「――て、起きて」
 いつものような妹による激しい攻撃ではなく、体を軽く揺すられて目覚める。
 ん、何だ。朝か。
「おはよう。朝食、できた」
 もう朝ごはん出来てんのか。
「サンキュー、長門。今起きるよ」
 長門の動きが止まる。
「朝は、……おはよう」
「あ、ああ。おはよう長門」
 
 
 
 
『涼宮ハルヒの交流』
―第四章―
 
 
 
 
 長門の作った朝食は思ったよりも、というのは失礼だろうが、かなりしっかりとしたものだった。
 カレーだけじゃなくて普通の料理も作るんだな。
「どう?」
「ああ、おいしい。お前料理うまいんだな」
「そう」
 ゆっくりと朝食を食べながら長門は言う。
「私は学校に行く。あなたは?」
 そうだな、どうするか。放課後まではかなり時間があるからな。ここでゴロゴロしているのも退屈だ。
 かといって別に何が出来るというわけでもないよな。学校へ行けるわけでもないし。
「行ける」
「いや、俺が二人いちゃまずいだろ」
 長門は微かに横に首を振る。
「手を出して」
 言われるままに右手を差し出す。その手をとり、長門は口を近付けて……
 ゆっくりと軽く噛みついた。
 ああ、そういえばそうだな。例のあれか。どうでもいいが、これって結構ドキドキするんだよな。
「不可視遮音フィールド。これで周りからあなたの姿は見えない」
 なるほどな。これなら自由に動けるってわけだ。
「じゃあ俺もとりあえず学校に行くよ」
「そう」
 
 食後に、片付けと簡単な準備をして、長門と家を出る。
 見えないとわかってはいるんだが、どうしても周りからの視線が気になってしまう。
 完全に自意識過剰だな。なんせ見えないんだからな。
「結局、昨日から今までで変わったことやわかったことはあるか?」
 わけのわからない恥ずかしさをごまかすために長門に話しかける。
「特にはない」
 そっか……。じゃあ昨日考えたとおりにするしかないな。
 
 そういえば昨日からずっと気になっていたことがあるんだが、
「長門は俺ともう一人の『俺』ってどうやって見分けてたんだ?宇宙人の力を使えば簡単にわかるのか?」
「力を使えばわかる」
「その違いってのはどういうものなんだ?」
「……言語では説明できない」
「そうかい」
「そう」
 なるほどな。ということは普通の人間では二人を認識することはできないってことだな。
「そうではない」
 ん、どういうことだ?
「力を使えば簡単にわかるが、使わなくても二人を区別することは可能。少なくとも私にはできる」
 それは驚きだ。『俺』は俺から見てもまるっきり同じに見えたんだがな。
「ということは、普通の人でも俺を見て俺が『俺』じゃないってわかるやつがいるってことか?」
 何かわけのわからないことを言っている気がするが、きっと長門には伝わってくれるはず。
 しかし、長門は首を振り、否定する。
「おそらくそれは不可能。普通の人間にはあなたが二人いるという発想がない」
 
 あ、そりゃそうか。確かに俺を見て少しは違和感を抱くかもしれないが、だからといって、
いきなり『あなたはいつものあなたとは違うもう一人のあなたですね』なんて考えるやつはいないだろう。
 仮にいたとしたらそいつはもう普通のやつじゃない。何らかの力をもったやつに違いない。
 あるいは俺みたいに突然目の前に自分が現れる経験をしたやつくらいか?
「ちょっといつもと違うな、って思うくらいってことか?」
「そう。それに全ての人にわかるわけではない」
 そういえば古泉はどっちがどっちかわかってないようだったな。
 ということは長門にはできるが古泉にはできないってことなのか。
「じゃあ結局どうやって区別をつけるんだ?」
 そう尋ねると、長門は躊躇いがちに口を開く。
「言語化は難しい。それにどうするかという具体的なものでもない。でも、強いて言うなら……」
 言うなら……?
「女の勘」
 
 
 先ほどの答えが長門のジョークなのか、それとも大マジなのか考えているうちに学校へと到着した。
 さて、この後どうしようか。
 長門もこちらを向き、俺が何か言うのを待っている。
「とりあえず部室にでも行ってみるよ」
「そう、なら鍵を開ける」
 そう言って長門は鍵ではなく例の力を使って開錠する。
 ひょっとしていつもこれで鍵開けてんのか?長門。
「昼食は」
 しまった、完全に忘れてた。姿が見えないから食堂にも行けないし。……いや、見えてても行けないか。
「昼休みに持ってくるからここにいて」
 まじか。助かるぜ、長門。
「また後で」
 そう言い残して長門は去っていく。
 
 特にはすることもなく、部室でお茶を飲みつつネットサーフィンをして昼間で過ごした。
 余計なことは考えたくなかったしな。
 ガチャ、と、突然にドアが開かれる。
 時間は思ったよりも早く経っていたようで、既に昼休みになっていた。
「長門か」
「昼食」
 そう言って持っていた弁当箱を広げる。
「これどうしたんだ?」
「作った」
 朝まだ俺が寝てる時か?俺がすごいダメなやつみたいな気がするんだが。
 ……いや、否定はできないが。
 それにしても豪華だ。どうみても朝にちょこっと作ったって感じじゃないぞ。これは。
「いつもこんなの作ってんのか?」
「今日だけ」
「というかお前の家にこんな材料とか置いてあったのか?」
「ない。朝に調達した」
「朝に調達したって、店とか開いてないだろ」
「開いているところは開いている。探せばなんとかなる」
 そこまでして俺に弁当を作ってくれたってのか?気をつかってくれてるんだな。本当にありがとう。
「どう?」
「ああ、うまいよ。ありがとう長門」
「そう」
 この会話もう何回目だ?
 長門の弁当は量はあったがなくなったのはあっという間だった。かなりうまかった。たいしたもんだ。
 食べ終わるとこれからのことを長門が話し始める。
「放課後、涼宮ハルヒがすぐにここに来る可能性がある。だからあなたはその時間までに屋上に移動して」
 なるほどな。壁をすり抜けられるわけでもないし、先に出とかないとまずいことにはなるかもしれんな。
「そこで『俺』と入れ替わるのか?」
「そう。彼にも伝えてある」
「わかった。じゃあまた後でな」
「後で」
 そう言い残し、長門は再び部屋を出ていく。
 
 ……なんか寂しいな。
 何かしていないと落ち着かない気分になってしまったので、とりあえずお茶を入れてみる。
 ……あんまりおいしくないな。
 やっぱり朝比奈さんのお茶とは比べものにもならないか。
 また朝比奈さんのお茶を飲むことができるのか?いや、もうできないのかもしれないな。
……いかんいかん、暗くなってしまった。
 こんなことばっかり考えててもどうにもならない。
 少し早いかもしれないが屋上に出て風にでも当たるか。天気もいいみたいだし。
 
 簡単に片付けをし、部室を後にする。
 
 いい天気だな。
 太陽の下、タバコでもあればかっこもつくかもしれないな。もちろん吸ったことなどないが。
 けど俺が吸っても似合いそうにないか?間違いなく俺には渋さが足りないしな。
 などと何の意味もないことを、屋上の柵にもたれかかりながら考えていると、突然にドアが開いた。
 いつの間にか授業も終わっていたようで、そのドアから出てきたのは『俺』だった。
 
「よう。すまんな」
俺は右手を軽く上げ、『俺』に呼びかける。
 が、返事はない。というより俺に気付いてないのか?
 どういうことだ?
「フィールドが張ってある。現在あなたの姿は見えない」
 うおっ!……長門か。そういえばそうだったな。
 長門は朝と同じように俺の手をとり、同じように軽く噛みつく。
 どうしても慣れないな……。
「うおっ!お前いたのか」
 『俺』が急に現れた俺に驚く。と言っても俺はずっといたんだがな。
「ああ、だいぶ前からな。それより今日はすまんな」
「だいぶ前?いや、気にするな。ハルヒはもう部室に行ってると思うぞ」
「そうか。じゃあ早く行かないとまたうるさいかもな」
 ははっ、と軽く俺たちは笑う。
 
 あんまりハルヒを待たせるのもよくないだろう。そろそろ行かないとな。
 だが、もしもハルヒと出会うことによって何かが起こり、何かが変わってしまうなら、これが別れになるかもしれない。
 かもしれない?いや、違う。
 なんとなくとしか感じないが、それでもはっきりと確信が持てる。
 もちろん根拠などないが、ハルヒと会うことによって何かが変わってしまうはずだ。
 俺は『俺』としばらく顔を見合わせ、軽く笑う。
「じゃあ、また後でな。行こうぜ、長門」
 だが、長門は首を振る。
「私は行かない。古泉一樹と朝比奈みくるも。二人で話してくるといい」
 長門、ありがとう。
「そっか、何から何までありがとな。……この礼は今度するよ」
「楽しみにしておく」
 じゃあな、長門。お前に何もしてやれなくて本当にすまない。
 そう心の中で別れを告げ、俺は歩き出し背中越しに二人に軽く手を振った後、ドアノブに手をかけ、一気に開く。
 
 背中から風にかき消されてしまいそうな小さな声が、それでもはっきりと聞こえる。
「……さようなら」
 俺はその長門の言葉に振り返ることもできず、そのままドアを閉じた。
 
 
◇◇◇◇◇
 

 


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