朝のホームルームの事だ。突然、そう言われたのは。
「柳本が昨晩―――」
どういう事だろう。昨日あんなに元気な笑顔を浮かべていたではないか。
偶然に出会って、デパートを一緒に歩いていたじゃないか。
そんな友達が消えた。

―――自室に、血まみれより悲惨な状況を残して。



螺子巻キ之章~終焉ハ開演~「物語之螺子ハ巻キ終ワルハ物語之動キ出シ始メル事」



どんな状況だろうか。血と肉片と飛び散った臓物だらけな部屋だろうか。
いずれにせよ、想像するだけで気持ちが悪い。
そして、信じられなかった。だけど、事実。
「怖いね・・・」
前の席の鈴木が恐怖に泣きそうな顔をして俺の方に振り向く。
「だよな・・・」
「柳本さん、大丈夫かな」
隣の席の佐伯が心配そうに呟く。
「大丈夫だと、信じよう」
「うん・・・そうだね」
ハルヒを見ると阪中に何かを言っていた。
多分、様子から見て慰めてるか、宥めているかだろう。
まぁ、どちらにせよ十中八九元気出せ的な言葉なんだろうけどな。
そして、ホームルームが終わる。
そんな状態で学校で授業やるわけにもいかず、結局下校となった。
ハルヒも表面上は元気を装っているが内面は結構混乱しているのだろう。
その証拠に、
「きょっと、チョン! 私のプリン食べてんでしょう!?」
等とわけのわからない事を言ってきた。
「何を取り乱してるんだ、お前は」
「と、取り乱してなんかないわよ!」
「まぁまぁ、二人とも。はい、リラックス効果のあるお茶ですよ」
朝比奈さんが笑顔でお茶を入れてくる。
俺とハルヒはぐびっとそれを飲んだ。うん、良い香りと良い味だ。
流石マイ・スウィート・エンジェルのお茶だ。
天使らしく人々を癒して回る姿はなんと言っても可愛いではないか。
さて、気分も落ち着いた事だし、
「古泉、ボードゲームやろうか」
「はい、喜んで」
古泉とチェスでもしようかね。
ふと長門を見やると黙々と本を読んでいた。題名は・・・しにがみのバラッ●か。

・・・。

さて、その日の放課後だ。
俺は忘れ物を思い出して教室へとひたすら早足で部棟から向かっていたのだが、
その途中でそれぞれの理由で居残りしていた国木田と谷口と合流して一緒に帰る事になった。
で、教室の扉を開けたのだが、
「あ・・・キョンくんと国木田くん、と谷口くん」
珍しい人間がそこに居た。ポニーテール+メガネというある種最強の属性である由良だ。
「何をしてるんだ?」
「忘れ物を取りに来て・・・えっと、ねぇ、キョンくん」
声を掛けてきた。
「なんだ、由良?」
「えっと・・・今日は、一緒に帰ってもらっても良いかな?」
「ん?いいけど・・・ご覧の通り谷口と国木田ついてくるぞ。良いか?」
「うん」
そして、珍しい組み合わせでの帰り道。
由良は終始俯いたままだった。よほどショックだったんだろうと思った。
そりゃそうだ。同じクラスの人間が突然悲惨な状況を残して消えたんだから。
俺と国木田達は明るく話をしていたが、由良は頷くだけだった。
そして、そのまま由良の家の前に到着した。
「ありがとう。じゃあね」
軽く会釈をして、由良は家の中に入っていく。
その後姿が暗すぎたからな。俺は耐え切れずに声を掛けてしまったよ、柄にも無くな。
「由良」
「ん?なに、キョンくん」
「ショックなのは解るが、お前には明るい笑顔がそのポニテに似合うぞ」
「へ?」
「明日は、笑顔見せてくれよ?」
我ながら臭いセリフだが、上手くきまった。
「・・・・・明日、学校無いよ?」
・・・外したみたいだ。
「あぁ・・・そうだったな」
「クスッ・・・でも、ありがとう。少しは元気出てかな。じゃあね」
由良は苦笑いを浮かべて家へと入っていった。
「よし、行こうか」
「キョンよ、お前もだいぶ臭い男になったな」
「同意だよ」
「うるへー」
その後。
国木田と谷口を連れて、俺はカラオケに入っていくことになった。
「あ、そうだ」
ふとここで谷口が声を上げた。

<SIDE YURA>
まだ、ドキドキする。彼に言われた言葉が心臓を早くする。
―――お前には明るい笑顔がそのポニテに似合うぞ
「・・・クスッ」
そうか。彼はポニテが好きなのか。私は何となく面白くて小さく笑った。
「さて・・・片思いの回想はここまで。部活出来ない分の練習は今やらないとね」
私はアルトサックスを取り出すと早速今度引く曲の練習に入った。
何と言ってもこの曲は私が重要になってくる。だから、失敗するわけにはいかない。
「~~~~♪」
アルトサックスの音が部屋に響く。ふと、その中に聞き覚えない音が聞こえた。
演奏を止めてそれを聞く。


―――・・・・・ズルッ。


何かを引きずる音だ。私は扉を、正確には見えないその向こう側を凝視した。
それは今まさにここに近付いている。
ぞくりと本能的に危険だと解る。それも並々ならぬ恐怖と共に。
殺される、と直感的にそう思った。

―――逃げたい。逃げたい!逃げたい!!

でも、廊下は一本だし逃げ道は二階から飛び降りるしかなくなる。

それはまた別の意味で怖い。

―――ガチャガチャ。

突然の扉が激しく音を立てた。
「ひっ・・・!!」
ドアを開こうとしている。何かがドアを開こうと。

―――ガチャガチャ!

ドアが揺れる。ガタガタと揺れる。はっとして私はドアに近付いて慌てて鍵を閉めた。

―――ガチャガチャ!!

段々と激しくなる揺れ。でも、鍵を閉めたから大丈夫。
私は安心しきってほっと胸をなでおろした、次の瞬間だった。

ドアが、破られたのは。

「!!」
理解をする前に、凄い速さで何かが私に飛び掛ってきた。
「キャーッ!!」
思わず悲鳴を上げる。
飛び掛って来た何かは黒く長い髪の毛を持っていた。そして獣臭。
顔は髪の毛が邪魔で見えない。

―――ザクッ。

「ひ、ひゃぁぁぁああああああっっっ!!」
手に生えている長い長い爪が私の腕を深々と抉った。
痛い。少しでも動かすだけで激痛が走る。でも、抵抗しないと殺される。
「ッ・・・!!」
爪が、今度は脚の肉を剥がす。激痛と激痛で意識が遠くなりかける。
私はそれを生への渇望だけで何とか堪えた。
爪はどんどん抉る。腕。脚。腕。脚。肩。頬。
そして、

―――ブチュッ。グシュッ。ヌチョッ。

「―――――!!」
突如視界が狭くなった。同時に右目に痛みが走る。
左目を動かす。長い爪の生えた手の上に、眼球があった。
痛い。痛すぎる。怖い。怖い。怖い。怖い。
と、私の上に乗っかっていた何かがピクリと反応し、次の瞬間私の上から飛びのいて窓から外に飛び出ていった。
二階の屋根から隣の屋根へと移動していき、あっという間にその姿は見えなくなった。
「由良!?おい、大丈夫か!!」
聞きなれた声がして左目を開ける。
「・・・キョン、くん?」
「谷口、救急車!国木田は救急箱探してくれ!どこにあるかは解らないが急げ!!」
「どうし、て・・・ここに?」
「いや、今日カラオケ行く事になってさ。行く途中で谷口が『由良が暗い顔してから誘おう』って言って」
「えへへ・・・そう、なんだ」
「キョン、持ってきたよ!」
「早かったな。サンキュー国木田」
キョンくんは消毒液を右目以外の腕や脚の抉られた部分に噴出する。
染みるなんて物じゃない痛さが広がる。
「我慢して」
キョンくんが私の頭を撫でる。あやすように。
そして、消毒が終わり包帯が巻かれる。
「右目は病院で処置してもらうしかないが、それ以外の場所はこれで応急処置できたはずだ」
しばらくして、サイレンの音が聞こえた。
でも、私の意識は既に駁模様だった。
「由良、しっかりしろよ!」
「・・・うん」
「意識を保て!死んだら駄目だぞ!!」
「・・・う、ん」
キョンくんがぼやけていく左目の視界で焦っているのが解る。
その間にも私の意識がフェードアウトしていく。
「国木田、一番意識を取り戻す方法って何だ?」
ふと、キョンくんが国木田くん尋ねたのが聞こえた。
「ショックを与えること、じゃないかな?」
「・・・そうか」
彼の唸る声がして数秒。
「・・・由良、ごめん」
キョンくんがそう謝罪した。ふと顔が近付いてくる。
そして、何かが唇に触れた。
ぼやけた意識。状態が状態なだけに理解するのに苦しんだ。
やがて、理解すると共に意識が一気に元に戻った。
「キョ、ンくん!?」
思わず叫んだせいでズキンと体が痛んだ。
「よし、意識が戻ったな」
彼はあろう事か私にキスをしてきていた。
心臓が高鳴る。ドクンドクンと。
「こっちです」
廊下から谷口くんの声が聞こえる。そして、救急隊の人たちが部屋に入ってくる。
「この止血は誰が?」

「俺が腕と脚の部分に包帯巻いて止血しました」
キョンくんがさっと説明する。
隊員がそれに頷くと素早く私に聴診器を当てる。
「心拍数は正常。脈拍は弱いですが。それで隊長、この右目は・・・」
「むぅ・・・」
隊長と呼ばれた救急隊の男の人は何も言わずに唸った。
私はそれで何となくあぁ、右目とはさようならなんだなと解ってしまった。


<SIDE KYON>
その後。担架に乗せて由良を運んで病院の処置室に送られた。
状態は、命には別状が無いとの事だが、右目は完全に眼球が無くなっていて、どうしようもないのだという。
「・・・国木田、谷口、どう思う?」
「僕等のクラスの人間が二人狙われる・・・異常だと僕は思うよ」
「同意だな。何かおかしい」
「だよな・・・まだ二人しか狙われてないが二人とも女子」
しばらくそんな会話をしていると、由良が病室に移ったと言われた。
そこに行くと由良がスーッと寝息を立てて寝ていた。
俺はほっと安心した。そして、ある事を反省した。
・・・本当はキスみたいに心臓がバクバクするような事、したらいけないんだよな。出血量増えるから。

その後。家に帰ってシャミセンと戯れる。
「ふぅ・・・」
「どうしたんですか、ご主人様」
「いやさ・・・友達が二人今大変な事に成っててさ」
「大変、ですか?」
「あぁ。何だか知らないが、誰かに襲われてさ。今教室で話題になってるんだ。一人は恐らくもう死んでるだろう、って」
「そうなんですか・・・。ご主人様、元気出してください」
シャミセンが俺の頭をなでなでしてくる。
「ん。ありがとう」
「どういたしまして。えへへ~」

 


物語は、まだ始まっていない。故に、始まるのだ。今、ようやく。

 

 


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