今キョン君は私の隣で寝息をたてている。部屋には私達二人だけ。
と、ここだけ聞けば何があったと誤解されるかも知れないが、
なんてことは無い。キョン君は布団の中であり、私はそのキョン君の布団の隣で正座をして彼の寝顔を見ている。
何もいかがわしいことは無い。

しかし、とんでもないことをしてしまった。
よりにもよってあのキョン君を投げ飛ばしてしまうなんて。

あの後、キョン君の状態をよく観察してみるとその耳にはイヤホンが装着されていた。どうやら音楽を聴いていたようだ。
察するにそのせいで私の声が聞こえなかったようだ。
そのあとこれも鶴屋家お抱えの救護班が到着、事情を説明する段階になった。
こうなってしまっては言わざるを得まいと私は事情を隊員の洗いざらい話した。
動転していたので途中で何回も舌をかんだり、声が裏返ったりしていた。
隊員達がキョン君の容態を確認するのと私の説明が終わるのがほぼ同時であり、
今度は隊員の一人が説明をしだした。
「これはまずいですね・・・どうやら骨折しているようです。」
それを聞いた時の私の顔は恐らく顔面蒼白といった言葉が一番似合うだろう。それほどに私は体中から血の気が引いていくのを感じた。
「じ、じじゃあ一体直ぐに病院につれていくっさ?!そそそ、そしたらここから一番近い病院は?!!??」

私は混乱して、今までにないくらいに声が裏返り、早口だった。
すると隊員達はいきなり吹き出して笑い始めた。
わたしがその行動にさらに混乱していると笑いながら、
「すいません、お嬢様。彼は骨折なんかしていませんし、ましてやどこにも怪我なんてしていません。
ただの気絶です。ちょっとお嬢様の様子が珍しかったもので・・・」
そこで私の顔が蒼白から真っ赤になっていくのを感じた。たぶん怒りと恥ずかしさからだろう。
「な、ななななにを!!?ふふふ、不謹慎っさ!!!」
その様子をみた隊員達はさらに笑いだした。
・・・段々冷静になってきた。
一度ここで上下関係を分からせた方が良いかもしれない。そこで私は、
「そろそろいい加減にしなさい?」
次期頭首の威厳を発揮してみた。

まだ女子高生とはいえ、これまでに頭首になるためのたくさんの訓練を受けてきた。
自分が次期頭首になるという自負も生まれつつある。
だからここではっきりさせなければいけないと思ったし、出来ると思った。
どうやら私の自負は間違っていなかったらしい。その証拠に、
「も、もももも申し訳ありませんでした、お嬢様!!!」
今度は隊員の顔が蒼白になったうえ、怯えている。
「もうこんなことしないわよね?」
「は、はいぃいいぃ!!!」
そろそろ良い頃合いか。今度は声も口調も少し柔らかくしてあげよう。
「で、これからキョン君はどうしたらいいっさ?」
「そ、そうですね・・・ただの気絶なので安静にしていればじき目を覚ますでしょう。
どうでしょう、このままこの方のご自宅にお送りしては?」
それはまずい。それではキョン君に謝れなくなってしまう。
明日学校で謝れば良いではないかと思ったりもしたが、即座に私の心が一蹴する。
それでは私の気がすまない。鶴屋家次期頭首としても、SOS団名誉顧問
としても。でも、心の奥底ではもっと違う感情が先程の考えを一蹴していたような気がした。
これは一体なんだろう・・・?まあ良い。そんなことよりも、彼をどうするかだ。

「でもそれじゃあキョン君に申し訳ないっさ。
・・・うちに来てもらうってのはどうかなっ?」
今度は驚きの表情を浮かべた隊員達がいた。
まあ、彼らが驚くのも無理は無い。
なにしろ私は小さい頃からお稽古お稽古で、まともに恋もしたことが無い。
そんな私がこんな夜に、しかも隊員達にとっては見ず知らずの男を鶴屋家に連れて行く。
それでは驚くだろう。しかし彼はSOS団という団のメンバーで、
以前から交友がありうちにも何度か来たことがあると告げると、
隊員たちは理解してくれたようだ。そして彼を我が家へ搬送し、もう一度軽く検査をして私の部屋の布団に寝かせて今に至る。
使いの者達からは何もそこまでする必要はないのではないかという声も上がったが、
私が看病しなければ気がすまないと言って、なんとか説得した。
しかし、この理由には少し裏がある。
もちろん看病はしなきゃいけないと思ってはいたが、私はただ彼の顔を見ていたかっただけだった。
自分でやっておいて何をと感じるだろうが、ただ、
どうしてかこの時の私はそう願ってしまった。
実際、今も彼の顔を見ていると不思議な気分になっている。
冷たい空気を吸うよりも癒されている気がする。
そこでふと私は思った。

どうして彼は走って来たのだろう・・・?
そして何故あんなところにいたのだろう・・・?

そう思案しかけた時、彼が目を覚ました。

私は彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
「ううん・・・えっと・・・・ここは?
それに、なんで鶴屋さんが???」
「えっと、キョン君・・・・・・
ホントにゴメンっさ!!!」
彼は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
それはそうだろう。目を覚ましたと思ったらいきなり他人の家で寝ていて、
しかも凄い勢いで謝られたとあっては。
「あ、驚かせちゃったかな?」
「え、ええ、まあ・・・」
そこで私はここまでに至った経緯を話した。
投げ飛ばしてしまったところを話す時は泣きそうになったが、どうにか伝えることができた。
私が話している間彼は黙って私の話を聞いてくれていた。
全てを話し終えた時、私は彼に怒られると思っていた。せっかくたくさんの、
しかも家にまで来てくれる友達が出来たと思っていたのに。
これでSOS団のみんなとも・・・彼ともお別れか・・・と思っていた。
でも彼は私のそんな思いとは全く逆のベクトルの反応を見せてくれた。

大笑いしだしたのだ。
「キョ、キョン君?」
「あぁ、すいません、鶴屋さん。いや、あまりにもおかしくて。
いつもは笑顔の鶴屋さんが、こんな事でもうこの世の終わりだって顔をしていたもので。」
「え?こんな事・・・?じゃ、じゃあ・・・許してくれるのかい?」
「何をおっしゃいます鶴屋さん。第一事故のようなものだったんでしょう?
それならしょうがないですし、俺はこんな事で人を嫌いになったりはしませんし、
それが鶴屋さんなら尚更です。俺じゃなくても、ハルヒも朝比奈さんも長門も、たぶん古泉も、
SOS団のみんなだって鶴屋さんを嫌いになったりはしませんよ。」
「で、でも・・・」
私が言葉を発しようとすると彼は遮るように、
「もう良いですよ、鶴屋さん。俺は気にしてません。これですべてOKでしょう?
それに、俺がいきなり一人歩きの女の子に向かって走り出したのも悪いですしね。」

・・・その言葉を聞いて、私の心の中で何かが溶けた。
それと同時に涙が堰を切ったようにこぼれた。そして、何を思ったか私は彼に抱きついていた。
彼は最初驚き戸惑っていたようだったし、私も直ぐに自分が何をしているかを悟り、離れようとした。
でも、彼が・・・キョン君が、私の長い髪を撫でている感覚が伝わってきた。
なんだろう、この気持ち。すごく、安心する。気付くと私は嗚咽まじりでこう話していた。
「き、キョン君たちにっ・・・嫌われると・・・ひぐっ、思ってた・・・」
「そんなわけないじゃないですか、鶴屋さん。
俺はあの天上天下唯我独尊涼宮ハルヒ率いるSOS団員ですよ?
あれしきのことじゃあこれっぽっちもダメージ受けませんよ。現に、ホラ、俺の体にも何も傷が無いでしょう?
だから、大丈夫です。安心してください。」
なんだか、ほっとする。あのキョン君でもこんなセリフが言えるんだなぁ。

しばらくそのままにしてもらい私も落ち着いて来た頃、私はある疑問を彼にぶつけてみることにした。
「ねえ、キョン君。」
「なんですか?」
「あの時、どうしてあそこに居たんだいっ?それにどうして走っていたのかな?」
その質問に彼は少し思案顔になり、暫し考えた後、こう言った。


「なんででしょうねぇ・・・正直、俺にも良く分からないんです。
今日もいつも通り団活に出た後、家に帰って飯食ってシャミセンの相手をしていたらふと散歩に行こう、そう思ったんです。
本当に何気なく。」
「それでまあ、腹ごなしにもちょうど良いかなって思いまして。
どうせなら音楽でも聞きながら散歩しようとMP3プレーヤーを持っていったんです。
今思うと手をだしたのが間違いだったんだなって思いますね。」
彼は苦笑混じりにそう話す。
「で、いざ散歩に出てみるとちょっと遠出をしようかなと、いつもは通らないルートを通ることにしたんです。
あ、ほら、たまにデパートとかに出かけると、
この角を曲がったらアイツがいるんじゃないかなぁなんて思うことありません?
まあ大体そんなものは確率的にみても当たらずに終わるんですけど、何故かこの時は鶴屋さんがいるんじゃねぇかなぁ・・・
本当に何でだかわからないんですけど、そう感じたんです。
で、角を曲がってみたら・・・・・・居たんですよ。鶴屋さん。あなたが。」

キョン君は昔話を楽しそうに語る子供のような口調で続ける。
「その時にこれまたなんでだか分かんないんですけど、
早く鶴屋さんに会いたい、そう思ったんです。」
その言葉を聞いて、私はドキッとする。彼が、そんな風に思ってくれた。
「で、走って行ったら、いきなり衝撃が走って・・・っと、すみません。」
そういって、キョン君は申し訳なさそうにしていた。
「もう何でもないって言ったのに、蒸し返す様な事を言ってしまいましたね。すいません。」
「そ、そんな事はないにょろよ?!!っていうか、ホントに・・・」
と、そこでどちらからともなく吹き出してしまった。
「っぷっくく・・・ほんとにおかしいね。」
「ええ、そうですね・・・」
なんだか今まで感じていた不安が全て吹っ飛んだような、
まるで今まで背負っていたおもりが全てなくなったような、そんな錯覚にとらわれた。

そこで、ふとその錯覚の弾みなのか、こんなことを口走ってしまった。


「あ、じゃあキョン君お風呂入ってないんだね?」
「そうですねえ、飯食った後なので入ってませんね・・・それが何か?」
「いや、そしたらうちのお風呂に入ったらどうかなって思ってさっ」
「良いんですか?」
「もちろんさっ!あんなことしちゃったし、お詫びといっちゃあなんだけどねっ。
自慢じゃないけどうちのお風呂はそこらの温泉旅館よりもすごいにょろよ?
だからゆっくりしてきてくれるとお姉さん嬉しいっさ」
「じゃあお言葉に甘えさせていただきます。
風呂入らせてもらったらおいとましますね」
その言葉を聞いた時、言い知れぬ寂しさのようなものを感じた。
どうやらその感情は顔に出てしまっていたようだ。
キョン君はそんな私の顔を見て少し考えるような表情になると、 
「う~ん、でもこんなに遅くに帰るとなるとおふくろがうるさいだろうなぁ・・・」
一つ名案が浮かんだ。でもこれはキョン君を嫌がらせてしまうかもしれない。
そんな思いとは裏腹にまた私の心が暴走を起こし、口から言葉が勝手に紡ぎだされる。
「じ、じゃあもういっそのことうちに泊まって行くと良いっさ!
・・・・・・どうにょろ?」

「・・・良いんですか?」
「も、もちろんさっ!これもお詫びといっちゃあなんだけどねっ!
そ、それに私も、そ、その・・・嬉しいしねっ・・・」
するとキョン君はちょっと驚いた表情になり、次いで笑顔で
「じゃあご好意に甘えさせていただきます。
あ、お袋には適当に古泉の家にでも泊まると電話しておきます。
あいつならうまく口裏も合わせてくれるでしょうし。」
「そうと決まれば早速お風呂場へ案内するっさ!!
こっちにょろよっ」
そう言って私はキョン君の手を取り、まるでハルにゃんみたく引っ張っていく。
キョン君ともっと一緒に居られるというのがとても嬉しかったし、
それにこうやってキョン君の前を歩いていないと赤くなった顔をみられそうだったから。
「ちょ、ちょっと鶴屋さん・・・」
そう言いながらもちゃんとついてきてくれている。
やっぱりハルにゃんのでこういうのは慣れてるのかな?
廊下を歩いていると突然キョン君が立ち止まった。
私はちょっと転びそうになったが、どうにか体勢を立て直し、キョン君の方を向く。
今はもう顔の赤みも消えているはずだ。
「今、後ろに誰かいませんでしたか・・・?」

ああ、それは奴らだ。
こう見えてキョン君は意外と鋭いところがあるのに少し驚いた。
悪いけどここは知らんぷりを決め込もう。

「そうかなっ?私は何も感じなかったにょろよ?」
「そうですか・・・なら、良いんです。気にしないで下さい。
そうだ、今ちょっと家に電話しても良いですか?」
「あ、ああそうだねえ。お姉さんすっかり忘れてたよっ。
おうちの人に連絡しなきゃだったねっ」
「そこの電話を使えば、外線にも繋がるはずだから使って良いにょろよっ」
「じゃあ、失礼して使わせていただきます。」
そういってキョン君は電話をし始めた。
今のうちにキョン君が怪しいと言っていた方向に軽く睨みをきかせる。
なにやら蜂の子が散っていくような気配を感じた。これで良しと。
キョン君の電話が終わったようだ。
「ありがとうございました。では、行きましょうか。」
そういって、今度は手を繋がずにゆっくりと歩いて案内する。

そして暖簾がかかった浴場の入り口に到着した。
「じゃあ、いってらっしゃいっさ!!服とかはこっちで
洗って乾かしておくから心配ないっさ。
あがったら浴衣が置いてあるはずだからそれを着ておくれっ」
「分かりました。では、ひとっ風呂いただきます」
「どうぞどうぞっ」
キョン君が暖簾の奥に消えていくのを確認して、私は背後に声を飛ばした。
「そこでなにやってるにょろ?」
するとぞろぞろと侍従達が出てきた。先程の隊員もいるようだ。
「いやあ・・・バレてましたか・・・」
私は侍従たちの方を向き、
「そりゃバレバレにょろ。何しろキョン君にも感づかれるような下手っぴな尾行だったからねっ」
ちょっと声色を変えよう。
「で、これはどういうことにょろ?」
侍従の一人がは少々萎縮しながら言う。
「お嬢様が男性の方を連れてきたということで少々心配になりまして・・・
それにご宿泊されると聞いて・・・あっ」
「やっぱり盗み聞きしてたにょろか~?」
「いえ、あの、お嬢様もし襲われでもしたらと思うと・・・
誠に勝手ながら・・・」

何故かこの言葉に心が過剰反応した。
「キョン君はそんな人じゃないにょろっ!!
キョン君はとっても優しくて、人を思いやってくれるとっても良い人で・・・だからそんな言い方しないでほしいっさ!!!」
そこまで言って私は気付いた。周りのみんなが唖然としていることに。
私が普段見せたことのない態度をあらわにしたせいだろう。
何故だかまた顔が赤くなるのを感じた。

「で、でも恋人とかではなくて、ただの後輩で・・・」
そう口籠っていると、みんながくすりと笑った。
「な、なにがおかしいっさっ?!」
「いえいえ、ああ、そういうことですか。はいはい。
お嬢様がそう仰るなら間違いはないでしょう。た だ の後輩ですもんね。」
何か言葉の端々に棘を感じつつ、
「そ、そうにょろっ!何も心配いらないにょろっ!!」
「分かりました。
では、先程お嬢様が言っておられたとおりに浴衣も用意して、
お客様のお召し物を洗濯しておけば良いのですね?
あとは・・・」
侍従はいやらしい笑いを浮かべつつ言う。
「もちろんご一緒の部屋ではなく、客室の方にお布団をご用意させて頂きますが、よろしいですね?
た だ の後輩ですものね。」
その事を少々残念に感じるが、仕方ない。
「そ、それでよろしく頼むよっ」
「かしこまりました」
侍従たちは準備のために散り散りになったが、その途中なにやらヒソヒソ話していたのが見えた。
今度は何を・・・

言い知れぬ敗北感を覚えながら、私もお風呂に入っていない事に気付く。
ちなみに鶴屋邸には女湯と男湯の露天風呂がある。
働いている使用人が多く男女入り混じっているため、分けることにしたのだそうだ。
使用人は私達家族が入ってからになるが。
今日は冷や汗をたくさんかいたりしたので私もお風呂に入ろうと思う。
キョン君が入っていった男湯の暖簾から十メートルほど離れたところににある暖簾をくぐる。
服を脱ぎ、バスタオルを身につけ浴場に入った。
体を洗い、シャンプーをしてから石で出来た露天風呂に入る。
星空を見上げながら、一息ついた。
「まさかこんなことになるにょろなんて・・・」
いつも通りお稽古を終え、いつも通り歩いて帰っていた。
今までとなんら変わりのない日常だった。それがキョン君を気絶させてしまい、いつの間にやら泊めることになった。
使用人たちにはたくさん馬鹿にされた。これは凄くむかついたが、何故か憎む気にはなれない。
なんだかんだいって私は彼らが好きなのだろう。
小さい頃からお稽古ばかりであまり友達と遊ぶ事が出来なかった私の話し相手になってくれたり、
少ない時間だが遊んでくれたりもした。本当に小さい頃からこの家で働いている人もいて、
お互いの事は良く知っている。だから、あんなに馬鹿にされても憎む事はないのだろう。
彼らは私の事をとても大切に思ってくれている。それは日々の生活の中で分かっていたことだが、
それ故でも、あのキョン君の事を信用していないような口ぶりには私は激昂してしまった。
それもこれも私を心配してのことだし、相手がほぼ見知らぬ男であったなら尚更だ。
それでもやっぱり怒ってしまった。
何故だろう・・・?

そのようなことを考えて、もうキョン君も上がっているであろう時間になっていた。
待たせてはいけないと急いであがり、バスタオルで体を拭き浴衣を身に纏った。

暖簾をくぐる直前、ふと思った。
ここで出て行ってキョン君と同時だったら・・・ってまさかそんなことはないだろう。
状況は少し違うが、さっきもキョン君が言っていたじゃないか。
そんなことは滅多にないと。
そう考えながら暖簾をくぐった。

私とキョン君はほぼ同時に暖簾から出てきていた。

その様子に先程のようにどちらからともなく再び吹き出す。
「まさか同時とは思いませんでしたよ。」
「私もまさかこうなるとは思わなかったさっ」
そういいながらしばらく笑いあっていた。
ふと時計を確認する。もう12時だ。
「そろそろこんな時間だねっ。
明日も学校だし、キョン君は家に着替えとか荷物を取りに行かなきゃならないだろうっ?
だから良い子はそろそろ寝た方が良いにょろねっ?」
「そうですね、せっかくこんな素晴らしい風呂に入らせていただいて暖まったのに、湯冷めしては台無しですしね。」
「了解っさ!」

そういいながら私はパチンと指を鳴らした。
すると侍従が心なしかニヤニヤしながらこっちに向かってきた。
「お泊りになるお部屋はこちらです。どうぞ。」
そう言って案内をするために歩き出す侍従。私たちはそれについていく。
歩きながら私は言った。
「私もさっきキョン君が話していたみたいにさっ、ここでキョン君も同時に暖簾をくぐるのかな・・・
でもそんなことナイナイって思ってたら、ホントに同時だったから、お姉さんビックリしちゃったよっ」
言い終えて、侍従がかすかに震えているのが見えた。また笑っているのか。
キョン君の方をみると、彼も笑っていた。
「そうですか~・・・くくっ。
いや、まさか鶴屋さんがそう考えていたなんて・・・
偶然ってのはあるもんなんですねぇ」
「うん、本当にビックリしたよっ」
何故か楽しくなり、笑顔でそう言う。
「お客様、こちらです。」


そこは、私の自室からは少し離れたところにある部屋だった。
侍従の宣言通りとなってしまった事に若干の悔しさを覚えながら私はキョン君に改めて向き合った。
「今日は本当に悪いことしちゃってごめんっさ・・・」
「いえ、本当にもう良いですよ、鶴屋さん。さっきも言いましたが傷も無いし、
こっちにも過失があった訳ですし。・・・そんなに俺が薄情な人間に見えます?」
「クスッ・・・うん、そうだったにょろね。
なにしろキョン君はあのハルにゃん率いるSOS団の一員で、簡単にはへこたれなんいんだったねっ!!
すっかり忘れてたよっ」


「鶴屋さん、一応言っておきますが今日のことで負い目なんか感じないで下さいよ?
俺としては被害もほとんどなかったし、むしろ豪華な露天風呂に入れたうえ、こんな旅館みたいな家に泊まれるんですから、感謝したいぐらいなんです。」
「嬉しいこと言ってくれるねえっ、キョン君はっ。
うん、キョン君がそう言うならお言葉に甘えさせてもらうっさ。
あ、そうだっ。明日君は一度家に戻らなきゃいけないだったねっ。
こっちで朝ごはん食べてから家に戻るかい?」
「そうですね・・・じゃあ、そうさせて貰います。
突然の外泊でおふくろにあーだこーだ言われるのも面倒ですし。」
「うん、決まりだねっ。あと、朝はキョン君の家までうちの車で送っていってあげるから、その辺も心配はいらないよっ」
「本当に何から何までありがとうございます。鶴屋さん家の朝ごはん、楽しみにしてます。」
「乞うご期待っさ!もう遅いし、これでしばしのお別れさっ。お休みっ」

そう言いながら私はキョン君に笑顔を向ける。
「はい、また明日。お休みなさい、鶴屋さん。」


彼が部屋へと入るのを見届けてから私も自室へ向かって歩き出す。
するとなぜか侍従もついてきた。

「お嬢様、先程は申し訳ありませんでした。私達は彼の事を少し誤解していたようです。」
「うん、分かってくれたらそれで良いにょろっ。
あたしもあれくらいで怒ってたようじゃ、キョン君には遠く及ばないねっ。あたしもまだまだ未熟だったよっ。」

「そんな事はないですよ。
素晴らしいと思っているお友達のことを悪く言われれば誰だって気分を害されますしね。
実際お嬢様はお稽古も大変頑張っていらっしゃいますし、当主になるにふさわしいお方だと私共は思っております。」
「そんな事言ったってなにも出ないにょろよ~?」
「いえ、お世辞のつもりで申したのではございませんよ?」
「はいはい、じゃあそういうことにさせてもらうっさ」
「もう、お嬢様ったら・・・」


そこで侍従はなにやら悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「そういえばお嬢様は彼とおしゃべりしておられた間、私たちでも見たことがないくらい楽しそうでしたが、やはりなにか特別な思い入れがおありなんですか?」

私はいきなりのその言葉に、何故か顔が赤くなるのを感じた。
「い、いや、さっきも言ったとおり、た、ただの可愛い後輩にょろよ?」
またもやこんなに狼狽してしまうとは、我ながら情けない。
侍従はさらに悪戯な笑みを浮かべた。
「ホントですかぁ~?」
「ほ、ホントっさ!!」

こうしている間に私たちは自室についた。
彼女は偽悪的に笑いながら言う。
「そうですかぁ~?まぁ、そういうことにしておきますね。
それではお嬢様、お休みなさいませ。」
お辞儀をしながら私を見送る侍従。

はあ・・・やっと開放された。
本来主である私がなぜこんなに疲れなければならないのだろう。


今日は習字のお稽古もあったうえこんな事態になってしまった。
明日も早いし今日はもう寝よう。そう思いながら布団に入る。

眠るべく目を瞑ると、今日あったことが次々と思い出される。
今日は大変な一日だった。
彼には悪いことをしたと思うが、こうやってキョン君とSOS団絡みではなくふれあえたことを嬉しく思う自分がいる。
彼は本当に優しい。
今日を通じて、本当にそう思う。
だからパッと見た感じでは波乱万丈に見えるSOS団の中でも平気でいられるんだろうなぁ。

今、私は彼と同じ屋根の下で寝ている。


この事実が私の心を明るくさせている。


明日もがんばろう。そう思いながら私は眠りについた。

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最終更新:2020年03月13日 01:24