声のした方に顔を向ける。
「古泉か。……ここは?」
「病院です。冬の時と同じ部屋ですよ」
 古泉の話を聞くと、どうやら前回と同じように、俺は倒れて病院に運ばれたということになっているようだ。
「今はいつだ?俺はどのくらい眠ってたんだ?」
「今が夕方ですから、ほぼ丸一日といったところですね」
「今日の部活は?」
「もちろん中止ですよ」
 そう言って古泉は右手を大きく動かす。
 
 
 
 
『涼宮ハルヒの交流』
―第六章―
 
 
 
 
 その先には俺の看病をしてくれて疲れているのか、眠っているハルヒの姿が見える。
「ちなみに涼宮さんは今日は学校にも来ていません」
 じゃあハルヒはずっとここにいてくれたってことなのか?
「そういうことになりますね。かなり心配していたようですよ。ところで……」
 古泉はほんの少しばかり真剣な顔つきになる。
「今回は一体何が起こったのでしょうか?」
 ということは古泉は何もわかってないのか?
「昨日の昼間にかなり大きめの閉鎖空間が発生しましてね。あるいはそれが関係しているのかと」
 ああ、やっぱ閉鎖空間はできてたか。
「その顔は、心当たりがおありで?」
「少しな。たぶん原因は俺のせいだ」
「と、言いますと?」
「ああ、昨日の昼にな……と、その前にこの一日に何が起こったかを話しておこうと思うんだが」
「構いません。どうぞ」
 古泉はそう言って手で続きを促す。
「実はな、異世界に行ってたのさ」
 
………………
…………
……
 
 この一日について、一部省略しつつも大まかに全てを伝える。
「と、まぁこんな感じだ」
「そんなことが……」
 古泉は予想以上に驚いているようだが、そんなに驚くことか?
「いえ、異世界人を呼ぶことが出来るとは思っていませんでしたから」
「そういえば向こうのお前も同じようなこと言ってたな。異世界に干渉するのは難しいとかなんとか
そっちの世界にも神がいる可能性がいるから、ハルヒでもそう簡単にはいかないとか」
「ええ、そんなところです。ですから、この世界からあなたをどうすれば連れて行けるのかがわかりません。
例え向こうの涼宮さんがそう望んだとしても、おそらくこちらの涼宮さんが妨害すると思われますし」
 そういえば言うの忘れてたな。
「向こうのハルヒの話だと、俺が異世界に行ったのは、向こうのハルヒの力じゃないらしいぜ」
「向こうの涼宮さんには力の自覚があるのですか!?そんな……」
「まぁでも特に問題はなさそうだったぜ。知ってるって言ってもなんとなく程度みたいだったし」
「そうですか……。それは非常に興味深いことですね。
だからといってこちらの涼宮さんに力の事を教えても問題ないと考えるのは早計ですけど」
 確かに。向こうのハルヒとこっちのハルヒにはかなり違いがあるようだったしな。
「それにしても、ではどうしてあなたは向こうの世界に行ったのでしょうね。
やはり昼間の閉鎖空間が関係して……!なるほど、そういうことですか」
 わかったのか?なるほどって言われても全くわからんぞ。
「昨日の昼に何が起こったか教えていただけますか?」
 正直言うとあんまり話したくないことなんだが、言わないと話が進まないよな。
 
「昨日の昼休みに弁当を食べた後、いつものように谷口、国木田と話をしていたわけだ。
で、これもいつものことだが、谷口が彼女がどうとか話始めたときにハルヒが帰ってきた。
まぁその時は別にどうともなかったんだが、時間が経って二人が去った後にハルヒが聞いてきたんだ。
『あんたも彼女欲しいの』って。俺は欲しくないことはない、みたいな感じで返したと思うが」
「なるほど、やはりそういう話ですか」
 やはりって何だ?やはりって。気にくわんな。
「で、俺もハルヒにお前こそどうなんだ、って聞いたらいつもどおり『普通の人間には興味ないのよ』ってさ。
そのハルヒの様子が気に入らなかったのかなんでだかは知らないが、つい熱くなっちまって、
普通じゃない人間なんか見つかりっこないんだから、普通の人間で満足するしかないんだよ、って、
ちょっとばかり声を荒げちまったのさ。そうしたら『うっさい、だまれ!』って怒鳴られた。
たぶんかなり怒ってるんだろうが、それ以降は全く口をきいてくれなかった」
 古泉はクックッ、と変な笑い方をして言う。
 その笑い方はやめろ。気色が悪い。
「それはあなたが悪いですね」
「そうだな。そんなムキになるところじゃないよな」「いえいえ、違いますよ。あなたが素直じゃないのがいけないのですよ」
 そう言ってまた笑う。
 何を言ってるんだこいつは?全くわからんぞ。
「まぁそれでも結構ですよ。とりあえず何が起こったかについてはおおよそ見当がつきました」
 まじでか?じゃあ、どうして俺は異世界に?
「結論から言いますと、あなたはこちらの涼宮さんによって異世界に飛ばされたのですよ」
 飛ばされた?そんなことができるのか?
「異世界から連れてくるよりは、異世界に飛ばす方が簡単だということはなんとなくイメージできるかと」
 まぁ確かにそう言われてみれば、ポンっと飛ばすだけならそう難しくはないような気はするな。
「ということは、ハルヒが怒って俺に愛想をつかしちまってことだな」
「いいえ、違います。むしろ逆です」
 またこいつはおかしなことを言い出した。逆ならなんで飛ばされる必要があるんだ。
「では簡潔に聞きますが、あなたは涼宮さんのことが好きですね?」
「………」
「ふふっ、あなたの態度は口と違っていつ見ても素直ですね。で、涼宮さんもそれをある程度は感じています。
まぁ涼宮さんは恋愛感情などに疎い方ですから、確信があるというほどではないでしょうね」
「その話が何の関係があるんだ?」
 俺の質問を聞いているのかいないのか、古泉は変わらない調子だ。
「先ほどあなたは涼宮さんが『普通の人間には興味ない』と言ったと言いましたが、それは嘘です。
彼女は普通の人間にも興味を持っています。いえ、持てるようになったというべきですか。あなたのおかげで。
ですが、彼女も頑固な人です。『普通の人間でもいい』と簡単には言えないのですよ。
つまり、彼女もその頑固さ、意地ですかね。それと感情のジレンマに悩まされているというわけです」
「話が全く見えてこないが、どちらにしろハルヒは俺にいなくなって欲しいと思ったんじゃないのか?」
「ですから、その全く逆です。彼女はあなたにずっと側にいて欲しいと願っています」
「ずっと側にいて欲しい人間を異世界に飛ばす人間の気持ちが俺には全く理解できないんだが?」
 やれやれ、と言って古泉は大きく息をつく。
 くそっ、なんかムカつくな。
 
「これは例え話ですが、涼宮さんがあなたのことを好きになってしまったとします。涼宮さんはその気持ちを伝えたい。
ですが、普通の人間であるあなたにたいしてそのような感情を抱くことは自分の主義に反することになる。
いえ、この場合は主義というよりも思想ですかね。それは涼宮さんのアイデンティティーとも言えます。
それを覆すということは、自分自身の否定に他ならない。だからこそその感情を認めるわけにはいかない。
ですが、そうは言ってもあなたには側にいて欲しい。それは事実です。ならばどうすればよいでしょうか」
 知らん。どうにもならないんじゃないのか?
「いいえ、答えは簡単です。あなたを普通の人間じゃなくしてしまえばいいのですよ」
 こいつはまたとんでもないことを言い出した。
「そんな無茶な。じゃあ俺に変な力が生まれたとか言うんじゃないだろうな?」
「いえ、おそらく涼宮さんはあなたに特殊な能力を持たせることは望んでいません。
なぜなら、涼宮さんが好きになったのはあくまで何の力も持たない普通の人間のあなたなのですから。
自分への言い訳のために、申し訳程度にあなたに特殊な属性を付加したにすぎません。
それが、異世界人という属性です」
「いや、異世界人と言っても俺はこの世界の人間だぜ?」
「ご心配なく。涼宮さんはあまり通常の設定をしないようなので。例えば僕の力もそうです。
涼宮さんは超能力者を望みましたが、僕の力は一般人が想像する超能力とはかけ離れています。
長門さんにしてもそうです。彼女も、UFOでやってくるようなごく一般的な宇宙人ではありません。
それに比べれば、あなたはまだ普通の異世界人とも言えると思いますが」
 そう言われてみれば変だな。ハルヒは普通の超能力者すら嫌なのか?わけわからん。
 長門に至っては本当にわけのわからん存在だしな。朝比奈さんにも何かあるのか?
「言うなれば、あなたは他所に行ってしまった転校生が、再び転校して戻ってきたようなものです。
まぁどちらにしろ転校生というわけですね」
 古泉はわかりやすいのかわかりづらいのかよくわからん微妙な例えを出してきた。
「つまりハルヒは俺を異世界人にするためだけに、俺を異世界に飛ばしたって言うのか?」
「おそらくはそうです。その証拠にちゃんとここに呼び戻されているでしょう?」
 行っていたのはたった一日だしな。確かに一試合でも投げれば肩書きは元メジャーリーガーになるもんな。
 
 それにしても……、
「俺が異世界人になるってのはそこまで重要なことなのか?」
「そうですね。かなり重要かと」
 そうは思えないんだがな。そんなにこだわることか?
 古泉め、また笑ってやがる。くそっ。
「女性にとっては言い訳というものが非常に重要になります。
例えばデートに誘われたからといって、簡単に誘いにのると軽いと思われるのでは、という不安があります。
ですが、相手から何度も誘われることによってその気持ちは少し変わってきます。
『別に私が行きたいわけじゃないが、これだけ熱心なのだから付き合ってあげよう』と。これが言い訳です。
要するにそれと同じことです。『普通の人なら断るんだけど異世界人なら仕方ないよね』というわけです。
涼宮さんは言っていたのでしょう?『普通の人間じゃなければなんでもいい』と。ですから同じことです。
異世界人だからあなたと付き合ってあげる。別にあなたのことを好きになってしまったからではない。というわけです」
 何かあまりよくわからんような微妙な話だが、
「まぁいい。とにかくお前の言うことが当たっているならば、俺が再び飛ばされることはないってわけだな?」
「おそらくは。もし何らかの他の意図がある場合にはわかりませんが」
 そうか。ってことはこれで一件落着ってことだな。とりあえず安心だ。
 
「何をおっしゃるんですか。あなたにはまだ重要な仕事が残っているじゃないですか」
 重要?仕事?何のことです?
「おや、とぼけるおつもりで?何のためにあなたは異世界まで行ったと思っているのですか?」
 ……わかってるよ。
「……ちゃんとやるよ。そのつもりだ。それにその方がお前も助かるんだろ。」
「もちろんそうですが、どちらかというと僕は一人の友人として応援しているのですよ」
 はいはい、ありがとよ。「まぁそういうことです。……涼宮さん!起きてください。彼が目を覚ましましたよ」
 古泉はハルヒに呼びかけながら肩を揺する。
「……ん、古泉くん……?ってキョン起きたの!?あんたあたしがどれだけ心配したと思ってんのよ。
あ、いや、心配っていってもほら、だ、団長だから団員のこと心配するのは当たり前でしょ」
「……ああ、心配かけてすまん。ありがとよ」
「ま、ちゃんと目を覚ましたならいいわ。見た感じだいじょぶそうだし」
 古泉がふと立ち上がりドアの方へ向かう。
「何かお二人に飲み物でも買ってきますね。……では、お願いします」
 出ていく前に俺の方を向いて気持ちの悪い笑みを浮かべてきやがった。
 
 そして、ここでハルヒと二人きりになった。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
 


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