※この作品は作者が脳内妄想して書いたものです。谷川氏のものとは別物ということを踏まえて読んでください。 

 
 第4章

 
 α-7

 次の日。
 数学の時間に行われたテストは、ハルヒに厳選された問題を少しばかりかじったお陰で危うい点数ではないはずだ。谷口は知らん。
 放課後、いつも通りの部室で古泉が新しく持ち寄ってきた連珠とやらをやっていると、コンコンと扉を叩く音がした。
「はぁい」
 パタパタとメイド姿の朝比奈さんが扉を開けると、
「あ」
 目をぱちくりさせて言葉を失っている。
「これはこれは」
 と、古泉は微笑と苦笑の入り混じった顔でアゴをさする。
「ああの、涼宮さん」
「どうしたの?」
 ハルヒが廊下へ出る。この位置からじゃなにも見えないので俺も立ち上がってハルヒと朝比奈さんの間からのぞく。そこには。
五人の一年生徒がいた。男が四人、女が一人。
 ちなみに、その唯一の女子生徒は俺が昨日品定めの最中に注目していた娘だった。
「あら、昨日より減った?まぁいいわ。とにかく入りなさい。少ないほうがやり易いし」
 ぞろぞろと部室へ入る五人。昨日の電波演説を聴いてもなお来るなんて正気かこいつら。ていうかやり易いって例の入団試験か?
「そ。というわけだから、あんたたちにはこれからSOS団入団筆記試験を受けてもらうわ!」
 圧倒されている一年生に向かって声高らかに宣言し、ハルヒはプリンターから吐き出された、現団員の誰も内容の知らないプリントを素早く取り、叩きつけるように長机に置いた。
「じゃ、ここ座って。みくるちゃん、お茶出してあげて」
「は、はい」
 萎縮気味の一年生たちの向かい側にどかりと腰掛けたハルヒは、
「制限時間は50分。頑張ってあたしの期待に応えてちょうだい」
 そう言って手にしたストップウォッチのタイマーを始動させた。「試験官」と書かれた腕章をつけたハルヒの顔が、どこか嬉々としているのは気のせいでもなんでもなく、その通りの心情なのだろう。
「そうですね。春休み最終日の閉鎖空間は杞憂だったのかもしれません」
 ニキビ治療薬のおまえが言うんだからそうなんだろうよ。
「その例えはミステイクだったかもしれませんね」
 古泉は微笑みを絶やさずにそう言った。
 朝比奈さんは十人分のお茶を配り終えるとパイプ椅子に座って一年生たちをながめている様子で、俺と古泉はこれ以上余計なプレッシャーをかけるのもアレなので、連珠を再開させた。目の前でハルヒが見ているだけで重力の三倍は肩が重いだろうに。もちろん、長門は部屋の隅で静寂を体現させつつ、ハードカバーのページをめくっていた。

 
 β-7
 
 ハルヒを先頭に慌ただしく部室を後にした俺たちは、校門のところで意外な人物に会った。
「おおっ、本当に来たよっ」
 なにやら驚いているのは鶴屋さんだった。
「どうしたんですか?」
「うん、キョンくん。キミにこれを渡しておこう」
 まるで繁栄を極めた一国の王のような口調で四角に畳まれたハンカチを渡してくれた。

 
 これは―――


「じゃあそれだけだからねっ。急いでるみたいだし、お姉さんはこれで退散するっさ」
 と言って木枯らしのように走り去って行った。俺たちがしばしキョトンとしていると、
「なんだったのかしら・・・そんなことより、早く行きましょ!」
 俺はハルヒが再び走り出すのを見てハンカチをポケットに突っ込み、それに続いた。

 赤信号に引っ掛かってハルヒがイライラしている間、古泉が話しかけてきた。
「先ほどのハンカチはまず間違いなく、この騒動に一枚噛んでくるでしょう」
 だろうな。
「ですが疑問なのは、なぜそのようなものを鶴屋さんが所持していたのか、そしてなぜそれをあなたに渡したのか、です」
 おまえにわからんことが俺にわかるかよ。
 信号が青に変わる。
 古泉はフッと嘲るように笑い、
「そうとは限らないかもしれません」
 と言った。ハルヒは朝比奈さんを抱えてすでに走り出していた。
 古泉にわからないことは俺にもわからない。
 それはヤツの言う通りそうとは限らない。実は、俺にはあのハンカチの正体がわかっているのだ。ハンカチを渡されたとき、明らかにそれの質量とは違った重みを感じていた。
 畳んだハンカチに入る大きさでこの重さ。鶴屋さんが持っていたもの。間違いない。

 
 ―――あのオーパーツだ。

 
 α-8

 
 その日は入団テストが実施されただけで、長門の合図とともに、
「じゃあ、今日は解散っ!」
 ハルヒの号令で幕を閉じた。一年生たちはテスト終了後すぐに帰宅している。結局テストってどんな感じなんだ?
「秘密よ、ひ・み・つ」
 そう言ってハルヒは答案用紙を回収してさっさと帰ってしまった。なんでそこまで隠すんだ。
「涼宮さんにだってプライベートなことはありますよ」
 風力発電以上に無害なニヤケ面をした古泉が言う。一年生には見せてもいいプライベートってどんなことだ。
 さぁ、どうでしょう?とでも言いたげな顔で古泉は両腕を広げた。
 ・・・どうでもいいか。俺も帰って飯食って寝ちまおう。
 こうして残された四人は帰路についた。
 
 翌日。
 三時限まで安泰に過ごし、四時限目に数学の答案が返却されて昼休みをむかえる。点数は・・・まぁ悪くはないな。少なくとも谷口よりは。
「たく、なんでおめーはそんな点いいんだよ」
 嘆く谷口。努力の賜物だよ、谷口くん。
「でも昨日涼宮さんに教科書開いてなんか指摘されてたよね」
「涼宮ぁ?」
 ああ、国木田。余計なことはいわんでくれ。
「俺もあいつに教わるっきゃねーかなー」
「朝倉さんがいればよかったのにね」
 きっと、いや絶対に何気無くそう言ったのだろうが、俺には不自然に反応するだけの要素は十分にあった。
「どうしたんだい、キョン。箸が止まってるよ」
「あ、あぁ・・・」
 朝倉涼子。表向きはカナダへ引っ越したことになっているが、実際は俺を殺そうとして失敗し、長門によって情報連結を解除された急進派インターフェース。
 あれも去年の今頃だっただろうか。
 
 五限、六限を睡魔のなすがままに過ごし、放課後。文芸部室。
 俺がやって来たときには、ハルヒを除いた正式メンバー三人がすでにいつも通りの構図を描いていた。
「ハルヒは?」
「まだ来てないみたいです」
 朝比奈さんがお茶を淹れつつ応える。
「そのうち来られるでしょう。それよりお相手願いたいのですが」
 懲りねえな、昨日散々だったじゃねえか。とは言ったものの、最終的には相手する俺。
「ありがとうございます」
 朝比奈さんの淹れた砂漠のオアシスをも超越するお茶をすすり、窓の外を眺める。
 うむ。今日も平和だ。
 こんな日はこう思っちまうのさ。
 こんなモラトリアムで気楽な日々が続けばいい、とな。

 
 しばらく各々の好きなことを過ごしていたが、ふと思いつく。
 そういや、あの一年生たちの名前ってなんだろうな。
「僕もいちいち記憶していませんので名前はわかりかねますね」
 団長机に目をやる。プリントが五枚置いてあるな。どうやらハルヒは昼休みにここで採点でもしていたようだ。
 あれだけハルヒが隠していたものなので多少の罪悪感を感じつつ、名前くらいは知ってないと呼称に困るからな、と内心で天使と悪魔を対抗させ、プリントに目を通す。古泉と朝比奈さんも後ろからのぞいている。
 一人目、二人目・・・と見ていき五人目。そこの名前蘭には可愛らしい、見覚えのある字体でこう書かれていた。

 朝比奈みちる、と。
 

 β-8

 長門のマンションにレーザーポインタの照準を合わせ、そこへ目がけて撃ち出された弾丸のごとく到着した俺たちは、スピードを緩めることなく自動ドアへ突っ込もうとしたそのとき。
 自動ドアが開き、二人の男女が現れた。
「あら、こんにちは」
 こいつが朝比奈さんを誘拐した犯人です、と告げなければ気づく事のできない無垢な笑顔で挨拶したのは橘京子だった。もちろん、そいつの隣で苦虫を噛んだような表情をしている男は未来人藤原。
「長門はどうした」
 俺は怒りの炎を奥底で煮えたぎらせつつ、あえて冷淡に尋ねた。そんな俺の様子にハルヒは首をかしげていが、説明は後回しだ。
「そんな怖い顔しないでよ。あたしたちは別にあなたたちに危害を加えようとしてるんじゃないんですから」
 じゃあなんでこんなところにいやがる。精一杯威嚇して言ったのだが、
「それも、あなたたちにはわからないことです」
 ひまわりのような笑顔で返された。どういう意味だ?
「キョン!こんなところで時間を潰してるヒマはないの。早く有希の部屋へ行くわよ!」
 ハルヒが俺を引っ張る。
「そいつの言う通りだ。せいぜい、哀れな人形を演じてこい」
 古泉が俺の後ろにいなけりゃ、藤原の左頬に思い切り右フックを見舞ってやるところだった。
「抑えてください。現段階では彼らと争うよりも、長門さんの救出が先決です」
 わかってる。
 こうして俺たちはすれ違い、マンションへ入った。
 
 エレベーターで七階へ昇り、708号室前に来た。
 おそらくこの部屋には天蓋領域、周防九曜が待ち構えているだろう。
 玄関ドアを開け、室内へ上がる。
「有希ー?いるんでしょ?」
 ハルヒが叫ぶ。が、その声は壁に跳ね返されて室内に響くだけだった。誰もいないのだろうか。
 俺は畳の部屋のふすまを開けた。
 そこには、和式の布団に顔だけ出し目を閉じた状態の長門がいた。
「長門!」
 と叫んで近寄ろうとした刹那。
 俺は吹き飛ばされ、フローリングの床の上で転がっていた。
「キョン!?」
 ハルヒが振り向く。
 何だ、何が起きた?脳が疑問を提示するより早く、俺の網膜には薄青いバリアのようなものの向こう側にたたずむ周防九曜と――― 
 
 不敵に微笑む佐々木が映し出された。

「佐々木・・・」
 和室のふすまの形に沿って張られたバリアを抜けて、佐々木がゆっくりとこちらへ来る。
 その右手にまがまがしいナイフを持って。
「なんの冗談だ佐々木!」
 だが佐々木はなにも応答しない。仕方なく立ち上がって古泉たちに助けを求めようとしたが、俺と佐々木、そして九曜以外誰もいない。それどころか、部屋の壁に幾何学記号が浮かび上がって婉曲し、ねじれている。これはまさか。
「キョン、もう無駄な抵抗はよそう。この空間は彼女の管理下にあるらしい」
 やっと佐々木がサイレントを解いたが、今度は俺の体が動かなくなった。ありかよ、反則だ。
「いくらコピーとはいえ・・・抵抗するキミを殺したくはないんだ」
 そう言って勢いよく走ってくる。今回は長門はいない。終わった。
 ナイフが腹まで数センチと迫ったとき―――

 
 ―――コピー?

 
 ナイフが刺さる。

 

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