屋上に出てきてからどれくらい経っただろう。
もうすでにかなり経った気がしないでもないが、こういうときは想像以上に時間が長く感じてしまうものだ。
それにしても一体何が起こっているんだ?
俺がもう一人いる!?どういうことだ?どこからか現れたのか?
一番ありえるのは未来から来たということだろう。となると朝比奈さんがらみか?
大きい朝比奈さんか?
とにかく少しばかりややこしい事態になっているようだな。
と、そこで屋上のドアが開かれた。
「古泉、……と俺か」
『涼宮ハルヒの交流』
―第二章―
古泉ともう一人の『俺』が屋上に出てくる。
「おや、あまり驚いていないようですね」
「さっき声が聞こえたからな。そうだろうと思っていた。もちろん最初は慌てたが」
俺は『俺』の方を向き、古泉に尋ねる。
「で、そっちの『俺』は未来から来たのか?」
「な、それはお前の方じゃないのか?」
俺の質問に『俺』が声を荒げる。
「やはりそうですか……」
古泉が呟くように口を開いた。
「古泉、どういうことだ?」
「僕も初めはそう思いました。あなたが二人いるということは、どちらかが未来から来たのだろう。
だとすると、どちらかはあなたがこの時間に二人いるということを当然知っているはず、と。
しかし、あなたとは部室に向かう際に、こちらのあなたとは今ここに来る際に少し話をしましたが、
どちらのあなたにもそのような様子は見られませんでしたから、そういうこともあるかとは思いました。
いちおう確認しますが、あなたも違うのですよね?」
もちろん俺も未来から来た、なんてことはない。
「つまり俺もそっちの『俺』も未来から来たというわけではない、ということか」
「おそらくは。ちなみに今日がいつかはご存知ですか?」
「今日?ご存知も何もG.W明けの憂鬱な月曜日だろ。……まさか、違うのか!?」
「いえ、そのとおりです。ということは未来から無理矢理に連れてこられたということもないようですね」
静観していた『俺』が口を挟む。
「そっちの俺が嘘を吐いている、ということはなさそうか?」
「おそらくそれはないかと。あなたも嘘は苦手でしょう?僕なら簡単に見破れます」
「……なんか複雑だな」
『俺』は苦笑いを浮かべている。
「じゃあどういうことなんだろうな。古泉はどう思うんだ?」
古泉はお手上げといったポーズをとる。
「正直言ってさっぱりです。ひょっとすると涼宮さんの力が関係しているのかも、という程度です」
「どういうことだ?ハルヒの力が働けばわかるんじゃないのか?」
「厳密に言いますと、涼宮さんの力は無視できるレベルにおいては常に働いている、とも言えます。
そうですね、例えて言うなら我々がまばたきをするようなものです。
まばたきの際には無意識に一瞬目をつぶりますが、普通はそれによって何かが起こることはありません。
そのレベルで涼宮さんは無意識的にいつも力を使っていると言える、ということです」
「それはまずいことなのか?」
「いえ、それによって何かに影響が出たことは、我々の知る限り今までは一度もありません」
「なら問題ないんじゃないか?」
「あくまでも『我々が知る限り』『今まで』ということです」
「なるほどな。知らない範囲で起きている可能性は完全に否定はできないということか」
「そういうことです。僕としてはまずありえないと思うのですが……、他には思い付きません」
そういって残念そうに笑う。
「ちなみにそれだとお前はどう思うんだ?」
『俺』が古泉に尋ねる。
「何らかの理由によって、あなたが二人いて欲しい、と涼宮さんが思ったのではないでしょうか」
「さっき俺が役立たずと思いっきり罵られていたからか?」
『俺』はひきつったような笑みを浮かべている。
「二人で一人前ということですか。それはまた面白いですね」
いや、面白くないし、全く笑えん。が、
「ということは俺が一人前になれば全て解決ということだな」
そのとき後ろから突然もう一人声が加わる。
「そうではない」
「「な、長門!?」」
俺と『俺』は声を合わせて振り返る。
「ああ、長門さんには後で屋上に来てもらえるよう頼んでおきました。どうにも僕の手に余りそうだったので。
ところで、違うとはどういうことでしょう?仮定が間違いということでしょうか?」
「そういう意味ではない」
「と、言いますと?」
「それで解決とは言えない」
「どういうことでしょう?……長門さんの考えを聞かせてもらえますか?」
と、手で長門の発言を促す。
「最初に言っておく。これは情報統合思念体によって起こされた現象ではない。情報統合思念体は無関係。
そして、ここにいる二人は異時間同位体ではない。つまり別の人間」
「つまり宇宙人も未来人も関係していないということですか……。なるほど」
「以上のことからこれは涼宮ハルヒによって引き起こされたものと推測できる。ただし断定はできない。
その理由は我々にも涼宮ハルヒの力の発現が確認できなかったから」
つまり消去方でハルヒの力というわけか。
「そう」
古泉は言いづらそうに長門に尋ねる。
「ところで……言い方が非常に難しいのですが。長門さんにはどちらが本来の彼かわかりますか?
いえ、本来のというよりも……我々の知る彼、と言うべきでしょうか?」
「それはどっちが本物か、って意味か?」
『俺』がすぐに古泉に確認する。
「……すいません。乱暴な言い方をするとそうなります」
古泉が本当に申し訳なさそうな顔を浮かべたので、俺は慌ててフォローする。
「いや、謝ることはない。俺たちも気になるし。な?」
「ああ」
と、『俺』も頷く。
とは言ってみたものの正直言って気が気じゃない。
まさか、俺が偽者なんてことはないよな。長門が間違えることはないだろうし。頼むぜ、長門。
俺たち二人に交互に視線を合わせた後、
「どちらが本物かという意味においては判断ができない」
「どういうことでしょう?」
「我々が今まで共に過ごしてきた方を本物とする根拠がない」
「なるほど。我々がよく知るからといって、そちらの彼がが本物とは限らない、ということですか」
「そう」
「では、今まで一緒にいた彼がどちらかというのはわかるのでしょうか?」
「わかる。……今まで一年間我々と共に過ごしてきたのはあなた」
長門はそう言い『俺』の方に向き直る。
「――っ、えっ!?」
俺……じゃないのか?
じゃあ、俺は?
……偽者?
偽者なのか?
ハルヒの力で生まれた、偽者?
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!なんでだよ!」
もう何が何だかわからない。
そんな馬鹿な。
俺は昨日までもSOS団の一人として、みんなと過ごしてきたはずだ。
そして今日もさっきまで教室で授業を受けていた。クラスメイトとも会った。ハルヒとも話をした。
「落ち着いてください!別にあなたが偽者と言っているわけじゃありません」
「言ってるだろ!じゃあ俺はなんなんだよ。この記憶は嘘だっていうのかよ!どうなってんだよ!」
頭に血が上り、思わず古泉に詰め寄る。
「そ、それは……」
そのとき後ろから俺の手がギュッと握られる。
「落ち着いて。……お願い」
「な、……長門」
ハッと我に返る。
長門はじっと俺の目を見つめてくる。悲しいが、優しい目だ。
……こんな長門の目を見たのは初めてだな。
初めて……か。
「す、すまん。古泉」
「いいえ。僕が変なことを聞いたせいです。本当にすいません」
古泉は本当に申し訳なさそうな様子だ。
別に古泉が悪いわけじゃないんだけどな。
「……いや、俺も知りたいと言ったわけだし。それに、大事なことだろ」
二人して黙り込んでしまったところに『俺』が申し訳なさそうに話を続ける。
「……長門、結局どうなっていてどうすればいいかわかるか?」
無神経なやつだな。と、少し思ったが、このままの空気は正直きつかったので実際には助かった。
まぁ、俺だしな。多少の無神経は仕方がないか。
「わからない。可能性としては古泉一樹の言ったこともあり得る」
「ならとりあえず何らかの方法でハルヒを満足させてやれば問題はないんじゃないか?」
「問題はある」
「なんでだ?この事態をおさめるにはそれしかないと思うんだが」
「違いますよ。……この事態をおさめることに少しばかり問題があるのです」
古泉が慌てて口を挟む。
どういうことだ?
少しばかり考えごとをしていたら話に全くついていけなくなっちまったぜ。参ったな。
とはいっても『俺』もついていけてないみたいだがな。
「何の問題があるんだ?」
再び尋ねている。古泉は長門と顔を見合わせた後、ゆっくりと話す。
「これが解決すると、彼が……消える可能性があります」
「どういう意味だ?」
「もし彼がどこかから来たのであればそこに帰るだけでしょうが、そうでないならば……」
「あっ!……」
『俺』の顔色が変わる。
そうだな。二人いてそれを一人に戻すということは俺が消えるってことになるか。
……死ぬってことになるんだよな。
『俺』が慌てて俺の方を向いて言う。
「……すまん」
「いや、気にするな」
また沈黙が訪れる。
「もちろんそうでないという可能性もあります。
例えばあなたが涼宮さんの力によってパラレルワールドからやって来たというのもあり得ることですし、
逆に涼宮さんの力によってあなた以外の全てが創り変えられたということも無いとは言いきれません」
可能性か。確かにそうなんだろうが。
「でも、お前はその可能性は低いと思うんだよな?」
「……すいません」
「いや、気にするな。お前が謝ることじゃない」
とりあえずこれからどうするかが問題だな。
「古泉、なら俺はどうしたらいい?」
「そうですね。ずっとこのままでいるというわけにはいかないでしょうが、少し様子を見ましょう。
あなたにも考える時間が要りようかと」
そうだな。まだ頭の中がごちゃごちゃしてよくわからん。
「とりあえず、ゆっくりと息をつけて考えたい」
このまま『俺』と顔を合わせてたんじゃ、なんとなく落ち着かん。
家に帰ってからじっくりと考えることにするか。
……ん、家?
「あなたは家には帰れない。私のところに」
確かに俺が二人帰ると家の中がとんでもないことになってしまうな。
「そうだな、そうするしかないか」
「そう」
長門は微かに頷く。
「けどいいのか?迷惑じゃないか?」
「ない。他に行きたい所でも?」
「いや、そういうわけじゃない。もちろんありがたい」
「なら問題ない」
結局また長門の世話になっちまうみたいだな。
「では今日のところはこのくらいにしておきますか。僕もこれからのことを考えておきます」
「ああ、頼むぜ。何かわかったらよろしくな」
「帰る」
と言って歩き出した長門に従いその場を後にする。
「俺もできるだけのことはしたいと思う。できることがあれば言ってくれ」
『俺』が後ろから声をかける。
「色々とめんどくさそうなことになってすまんな。何かあれば言うことにするさ」
◇◇◇◇◇