古泉に連れていかれたあの日、 忘れたくても忘れらんないような悪夢の出来事があったわけだが、
今は断片を思い出すだけでも飛び降りたくなるのでこの話はやめておこう。
まぁ古泉も俺の為を思って、仕事だから嫌々したはずなんだ。
それは十分承知しているが――やっぱり許せん。暫くは目を合わせないでおこう。


季節は春、出掛けるにはもってこいの気候である。
そんなうららかな午後を俺は何故か部室で過ごしていた。
 「今日もいい天気ですね」
俺はあなたの笑顔を見るだけで、今日も最高の一日になりそうですよマイエンジェル。
窓際では既に半置物化している長門が読書をしているし、いつも通りの穏やかな放課後だ。
俺の目の前でニコニコ笑っているであろう地域限定赤球人間はどうでもいい。
 「はい、お茶で――きゃ!」
俺にお茶を手渡そうとした朝比奈さんが何かに躓いて転んでしまった。
そして物理法則に従って、お茶が載ったお盆が俺目掛けて飛んでくる!
 「あっち!」
ひっくり返った湯呑みの中身が俺に降りかかる。
ハルヒが見てないところでドジを踏まなくてもいいんですよ、朝比奈さん。
俺は転んだままの朝比奈さんを起こそうとして椅子から立ったところで、
異変に気づいた。
 「・・・え、キョン、くん?」
朝比奈さんの可愛らしい瞳が見開かれたまま俺を見つめいる。
見つめられるのは一向に構わないが、どうせなら俺が男のときが良かったね。
 「これは想定外でしたね」
地域限定(以下略)が肩をすくめ、長門が無言でこの状況を傍観している。
俺だって思わなかったさ。まさか部室で女に変わっちまうとはね。
古泉が朝比奈さんを起こして椅子に座らせている間、俺は余る袖を捲ったり
ずり落ちないようにベルトを締め直し、第一までボタンを締めてから席についた。
 「・・・とまぁ、こんな訳です」
俺がこれまで事をダイジェストで話すと、朝比奈さんは納得したように頷いた。
 「そうだったんですか。いきなり知らない女の子がいたからびっくりしちゃいました」
ああその愛くるしい笑顔を見れただけで俺は癒されます。
しかし腑に落ちない点がある。
 「でも何で変化したんだ? 湯呑みくらいの量じゃ変わらないはずだろ」
 「恐らく熱湯だったからではないでしょうか。あまりに熱かった為に体がお湯を浴びたと感じた・・・。
  いや温度が高いと少量でもいいという事でしょうか。また試してみましょうか?」
 「断る」
断固拒否だ。お前が俺にした仕打ちを忘れたとは言わせんぞ。
古泉は肩を竦めて首を振って惚けてやがった。この野郎後で覚えてろよ。
まぁこれからは朝比奈さんに気をつけてもらうとして、今はこの状況をどうにかせねばならん。
この部屋にまだ来ていない団長様はHRの終了と同時に教室を飛び出して行ったが、 さて今は一体何処で誰にどんな迷惑行為をしているんだろうね。
団活を休むとは聞いてないので、いつかは来るんだろう。
そして其処に知らない女がいたらどうなるか・・・想像は容易いな。
 「さて、どうしたもんかね」
俺としては一刻も早く男に戻りたいが、頭に冷水をぶっかけないと戻れないという難点があり、
濡れた頭にどんな言い訳をすればいいか思いつかん。タオルもないし。
 「あのぅキョンくんが着替えたらいいんじゃないかな。ほら例えばアレとか」
そう言って朝比奈さんが指差したのは数々のコスプレ衣装が吊り下げられているハンガーラックだった。
なななな何をおっしゃるんですか朝比奈さん!
あれはあなたのような可憐な方が着るからこそいいのであって、 俺のようなゴツい男が着るべきじゃないんですよ。
 「でも今は女の子ですよぉ」
ああ今俺は女でしたか。でも無理ですってマジ!
 「ああ良いかもしれませんね」
お前まで何言ってやがる! ハルヒだけじゃなく朝比奈さんのイエスマンにもなったのか。
 「今の姿は他人から見れば誰もあなたと思わないでしょう。
  むしろサイズが合わない男性用の制服を着ている女性というのに違和感を感じると思います。
  なら木を隠すのなら森の中。女性服を着れば誰も不思議がることはありませんよ」
確かに言いたいことはわかるさ、わかるけど
朝比奈さんが着衣されたメイド服やらナース服なんて着れるかよ!
 「早くしないと涼宮さんが来ちゃいますよ! 大丈夫、着替えならお手伝いしますから」
 「ちょっと!」
 「じゃあ僕は涼宮さんが来ないか廊下で見張ってますね」
 「待てコラ!」
 「心配はいらない。私もサポートする」
 「いつの間に!」
朝比奈さんは天使のような無邪気な笑みで、古泉は心底楽しんでる含み笑いで、 長門は有無を言わせない無表情で、三者三様に俺をじりじりと追いつめていく。
宇宙人と未来人と超能力者から迫られるなんて全宇宙探しても俺だけだな。
だから誰か変わってくれ、光速よりも早く!
 「いいから、大人しくしてくださいね」
 「嫌だああああ!」
抵抗虚しく、俺は無理やり白旗を上げさせられたのだった。


足元がスースーして落ち着かない。よく女性陣はこんなの着れるよな。
 「わぁキョンくん似合ってますよ~。可愛いです」
 「ツインテールもなかなか素敵ですね」
 「・・・ユニーク」
・・・母さん、息子は立派な変態に成り代わってしまいました。
穴があったら入りたい。無ければ今すぐ穴を掘ってでも閉じこもりたい。
 「・・・もうヤダ」
俺は今去年の映画で朝比奈さんが着ていたウェイトレスを着ている。
そうあのスカートの丈がやたら短く、胸元がばっちり開いたあの服だ!
制服は長門が逃げないように関節技を決め、体を固定したところを朝比奈さんが脱がした。
おかけで今日のトランクスと変化した体をばっちり見られてしまった。
古泉? あいつはずっと廊下にいた。薄情者め。
 「次はナース服なんてどうですか?」
 「チャイナドレスを推薦する」
 「カメラは何処にありましたっけ?」
3人は何かすっかり盛り上がってるし。ってかちょっと待て。
朝比奈さん、あくまでハルヒを誤魔化せればいいんですからね?
長門、無表情を装っているがお前絶対楽しんでるだろ! お団子頭なんかやらんぞ。
古泉!俺のあられもない姿を写真に収めてどうするつもりだ!
 「ああハルヒ、早くきてくれー」
こんなにハルヒの到着を待ちわびたことがあっただろうか。
今は無人の団長席をぼんやりと眺めながら、俺は盛大に溜息をついた。



追伸。
その日ついにハルヒは来なかった。
そして3人はハルヒが来ない事を知っていた。


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