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 大寒という名の下にシベリア寒気団の連中が思う存分に力を発揮し、おかげで熱エネルギーをすっかり奪われた身体のほうは、氷点下じゃないかと思えるくらいの滝で修行できる坊さんばりに気合を入れてようやく微動してくれるという程度には冷え切った二月のある日、俺は自宅のフローリングがスケートリンク化しちまったんじゃないかってくらいの霜焼け寸前の冷たさと、身支度して家を出た直後に吹きすさぶ遥か北方からの風によるあまりの洗礼っぷりに、脊髄反射的、あるいはトマホークミサイル的鋭敏さで防寒対策を強化すべく玄関に引き返した。
「あれ、キョンくん忘れ物?」
 すると小型ロシア人形のようにピーコートとマフラー、耳あてまでした妹が靴ひも結びを中
断して俺を見上げた。
「まぁな。お前も北風に根負けしてすげなく追い返されないよう気をつけろよ」
 そう言うと妹は雪解けを思わせる笑顔で、
「大丈夫。子どもは風の子だもんね」
 きゅっと蝶々結びを完成させると、冬に羽化する新種であるかのようにふわふわと玄関から飛び立っていく。風の子を自称するわりにはちゃんと厚着してたが。
 さて俺はというと、江戸時代の飛脚とも肩を並べられる心持ちで階段を二段飛ばしで上り、マフラーを取って地球の引力を極力無駄にしない挙動でもって階下へと舞い戻る。いつも遅刻すれすれをかすめる時間に間に合うかどうかのラインで起床しているため、こうした些細な予定外行動が朝の出席判定に甚大な結果をもたらしうる。

 吹きすさぶ冬の旋風に横倒しされぬよう黙々とペダルを踏み込んで駅前駐輪場まで滑り込み、着衣をぴたりと肌にまとって決して脱ぐまいとする旅人の心境よろしく、既に登頂回数数百回を数える山道に踏み出す。
「よ! 遅刻の友!」
 直後に俺の気勢を削いだのは、この二年で「アホ」と辞書を引けば当該項目に至る前にこいつの顔が思い浮かぶくらいには見慣れた面構えの級友、谷口だった。
 何が遅刻の友だ。俺はまだ担任吉崎より先に教室に着き、無事出席欄に記される望みを諦めちゃいないぜ。
「あいつは本当に時間ぴったりに来るからな。廊下で待ち伏せてんのかと疑っちまうくらい」
 谷口は吐息を白から灰色に雲らせんばかりに言った。友よ、俺たちがこうして益体もない話にうつつを抜かしていると、本日分はボーダーラインを越えて内心に小さなヒビが追加されることが確定事項となりそうじゃあないか。
「しゃーねーな、走るとすっか。お先に!」
 言うなり谷口は低血圧人種が見たら十人に二人くらいは羨望しないこともないかもしれない闊達溌剌とした挙動でもって早朝登山ランニングを開始した。何となく癪なので、やむなく俺も後に続く。
 間もなく肩が並び、気づいた谷口が横槍を入れるかのごとく声をかける。
「キョンよ。その後、古泉と長門はどうなんだ? うまく行ってんのか」
 白い息でレースを煙に巻かんばかりと谷口は言う。その内容が咄嗟に地球の重力が倍化したかと思わせあわや転倒しかけるが、そうはいくか。
「さぁな。俺に訊かれても困る。……とまでは言わないが」
 俺は接地するたび等間隔でかかる自重のリズムに合わせて呼吸しつつ、
「ま、SOS団自体は相変わらずだ」
 それだけ言って右足に瞬間力を込め、さほど広くもない歩道のアスファルトを蹴り出す。
 半馬身リード。

「……急ぎすぎだ、バカキョン」
 昇降口。息を上げ肩を下げ下駄箱を開きつつ谷口が言った。うるせえ。お前にバカ呼ばわりされると、まるで裸の王様にズボンのチャックが全開であることを指摘された直後みたいな気分全開だ。
 すると谷口は土建屋よろしく額の汗を袖で拭って、
「んだと。だったらそう呼ばれないように、ちったぁ勉学に勤しんだらどうなんだよ」
 こいつめ。諸刃の剣ってのはそう容易く振りかざすもんじゃないんだぜ。……まぁ、確かに
胸張れるようになるにはあと少しと言わず学内偏差を上方へ修正してやらねばいけない。オフクロの満足度もまだもうひとつといったところだし。
 谷口との小競り合いのせいですっかり身体が汗ばんでしまい、上気した頬へ風を送るべく俺はマフラーを外して鞄にしまい、隣で呼吸を整える臨時陸上部仲間と取るに足らない会話をしているうちに教室へたどり着く。五分前登校。やれ素晴らしや。
「……」
 早くも冷えてきた身体に教室の微かな温度を感じるのと同時。そこだけ凝固してつや消しマット処理されたかのような漆黒の瞳が、物言わず俺を見ていた。と言うかばったり出くわした。
「……」
 無言とプチブラックホールの主、長門由梨は、瞳と同じ色のショートカットをわずかに揺ら
して、
「おはよう」
 とだけ言って廊下に出た。時を止めたような静謐が俺限定でしばしわだかまり、やがて我に返る寸前、
「やっぱバカで合ってると思うぜ」
 余計なアローブローが入った。ぐ。うるさい。ほらあれだ、今立ってる足場が急になくなっ
たら自由落下とともに心臓が止まるかのような感覚に襲われるだろ。それと似たようなもんだ。
 俺の訴えに谷口は口の端をひん曲げて小悪党じゃなければ妖怪アニメの鼠人間よろしく笑い、そのまま自分の席に向かったので俺も同様にし、室内で曇っても何ら不思議のない吐息を漏らした。やれやれ。
 ふと見ると、由梨の姉こと長門有希はシャギーがかった髪と陶器のような横面をこちらに向けてクラス中央の自席に着いていた。俺の視線を感知したかのように目が合う。眼鏡のレンズ越しにでも長年の仲間への深厚が解る眼差しでもって黙礼。俺も片手で身振りだけの挨拶。雰囲気的に、何となくこのまま有希が微笑んでもおかしくないようなシチュエーションだったが、さすがに口元が緩んだりはしなかった。
 明らかなエナジー浪費の早朝ジョギングを心地よい沈黙による意思疎通で癒し、俺はようやくもって己が椅子に身を預ける。と、
「何で真冬の朝っぱらから汗ばんでるわけ? ランニングでもして来たの?」
 ハルヒが指定席たる真後ろで、そのまんまなことを言った。
「谷口と遅刻を免れるべく抜きつ抜かれつの熾烈な争いをだな」
「……なるほどね。若さによる愚かな行動の見本って感じ」
 バッサリ切り捨てられては、余裕で間に合った栄光も蛍光にすらならない。
「何言ってんのよ。結果として遅刻しなかったんならそれでいいじゃない」
 いかにもハルヒであった。確かに、お前のすることは他人の評価の重要性なんぞ二の次三の次どころか下から数えた方が早いくらいだからな。
「あったりまえよ。よく解ってるようね。そりゃ二年も経てばね。あんたみたいな業績不振の
ヒラ団員にも団の方針が確固とした根を生やしてないと困るわ」
 そうかそうか。これは知らぬうちに植えつけられたSOS印の宿り木だったのか。誰か移植の仕方を教えてくれ。
 ハルヒは鼻息が煙幕かしそうなくらいに胸を張って、
「どんな植木屋にだって無理ね。何せあたしが生み出した、全宇宙にまたとない特別製の苗だから」
 得意満面な団長に、たぶん俺も似たような笑みを返しつつ、肩をすくめて担任吉崎が教室の戸を開ける音を耳にした。きっかり八時四十分。


 さて、物忘れというものはわざわざあらためて訊くまでもなく、人間であれば誰でも一度二
度と言わず、あれ何だっただろうと思い出せずに場合によっては懊悩し、はたまたそれすら忘れてしまい、んなことやってるうちにしまいには何について忘れていたのか、気になってたのはいつどこの何かってとっかかりすら……という具合にわけ解らなくなるものだ。年齢に関わらずな。
 忘れたことが昨日の晩飯とかそんなどうでもいいことならまだしも、例えば原稿の締め切りとか業務の追加懸案事項とか友人との特別な約束とかであった場合、その代償は時に取り返しのつかない形態となって経験値すら蓄えていない俺たちの前に出現し、その強大さゆえに弱パンチ一発でもってあっさりとのしてしまう。南無三。
 俺はというと、そんなうっかり八兵衛を演じたおかげでしっぺ返しを受けた経験が人並みかそれ以上にはあり、何とかならないもんかとその都度思うもののやはりそれすら忘失していて、この日も試行結果たる不意打ちが俺を秒速ノックダウンせんとばかりにステルスミサイルのような狡猾さで俺をロックオンしていた。要するに迂闊だったのだ。この時点で俺は半歩ほど底の見えない沼沢地に足を踏み入れていた。当然であるものの、もっと悪いことに自覚症状もなかった。ヤブ医者でもいいから警鐘を鳴らしてくれれば、ひょっとしたら別の結末に向かったかもしれず、だからといって俺がどうなったかといえば……それはまぁ、ゆっくりと続きを話そう。


 この日、朝の余計な運動からくる睡魔を追い払いつつも何とか授業を聞ききり、しかし頭に何一つ残っていないということに気づいて愕然としかけ、あわや記憶錯簡しかけた頭を鼓舞して部室棟へと到着した俺は、すべてを払拭する至福の緑茶にあずかるべくドアをノックした。
「はぁい。どうぞー」
 答えてくださるのは部室内を常春の温暖気候へ変化させてしまう現人神、朝比奈みくるさんである。まとめて掃除当番となっている長門姉妹とハルヒに加えて、古泉もまだ来ていなかった。しかして俺は瞬間躁となり、掌で羽ばたけば宙に浮けるんじゃないかってくらいの身軽さとなってふわりと着席する。
「今お茶淹れますね、ふふ」
 くすと笑った朝比奈さんに、急がなくていいですよと心中でささやいて、俺は部室内に目を
やった。
 昨年度に引き続き現役のストーブが点く部室は、朝比奈さんも来たばかりだったのか、実際の温度はまだ寒い。ちょっとした飲みものなら冷蔵できそうだな。二年経っても公立校の安普請ぶりを嘆くことしきりだったが、こと俺にとってはそれ以上に得たものが莫大だったので今さらとやかく言うつもりはない。
 俺はさしあたっての防寒対策としてオーバーを膝がけし、すると心許なくなった首周りにマ
フラーを巻いた。これで大分マシになった。見れば朝比奈さんも同年代の女子学生に人気のメーカーのものと思しきチェックのマフラーをしている。本当になんでもそつなく着こなしてしまうお人だ。メイド服に着替えてないのは今着いたばかりだからか、それとも寒いからか。
 などと感慨のぬるま湯に浸っているとバタンとドアが開いて、
「ハロー敬愛の団員諸君!」
 ハルヒが等圧線も軌跡を歪ませて迂回しそうな高気圧笑顔と共に威勢よく登場、
「あれ、古泉くんはまだなの――」
 ね。と言いかけて、朝比奈さんに続けて視線をやった俺のところで語尾が切れた。……どうした?
「あんた、それ」
 ハルヒは俺の喉元付近を指差し目線を固定、
「そんなマフラーしてたっけ?」
 そこで朝比奈さんがお茶の用意を終えて近付く姿が目の端に映った。
 がしゃん。
 湯飲みがテーブルの上に転がり、間もなく盆がガタカタカタと音を立てる。
「あ……あぁぁー」
 朝比奈さんは何やら小刻みに震えているらしかったが、はて何故だろうと思いつつ彼女も俺の喉元に注視するのを見て、はっとした。

 物忘れ――。

 俺が巻いていたのは、先月朝比奈さんから秘密裏に押し頂いた贈答品。世界中のブランドを束にしたって敵わないハンドメイドのマフラーであった。
 しまった。
 この一週間ばかり、俺はこのマフラーを仏壇に奉納すべきか、家宝として金庫に(家にそんなものはないけどもだ)入れるべきか、でなければ日頃着用して常なる温もりを得るべきか迷い、風呂で考えて寝床で考えて朝考えてということを繰り返しているうちに今日になっていた。
 が、降雪のないことが不思議なくらいに寒い今朝の疾風は、俺を無意識の行動へと導いて、その結果が今思い出して当惑して挙げ句に不審な反応を俺の認識史上最も勘の鋭い女に見られたと……そういうわけである。
「手作りよね? それ。一体誰が――」
「いや、これはだな」
 ハルヒの詰問口調に、つとめて冷静に振舞おうと口を開いた矢先、

「あたしがキョンくんに送ったんです!」

 誰もが予想しなかった人物が、かつてなかったほどはっきりと事実を言葉にして表明した。

 時間をねじったような、でなければ俺の胃腸が捻転してるかのどっちかだと思う時が経過するも、その間隙をぬってハルヒの後ろにいたらしき長門姉妹二人が音もなく入ってきた。
 有希は我関せずとばかり窓際へ歩み寄って椅子を開き、腰掛けて文庫本を開き、栞を取り出して早速文学の徒となった。一方の由梨は俺の傍まで来て冷や汗の成分分析でもするかのような高透過度の瞳で半瞬目線を交わし、振り向いて朝比奈さんと視線を交わし、また元に戻って有希と窓を挟んで反対側の指定ポジションへ同じく腰掛けた。文芸部部室の放課後にだけ現れる雪と百合の印象的な情景は、下界の修羅場をものともせずに本日も窓に架かった。
「みくるちゃんが……?」
 一時停止からスロー再生したかのようにハルヒの当惑声がして、俺もそちらへ目を戻す。声色に違わずハルヒは当惑していて、それはワンセンテンスも発せずにいる俺も同様だった。
 目を瞬かせるばかりのハルヒ、と、固唾を飲む俺。
「そうです」
 朝比奈さんはナキウサギのように身体をふるふるさせ、
「……あの、涼宮さんがその、恋愛ごっこしようって言った時に、あたしが編んでキョンくん
に渡したんです」
 両手をきゅっと閉じて切なる訴えをする。テーブルの上では淹れたてのお茶が支流本流に分かれて小川を形成している。その上手で、俺印の湯飲みがまだ止まらずに転がり揺れていた。
「そ、そうなの。はは。いいのよ別に。あたしが全力で取り組めって言ったんだからね。……
さ! 今日も通常業務に取り掛からないと」
 あからさまな繕いでもってハルヒは団長机に一人行軍し、しかし途中で俺の足につっかかってよろめきかけた。さすがに支えるまでもなく持ち前の反射神経で踏みとどまって転倒は避けたが。
 俺は半ば初対面であるかのように朝比奈さんを見た。どうしたって意外である。まさか素直にカミングアウトするとは思わなかった。俺ときたら、去年の冬長門がいなくなっちまうかもしれないって瀬戸際でハルヒに言い訳した時以来のうろたえっぷりであった。
 はっと気がついた朝比奈さんはコンロに戻って布巾を取ってくると、瀬戸物の湯飲みが割
れていないことに安堵の息を吐いてテーブルを拭きはじめた。棒立ち状態の俺が見つめているのに気づいているのか否か、しかし先輩はこちらを見なかった。長い睫毛に縁取られたつぶらで大きな瞳が、今現在の天穹を映したような曇り空に見えたのは、きっと俺の錯覚ではないと思う。
 かちゃと音がして、見ると重役出勤状態でようやく古泉が如才なき空気スマイルを友として 顔を見せた。お前、騒動が一段落するまで外で様子窺ってたんじゃないだろうな。
「おや、何かあったのですか?」
 見ようによっては白々しく、しかし本心は解らないいつもの笑顔で古泉は俺に語りかけた。
「何でもねぇよ」
 俺は席について古泉を促した。意を得た古泉は山積みになったゲーム集から適当なものをひとつ取って向かいに座る。
 ようやく六人が揃った文芸部部室は、ぱっと見変わらず通常営業であり、けれど全然そう感じないのはもちろん俺の心理作用によるものだった。まだ心臓が変則的なテンポでビートを刻んでいる気がしてならない。何となく古泉と盤面以外の存在に目を向けたくない。
 かくして俺はその日の放課後、鞭打ち症になったように前方のみを見て過ごし、いつもは余裕で勝ち越せる古泉とのゲームも、この日は綺麗に五分五分の引き分けだった。
 最後に白星を古泉が書き入れたところで終業の鐘が鳴り、二つの文庫本が閉じられる音がそれに呼応した。俺が立ち上がってやっと首を動かすと、ハルヒは頬杖ついて漫然とマウスを動かし、時折思い出したようにやたらとクリック音を連続させていた。
「おいハルヒ」
「……」
「ハルヒ!」
「……ん。あぁ。キョンね。何?」
「何じゃねぇよ。下校時刻だろ」
 そう言うとハルヒはモニタの時計に視線を注ぎ、
「あ。もうそんな時間。はい帰りましょ」
 と言って、一割ほど空気の抜けた風船のように張りのない調子でパソコンをシャットダウン した。


 校門を出て下り坂に差し掛かる頃には、空ももう闇色へと変化をし、それが今日は妙に不気味に見えた。ざわつく胸中を晴らすかのごとく、俺は今やどんな空気の元でも微笑状態でいるんじゃないかと思える隣の副団長に声をかける。
「おい」
 俺のささやきが小さかったのか、古泉はすぐには反応せず、しかもよく聞くと鼻歌歌ってや がるな。
「おい、古泉」
「は、何でしょうか」
 有希とハッピーライフ送ってるのはいいが、それで団内に対するアンテナが鈍るんならお前も副団長としての手際が落ちるんじゃないのか。
「はは、これは手厳しい」
 古泉は今やはっきりと解る惚気スマイルでもって、
「いえ、聞こえていましたよ。もちろんね。ただそれに注意を喚起されなかっただけと言いま
すか」
 もっと悪いだろ。聞いてないフリと思われても仕方ないんじゃないかそれは。
「すみません。で、用件は何でしょうか?」
 どうにも調子が狂うな。あの告白茶番以来ずっとこんな調子である。冬の最中流行先取りで花粉症にかかったみたいな歯車の乱れっぷりだ。何か挟まってるんじゃないのか? さしずめノロケウィルスとかって病原体だか何だかが。
「朝比奈さんがな……」
 俺は先ほどの一件を仔細に語って聞かせたはずであった。最近シーソーゲームのように俺と古泉は交互に相手を相談役に任じていた気がするが、今回この場においてはそうならなかった。
 すべて話し終えると、古泉は流水のようなさりげなさで前方へ視線を戻して、
「そうですか。それはそれは」
 それしか言わなかった。ちょっと待て。どうして気に留めない。仮にも朝比奈さんは時間駐
在員だろ。未来人であるわけだし、現在である今この時空にあんまり自分から影響を及ぼしちゃマズいってのは仮に一年半前の俺であっても瞭然と解る事実だろうが。
 そう言うとそれでも古泉は調子を改めず、
「えぇ。何か問題が起きた際には、我々も座視せず総力をもって事態解決しますよ」
 儀礼的に棒読み寸前の声で古泉は言う。まるで緊迫感がない。いよいよもってこいつは色ボケしちまったのか。お前を頼った俺がバカだった。何と、谷口は俺の実態を的確に言い当てていたのだ。明日あいつに見習い予言者の称号をくれてやろう。

 駅前にて奇妙な力の分散を体現するようにして俺を含む一行は解散した。俺は俺で考えるだけ火傷しそうな先ほどの出来事と向き合わねばならないかもしれず、そして他団員が考えていることがバラバラなのもまた間違いなさそうだった。
「……」
 ふと由梨と目があった。由梨はぱちと一度だけ瞬きしてから、首を二ミリほど傾け、それから振り向いて待っている姉の下へと駆けていった。いや、こうしてみるとすっかり普通の女子高生姉妹だな。時の力恐るべしってところか。


 そのようにして俺の軽挙とも言うべき不覚……なんていうとロクでもないな。日常の行動を
半歩踏み外したことによる些細な誤差は、そのまま予期せぬ流れを作って俺をどこかへと運ぼうとしているらしかった。止めたり遡ったりできるのかは俺にも解らん。ついでにそんな重要な事柄なのかどうかも含めてな。……だが最近の珍事件発生スパンから言って、そろそろ今月の火種がいずこからくすぶり出してもおかしくない。そう思った。

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