「キョン、キョン! しっかりして! 谷口も怪我しているじゃない!? 大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だ。谷口の方がまずい。早く連れて行かないと」
「ならあの人たちのところへ連れて行って!」
 ハルヒが指さした方――丘の麓を見ると、ヘリが数機着陸してそこからわらわらと兵士たちが降りていた。
さすがに手際がよくて助かるよ。
 俺は何とか谷口の手を肩にかけさせ、ゆっくりと丘の下に向かって歩き出す。俺の足も相当酷くなってきていたが、
古泉が支えてくれるおかげで何とか歩くことができた。
「キョンよぉ……終わったんだよな……全部……あの子に逢えるんだよな……」
「ああ、そうだ谷口。全部終わったぞ。これでお前にとっては完膚無きまでハッピーエンドだ」
 意識が朦朧としているのか、はっきりしない口調で話す谷口を、俺は必死に励ました。
もうちょっとだ。がんばれよ谷口。
 ほどなくして、丘の下までたどり着く、そこでは兵士たちが俺たちをじっと取り囲むように見つめていた。
その視線からは敵意なのかなんなのか読み取れない。
 思わず俺は朝比奈さんに背負われているハルヒの手を握った。
「キョン?」
 そんな俺にハルヒは不思議そうな視線を向けてくる。
 機関の流した偽情報のおかげで、ここにいる全員がハルヒを憎んでいるかも知れない。ひょっとしたら、怒りにまかせて
襲ってきたりするかも知れん。だが――例えそうなろうとも、俺はハルヒを守ってやる。朝比奈さんも長門も古泉も谷口もだ。
 そんな微妙な空気の中、俺たちはその中を突き進む。来るなら来やがれ。ただじゃやられねえぞ。
 その時、誰かが唐突に叫んだ。
 
 ――女神様のご帰還だ!
 
 それに呼応するように、辺り一面から歓声が爆発した。周りにいる人間という人間が、全員拍手なりジャンプなりして、
俺たちに祝福を投げつけてくる。まるでサヨナラホームランを打った選手に対する歓声のように。
「ど、どうなってんだ、これ……!?」
 あまりの状況に俺は目を白黒させていたが、ハルヒは何の疑問も持たずに、周りの人間たちに手を振っていた。
 すぐに、俺たちの元に担架を持った兵士たちが現れ、谷口をそこに乗せる。そして、すぐに応急処置を始めた。
 展開について行けていなかった俺に対し、古泉はぽんと肩に手を置くと、
「涼宮さんはあなたの言葉を信じたんですよ。2年間、他の人の人間の言う事なんて全く耳を傾けなかった涼宮さんが、
あなたのたった一つの嘘を心の底から信じたんです」
 ……なんてこったい。それでこんな風にハルヒを歓迎するような世界ができあがってしまっていたって事か。
しかし、悪いことだとは思わないね。さっきも言ったが、ハルヒの働きぶりを見れば、これの方が正しいんだよ。
「その通りです。僕も困難な仕事をせずにすんでほっとしていますよ」
 そういつものインチキスマイルを浮かべている。
 やれやれ。これでようやく終わりか。
 
◇◇◇◇
 
 谷口を乗せたヘリが飛び立つ。あいつの怪我の具合は緊急は擁するが、今すぐ命の危機というレベルまでは
いっていなかったようだ。俺はそれを聞いたときにほっと胸をなで下ろした。全く大げさなんだよ、あいつは。
 次々と国連軍の増援が到着し、閉鎖空間のあった場所に向けて進撃していた。まだあの化け物どもが
どこかに残っているかも知れないから掃討作戦の実施中だ。あとはプロの方々に任せておこう。
当然、森さんたちの救出も要請している。
 ふと、朝比奈さん(長門モード)がそらをじっと眺めていることに気が付いた。
「何やってんだ?」
「…………」
 俺の問いかけに、長門は答えようとせずしばらく沈黙を続けた。
 どのくらい経っただろうか。すっと視線を俺の方に向けると、
「涼宮ハルヒが自らの能力に対して、ある程度の自覚を有した件についての検討が始まった」
「……お前の親玉たちか」
「そう、その意味を危険視する勢力が情報統合思念体の中でも大きくなりつつある。強制措置を執るように求める動きもある」
 長門の言葉はいつもの通り平坦で無感情だった。しかし、俺にははっきりとその感情が読み取れた。
明らかに怒りに震えている。
 俺はぽんと朝比奈さん(長門モード)の肩に手を置くと、
「で、長門はどうするんだ? 連中の言うままに従うか?」
「情報統合思念体の判断を確認し、わたしの望まない決定だった場合は拒絶する。わたしの意思はここにいること。
わたしたちを破壊しようとするものがいれば、それが誰であろうと――情報統合思念体の意思だとしても阻止する」
 ――長門は俺を深く見つめて、
「誰の好きにもさせない」
「……そうかい」
 よく言ってくれたよ、長門。お前もSOS団には必要なんだからな。
 俺はそう思いながら、長門の背中を数回叩いてやる。
 と、辺りにざわめきが起こった。振り返ってみれば、丘の頂上から4人の人間がこっちに向かって降りてくる。
確認するまでもない。森さんたちだ!
 ここで古泉が森さんたちめがけて走り出す。俺も足を引きずりながらその後を追った。
「無事だったんですね……! よかった!」
 歓喜の笑みを浮かべる古泉に、森さんは特有のにこやかな笑みを浮かべ、
「ええ、おかげさまで。でも怪我が酷いから、すぐに手当を」
「わかりました」
 古泉は手近にいた兵士たちを呼び、担架を持ってこさせる。森さんは見事なまでに無傷だったが、
新川さんは軽傷、多丸兄弟はかなり辛そうだ。谷口と同じくとっとと病院に運ばないとまずいな。
 すぐに負傷した機関の人たちを担架に乗せて、応急処置が始まる。話を聞く限りではこっちも命に別状はなさそうだ。
よかった。これで国木田を入れても全員無事に帰還できたって事だ。完全無欠なまでにハッピーエンドだ。
 ふと、唯一無傷だった森さんが手を高く掲げて立っている。俺はその意味がわからなかったが、古泉はなるほどと理解したらしく
古泉も手を挙げて二人でハイタッチをした。成功の祝いのつもりなのだろう。きれいで心地いい音が辺りに広がる。
あの二人、いいコンビになりそうだな。
「あの、キョンくん」
 可愛らしい声が聞こえたんで、軍隊的敬礼ばりに拘束180度回転してみると、そこには麗しき朝比奈さんのお姿が。
ちょっとおどおどした感じであるところをみると、朝比奈さん(通常)のようだ。
全くこのお姿を見るだけで全身泥だらけだというのに、まっさらに清められていくような気分だよ。
「その……ですね……」
 何が非常に言いづらそうな感じを続ける朝比奈さんだったが、やがて少し目に涙を浮かべつつ、
俺にあるものを突き出してくる。
 ……おいおい朝比奈さん(大)。いくらなんでも空気が読めてなさ過ぎだろ。
 俺の目の前に突き出されたのは、何度かみかけたことのあるファンシーな封筒だった。
あの朝比奈さん(大)から送られてくる未来からの指令書。このタイミングで送ってくるなんて何を考えているんだ?
 ただ、目の前にいる朝比奈さん(小)もこれには不満そうだった。ただ、組織上、従わざるを得ないのだろう。
 即座に俺はそれを手に取ると、ひらひらと振って見せて、
「朝比奈さん」
「はっはいっ!」
「燃やしていいですか?」
「はっはい! ――ええ!?」
 思わず了承してしまったようだが、朝比奈さん(小)はすぐに撤回した。ま、そりゃそうか。
古泉のように現代レベルの組織的関係ならあっさりと破れるのかも知れないが、朝比奈さん(小)ぐらい未来だと、
脳内に変なチップを埋め込んで、外部から操るなんていうマネすらできそうだからな。
「そそそそそそそれはだめですぅ! あ――いえ、別に未来からの指令を優先とかじゃないんですよ?
でもでも、えーとぉぉぉぉ」
 あたふた。おろおろ。うーん、朝比奈さん(小)はやっぱり可愛すぎる。本気で抱きしめて差し上げたい。
 まあ、そんなことはさておきだ。
「そう言えば、この封筒の中身に何かが書いてあった場合は、強制的にそう動くようにされるんですよね?」
「ええ、そうです……だから、一度開けたら従うしか……」
 朝比奈さん(小)の言葉に、俺はその封筒を懐にしまうと、
「じゃ、開けないでおきましょうか。今は、ですけどね。俺ももうくたくたですから。一眠りしたあとでもいいじゃないですか」
「えっ――ええと、そうですねぇ……たぶん、それでいいんじゃないかとぉ」
 朝比奈さん(小)はしばらく首をかしげていたが、まあどのみち俺は開けるつもりは全くないけどな。
 それに俺の勝手な憶測かも知れないが、この封筒の中には大したことは書いていないんじゃないかと思う。
きっとハズレとか書かれているに違いない。朝比奈さん(大)が伝えたいことは、手紙の内容じゃなくて手紙の存在さ。
わざわざ朝比奈さん(大)が以前に送ってきたものと同じものを使用しているしな。言いたいことは手に取るようにわかる。
 
 ――わたしは無事ですってね。
 
◇◇◇◇
 
「よっ、ハルヒ」
「何よ」
 ちょっと不満げなハルヒの返答。用意されたパイプ椅子に座って、しきりに自分の足をさすっている。
「あーもー、うっとうしいわね、この足! 2年ぐらい使わなかったぐらいで動かなくなるなんて根性が足りないんだわ」
 無茶を言うな無茶を。というか、ハルヒが足が動くと思っていたらとっくに動いているんだろうから、
きっと自分の中で2年も使わなければこうなるという考えが固定されてしまっているんだろうな。
「で、さっきまでのサインと握手攻めはもういいのか?」
「さあ? えらい人に散らされたから、したくてもできないんじゃないの?」
 ハルヒはそうあっけらかんと言った。
 ついさっきまで救世の女神様、涼宮ハルヒ団長殿に謁見+握手+サインを求める兵士たちで大行列ができていた。
まあ、見た目と能力だけならパーフェクトな奴だからな。直接接触しない限りは、ファンは増殖の一途だろう。
しかし、堅物そうな上官の出現により、クモを散らすように解散させられてしまった。軍隊ってのは規律第一だからな。
仕方がないだろう。
 ……しかし、その上官がこっそりハルヒのサインをもらっていたことは、絶対に口外してはならない機密事項だ。
うかつに口にしたら射殺されかねない勢いで睨みつけられたからな。娘にプレゼントするらしい。
「ちゃんとSOS団のアピールをしておいたわよ! サインももちろんSOS! ヘルメットとか、迷彩服の後ろに
でかでかと書いておいたから、宣伝効果は抜群よね、きっと!」
 おいちょっと待て。どこの世界に、『SOS』と書かれた装備を持って作戦に参加している兵士がいるんだ?
みんなそろってヘルプミーなんてどこの漫才集団だよ。
 しかし、そんなハルヒを見て、俺は安堵を覚える。2年もずっと離れていたし、その間ハルヒも色々あっただろうが、
こいつのポジティブ傍若無人ぶりは全く変わっていないからだ。よっぽど、頑固な性格をしているんだろうな。
「……何よその目! あたしの顔に何か付いているわけ?」
「いーや、相変わらず可愛くない顔してるなと思っただけさ」
 そんな俺の反応に、ハルヒはアヒルと猫を合わせたような顔つきで、シャーとこちらを威嚇してくる。
 と、古泉がヘリの前に立ってこちらに向かって手を振り、
「みなさん。これ以上ここにいても仕方がないので、手近の基地に移動することになりました。乗ってください」
 そう呼びかけている。
「だとよ。行くか」
「そうね。じゃあ――」
 そう言いながらハルヒは自力で立って歩こうとし始めた。
「おい無茶するなよ」
「何いってんのよ。こういうリハビリは普段からの心がけが重要なのよ。あとは気合いと根性で――うひゃあ!」
 案の定、足をもつれさせて倒れそうになるハルヒを、俺は襟首をキャッチして救出してやる。
いきなり一人で歩けるわけないだろうが。焦る気持ちはわかるが、まあ落ち着いていこうぜ。
「むー」
 ハルヒは不満たらたらに口をとがらせているが、何だかんだで俺の肩に手を回してくる。
もうちょっと素直にならないと、周りの男が逃げていく一方だぞ。
「そんな軟弱な男なんて必要ないわ。我がSOS団では活発で行動力のある男子を求めているの。
キョンももっとしっかりしなさいよ。そんなんじゃ、栄えあるSOS団の一員はつとまらないわ。
これからどんどんグレードアップしていく予定なんだからね!」
「へいへい。でも、少しは休ませてくれよな」
「団長として特別に1日だけ休暇を上げるわ。でも、それもただごろごろしているだけじゃダメよ。
あたしが明日以降、みっちり充実した休日の取り方を指導してあげるからね」
「いや、その前にお前はリハビリが先だろ」
「そんなの車いすでも何でも使えばできるじゃない」
 やれやれなんつーポジティブぶりだ。ここまでくると、あきれるどころか尊敬してくる、全く。
 そんな話を続けながら、歩き続ける。ヘリの前では古泉に加え朝比奈さん(長門入り)がすでに待っていた。
「なあハルヒ」
「なに?」
「……これからもSOS団をよろしく頼むぜ」
 俺の言葉にハルヒは、びしっと空に向けて指さすと、
 
「あったりまえじゃない! SOS団の活動は永遠に不滅なんだからね!」
 
~~完~~

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最終更新:2020年07月13日 14:22