長門の家はここ一年(実時間で図るとおよそ4年だが)の間に何回か訪れている。
が。
この感情の起伏が激しく、普通の人間並みな趣向を持ち合わせているらしい『新・長門有希』の家に行くのは、紛れも無くはじめてである。
どんな風な家になってるのか、非常に楽しみだったりする。
・・・ま、コタツに本棚だけかもしれんが。
そして通された、例によって一人で住むような物件じゃない、駅前の高級マンション。
オートロックの扉を開け、なんだか小奇麗なエレベーターに乗り込み、7階で降り、てくてくと長門の後ろを着いていくと、あの見慣れた長門の家の玄関扉の前へと到着した。
「待って。鍵あける」
所謂ディンプルキーを取り出し鍵穴に突っ込み、扉を開け
「入って」
もちろん入る俺。
案の定、俺の知っている長門の家ではないようだ。
玄関のたたきには、恐らく別な日にでも履くであろう何種類かのローファーと、オフ用と思われる有名メーカー製スニーカーがいくつか。おっと何故かジャングルブーツまで置いてあるな。上がり口には青色の足ふきマット、
一人暮らしで使うにはいささか大きすぎる靴箱の上には何処かの観光地で売ってそうな小さな油絵と人形、そして芳香剤。
極々普通の家の玄関だ。
「どうしたの?」
「あ、いやなんでもない」
「そう」
ととっと靴を脱いだ長門は、俺が脱ぎはじめるのを待つことなく廊下を先に進み、洗面所に消えた。
宇宙人とて手は洗うんだな。
どれ、俺もいっちょ洗わせていただくとしますか。
「ちゃんと綺麗に。最低でも10秒以上かけて、手首までちゃんと洗って」
と、俺と入れ違いざまに言い洗面所を後にした長門。
洗面所で靴下を脱いだようで、非っ常に珍しいことに素足だ。・・・カメラカメラ。
すらりと白い足が制服のスカートに吸い込まれ・・・内太股が・・・
「・・・えっち」
ああ、俺はエッチだよ。
 
さて。
無事にちゃんと手首まで手を洗ってリビングに通された俺。
やっぱりここも様子が違う。
変化してないのは、恐らく万年ゴタツと化しているであろうコタツぐらいだった。
「心配ない。週一回はカバーと中身を洗って干している」
とは長門の弁だが、そこまでするならそろそろ片付けてもいいんじゃないか?
もう夏も近いしさ。
「片付けるのが面倒くさい・・・こともないけれど、あったほうが落ち着く」
「暑くないか?」
「気にしない」
そうかい。
まあエアコンはあるし、暑さについては別に気にはならんのだろうね。
「・・・なんか、そわそわしているようだけど。どうしたの?」
長門は冷蔵庫から持ってきたばかりのアイスコーヒーを二人ぶんのグラスに注ぎつつ訊いて来た。
「そう・・・だな。俺と古泉(と喜緑さん)が持っている記憶では、長門の部屋はもっと殺風景だったんだ。だから今ちょっと驚いてる」
「殺風景ってどんな風に?」
興味津々のようだ。
「このコタツと、カーテンと本棚しかなかった」
「へぇっ」
長門はクスッと笑い
「その私、相当根暗だった?」
「根暗・・・というか、顔から殆ど何も読み取れなかった。感情もへったくれも生まれたときから持ち合わせて無い、ってツラだったからな」
「意思疎通に苦労した?」
「いや、そうでもないぜ。大体こっちの言わんとすることは俺が何も言わなくても理解してくれたし、長門もなるべく俺たちみたいなバカでもわかりやすいように話してくれた・・・が」
「が?」
「殆ど機械みたいな話し方だったな。言語基体がプログラミング言語か何かだったんじゃないかな」
「あははっ」
そりゃないよ、と長門が笑い始めた。嘘だろ?、いや嘘じゃないな。もうこれが真実になってるんだっけ。
「そんなに私が笑うのが変?ふふっ、酷いな」
ああ変だ。少なくとも俺にとってはな。でも・・・
自然だ。
今までこうしてずっと笑ってきたんだろうな。『この』長門は。
俺の記憶には全く無いけどさ。
「そういや、テレビ持ってるんだな」
「当たり前。まあ殆ど映画だけを見ているようなものだけど」
テレビも高そうだ。40インチ以上ある液晶テレビに、DVDプレイヤー、AVアンプ、スピーカー・・・おっ、ゲーム機までありやがる。
「それ何処で買った?」
「埋田のヨドヤバシカメラで並んで買った。そこのAVアンプは三本橋で買って、DVDプレーヤーは当たった。ちなみにテレビはラヴィ(´・ω・`)2なにわで、台は近くのホームセンターコナンで」
バーロー、いや違った。なんか凄いこの星の生活を謳歌しているようだな、長門。
「あたりまえ。この星にはいろんなものがある。私が知らないものもまだ一杯・・・知的好奇心は絶えない」
「だからお前は本を読むんだな」
「そう。本から得られる知識の量はそれほど問題ではない。書き手の独特な言い回し、登場人物や本の中での世界のあり方。・・・私は、それら全てが新鮮に感じる。本は本当に好き。出来ることなら国会図書館に住みたいくらい」
国会議員にでもなるしかないな。あ、あそこって一般の利用者も制限無く使えたんだっけか?
「・・・どうせなら、国会議員になるって言うのもおもしろい。どう思う?キョン」
宇宙人が国会議員か。防衛省や米軍あたりが聞いたら卒倒しそうだな。
「冗談。私は今の状態に十分満足している」
フフッと笑う。悪戯っぽく笑うってのが癖か何かになってるんだな、こいつ。
また可愛いんだこれが。誰かに見せて・・・おっと。これは正直独り占めしておいたほうが良さそうだ。
「近くの市立図書館で十分。それと、藩急埋田ビッグマン下の伊勢国屋」
おお、俺もたまに行くぞそこ。
「・・・長門、どうやら俺とお前は趣味が会いそうだ。CDショップってディスクKKとかだよな?」
「そう。あなたもいくの?」
長門の音楽的趣味ってどんなんだろうな。凄く気になるぜ。
「先週はChildren of BodomのHatebreederを探していた」
なんだ、北欧メタルか。
「洋楽ばっか聴いてるのか?」
「いやそういうわけではない。最近の趣向は北欧メタルもといネオクラシカルメタルとかメロディアスデスメタルだけど」
以外や以外。ってこいつがデス声で歌ってる姿、全然想像できないんだが。
「歌わない。聴くだけ。歌うのもあるけれど。・・・例えば、InflamesのDeadEndの女性パートとか、それと同じアルバムに入っているCome Clarityだとか」
「持ち歌はそれ以外に何かあるの?」
「・・・洋楽なら、ラモーンズのSomebody Put Something in My Drinkとか、ブリトニーのOops i did it againとか・・・」
それってどっちもチルボドのアルバムの日本盤のボーナストラックに入ってるな、そういや。
「・・・ばれた?・・・私は今Children of Bodomのファン」
なるほど。
「じゃあコンサートとかには行くのか?」
「・・・来日したら、行きたい。あと、それだけじゃなくてシカゴと・・・ハロウィンとかRammsteinも聴く」
「Rammsteinって、あの暑苦しい男達だけの・・・一歩間違えばあっち方向に向きそうなバンドだよな?」
「そう。・・・セカンドギターのパウルのファンだっだりもする」
やけにマニアックだな。俺ならティルかリヒャルトあたりをとるが。・・・まあとるならの話であって、何度も言うが俺にソッチ系の属性は無い。
「・・・あのおでこが良い」
恥ずかしそうにボソッと言った。
そうか、お前はデコっぱち属性に萌えるのか。
「そういうわけではない。第一あなたにデコっぱち属性は無い」
そりゃ無いよ。まだ禿げるような兆候は一切出て・・・

「あっ・・・!その、忘れて。今のは。・・・そうそう、持ち歌は洋楽だけじゃない」
「筋肉少女帯の踊るダメ人間とか・・・ああ、野猿もいくつか。あと、アニソンのレパートリーも広い。あ、あ、あと、浪速の方まで行くことはある?」
何か焦ってるな、長門。
浪速か・・・身同筋線で埋田から230円?高いんだよな。あまり行った事が無いな。
「埋田からタダで行く方法がある」
ほう。
「詳しく聞かせてくれ、長門」
「大阪駅のガード下・・・昔ソボマップが入ってたところに近い場所・・・ああ、そのGARAの入り口に近いガード下、ってわかる?」
「ああ。何処かのホテルの送迎バスとかが出てる場所だっけ?」
「そう。そこからラヴィ(´・ω・`)2なにわ行きの無料送迎バスが出てる。およそ30分間隔で」
「それって帰るときとかに、ちゃんと店で品物買ったかチェックされるんじゃないのか?」
ちっちっちっ、と長門は某液体金属機械人間のように指をふり、
「そういう送迎の場合、ちゃんとした営業免許を取らなきゃならない。でも、お金がかかるし第一臨時扱いのものだから、営業免許を取っていない。だから、タダ。チェックもされない」
凄いいいことを聞いた。なにわまで出る往復460円分が浮くことになる。
「なぁ、こんど一緒になにわの方行かないか?」
「是非行こう。色々案内する」
長門は目を爛々と輝かせて俺の顔を見つめてきた。
おい、そんなに見つめるな。こっちが赤くなっちまう。
「ご、ごめん」
俺が赤くなる前に長門が茹で上がったな。なんだかこうやって長門をからかうのも新鮮だ。
「そう?」
ああ。
「そ、そう」
と恥ずかしそうに俯きながら長門は結構高そうな腕時計を外してくるくる回し始めた。
視ないで回すなんて器用な奴だ。
・・・あれ?
そういや長門って何でこんな高そうな物買えるんだろ。
得意の情報操作って奴で財布の中身まで操作してるのか?
「お金って稼いでるのか?それとも情報操作でもしてるのか?」
それとも誰かから貰っているのか。
暮らしぶりを見る限り、そんなに不自由な生活は送っていないようだが。
「・・・聞きたい?」
「ああ。ずっと気になってたんだ」
「・・・デイトレ」
長門はそっけなく言った。
「通帳見る?」
見たいね。っていうか宇宙人でも銀行は利用するのか。
長門はカバンからごそごそと通帳を取り出し、俺の方にすっと差し出した。
ええと・・・
いちじゅうひゃくせん・・・!まん・・・おく・・・
「・・・おっくせんまん」
だ。おっくせんまんだ。おいおいこりゃあ・・・型落ちの戦闘機なら買えるな、こりゃ?
「・・・いくつかの銀行に分散させてある。合計預金残高は・・・約・・・80億ドル」
おいおい、円じゃなくてドルかよ。正規空母と飛行団揃えてもお釣りが来るぞ。
「・・・ドル建てだけじゃなく、ユーロ建てのもある。・・・あと、別にデイトレだけで稼いだわけではない・・・詳しくはいえないけれど」
そういやテレビ台のとなりに、オブジェのようにいくつかの鉱物の原石が置いてあるな。
・・・まさかダイヤモンド鉱山でも運営しているのか?
いや、これ以上詮索するのはやめておこう。知ったら知ったで後が怖そうだ。
「・・・別に。大丈夫。・・・ただ、鶴屋家と古泉家に比べれば、わずかなもの」
あの二人、もしかして相当な金持ちなのか?
「鶴屋家がくしゃみをすれば、日本経済、果てはアメリカ経済や中国経済まで肺炎を患うことになる。古泉家の方は、家・・・いや、機関全てで見れば、恐らく並みの旧財閥系企業では適わない」
「・・・っじゃ、じゃあ、朝比奈さんはどうなんだ?」
「ごくごく普通」
なんだ。
「・・・期待してた?」
「だってお前ら二人がすごすぎるんだ。・・・じゃあ、ハルヒはどうなんだ?」
「あまり、個人の家のことに首を突っ込むのは良いことじゃない」
と長門はのどの奥でくくくっと笑った。
「・・・知りたい?」
「いや、やめておこう・・・とも思ったが、差し支えなければ教えてくれ」
「・・・わかった。彼女の家庭もごくごく普通。とはいえ、一般家庭から見れば裕福と言われるレベルにあることは確か。厳しいが子供思いの人格者の両親の元に育った、普通の娘・・・だった」
そうなのか。そんなに恵まれてる小娘が、どうしたらあんなひねくれ女になるんだろう。
「4年前に引き起こした情報フレアが、全ての元」
まあ、わかりきってることだわな。しかしだ。
「情報爆発に情報フレア、時間振動・・・一体、あいつは何をやらかしたんだ?」
長門は笑顔のなかに僅かながら真剣なまなざしを挿入した表情で
「・・・あなたも、何れ知るときがくる。それまで・・・待って」
まぁ、これもわかりきってることだ。
何れ、俺も何か見つけ出して自分で答えをだしてやるさ。
「・・・あ、アイスコーヒーどうぞ」
「お、サンキュー」
のどが渇いていたところだ。恩にきるぜ長門。
「砂糖どうする?」
「これ無糖?」
「あたりまえ、私が淹れたから」
なんと。あのペットボトル入りアイスコーヒーとかじゃないのか。
「自分で作れるものは自分で作る」
感服した。どれ、無糖で戴くとしますか。
・・・?
「バニラ?」
「そう。甘くないけど甘い気がするでしょう?」
そういわれてみれば。
「ハワイアンコナコーヒーのバニラマカダミア。コーヒーが好きな人からすれば邪道と思われるかもしれないけれど、私はこれが好き」
「粉コーヒーか。うちでも買ってみるかな。こりゃあホントに美味しいわ」
「粉コーヒー違う。コナコーヒー。Kona Coffee。どぅーゆーあんだすたん?」
「そーりぃ、あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ!」
「話せてる」
「うるさい」
俺たちはお互いの顔を見つめて大爆笑した。
長門。俺は決めた。今の長門が一番良い。
 
「・・・そういえば。もう八時」
と、唐突に長門が壁掛けの時計を見つめて呟いた。
「ご飯食べる?」
「ご馳走してくれるのか?」
「昨日作ったカレーだけど」
ありがたい。ご好意に肖る事にしよう。
「じゃあちょっと米といでくる」
「ああ、俺がやるよ」
長門は両手の人差し指で小さくばつを作り
「だめ。お客さん」
と言い残して対面キッチンへと消えた。
お客さんと言われるも、やっぱり何かしないと落ち着かないぜ。
「・・・じゃあ手伝ってくれる?」
対面キッチンの影でごそごそやっていた長門から言葉が投げかけられる。
喜んで手伝おうじゃないの。
というわけで、晴れて長門の手伝いをさせていただくことになった俺だが、カレーは温めるだけでいいし、
米はといで水入れて炊飯器にぶち込むだけでよかったのでさしてやることはなく、長門がサラダにする水菜を切っている横でキッチン内をそろりと見回しつつ、皿の準備をする俺。
今さらながら気がついたが、長門エプロン姿だな。
「・・・裸エプロン」
おい。俺が想像していることをそのまま言わないでくれ。
「・・・そういえば、何でカレーの付け合せに生野菜がついてくるんだ?カレーの中にだって野菜たくさん入っているだろ?」
そうかもしれないけれど、と長門は言い
「生野菜由来の葉酸をとるのも重要。あとカルシウム補給目的で牛乳も飲むといい。生野菜は嫌い?」
「いや・・・まあ、あまり好んでは食べないかもしれないな」
「でも、なるべくとった方がいい。温野菜だけでは不十分だと、私は考えている」
長門はきり終えた水菜を底が深めの鉢に盛り付け、冷蔵庫から数種類のドレッシングを取り出すと、それらを等分にかけ始めた。
「一種類じゃ不十分?」
「そう。何種類か混ぜた方が美味しい。これは私の経験則」
イタリアンドレッシングか?これは。
「そう。ドレッシングが足りないときは、オリーブオイルに塩といくつかのスパイスを混ぜて代用している。もしくは、ヨーグルトをかけて食べる」
「ヨーグルトぉ??」
「中々いける。試してみる?」
遠慮しておくよ。
「そう・・・。ああ、カレーの火を止めて」
「わかった。でもまだ炊飯器、スイッチ入れたてだぞ?」
「わかっている。カレーもサラダも、暫く置いて味をなじませる」
はて。味がなじむようなものなのだろうか?
「・・・」
どうした長門。
「・・・ごめん。単にご飯を炊き始めるのが、遅すぎただけ」
 
ということでご飯が炊き上がるまで、ひとまずリビングに撤退することにした。
帰宅は遅くなりそうだが、別にいいか。
そういや長門はどんな映画を見てるんだ?
「・・・それとか」
長門が指差した先には、TATUYAの濃紺の袋の上に載った透明なディスクケースが。
何々・・・バルジ大作戦?
「・・・パンツァーリートが良い」
何だそれ。
「戦車乗りの歌。映画では一番しか流れてないけど。あと遠すぎた橋とドイツ版スターリングラードは買った。そこの台の下」
テレビ台の下・・・って、こりゃ凄い量だな。
「あらかたの戦争映画、記録映画は持っている」
「戦争映画好き?」
「・・・言ってしまえばそう。戦争映画はその製作地域ごとの味・・・というか、人間味が反映されている。プロパガンダ映画も見ててある意味面白い」
ほう。・・・あと戦争映画じゃないのもあるな。
「もちろん。最近調達したのは『コンスタンティン』と『リベリオン』。特にリベリオンのガン・カタは・・・その、凄く良い。芸術的」
ああ、良く判るよ。俺もリベリオン大好きだ。コンスタンティンも好きだが・・・
「そういやお前・・・いや宇宙人には神の概念ってあるのか?そもそも神は居るのか?」
教えて欲しいな。居ないんだったらこれ以上おれがテスト前にわざわざ時間潰して神頼みをする必要もなくなるし。
「禁則事項・・・です」
長門はふふっと笑い
「・・・でも、貴方達人間がこのまま順当な進化を遂げるのであれば、その答えは自ずと出てくるはず」
「・・・答えは教えてくれないのか?」
「そういう答えは、自分達で出していくもの。他人に教えられたらつまらない」
同感だな。
 
 
・・・あ、そういえば。すっかり忘れていた。
訊きたいことがあったんだっけ。
「なあ長門」
「何?」
「さっき・・・俺がみるひ(仮)にキスしてたあたりから、なんかお前の様子がおかしくなったけど、どうしてたんだ?」
あれ?
さっきまで柔和な顔だった長門が一変、眼孔に妙な光を湛える鋭いキッとした顔で俺から目をそらし
「・・・なんでもない。気にしないで」
と答えた。
なんでもないことは無いだろう。
「・・・鈍感。・・・いや、なんでもない。忘れて・・・。あと、その話はなるべくしないで」
ますます機嫌悪そうな声になる長門。
そうだな。俺は鈍感だ。
どう鈍感なのかは知らないが、色んな奴から言われるよ。
ってあれ?長門が視界から消えた。
と思ったら俺の真横に居た。
瞬間移動しやがったのか。
はたまた、ザ・ワールドでもしやがったのか。
「違う。その・・・私を不機嫌にした罰」
「罰?」
「抱き締めなさい」
いきなりのハルヒ節が炸裂。長門の口からそんな台詞が聞けるとは。
「・・・嫌?」
嫌なことは無い。むしろこれでもかってくらい喜ばしい。
って俺日本語おかしいぜ。
「早く・・・お願い」
甘い声を出さないでくれ。マイ・サンが反応しちまう。
長門でもこんなこと言うんだなぁ。

長門の髪、うなじをひとなでする。
かすかにシャンプー(スタイリング剤か?)の良い匂いがする。
俺は先ほどと同じように、優しく、だがしっかり、耳まで真っ赤になった長門を抱きしめ・・・

 

ようと思ったんだが、何故か長門は両手で俺の腕を掴み
「・・・ごめん」
と囁いた。
おいおい、そりゃ無いぞ長門。
「・・・ごめん。今は・・その」
・・・鈍感な俺だが、今の長門の行動は何処と無く理解できる。
俺がこれ以上抱きしめてしまうと、もう納まりがつかなくなるかもしれない、ってことだろうと俺は心の中でひそかに思った。
「・・・ごめん、本当にごめん」
泣くなよ?なんだか泣きそうな声だけどさ。お前に泣かれると俺まで泣いちまいそうだよ。
・・・長門。わかってるよ。だから・・・さ
「長門」
「・・・なに」
「メシ、食おうぜ。腹へってしょうがない」
 
俺たちが問答している時間が結構長かったのか、それとも単に早炊きモードだったのかは知らんが、ご飯はもう炊き上がっていた。
せっせとご飯をもり、カレーをかける長門はあのさっきまでの長門に戻っていた。よかったよかった。
・・・よかったのか?俺。
「キョン」
「なんだ」
「さっきのことは・・・その、忘れて」
「判ってるよ」
覚えておいてもあとあと俺と長門の関係にしこりを残す気がするだけだ。きっぱりさっぱり忘れるよ。
「・・・ありがとう」
何処と無くさびしそうな気配を見せたが、すっとそれを隠した長門は再び微笑を湛えた顔に戻り
「さ、食べよう」
と天使のように笑いかけた。
 
長門カレー。
こいつの家でカレーを食ったことはあったが、謎の巨大カレー缶詰から出された既製品だったな。
手作りは初めてだ。
「・・・?以前も作って、出したはず」
なんだ、長門の中の記憶では俺は既に長門カレーに舌鼓を打っていたようだ。なんというもったいなさ。どうせなら長門、俺の記憶まで改変してくれたらよかったんだ。
しかしまあ、美味しい。隠し味には何を入れてるんだ?
「・・・知りたい?」
「・・・知りたい」
「・・・軍機」
おいおい。カレーに軍事機密も何も無いだろう。そもそもお前は軍事組織の何かだったのか?
「・・・ここだけの話。海自の護衛艦『こんごう』のレシピを盗用した」
所謂海軍カレーって奴だったのか。これは。
「そう。美味しい?」
こりゃ洋食屋のカレーを超えたな。自由軒なんか目じゃない。
「・・・カレーは、やっぱり普通のカレーが一番」
「だな。・・・で、レシピを」
長門はクスッと猫のように目を瞑って笑い
「・・・実は、隠し味にコーラが入っている」
おい。甘味じゃねえか。
「?よく、カレーの隠し味には甘いものを入れる。りんご、みかん、バナナ・・・ああ、パイナップルも入れることもある。パイナップルは刻まずに、酢豚のような感覚で入れるのがミソ。溶けないようになるべく短時間で作り上げるのもミソ」
・・・なんだか、お前のほかの手料理も食べたくなったぜ。
カレーでこの味だ。肉じゃがなんか俺が卒倒してしまうほど美味かもしれん。
「今度、みんなでうちに来たときに作ろうと思う」
是非、よろしくお願いします。
そうこうしているうちに俺は自分に割り当てられたカレールーとごはん全てを空にし、一通り洗物を手伝ったあと時計を見て驚愕し、帰宅の途につくことになった。
長門、なんかエプロン姿で玄関から見送られると新妻か何かに思えてきちまう。
また萌えるねぇ。・・・あ、言っておくが、おれに人妻属性は無いぞ。
「じゃあまた明日・・・?いや来週?とにかく、また」
じゃあな。長門。
そしておやすみ。
 

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