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Report.21 長門有希の憂鬱 その10 ~涼宮ハルヒの恋人~


 わたしは大切なものを二つ失った。
 一つは、涼宮ハルヒの感情。もう一つは、朝倉涼子の存在。
 ハルヒはわたしを『団員』として扱い、涼子はもはやこの地上に存在しない。
 本当はこの状態こそが正常で、今までが異常。すべてが元通りになったと言える。

 それなのにわたしは、そうとは割り切れないでいる。失ったと感じている。
 そのような事を考えてしまうわたしは……端末失格なのだろうか。
 この件は、ハルヒ以外の彼らには伝えてある。
 わたしはこの、文芸部室であって、同時にSOS団の活動拠点ともなっている旧校舎の一室で本を読む。やがて朝比奈みくるが入室してメイド服に着替え、お茶を振舞う。古泉一樹がやってきて各種ゲームを準備する。『彼』が入室して定位置に座り、ハルヒが勢いよく扉を開いて入室し、団長席に座る。
 ハルヒはパソコンで何かの情報を検索し、みくるはお茶の淹れ方の研究に余念がなく、一樹と『彼』は各種ゲームで遊び、『彼』の一方的な勝利が繰り返される。わたしが本を閉じる音を合図に、部活は終了する。皆が帰り支度を始める。
 以前と変わらない日常が続いてゆく。世は並べて事もなし。
 でも、わたしにとっては……


 夜、一人きりの部屋。思い出す、『彼女』と過ごした日々。わたしは自分を『持て余す』ようになった。
 わたしにとって、夜はとても寂しく辛いものとなった。会いたい……会いたい……『彼女』に、会いたい。
 今日もまた、長い夜を迎えた。『寂しさ』という名のエラーが蓄積してゆく。
 今のわたしにとって、たった一つの『救い』は朝比奈みくるの存在。今のわたしは、彼女に支えられて、やっと立っている状態。
 『涼宮ハルヒを支えたい』と願ったわたしが、朝比奈みくるに支えられてようやく立っている。そのような不安定な存在で、どうして他者を支えることができるというのか。笑止。所詮わたしは、どこまで行っても対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。情報統合思念体の一端末でしかない。いくら自律行動の範囲が広がっても、最終的には情報統合思念体の意向に従うしかない。逆らえば、死あるのみ。
 ……『死』? 死ってなに? 死とは、有機生命体における、生命活動の停止。わたしの存在はなに? 有機生命体? ……分からない。


 以前とは異なる部分もある。これはごく一部にしか知られていないこと。
 部活も終わり、着替えをするみくるを残して、皆は帰途につく。
「…………」
 しかし、わたしは残って、みくるを見つめる。
「長門さん……『アレ』、ですか?」
 こくん、とわたしは頷く。
「ちなみに、どの服が良いですか?」
「……理学療法士。」
「またマニアックな服を選びますね……」
 苦笑しながらも、彼女は着替えてくれる。彼女が着替え終わると、わたしは彼女に近付く。
「……あなたには迷惑を掛ける。申し訳ないと思っている。でも、自分ではどうしようもなくなってしまった。」
 彼女が優しくわたしの頭を抱きかかえてくれる。柔らかい。そして、温かい。
「辛さを一人で溜め込まないで? ね、有希ちゃん。」
 わたしは彼女の胸で声を上げて泣き出す。もう何度も、彼女にはこうしてもらっている。情けなく思うものの、どうにもできない。わたしは彼女にしがみ付きながら号泣する。
 涼宮ハルヒは、わたしを愛している。愛してしまった。
 わたしは、涼宮ハルヒを愛している。愛してしまった。
 しかしわたしは、その想いを表すことはできない。表してはならない。だから彼女に情報操作を行った。彼女のわたしに対する想いから、性愛の要素を取り除いた。除去しきれたかどうかは、自信がない。
 操作を行ったのは、情報統合思念体に許可を得たわたし。発案はわたしがした。彼女に愛していると言われた時、わたしはとても嬉しかった。幸せだった。だからこそ、こうしなければならないと思った。それは許されないことだったから。
 それでも、わたしは彼女を愛している。そして彼女は、そんなわたしの気持ちを知らない。だから普通にわたしに接してくる。その度にわたしは、彼女と過ごした日々を思い出し、辛くなる。それは夜一人になるとますます激しくなる。正に……致命的なエラー。
 こんなことなら、わたしのこの想いも消去すればよかった。しかし、その許可は下りなかった。
 苦しい。これがわたしへの『処分』なのだろうか。
 わたしの『罪』は、観測対象である涼宮ハルヒを愛してしまったこと。わたしへの『刑』の執行は、永遠に続くように思われた。


 とある放課後の部室。わたしはいつものように本を読んでいた。人が近付く気配がすると、扉が開き、涼宮ハルヒが入ってきた。
 おかしい。
 元に戻った彼女は、再び扉を爆音を立てながら勢いよく開くようになっていた。しかし、今彼女は、静かに扉を開き、静かに入室し、静かに扉を閉め、静かに施錠した。
「有希だけやね……」
【有希だけね……】
 彼女はそう呟くと、鞄を置き、静かにわたしの所へ歩いてきた。
「有希。」
 彼女が後ろから抱きついてきた。耳元で囁かれる。
「大好き。」
 ゾクゾクっと背筋に何かが走る。
「こんな大事なこと、何で忘れてたんやろ。」
【こんな大事なこと、何で忘れてたんだろ。】
 彼女の吐息がわたしの耳に掛かる。悩ましい。
「その感情は精神病の一種。治し方はわたしが知っている。」
「病気でも(かま)へんわ。」
【病気でも構わないわ。】
 彼女はわたしの前に回り込むと、真剣な顔で言った。
「聞いてくれる? あたしの話。」
 そして彼女は語り始めた。
「最近、毎日のように、変な夢見るようになったんよ。(わろ)てしまうくらい、めっちゃ変な夢。」
【最近、毎日のように、変な夢を見るようになったのよ。笑ってしまうくらい、すっごく変な夢。】
 奇妙で不思議な……わたしにとっては極めて写実的な夢の話を。
「最初は、変な空間やったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを()うて。」
【最初は、変な空間だったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言って。】
 明らかに情報封鎖空間の光景。
「そう(おも)たら、おもむろにごっついナイフを取り出すねん。で、あたしに向けてナイフを構えるんよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そしたら、どないなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたんやで? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。」
【そう思ったら、おもむろにごっついナイフを取り出すの。で、あたしに向けてナイフを構えるのよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そうしたら、どうなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたのよ? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。】
 不可解。夢とは得てしてそのようなもの。しかし、部分的にあまりにも写実的。
「その次もやっぱり朝倉が出てくるんやけど、これがまた、前にも増して変な夢で。」
【その次もやっぱり朝倉が出てくるんだけど、これがまた、前にも増して変な夢で。】
 彼女は続けた。
「あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえへん光景やったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢やった。もうな、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれへんようになって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養しとったんやけど。」
【あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえない光景だったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢だった。もうね、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれなくなって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養してたんだけど。】
 これは紛れもなく、先日の戦闘。
「ちなみに縞パンやった。」
【ちなみに縞パンだった。】
 こんなところまで同じ。
「で、その後がすごいんやけど。有希、あんたまで出てきてんで。」
【で、その後がすごいんだけど。有希、あんたまで出てきたのよ。】
 その部分のログは、わたしの中にはない。……怒りで我を忘れていたから。
「もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃめちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。」
【もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。】
 そこまで派手に暴れていたのか、わたしは。信じられない。
「最後のは、もう、呆れて物も言えへんっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……」
【最後のは、もう、呆れて物も言えないっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……】
 彼女はここで顔を真っ赤にした。
「……あんたに、その……告白、して、それで……うう……キ、キスを……」
 彼女は両手で顔を覆ってしまった。相当恥ずかしいらしい。
「う~、()うてもうたぁ~! は、恥ずかしい~」
【う~、言っちゃったぁ~! は、恥ずかしい~】
 と言いながら、首を左右に振っている。耳まで真っ赤になっている。
 一頻り悶えた後、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。
「最初は単に、変な夢やなと(おも)てたんやけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。」
【最初は単に、変な夢だなと思ってたんだけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。】
 彼女の話によれば、その奇妙な夢は、前記の三パターンが繰り返されていたとのこと。しかも、回を重ねるごとに、だんだん夢の情景の細部が明瞭になってきたという。やがて彼女は、これは夢の情景ではなく、何か実際に自分が体験した場面なのではないかと思うようになっていた。
 そしてついに、彼女はすべてを思い出した。
「昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『(なん)かない』って気ぃ付いてん。具体的に何が無くなったんかは分からへんかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できひんけど、とにかく『(なん)かない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんやけど、そもそも何を無くしたんかが分からへんのやから、探し様がないやん? 当たり前の話やけど。見付かる当てどころか、何を探したらええのかも分からへんまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいやったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けてん。自分では書いた覚えないのに、一目見てそれはあたしのやって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字やった。なぜか初めて読む気がせえへんかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちやったんか。有希のことどう(おも)てたか。」
【昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何かがない』って気が付いたの。具体的に何が無くなったのかは分からなかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できないけど、とにかく『何かがない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんだけど、そもそも何を無くしたのかが分からないんだから、探し様がないじゃない? 当たり前の話だけど。見付かる当てどころか、何を探したら良いのかも分からないまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいだったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けたの。自分では書いた覚えがないのに、一目見てそれはあたしのだって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字だった。なぜか初めて読む気がしなかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちだったのか。有希のことどう思ってたか。】
 彼女は、置いた鞄から冊子を取り出し、わたしに手渡して言った。
「これな。すごく恥ずかしいんやけど、有希に読んでほしいねん。」
【これね。すごく恥ずかしいんだけど、有希に読んでほしいの。】
 鍵が掛かる日記帳だった。最初のページには、こう書かれていた。
 『涼宮ハルヒの手記』
 読み進めると、彼女が日常感じた雑感等が、あの達筆だが読みやすい楷書体で綴られていた。
 わたしはこの文書の存在を知らない。消失していた時も観測は継続していたというのに。やはり肉体を失ったことで、情報の伝達に齟齬が発生していたのだろうか。
「現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりやねん。」
【現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりよ。】
 彼女の様々な想いが綴られた手記。最終ページまで読む。一番最後は……わたし宛の手紙になっていた。わたしは、最終ページを何度も何度も読み返した。


 上手くやったつもりだった。実際、彼女はわたしへの想いを忘れていた。しかし、彼女は思い出した。わたしが完全に消去したと思っていたものをすべて。
 彼女には敵わないと思った。わたしの行為は、無駄な努力だったのだろうか。それとも、これも既定事項なのだろうか。
 それでもわたしは、どこか嬉しかった。彼女に思い出してもらえたこと。再び『大好き』と言われたこと。
 結局、いくら情報を、記憶を書き換えても、人間の『心』は操作できないということなのだろうか?
 わたしが行う情報への介入は、彼女の能力と似ている面がある。すなわち、自らの都合の良いように、周囲を改変する能力。しかし彼女は、周囲の人間の『心』までは改変していない。いかに万能と思われる彼女でも、人間の『心』までは操ることができないのか。あるいは、彼女の『常識的な』部分が、人間の『心』を操ることを拒絶しているからなのか。
 前者の可能性については、更なる観測が必要となる。現段階では情報が不足している。そして、後者の可能性。これはもしかすると、今回のわたしが行った操作に該当するかもしれない。
 今わたしは、感情を操作した彼女が、わたしが操作する前の感情を取り戻したことを『喜んで』いる。このことから考えると、わたしは、人間でいうところの『心』に該当する領域のどこかで、彼女への操作を拒絶していたのかもしれない。そして、いずれは彼女が、元の感情を取り戻すこと、以前のようにわたしを『愛して』くれることを望んでいたのかもしれない。
 いくらその行為を選択することが最も合理的だと分かっていても、その選択を拒絶すること。これは人間の行動にしばしば見られる現象。


 彼女はわたしの膝の上に腰掛けている。わたしが彼女を膝に抱いている状態。
「有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりせんとってや。」
【有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりしないで。】
 彼女は目を潤ませながら、訴えた。
「『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でおって。な?」
【『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でいて。ね?】
 『親友』。
 それが、それこそが、彼女が長年求めていたものなのかもしれない。
 お互いに理解し合い、信頼し合い、性別が違っていれば生涯の伴侶とすることも辞さない、深い絆で結ばれた存在。そのような存在として、彼女はわたしを定義したいと望んでいる。わたしは……
「あなたがここにいる。だからわたしもここにいる。」
 わたしは彼女を抱き締め、口付けをした。これがわたしの答え。
 その時、突然わたしの中に何かが閃いた。
 彼女は、涼宮ハルヒは、わたしを『親友』と定義した。わたしは、自分をあえてこう定義しようと思う。
「わたしは、あなたの『ともだち』。」
「友達?」
「違う。」
 わたしは首を振った。これは音声だけでは伝わらない概念。
「わたしは、涼宮ハルヒの『トモダチ』。……『恋人』と書いて『ともだち』と読む。」
 彼女はキョトンとした顔をした。瞬時には意味が理解できなかったのだろう。ややあって、彼女の顔に理解の色が広がった。
 ある『意味』を持つ言葉に、別の意味の『音』を当てる。『日本語』という言語の、興味深い使用方法。
 同様に定義するとするならば、『彼』は『親友』、古泉一樹は『戦友』、朝比奈みくるは『盟友』だろうか。そして朝倉涼子は……『朋友』。これらはすべて『ともだち』と読む。
「嬉しいこと()うてくれるやないの。有希らしいっていうか。」
【嬉しいこと言ってくれるじゃないの。有希らしいっていうか。】
 彼女は満足そうな表情をしていた。
「そうやね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊やったわ。」
【そうよね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊だったわ。】
 そう言うと彼女は、『手記』を手に取ると、その場で何か書き込んだ。
「有希が自分のことをそう()うんやったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。」
【有希が自分のことをそう言うんだったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。】
 手記には、ある一文が書き加えられていた。
「今日から有希は、あたしの『ともだち』。」
 そう言うと彼女は片目を閉じた。


 その日の部活は休みになり、わたしは彼女にカフェへ連れて行かれた。
「ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんやから! あたしのおすすめ!」
【ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんだから! あたしのおすすめ!】
 カフェにて注文後しばらく経つと、彼女が薦める品が運ばれてきた。一緒に飲むのは香り高い紅茶。
「はい、有希、あーん。」
「……あーん。」
 彼女が掬って差し出したモンブランをわたしが食べる。
「……じゃあ、ハルヒ……あーん。」
「あーん♪」
 わたしが掬って差し出したプリンを彼女が食べる。わたし達は周囲の客や店員から、生暖かい目で見守られていた。彼女と一緒に食べるおやつは、とても甘く、とても楽しく、とても美味しかった。
「有希……大好き。」
 また言われた。とても幸せそうな顔。わたしはとても嬉しい。でも。
「人前ではだめ。」
 彼女はアヒルのように口を尖らせた。
「それは、女同士やから?」
【それは、女同士だから?】
 わたしは首を横に振った。
「異性同性を問わず、公衆の面前でいちゃつくことは、推奨されないと認識している。」
 彼女はまだ納得がいかないような顔をしていたが、わたしの次の言葉で承服した。
「それに、隠れて行う行為は、背徳感が増す。」
 一瞬驚いた顔をした彼女は、にんまりと聞いてきた。
「有希……それは、『隠れてあんなことやこんなことがしたい』っていうことかな? かな?」
「言葉通り。あなたの好きにしていい。」
「うは……もー、大胆やな、この娘はー!」
【うは……もー、大胆ねえ、この娘はー!】
 彼女は顔を真っ赤にしながら、ばしばしとわたしの肩を叩いた。
(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分からへんようになったわ!」
(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分かんなくなっちゃったわ!】


 そこでの飲食の代金は、彼女が支払った。
「これがあたしの気持ち。」
 彼女はわたしの手を取った。この後は一緒に買い物に出掛けるらしい。
「ほな、行こか!」
【じゃあ、行こっか!】
 わたしは彼女に手を引かれ、走り出した。


 繋いだその手は、とても温かかった。

 



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