卒業式を間近に控えた俺は受験が終了しているにもかかわらず、塾へと向かうため自転車を走らせていた。
これもそれも中学生のまとめとやらを塾が行うせいであり、それをうちの親が聞きつけたからに間違いなかった。
何故かにやにやしながら俺を追い立てるものだから、おちおちテレビを見てもいられない。
こっちは受験で散々勉強をやってきて、無事に桜も咲き、高校入学までのモラトリアムを楽しもうと思っていた
ところだったから、がっかりしたね。
憂鬱な気分のまま自転車を走らせているとうちの親がその塾が開講されるということを知ってしまった
原因である女がゆっくりと前を歩いていた。
「君のことだから母上にそのようなことは言わないと思ってね。たまたまスーパーで会ったときに
そのような講義があることを進言したわけさ」
まったくその進言のせいで俺は貴重な時間を勉強と言う名の魔物に食い荒らされることになるんだぞ。
俺は彼女の前で精一杯の渋面を作った。
それを微笑みで軽く受け流しつつ、いつものようにその女は俺の自転車の荷台に乗った。
肩をすくませながら塾へと向かう俺の背中にその女は更に言った。
「僕はもともとその講義に参加するつもりであったからね。いつもの足が無くなると塾まで歩いて向かわなくてはならない。
当然このように自転車に乗せて貰う方が時間の短縮となって非常に助かるし、君の両親も君のために支払った
お金を無駄にすることはない。実に理にかなっていると思うが」
俺のモラトリアムな時間はどうなるんだ
「勉強をするのも実に有意義な君の言うモラトリアムな時間の使い方だと思うんだがね」
その女、佐々木はくっくっくっと喉を鳴らし俺に更に俺に話しかけた。
「それはさておき、短い間だったがこの自転車での送迎は非常に助かったよ」
まぁな、ついでだしな
「まぁ君のそういうところ・・・・・」
突然強い風が吹き佐々木のその後の言葉を遮った。
まぁこの後はお決まりの俺の精神分析となるであろうから、
フロイト先生やユング先生にご登場頂くのも馬鹿馬鹿しくなり俺は佐々木が何を言おうとしたのかは聞き返さなかった
その後は無言のまま、これでこの道を走るのも最後なんだなとかいう柄にもない感傷を感じながら
塾へと自転車を走らせた。

 

半睡眠学習と化した拷問とも言える時間が過ぎ、またもやいつものように自転車を押しつつ他愛もない話をしながら
佐々木をバス停まで送るため歩いて行った。
今度行く北校のことや佐々木の通うことになる私立高校の話などというまぁ全国津々浦々で取り上げられるような
本当に他愛のない話であったため、何を話したのかなんてことは全く覚えていない。
そして佐々木をバス停まで送りバスがやってきたのを見届けてから、俺は軽く手を挙げてその場を立ち去ろうとした。
しかし、佐々木の次の言葉は俺の予想とは全く違うモノだった
「少し待ってくれないかな。塾に来る前にも話したと思うが、自転車での送迎は非常に助かったんだ。

このようにバス停まで送ってくれるのも僕が分類学上女というものに属する以上、余計な警戒をしなくても良いという点で

助かった。しかし、僕は君に何かをしてあげてはいない。親友である以上恩を受けっぱなしというのも僕の気が済まない。
君の母親には既に話してあるから今日は僕の家で晩ご飯を食べていかないかい」
・・・やられた。通りで母親が嬉々としていたわけだ。
このまま帰っても晩ご飯が用意されているとは思えない。全て佐々木の計画だったわけだな。
まぁ俺が佐々木を出し抜けるはずもなく予想通りの結末とも言えないことはないのだが多少苦虫をかみ砕いたような顔で
俺は喜んで行く旨を伝えた。全く素直に伝えればいいモノを・・・・
「素直じゃないのは僕以外にもいると思うがね」
俺の考えていることが伝わったのだろう。佐々木は俺をからかうかのように言った。
何処にだ?黄色のリボンをした団長様なぞ何処にもいないぞ?
「まぁいい僕は君のその顔を見ることができただけでもわざわざ手間を掛けた甲斐があったというものさ」
佐々木は少し微笑みながらそう言った。そのとき風が吹き佐々木の髪を少し揺らすと同時に
女の人特有の甘い香りが漂ってきた。
そのとき俺は始めてかも知れない・・・・佐々木が女であるということを意識してしまって妙な緊張を覚え、
そのまま口を噤んでしまった。
その後は特に会話を交わすこともなく、塾へ行くときと同じように佐々木を自転車に乗せ、
佐々木の家へと自転車を漕ぎだした。

 

少し走ると閑静な住宅街の中に佐々木と表札を掲げた普通の家が見えてきた。うちよりは心なし大きくて
新しいような気もするが、隣の芝生は青く見えるって奴だろう。
俺は佐々木に先導され、家の中へと招き入れられた。
そういや佐々木の親と会うのは初めてだったな。無難に「お招き頂きましてありがとうございます」と言おうか
それとももう少し砕けた感じの方がいいかなどと考えていると佐々木がさっきよりも巨大な爆弾を落としやがった。
「ああ、キョン今日は親はいないからくつろいで頂いて結構だよ」
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・・
今、何と言った?
時間が止まったようなこの感触はなんだ。
「キョン、耳でも悪くなったのかい?それと時間というのは古今から考えられ続けていたテーマであって
時間の瞬間瞬間を取り出すことが出来るのであれば、確かに止まっているのかもしれないが、
時間の連続性いうものは瞬間を取り出す作業ではなくてだな」
俺が言いたいのはそういうことじゃない。
佐々木、お前知ってて俺をからかっているだろう。
「すまないな。ちょっと調子に乗っていたことは認める。だが、何か問題でもあるのかい?」
それは夜に男と女が二人っきりだぞ。それだけでも問題なのに・・・それにそれにだな
・・・・言いたいことは分かるだろう・・・・・
そんな俺の葛藤を気にしないかのように佐々木は言った。
「君は親友を傷つけるような真似をするような人間じゃないと僕は信じているし僕の見立てが間違っているとは思えない。
それに僕も一度他人に手料理というものを振る舞って見たかったんだ。キョン、君は料理をしないのかい?
料理をする人間なら一度は忌憚ない意見を聞かせて貰える信用できる人間に自分の自慢の料理を振る舞ってみたいと
考えるものなんだがな」
周到に準備を進め、かつこの佐々木が相手では古泉が将棋で名人に勝つほどの勝率もないことは明白だ。
料理を食べてさっさと退散させて頂くことが良策だと判断した俺は前よりもずっと苦虫をかみ砕いたような顔で
了解した旨を伝えた。まぁ佐々木のしてやったりと言うような顔を拝めただけでも十分さ。
肩をすくめて食卓に着いた俺は食事の準備をする佐々木をぼんやり眺めながら、
さっきから出てくるリボンをした団長様やら古泉とやらは俺は知らないはずなんだがな・・・何で出てくるんだ
・・・え?禁則事項?なんだそりゃ?というような変な脳内会議を繰り広げていた
しばらくの間ぼんやりしていたのだろう。気が付くと目の前には佐々木が作ったロールキャベツやらポテトサラダやらが
並べられていた。
「さぁ。是非忌憚ない意見を聞かせて貰おうじゃないか。冷めないうちに食べて欲しいものだな」
ああこの佐々木の目の輝きはテストで山が当たり、満点確実ということが終わった瞬間に分かった時の目の輝きだな・・・・
案の定俺は常套句である美味いということしか言えなかった。
「キョン、それでは反省材料にはなりはしないよ。何かあるだろう?こういう味付けが良いとか」
勘弁してくれ、俺は料理評論家ではないし、ボキャブラリーも貧困なんだよ。更に言えば、「うまいぞー」と叫ぶなり、
巨大化したり、目から怪光線を出したりすることもできん。
「なんだいそれは」
佐々木は苦笑すると更に言葉を続けた
「満足して頂けたようで良かった。僕も一抹の不安はあったからね」
俺は味もそうだが嬉しそうな佐々木を見ることが出来たし十分満足したさ。そろそろ変な気を起こす前に退散しようか、
と腰を上げかけた瞬間。佐々木がゆっくりと俺に近づいてきた。
「君の言う変なこととはこういうことかな?」
と言うなり、素早く俺にキスしてきた
佐々木の髪から香る甘い香りと共に柔らかな感触が、俺の思考を停止させた。
目は開いていたはずだったがその瞳には何も映すことはなく、ただ甘い香りと柔らかな感触だけが俺の脳を支配していた。
その時間は数秒にも満たない瞬間だっただろうが俺には何分にも感じられた。
ゆっくりと唇を放した佐々木が
「やっと・・・・ふたりっきりになれた・・・・」
といつもの口調とは違った女の人特有の口調で微笑んでいた
・・・・混乱から俺はまだ立ち直れてはいない。
「どうして・・・・」
これだけを絞り出すように言っただけだった。俺の馬鹿・・・・もう少し気の利いた台詞を言うべきだろう。
この台詞は最悪の部類に入るぞ
「あなたが好きなの・・・でもあなたはもうすぐ私とは違う高校に行ってしまう。
私の気持ちを伝えないままお別れしてしまうのは寂しかったの」
ちょっと待てお前は好きだとかそう言う感情は精神的な病だとか何とか言ってなかったか?
「ええ、あなたが私のことをもてるんじゃないか?と言ってくれたときでしょ?私はあなた以外の人にもてたいとは
思わなかったし、わたしの気持ちに全く気が付いていないあなたを見て可笑しかったのよ。
回りの人の方が気づいているぐらいだったのにね」
・・・なんてこった国木田たちの推察の方が正しかったのか。じゃああの精神的な病とかいうのはどうなんだ
「自分が好きな人に、もてるだろうって言われて嬉しいと思う?あなたの言い方はまるで自分には関係ないかのような
感じだったしね。だから私、あのときは精一杯強がって見せたわ」
そういうお前を少しでも見せていたら俺だってもっと早くに惚れていたかもしれないぜ?
「わたしも中学校に入ったぐらいの頃はこういった口調だったのよ。でもね当時付き合っていた男の人は私の一部分しか
見てくれなかった。理性的、論理的な私の部分は邪魔だと言わんばかりだったわ」
「でもあなたは違った。この取っつきにくい論理的な部分の私を気に入ってくれてたくさん話を聞いてくれた。
あなたに引かれ始めている私に気が付いたわ」
「人は理性的、論理的な部分だけで生きて行けるものじゃないと思うの人間はコンピューターじゃないし、
感情の部分があるからこそ機械よりも優れているというのも間違いじゃないと思うの」
「突然こんなことを言ってごめんね。返事が聞きたい訳じゃないのあなたには本当の私を知って貰いたかった」
佐々木は最後は涙声になりながらもそこまで一気に話した
「今日はごめんね。そしてありがとう。ご飯美味しいって言ってくれて嬉しかったよ。
私、部屋に帰りたいから・・・見送りはできないけどごめんね」
俺はその場から立ち去ろうとする佐々木の腕をつかみそのまま抱き寄せた
「すまん」
その台詞と共に強く佐々木を抱きしめた
「い・・痛いよキョン」
「すまん、本当にすまん。俺はお前と親友というなれ合いの関係に慣れきってしまっていて
お前の本当の気持ちなんて考えていなかった」
「お前は顔も良いし、頭だって良い、こんな普通の人間である俺ではお前と釣り合わないないなんて
心の何処かで考えてしまっていたんだろうな」
「でも、それは単なる逃げでしかなかったんだな・・・自分の気持ちをごまかして、お前を傷つけて来た俺は
本当に馬鹿だったよ」
「俺も自分をごまかすことはやめて自分の気持ちに素直になることにするよ」
「好きだ佐々木、恥ずかしながら実はお前を始めて見たときから惚れていたんだ」
一目惚れ・・・・ってやつだったんだよなきっと・・・・・
そこで俺は佐々木を強く抱きしめていることに気が付いて慌てて腕の力を抜いた
佐々木はそんな俺を見て少し微笑んだ
「全く、君はもう少し人の心というのものに関心を持った方がいいな。親友として忠告をしておくよ」
すまないな・・・・
「わたしが恋人としてちゃんと教えてあげるわ」
というと佐々木は俺に抱きついた。
ああ今度はちゃんと伝わったさ。今度は俺からだな。俺は少しかがんでゆっくりと佐々木の唇に唇を合わせた。
柔らかく、甘い香りと共に今度は混乱ではなく幸せが俺の胸を満たした。
数分そのままで居ただろうか、ゆっくりと唇を放した俺の瞳は佐々木の満面の微笑みを映していた。
俺はある欲望に耐えきれず思わず言葉を紡いだ。
「佐々木、俺・・・お前のポニーテールが見た・・・・」
そこまで言った俺の瞳は柔らかく微笑む佐々木とあり得ないものを映していた
佐々木の姉妹とは思えないボブカットの無表情な少女・・・あれは北校の制服か?
何故ここに?そしていつからそこに立っていた?
「さ・・・」
この驚愕を佐々木に伝えようとした瞬間・・・
「情報操作開始」
・・・その言葉ともにビデオの早回しのような音が聞こえ俺の意識は唐突に途絶えた
「終わった」
しばらくの沈黙の後・・・床に横たわった男女を見下ろしつつ、彼女、長門有希が口を開いた
「彼女がここで鍵に対して告白することは涼宮ハルヒにとって良い事態とは言えない・・・」
栗毛のグラマーな女性が彼女・・・長門有希の肩に手を置いて言った
「長門さん・・・ここでは自分を偽らなくてもいいんですよ?」
「私は彼女がうらやましいと感じます。私は彼に思いを伝えることすらできなかったのですから・・・」
「この記憶が失われるとしてもここであったことは本当のこと・・・・」
その言葉を無視するかのように長門は言葉を続けた
「涼宮ハルヒと同様の力を持つ可能性がある彼女の記憶操作は単純なものに留める」
「彼女の性格上、彼がいた痕跡の消去と彼の転送を行った上でベッドの上で服を着た状態であるならば
夢だと思いこむはず」
「告白に関してだけは危険を伴うが、記憶を消去してなかったことにする」
まるで箇条書きにした文章を読むかのように言葉を続け、床の上で眠る男女の体に手を当てて
「記憶の消去と転送を行う」
その言葉と共に男女の体は淡い光に包まれそのまま消え去った
栗毛のグラマーな女性・・・未来の朝比奈みくるに背を向けたまま長門はつぶやいた
「朝比奈みくるの意見には私という個体としては同意見」
「部屋で眠る彼女には申し訳ないと感じている」
「私も彼に・・・・」
その言葉と共にその瞳から一筋の涙が流れた。
そっと朝比奈みくるは長門有希を後ろから抱きしめ・・・そのまま二人ともその場から消え去った


「キョンくんあっさだよぉぉぉーーー」
ぶへっ
何だ妹よ・・・兄は凄く幸せな夢を見ていたんだぞ
フライングボディプレスのせいでかなり薄らぼんやりしてしまったではないか。ぼーっとしている俺に妹が声をかけた
「うーーーんとキョンくん昨日から変だよぉぉ?」
「晩ご飯も食べずに部屋に帰って寝ちゃうし・・・塾で何かあったの?」
昨日・・・・昨日は行きたくもない塾に行って疲れたんだよ。下手に寝てしまったので余計に疲れてしまっただけだがな。
まぁ疲労困憊ながらも佐々木をバス停まで送って帰ってくるといういつも通りのパターンはしっかりこなしたがな
「でも、キョンくん考えてないでさっさとご飯食べないと遅刻しちゃうよぉ~?」
お前が聞いたんじゃないのかなどと突っ込んでいる時間もないぐらいやばい時間になっている
俺は大急ぎで朝食を掻き込むと急いで家を飛び出した
遅刻直前に校門に走り込もうとした俺を聞き覚えのある声が呼び止めた
「卒業式の日まで遅刻直前かい。全く君らしいよ」
佐々木・・・お前も遅刻直前じゃないか人のことは言えないぞ
「この学舎、この通学路を通るのも今日が最後だからな。多少感慨というものがあったことは否めないな」
「その感慨のせいだろうか。多少いつもより歩みが遅かったようだ」
そう言った佐々木の頭は・・なんだろうね
肩まであるかないかぐらいの髪の毛を後ろで束ねていた
「佐々木・・・・」
「なんだい?キョン?」
「似合ってるぞ」


その瞬間風が吹き時期的には少し早い桜の花びらを舞上げた


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