本日2度目となるただいまを母親に半ば強制的に告げさせられ
もう一度その御友人2名に軽く会釈した後さらに手洗い、うがいを済ませ特に急でもない階段をあがりきった後、
ようやく俺は自分の部屋へとたどり着いた。
カバンをベッドの上に置き、制服をぬいでハンガーにかける。
「はぁ…」
自分の体もベッドに預け、今日何度目になるか分からない溜息をつく。
私服に着替えて体が軽くなっても、当然心に残ったしこりはそのままだ。
何も考えようとせず頭をカラッポにする。すると、頭が自動的にあるビジョンを映しはじめた。
ぼんやりと浮かんでくるのはアイツの姿。
おいおい、重症だなこりゃ…
「くそ、どうかしてるぜ。」
昨日までアイツに対するこの感情は『ただ一緒にいるやつ。一緒にいると楽しい奴』ということの代弁者だと思ってた。
だから間違ってもこんな風に、1人になった時アイツのことを悶々と考えたり、気になったりはしなかったってのに、
その感情が恋なんだと気づくやいなやこのありさまである。
アイツが今何をしてるか。
どんなことを考えてるか。
俺のことをどう思っているのか。
好きなのか。
嫌いってことは…さすがに無いと思いたいが…
今や脳みその8割はアイツに対する疑問で埋め尽くされている。
寝返りをうちながら何度も何度も同じような考えがループする。
こんな事、どれだけ考えたところで答えなんて永遠に出ないってのにな。
「はぁ」
またしても深い溜息。これが恋か…まさかこんなに苦しいものだとは思っていなかったな。
これは持論だが、恋愛なんて小さな精神病の一種だと俺は考えていた。
今まで他人の恋愛…まぁ他人といってもテレビでやってるドラマや漫画の中の登場人物なのだが
そんなのを見ても特に感動したり、共感したりしなかったし
一生懸命な主人公達が恋愛に四苦八苦するさまを見ては「なにを、そんなおおげさな。」なんて思っていたものだ。
だが、これはなるほど、いまやその気持ちが痛いほどわかる。確かにこれは…とても苦しい。
いや、苦しいって言っても別に不快感を催すようなものではなく、爽やかな痛みというか、なんていうか
決して嫌な気分ではない。まぁ、とはいえ無いなら無いでそれにこしたことはないんだが。
とにかく、この恋という名の精神病がこれほどまでの威力を持っているとは思わなかった。
さすがに数多くの人々を魅了しつづけてきただけのことはある。
一体幾人の男女がこの高級コールガールの毒牙に掛かったことか…
寝そべってから何度目かの寝返りをうち若干本筋からズレたことを考え始めていると

「キヨー。ごはん食べるわよー、降りてきなさーい!」
と、底抜けに明るい母親の声が聞こえてきた。

「喜びなさい。今日はみんなも来てるからねー、ちょっと豪勢よ。」
階段を降りて再び居間へ戻るとそこには先程のご友人2名+母親、それといつもよりちょっぴり豪華な夕飯が並んでいた。
「おいしそうですぅ。」
「…」
大きな目をキラキラさせながら愛らしい反応をしている朝比奈さんと、

料理をじっと見つめ、それでもどこか嬉しそうな長門さん。
そして300Wの笑顔を浮かべている母親の姿を確認して、ある違和感を覚える。
いつもそのマイマザーの隣でぬぼーっとだるそうにしているあの男の姿が見えない。
「あれ、親父は?」
仕事の関係上、家に母親だけがいて父親がいない、ということはあまりない。なんだかんだいいつつ未だに

ベタベタ好きあってるこの二人のことだから尚更だ。
「キョンなら駅まで古泉君を迎えにいってるわ。さっき電話で『酒を買って帰る、先に食い始めててくれ。』って

 連絡があったのよ。」
「ふーん。」
古泉も来るのか。噂に名高いSOS団全員集合だな。
「そうよ、なんてったって今日は我がSOS団が発足されてちょうど22年目の記念すべき日なの。そんな日にあろうことか
 初代メンバーの欠席なんて、たとえ七つの海全てを支配するであろう全知全能の神が許しても

 あたしが許さないんだから!」
なんとも大袈裟な説明を嬉しそうに説明する今年齢38を迎える母親。そういや毎年この時期、同じような説明をされてるな。
S 世界を
O 大いに盛り上げる
S 涼宮(もっとも、今はもう涼宮じゃないけどな)ハルヒの団
小さな頃親からこの説明を受けた時、あまりの下らなさに生まれて初めて脱力したのを覚えてる。
圧倒的ネーミングセンスはもとより、そのぶっとんだ活動内容にはさらに唖然とした。
学校内を変なコスプレして徘徊したり、合宿先の孤島で殺人事件ごっこを繰り広げたり、
その頃撮影したという自主制作映画を一度見せてもらったその夜、(ある意味)あまりの衝撃映像になかなか寝付けなかったものだ。

もっとも両親や他の3人からすればその活動に費やした時間はかけがえの無いものなのだろう。
こうして毎年毎年いちいち記念日を祝うところを見てもその大切さは十分うかがえる。
まぁ、それになんだかんだいって俺が生まれたのも、極端にいえばその活動があったからこそだろう。
2人が高校1年の時、母親が親父を半ば強制的に巻き込む形でSOS団を発足させた。
それから一緒に遊んでいるうちになんやかんやでお互い好き合っていたらしく、親父から告白して晴れてくっついた、らしい。
…同じクラスで同じ部活で、いつも一緒に遊んで…か。中身はどうあれ結構似てるのかもな、てかそっくりだ。

アイツと、俺の関係に。

ただ決定的に違うのはアイツが俺のことを多分そういう対象としては見てないってことだ。

 

っっっ!くそっ。
どうにか頭の片隅に追いやってたはずのあの感情がまた俺を支配していく
せめて夕飯を食い終わるまででしゃばるのは待ってくれよ…
「どうしたの難しい顔して。気分でも悪いの?」
突然母親に声をかけられハッとする。
「ああ、いや、なんでもないよ。」
どうにか気を保ち、イスに座る。テーブルに置かれた数々の料理から香ばしい匂いが漂ってきた。
「? ま、いいか。さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょう。」
手を合わせてください!という小学生的な母親の号令で全員手をパチンと合わせる。
「いただきます!」
「いただきます。」
「いただきまぁーす。」
「…いただきます。」
それぞれが持ち味(?)を活かした『いただきます』を行い、一斉に食事に掛かる。
「わぁ、この肉じゃがおいしいですぅ。ハルヒさん、また料理上手になったんじゃないですかぁ?」
「んふふ、そうでしょう?人間向上心を失っちゃ終わりだからね。
 いっとくけどあたしの料理のレベルは限りなく広大な宇宙が光の速さでさらに膨張を続けるように成長しており、未だその  

 ピークに達してはいないんだから。」
「ふわぁ、すごいですぅ。どこかの地上最強の生物みたいですぅ。」
と、母親と朝比奈さんのよくわからないやりとりを尻目に俺は箸を動かしつつも再び例の感情にどっぷり支配されていた。
まったく、食事中ですら休ませてくれないのか。恋煩いってのは。こんな調子じゃ今日夜寝れるかどうかも怪しいぜ。

 

…せめて誰かに相談でも出来れば、ちょっとは楽になりそうなんだが…

そんな考えが頭をよぎった時、目の前で一緒に食事をしている3人の女性に気づいた。
おいおい、いくらなんでも母親とその御友人に自分の恋の相談する高校2年生男子が存在するかよ。いや、もしかしたらいるのかもしれんが生憎俺にそんな度胸はない。
だいたい、そんなことをした日にゃ恐らくこれから未来永劫俺の話になるたびにその話題が持ち出され、その場その場の酒の肴になることうけあいである。
ただでさえ息子の忘れたい思い出に限ってしっかり能にインプットし、場の雰囲気を盛り上げる発火材料にすることになんの躊躇いを持たないこの母親のことだそんなこと考えたくもない。
ふう、やばいやばい、少しでもそんなことをしようとした自分が恐ろしいぜ。
と、1人考えていると
「どうしたのアンタ。やっぱりどっか悪いんじゃない?」
「え?!い、いやなんでもないって。」
しまった、油断してたぜ。
「?怪しいわねぇ、なんか隠してるわね?酷い目にあいたくなければ正直に言いなさい。」
くそっ、この人はこうなると厄介だ。
いつの間にか朝比奈さんも長門さんもこっちを見ている。
「いや、ホントなんでもないんだよ。昨日ちょっと夜更かししちゃって、そんで少し寝不足なんだ。」
「んんんーーーー?」
じーっと俺をみつめる母親、ここで目をそらしちゃ駄目だ。
「んんーーー?ま、いっか。アンタも年頃だからいろいろあるんでしょうけど、夜更かしはほどほどにしときなさいよ。」
「ああ。」
なんだか誤解しているようだが、どうやら納得いただけたようだ。
再び食事に戻っている。
あぁ良かった…危なかった…ん?
心の底から安心しているとある視線に気づいた。
「…」
視線の方に顔を向けると、長門さんが澄んだ瞳で俺を凝視していた。
「な、なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。すると
「恋。」
ぼそっと
「へ?」
「恋煩い。」
せっかく苦労して不発に終えた爆弾の導火線に、再び火をともしてくれた。
瞬間、ババッという擬音とともに母親が再びこちらを向く。
「ちょ、長門さn『え?!なになに、どういうこと?有希!』
やばい。
「彼は誰か女性に恋心をいだいている。先程から様子がおかしいのはその為。
 相手は恐らく同じ高校に通う女子生徒。」
なぜそこまで具体的に…
「「ええーーーーーっ!」」
母親はもちろん朝比奈さんまで普段見せないような俊敏さで驚きを表現している。
「なにキヨあんたそれちょっとほんとなの?」
すごい勢いでたたみかけてくる母親
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺はなにも…」
全力で否定を試みようとするが時すでに遅し、こうなってしまったこの人は決して止まらない。
「なになに、相手は誰よ?どんな女の子?同じ部活の子?もしかして家に来たことある?
 ホレホレ、悪いようにはしないから洗いざらい全部喋んなさいよ!」
半ば身を乗り出し圧倒的勢いで質問してくる母親。最悪だ。
長門さん…余計なことを…
うらめしい視線を飛ばすと長門さんは既に食事に戻っており、何食わぬ顔して箸を動かしていた。
「わぁ、ついにキヨくんにも好きな女の子ができたんですねぇ。」
相変わらずぽわーっとした様子でマイペースに感想を述べる朝比奈さん
「ちょっと朝比奈さんまで。待ってくださいよ、俺なんにも言ってないじゃないですか。」
あわてて反論するが朝比奈さんは笑顔を崩すことなく俺の顔を見つめている。
「いやぁ、アンタアイツに似てそういう感覚に圧倒的に疎いとこあるからちょっと心配してたんだけど、
 ふーん、ついにアンタにもそういうのができたんだー。記念に赤飯でも炊こうかしらねー。」
「それはちょっと違うとおもいますぅ」
楽しそうに、そしてうれしそうに会話する二人、まったくもって俺の意見なんて聞いちゃいねぇ。
ちなみに母親が言ってるアイツってのは親父のことだ。まぁ言わなくてもわかるよな。
それにしても…くそ、この最悪の事態だけは避けたかったってのに、
16年間生きてきて恐らくもっとも重要な悩みを一番厄介な人達(てか厄介なのは一人だけか)に知られてしまった。しかも真っ先に。
「で、誰なのアンタの好きな子って?」
再び母親が問いかけてくる
まったく、親として息子の色恋沙汰が気になるのは仕方のないことなのかもしれないが、
そこはあえて親としては深く干渉せず気を遣って初めての感情に戸惑い苦しんでいる息子の姿を、せいぜい
遠いところから暖かく見守ってて欲しいもんだ。
「誰でもいいだろ別に、母さんには関係ないね。」
あ、しまった。この言い方はまずい。
「なーに?その言い方。まだ生まれて10年ちょっとしか経ってない分際でこのあたしにたてつこうって言うの?」
にやーっと嫌な笑みを浮かべる母親、10年ちょっとて…
「だいたいね、我が子の記念すべき初恋なのよ?母親の立場としてはこれ以上なく関係あると思うんだけど。」
「あのな、親として気になるってのは分かるし、心配してくれるのはうれしいんだが、 
 息子としてはそんなデリケートな部分を親にかまってほしくはないし、あまり干渉されたくもない。頼むからほっといておいて     

 くれないか。」
これ以上刺激しないように、もっともな意見で反論してみる。
「ダメよ。」
即答かよ
「なんでだよ」
「だって、おもしろそうじゃない。」
息子の初恋に苦しむさまがおもしろいって、まぁ今に始まったことじゃないが、なんつー母親か。
「別にアンタが苦しんでる姿をみて楽しんでるわけじゃないわよ。
 ただアンタ今までそういう浮いた話が一度もなかったじゃない?だからちょっとわくわくしてるだけよ。」
なぜにあなたがわくわくする必要があるのか。この人にそんなこと聞いても時間の無駄だろう。
「で、誰よ?」
「…同じクラスの女子。うちの部活の部長で、何度か家にも来たことあるだろ。」
「ああ、あの元気いいポニーテールの子?」
こくん、と頷き、そのまま顔を上げず白米をかっ食らう。
「へぇーやっぱり。」
なにがやっぱりなんだ?
「あん時何人か女の子いたけど、アンタが気があるのは絶対あの子だって思ってたのよねー」
好きだと気づいたのは今日なんだけどな。
「で?」
「?」なにが「で?」なんだ?
「アンタは今何に悩んでんの?」
何にって…
「例えばデートに誘う口実が思いつかないとか、どうやって告白すればいいか分からないとか…」
「もしかして、もう告白してふられちゃった、とか…?」
「え、そうなの?!」
「勝手に話を進めないでくれ。」
まったく、ほっとくとロクなことになりゃしない。
「別にデートとか、告白とか、まだそういうとこまで考えてない。
 ただ、初めてのことだからなんだかよく分からなくて、ちょっと戸惑ってるだけだ。」
つい正直に言っちまう。まあ、いいか。ここまできたらもう隠す必要もないだろ。
「ふーん、なるほどね。やっぱアイツに似てるわ、アンタ。」
「なんだかいいですねぇ、初々しくて。」
「…」
3人がそれぞれ異なる反応を見せる。
「つまり彼女のこと好きなんだけど、初めてのことだからまず何をすればいいかすら分からない、ということですね。」
「めんどくさいやつねー。好きならさっさと告白しちゃえばいいじゃない。」
「あなたが言っても説得力が無い…。」
「同感ですぅ」
身も蓋もない母親の発言にご友人二人がつっこむ。
「な、なによ二人して。有希、説得力が無いってどういう意味よ。」
「そのままの意味。」
むーっとアヒル口で長門さんを睨む母。もっとも長門さんは少しも臆していない。
「…でも確かに、今まで友達として遊んでた人に、キッカケも無くいきなり告白するってのはちょっと違うかもね。」
「多分彼女のほうも戸惑っちゃうと思いますぅ。」
「…ラブレターは?」
「うーん、なにしろいつも一緒にいるからね。クラスが違うとかならともかく、そういう回りくどいのは逆効果だと思うわ。」
「そう」
「やっぱりちょっとずつ態度を変えて、こっちの気持ちを少しずつ伝えていく、ていうのがいいと思いますぅ。」
「でも、それって意識してなかなか出来るもんじゃないんじゃない?このアホにはちょっと荷が重いわ。」
なんだか勝手に話が盛り上がってきている気がする。
が、正直に言ったことを少し後悔しているとある事を思い出していた。

 

あれは以前親父の高校時代の友達が家に遊びに来たときのことだ。
えと、なんて名前だったか、オールバックの。確か…ナントカ口、なに口だっけ。

うーんと、崖口だったかなんだかそんな名前だったな。
まあいいか。
その崖口さん(仮名)が話してくれたところによると、親父と母親はいつも一緒に行動していたくせに
付き合うところまでいくのには意外と時間がかかったらしい。
なんでもお互い性格が意地っ張りで、それに加え親父が超鈍感なもんだから母親もなかなか素直になれず、結果
長い間自分の気持ちを伝えることが出来なかったそうだ。
だとすれば、そんな二人が付き合うことになったキッカケ、つまり親父が告白するに至ったキッカケがなにかしら

あるはずだ。
正直息子としては親のそんなディープな恋愛の話なんてあまり聞きたくない、というか聞きにくいんだが
まぁ、こちとらすでに日頃からイチャついてる両親の姿を目の当たりにしてる身だ。いまさらどうってことないだろう。
「なあ、母さんと親父はなにがキッカケで付き合うことになったんだ?」
「へ?な、なによ急に。」
「いや、二人も長い間一緒にいて、付き合うまでけっこう時間かかったんだろ?
 一体どうやってその微妙なムードを打破したのかな、と思ってさ。」
あわよくば参考にさせていただこうかね。
「べ、別に大した出来事なんてなかったわよ。いつもどおり過ごしてたらアイツからいきなり告白されただけ。」
さっきいきなり告白するのは違う。とか言ってなかったか?
「う、うるさいわね。特にアンタの恋愛に参考になるような事はないわよ。」
「ふふふ、あのねキヨ君お父さんとお母さんg『ちょっとみくるちゃん!余計なこと言わないで!』あひぃ…!」
横から大声で怒鳴られ、朝比奈さんが可愛らしい悲鳴を上げている。可哀想に…。
しかしこの母親の反応を見る限り、やはりなんらかのキッカケがあったに違いない。
まったく、息子の色恋沙汰には容赦なく突っ込んでくるくせに、自分のことになるとすぐフィルターをかけやがる。
こうなると聞き出すのはほぼ不可能だな…。
やれやれどうしたもんか、と頭を悩ませていると…

 

『ただいまー』
『お邪魔します。』
聞き覚えのある二つの声が聞こえてきた。
「ようやく帰ってきたわね。」
心なしかうれしそうに母親が言う。
賑やかな夕食の場は新たに父親とその友人を迎え、第2ラウンドへと突入していくのであった。


つづく

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最終更新:2007年06月02日 19:17