GW半ば金曜日の夜8時を過ぎた頃、ようやく帰りついた俺は家の前でふと気付いた。

鍵がない。

どうやら、今日の野外活動の際に落としてしまったようだ。 家族は揃って旅行に出かけている。

家族サービスに付き合わない薄情な息子だなとつくづく思うが、俺には休みなく立てられた予定と、休んだ場合の死刑執行の二者択一しかなかった。
GWの予定の半分をこなしたこともあり、体の疲れを感じながら暫し放心していると電話が鳴った――例の執行人からだ――。
「いっそ殺してくれ・・・」
そう呟きながら電話にでる。もしもし?
「キョン?あんた上着忘れてるでしょ。財布と――あと鍵が入ってるわよ!」
ため息がでた。いよいよ末期だな俺も・・・何にしても助かったから良かったが。
「何ため息ついてんのよ!今から届けてやるから覚悟しときなさい!」
一体何を覚悟するというんだ。金か?命か?いくらでもやるから睡眠時間だけは勘弁してくれ。

そこまで考えた時点で事の重大さに気付いた。ハルヒが・・・届けにくる?取りに来いじゃなくて?
「ちょっと待て!俺が取りに――」
そこまで言って満面の笑みでこっちに近づいてくるハルヒに気が付いた。

さよなら、俺の睡眠時間。

「あんたもアホねー。頭がお留守なんじゃないの?」
皮肉たっぷりに俺をなじるハルヒ執行人。俺の知る限りのGWのどの活動よりも楽しそうだ。
なんでわざわざ届けに来たんだ?まあ、良い機会だから俺に恩を売ろうってのが何よりの理由だろうが。
「そりゃあ、もちろんあんたに貸しを作るためよ!」
ほらみろ、大的中。誰か景品くれ。
「帰る途中であんたの上着借りてんの気付いたからわざわざ届けてやったってわけ」
なるほど、なんで上着忘れたのかも分からなかったが、活動中に俺が薄着してきたこいつに貸したんだっけ。
「そうか、それはありがとな。でもこれで貸し借りは無しだからな」
「お茶くらい出しても罰は当たらないんじゃない?」
なんというレスポンスの速さ。
「でもな・・・」
俺が口を開きかけると、ガチャリという鍵の音とともにそりゃあもう元気なお邪魔しますが同時に耳に入ってきた。
ハルヒ、お前瞬間移動にアバカムまで使えたんだな。

とりあえずハルヒをリビングに座らせ、麦茶をだす。

あたしは麦茶よりウーロン茶のほうが――なんて言ってたが無視してやった。
俺も腰を落ち着けるとハルヒが口を開いた。
「妹ちゃんはどうしたの?」
この時何も深く考えずにありのままを話した俺が馬鹿だった。
「じゃあ誰も居ないのね。つまんない」
そんなことないぞ。滅多にない二人きりで静かに過ごす日常、俺はむしろ嬉しい――なあシャミセン。
ともかく今この家に崩壊因子が入り込んでる以上下手な言動は慎んでさっさとお帰りいただくべきだろう。
と俺が賢明な判断をしたのにも関わらず、そいつは一瞬で無駄にしやがった。
「決めた!あたしが晩御飯作ってあげる。感謝しなさい!」

分かってる、こいつがそういう奴なのは重々承知している。だが言わせてくれ。

すまんハルヒ。何を言ってるのかさっぱり理解できない。

ハルヒは厨房に入るなりいそいそと何かを作り始めた。
「覗いたら死刑だから!」
そういわれて仕方なくリビングでテレビとにらめっこする俺。
なあハルヒ、そういう場合匂いがきつくて何作ってるか分かるものは避けるべきじゃないのか?
そして、ハルヒの作ってる料理が何たるかが分かると俺は更にゲンナリした。
こいつが料理の腕が良いのは知っている。晩御飯を作ってくれてるのも正直嬉しい。だがな、そうじゃないんだ。

ハルヒが料理を運んできた。

良い笑顔するねお前。俺の引きつった感謝の笑顔とは純度が違う。
「さあ!遠慮せずに召し上がれ!」
ハルヒ料理長、こんなに上手そうなカレーを作っていただきありがとうございます。
でもなハルヒ、お前はキッチンにあるゴミに気がつかなかったのかい?

「ごちそうさまでした。結構なお手前で」
俺は通算4回目(そのうち3回はレトルトだが)のカレーを平らげた後、うんざりしながらハルヒの分も含めて後片付けに取り掛かった。
あたしがやるからいいわよ。なんていってたがそうはさせない。

1人居心地の悪さを感じさせながらご帰宅まで持っていこうというこの俺のすばらしい策略。抜かりは無い。

1人黙々と皿洗いをしていたが、こっちも幾分気まずい。
こいつに家に入られた時から妙に意識してしまって・・・駄目だ、調子が狂う。
俺は自分の計画も忘れハルヒに話しかけてみた。
「なあハルヒ、明日はボーリングだったっけ?」
・・・・・・返事が無い。
すねてんのか、寝てるのか、ただの屍なのかしらんが何かしら反応してくれてもいいだろう?
俺は顔を上げてリビングを見た。
・・・・・・いない。

階段を上ってく足音が誰なのか俺は分かりたくなかった。

俺はようやく階段を上っていったのがハルヒなのを認め、後を追った。 ――しまった。連日の活動でハルヒの言うとおり頭がお留守になっていたらしい。階段上って何をするかまでは考えに至らなかった。
それよりなんであいつは俺の部屋を知ってるんだ?いや、今はどうでもいいなそんな事。
あの部屋には谷口大先生からお借りしたいかがわしいDVDと青少年に悪影響を与える恐れがある雑誌が隠されている。
あいつにこれ以上借り・・・いや、弱みを握られるのはゴメンだ。

部屋のドアを開けるとハルヒはベッドの上でうつぶせになりながら本を読んでいた。
部屋は――荒らされていないようだ。ほっと胸をなでおろす。
俺は漫画を一冊手に取り、ベッドに腰掛けながらハルヒに話かけた。 「人の部屋に入りたいんなら、本人の承諾を取ってからにしたらどうだ?」
ハルヒは本をめくりながら――読むのが早いなハルヒさん――こっちも向かずに反論した。
「開いてたから入っただけよ。それに、あんたが全然楽しそうじゃなかったからちょっと意地悪しただけ」
なぜか悲しそうに聞こえたが、気のせいだろう。
ハルヒに目をやるともう半分以上読み終わってる。
俺の部屋に横文字の本なんかあっただろうか?なんて考えているとハルヒが口を開いた。
「何よ!この日記!毎日毎日、今日は疲れた。と、ミクルちゃんのお茶がおいしかった。しか書いてないじゃない!」
卒倒しそうになった。

が、なんとかこらえて俺はハルヒの持つ日記を奪おうと試みた。
「なに見てやがる!」
俺の決死の抵抗虚しくハルヒに足で締め上げられてしまった。
今、うらやましいとか思った奴がいたらぶん殴りたい。
今はそれどころじゃない。ハルヒやめろ!次のページは駄目だ!お願いしますハルヒさん!
ハルヒはふふん♪とほくそえむと次のページに手をかけた。

誰か俺を殺してくれ。

○月×日晴れ
なんだかね、できるだけ見られてもいいようにと書いてきたがつまらないもんだ。
読み返して顔が赤くなるようなことを書いてもいいか。どうせ誰も見ないだろうし。
PS.今日も朝比奈さんのお茶がおいしかった。

○月△日晴れ
あいつのことが気になってるんだと最近自覚し始めた。
最初はあれのせいかと思ったが、どうやら違うらしい。
俺も普通の男子高校生だったってわけだ。
PS.今日もハルヒにこき使われた。物凄くしんどい。

ハルヒは真剣にその日の日記を見ていた。
ばれた。ハルヒはどう思うだろう?こんな形で愛の告白なんて最悪だ。
俺は体が熱くなるのを感じた。しばらくの沈黙のあとハルヒは満面の笑みを浮かべながら言った。
「で?あんたの好きな人って誰?」
最初は、ハルヒは分かってるんだが俺をからかおうとしてそう言ったんだと思った。
だが、ハルヒの表情を見て確信した――こいつ誰の事か気付いてないな――
俺は心の中でガッツポーズし、あくまで冷静に返した。
「さぁな、秘密だ。」
こんな形でばれてしまうのは俺だって避けたい。俺にも心の準備ってもんがある。
「いいから教えなさいよ!」
ハルヒはこっちを向き、俺に絡み付いてる足をより一層締め付けた。入ってる、マジ入ってるって。
「ぐ・・・断る・・・」
必死に抵抗して発言したにもかかわらず、こいつは諦めようとしなかった。
「団長命令よ!」
とドスの聞いた声でまくし立てる。

そんなハルヒの眼が潤んでたのに俺はまだ気付かなかった。

「ほら、早く言いなさいよ!」
俺はなんとかハルヒの足から逃れると、息を整えて反論した。
「誰だって言いたくないことの一つ二つあるだろ。それにお前にそんな弱み握られたらたまったもんじゃない」
「そんなの関係ないわ!あたしは団長なの。団員のことくらい知っておかなきゃ駄目でしょ!」
相変わらず受け答えが速いな。

この時俺は、今のハルヒの言葉はいつもどおりの横暴な物言いなのだろうと考えていた。
だが、後から考えるとそれは悲しさを紛らわすための強がりだったのかもしれない。

時計は10時を回っていて、部屋の中は電気がついていないせいもあり、薄暗かった。
「だいたいな・・・」
俺はようやくハルヒの眼が潤んでるのに気付いた。言い訳じゃないが薄暗かったんだからしょうがないだろう。
そういえばさっきから声が震えているようにも聞こえなくは無い。
俺だってそこまで鈍感じゃないさ。

それに気付いてから、なんでハルヒが今までそんな態度をとったのかぐらい分かる。
だからこそ、その後の言葉に詰まってしまった・・・・・・かっこつけてスマン、パニくってしまったんだ。
ハルヒは俺に気があるからここまで固執したんだろう。
日記に「あいつ」と「ハルヒ」を区別して書いたのが誤解を生んだな。
喜べハルヒ。「あいつ」はお前の事で、もっと言うと「あれ」はポニーテールのことだ。
などと、自惚れに近い考察をしていると、ハルヒはいきなり立ち上がった。眼から何か落ちましたよお嬢さん。

「帰る」

全身に緊張が走った。ヤバイ。このまま帰られるともうこの誤解を弁明するチャンスは無い。
部屋から出て行こうとするハルヒの手を俺は無意識のうちに掴んでいた。

「何よ、離してよ!」
冷たい言い方だった。声はもうはっきりと震えているのが分かる。
そういうわけにもいかないんでな。俺はもう考えることをやめて思いつきで喋っていた。
「そういうわけってどういうわけ?いいから、離しなさいよ!」
「分かった。話す」

間髪入れず俺は
「俺はなハルヒ、お前が好きだ」
―― 告白した。

ハルヒは押し黙ったまま俺から目をそらさなかった。
1分くらいたっただろうか、俺には1時間にも2時間にも感じられる長い長い1分間だったが。
俺はハルヒの手を離し。机の一番下の鍵つきの引き出しを開け、日記を取り出した。
こちらはメモ帳サイズの日記だったが、日常的なことを書いたさっきのとは違い、長門や朝比奈さん、あと古泉から聞いたものをまとめるのに使っていたものだった。
俺とハルヒが巻き込まれたあの事件後からはすっかり用無しになっていたが、こんなところで役立つとは思わなかった。
俺は日記の一番最後ページを破るとハルヒに渡した。

――今日はハルヒがポニーテールで学校にやってきた。いかん、反則だ。可愛い。認めたくはないが、俺はハルヒのことがなんだかんだ言って好きなんだな。認めたくないが。
この日記はやばいことだらけ書いてあるから見られないようこれをもって厳重保管だ。特に最後のだけは――

スマンな過去の俺。よりによって最後のだけ、見せることになっちまった。

ハルヒはそれをまたもや真剣に見つめると下を向いて震え始めた。
ああ、もうあの日記滲んで読めなくなったかな?

そんな事を考えていると突然物凄い力でハルヒが体当たりをし、俺をベットに押し倒した。

「このっっバカキョン!!女の子を泣かすなんて最低よ!!」
ハルヒは俺の胸のあたりに顔をうずめ、声を震わせて怒鳴った。
「そうか、悪かったな」
ハルヒが顔をあげた。
「でも、あんたにしてはなかなか頑張ったじゃない。あたしに惚れるのは分かるけど、面と向かって告白したのは褒めてあげるわ。」

今のハルヒの笑顔は今日一番の笑顔だった。涙をこすりながら笑みを浮かべるハルヒに、俺はたまらず抱きしめてキスをした。

次の日、朝早くにまたしてもハルヒが俺ん家に来た。
髪型がポニーテール。可愛い奴だ。
俺ん家に入るやいなやハルヒは音を立てて二階に上がっていった。
「今回は何の用だ?もう隠してるものは何も無いと思うぞ」
「また御飯作ってあげるんだから感謝しなさいよ!」
相変わらず返答が速い。そうだな、カレー以外なら感謝してやる。
俺がリビングでシャミセンと遊んでると、ハルヒが降りてきた。
「いったい何してたんだ?」
あのメモ帳はもう他のところに移したし日記も俺の想いを伝えた以上隠すことなど無い。
そう考えているとハルヒはまたもや満面の笑みを浮かべ
「キョン?あんたと私はまあその・・・一応付き合ってるのよね?」
「?まあ、告白したしな。」
・・・何抱えてるんだ?
「あの後正式にOKもらったんだし付き合ってるってことになるだろ」
もうすぐゴミ出さなきゃな・・・
「じゃあもうこれいらないわね!」
ハルヒは俺に紙袋の中身を見せた。そこにはいかがわしいDVDと青少年に悪影響を与える恐れのある雑誌が大量に詰め込まれていた。
「ゴミに出してくる!」
と玄関まで進むハルヒ。おれは後を追った。
「ちょっとまてハルヒ!それは谷ぐ・・・・・・」
それ以上は口が塞がって何も言えなかった。ハルヒは俺から唇をはなすと、眩しいほどの笑顔で
「必要なときはあたしに頼りなさい!団員の面倒をみるのが団長の勤めなんだから!」
と言い残し足早に外に出て行った。

 

俺は1人ハルヒの言葉を反芻しながら体が熱くなるのを感じていた。

 


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