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 翌日。グズグズしていた天気がひっくり返ったように空は晴れ、マフラーなしでも耐えられる程度には温度計も炭化水素を膨張させているらしかった。俺は通常通り登校し、吉崎と同時に教室に入って何とか事なきを得て席に着く。
「おはよ」
 文字数最小限で挨拶するハルヒは見た目いつも通りだった。……が、
「キョン、先に言っとくけど今年のバレンタインは中止にするわ」
 さらっと言って、別段虫の居所が悪そうでもなく窓の外に目をやる。
 中止? それじゃやる予定あったのか?
「そんなんどっちだっていいでしょ。ともかく、決定事項だからね。今月は何か他のことをするわよ」
 一人腕組みして納得しきった風に頷き、俺は介入の余地もなくぽかんとハルヒの不敵な顔を見つめ、用件は終わりよとばかり挑戦的な目で見られると前を向くより他なくなる。
 何なんだ。昨日のあれはお前の中でどう処理されたんだ? さっぱり解らん。俺のほうは誰の助力も仰げず首を傾げて天地がひっくり返らんばかりだ。古泉が今までいかに俺の思索過程で重要な役割を占めていたかを痛感する。まるで自立してない子ども状態だと思いつつも、まんま俺は子どもだったと思い直す。とは言え自分では少なくともガキではないつもりで、チープな表現をすれば微妙な年頃というやつなのだろう。十七といえば人生で最も輝かしい時代と誰かが言ってそうだしな。

 結局ろくすっぽ考えが進展しないままに昼休みとなった。
 昼食時も俺は呻吟の様相を露呈していたらしく、しかして昼食の席を構成する三分の一、国木田が生春巻きを頬張りつつ、
「キョン、えらくぼーっとしてるけど何かあった?」
 そうか、考えがまとまらない時の俺はマヌケ面にしか見えんのか。初耳だ。こりゃ今後改善の余地ありだ。
「別に。もうすぐ二年も終わりだと思っただけだ」
 ハルヒ相手でもないので口からデマカセだったが、余計な魚の鱗が投げたつもりもない釣り針に挟まった。
「おうおう感傷に浸ってたのか? 朝比奈さんに鶴屋さんのお二人が卒業しちまうもんな」
 センチメンタルとは生涯無縁そうに見える谷口の言葉が鼓膜を妙な具合に振動させる。
 卒業。……そう。来月の今ごろは朝比奈さんも鶴屋さんもこの学校にはいないのだ。二人ともここからそう遠くない大学へ進学するようなことを言っていた気がするが。朝比奈さん、あなたはまだ未来へお帰りにはならないのでしょうか。まるで先に月へ帰還することが前提である契約書を提示されたかぐや姫の老夫婦のごとき心境だ。
 いつか別れは来る。
 それは何も未来人相手じゃなくたって、ここにいる谷口国木田の凸凹コンビやコンピ研元部長氏に元生徒会長、阪中、そして他のSOS団員だってそうだ。学校があれば、入学と卒業があり、誰もがいつかやって来て、またいつか出ていく。そこに待ったはない。
 本気で谷口の言った感傷とやらに浸かりかけた俺は首を振った。今さら振り返って何をどうしようというのか。SOS団を取り巻く種々の騒動がハイライトを終えたということは、すでに俺も体感として解っていることだ。仮にいつどこでどんな別れが訪れてもおかしくはないが、だからと言って湿っぽくクサっているのは性に合わない。
「そういうお前にとっても手痛い損失なんじゃないか」
 俺が言うと谷口はこいつなりに本気で憂慮する風情のマンガめいた般若顔で、
「あぁそうだな。今現在の北高ランク勢力図は、学年の高さがそのまま質の位を表してる。三年生がまるまる出て行っちまったとして、その損失を新しい一年が補填できるかどうか」
 不純なのか健全なのか解らん理由で上級生を欽仰する谷口だった。こいつくらい風通しのいい脳内回路をしてればちったぁマシかもしれんな。脳味噌とっかえるのは御免こうむるが。

 そんなこと言いつつも午後の授業中、俺の頭は回想モードへシフトしてしまうのだった。
 普通と退屈に満ちていて、確固たる物理法則によって支えられているとわざわざ信じるまでもなかった高校入学までの日常。それがハルヒと会ってすべて一変した。この二年の主だった出来事を年表にして並べたら当事者の一人である俺も苦笑しちまうかもしれない、アホらしく、それでいて最高に楽しい不思議の見え隠れする毎日。傲岸不遜にわが道を突っ走り、しかし誰よりも団員を大切に思ってる絶対無二の団長。空気を希釈するような笑みを常としつつも、いつ終わるとも知れない、速記者が腱鞘炎になりそうな解説ばっかりする副団長。すべてを春色に変えて、幸福そのものを象徴せんとばかり献身な専属メイド兼副々団長兼プロモーターである先輩。今やしっかりと自分の意識を持って、人としての喜びに触れることができただろう文芸部部長にして、もっとも多くの危機を共に乗り切った大切な仲間。姉と同じようで違うことが他の団員ならばはっきりと解る、遅れてきた六人目の友、文芸部副部長。
 頭を疑うような正体を持つ、二度とはめぐり会えるはずもない五人と過ごした、部室での放課後。
 そう、俺に必要なのはあるがままを受け入れる準備だけだった。
 SOS団が来年も存続するのはハルヒを見るまでもなく未来年表に記された既定事項なのかもしれないが、今のメンバーで放課後を迎えることは、あとそう何度もないのだろう。
 ひとつ上の学年の先輩が学校の門を出て行く時、俺たちは笑ってられるだろうか。


「本当は準備ができているのではありませんか?」
 放課後、部室。かちりと碁石を置いて古泉は言った。俺は何も言ってないはずだがな。
「おかしいですね。僕はこれでも超能力者なのですが」
 クスッと新種の笑みを見せて副団長は言葉を継ぐ。有希との日々が始まってからこっち、こいつはたまにこうしてくつろいだ笑いをする。
「あなたが何を考えているのか。今、特別不思議なことが起こってはいないことも勘案すれば選択肢はそう多くありません」
 訪問販売であれば四割近い成功率で業績を伸ばせそうな口調で古泉は言う。シラを切りたかったが、それよりも引っかかるのはお前の言葉だ。
 確かにお前とその後ろ盾が奔走するような事態にはなってない。だが、お前のもう一つの役職から見たらそんな穏やかでばかりいられん空気が昨日は去来したんだよ。そっちは無視か。
 そう言うと古泉はまたしれっと目を閉じて、
「僕に言わせれば、それこそ副団長として今すべき気遣いは、何もないように思えますが」
 二年の腐れ縁によってこちらから望まずとも鍛えられちまった観察眼を持ってしても何が言いたいんだかさっぱり解らない。意図的に適当なことを言ってるんじゃないかとすら思えてくる。
 などと思っていると、二人きりだった部室の戸が開いて長門姉妹が一対のチェス駒のようにして入室した。
 古泉と有希はそれが万国共通の挨拶法であるかのように視線を交わし、微笑がデフォルトである長身の方がさっき見せたくつろぎの表情。それに呼応するかのように有希はぱちりと瞬き。
気のせいなどではなく嬉しそうである。……やれやれ。世に言うバカップルというのは、四六時中ベタベタして総毛が逆立ちするような言霊を互いにつぶやき合うものとばかり思っていたが、どうだろう、ここにその反例があることを俺はローカルな電波か何かに乗せて発信したい。
「……」
 そして物言わぬもうひとつの視線が有希と線対称に俺に向けられていて、
「よ。掃除は終わったか」
 と挨拶すると、
「問題ない」
 若干ひねたような由梨の言葉は無機質に響く。こいつも最初に比べれば飛躍的に女子高生的生活に溶け込んでいるな。何より、孤高のオーラを放っていた長門有希に家族と呼べる存在ができたことが喜ばしい。二人して日夜どんなディナーを囲んでるのか知らんけど。
 長門姉妹がそれぞれに座って読書を開始する間、俺は半時ほど無心でいることができ、それを元の乱心状態に戻すのはハルヒではなかった。
 かちり、とまたドアが開き、現れた先輩に俺はどきりとする。
「こんにちはー……」
 朝比奈さんは若干慎重に思える手つきでもって入室した。真っ先に目が合った相手が俺であった。部室の扉が開くと条件反射よろしく振り向いてしまう癖のせいかもしれない。
 国宝認定でもまだ足りないくりっとした二つの瞳をわずかに揺らせ、朝比奈さんは俺からそっと……視線をそらした。ように見えた。
 どこか申し訳なさそうにして古泉の後ろを通り、制服姿のままヤカンを持ってとんぼ返り、そのまま廊下に出てぱたんと扉が閉まった。
 ちょっと待て。何だったんだ。今避けられたように思ったのは気のせいか?
 気づけば俺は古泉との碁を中座して彼女を追いかけていた。廊下に出て水道場まで駆ける。
 途中で見慣れた後ろ姿に追いついた。
「朝比奈さん」
「わわっ!」
 軽く肩を叩いただけなのに、朝比奈さんは素足でコンニャク踏んづけた時でもこうはいかないってくらいに驚いた。
「あっ、キョンくん……」
 朝比奈さんはヤカンを落とさずに済んだことに安堵したのか、空いた手でカーディガンの胸元をなで下ろして、
「どうしたんですか?」
 見られるほうの心拍を強制的に上昇させるような、どこか艶っぽい吐息と共に彼女は俺を見上げた。俺の網膜が間違った映像を送ってきてたのか、さっきのように面を伏せることもない。
「あぁいや、その」
 追いついたはいいがうまく言葉が出てこなかった。慌てるとジッパーが締まらないとか、一気に詰め込んだ食べ物が急には飲み込めないとか、そんな感覚。
 何だろう。朝比奈さんとうまく距離が取れない。今までの俺はどんな風にしてこの人に接していたんだっけ? 北高男子垂涎の的たる現役の天使様と?
「お水、汲んできますね」
 エサをすくう金魚のように俺が口をパクパクさせていると、朝比奈さんはまた前を向いて階段を下りてしまった。何となくまた追いかけるのははばかられ、俺は一体どうしてマヌケに廊下で突っ立ってんだと自分にツッコミを入れて、やるかたなく元来た道を戻る。
 再び部室に入ると、宇宙人姉妹と超能力者トリオによる数年前からそのまんまだったんじゃないかってくらいの静寂が滞留していた。
「あなたの番ですよ」
 古泉は俺がトイレ行ってたような何でもなさで言った。この件には完全不干渉を貫いてるのか。だとしたら理由は何だ。それとも普通になっていく日常に慣れちまうことを無意識で拒否してる俺の単なる思い込みか?
 何だか頭が空回ってる感じがして、俺は側頭部をノックして碁石を手に取った。例えば変になってるのが俺のほうだったら、こうして見聞きしてるものもすべてダウトなんだから、本当は何でもないのだと言われてもそこに不思議はない。何が気になってるんだ俺は? 昨日の朝比奈さんの意外な態度か。それとも卒業式が静なる足音を立てて近付いてきてるからか。
「はぁいみんな!」
 ハルヒがドアを壊さない範囲内で最大の音量を立てつつ登場した。が、今はこいつの傍若無人な振る舞いが心地いい気すらしてくる。ほら、テスト勉強中ボウリングなんかでストライク出すような爽快感がさ。
 ハルヒは最短距離で団長机に向かうとスイッチをつけ鞄を放り、そろそろスプリングがイカレてもおかしくない勢いで回転式の団長専用椅子に座って、
「みんな。日曜日は春を先取りすべくみんなで市内を巡るから、予定入れたりしないこと」
 いつ決めたんだか知らんが今日は金曜日である。二日前ならば休日に予定を入れるものがいてもおかしくないが、この二年間異議申し立てを行った人物は皆無で、またそんな急な割り込みにも誰も何も嫌な顔ひとつしないのは、この団の人員がお人よし揃いなのか無関心揃いなのか、鈍感揃い踏みなのかは判断しかねる。
 もはや不思議探しという単語は登場していないが、そこに俺はツッコんだりしない。解ってるのさ。不思議は無理して探し出すまでもないってことを、そこにいる団長様もな。
 そうだ。多くのことはもう過ぎ去った時間の中にある。だからといって俺は後ろ髪引かれたり未練をのこしたりはしていない。
 じゃぁ何が気になってるんだ? まだ何かあるように思えて仕方ないのはどうしてだ。
「あ、涼宮さんこんにちは」
 急に耳元でお湯をかけられたように驚いた俺は声のしたほうを見た。朝比奈さんが水を汲んで戻ってきたところであり、やはり彼女は普段通りに周囲をパステル調に染める笑みを浮かべつつ、とことことコンロに近付く。
「みくるちゃんも。明後日はいつも通り駅前に九時ね」
「あ。はぁい、わかりました」
 ハルヒと朝比奈さんの間にいかなる障壁も隔たりも違和も見られない。普段通りに仲良くしてる二人を眺めていると、いい加減脳内回廊をループするのが馬鹿馬鹿しくなって、俺は肩の力を抜いて緑茶が振舞われるのを待つことにした。今だけは。

 今年の冬も去年に負けず劣らず寒かったが、それでは体感時間はどうなのかと言うと、心なしか加速しだしている感じがしていた。いや、毎朝鳥類になっちまうかのような肌寒さにはとっくにうんざりしていたが、去年と比べてつつがない日々が過ぎていくことに身体は慣れ、頭は何かを主張している。
 このままでいいのか。
 帰りの坂道を二人組みの三両列車のようにして下りつつ、これがこのまま終着駅へ入線することを拒んでいる俺がどこかにいるのだった。
「それじゃあね、明後日遅刻しないこと!」
 ハルヒが乾いた空気を存分に振動させて今日を終える挨拶をする。
「はーい」
 にこにこと朝比奈さんが手を振って、
「それでは日曜日に」
 古泉がそつなく返答し、
「……」「……」
 無言のハーモニーを供として姉妹が顎をわずかに引き、
「キョン?」
「……ん」
 俺だけが残されていた。ハルヒが瞳越しに宇宙塵の観察でもしてるような眼差しを俺に向ける。
 他団員も同様に、セリフを忘れた役者を見る共演者の眼差しを一点に集める。
「あぁすまん、たまには一番乗りしてやるとも」
「どうだかね。何度聞いたかしら、その文句」
 それこそ何度やったか解らないハルヒとの痴話も耳を素通りしそうになる。
「それじゃ解散!」
 待ってくれ。と、喉元まで言葉が出かかった。
 いっそのこと声になってくれたほうがよかったかもしれない。


「キョンくんお風呂あいたよ」
 目に映るのは天井。耳に入ってきたのは妹の声。
「んー」
「キョンくん? どしたの?」
 さあな。俺にも解らん。
 俺は寝返りを打って本棚にぶしつけな視線を送る。
「お風呂、入んないの?」
 卒業といえば、他ならぬこの妹も間もなく小学校を巣立つのである。本当にいつの間にか、身長が何センチか伸びたようだし、心なしか口調が以前より落ち着いているし、無闇に俺の部屋に押し入ったりすることがなくなってきた。
「シャミ、キョンくんほっといてあたしと遊ぼう?」
 俺の足許で南国風の毬藻と化していたシャミセンを抱き上げた妹は、それきり何を言うでもなくドアを閉めて出て行った。
「あぁもう」
 俺は飛び起きると上着を羽織って、部屋を出る。隣のハンガーに引っかかった先輩特製のマフラーに一度手が伸び、やがて空をつかんで下ろされた。

 真冬の夜はわざわざ寒いと感想を漏らすまでもなく、いややっぱり寒いもんは寒い。
 わずかにでも吐いた息は水分を早速と白い色に変えてたちまち消え、街灯が心細い抵抗を見せる見慣れきった住宅地は闇の成分が濃く感じられる。
 何しに出てきたんだと即行セルフツッコミを入れ、すぐに引き返すのは馬鹿の右肩に小さく算用数字の二を書き入れるようなものだと思い、とりあえず近場のコンビニまで歩くことにする。真冬の夜に散歩するような人物は決まって頭がどうかしている人間であり、俺は紛れもなくどうかしているのだった。
 結局何も装備をしていない首周りから容赦なく冷気が入り込む。そりゃ九時近くともなれば朝に向けて空気は冷え続ける一方で、見上げると天蓋には感嘆の呟きが漏れそうになるくらい星が散りばめられていた。
 雰囲気的に、古泉が街灯のどれかからひょっこり現れてもおかしくなかったし、むしろ俺はそんな展開を望んで外に出たのかもしれなかったが、あいつが俺の願望どおりに登場したことなど今まで一度もなく、かと言ってテレパシーのごとく駆けつけられても体感温度が四度ほど下がることもまた請け合いだったので、俺は沈黙と孤独による無為なそぞろ歩きを続行する。
 モノローグするまでもなく、歩けど歩けど夜の街は静かだった。前進することしか知らない歩兵よろしく、しかし前に進んでるという心境にもならず俺は歩き続け、
「何やってんだ、俺は」
 気づけば駅前の変わり者専用ベンチがある公園まで遠路を踏破してしまっていた。
 現在の心理状態を如実に物語る到達地点であり、またここに来たのは数ヶ月ぶりであった。
 一体何がしたいんだ。この公園は四次元につながる引き出しでもなければ、夜間限定の出会いを求める癒しのスポットでもない。そんな無人の敷地に立つ俺はアホ以外の何者でもなく、今すぐ引き返して風呂に入って寝るべきだと理性が今さらのように主張した。
 が、意に反して身体は出勤帰りに屋台に立ち寄るサラリーマンのごとく園内に向かい、ベンチはいくつもあるのに座ったのはかつて長門有希と待ち合わせ朝比奈さん(小)を起こし朝比奈さん(大)と何度か話した指定席だった。
 未成年でなくとも煙草を吸うつもりなんぞないが、状況的にマッチを擦るカットだろうと思
った。……せめて缶コーヒーでも買ってくるかな。
 などと思って首を巡らせると、遥か左方より誰かのものと思しき影が近付いてくるのが解った。さて何者だろう。こんな人もまばらな真冬の公園を散歩する奇特な野郎は。
 奇特ではなく奇怪だったりしたら即行逃げようと思いかけた時、どうやら人影は一人でなく二人であるらしいことに気がつき、やがてシルエットが輪郭をはっきりと浮き立たせ、
「長門……?」
 姉妹が季節はずれの亡霊めいた雰囲気で歩いてきた。それぞれ両手にコンビニかスーパーのビニール袋を持って、制服の上に色違いのダッフルコートを着ている。
 有希と由梨は擬音化できない歩みでもってこちらにやって来て、半歩手前で立ち止まった。
 種類の違う処理を施した瞳がマイクロ単位で揺れ、両者が線対称に首を傾げ、
「……あなたも」
「……散歩?」
 姉妹続けて一つのセンテンスを繰るのだった。
「まぁそんなとこ……つうかそのまんまだが」
 お前ら二人はどうなんだ。「も」って言ったが、こんな真冬に散歩するのか。
 そう言うと有希が眼鏡越しに由梨を見て、妹は袋を掲げて
「買い物のついで」

 何ともシュールな光景であった。高校生男子が同級生の姉妹に公園で出くわす、くらいなら、まだ全国探せばありそうなシチュエーションだが、真冬の夜ともなるとまず他に例は見られないんじゃないだろうか。
「今日は天気がよかったから」
 有希が星のひとつを成分分析するかのように見つめて言った。……まぁ、言葉としちゃあながち間違ってないさ。晴れてれば散歩したくもなる。
「夜間に女子があんまり出歩くもんじゃないぜ」
 この辺の治安が悪いような話はそう聞かないが、それだってよからぬことをしでかす輩というものは均等にどこにでも現れるだろうしな。この姉妹が世界中の警察官を束にしてかかっても効かないくらい強いとしてもだ。
 そう言うと有希と由梨は二秒ほど俺を見てから頷いた。
「ごめん」
「解っていた」
 前者が姉、後者が妹。こういう小さなところに違いがあるのであるこの姉妹は。
「あなたも」
 有希が言う。
「あまり長居しないほうがいい。寒いから」
 そうだな。それじゃ早々になるが解散するとしよう。
 有希は再び頷いて立ち上がり、俺と由梨もそのようにする。
「じゃぁな」
 俺が手を振ると、姉妹は来た道と反対、マンションの方角へ歩き出す。
 送るべきか半瞬迷い、その場合晩餐に呼ばれたりするのだろうかと妙な考えが沸いたのでやめておくことにした。これが朝比奈さんであったりしたら100%送り届けるんだろうけども。
 ……。
 また胸中の靄が復活しそうになる。
 遠ざかる微妙に色合いの違うショートカットを見やりつつ、螺旋階段を上り下りしそうになる俺に、片方が引き返して戻ってきた。
 黒髪のほう、由梨である。普通に歩いてこちらにやってくる姿を、有希は振り返って何でもなさそうに見つめている。
 由梨は再び俺の前に来ると、持っていたコンビニ袋をがさがさとやって中から何やら取り出し、
「これ」
 缶コーヒーだった。
「あげる」
 半ば勝手に手が動いて受け取る。……温かい。
「じゃあ」
 それだけ言って由梨は姉の元へと戻っていく。先ほどの俺の心境を読んだかのようなプレゼントより、それ自体を渡してきた由梨が何となく俺を呆然とさせた。
 棒立ちを続けた俺は二人の長門が見えなくなるあたりで我を取り戻して、今だ残るスチール缶の温度と共に家へと戻ることにした。
「ありがとよ」
 遅すぎる謝辞を言って。

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