γ-1

「もしもし」
山びこのように返ってきたその声は、ハルヒだった。
ハルヒが殊勝にも、「もしもし」なんていうのは珍しいな。
「あんた、風呂入ってるの?」
「ああ、そうだ。エロい想像なんかすんなよ」
「誰もそんな気色悪いことなんかしないわよ!」
「で、何の用だ?」
「あのさ……」
ハルヒは、ためらうように沈黙した。
いつも一方的に用件を言いつけるハルヒらしからぬ態度だ。
「……明日、暇?」
「ああ、特に何の予定もないが」
「じゃあ、いつものところに、9時に集合! 遅れたら罰金!」
ハルヒは、そう叫ぶと一方的に電話を切った。いつものハルヒだ。
さっきの間はいったいなんだったんだろうな?
俺はそれから2分ほど湯船につかってから、風呂を出た。


γ-2

寝巻きを着て部屋に入り、ベッドの上でシャミセンが枕にしていた携帯電話を取り上げてダイヤルする。
相手が出てくるまで、10秒ほどの時間がたった。
「古泉です。ああ、あなたですか。何の御用です?」
俺の用件ぐらい、察してると思ったんだがな。とぼけてるのか?
「今日のあいつら、ありゃ何者だ?」
「そのことなら、長門さんに訊いた方が早いでしょう。僕が話せるのは、橘京子を名乗る人物についてぐらいです」
「それでかまわん」
「彼女は、『機関』の敵対組織の幹部といったところですよ。まあ、敵対とはいっても血みどろの抗争を繰り広げているというわけでもないですが」
「なら、どんなふうに敵対してるってんだ?」
「彼女たちも僕たちも、そうは変わらないんですよ。似たような思想のもとで動いてますが、解釈が違うといいますかね。まあ、幸い、彼女はまだ話が通じる方です。組織の中では穏健派寄りのようですからね。あの朝比奈さん誘拐事件も、彼女の本意ではなかったと思いますよ」
ほう。お前が弁護に回るとはな。
「それはともかくとして、橘京子の動きは僕たちがおさえます。別口の未来人の方は、朝比奈さんに何とかしてもらいましょう」
まあな。朝比奈さん(大)だって、あのいけ好かない野郎に好き勝手させるつもりはないだろう。
「問題は、情報統合思念体製ではない人型端末です。何を考えてるのか、全く読めません。長門さんの手に余るようなことがあれば、厳しい状況ですね」
「長門だけに負担をかけるようなことはしないさ。俺たちでも何かできることはあるだろ」
「僕もできる限りのことはしますよ。でも、万能に近い宇宙存在に比べると、我々はどうしても不利です。こればかりは、いかんともしがたい」

それを覆す切り札がないわけではないがな。
だが、それは諸刃の刃だ。

「ところで、おまえのところにハルヒから連絡がなかったか?」
「いえ、何もありませんでしたが、何か?」
「いや、明日の朝9時に集合って一方的に通告されたんだが」
古泉のところに連絡がないとすれば、どうやら、明日ハルヒのもとに召喚されるのは、俺だけらしいな。
「ほう。デートのお誘いですか? これはこれは。羨ましい限りですね」
「んなわけないだろ。どうせ、俺をこき使うような企みがあるに違いないぜ」
「涼宮さんも、佐々木さんとの遭遇で、気持ちに変化が生じたのかもしれませんよ。奇妙な閉鎖空間については、先日お話ししたかと思いますが」
「あのハルヒに限って、それはありえんね」
「修羅場にならないことを祈りますよ。僕のアルバイトがさらに忙しくなるようなことは避けてほしいですね」
「勝手に言ってろ」

古泉との電話はそれで打ち切られた。
次は、長門だ。
今度は、ワンコールで出た。

「…………」
「俺だ。今日会ったあの宇宙人なんだが」
「彼女は、広域帯宇宙存在の端末機」
即答だった。
「俺たちを雪山で凍死させようとしやがった奴ってことで合ってるか?」
「そう」
「あの宇宙人とは、何らかの意思疎通はできたのか?」
「思考プロセスにアクセスできなかった。彼女の行動原理は不明」
「広域帯宇宙存在とやらの考えも分からんか」
「情報統合思念体は彼らの解析に全力を尽くしているが、成果は出ていない」
「そうか」
このあと、長門は、淡々とした口調でこう告げてきた。
「私は、情報統合思念体から、最大限の警戒態勢をとるよう命じられた」
長門の抑揚のない声が、異様なまでに重く感じられた。


γ-3

ハルヒにこき使われるに違いない明日に備えて寝ようとしたところを、妹が襲撃してきやがった。
しぶしぶ、妹の宿題につきあうこと1時間。
シャミセンと戯れ始めた妹を、シャミセンごと追い出すと、俺はようやく眠りについた。


γ-4

翌、日曜日。
妹のボディプレスで起こされた俺は、朝飯を食って、家を出た。

「遅い! 罰金!」
もはや規定事項となった団長殿の宣告も、今日ばかりは耳に入らなかった。
なぜなら、ハルヒの隣に意外な人物が立っていたからだ。
「なんで、おまえがここにいるんだ?」
ハルヒの隣には、佐々木の姿があった。
「酷いな、キョン。僕がここにいるのがそんなに不思議かい? まあ、驚くのは無理もないが、そんなに驚くことはないじゃないか。昨日、涼宮さんに電話で提案してみたのだよ。昨日会ったのも何か縁だろうから、いろいろと話し合いたいとね」
「あたしも聞きたいことがいろいろとあるし、快諾したってわけ」
ハルヒ。佐々木がお前の電話番号を知っていることを不思議に思わなかったのか?
まあ、橘京子あたりが調べて佐々木に教えたんだろうけどな。
「事情は分かった。だが、なんで俺まで一緒なんだ? 話し合いたいことがあるなら、二人で話し合えばいいことだろ?」
「キョン、君は相変わらずだね。この調子じゃ、涼宮さんもだいぶ苦労してるんじゃないかな」
待て。なんでそんなセリフが出てくるんだ?
この唯我独尊団長様に苦労させられてるのは、俺の方だぜ。
「フン。いつものところに行くわよ!」
なぜか不機嫌になったハルヒの号令のもと、俺たちはいつもの喫茶店に向かった。

ハルヒは、俺の財政事情には何の考慮も払わず、ガンガン注文を出しまくった。
話し合いというのは、何のことはない。
俺の中学時代と高校時代のことを互いに話すというものだった。

まずは、ハルヒが、佐々木に、高校時代の俺のことについて話した。
なんというか、話を聞いているうちに、俺は自分で自分をほめたくなってきたね。ハルヒにあれだけさんざん振り回されてきても、自我を保持している自分という存在を。
「キョン。君は、実に充実した学生生活を送っているようだね」
それが佐々木の感想だった。
なんだかんだいっても、充実していたというのは事実だろう。
だが、俺はこう答えた。
「ただ単にこき使われてるだけだ」
「くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」

次は、佐々木が、ハルヒに、中学時代の俺のことについて話した。
話を聞いているうちに、ハルヒの顔がどんどん不機嫌になっていく。
聞き終わったハルヒは、不機嫌な顔のままで、こう質問してきた。
「ふーん。で、二人はどういう関係だったわけ?」
「友人よ」
さらりとそういった佐々木を、ハルヒはじっとにらんでいた。
「あのなぁ、ハルヒ。確かに誤解する奴はごまんといたが、俺たちは友人だったんだ。やましいことなんて何もないぜ」
「友人以上ではなかったってこと?」
「それは違うわよ、涼宮さん。正確には、友人『以外』ではありえなかったというべきね。少なくても、キョンにとってはそうだったはず」
どこが違うんだ?
俺のその疑問には、誰も答えてはくれなかった。
「はぁ……」
ハルヒは、大げさに溜息をつきやがった。
「あんたが嘘をついてるなんて思わないわよ。でも、嘘じゃないなら、なおのこと呆れ果てるしかないわね。あんた、そのうち背中からナイフで刺されるわよ」
おいおい、物騒なこというなよ。
ナイフで刺されるのは、朝倉の件だけで充分だ。
「僕も同感だね」
佐々木まで賛同しやがった。
俺がいったい何をしたってんだ?

茶店代は当然のごとく俺の払いとなった。
総務省に俺を財政再建団体の指定するよう申請したい気分だ。俺の懐具合が再建するまでには、20年はかかるだろうね。

そのあと、三人で不思議探索となった。
傍から見れば、両手に花とでもいうべきなんだろうが、この二人じゃ、そんな風情じゃないわな。
そういえば、ハルヒとペアになるのは、あの日以来か。
結局のところ、俺はハルヒにさんざん振り回され、佐々木の小難しいセリフを聞き流しながら、一日をすごすハメになった。ついでにいうと、昼飯までおごらされた。

そして、駅前での別れ際。
俺がふと振り返ると、ハルヒと佐々木は二人でまだ何か話していた。
何を話しているかは聞こえなかった。
知りたいとも思わなかった。この時には。


γ-5

月曜日、朝。
昨日の疲れがとれず、俺は重い足取りで、あのハイキングコースを這い上がった。
学校に着いたころにはずっしりと疲れてしまい、早くも帰りたくなってきた。そんなことは、俺の後ろの席に陣取る団長様が許してくれるわけもないが。
ハルヒは、微妙にそわそわした感じだった。
また、何か企んでいるのだろうか? 俺が疲れるようなことでなければいいのだが。
疑問には思ったが、疲れた体がそれ以上考えることを拒否し、俺は午前中の授業のほとんどを睡眠という体力回復行為に費やした。

寝ている間に、何か長い夢を見たような気がしたのだが、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。

昼休み。
なぜかハルヒが俺の前の席に陣取り、椅子をこちらに向けてドカッと座った。
俺の机の上に、弁当箱を置く。
「今日は弁当なのか?」
「そうよ。そんな気分だったから」
机の上には、俺の弁当箱とハルヒの弁当箱が並んでいる。
こうして、二人で向かい合って、弁当を食うハメとなった。
なにやら誤解を受けそうな光景だ。実際、クラスのうち何人かがこちらをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。
ハルヒは、相変わらず健啖ぶりで、弁当を平らげていた。
「その唐揚げ、おいしそうね」
ハルヒは、そういうや否や、俺の弁当箱から、唐揚げを取り上げ、食いやがった。
「ひとのもん勝手にとるな」
「うっさいわね。しょうがないから、これをやるわよ」
ハルヒは、自分の弁当箱から玉子焼きを箸でつまむと、そのまま俺の口に突っ込んだ。
「むぐ」
クラスの女子から、キャーというささやき声が聞こえる。
とんだ羞恥プレイだな。
こりゃいったい何の罰ゲームだ?
「感想は?」
ハルヒが、挑むような目つきで訊いてきた。
「うまい」
実際、それはうまかった。
「当たり前でしょ! 団長様の手作りなんだからね!」
そういいながら、ハルヒの顔は上機嫌そのものだった。

だがな、ハルヒよ。
いくらお前が鋼の神経をしているとはいえ、こういう誤解を受けかねないような行為は避けるべきだと思うぞ。
まあ、誤解する奴はいくら説明してやったってその誤解を解くようなことはないんだけどな。
俺が中学3年生時代の経験で学んだことといえば、それぐらいのものだ。

その日の放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りると同時に席をたち、とっとと教室を後にした。
いつものように部室に行くのかと思いきや、
「キョン、先に行っててくんない? あたしはちょっと寄るところがあるから」
ハルヒは鞄を肩掛けすると、投擲されたカーリングの石よりも滑らかな足取りで走り去った。
はて、何を企んでるんだろうね?
そういや、あいつは、朝から妙にそわそわした感じだったな。
まあ、考えても仕方がないので、俺はそのまま部室に向かった。


γ-6

部室に入ると、既に長門と朝比奈さんと古泉がそろっていた。
「涼宮さんは?」
古泉がそう訊いてきたので、答えてやった。
「授業が終わったとたんにどっかにすっ飛んでいきやがったぜ」
「そうですか。何かサプライズな出来事を持ってきてくれるかもしれませんね」
「世界が終わるようなサプライズは勘弁してほしいぜ」
「まあ、それはないでしょう」
そこに、SOS団の聖天使兼妖精兼女神様である朝比奈さんがお茶を出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」

「ところで、昨日はどうだったんですか?」
古泉がにやけ顔で訊いてきやがった。
いつもだったら無視しているところだが、あの佐々木の周りにはSOS団と敵対している超常野郎が集まっている。一応、古泉の見解も聞いてみたかった。
俺は昨日の出来事をはしょりながら説明してやった。
「おやおや。まさに両手に花ではありませんか?」
「あの二人じゃ、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったね」
「まったく、あなたという人は」
「それより、佐々木のやつは、あいつらに操られてるんじゃないだろうな?」
心配なのは、そこのところだ。
「それはないと思いますよ。昨日の一件は、佐々木さんの自由意思でしょう。問題は、その自由意思を利用しようとする輩が現れることです。先日もお話ししましたが、特に警戒すべきは周防九曜を名乗る個体です」
俺は、長門の方を見た。
「長門の意見はどうだ?」
長門は、分厚いハードカバーから視線を離さず、淡々と答えた。
「私も、古泉一樹の意見に同意する」
「そうか」
一応、もう一人のお方にも聞いておくか。
「朝比奈さん」
「はい?」
「二月に会った、あの未来人のことですが」
「ああ、はい。覚えてます」
「あいつらが企んでいることって何ですか? ハルヒの観察ってわけでもないらしいって感じなんですが」
「えーっと……あの人の目的は、そのぅ、あたしには教えられていません。でも、悪いことをするために来たんじゃないと思います」
うーん。自分を誘拐した犯人たちの仲間だというのに、不思議なことに、朝比奈さんはあの野郎には悪い印象は持ってないようだ。
仏様のように広い御心の持ち主なのは結構ですが、もうちょっと警戒心とかを持った方がいいと思いますよ。
それはともかく、とりあえず、警戒すべきは周防九曜を名乗る宇宙人もどきであるというのが、結論になりそうだな。
その話題は、そこで打ち切りになった。

「どうです、一勝負」
古泉が出してきたのは、囲碁かと思ったら、連珠とかいう古典ゲームらしい。
「五目並べのようなものです。覚えたら簡単ですよ」
俺は古泉の言うままに盤上に石を置きながら、実地でだいたいの遊び方を教わった。
朝比奈さんのお茶を片手に二、三試合するうち、たちまち俺は古泉に連戦連勝するようになる。


いつもどおりまったりと時間が過ぎていった。

それにしても、ハルヒは遅いな。
そう思った瞬間に、爆音とともに扉が開いた。
「ごめんごめん。待たせたわね!」
部室にいた団員全員の視線が、ハルヒに集ま……らなかった……。
団員の視線は、ハルヒの後ろに立っている人物に集中していた。
「みんな! 今日から入団した学外団員を紹介するわ! 佐々木さんよ!」

そこにいたのは、紛れもなく佐々木だった。

続き 
涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)


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