第五話「教会のクラスメイト」


ぞくぞく。
また、この感覚が来たと俺は布団の中で溜息を吐く。
いつの間にかあの状態に慣れてしまったこの体は連日連夜気配を察知する。
それは大抵窓の外に居る。こんな雨の日でさえも。
黒い鴉が。
カーテンを開ければただじっとこっちを見ているだけで何もしない。
必ず目が合って気持ち悪いだけだ。あとは殺意が芽生えるだけ。
インターフェースに向けていた時と比べて理性が残るようになっているが。
しかし、理性があっても止められない。異常なまでの、常軌を逸した殺意を。
「・・・・・」
それを堪えるように起き上がってカーテンに近づき、締める。
このまま開けっ放しで寝てると何故か鴉に殺されそうな気がしたからだ。

―――キャンキャン!!

遠くで犬が鳴いているのが聞こえた。
鴉の次は犬。ここら辺は動物が多いな。俺はそんなのんきな事を考えて、

―――ブチュッ。

その音と共にそれを払拭した。
「なんだ・・・今の音は」
まるで水の入った袋を突き破って、それが飛び散ったかのようだ。
あたかも血袋、即ち人間の中から血が飛び散るかのように。
気付いたら、俺は窓から外に飛び出ていた。きちんと、ナイフを持って。
鴉は何処かに飛んで行ったらしく居ない。
もう体がおかしいとか細かい事は気にしないようにした。
窓を開けとけば一階から自分の部屋に戻る事も今の俺には一足す一の足し算並だ。
「・・・凄い血の匂いだ・・・」
体が疼く。血を欲している。飲みたいと叫んでいる。
それを失いかけの理性で抑えながら冷静にその場へと向かう。
途中で外国人風の女の子と擦れ違った以外は人と出会わなかった。
やがて正体を見た。
「あれは吸血鬼か・・・」
やや茶色いツインテールの髪が揺れている。
横たわっている男性はもう恐らく生きては居ない。血を啜っている最中だろう。
血を流し込んで自分の人形にするかしないか。
そんな事はどうでも良いか。やれやれ。
「・・・誰?」
ふと、吸血鬼が振り向いた。それは、顔の可愛い女子高校生ぐらいの吸血鬼だ。
「意思を持っている・・・。リビングデッド・・・いや、死徒か」
知りえない情報を頭に流し込んでいく俺の体の知らない何か。
そこから推察する。これは、死徒だと。
何の事かは解らないが死徒だと解る。何の事かは解らないが死徒が何か解る。
今まで生きてきて聞いた事の無いような言葉が頭にあふれていく。
「貴方誰?何のようでここに居るの?」
死徒の少女は俺に首を傾げて聞いてきた。
「キョンって呼ばれてる。ただ、犬がうるさかったから様子を見ようとしたら途中で君が吸血をしていたんだ」
「も、もしかして教会の人?」
何か怯えるように尋ねてくる。俺はなるべく安心させてやろうと思って
「何の事かは解らんから違うだろうな」
となるべく優しく言った。それを聞いた少女はほっと胸をなでおろしていた。
「じゃあ、普通の人?」
「いや、普通じゃないだろうな。この前、出来損ないの吸血鬼を殺したからな」
「ふぅん・・・」
「ま、そういう事で俺は立ち去るのでさよなら」
「・・・待って!!」
「なんだ?しかも・・・いきなり殴りかかってきて」
俺はそう口では言うが冷静に右手で少女のパンチを防いでいた。
「驚いた・・・。結構半分以上の力で飛び掛ったのに片手で防がれるなんて。本当に普通の人じゃないのね」
どうやら試し撃ちらしい。普通の人かどうかを調べる為の。
恐らく普通の人間が食らったら骨は砕けるだろう威力だ。
普通の人間だったらどうするつもりだ、と言いたくなるがとりあえず堪える。
そして、リビングデッドと死徒ではこんなに差があるのかと俺は心の中で舌を巻いた。
「試してごめんね。私、弓塚さつき。れっきとした死徒だよ」
「そりゃ解るよ。なってどれぐらいなんだ?」
「血吸われた直後だから、半年ぐらいかな」
「半年でこの実力か。希代のポテンシャルだな」
「でしょ~?」
頭は理解していない。何を言っているのか。何を言われているのか。
だが、体が理解して言葉を紡ぐ。そんな状況にも俺はどうでも良くなっていた。
っていうかハルヒ達と関わってる時点で人外と関わってるんだから今更か。
自分自身がこんな風になるとは思わなかったが。
「こうやって人と話すの久しぶりだからなんだか嬉しいな。昼間は人多いけど、夜は少ないし」
「日に当たれないのか?」
「うん。ある程度力が付けば、大丈夫かもしれないけど、だとしてもまだまだ」
「そうか。真祖なら歩けるんだろうにな」
「ね」
俺の視界にふと自動販売機が映る。
「コーヒー飲むか?」
「ん~・・・ココアが欲しいかな」
「あいよ」
俺は自販機にお金を入れて森永森のココアを投げ渡す。
弓塚は見事に片手でパシッと掴む。
「ありがとう」
「どう致しまして」
俺はと言えば炭酸飲料定番中の定番、コカ・オーラを購入する。
少しだけリアル・コールドと悩んだのは内緒だよ。
適当な場所に座りフタをあける。
ゴクッ。
うん。この喉を突き抜ける炭酸と糖尿病患者には危険だろう甘味。
この醍醐味を堪能しよう。そうしよう。
そして、俺がコカ・オーラの二口目に口付けるのと同時だった。
弓塚と俺は咄嗟にその場から離れるのは。さっきまで俺達が居た場所になにやら物々しい物が刺さっていたのは。
「避けられたか・・・だが!!」
黒い装束に身を包んだ何かが遅い掛かってくる。
手に持っているのは、聖典か。無闇に接近出来ないな。
まぁ、いきなりぶっ殺そうとはせずに話し合いで済むようなら話し合いで解決しよう。
あの程度の動きなら、どうって事はない。・・・いや、
「後ろだ!!」
俺の叫びに弓塚の気配が動いたのを感じた。やれやれ。どうって事あるな、これは。
「恐ろしいな・・・。下手とは言え、消した気配を動じずに察知するとは」
相手は女性らしい。しかも若い。後ろも歩く音を聞く限りは女性か。
これ以上は居ないらしい。敵は二人。恐らく俺の前に居る方が強い。
弓塚の戦闘能力はさほど強くないだろう。追いかけていった奴も同様。ならば、俺が前に居る奴を相手するしかない。
「私と戦うつもりか?」
「戦いたくはない。なるべくなら平穏に過ごしたいから、そっちが仕掛けてきたら防御するだけだ。手を出さないなら何もしない」
「言う事が甘いね」
後ろから聞こえた。こいつは、動きが良い。なかなか遊べそうだ。
インターフェースなんかと比べ物にならない動きだ。
一秒間にパンチ二十発か。力を抜いた俺が振り向きざまに防げたという事は、手を抜いているな。
「全て防がれるとは。なかなか良い腕をしている」
「本気で来ないと、痛い目に合うぞ」
「ほう・・・ならば、本気で殺らせて貰うぞ」
「殺されるのは、ごめんだ」
体の中にある全ての部品のチェックを行う。チェックするまでも無いが。
腕、異常無し。脚、極めて良好。内臓、ダメージ無し。骨、極めて良好。筋肉、極めて良好。
逃げられる。弓塚はだいぶ遠くに行ったみたいだし。
・・・まぁ、弓塚を追ってる奴が戻ってきたら別だな。
「すいません、逃がしました」
こんな風にな。
「仕方ない・・・。今はこっちを片付けるぞ」
「はい」
やれやれ。どうしたら良い物か。相手は二人か。
インターフェースみたいに空間を想像してそこに逃げられれば良いのにな。
あぁ、それは不可か。全くもって面倒臭いもんだな。
でも、殺したくは無いな。殺人衝動になるべく囚われない努力をしないと。
じゃあ・・・逃げるしかないな。二人とも突破出来ない壁じゃない。
・・・ん?空気中の魔力が、薄れていく?
「な、なんだこれは・・・!?」
俺の前に立ちふさがる女性がうろたえる。
「これは、チャンス・・・!!」
俺は女性に背を向けると一気に跳ねた。逃げるためだ。背を向けるのは一番危険な行為だが、一番早く逃げられるからな。
「っ!しまった・・・逃がすな―――大野木!!」
「・・・大野木?」
女性の叫びに反応した少女の顔を、俺は見る。
大野木。
あぁ、聞いた事ある苗字だと思ったよ。クラスメートがまさか教会の人間だったとはね。
「キョンくん。逃がさないよ」
「悪いけど、お前じゃ俺の相手にならない」
空間を立体的に動く術を持たないお前じゃな。
俺は近くの木を蹴り上げて一気に近くの地面へと頭から突っ込む。
そして、激突する手前で手を使って飛び跳ねる。
「じゃあな、大野木。また学校で会おうぜ」
「学校でって・・・って事は死徒じゃない?なのにその運動能力。キョンくん、貴方は・・・」
「俺もよく解ってないんだ。悪い。お前らなら俺の素性ぐらい簡単に調べられるんだろ?勝手に調べて教えてくれ」
後はその場から去る。それだけだった。気配を消して、いや、気配を殺して。
あいつらにも探知されないほど。

・・・・・・・・・。

「・・・教会、か」
家に帰って今日体内から湧き上がった知識を脳内で整理する。
何かと関わる度に溢れて記憶に帰っていく知識。
あの人外の集団を俺は知っている。死徒が何か、理解できなかった物を理解出来ている。
まるで記憶に被っていた蓋が取れたかのように理解していく。
自分が何なのかという最近持った疑問も解せないままなのに。
「・・・長門に、相談してみるか?」
・・・いや、やめておこう。
アイツ等が何も言わないのならハルヒに関して何も起こってないという事だ。
無駄な心配を掛けさせる訳には行かないし、無駄な事態を起こさせる訳にはいかない。
「キョンくん・・・」
ふと部屋の入り口から声がした。そっちを見ると、朝倉が立っていた。
「朝倉・・・」
「何処行って・・・キョンくん。ちょっとだけ動かないでね」
「ん?あぁ・・・」
朝倉は俺の頭をそっと触って、
「・・・情報連結、解除」
と、呟いた。一瞬だけそんなアホなと思ったがどうやら解除されるのは俺じゃないらしい。
何かが、頭から消えていくのを感じる。それは深く食い込んでいるが、感じない程度の細い何か。
「何を情報連結したんだ?」
「頭の中で神経と融合しかけてた何か。私にも解らないけど・・・」
絶句した。そりゃ何と恐ろしいことだか。
「少なくともインターフェースにはこんな技術無いし非科学的だわ。だから情報連結も不十分にしか出来ないけど、多少はマシな筈よ」
一体誰がそんな物を頭に埋め込んだのか。
今日出会った人間を思い出す。とは言っても休日なので人が限られる。
公園で出会った死徒。確か、弓塚か。あいつはそんな事を俺に隠さず出来るような動きではない。頭では何も理解できない、体で判断して、ではあるが。
あとは襲ってきた人間。誰かとあと一人―――大野木。
二人、特に俺が相手した方はインターフェースなんかと比べ物にならないぐらいの動きだったが残念ながら何かを隠すような行動が出来るような動きではない。
と、なると第三者があの場に居たという事か。
しかし、気配もなかったのに誰が。まさか、遠くから投げ込んできたという事か。ありえない。
・・・いや、一人居た。弓塚と会う前に擦れ違った通行人が。
よくよく考えれば妙なものだった。
何処かコスプレみたいな服を着て、なおかつ俺より年下のような顔立ちだった気がする。
そんな人間がこんな時間に出歩いているとは到底思えない。
「あいつか・・・」
危害は与えられてないあたり、恐らく殺意がある訳ではないだろう。
脳に埋め込む。細い何か。
・・・明日あたり大野木にでも聞いてみるか。
「・・・キョンくん」
「ん?」
ふと俺は朝倉に名を呼ばれた。
「危ない事、してないよね?」
「あぁ、大丈夫だ」
・・・いや、嘘だな。かなり危ないんじゃないかと俺自身気付いてる。
危なすぎる、と言った方が正しいか。
「・・・なら良いけど」
そうは言いつつまだ不安そうな表情で朝倉は俺を見てくる。
「大丈夫だ。俺は、厄介事はごめんだからな」
「そうだよね。うん、キョンくんは面倒臭がり屋さんだから」
「それは腹立つな、おい」
「ごめんごめん」
しばらく睨み合って、俺達は堪えきれずに笑った。
翌日。大野木に会おうと思って少しばかり早めに学校へ出た。
少しばかり?否、凄く早い。
「さて、これから何分待てば良いのやら」
と、呟きながらポケットの中のナイフを確認する。いざという時の為だ。
俺は教室の扉を開ける。そして、
「・・・こっちの意図を読んでたみたいな早さだな、大野木」
ぽつんと教室にたった一人で座っていたそいつに話しかける。
「おはよう、キョンくん。何か聞きたい事があるんじゃないかな?」
「ある。頭の中に埋め込む神経と融合する細い何か知らないか?」
「・・・え?」
想像していた質問と大きくかけ離れていたのだろう。思いっきり目を大きく見開いていた。
そりゃもう作ってない完全な驚愕の表情だ。
「だから、頭の中に埋め込む神経と融合する細い何か知らないか?」
我ながら何て稚拙なヒントだ。これだけの情報で解るのだろうか。
はっきり言って白くてうにゅ~よりも解り難いのではないだろうか。
あぁ、そうだな。これで解るわけが無い。諦め・・・
「・・・ん~・・・もしかして、エーテライト、かな・・・」
・・・るのはまだ早いようだ。
「詳しく」
とりあえず詳細を求める事にした。
「私自身、よく解らないけど・・・アトラスの錬金術師が使ってる、エーテル製のモノフィラメントよ」
・・・ん?
「待て。さっぱり解らない。アトラスって何だ?エーテルって何だ?」
俺の質問に対し、大野木は顔を微妙に顰めた。
そして、苦々しく笑う。
「驚いた・・・そんな初歩も知らない乏しい知識で私達に刃向かって来たなんて」
「刃向かう?アホ言え。正当防衛だろうが」
「まぁ、良いわ。アトラスってのは・・・まぁ、錬金術師の集まる所だと思えば良いかな」
「ん。ならOKだ」
これに関しては体の中に知識が入っていたっぽいな。
微妙に体内から引きずり出されて脳内へと知識として吸収されていくのが解る。
「エーテルっていうのは全ての物質の素と言われてる第五架空元素の事。魔術に必要不可欠な物ね」
「ん~・・・いまいちさっぱり理解出来ないが、まぁ、OKだ」
「で、肝心なエーテライトは脳内へのハッキング。まぁ、相手の記憶を複製する事が出来るとでも言えばいいかな」
「そんな物が埋め込まれてたのか」
「ん?でも、そうなると・・・エルトナム家の誰かが居るのね・・・まさか、ワラキアも・・・・・」
「はい?」
「ううん。こっちの話。ねぇ、昨日一緒に居た弓塚さつきについて聞きたいんだけど、良い?」
いきなり話を変えてきた。エルトナムとワラキアというのはどうもあまり触れて欲しくないお話のようだ。
まぁ、良い。面倒事に自分から関わっているから難だが、面倒事は嫌いだしな。
「う~ん。あんまりよく解らないんだが・・・。まぁ、そんな悪い奴には見えなかった」
大野木は俺の返答にさも当然という表情で
「そりゃ人間だった頃はクラスのアイドルだったらしいからね。人を殺すのも吸血鬼であるが故の嫌々というべきね」
と答えてきた。どうやら俺以前にもこんな回答した奴が居たような雰囲気だ。
違う情報を知りたがっているのかもしれない。
「何が知りたい?」
「いえ・・・もう良いわ」
どうやら重要なのは印象のようだ。一体、何が何やら。
「あと、キョンくんの素性についてなんだけど・・・解らないのよ」
「解らない?」
教会ってのはFBIとかCIAの数百倍以上の情報収集能力がある筈なのに。
まぁ、これも俺の体内にあった変な記憶曰くだけどな。
「えぇ。途中から全くの暗黒。どこそこの病院でいつ生まれたという記述が残っていても、それが事実であるという実証が無いの」
「どういう事だ?」
「つまり途中途中の経緯に関して、記述だけで証拠が無いの。そこに居たという証拠も何もかも。小学校中学年から前に関して」
「・・・はぁ?」
「例えば、貴方が小学校一年生の時に担任だった先生に貴方を知ってるかと聞くの。そうしたら知ってると答えてくる」
「当然だろ」
「担任だったか、という質問に関しても同じ。だけど、貴方について尋ねると何も知らないの。そして、貴方に関する資料も無い」
「・・・え?」
「空白過ぎるの。何もかもが。土台が無いのに家が建ってる。そして、それが浮いているみたいに」
そこまで言われて初めて気付いた。子供の頃の記憶。それが、非常に曖昧な事に。
いきなり曖昧になるのだ。幼い頃から今の家に住んでいると記憶に刻まれているのにどんな過ごし方だったのかぼやけて解らない。
それは、ある時を境に。
大野木の言う小学校中学年あたりから過去に関して。
「どういう事だ・・・?」
「解らない。誰かが改竄したのかもしれない。凄く大掛かりな改竄を」
俺は自分自身に恐怖した。
一体何者なのか。俺はキョンだ。しかし、しかし・・・解らない。
そう考えると今の家も一体どうだったのやら。
今にも頭がショートしてパンクしてぶっ壊れるんじゃないかと思うぐらい俺は頭を抱えた。
解らない。一体何だというのか。
そんな俺を脱力させたのは、
「WAWAWA忘れ物~♪」
という普段より数倍早く来た友人の歌だった。
「・・・谷口。今更忘れ物取りに来てどうするんだ?家に帰るのか?」
「いや、何となく今日は早く学校に来ようと思って早く来たのは良いんだが、家に通学カバンを忘れたんだ」
・・・こいつ、真性のバカか?
 


 


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