二人と別れた俺は、おそらく一人しか中にいないであろう部室へと向かう。
 今まではずっと不安だったが、とりあえずハルヒに会えることが嬉しい。
 
 いつものようにドアをノックしてみるが、中からは返事がない。ハルヒはいないのか?
 恐る恐る俺はドアノブに手をかけ静かにドアを開けてみる。
 
 
 
 
『涼宮ハルヒの交流』
―第五章―
 
 
 
 
「遅かったわね」
 ……いるんじゃねえか。返事くらいしろよな。ってえらく不機嫌だな。
「当然よ。有希もみくるちゃんも古泉くんも、用事があるとかで帰っちゃったし。それに……」
 ドアの方をビシッと音がしそうな勢いで指差す。
「なんでか知らないけど部室の鍵が開きっぱだったし」
 あっ、すまん。それ俺だ。
 などとはもちろん言うことはできない。
「なんでだろうな。閉め忘れたとかか?」
 キッ、と睨まれる。まさかばれてんじゃないだろうな。
「おまけにあんたは……」
 俺が何だ?
「なんでもないわよ」
 何だ?わけがわからねえぞ。まさか『俺』の方が何かしたのか?
 
 とりあえずやることもないが、立っているままもどうかと思い、いつもの椅子に腰を降ろす。
 なんか落ち着かねえ。緊張してるのか?俺。まぁ実際ずっとハルヒに会いたかったわけだからな。
「で?」
 顔を上げると、ハルヒがこっちをじっと見ている。
「で、って?」
「なんか言いたいことでもあるんじゃないの?そんな顔してるわよ。
いつも言ってるでしょ。言いたいことを言わないのは精神衛生上良くないのよ」
 言いたいことねえ。あるにはあるんだが、なんと言えばいいやら。
「ああ、そうだな。とりあえず昨日の昼は悪かったな」
「昼?何のこと?」
 ハルヒの頭の上に?マークが浮かんでいる。
「いや、だから昨日の昼につい……」
 ちょっと待てよ。ひょっとすると、昨日の俺の昼間の出来事はないことになっているのか?
 そういえば古泉も昨日は閉鎖空間は発生してないようなこと言ってたし。
「あんた、あたしに何したのよ」
 ハルヒはじとーっとした目でこちらを見ている。
 
「いや、お前にはわからないかもしれないな。まぁそれでもいいさ。謝らせてくれ」
「………」
「昨日は少し言い過ぎた。つまらないことで怒ってしまって悪かった」
 そう言って軽く頭を下げる。
「………」
 ハルヒは話は聞いているのだろうが、何も喋る様子はない。
 というよりも、おそらくはこの状況がわかってないんだろうな。
 俺は椅子から立ち上がり、ハルヒに近付き、ハルヒの正面に立つ。
「けど、お前にとっては確かにつまらないことかもしれないが俺にとっては大事なことだったんだ。
……なんでかって言われると少し困るが、たぶん俺はお前のことが――」
「違うわ!」
 ハルヒは声を荒げて俺の言葉を遮る。
 ……違う?何がだ?
「どういう意味だ?何が違うってんだよ」
「何がって、言う相手が違うに決まってんでしょ。それはあたしに言うことじゃないわ」
 は?どういう意味だ?ますます意味がわからん。
「お前は涼宮ハルヒだろ?じゃあ間違ってないじゃないか」
 じゃあ他の誰に言うんだ?長門か?朝比奈さんか?それとも古泉か?いやいやそんなわけあるか。
「そうだけど、あたしはあんたの思ってる涼宮ハルヒじゃないのよ」
 何を言ってるんだこいつは?ハルヒはハルヒだろ?
「何の話だ?お前はハルヒだけど違うハルヒだとでも言うのか?」
「そうよ。だってあんたはあたしの知っているのとは違うキョンなんでしょ?」
 
 ――ッ!?何でだ?何でわかる?
「どうして知ってるんだ!?」
 ハルヒは得意満面といった笑顔を浮かべる。
「あたしに知らないことなんかないのよ!」
 嘘吐け。
 いや、待てよ。俺がここにいるのがこいつの力によるものなら知っている可能性もあるのか。
「ていうか一目瞭然よ。このあたしがまさか自分の好きな男を間違えるわけないでしょ?」
 ……今なんてった?
「ちょっと待ってくれ。てことはお前は『俺』、というかあいつとそういう仲なのか?」
「そういうってどういうよ。今はあいつからの告白待ちね。でもあいつヘタレなのよね」
 おい、ひどい言われようだぞ、『俺』。
 それにしてもやっぱり俺が知っている世界とは微妙に違うみたいだな。これは違うハルヒだ。
「だからあんたはさっきの話は元の世界に戻って、そこのあたしにしてやりなさい」
 なんだって?元の世界?どういうことだ?俺に帰る場所があるのか?
「無駄に質問が多いわね。仕方ないから説明したげるわ。ここは簡単に言うとパラレルワールドってやつ?
あんたから見ると異世界ってことになるのかしら。あたしからすればそっちが異世界だけど」
 
 じゃあ、ハルヒの言ってることが確かなら俺は元の世界からこの世界に飛ばされて来たってことなのか?
 飛ばされて来たっていうかこいつに引っ張ってこられたんじゃないか?いや、そうだろ。間違いない。
 古泉、長門、お前らの推理は大外れみたいだぜ。やれやれ、ドキドキさせやがって。
 
 とにかく、俺にはまだ元の居場所に帰れるってこてなのか?でも、それなら、
「なんで俺はここにいるんだ?」
「そんなの知らないわよ。あ、別にあたしの力であんたを連れてきたわけじゃないわよ」
 このハルヒの仕業じゃないってのか?……じゃなくてそんなことより、
「お前……自分の力を知ってるのか?」
「まぁ薄々はね。正確には良くわからないわ。いちおうみんなには知らないふりで通してるけど」
 確かに、古泉も長門もそんな話はしてなかったような気はするが。
 二人ともハルヒには自覚がないってことを前提に話してたよな。確か。
 これはまずいんじゃないのか?いや、でも特に危険なことは起こっていないみたいだし。
「別にあんたが心配することじゃないわよ」
 まぁそりゃそうかもしれんが。
「他のみんなのことも知ってるのか?」
「みんなのこと?ちょっと普通じゃないっぽいなー、くらいにしか知らないわ」
「そっか、まぁそれでいいと思うぜ。ちなみに俺は至って普通な――」
「ま、そんなことはどうでもいいわ。帰りたいなら元の世界に戻ったら」
 くそっ、またこいつは俺の話を……。それにそんな簡単に言われてもなぁ。
「それが出来りゃ苦労はしてない」
「そうなの?帰ろうと思えば帰れるはずよ。少しくらいなら手伝ってあげるわ」
 何だって?そんなことまで出来るのか?出来るのならぜひとも頼みたいものだが。
「そんなこと出来るのか?そのためには俺はどうすりゃいい」
「どうって、帰りたいんでしょ?帰ればいいじゃない」
 ダメだこいつ……。全く会話にならん。俺の話ちゃんと聞いてんのか?聞いてないんだろうなあ。
 まぁ会話にならんのはいつものことか。
「あのなぁ。だから、どうすりゃ帰れるのかって話だよ」
「知らないわよそんなこと。帰りたいって思ってりゃ帰れるのよ」
 こいつはまた無茶苦茶言ってるし。
「仕方ないからヒントをあげる。昔の人は言ったわ。Don't think,feel.よ」
 いや、全くわからん。とりあえずこいつ適当なこと言ってるだろ。
てことは考えてもわからんってことか?わかりそうにはないが。なら勘で動いてみるか?
 それとも時間が経てば勝手に帰れるのか?だったらいいな。
「まぁいい。なんとかするさ。無事に帰れることを祈っててくれ」
 とは言ってみたもののどうすればいいやら。
 
「ぶっちゃけ言うと返そうと思えば返せるのよね。具体的にどうするとは言えないけど」
 こいつはまたとんでもないことを言い始めた。
 なんだと。じゃあ今まででの会話は一体なんだったんだ?
 というか俺の扱いが物みたいになっている気がするんだが、気のせいか?気のせいだよな?
「このままでも面白いかなと思ったけど、本気で帰りたいみたいだから帰らせてあげるわ
それに……向こうからも呼び出しがかかってるみたいだし」
 ハルヒがそう言った瞬間、俺の後ろ、ドアの向こうから気配を感じる。
 うわあ、本当に気配って感じるものなんだな。……なんて感心している場合じゃない。
 これは、ハルヒか?
「ハルヒが……呼んでる?」
「そうね。向こうのあたし。っていうか向こうのあたしってホントに無意識で力使ってんのね」
 変なところで感心しているハルヒを後ろに、俺は自分の世界の気配をはっきりと感じていた。
 
 この世界ともお別れか。たった一日だが、かなり長い時間過ごした気がするぜ。
 少しばかり名残惜しいな。
「色々と世話になったな。助けてくれてありがとよ」
「別にいいわ。たいしたことはしてないし。もうちょっとあんたで遊びたかったけどね」
 あんたで、ね。やれやれ、勘弁してくれ。
 その言葉とは裏腹に寂しそうな表情を浮かべるハルヒを見ていると、それも悪くないと思えるから不思議だ。
 だが、かといってここにずっといるわけにはいかない。
「すまんな。気が向いたら『俺』にももう少し優しくしてやってくれよ」
「気が向いたらね。……あ!」
 突然何かを閃いたのか、ハルヒが急に異常なほど嬉しそうな顔を見せる。
「どうした?」
「……ん、なんでもないわよ」
 おいおい、そんな顔でなんでもないってことはないだろ。何を企んでんだか。
 まぁおそらくは『俺』が何らかの苦労をするんだろうなあ。頑張れ、『俺』。異世界から応援してるぞ。
「じゃあそろそろ帰るわ。あ、そういえば一つ頼みがあるんだがいいか?」
「頼みによるわ」
「俺がお前に正体をばらしたことはできたら内緒にしておいてくれ。特に長門には」
「別にいいけど。なんでよ」
 当然だが不思議そうな顔で聞いてくる。
「いや、ちょっと大見得きってきたからな。かなりカッコ悪いことになってしまうのさ」
 今になって思い返してみるとかなり恥ずかしいこと言ってた気がする。いや、言ってたはずだ。
「わかったわ。けどどうせ何したってあんたはたいしてカッコ良くないわよ。」
「へいへい、わかってるよ」
 
 
 ドアの前まで来て首をひねり背中越しにハルヒに顔を向ける。
「じゃあな。案外楽しかったぜ」
 じゃあな。こっちの『俺』、古泉。もう会うことはないかもしれないが元気でな。
 長門。お前の期待には答えてやれなかったな。すまない。俺にはまだ帰れるところがあるみたいなんだ。
 朝比奈さん……は会ってないけどお元気で。
 
 ハルヒからの返事も聞かず、ドアに手をかけ、一気に開ける。
 するとドアの向こうにあるはずの廊下は見えず、全身が真っ白な光に包まれる。
 何も見えん。
 意識があるのかないのかもはっきりしないまま、後ろからハルヒの声が微かに聞こえた気がする。
 
「じゃあ、―――でね」
 
 最後にハルヒが何と言ったのか、最後までは聞き取れなかった。
 いや、聞こえてはいたのだが、意識が朦朧としていたせいか、はっきりと理解できなかった。
 おそらくは別れの挨拶だろう。じゃあな、もう一人のハルヒ。
 そして俺の意識はゆっくりと薄れていく。
 
 
 ……ような気がしただけだった。
 目の前には同じように白い景色が浮かんででいるが、これは……天井?
「ここは……どこだ?」
 わけもわからないまま、口からはとりあえず口にすべきであろう言葉が溢れる。
「おや、お目覚めになりましたか」
 
 
◇◇◇◇◇
 
 

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最終更新:2021年11月14日 02:08