し、
僚艦で、本来なら津軽海峡から東へ抜けた後、北へ転進して本国へ帰還する予定だったアドミラル・トリブツを伴い、領海ぎりぎりのエリアから追跡を開始、ついで海自に打電を行った。


艦名は不明だそうなので、とりあえずアクラとしておくが、このアクラはどうやら南方から北上してきたらしく、このウダロイ級二隻に見つかったとたん何故か180度回頭し南へ逃げ去ろうとした。
連絡を受けた海自はひとまずロシア海軍に自制を求めた上、相模湾で訓練中だった”しらね”、”きりしま”、”はるさめ”と、横須賀からじかに”いかづち”を派遣、大湊からは”じんつう”と”ちくま”を、
八戸航空基地からはP-3Cと虎の子SH-60Kを上げて全力で潜水艦を追い始めた。
しかしながら、海中の音の伝播状態が悪いのか、それとも天蓋領域の意思か何かが働いている所為なのかはわからないが、とにかくかすかな反応しか得られず、
何故か磁気探査にもなかなか引っかからず、敵をいたずらに追い回す程度しかできなかった。


その後俺たちは空港から航空自衛隊の輸送機に乗せてもらい、百里基地でヘリに乗り換えて房総半島東部まで進出した護衛艦隊の旗艦となっている”きりしま”に乗艦し、
長門と喜緑さんの宇宙人パワーをフル稼働させて、なんとかして潜水艦を追い詰めるこの「追い込み漁」なる作戦に協力し、朝比奈さんを救い出すこととなった。

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最終更新:2007年06月13日 00:33