学校で二人と別れ、そのまま長門の家に着くまで二人とも口を開くことはなかった。
 
 これから俺はどうなるんだろうか。
 未来から来たというわけでもないってことは、やはりおかしいのは俺の方なのか。そうなんだろうな。
 古泉の言うように俺はハルヒの力によって創られた存在なのだろうか。
 だとしたら俺に帰る場所はない?そのうち消えてしまうさだめなのか?そんなのは嫌だ。
 仕方ない……なんて簡単には思えない。くそっ、どうすりゃいい。何も出来ないのか?
 
 
 
『涼宮ハルヒの交流』
―第三章―
 
 
 
「入って」
「ん?ああ」
 正面に長門の姿。どうやらいつの間にか長門の家に到着していたようだ。
「あまり焦って考えることはない」
 確かにそのとおりなのだろうが。
「すまんな。わかってはいるつもりなんだが」
 まぁあんまり暗い顔してたら長門も気分悪いよな。「いい」
 それにしてもやっぱり長門の家は同じだな。目の前にはいつか見た、いや、いつか見たはずの部屋とほぼ同じ光景がある。
 長門らしいというか何というか。
「何が食べたい?」
 作ってくれるのか?特に食べたい物があるというわけでもないんだがな。
「なんでもいいさ。得意なのはあるか?」
「カレー」
 即答か。やっぱり長門は長門だな。
「じゃあそれでいいか?」
「いい」
 たまに違和感があるが、これはやっぱり俺の知ってる長門に違いないはず。
 これがもしも創られた記憶だっていうならたいしたもんだな。
 ならこれはもう一人の『俺』の記憶と同じなのか?
 あいつも俺と全く同じ経験をしてきたってことになるということか。いや、逆だな。
 ……どちらにしろあっちが本物か。
「できた」
 気が付くと目の前に大盛のカレーが。これは多すぎるんじゃないか、長門。
「お、おう。うまそうだな」
「食べて」
「ああ、いただくよ」
 カレーをスプーンで大きくすくい、口に運ぶ。その動きを長門はじっと見つめる。
 ……そんなに見られると非常に緊張してしまうんだが。
「どう?」
「おいしいぞ」
「そう」
 そう言うと満足したのか長門も食べ始める。
 別に嫌というわけではないが、黙々とカレーを食べ続ける二人。
 これって客観的に見るとかなりすごい光景なんじゃないか?
 
 食後には長門がお茶を出してくれた。
 せめて片付けくらいはしたかったんだが、
「お客さん」
 の一言で断られた。なんか迷惑かけっぱなしだな。
 どうにもこういう間って気まずいんだよな。せめてすることでもあればいいが。
 って、のんびりしてる場合じゃないか。色々と考えないといけないんだよな。
 といっても状況もいまいち把握できてないし、長門にも聞きたいことがあるし、少し休憩としとくか。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
 しばらく一人でゆっくりとお茶を飲んでいると、片付けを終えた長門もやってきてお茶を飲み始めた。
「落ち着いた?」
「ん?ああ、お前のおかげで少しはな」
「そう、良かった。」
 そう言ってゆっくりとお茶を口元に運ぶと、一口飲んだ後で思いがけない言葉を口にする。
「あなたは私に聞きたいことがあるはず」
 え!?……まぁそれはそうなんだが。何から聞いたらいいものか。
 せっかく長門もそう言ってくれていることだし、とりあえず聞けるだけ聞いてみるか。
 
「まず状況を整理したいんだが、いいか?」
「いい」
「宇宙人的でも未来人的でもない、なんらかの力によって俺が二人現れた。
……じゃなくて俺が現れたことで俺が二人になった、が正しいか。で、合ってるか?」
「合ってる」
「で、俺は未来から来たわけでもないから、どこからか来たのではなく造られた人間の可能性が高い。
でも俺がどうして現れたか、俺はどうすればいいかということはわからない、ということだよな?」
「……そう」
 どうすりゃいいかはわからない。
 かといってわかっても困るんだよな。
「しかし問題が解決してしまうと、偽者である俺はおそらく消えてしまうことに――」
「違う」
 長門が少し大きく声をあげ、否定する。
 しかしその様子は怒っているというよりも悲しそう、いや寂しそうだ。
「な、長門……?」
 長門は持っていた湯飲みを音をたてないように静かに置、俺に目を向ける。
「確かにあなたの言うとおり、あなたが造られた人間で、消えてしまうという可能性はある。
しかし、あなたは偽者ではない」
「どういう意味だ?造られたってんなら偽者…だろ?」
 長門はさっきのように寂しそうな表情を浮かべ、わずかに視線を下に落とす。
 そして、再び俺に目を合わせ、はっきりと言う。
「私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス」
 ――ッ!!……そうだな。
 そこでハッと気付く。そうだ。長門の言うとおりだ。
「……すまん。忘れてた。長門も、同じなんだな」
「そう。私も造られた存在。しかし私は私。偽者などではない。
あなたは確かに彼と非常に良く似た存在。でもあなたはあなた。彼ではない」
 言われてみればそのとおりだ。俺は俺であって『俺』とは違う。
 例え全く同じだったとしてもこうして今は別々に存在してるんだからそれは違うもののはずだ。
 今は一人の人間として俺はここにいる。
「ありがとう、長門。それと、本当にすまん」
「わかってもらえたならいい。気にしない」
 長門のおかげだろう。少し楽になった気がする。
 迷惑かけっぱなしだな。まったく。
 
 長門は何事もなかったかのように、再びお茶に手をつける。
 今回に限らずいつもいつも世話になってるわけだし何か恩返しの一つでもしたいものなんだが。
 残念ながら何も思いつかん。
 俺ができることはこの状況の解決に協力するくらいか。
「おそらくだが、俺かあいつが何かをすれば元に戻るんじゃないかと思うんだが、長門はどう思う?」
「たぶんそう。そしてすることがあるならば、それはあなた」
 ……そうか。
 俺は何かをするためにここに現れたのかもしれないな。
 ……とはいっても何をすればいいものか。
「長門は、原因についてどう思う?」
「詳しくはわからない。おそらく涼宮ハルヒが関わっていると思われる」
 そうなんだろうが……、
「ハルヒの力が使われた気配はないって言ってなかったか?」
「全くないわけではない。それについては古泉一樹の言ったとおり」
 なるほど。大きくはないが、常にハルヒの力は感じられるってことか。
 なら今回はまさに異常事態だな。
「そうでないことはあり得るにしても、古泉の説が正しい可能性が高いってことか」
「そう」
 古泉の言ったとおりだとしたら、やっぱり俺はここにいてはいけない存在なのかもな。
「俺は……どうすればいい」
「あなたの思うとおりにすればいい」
 長門は答えを示すことはなく、はっきりとしない言い方をする。
 しかし、できることがあるならばやりたいと思う。
 何かあるならばそれを教えてもらいたいと思う。
「あまり判断を急ぐべきではない」
「どういう意味だ?」
 長門は無表情のまま答える。
「むやみにあなたを危機にさらすことを私は望まない」
 そうだった。
 これが解決すると俺は消える、つまり死ぬことになってしまうかもしれないんだった。
 ならどうすりゃいい。何もやらなけりゃいいってのか?いや、それは違うはずだ。
 でも……死にたくはない。けど、覚悟を決めないといけないのか?そんなに簡単にはいかないぜ。
「焦ることはない。ゆっくりでいい」
 ここにきて、長門が俺に気をつかってくれていることがはっきりとわかった。
 思い返してみれば、一言一言が、優しさに溢れていたことが感じられる。
 ありがとう。長門。
「すまんな。迷惑ばかりかけて」
「いい。」
 おそらく長門はこの事態の早い解決を望んでいる。
 そして、そのうえで俺が動揺しないように言葉を選んでくれている。
 長門の力になりたいと思う。何かできることがあるならやりたいと思う。
「俺に、できることはあるか?」
 でも、正直言うとものすごく怖い。
 長門からは見えないだろうが、さっきから足は震えっぱなしだ。
 まぁこの顔色を見れば一目瞭然かもしれないが。
「先ほども言ったように、あなたのしたいようにすればいい」
 俺に何ができる?
 できることと言えば、ハルヒと話をすることか?何か原因がわかるかもしれない。
 
 そのためには、
「長門、もう一人の『俺』と連絡はとれるよな?」
「とれる」
「明日、少しばかり変わってもらってハルヒに会ってみようと思う」
 だが、長門はすぐに電話を貸してくれず、他の方法を示す。
「あなたには何もしないという選択肢もある」
「長門?」
「確かに今の状態は不安定。あなたもいつどうなるかわからない。明日には消えてしまうこともあり得る。
しかし、そのときまでここで私と生活するということもできる」
 ここで長門とひっそりと暮らすってことか。確かに悪くはないかもしれん。
 けどその生活はいつか急に終わってしまうのだろう。
 それも俺の意思とは無関係に。
 もちろんハルヒと会ったからって何かができるとは限らない。
 けどそんなこと言ってこのまま長門に甘えてたんじゃ俺はもっと何もできなくなってしまう。
 それに……いや、それとは別かもしれない。
「確かにそれも悪くはないかもしれん。それでも……」
 
 それでも、俺はハルヒに会いたい。
 
「電話を貸してくれないか?」
「いいの?」
「……ああ、頼む」
 長門は頷き、俺に携帯電話を渡す。
 
 5回ほどのコール音の後に、『俺』の声が聞こえる。
『どうした?長門』
「……すまん、俺だ」
『ああ、おまえか。何かわかったのか?』
「いや、たいした進展はない。少しばかり頼みごとがあって電話したわけだ」
『……あんまり無茶は言うなよ』
 やっぱり『俺』も不安があるみたいだな。そりゃそうか。
「言わねえよ。……明日ハルヒと話をさせてもらえないか?」
『一日変わればいいのか?』
「それでもいいが、部活の時間だけでもかまわん。いいか?」
『そうだな……。俺もハルヒの様子は少し見ておきたいから、部活の前に交代するってことにしよう』
「頼む。助かるぜ」
 これでとりあえず明日ハルヒに会うことができる。
 ハルヒに会えばきっと何かわかるはずだ。
『そのくらい構わないさ。……けど、お前はいいのか?別に無理することはないんだぜ』
 『俺』も気をつかってくれているんだな。まるで俺じゃないように感じるぜ。
「気にするな。もう気持ちの整理はついた」
 これは嘘だ。
 怖くてたまらん。
『そうか。ならいいが』
「じゃあ明日は頼むぜ」
 そう言うと『俺』からの返事も待たず、電話を切った。
 
 長門に電話を返し、『俺』とのやりとりを説明する。
「すまんな」
「何?」
「色々と気をつかってくれたのに、断っちまって」
「いい。それにさっきのは私の……」
「……私の、何だ?」
「なんでもない」
 微かに首を横に振りながら答える。
 ひょっとしたら、ここで俺と過ごすことを長門も望んでいてくれたのか?
 なら……、
「ならなおさらだ。勝手ばかりやってすまん」
 長門は再び小さく首を振る。
「いい。あなたのしたいようにするのが一番」
「ありがとう、長門。」
 
 その後、疲れもあり、少し早めに眠ることに。
 長門の後に俺が風呂に入らせてもらうことになった。
 風呂から出てくると、長門はかつて俺が三年間眠っていた部屋に布団を二組敷いている。
 ――って、二組?長門?
 しかも近っ!そんなピッタリにくっつけられると……
「一人がいい?」
「いや、そういうことじゃ……」
 ないんだが。
「なら問題ない」
 いやいや、ありまくりだろ。
 とは言っても昔は朝比奈さんとここで二人で寝たことがあるわけだし。
 長門にはこれが普通なのか?いやいや、そんな馬鹿な。
 
 ま、まぁ別に嫌なわけじゃないし。どちらかというと……嬉しい?それに、たぶんだいじょうぶだろ。
 何がだ。
 などと自分にツッコミを入れていると
「できた」
 と、突然声をかけられ少し驚く。
「おわっ、ああ、ありがとう」
 くそっ、びっくりして変な声が出ちまった。
「もう寝る?」
「そうだな、そうさせてもらうよ。おやすみ」
「……おやすみ」
 ……何だ?今の間は。いや、気にするな。気にしちゃだめだ。意味なんかないはずだ。
 落ち着け、クールになれキョン。だいじょうぶだ。何もしない。何もしない。
 
 幸せか不幸せか、たぶん疲れのせいだろうが、電気を消すとすぐに激しい睡魔がやってきた。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
 ここは……?
 夜中にふと目が覚める。
 ここは俺の家じゃないな。どこだ?……そうか、長門の家に泊まってるんだっけ。
 顔を横に向けてみると、眠っている長門の顔が見える。どうやら今日のことは夢じゃなかったみたいだな。
 何時だかわからんがまだ夜明けまでは時間があるようだ。もう一眠りするか。
 
 ってダメだ。全く眠れん。
 おそらくさっきは相当に疲れていたからなんだろうが、一旦目が覚めると色々と気になってしまう。
 いや、断じて言っておくが、隣に長門がいるからドキドキしてるなんとことはないぞ。
 
 ……すまん、嘘だ。それもある。それももちろんあるんだが。
 今日あったこと、それから明日のこと、これから俺はどうなってしまうのか。
 
 体が震えてきた。
 いちおうの覚悟はできてたつもりだったんだがな。そうカッコ良くはいかないみたいだ。
 俺は……やっぱ死ぬのかな。
 死にたくねえな。
 ここにきて怖い。
 もしかしたらSOS団のみんなとも明日にはお別れってことになるかもしれないんだよな。
 ……ハルヒとも。
 けどハルヒは俺のことなんか知らないんだよな。そう考えると寂しいな。
 
 他のみんなにはともかく、ハルヒにはお別れの挨拶もできないわけか。
 たとえできたとしても実際に言えるかどうかは微妙だな。その時がきたらびびってしまいそうだ。
 それでも……ハルヒに会いたい。
 明日、か。
 明日ハルヒに会うことで、そのせいでハルヒと別れることになるかもしれない。会わない方がいいのかもしれない。
 けどこのままハルヒに会うこともできずに消えてしまうなんてもっとごめんだ。
 
 気がつくと目の端から涙がこぼれ落ちていた。
 くそっ、それでもこの気持ちはどうにもならない。
「だいじょうぶ?」
「えっ?……ああ」
 突然隣から声がかかる。
「泣いている?」
「だいじょうぶだ。起こしちまったみたいだな。すまん」
「泣いてもいい。むしろそれが普通」
 そういって長門は布団の中で俺の手を繋いだ。
 あたたかいな。恐怖心が少し和らいでいく。
 
 
「俺のことを知っているのは3人だけ、他の人は俺がいることなんて誰も知らない。
ハルヒにも朝比奈さんにも知られることなく、俺は消えていくんだよな」
 少しの沈黙。
「あなたが望むなら、あなたのことを涼宮ハルヒに伝えてもかまわない」
 なんだって?そんなことしたら……、
「なにかとんでもないことが起きてしまうんじゃいのか?」
「その可能性は高い」
「なら、どうして?」
「私は言った。あなたのしたいようにすればいい、と。後は私がなんとかする」
 
 長門はそこまで俺のことを心配してくれているのか。確かにそれはありがたいが、
「そんな。……長門に迷惑をかけてまでそんなわがままはできない」
「わがままではない」
 なんでだ?これは俺だけの都合だろ?
「涼宮ハルヒから自律進化のための情報を得たいというのは我々の都合。それをあなたに強制はできない。
だからあなたも自分の都合で好きなようにすればいい」
 言ってることはわからないでもないが、
「それで世界がめちゃくちゃになるとしても、か?」
「先ほど言った。……私がなんとかする」
 そっか。ありがとう長門。それでもさすがに俺にはそこまでする勇気がない。
 
「わかった。けど俺にはそれはできない。お前に迷惑ばっかりかけるわけにもいかないしな。
だからハルヒにも俺のことを話したりしない。けど、一つ頼みがある」
「何?」
「俺が消えてしまうことになっても俺のことをずっと忘れないでいてほしい。
そして、いつか全てが終わって何も問題ない時がきたら俺のことをハルヒに伝えてほしい」
 
…………
……
 
 返事がない、ただのしかばねのようだ。……じゃなくてどうした長門?
「な、長門……?」
 何かあったのか?まさか寝ちまったんじゃ。
「……頼みが二つになっている」
 あっ、しまった。ははっ。
 と、思わず笑っちまった。
「すまん、じゃあ頼みは二つってことで」
「わかった」
 心なしか長門も笑っている気がしないでもない。
「私はあなたのことをずっと忘れない。……ずっと」
 そうか、長門がずっとというならそれはずっとなんだろうな。
「このまま、手繋いだままで寝ていいか?」
「いい」
「そっか、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
 

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最終更新:2021年11月14日 02:03