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高校を卒業してから早三年が過ぎた。
あのうるさいハルヒと別の大学に行ったおかけで俺はめでたく宇宙人も未来人も

超能力者もいない普通の日々を手にいれた。
しかし、あの非日常的な日々を。

俺はなんだかんだで気に入っていたと思い知らされる事がよくある。
地元の成人式で久々にハルヒに再会したあの日もそうだった……

久々に再会したハルヒと話をすると近々結婚するんだそうだ。
どうやらできちゃった結婚らしい、あのハルヒがね……
その夜、同窓会で酔った勢いだったのかなんなのかさだかではないが
どちらともなくそんな雰囲気になり、ハルヒを抱いた。

俺に抱かれてる間ハルヒはずっと俺の名前を呼びながら泣きじゃくってた……


 

「もうじき入籍するっていうのに、会うのはまずくないか?」

婚約者がいる女と関係を持ったっていうだけでも問題なのに、ハルヒを抱いた
あの日から一週間も経たないうちに俺たちは再び顔を合わせることになった。

ハルヒから呼び出される形でな。

「昔の仲間と会うのがどうしていけないのよ」

憮然とした表情で、運ばれてきたアイスコーヒーを口に含むハルヒ。

俺の目の前にも同じものが運ばれている。

ここの喫茶店のアイスコーヒーを飲むのも久しぶりだ。

「そりゃまあそうだが。未来の旦那さんは何も言わないのか?」

見てくれだけなら文句無しに美少女にカテゴライズされてもおかしくないからな。

旦那さんも神経質になりそうなもんだと思うんだ。

「誰と会うんだ、どこで会うんだ、って根掘り葉掘り聞かれたわよ。
ほんと、ウザいったらないわ」

「おいおい。将来を約束した相手に言うことじゃないだろ」

面識があるわけではないが、ハルヒと付き合ってそこまで親密な仲に
なるくらいの人物だ。

きっとただものではないだろう。

「将来ね……。あの人、議員先生の息子でさ。それなりにいい暮らし
してるのよね」

「旦那さん自身は何をやってる人なんだ?」

少なからず興味がある。

「本人も二世として政界に飛び込むつもりみたいで、親父の秘書として勉強中よ。親の七光りとでも言われないようにしてほしいわね。嫁ぐ身からすると」

本当にどうでもよさそうに「あたしにはどうでもいいことだけどね」と
付け加える。

「ところで、赤ちゃんの調子はどうなんだ?」

「さあね。まだ定期健診受けるには早いし、面倒だし、よくわかんないわ」

「おいおい……」

俺も詳しくは知らないが、ちゃんと病院には行ったほうがいいと思うぞ。

「もっとはっきりとわかるようになってから行くわ。世の中には、数ヶ月
経ってから妊娠に気付く人もいるっていうし。無茶しなければ平気よ」

そういうハルヒの横顔がどこか寂しげに見えるのは俺の気のせいだろうか。

高校時代、ハルヒのこんな表情は見たことなかった。

高校に入学した当時もつまらないことだらけと不満そうな顔をしていたが、
それでも常に面白い何かを発見しようという挑戦的な色合いが含まれていた。

俺が余計な入れ知恵をしてSOS団設立したあたりから、こいつは劇的に
変わったんだよな。

今となっては余計な入れ知恵だなんて俺も思っていない。

俺の一言が、俺にとって、理不尽ながらも実のある高校生活の始まりと
なったのだから。

いい思い出だ。

「なんにしろ玉の輿だな。よかったじゃないか」

軽くからかってやる

「ん……。まあ、ね」

気の無い返事が返ってきた。

 

 

こいつ、もしかして──

 

 

いや、無粋な詮索はやめよう。

たとえ経緯がどうあれ、婚約を済ませているという事実が全てだ。

もちろんハルヒなりに思うところはあっただろうが、それでもハルヒは
結婚を選んだ。

特に女からすれば、結婚は人生の一大イベントだもんな。

まして、三年の空白を挟んで再会した俺が口を出すような問題じゃない。

「……」

「……」

沈黙が苦しい。

俺は余計なこと言っちまったのかもしれないな。

話題話題は、っと。

「キョン」

「ん?」

どこか感情が薄れたような雰囲気を漂わせて、窓の外を眺めながらハルヒが
口を開いた。

「覚えてる?あの約束」

「約束?」

はて、なんだったっけ。

「卒業式の日に言ったでしょ」

気付けば、ハルヒの視線はまっすぐに俺の目を射抜いている。

卒業式の日というと三年前だな。

「うーむ……」

覚えているようで覚えていない。

こう、魚の小骨が喉にひっかっかったような、そんな感じだ。

「すまん、忘れた。……で、それがどうしたんだ?」

「あ、いいの。何でもないから。気にしないで」

慌てて手を振って愛想笑い。

「ならいいけどよ……」

何でもないようには思えなんがな。

「気の迷いだったのかもしれないわね」

ハルヒがボソリと呟いた。

「恋愛なんて精神病の一種だと思ってたけど……」

ああ、俺たちが出会って間もない頃に言ってたな。

それがどうかしたのか。

「あたしさ、もう少ししたら入籍して、式挙げるの。羨ましいでしょ」

「そうなのか」

聞けば、ぽっこり膨らんだお腹でウエディングドレスを着たくないという
ハルヒの意見が通ったらしく、必要なイベントは迅速に計画されているようだ。

結婚なんて俺はまだ考えたことがないが、未来をともに歩む伴侶が
見つかったということは素直に羨ましく思う。

「場所は教会で。純白のウエディングドレスよ。あたしに似合うと思わない?」

「そうだな」

そして再び訪れる沈黙。

「……」

「……」

おもむろにハルヒが言った。

「もう……会わないほうがいいわね」

「……そうだな」

 

 


先日、ハルヒからハガキが届いた、入籍の報告だった。
その笑顔にあの頃の輝きは無かった……

俺の色褪せた日常の中で眩しいほど輝き続ける高校生活三年間の思い出。
そして、その中で他のなによりも輝いていたアイツの笑顔。

もしあの頃、俺達がお互いにもう少し素直になれていたらこんな未来を
選ばずに
すんだんだろうか……
などと答の出ない疑問を思い浮かべながら俺は今日も色褪せた日々を
生きている

 

 

「あれよあれよとコトが運ぶな。ハルヒらしいといえばハルヒらしいが」

SOS団御用達の喫茶店でハルヒと会ってからわずか十日後のことだ。

「結婚式には是非お越しください、か」

まあ、さすがに式なら参加してもいいだろう。

二人っきりで会うのは、俺自身も後ろめたいものを感じるし、へたしたら、
また過ちを犯してしまうかもしれないし。

しかし、友人としてお祝いに駆けつけるくらいはな。

ぼーっと、ハガキに写るハルヒの姿を眺める。

「……らしくない顔してやがるな」

俺の机の上に飾られている高校時代の写真と並べると、昔に比べてハルヒの奴が
精彩を欠いているのが浮き彫りになる。

「そういえば、これも卒業式に撮った写真だっけな」

その瞬間、俺の頭の中を一筋の閃きが走った。

かつてハルヒは、ほんの一瞬だがこのハガキの写真とそっくりな表情を
見せている。

「思い出した……」

そう、あれは──

 

 

卒業式が終わって、教室で友との別れを惜しんだあと、俺はSOS団の
アジトへと呼び出されていた。

三年間身を粉にさせられた団長様にな。

「あんたとの付き合いも今日でおしまいだけど、三年間、あんたはいつも
腑抜けてたわね」

そんなつもりはないんだがな。

むしろほめられるべきじゃないかと思うくらいだ。

「とにかく。あんたは三年という月日の間、団員としての責務を全うできなかったわけよ。だから特別に卒業後でも、あたしがピンチになったときにその身を挺して守る義務を与えるわ。美しい姫君を守るナイト役よ、嬉しいでしょ」

腕を組んで平然と無茶苦茶を言いやがる。

せっかくこいつとも今日でおさらばできると思ってたんだ。

確かにこの三年間、苦労もしたがそれ以上に愉快な経験もさせてもらった。

でもな、さすがに腹一杯だ。

卒業後まで付き合ってられるか。

「へいへい、わかったよ」

とりあえず形の上では同意しといてやる。

口約束だけでもしとけば満足するだろ。

「もっと嬉しそうにしなさい!」

「しかしな、進学先も違うのに守るもへったくれもないと思うんだ、俺は」

我ながら正論だと思うんだ。

でも、正論が通じないのがハルヒなんだよな。

いや、もちろんわかってるけどさ。

「言い訳するな!ほら、指きり」

「んだよ、ガキじゃあるまいし……」

仕方ないので、指をからませて歌い、指を切る。

「満足したか?」

これがハルヒの最後の団長命令だろうしな。

せめて納得させてやるとするか。

「約束よ、絶対に……」

一瞬、ハルヒの顔に陰りが見えたような気がした。

気のせいだろうか。

「じゃ、これにてSOS団は解散!元気でね!」

 


 

結局あれからハルヒとは会うどころか連絡すらしておらず、再会したのが
同窓会の日だ。

「あの約束、まだ有効なんだよな……きっと」

写真立てに飾られた俺たちの青春の記録の締めくくり。

そこには、胸を張って堂々と佇むハルヒがいた。

送られてきたハガキに写るハルヒとはまるで別人に思えるくらいだ。

 

「覚えてる?あの約束」

 

思い出の喫茶店で、どうしてハルヒがあんなことを言い出したのか、思い出して
全てわかった。

いや、本当は思い出していて、心のどこかで気付かないふりをしていただけ
なのかもしれない。

今の生活に甘んじて、今の生活を失いたくなかった俺がいたんだ。

それは否定しない。

でもよ、ハルヒと別れてからの大学生活を思い出してみろ、俺。

本当に充実していたと言えるか?

本当に楽しかったと言えるか?

そんな毎日と天秤にかけるまでもないことがあるんじゃないか?

「くそっ!」

俺は三年間あいつと一緒に過ごしていたのに、どうしてあの場で気付いて
やれなかったんだ。

そして、ハルヒと別れてから自分の心にウソをついて三年という時間を過ごして
きた自分が腹立たしい。

実際、ハルヒと再会した同窓会の日からハルヒのことを考えない日はなかった
くせに、俺という奴はなんてダメ野郎なんだ。

「思い立ったら即行動がハルヒの流儀だったよな……」

携帯を取り出し、俺は久方ぶりにあいつの声を聞くことにした。


「俺に言わせれば、どうしてお前らが付き合ってなかったのかが
不思議なんだがな」

うまそうに3杯目のビールを喉に流し込み、ろれつの回らない口調で旧友は
言った。

「いや、俺も若かったというか、だな、その……」

「俺だけじゃねえ。教えてやろうか?一年のときのクラスの奴らはな、全員
お前らが付き合ってるものと思ってたんだぜ」

「そうだったのか……」

周りからどう見られているかなんて考えたこともなかった。

ハルヒに振り回されてばっかりで、そんなことまで気がつきもしなかったな。

「なあ、キョン」

「ん?」

「今でも好きなんだろ、涼宮のこと」

「ゲホッ、ゲッホ!」

突然変なことを言い出しやがったからむせちまった。

「汚ねえなぁ……」

「わ、悪い」

仕切りなおしとばかりに、残ったビールを飲み干して谷口が言う。

「後悔してるんだろ」

「む……」

いくら気心が知れた友人とはいえ、こういう会話は恥ずかしいものがあるな。

「隠すなよ。わざわざ俺に連絡つけたってことは、本音で話したいからじゃ
ないのか?」

変なところで鋭い奴だな。

だが、実際谷口の言うとおりだ。

俺的美少女ランキングなどふざけたことをぬかしたりしていたが、
なんだかんだでこいつは信頼できる男なんだよ。

本人は真面目なつもりでも、周りには三枚目に見られて損してる部分が
大きいんだ、こいつは。

「まあな」

反応を楽しむようにニタニタと俺を眺めたあと、こいつはとんでもないことを
口にした。

「じゃあ奪っちまえ」

「谷口!?」

思わず大声をあげてしまったが、居酒屋の喧騒の中では雑音の渦の中に
飲み込まれるだけだった。

赤の他人に聞かれても問題は無いが、聞かれて気分のいい話ではないからな。

「それがお前にとっても涼宮にとっても幸せだろうよ。すいませーん、
生中もう一杯ちょうだーい」

カラになったジョッキを振りながら店員に追加を注文する谷口。

気軽に言うがな、これはドラマの世界じゃないんだぞ。

「谷口。お前、他人事だと思って適当なこと言ってないか?」

「ああ、他人事だ」

あっさりと肯定し、運ばれてきたジョッキに嬉しそうに口をつける。

「ふざけてるのか?俺は真剣に──」

俺の言葉を遮って、酒臭い息を撒き散らしながら谷口は言った。

「じゃあ、なんて言ってほしいんだ。諦めろ、か?お前じゃ敵わない相手だ、か?もっといい女が見つかる、か?いいぜ、お前が一番聞きたいセリフを聞かせて
やるよ。おら、どれだ、選べよ」

「そ、それは……」

酔っ払ってるくせに、まるで俺の心を見透かしたような言葉をぶつけてくる。

「違うだろ。俺に言われるまでもなく、心は決まってたんじゃないのか?
なあ、キョンよ」

そう言う谷口の表情は酒のせいか締まりがないが、その目には真剣さが
感じられた。

谷口は高校卒業と同時に就職をした。

学生である俺とは積み上げられた人生経験が異なる。

そんな男の言葉にはどこか重みが感じられた。

「金に関しても少しくらいなら融通してやってもいい。実家暮らしだから
貯まる一方でな。おまけに金を使う間も無いくらいに働かされててよ、
イヤんなるぜ」

少しばかり脱線して仕事の愚痴を聞かされたが、唐突に、

「お前も覚悟を決めろよ」

「え?」

何の脈絡も無く会話が元の軌道に戻ったせいでマヌケな声を出してしまった。

「今までの人生、全てリセットするくらいの気持ちでぶつかれって言ってんだ。
な~に、心配すんな。うまくいかなくても、俺はいつまでもキョンの
ダチだからよ。失敗したら、そのときは俺のおごりで酒でも飲もうや」

そう言って大笑いする。

こっちは大真面目で相談しているのにこいつときたら。

だが、俺にはこれくらいがちょうどいいのかもな。

自分でも、物事を固く考えてしまうきらいがあると自覚している。

谷口のような少しばかり能天気なアドバイスをもらったほうがきっといい方向に
向かうことだろう。

なんだか自信が湧いてきた。

「やっぱりお前、いい奴だな」

心の底からそう思う。

持つべきものは頼れる友人だ。

「よせよ、気持ちわりい。あ、もちろんここはお前のオゴリだからな」

運ばれてきた焼き鳥を頬張りながら谷口は言う。

空いた皿を下げようとしている店員に追加の注文も忘れない。

抜け目ない奴だ。

「へへっ。楽しくなってきたぜ。そうと決まれば、人数集めないとな。
どうあがいたってお前じゃ涼宮の婚約者には敵わないんだからよ。
連絡つく奴には全員協力させてやる。まずは国木田だろ、あとは──」

指を折って、懐かしい名前を次々と口にする。

やっぱりこいつは大バカだ。

「奪え」だの平然と言える神経が理解できない。

だが、いきなり呼び出したというのに、嫌な顔せずに俺の背中を押してくれた
この大バカが頼もしい。

「──ま、面子に関してはこんなとこか。お膳立ては任せとけ。その代わり、
お前も決めるトコだけバッチリ決めろよな」

「ああ」

 

 

谷口と別れて家までの道を歩く。

ふと空を眺めれば、珍しくキレイに星が輝いていた。

そういえば、いつだかSOS団のみんなで一緒に星空を眺めたこともあったっけ。

懐かしいもんだ。

自分勝手に笑い、仲間のために怒り、ときには涙を流し、楽しさを求めて
俺たちを振り回したハルヒ。

大学に進学し、ハルヒと離れて平穏な生活を手に入れたと思っていたが、
それは大きな勘違いだった。

俺は平穏な生活を手に入れたんじゃない。

しんどいながらも楽しい毎日を失ったんだ。

思い返せば、俺の側にはいつもハルヒがいた。

俺の脳に記憶されている高校時代という思い出の各ページには、どのシーンにも
ハルヒの奴がしゃしゃり出てきやがる。

「くそっ。いなくなったらいなくなったで面倒ごとに巻き込みやがってよ」

つい記憶の中のハルヒに悪態をつく。

だが、確信したよ。

 

俺はハルヒが好きなんだ──

 

 

 

結婚式の日。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、
これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

携帯電話越しに聞こえる誓いの言葉。

俺の携帯は、一年のときのクラスメイトの電話と通話状態になっている。

そいつは建物の中で式の進行を見守ってるわけだが、携帯を通話中にして中の
状況が外にいる俺にもわかるようにしてくれているんだ。

「谷口、国木田。頼むぞ」

「大丈夫だよ、キョン。きっとうまくいくさ」

「俺たちを信じろ」

やるからには盛大にというのが谷口の言い分だ。

このシナリオも谷口によるものなんだが、段取りを全部任せたのは
失敗だったかもしれん。

まあ、今となってはやるしかないんだがな。

「では新婦……」

今度は新婦、ハルヒの誓いの番だ。

突入するなら今しかない。

「僕らもできるだけサポートするから頑張ってね、キョン」

「おっしゃ、行くぜ!

 

ドォン!

 

「チワーッス!宅配便でーす。お品物、お届けにあがりましたー!」

厳かな雰囲気をブチ壊す谷口の声が建物中に響き渡る。

こいつ、ドアを蹴り開けたんじゃないか?

谷口なら「そのほうが燃えるだろ」とか言い出しそうだが、さすがに不謹慎だと
思うぞ。

予想だにしない出来事に、空間は静寂に支配された。

この静寂を破ったのは、クセのあるダミ声の持ち主だった。

顔が見えないから誰だかわからないけどな。

「おい。何だね、キミたち。今は大事な式の途中なんだ。お引取り願おう」

この言葉に対し国木田が、

「すいません。急ぎでって言われてるものでして。そちらにも事情はあると
思いますが、僕らもお客様の信頼かけて商売やってますので。えっと、
涼宮ハルヒさんにお届けものです」

仕事に忠実な好青年を演じつつも大事なところは譲らない。

俺のためにすまないな。

「……谷口に国木田じゃない。届け物って誰からよ。中身は何?」

ハルヒの声が聞こえた。

「よ、涼宮。まさかお前が結婚するとはな。中学時代のお前を知ってる俺には
想像できなかったぜ」

「余計なお世話よ。で、誰からなの?中身は?」

「依頼人はキョンだよ。中身は、見てのお楽しみってとこかな」

国木田のこの言葉が合図になっていた。

ダンボールから飛び出してハルヒの正面に立つ。

「よう」

突然の出来事に、ハルヒの奴は口をパクパクさせている。

鯉か、お前は。

純白の花嫁姿でみっともないぞ。

「ったく。お前は俺がいないとダメダメだな」

建物中に響き渡るように大声で言う。

しかも身振りまでつけてだ。

こんな演劇の真似事なんて小学校の学芸会以来だぜ。

これは国木田の助言でな。

あえて堂々としたほうが、出席者に余計な不信感を与えずに済むんだそうだ。

余興か何かに思わせることができれば上出来だ。

「えっと、知り合いかい?」

ハルヒの横に立つ男性が俺とハルヒの顔を見比べながら、恐る恐るハルヒに
訊ねている。

よかった。

旦那さんとの取っ組み合いも予想していたんだが、そこまで手が早いほうでは
ないようだ。

ハガキの写真を見る限りちょっとキツメのインテリ系かと思ったんだが、
中身はおっとりインテリ系ってとこか。

だが、ハルヒは旦那さんの言葉に耳を貸さず、俺に向かって口を開いた。

「なによあんた。乙女の大切な記念日を踏みにじるつもり?」

イラつきが前面に押し出されているその口調は高校のときと何も変わらない。

だが、郷愁に浸っている時間も余裕もないんだ。

悪いが打ち合わせ通りに進めさせてもらう。

「お前は本当にダメな奴だが、俺もお前がいないとダメみたいでな」

「え……」

俺の言葉に口を開けて、ぽかんとしたマヌケ面のハルヒ。

ここまでは、まあシミュレーション通りだ。

さて、ここで何て言うんだっけな。

せっかく昨日必死に覚えたんだがダメだ、テンパって思い出せない。

もう適当でいいだろ。

こんなもん勢いだ、勢い。

「俺は、一生涼宮ハルヒを愛し、一生涼宮ハルヒを守り抜くことを誓う!」

いまこの場で何が起こっているのか理解していない出席者に向かって
宣言するように言い放ち、いまだ呆然とするハルヒの肩を掴み、

「え?ちょっと、キョ……ん」

あのときのように唇を重ねた。

あのときは世界崩壊の危機だったが、今回は俺の人生かけてるんだ。

頼む、ついてきてくれ。

「騒ぐなよ」

一言添えて、ハルヒを抱えあげたところで、

「ちょっ、下ろしなさい!」

「いてっ!」

すかさず頭をひっぱたかれて無様にも倒れこんでしまう。

格好悪いとか言ってくれるなよ。

バランスを安定させようとしていたところをひっぱたかれたもんだから
無理もないだろう。

「ハルヒ……」

上から俺を見下ろすハルヒは憤然と仁王立ち。

やはりドラマのようにうまくはいかないのが現実か。

勝算はあると思ったんだが、全て俺の勘違いだったのかね。

希望を打ち砕かれた俺は茫然自失の面持ちだっただろうな。

同時に恥ずかしさが込み上げてきて、まともにハルヒの顔をみることが
できない。
もう、何もかもどうでもいい。

大切な結婚式を荒らしたことを詫びて帰ることにしよう。

「なあ、ハルヒ……!?」

邪魔して悪かったな、と言葉を紡ぐことができなかった。

いや、その必要が無くなった。

ハルヒの奴が俺の鼻先に人差し指を突きつけてこう言ったんだよ。

「まだあたしが誓いの言葉を言ってないでしょ!」

「お前……」

そう言うハルヒの顔には、俺がよく知っている表情が浮かんでいた。

大胆不敵、傲岸不遜etc──

その手の言葉がごちゃまぜになったような表情。

ともに過ごした三年間、面白そうなことを見つけるたびにハルヒがこの表情を
浮かべていたのを覚えている。

大概はその後に俺が溜息をつくハメになるんだが、今回は別だ。

なんせ俺から仕掛けた一世一代の大博打なんだからな。

そして俺は、どうやらこの賭けに勝ったようだ。

 「あたしも誓うわ。病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも、
悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、キョンを愛し、キョンを慰め、
キョンを助け、キョンを敬い──はしないけど」

「おいおい……」

そこはウソでも敬うって言ってくれよ。

しかし、最後のは別としてもちゃんと言えてるな。

シミュレーションでもしたんだろうか。

「とにかく、あたしも誓うわ!キョンを一生愛することを!誇り高き
SOS団団長としてね!」

ハルヒは徐々にテンションが上がったのか、しまいには握りこぶしで叫んでいる。

誓いというよりも、神様に啖呵切ってるように見えるぞ。

「んじゃ、とんずらするか」

勝負に勝っても、試合に負けたらダメだ。。

取り押さえられる前に逃げきってようやく意味があるんだからな。

そう思った瞬間、出席者の一部から拍手が巻き起こった。

 

「それでこそ男だ!キョン!」

「涼宮さん羨ましい~」

 

なんだと思えば、拍手をしている面子はどこかで見覚えがある顔だった。

「お前ら……」

これはハルヒの結婚式だから俺の直接の知り合いはあまりいないが、
それでも学年が一緒だったわけで、大方の顔と名前くらいはわかる。

ハルヒが交友を持つような奴なら自然と俺も見聞きすることがあったからな。

高校入学当初は周りを拒絶していたハルヒだが、最終的に、人並には及ばずとも
友人もできて、キチンと高校生してたんだなと旧友の存在を通じて実感する。

「いや~、これはびっくりだねっ!さすがのあたしも度肝を抜かれたよっ」

状況も忘れてこいつらの拍手に身を委ねていたところに、鶴屋さんが声を
かけてくれた。

やっぱりあなたも出席されていましたか。

「もちろんさ!ハルにゃんの花嫁姿を見ずに死ねないよっ!」

そうですか、しかしお元気そうで何よりですよ、鶴屋さん。

「まあね。あたしも色々お喋りしたいけどさ……余興はまだ続くにょろ?」

早く行けと言ってくれているのだ。

「恩に着ます」

「いいってことさっ!あたしとキミたちの仲じゃないかっ!」

そう言ってウインク。

変わらないな、この人は。

いくら感謝の言葉を並べても足りないくらいだ。

「さあ、キョン。あたしを抱っこして走りなさい。ドラマティックに!」

言われるまでもない。

「よ、っと」

俗に言うお姫様抱っこってやつだ。

あとは逃げるが勝ちだ。

「しっかりつかまってろよ、ハルヒ」

「誰に向かって言ってんの?団長に対しての礼儀を忘れたみたいね。
死刑にするわよ」

「へいへい」

そんなとびきりの笑顔で死刑なんて言われてもな。

「じゃ、すいませんけどハルヒいただいていきますね」

いまだに呆然としている旦那さんに一言断りを入れて、俺は数年ぶりに全速力で
駆け出した。

「あ、待て!」

旦那さんの代わりに喚きたてる、旦那さんの親父さんのダミ声を背中で
聞き流しながら、な。

 

「えーっと、サインをお願いします」

「離せ!息子の嫁がさらわれたんだぞ!」

「ですから、受領のサインを頂けないと僕らも上司から怒られてしまうんですよ。受取人の涼宮さんもいないし、こちらの旦那さんもさっきから反応が無いし、
あなたからサインを頂くしかないので。谷口、ボールペン」

「んあ?お前持ってるんじゃないのか?」

「いや、僕は持ってないよ」

「おいおい、しっかりしろよ。それじゃ営業できねえじゃねえか」

「いやあ、うっかりしてたね」

そして二人で笑う。

「うるさい!邪魔だ」

強引に谷口と国木田を押しのけるが時すでに遅し。

「ああ、逃げられた……。お前ら、どこの運送屋だ!?今後まともに仕事が
できると思うなよ!」

ついには激昂し、人目も気にせず声を荒げる。

瞬間、

「いやあ、これは面白い余興だねっ。まるで映画じゃないか!あたしってば、
ドキドキするよっ!」

鶴屋さんがケラケラと笑いながらそう言った。

「鶴屋のお嬢さん、これが余興なものですか!」

二人が教会から姿を消したのを確認し、役目は終わったとばかりにそそくさと
人混みにまぎれる谷口と国木田には目もくれず、鶴屋さんに向かって声を荒げる。

鶴屋家はどうやら政界にも顔が利くようで、この政治家の親父ともどうやら
面識があるらしい。

だが、鶴屋さんはとぼけた様子でもなく、心からそう思っているように問い返す。

「へえ?じゃあ、これは一体何なんだいっ?」

「これは誘拐です、誘拐!鶴屋家のお嬢さんともあろうお方が、誘拐犯の味方を
されるのですか?」

「何のことだい?あたしは知らないよぅ」

「お嬢さん。いくら鶴屋家のお嬢さんといえど、これ以上の邪魔立てをなさる
おつもりならば──」

「どうなるんだいっ?」

口調こそいつもと変わらないものの、鶴屋さんの瞳には断固たる決意が
秘められていた。

友のため、自分が砦になろうという決意が。

「あたしは知らないって言ってるにょろよ?わっかんないかな~」

「いや、しかしですね。私としても息子が花嫁を式の最中に奪われたとあっては、議員仲間の笑いものです。どうかご理解ください」

「なら、あたしの言い分も聞いてもらわないと不公平じゃないかなっ?」

「え?」

「こんなたくさんの人の前でウチの関連会社の仕事にケチつけられたと
あっちゃあ、あたしだって黙ってらんないんだよね」

「え……」

鶴屋さんの言葉を受け、ダンボール箱に目を向けてようやく気付いたのだろう。

そこの書かれる鶴屋運送の文字に。

そして、間接的にとはいえ自分が目の前に佇む若いながらも万事において
如才無い鶴屋家の娘に喧嘩をふっかけていたことに。

「別にいいんだよ。やるってんなら、あたしはとことん付き合うっさ。
白黒はっきりさせようじゃないかっ!」

ドレスを身に纏いながらも、ファイティングポーズを取りシュッシュッと
シャドーボクシングで威嚇する鶴屋さん。

「と、とにかく!お嬢さんの相手をしている暇はありません。失礼します!」

自らの失態をごまかすように話を切り上げようとするが、鶴屋さんがそれを
許すはずがない。

「おっと、あなたの相手はあたしっさ!二人を追いかけるというのなら、
あたしの屍を乗り越えていくにょろよ!」

 

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