死者5名、重軽傷者30名以上を出したこの爆発”事故”。
今のところ報道管制をかけた上表向きには事故と処理されているが、機械室ならともかく衆人環視の只中にあったゴミ箱が爆発した以上、
爆弾テロだと騒がれ始めるのも時間の問題であろう。
ハルヒはあのまま他のけが人とともに救急車で病院に運ばれる。俺と古泉も手に怪我を負っていたので、救急車に相乗りする形と相成った。

しかしあのハルヒがまさか倒れるなんて。外傷は見当たらないし、崩れ落ちたときに何とか長門が支えてくれたお陰でどこも打ってはいない。ちゃんと息もしている。
まさか一瞬にして植物人間と化すようなことなぞあるわけも無いので、どんな名医が見ようが俺のような素人が見ようが、”失神”として片付けられるであろう。
ただ、俺としてもあのハルヒがぶっ倒れたことで脳内の各種人格ともパニック状態に陥り、とにかく誰か人を呼ばなきゃいけないと思いつつ、
自分が怪我してるのも忘れて朝比奈さんともどもハルヒに半泣きですがり付いていたのには、後々思うと少々気恥ずかしい気もした。



「救急隊員の方が仰るには、涼宮さんは気を失っているだけです。元々何か病気を患っていない限り何も出ないでしょう。安心して下さい」
病院についてそのまま治療室送りとなったハルヒを見送る俺の背後で、いつもは蚊並に耳障りな音をはくでしかない古泉が囁いた。、俺は心の底からホッとした。
ホッとしたついでに自身の怪我の方へ注意が行く。・・・ってこれ、結構痛いよな。
「僕もです」
ひらひらと古泉が翳す右手は俺同様に血にぬれている。幸い俺も古泉も縫うまでにはいたらないが、結構な裂傷だった。
「さあ、僕らも治療を受けましょう。さすがに痛くてかないません」

 

結論から言おう。ああ、非常に痛かった。
縫うまでも無い?いやいや、縫いましたとも。3針も。
局部麻酔を打ってくれはしたが、目の前で縫われると神経的には痛くなくても精神的には非常に痛い。
結果脳内で”痛い”という謎の信号が形成されちまうわけで・・・
地獄だった。


「やはり長門さんの言うとおりセムテックスだったようです」
俺ともども地獄の治療を終えて、右手に包帯を巻いた古泉がぎこちなく左手で携帯電話を弄りながら言った。
「何だそれは」
隣でトマトジュースを味気無さ層にすする長門が
「チェコ製のプラスチック爆弾。コンポジションC-4の仲間。ニトログリコールを検知したことから、
比較的最近に製造されたものと思われる」
「・・・しかし、何故?」
「朝比奈さん、心当たりはありませんか?」
俺がそういうと朝比奈さんは愛らしい小顔をふるふると横に振り
「多分、私たちに関係するような人・・・たとえば例の私とは別の未来人さんの組織とかですとか、そういった団体に仕業ではないと思います。
やり方が回りくどすぎるし、それに野蛮です」
「古泉、お前らの組織でも何か判ってることは無いのか?」
あの時と同じように完全にスマイルを消失させた古泉は頭を横に振り
「ええ。全く何も・・・申し訳ありません。機関のものが他の懸案事項にとらわれていて、警備が疎かになってしまいました」
「・・・他の懸案って何」
おつかれモードに突入しつつあるユッキーが徐に古泉に問う。

「・・・そうですね。言っておいた方が良いでしょう」

「我々はここ一年、ある組織の監視に重きをおいてきました。ほかでもない、我々の対抗馬となっていた組織です。
以前は我々より遠距離からあなた方を”監視”をするだけの存在でしかなかったのですが、ここ数ヶ月の間にその組織の頭目が交代し、
ついで旧体制側の幹部クラスおよび古参の構成員を相次いで粛清していったそうです。それからというもの、攻守両面に於いての活動が活発化。
・・・最近では、あるルートから大量の武器弾薬を仕入れていることも判明しました」
「・・・・・・どのルート?」
「僕も正確なことは知りませんが、ちらと聞いた話では東欧ルートおよびパキスタンルートのようです・・・・・・ともかく、
いっぱしのヤクザなんかより凶悪な連中が出来上がってしまったわけです。アサルトライフルやマシンガンで武装し、海外のテロ組織で教育を受けた人間を配置し、
時と場所を問わずに実力行動に出る。最悪な連中ですよ」
「おまえらの組織じゃどうにかしてくれないのか?」
「いまどうにかしている最中・・・だったんですが、あまりにもそちらに力を傾注しすぎて、コチラの対応が疎かになってしまいました。
・・・・・・もしかしたら、この事件もその組織と関係があるかもしれませんが、それはまだ調査中です」
まだあのよくわからん未来人や超能力者や宇宙人の集団が攻めてきた方が判り易い上に有難かったな。
たとえ俺たちを狙ったものじゃなかったとしても、俺たちにとっては災難だ。
「・・・・・・キョン」
「なんだ長門」
何処かの新米吸血鬼のようにトマトジュースで唇の端を赤く染めた長門が
「これは明らかに我々への敵意をもったものによる犯行。我々を直接襲撃しなかったのは、恐らく涼宮ハルヒの反応を見るため」
「どうして判る?」
「・・・・・・カン」
長門のカンほど当てに出来るものは無いと思っていたが・・・本当に信じて良いのだろうか。
ううむ、状況証拠だけで人間を逮捕できないのと同じように、状況証拠だけでは人は信じてくれないぞ。
「・・・・・なら信じなくて良い」
そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
「長門さんがそう云うんなら、信じても良いんではないでしょうか」
「そう・・・かもしれないが、おまえはどう思う?」
「そうですね。やり方がスマートじゃないという点から僕は敵組織の過激派説に一票を投じたいところです・・・が、なにぶん状況証拠だけですからね。まだ僕からはなんともいえません」
「だよな」
今判明しているのは、爆弾が俺たちの目の前で二回も炸裂し、ハルヒは気を失って病院送りになり、古泉と俺は軽傷を負い病院に担ぎ込まれたという事実だけだ。

「とにかく、我々とは相容れない思想を奉仕する頭目となり、組織としての活動も同じくして相容れない不倶戴天の敵となった以上、我々は全力をかけて潰します」
柄に無く力を込めて言い放った古泉であった。
真顔でな。

その後、ハルヒは大事には至ってないという理由で早々に一般病棟へと移された。しかしながら未だ目を覚まさない。
普通睡眠時は浅い眠りと深い眠りが交互に続くのだそうだが、何故かハルヒはかなり長時間深い眠りに入っているらしい。
珍しいということなのだが、まぁ心配は無いらしい。
左手に点滴の針を刺されながら、らしくない安らかな寝顔で静かに眠るハルヒ。叩き起こすわけにもいかないので、
俺たちはひとまず泊りがけ4交代で監視任務につくこととなった。

 

 


爆弾テロから一夜明けた。
マスコミは”ゴミとして持ち込まれた物質が何らかの原因で化学反応を起こし、結果爆発した”だの、”たまたま漏れていたガスが引火した”だのてんで見当違いのことを喚いていた。
情報管制様様だな。
さて、長門と交代する形でハルヒの見舞いに行かねばならん・・・まぁ仕方ない。
心配していないといったらうそになるからな。一先ず未だ痛む左手をさすりながら朝一の電車に乗って病院へ行くため、玄関を出ようとした・・・その時。
俺の携帯が鳴った。

長門だ。
「どうした長門?」
『目を覚ました。なるべく早く来て』
若干声に困惑の色を混ぜているような気がした。
「判った。行く」
『電車よりタクシーの方が早く着く。家の前にタクシーがある筈』
嘘だろ?と思いつつもドアを開けると―――
ああ、顔見知りの誰かさんが乗った黒塗りのタクシーが。
「早く!」
助手席から顔をのぞかせている古泉にせかされるがまま、早々と黒塗りタクシーへと乗り込み、途中で朝比奈さんを拾いつつ病院へと直行した。

 

 

 

「・・・キョン」
病室へと飛び込んだ俺の顔を一瞥するや否や、力なくハルヒが呟く。
いつもの血気盛んという言葉を如実にあらわしたような喜色満面の顔ではなく、顔面蒼白といってしまって良いような、全く元気も覇気も無い顔で。
「・・・大丈夫か?」
「・・・あんまり」
だろうな。失神しちまうほどの惨劇を見たんだ。
「その・・・実は良く見えなかったわ、あれは」
「じゃあ何で元気が無いんだ?」
まさか後々ニュースか言伝で知ったあの惨劇に心を痛めている・・・のか?
いや、ハルヒに限ってそれは無いだろうと思う。
「・・・あのさ。笑わないで聞いてくれる?」
「何だ?」
ハルヒは若干うつむき加減に、言葉をつむぎ始めた。

「あのね。あたし、寝てる間ずっと夢を見てたの」
「夢?」
「うん。夢」
はて。こいつはずっと深い眠りに入ってるんじゃなかったっけ?夢なんてのは浅い眠りの時だけ見るものだと思っていたが・・・
「・・・でね、ずっと夢の中の人があたしを罵るの。お前の所為で人が死んだんだ。お前さえ居なければ・・・って」
ハルヒは柄にも無く大きな瞳に涙をたたえ始め
「だから・・・怖い。あたしの所為で・・・」
「お前の所為じゃない」
あれは単なるアウトローどもによる無差別テロか、もしくは・・・・・・ああ、本格的に泣き出しちまった。
目で長門と朝比奈さんが俺に合図を送るそぶりを見せる前に、一先ずハルヒを抱きしめる。
「だっ、、抱きしめなくたっていいわよ」
俺だって抱きしめたくて抱きしめてるわけじゃないさ。
「じゃあ何で抱きしめるのよ」
「女の子が泣いてるから。それじゃ理由として不十分か?」
「・・・ばかっ」
”ばか”という言葉に呪詛的な音韻が含まれていないことを悟った俺は、ハルヒを泣き止むまで優しく抱きしめ続けた。

 

 

 

ハルヒはもう一度精密検査を行った後退院するということになった。
少しばかり元気を回復したハルヒは早く帰りたいだの美味しいもの食べたいだのぶーぶー言っていたが、
まぁ例によって古泉の親戚がやっているという病院なので、気前が良いことに全部タダだ。タダで人間ドックできるなんてお前ある意味羨ましい。
ってわけで文句言わずに一泊ぐらいしろ。
「あなたもどうですか?」
という古泉の意地悪な問いかけを無視・・・しようかとも思ったが、謎の頭痛が続いていたので一先ず検診を受けた。
がしかし、肩もこっていなければ脳腫瘍も無い。血管が切れかけているとかも無い。
精神科にも行った。だがここでも芳しい答えは得られず、挙句の果てに「はて、本当に謎の頭痛だ」と医者に言われてしまった俺。
おいおい・・・。
まぁ、現代医学で解明できない頭痛というものあるんだ、ということにしておこうか。

 

 

 

翌日。中高生やサラリーマンにとっては成績表や給与明細の次に怖い”月曜日”がやって来た。
例に漏れず某海洋生物一家症候群を煩う俺にとっても憂鬱な日であることには変わりない。
ハルヒは未だ検査入院中。明日には退院できるということだ。
あのせわしなく常時特高受電状態の団のかしらが居ないということもあって、俺は久々の健全なスクールライフを満喫する。何時もの月曜日にない爽快感を得まくった。
・・・・・だけど、少々寂しいなと感じてしまったのは事実で。ハルヒが居ないだけでこうも違うものなんだな。
もう五月になるというのに、授業中は背中と、ちょっとばかし心が寒かった俺であった。


結局、ハルヒのエネルギーの残り香を分けてもらう目的で放課後は部室へ直行してしまった。
何だかんだ云って、ハルヒに依存している部分が大きすぎたな。多分これからも依存しまくるだろうがそれくらいの貸しはハルヒに十二分に与えてるので別に良いだろう。
ね、朝比奈さん。
「ですね」
屈託の無い悪魔殺しの天使の笑顔で笑いかけてきた朝比奈さん。
俺と同じくハルヒの毒気に当てられて、毒気が生存に不可欠なエネルギー要素と化してしまった人間その一である。
長門と古泉の姿は無い。古泉はなにやらクラスの仕事とやらで荷物を残してすでに姿は無く、長門は学校を休んでハルヒのそばについている。休日ならともかく、
平日のそれも授業中に、律儀に団員が4交代で団長様を見舞っていると教師連中に知れたらまたややこしいことになりそうだからと、
長門が進んでハルヒの一日話し相手権を獲ったからだ。
以前の長門ならともかく今の長門なら十分話し相手にも困らないだろう。良かったなハルヒ。と脳内で呟きつつ、
ハルヒが居ないにもかかわらずこれまた律儀にメイド服に着替えていた朝比奈さんが淹れてくれた緑茶をすする。
「涼宮さんが居ない部室って言うのも、何故かこう・・・不思議な感じがしますね」
確かに。あいつは長門や朝比奈さんを備品扱いする割には、実は自分が一番部室に必要不可欠な部品だったりしますもんね。
「ふふっ。あなたも備品ですよ」
「判ってますよ」
各備品、構成主体が正確にかみ合って初めて、SOS団は機能するんだもんな。
「さて、特にやることもありません。キョン君、オセロでもしない?」
にこやかに笑いかけた朝比奈さんは
「自分の色一つにつき10円でどう?」
とちょっと小生意気な天使の笑顔で勝負を挑んできた。
受けて立ちましょう。

 

 

 

あのですね朝比奈さん。
強いなら強いと始めから言ってください。
「ふふっ。いただきぃ!」
俺の夏目さんとニッケル硬貨、さやうなら。
俺は3戦3敗した。惨敗だ。無念、腹を切って・・・ああ、財布の紐が切れちまったよ。
「返した方が良いですか?」
朝比奈さんがちょっと申し訳なさそうな顔で俺を覗き込む。
「返さなくて良いです。ノシつけて進呈いたしますよ」
これまで、そしてこれからのお茶代と目の保養代と考えれば安いものです。
「じゃあもっと巻き上げてた方が良かったかな?」
意地悪スマイルで俺の顔を貫いてきた。
「いや、その・・・」
「ふふっ。良いです。じゃあこれは遠慮なくお茶代にさせていただきます」
お札と硬貨を財布にしまいこみつつ、朝比奈さんは「次はジャスミン茶でも買ってこようかな・・・それとも夏に備えて麦茶でも・・・」
とかぶつぶつ呟いておられた。
ナントカ還元・・・いやお茶に還元されるなら俺のお札としても本望だろう。

 

 

脳内が若干のメランコリー状態に突入しかけていると、突如携帯が鳴った。
長門からだ。
「おう長門。どうした?」
「よかった、無事!?」
いきなり長門の大声が飛び込んできた。どうしたんだい。
「無事も何も・・・普通に朝比奈さんと部室に居て古泉を待って帰ろうかとしているんだが・・・」
明らかにあわてている長門。大して長門が慌ててしまうような要素を何一つ検知できないで居る俺・・・と朝比奈さん。
「落ち着け長門」
「と、とにかく大丈夫ね?落ち着いて聞いて」
落ち着くのはお前の方だとか思いつつ、長門の言葉に耳を傾け、ついで疑った。
「北高内に武装グループが侵入している!私が今から行っても間に合わない、喜緑江美理を今向かわせているから、それまで持ちこたえて!」
持ちこたえてって・・・
俺が携帯電話へ向かって再度問いかけようとした瞬間。




部室のドア、そして壁の一部が爆破解体工事現場かと思われるようなとんでもない音を響かせて吹っ飛んだ。

 

 

 

喜緑さん・・・じゃないな。黒い覆面をかぶって拳銃・・・いやあれはマシンピストルだな。ベレッタM93Rとかいう奴だ・・・を片手に持った男たちが侵入してきた。
やたらとゴツい。スーツの下には防弾か防刃ベストも身に着けているようだ。
長門の言っていた武装グループという奴だろうか。本当に武装してやがる。
あのさ、これ実は今年の文化祭で公開予定の映研の新作の撮影とかじゃないよな?
―――いや。違うよな。状況から考えてさ。
とっさに目の前にいた朝比奈さんの手をとり逃げ・・・るにも退路がない。
窓か?それとも・・・敵の入ってきたドアか?
考えている暇はない。とにかく背後の窓から――
「動くな。判っているとは思うが実包だ」
あの長門以上に冷たく、そして低く良く響く声があたりの空気を貫いた。
・・・無駄な抵抗はやめろと言うことだな?
「そういうことだ少年。幾ら貧弱な9mmパラとは言え、ほぼ生身の君たちをこの場で血祭りに上げることは容易い」
冷たい槍のような声を静かに発する男の後ろからドカドカと拳銃を持った男たちが乗り込んでくる。
「私怨も無いし、君たちに怪我をさせる用意も無い。静かに指示に従ってもらおう」
考える間もなかった。拳銃を持った男が一瞬にして俺の後ろに回りこんだかと思うと奇妙な筒を取り出して俺の首筋につき立て―――

俺の精神は一瞬にして暗黒の世界へと消えた。

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最終更新:2007年06月11日 00:33