俺はどうやらアイツに惚れてるらしい。

 

アイツに出会ってからちょうど1年が経とうとしていた頃、
学校の帰り、この長くも短くもない通学路を歩いている途中
まだ冬の寒さが完全に抜け切っていない春風に体を優しく撫でられながら
俺はようやくその結論を導き出した。
オイオイ1年て、長すぎ、気づくの遅すぎ! と言われるかもしれないが
しかたないだろう、こちとらコレが人生で初めての恋だ。
そりゃあアイツが俺にとって普通の存在じゃなくなっていること自体は
だいぶ前から気づいてたさ。1日の間あれだけ一緒にいて、笑いあって、
そんなことに気づかないほうがおかしい。そんなことはわかっていた。
それが恋だと気づくのに若干時間がかかっただけのことさ。別におかしいことないだろ?
そりゃ、確かに俺は他人によく鈍感呼ばわりされるし、実際、自分の父親の鈍感ぷりを
幼少のころから幾度と無く目のあたりにしてる身としてはどうしたって納得せざるを得まい。
小学生時代、ちょっとしたことで同級生から「オマエ鈍感なヤツだなぁ」なんてからかわれた日にゃ
『ああ、やっぱりDNAの呪縛からは逃げられないのか…。』なんて子供心ながらに感慨にふけったりしたもんさ。
ただ、やはり十数年間生きてきて一度も感じたことの無かった感情に対し、
いきなり「アタイこんな気持ち初めて!この筆舌にしがたい感情が恋なのね。」だなんて瞬時に対応できるほどの
度量を俺は持っていなかったし、多分ひとめぼれでも無い限りほとんどの人がそうなんじゃなかろうか。
要はなんらかのキッカケが必要なんだろうと思う。その感情が恋なんだといやでも気づかせてくれる強烈なキッカケが。
実際、俺もそうだった。

 

強烈なキッカケ。それは今日の昼食時にさかのぼる。
カバンから母親が作ってくれた弁当を取り出し、いつもどおり白米をかき込んでいると
横目にどこかそわそわしているアイツの姿をとらえた。
いつでもどこでも威風堂々としているアイツらしからぬ挙動。
めずらしいこともあるもんだ、と思いつつ
「どうした、弁当忘れたのか?」と声をかけた。まぁどうしてもってんなら俺の飯を分けてやらんでもない。なんて思いながら。
「あ…ううん、別になんでもないわよ。」
? あきらかになんかありそうである。だいたいいつものコイツならこんな否定の仕方はしない。
もっと威圧的に高圧的に力いっぱい否定するはずだ。

せいぜい『はぁ?うるさいわね、別になんでもないし、あってもアンタには関係ないわよ!』てとこかな。
なんて呑気に考えていると
「ちょっとあたし、用事あるから…」
と言ってそそくさと教室を出て行ってしまった。
おかしなヤツ。まぁもともと普通ではないんだけどな。まぁいいか。なんでもないって言ってんだし、
と、再び弁当をかきこみ直そうとしていた瞬間、この教室を支配する妙な違和感に気づいた。
回りを見渡すと教室にいたクラスメイトのほとんどが俺の方を向いていた、というより俺に向けて妙な視線を飛ばしていた。
「???」ちょっと焦った俺、ついついズボンのチャックを確認したりなんかしてしまう。
と、動揺している俺に対し、タイミングよく1人の女子がクラス代表といわんばかりに話しかけてきた。
「いいの?彼女のことほっといて」
「・・・は?」なんだいきなり。彼女?彼女って
「彼女ってアイツのことか?」
「決まってるじゃない。」にやにやしながら答える女子。よくみると他の生徒もみんな好奇の目線でこちらを見ている。
「アイツがどうかしたのか?」
クラス中がザワッとどよめいた。
「え、もしかして知らないの?」
もうみんな知ってるのに。と驚いてる様子の女子とクラスメイト。
さっぱり話が見えてこない。
「?なんなんだ一体、アイツがどうしt『ラブレター。』
さらなる疑問をぶつけようとした俺に対し、かぶせるように女子が答える。
「は?」聞こえにくかった、もう一回頼む。
「だから、ラブレターもらったのよ、彼女。」

 は?
 ラブレター?
 ラブレターって…あれだよな。好きな相手に出す手紙、恋文
 恋文? アイツが? 一体誰に?

「2時間めの休み時間の時だったんだけど…」
その声でハッと正気に戻る。どうやら一瞬どっか別の場所に意識がイッてたらしい。
その後詳しく話をきいたところ
2時間目の終わり、休み時間になるやいなや1人の男子が勢いよく教室に入ってきたらしい。
なんだなんだと驚くクラスメイトをよそにその男子は教室内をズンズン迷いなく闊歩し、アイツの机の前まで来ると、

「これ、僕の気持ちです。読んでください!」

一通の手紙を差し出し、クラス中に響くほどの大声でそう言ったという。
その後、唖然とするアイツとクラスメイトをよそにその男子は教室の出口まで歩き、帰りざまアイツに向かい一言
「昼休み、中庭の自動販売機の前で待ってます。」
そう残し去っていったらしい。

「君は2時間目保健室にいたから直接は見てないだろうけど…てっきり誰かが伝えてるものだと思ってたわ。」
女子が言う。が、正直今の俺には聞こえていない。

まさか、アイツの事をそんな風に思ってるやつがいたなんて…
いや、よくよく考えると確かにアイツは顔も可愛い部類に入るしスタイルもいい。勉強も出来るしスポーツも万能だ。
もてる要素は十二分に持ち合わせている。ぶっちゃけ、惚れてる男なんてたくさんいるに違いない。
あいつは俺以外の男の友達はいないみたいだったし、いつも一緒に遊んでいるもんだからてっきり気づかなかったが…

なぜか、ほんとになぜか俺は猛烈な不安を感じていた。
意識をハッキリさせ、どうにか冷静を装って聞いてみる。
「で、相手はどんなヤツなんだ?」あくまで普通に、へぇ、そうなんだ的な感じで話す。
だが目の前の女子はにやにやしながら
「ふふ、やっぱり気になる?」なんて言いやがる
「まあ、そりゃ興味はあるね。アイツに惚れるなんてよっぽどのヤツなんだろ。」はやる気持ちをおさえ、どうにか答える。
「同じ学年の男子で、結構女子の人気も高い男の子よ。普段クールで私もほとんど喋ったことないけど、まさかあんな熱い一面があるなんてね。」
まるで俺を反応を試すように話す女子。周りのクラスメイトも同じような目線でこっちを見ている。
「バスケ部のエースで勉強も結構出来るほうらしいわ。」
「へぇ」
冷静に考えればアイツはそういうエースだとか勉強ができるだとか、さらにいえば顔がかっこいいとかは
あまり気にしないタイプのはずだ。ここ1年一緒にいるうちにそれぐらいは解るようになった。
さらには全然知らない男子から突然告白されて一気にひとめぼれ…なんて女でもない…と思う。
つまり、アイツが今回の告白をOKする確立は限りなく低いと思っていいだろう。
しかし…なぜか俺の心は落ち着く様子をまったく見せない。
もし、もしアイツが告白を受け入れてしまったら?
さっきソワソワしていたアイツの姿を思い出す。
もしかしたら少し喜んでいた様子だったかもしれない。
昼休みに…てことはアイツは今まさに中庭に向かっているということになる。
いや、もしかしたらもう返事をしているころかもしれない。
今すぐ中庭に駆けつけたい衝動に襲われる。
いや、待て待て落ち着け、アイツが誰に告白されようが俺には関係ない…はずだ。そうだ、そのはずだ。
そのはずなんだが…

「で、ほっといていいの?」
「! な、なにが?」
「気になるでしょ?彼女のこと。女子の中で一番仲いいもんね。」
「べ、別に俺は…」
「教室でもいつも一緒にいるし、一緒の部活だし。」
「……」
「別にいまさら照れなくても大丈夫よ?クラスのみんなもう知ってるんだし。」
なにを知ってるっていうんだ。
「なにをいまさら、本人たちがその気じゃなくったってまわりがそう認識しちゃってるんだからおんなじことよ。」
『そうだそうだ!』周りからヤジが飛ぶ『認めちまえよー』
「だから、俺とアイツはそういうんじゃないって。」必死に否定する俺。
「じゃあ、」女子が呟く。
「ホントに他の男子に取られちゃってもいいの?」

他の男に?アイツが?
ふとアイツの姿が目に浮かぶ。
知らない男の隣で楽しそうに笑うアイツの顔。
いつも俺に向けられているひまわりのような笑顔

「…俺は、アイツ『ガララ』
突然教室の扉が開いた。
入ってきたのは…アイツだった。
しん、となる教室。みんなアイツを見ている。
突然の熱視線にあいつは若干たじろいて
「…な、なによみんなして、どうかしたの?」
なんていいながら自分の机-俺の後ろの席-に向けて歩き出す。
いぶかしげに周りを見渡しながら席につくアイツ。「なんなのよ?」
と、そこでクラス中の視線が俺に集まる。

『聞け。結果聞け。』

約60個の目玉が俺にそう訴えていた。
なんで俺が…わかったよ。クソ。
「なあ、」振り向きながら-あくまで冷静を装いつつ-話しかける。
「ん?」いつもどおりのそっけない返事
「その、」
いかん
落ち着け
「?なによ。」
ダメだ。
静まれ心臓
「あー…」
怖い。
聞くのが。
「気持ち悪いわね。言いたいことがあるならハッキリいいなさいよ。」
…気持ち悪くて悪かったな
クソ、いいぜ、きいてやる。おかげで少し落ち着いたよ。
「告白…されたんだろ?その、なんて…返事したんだよ。」
最後の方は不安からかアイツの顔をみれなかった。
「え?」
「なかなかいいヤツらしいじゃないか。OKしたのか?」

頼む
断った。と
OKするはずないじゃない。と
いつもどおりの軽いノリで答えてくれ…。
頼む…!

ひたすら心の中でそう願っていた。
俯いているからクラスの連中がどんな顔しているかはわからない。
アイツがどんな顔しているかも…わかりたくない。
すると
「…なんでアンタがそのこと知ってんのよ。」
「クラスの奴から聞いた。」
「…あ、そ。」

あ、そ。じゃねぇだろう。なんて答えたんだ。
気になってどうにかなりそうだ。
頼む、早く結果を言ってくれよ。
「で、結局どうしたんだ?OKしたのか、どうなんだよ。」
しまった。若干焦りすぎた言い方だったかもしれない。
まあ、実際焦っていたのだが。
そんな俺の態度になにか違和感を感じたのか
コイツもどこか居心地が悪そうだ。
「な、なによ急に。
 …だ、だいたいあたしが誰に告白されてなんて答えようが、アンタには関係ないじゃない!」
そうだ。こうなっちまうとコイツは警戒心からか変に意地を張っちまうんだ。ミスったなこりゃ。
「関係なくはないだろう。お前は俺たちの部長なんだし、俺は部員その1だ。」
我ながら苦しい言い訳だな、なんて思いつつ聞いてみる。
「なによそれ、そんな理由でアンタにあたしのプライベートを知る権利があるとでも思ってんの?
 同じ部活で部長と部員の仲だからってあ『お願いだ・・・!』…え?」
俺の突然の大声で唖然とするコイツ。
ダメだ。もう無理。
「ああ、悪かったよ。確かに同じ部活だからとか部長と部員の仲だから、とかってのは関係ない。」
「え?」
「これは俺個人がどうしても気になってることだ。オマエが告白にどう答えたか。ものすごく知りたい。
 だから、これはお願いだ。答えてくれ、頼む。OK…したのか?」
かなり日本語が変だしものすごく恥ずかしいことを言った気がする。
俺はそーっと顔をあげてアイツの顔を見た。
「え、あと、???」
さすがのコイツも突然の出来事に驚いている様子だ。無理もない。俺自身まさかこんなことを言うとは思ってもみなかった。
20秒ぐらいだったろうか。ようやく話せるレベルまで回復したらしい。
「な、なによ急に。そんなことぐらいで…
 そりゃ断ったわよ。あたしは忙しい身なんだから男と付き合ってるヒマなんてないわ。
 まして今まで喋ったこともない相手からの告白なんて、OKするはずないでしょ。」
若干しどろもどろになりながらようやく答えてくれた。
「…そうか。」
「んもう、なんだってのよ。」
「すまんな。ちょっと感情的になりすぎた。」
「…」
頭の熱が急激に冷めていくのを感じる。
ああ、よかった。そんな安心感が体中を支配する。
が、それと同時にさっきまでとは違った熱が、また頭を駆け巡りだす。

恥ずかしい。

そろぉーっと
ほんとにそろぉーっと周りを見渡してみた。
すると、そこには予想外の光景が広がっていた。
ほとんどの者がそれぞれの食事に戻っており、友達と談笑するやつ。漫画雑誌を読みながら器用に菓子パンを食う奴。1人もくもくと弁当を粗食する奴。
しかし、一見普通に見えるこの光景だが、ここにいる全員に共通しているある思いが、俺には手に取るようにわかった。

すなわち

 

『いやぁ、なかなか良かもんば見せてもらいましたバイ』

 

それからはいつもどおりの午後の授業を終え、いつもどおりの部活に参加した後、いつもどおり部員みんなで下校していつもどおりのところで解散した。

んでもって今に至るわけだが、お分かりいただけただろうか。
鈍感鈍感言われ続けてきた俺だが、さすがにあれだけ嫉妬して、あれだけ熱くなって、それでもこの気持ちはなんだろう?なんてとぼけるほど馬鹿じゃない。
「さて、どうすっかなぁ。」
ひとり呟く。そう、俺の本当の戦いはこれからだ!なのだ。
俺はアイツの事が好きだ。それに気づいた。ここがようやくスタートラインなのだ。
だいいち、アイツが俺の事をどう思ってるかもわからない。ていうか、そこが一番重要だな。
昼ごろのアイツの言葉を思い出す。
『あたしは忙しい身なんだから男と付き合ってるヒマなんてないわ。』
つまり、恋愛なんてやってられっかバーローめ。ってことだ。
てことは、当然恋愛感情を持ってる相手なんかいない。
気になる異性もおりません。という結論に行き着くわけで。
いつも一緒にいる身としてはもうこの時点でブロークンハートなのではなかろうか。
一気に気分が沈む。ああ、ダメだ。こういう時どうしても考え方がネガティブになっちまう。
でも、ああ…うう…
悶々とした心をひきずりながら歩いているうちにいつのまにか自分家に着いてしまった。

「ただいまー」
ドアを開け自分でも分かるほど気だるい声でそう呟く。
と、そこで玄関に若干の違和感を感じた。
靴が多い…。てことは…。
自分の靴を脱ぎ居間まであるく、近づくにつれて明るい声が聞こえてきた。
この声はやっぱり
「こんにちは、朝比奈さん、長門さん。」
顔を出しとりあえず挨拶する
「あら、キヨくん、こんにちわぁ。おじゃましてますぅ。」
「こんにちは。」
予想通りそこには俺の両親の親友である二人の姿があった。
そして
「あ~らキヨ。親にたいしてただいまも言わずに先にお客に挨拶?
 お父さんに似るとこは似ていい度胸してるじゃない。」
夕飯の支度をしていたのだろう、キッチンのほうからひょっこり顔をだして軽くこちらを睨みつける母。
「別にお客さんが先に見えたから挨拶しただけだ。それにちゃんと言ったぞ、ただいまって。」
無駄だと知りつつもつい反論してしまう。いわくこれも父親似らしい。
マイマザーは後ろで結んだ馬の尻尾をぶらぶらさせながら
「ふっふーん、残念でした。言おうが言うまいが聞こえてなきゃ言ってないのと同じなのよ。」
やれやれ
「さあ、帰ってきてまず母さんに言う言葉は?」
「ただいま。ハルヒ母さん。」

 

つづく


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