Extra.7 古泉一樹の報告


 人間の行動は、我々には理解できないことが多い。
 基本的には『利害関係』を基に、利害が一致する場合に行動を共にするなどすることが原則であるように思われる。しかし、時に人間は利害関係によらない行動をする。その機構は複雑。
 そのような理解できない行動の一つに、『機関』の行動がある。
『なぜ古泉一樹ら「機関」の人間は、何の見返りもなく閉鎖空間に向かうのか』
 この疑問を解決するために、直接本人に事情聴取したので、インタビュー形式でその内容を報告する。

 



 ――今日はあなたに聞きたい事があって、このような場を設けた。よろしく。
 こちらこそ、よろしくお願いします。それで、何を聞きたいのですか?
 ――なぜあなた達『機関』の人間は、何の見返りもなく閉鎖空間に向かうの。
 なるほど、確かにそこは外部からは分かりにくいことですね。良いでしょう、お答えします。なに、簡単なことですよ。それなりに見返りがあるからなんです。
 ――詳しく。
 涼宮さんは閉鎖空間を無意識に発生させてしまいます。彼女自身は閉鎖空間について一切関知していません。しかし、彼女の識閾下では、彼女は事態を把握しています。少なくとも、我々超能力者が閉鎖空間内部で、《神人》狩りによって事態の収拾に当たっていることは。
 ですから、彼女は我々の存在を無意識では感知しています。そして、事あるごとに閉鎖空間を発生させ、我々に負担を掛けていることを申し訳なく思っているのです。
 ――なぜそんなことが分かるの。
 分かってしまうから仕方がない、と言いたいところですが、それでは答えになりませんね。
 ――具体的に。
 良いでしょう。実例を示します。
 彼女は小学生時代の出来事をきっかけに、表には素直な感情を表さなくなりました。中学時代は、それはもう荒れた精神状態でしたね。高校時代、SOS団設立以降は比較的安定していますが。
 本当の感情が非常に分かりにくい彼女ですが、それでも、閉鎖空間を始めとして彼女の精神に直に触れる我々は、彼女の奥底に押し込められた、そう、彼女の『本音』と呼べる部分を垣間見ることがあるのです。その彼女の本音が、我々にこう囁くのですよ。『いつもありがとう。迷惑掛けてごめんなさい。』と。
 ――涼宮ハルヒは、無意識であなた達に謝罪しているの。
 ええ、そうです。謝罪と、労いの言葉を……『言葉』と言うと語弊があるかもしれませんが、そのような感情を我々に向けてくるのですよ。
 ――それがあなたが閉鎖空間に向かう理由?
 繰り返しますが、今の彼女は、本音を表に出しません。そんな彼女の、誰も……ひょっとしたら本人さえも知らない本音を、我々だけは直接的に知ることができるのです。しかもその本音は、とても優しい、我々の苦労を慮って労る気持ちに満ち溢れている。何ともいじらしいじゃありませんか。普段の彼女の行動を、表面的に見ているだけではとても信じられませんね。これは、実際に彼女の意識に触れた者にしか分からない感覚です。
 そうですね、一言で表すなら『ちょっとした優越感』でしょうか。誰も知らない彼女の、言ってみれば『秘密』を、我々だけが知っているという。
 ――そのことと、閉鎖空間に赴くことの繋がりは。
 確かに、実際に経験したことがない方々からすれば、そんなつまらない『報酬』で自ら死地に赴くなんて、理解し難いことでしょう。割に合わないと思うでしょうね。こればかりは、説明することは難しいですね。不可能と言っても良いでしょう。感じていただくしか。
 ――わたしには、人間の感情は余り理解できないが、いくつかの事象と今のあなたの話から推量すると、あなた達が閉鎖空間に向かう理由は……『惚れた弱み』?
 はははは、『惚れた弱み』ですか。なかなかユニークな意見ですね。その発想はなかった。
 ……確かに、ある意味彼女に『惚れ込んでいる』面はあるでしょうね。もちろんここでの『惚れる』は、いわゆる男女間での惚れるとは違います。男同士あるいは女同士……『惚れ惚れする』という用法に近いでしょうか。人間として惚れ込んでいるんです。
 彼女は、表面的にはエキセントリックな言動ばかりが目立つ、奇抜な人物です。しかしその内実は、とても常識的で、慈愛に満ち溢れているのですよ。『彼』もこの気持ちを知ることがあれば、一気に転ぶでしょうね。しかし『彼』はまだ、この気持ちを知ることはありません。何せ、当の彼女自身ですら、自覚していないのですから。我々としてはもどかしい限りですよ、まったく。だから事あるごとに背中を押してはいたんですがね。……話が逸れましたか。
 もちろん、彼女は『聖人君子』ではありませんから、時には落ち込んだり、暗黒面に囚われてしまったりもします。『彼』が他の女性……殊に朝比奈みくるを構っている時は、それはもう酷い有様でしたね。
 ――……そう。
 ああ、それも今となっては過去の話ですよ。長門さん、朝比奈さん、あなた方二人の存在に嫉妬して、彼女が心乱していた事実も、今となっては思い出です。今ではあなた方は、涼宮ハルヒにとって欠くことのできない存在です。
 実は我々『機関』においては、かつてはあなた方の存在を危険視する意見も存在しました。涼宮ハルヒの不興を買い、閉鎖空間の発生を助長するおそれがある、という意見です。今だからこそ言いますが、あなた方をなるべく『彼』と引き合わせないようにしようという意見も存在したのです。今ではそのような意見は皆無ですがね。
 ――現在のわたしの認識では、涼宮ハルヒにとっては、SOS団そのものが欠くことのできない存在。誰一人、余計な存在とは認識されていない。それら構成要素はすべて彼女自身が集めたもの。
 まったく、仰る通りです。
 ――あなたの話によれば、涼宮ハルヒと『機関』は、お互いに純粋な情報をやり取りしていると思料される。
 なるほど。我々人間で言うところの『本音』に相当する存在が、情報統合思念体における『純粋な情報』ですか。
 ――上手く言語化できないが、わたしの言語機能を使って表現すればそのようになる。様々なノイズを除去した、情報の本質という意味を込めた。
 言わんとしている事は分かりますよ。
 ――今の話を総合すると、あなた達の関係は、一方的に奪うような片務関係ではなくて、相互に与え合う双務関係にあると理解して良いか。
 そうですね。そう思っていただいて結構です。要するに我々は、決して涼宮さんの『奴隷』ではないのです。助けを求める哀れな少女に請われて相集った同士。そう、涼宮さんも含めて『戦友』なのです。少なくとも僕はそう思っていますよ。そこが分かっていただければ十分です。
 ――分かった。協力に感謝する。ありがとう。
 どういたしまして。

【部活終了後の文芸部室にて収録】


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最終更新:2020年03月15日 19:01