「それがよー、結構ドジっ子なんだよなー。炊出し所でも皿をよく割っていたし」
「ほほう、それはそれは」
「でもよっ! それがまたかわいくて仕方がないんだ! んんーもうっ、こう抱きしめてしまいたいほどに母性本能を
くすぐられるって感じだ! わかるだろ!?」
「そうであるかも知れませんな」
「しっかし、そんな彼女も結構頑固だったりするんだよなぁ。いや、どっちかというと意志が強いといった方がいいかも。
一度、言い始めたら絶対にやり通そうとするからなぁ。でもそんなところもかわいくってたまらないんだよ、これが!」
「それはそれは」
「でも、甘やかしすぎはどうかと思ったりもするんだよー。少しはこっちの意見も言っておかないと
ただのわがままになっちまうかもしれねーし」
「そうであるのかもしれません」
 おい、谷口。自分の彼女自慢は結構だが、少しは大人しくできないのか。大体、新川さんは完全にスルーモードだぞ。
どうみても、右の耳から入って左の耳から抜けているな。
 で、現在の状況だが、俺たちは順調に歩みを進め、現在は俺たちと北高のある陸の間に浮かぶA島へ向かっている。
ここからならK自動車道を伝っていけば、船を使わずに一直線に徒歩で移動できるという森さんの判断でこのルートを進んでいる。
 すでに閉鎖空間に突入してから早半日だ。すでに20キロ以上歩き、俺の足が徐々に悲鳴を上げ始めていた。
ただ幸いなことに、生存率65%ゾーンを移動中だというのに、今のところ敵対行動に出くわしてはいない。
道という道に戦車やら装甲車やらたまに戦闘機が墜落した姿が見えて、壮絶な戦闘が見て取れるというのに。
 ま、古泉の言うとおり、その時が例外だったのだろう。実際にそこの領域で敵対行動があった事例はほぼ無いとのこと。
なら、ぼちぼち侵入する生存率85%ゾーンがあらゆる意味で警戒しなければならないということだ。
 
◇◇◇◇
 
「なあ、古泉」
「何でしょうか?」
「いや……」
 正直、足がぴくぴく痙攣を始めているんで休みたいと言おうと思ったのだが……
 先頭を歩く森さん、それに続く多丸兄弟・古泉・新川さんと全く疲れた様子が見えない。それどころか、谷口まで
平然と歩いてやがる。国木田に至ってはばかでかい無線機を背中に背負っているというのにだ。
ここで休みたいなんて言えば、まるで俺がお荷物みたいじゃないか。
 俺は自分のプライドがちりちりと焼けるような思いになり、
「何でもねぇ。先を急ごう」
「……?」
 俺の反応に古泉が何を言いたいのだろうか?と眉を潜めたが、すぐに視線を俺から外して歩みを続ける。
 数分後、緩やかな上り坂を登り終え俺たちはA島につながる連絡橋に入った。橋から下をのぞいてみれば、
もの凄い勢いで海面が円を描いている。渦潮って奴だ。閉鎖空間内でも自然現象まではどうこうできないのか?
 そんなことを考えている俺を放って、他の連中はどんどん前進していく。俺も必死について行こうとはしているんだが、
身体構造が根本的に違うのか、同じ歩き方をしても途中で力尽きちまう。結果、じわりじわりと俺だけが後方に遅れ始めていた。
「大丈夫ですか?」
 俺が遅れていることに気がついた古泉が、足を止めて俺の方を振り返った。全然大丈夫じゃねえよ。
今、何かに襲われたら俺は真っ先にやられているぞ。
 そんな俺の状態をようやく察知したのか、古泉が耳に取り付けられている無線機でなにやら話を始める。
どうやら前方十数メートルを歩いている森さんと相談しているらしい。
 やがて話し合いが終わったのか、古泉は了解ですと答えると、
「2時間休憩します。思ったより順調に進んでいますから、このあたりで休息を取りましょう。
それにこれからが本番ですからね」
 俺は古泉のスマイル台詞を聞き終えないうちに、自分の荷物を路上に置き、地面に座り込んだ。やれやれ。
足の裏に老廃物でもたまっているのか、やたらと重く感じるよ。足にまめができていないのが不幸中の幸いだ。
 と、そこに谷口の野郎がやって来て、
「情けねーなぁ。もうギブアップかよ?」
「うるせえ。こちとら平凡な一般市民なんだ」
 そう俺は毒づく。そんな俺に古泉と国木田がフォローするように、
「気にすることはありません。2年も寝たりきだったうえに、ろくな訓練もしていないんですから」
「そうそう。今回の旅の主役はキョンなんだから」
 今はその言葉に甘えさせてもらうぞ。さすがにくたびれたからな。
 そんなわけで俺は地べたに座り込んで水筒の水を飲み始めたわけだが……
 …………
 …………
 …………
 正直言って気まずい。休んでいるのは俺だけで他のみんなは辺りを警戒するように銃を構えて辺りをうかがっているからだ。
 そんな居心地の悪そうな俺に古泉が気がついたのか、すっと俺の横に座り込んで、
「さっきも言いましたけど、気にしなくて良いですよ。休むとは言っても、みんなでわいわい和むわけにはいかないだけです」
「わかっているが……どうにもこうにもな」
 言葉にしがたいもどかしさにいらだつ俺だ。
 とりあえず、黙ったままだと嫌な気分が深まるだけなので、適当に古泉に話題を振ることにする。
「なあ古泉。おまえは結構この閉鎖空間の中に入って戦ってきたのか? 俺が寝たままだった2年間の話だが」
「数え切れないほどに。当然、この前の大規模侵攻の時も参加していますよ」
「ってことは、結構敵とやらに襲われたりもしたのか?」
 俺の質問に古泉はあごに指を当てながらしばらく考えるそぶりを見せた後、
「それも数え切れないほどにありました。ある時は黒い霧みたいなものに襲われましたし、
熊の大群に追いかけられたこともありますね。ああ、蜂の大群もありました」
 古泉の言葉から俺は脳内で映像を浮かべてみるが、とんでもないものばかりで思わず目の前が暗転してしまう。
「やれやれ。この先、俺たちはそんな目に遭うことになるのか?」
「でしょうね。今までの事例から言って、なにもなく進めるとは到底思えませんから」
「ってことは――」
 そこで俺は足下に置いていた自動小銃を手に取り、
「こいつをぶっぱなしたこともあるのか? もちろん、訓練じゃなくて実戦でだ」
「当然です。どれだけ撃ったか、もう数えることもできませんよ」
 ふと、古泉の言葉に違和感を覚え、
「ん? ちょっと待て。お前この中なら超能力が使えるんだろ? いつぞやのように赤い球体に化けたりして」
「その通りです。ですが、あれはなかなか大変な行為でしてね。長時間継続してできるものではないんですよ。
ですから、そこまで危機の迫っていない状況ではこういう通常の武器を使用して戦うことにしています。
相手が神人ならば、超能力で戦うしかありませんが、幸いここに出現する敵にはこういった武器でも対抗できますから」
 なるほどな。できるだけ温存しておきたい切り札ってことか。ま、確かに調子に乗って超能力を使いまくって
本当にそれが必要になったときにガス欠で使えませんでは、問題が大あり過ぎるだろう。
 古泉に続いて、谷口・国木田の方に振り返り、同様の質問を投げる。
 それに二人はしばらく顔を見合わせていたが、
「あるに決まってんだろぉよー。そりゃもう華麗に敵をばったばったと叩きのめしていったぜ」
「僕はないね。何度かここに来たことがあったけど、運良く敵には遭遇しなかったよ」
 そう交互に答えてきた。
 俺はじっとその黒光りする自動小銃を眺める。精巧に細部まで作り込まれた殺傷兵器。
普通に高校生をやっていたときには、こんなものを手に握りしめる日が来るとは考えもしなかった。
訓練でさんざん発砲してきたが、今でも平凡な一般市民というステータスにしがみついているのか、
どうしてもその感触に慣れなかった。はっきり言って、いざ敵に襲われてもきちんとこいつが撃てるのかって不安になる。
腰を抜かして何もできないんじゃないかと。
「おいキョン、そんなことを考えてどーするんだよ。敵にあったときのことを考えても仕方ねーだろ? なるようになるって」
「お前のその脳天気神経を一本よこせ。そうすりゃ俺ももっと楽観的に考えられるだろうよ」
 そう嘆息する。
 そんな俺に古泉は良いことを思い出したと指を立て、
「なら某映画からの引用ですが、発砲の際の大事な注意事を教えましょう。撃つときはみんなと同じ方向に向かって撃つ」
 おい古泉。それは結局みんな一緒に誤射したというオチにつながるぞ。不吉なことを言わんでくれ。
 ただ、古泉達の余裕さから見ると、全員結構な経験を積んでいるんだろうな。何度も危ない目にも遭っている。
「……こういっちゃなんだが、よく生きて帰って来れたな」
 そんな俺の何気ない一言に、古泉はニカッとスマイルを浮かべると、
「僕がこうやって機関の人たち――森さんたちのおかげですよ」
 そうまわりの機関の人々を見渡した。その声は自信――いや、信頼感に満ちている。仲間意識ってやつか。
 ――と、ここで古泉が耳に付けた無線機でなにやら会話を始めた。俺たちの前方数十メートルのところにいる森さんが
同じように耳に手を当てているところを見るとどうやらこの二人が会話をしているみたいだ。
 やがて、話を終えた古泉はやや深刻な表情を見せつつ、
「すみません。予定を繰り上げて出発します。ここに長居するには少々問題が発生しましたので」
「なんかあったのか?」
 俺の問いかけに、古泉は立ち上がりながら、
「ここから数十キロ北の位置を飛行していた偵察機が落ちました。完全に確認がとれたわけではありませんが、
撃墜の可能性が高いようです」
 撃墜だと? だが、俺たちには何の影響もないじゃないか? 敵の攻撃なら意図がわからないな。
「これは僕たちへの攻撃の予兆の可能性も考えられます。偵察機を撃ち落としておいて、
こちらへの攻撃準備を整えているとか。身を隠すもののない橋の中心で襲われると面倒なことになりかねません。
早急にA島まで移動する必要があると森さんが判断しました」
 古泉の説明に、俺の心拍数が急上昇し始めやがった。落ち着け。まだ襲われると決まった訳じゃない……
 俺はまだ重さの残る足を叩いて気合いを入れ立ち上がる。やれやれ。またウォーキングの再開か。
 と、いつの間にやら俺のそばに寄ってきていた多丸圭一さんが、
「荷物はわたしが持とう。まだ先は長いからね。無理はしない方がいい」
「いや、それだと大変でしょう……」
 躊躇する俺に、圭一さんは俺の肩を叩きながら、
「気にすることはない。みんなで助け合って行く。これは基本だよ。まあ、きつくなったら裕に持ってもらうから大丈夫だ」
 その言葉に、近くにいた裕さんがぐっと親指を立てる。そこまで言われちゃ、遠慮する方が気が引けるってもんだ。
すいませんがお願いします。
 
◇◇◇◇
 
 結局、橋の上で襲われることもなく、俺たちは無事にA島にたどり着いた。
やたらと重かった荷物を圭一さんが持ってくれたおかげで俺の足もずいぶん軽くなり、他の人々から遅れることなく歩けた。
ただ、何というか――この喉を締め付けるような空気の重さが俺に別のプレッシャーをかけ始めていることに気がつく。
「あなたも気がつきましたか? この嫌な空気に」
「ああ、超能力者でもない俺も、なんかやばいものがあるとビンビン感じているよ」
 俺と古泉がそう言葉を交わす。前方を歩く森さん達機関の人々の表情は察知できないが、
後方を歩く谷口と国木田も警戒心を露わにした表情を浮かべていた。
 しばらく道を歩き続けると、山岳地帯を越えて開けた土地に出た。周りには水田や畑が広がり、のどかな田舎といった感じだが、
辺り一面めちゃくちゃに破壊され、無事な家屋が一つと存在していない。水田もまるで隕石が大量に落下したように
クレーターだらけだ。一体なにがあったんだ?
 古泉に話を振ろうとしたが、新川さんとなにやら話し込んでいたため、代わりに多丸裕さんが、
「ここはあの神人が出現した場所なんだよ。当然、自衛隊もやってきて激しい戦闘が行われたんだ。で、この有様さ。
数ヶ月後には閉鎖空間に飲み込まれたから、復旧もままならない。廃墟でゴーストタウンってことだね」
 古泉とはベクトルの違う笑みを浮かべる裕さん。辺り一面焼け野原みたいな状況を見ると、当時どれだけ激しい戦いが
あったのか、容易に想像できた。
 さて、この破壊の惨状で最大の問題は、俺たちの進むべき道にあった自動車道のICが完全に破壊されているってことだ。
当然、人間が歩いて越えられるような状態じゃない。古泉たちが話し合っているのは回避ルートについてだろう。
ついでに今日の野営地も探しているみたいだ。もうそろそろ日も傾き始める。夜まで強行軍ではたまったもんじゃないからな。
とは行ってもどこまでも灰色なこの閉鎖空間じゃ、見た目には昼も夜も差異はないが。
 俺は何気なく辺りを見回していて時に気がついた。それが目にとまった瞬間、俺の心臓が暴走し始める。
「……キョン? どうしたんだい?」
 俺の様子が一変したことに気がついたのか、国木田が俺の肩に手をかける。
 視線の先にはICの残骸があった。そして、その中に一つだけ色の違うものが混じっている。
なにもかもが灰色に染まっている世界の中、まるでそれを拒絶するかのように浮き上がる物体。
俺ははっきりとは見えないものの、ぼんやりとした姿だけでそこになにがいるのか直感的に理解してしまう。
 必死に周りの人間に知らせようと、口を動かすが声が出ない。緊張と驚きのあまり声帯が空回りしている。
 俺があたふたと何もできずにいると、急にその物体が大きく拡大された――いや、違う。こっちに猛スピードで
飛ぶように向かってきているだけ――
「ぐっ――!」
 誰かが俺の襟首を強引に引っ張って、数メートル後ろに動かした。同時に、俺がさっきまでいた場所を光るものが弧を描く。
振り返れば、多丸圭一さんがすぐ背後にいて、俺の身体を支えるように経っていた。その表情はいつもの穏やかそうな顔とは
うってかわり真剣そのものだった。
 目の前に現れたもの。
 長く黒いストレートの髪。
 忘れもしない北高のセーラー服。
 プリーツスカートから伸びる細い足に際だつ白いソックス。
 ……そして、右手に握られた凶悪な形をしたナイフ……ああ、絶対に一生あの形は忘れねえぞ……
 そいつは優雅な着地ポーズのまま、しばらく動かなかったがやがてゆっくりと立ち上がり、
「久しぶりね……っていったほうがいいのかな?」
 かわいらしいしゃべり方で俺に向かって声をかける。
 いい加減、引き延ばしはやめだ。いきなり襲いかかってきた奴、それはあの朝倉涼子だ。
 こいつには2回も命を狙われた。最初はハルヒの行動を観察するために俺を殺そうとし、結局長門によって抹殺された。
次は長門がおかしくしちまった世界を戻そうとしたときに、俺に襲いかかり危うく命を落としそうになった。
 あの長門の親玉の中にある急進派の殺人鬼。朝倉涼子。何でこいつがここにいる?
「朝倉……朝倉じゃねえか!? なんでこんなところにいるんだよ!?」
 背後で素っ頓狂な声を上げたのは谷口だ。どうやらその辺りの事情までは機関から聞かされていないのか、
それとも単純にこんな灰色世界の中にいることに驚いているのか。まあどっちでもいいが。
国木田も同様に意外そうな表情を浮かべている。
 朝倉は今後について話し合っていた古泉・森さん・新川さんの三人と後方で待っていた俺・谷口・国木田・多丸兄弟の間に
着地していた。森さん達は朝倉に向かって銃口を向けているが、発砲しようとしない。
それもそのはずで、森さん達が弾丸を放ってもそれを朝倉がかわせば俺たちに直撃するからだ。同様の理由により、
俺たちも朝倉に銃口を向けても発砲はできない。同士討ちになっちまう。
 朝倉はしばらくじっと俺を見つめていたが、やがて不思議そうな表情でナイフをいじり始め、
「期待していたんだけど、ナイフ一本だけ? 確かに一般的な生活をしていたら怖いものかもしれないけど、
ちょっとインパクトに欠けるんじゃない? 最低限、銃ぐらいは期待していたんだけどなぁ。
このナイフによっぽど怖い目に遭わされたのね」
 当たり前だ。銃なんてここ最近初めて見たのであって、俺が一番痛い目見せられたのはその凶悪な殺傷武器だからな。
冗談抜きでトラウマになりかけたんだぞ。
「でも――」
 朝倉の口から出た言葉を聞く暇もなく、俺は地面に叩きつけられる。抗議の声も上げる暇もなく、視線を上げると、
華麗なポーズでナイフを突き出したまま、俺の頭から一メートルの距離を飛び去っていく朝倉の姿が見えた。
地面に引きずり倒したと思われる圭一さんも、俺の隣で地面に伏せている。
 さらに今度は連続した発砲音が鳴り始め、俺の頭上を弾丸の雨が水平に飛び始めた。伏せさせたのは、朝倉の攻撃をかわすためと
古泉達が発砲できるようにするためだろう。
 しばらく伏せたまま一歩も動けなかった俺だったが、やがて銃弾の飛び先が別の方に変わったことに気がつく。
再び視線を上げると朝倉がまるで牛若丸(想像)の如く優雅に飛び交い、向けられる銃火を全てかわしているのが目に入った。
 ――と、ここで立ち上がった圭一さんに俺は待たしても引きずられるように立ち上がらされ、道路の脇の方へ移動させられる。
「大丈夫かい? 少々手荒なことをしてすまなかった」
「い、いえ、おかげで助かりました……」
 申し訳なさそうな圭一さんだが、恐縮するのはこっちのほうだ。もう一秒遅れていればいつぞやと同じく朝倉に
ナイフで身体の内部をぐりぐりされていただろう。考えただけで背筋がぞっとするぜ。
 その当の朝倉は猛烈な勢いで谷口と国木田に襲いかかっていた。重力ってものを無視した動きで
マジシャンが見せる空中浮遊のごとく二人に飛びかかる。
 切り出したナイフが国木田に迫るが、すんでのところで谷口が自動小銃でそれを受け止める。
がきっと鈍い音が響き、朝倉と谷口が対峙する。
 二人はここからでは聞き取れなかったが、一言二言会話を交わした後、谷口がすっと横に飛び去り、
背後にいた国木田が自動小銃を撃ちまくり始めた。だが、朝倉はそれを酔拳のごとくすらすらとかわし――
それどころか、数発をナイフではじき返しながら、上空十数メートルまで飛び上がる。それだけでも万国びっくり仰天だというのに
はじいた銃弾を的確に俺の方に向けてくるという器用なことまでやり始める。
 俺は震える足を叩きながら、必死に銃弾をかわすべく道路を走り回った。端から見ているとかなり情けない光景だろうが、
命がかかっている以上外見なんて気にしている場合ではない。だが、あまりにあたふたとでたらめな逃げ方をしていたせいで、
上空を飛んでいたはずの朝倉の姿を完全に見失ってしまっていた。俺はあわてて朝倉の姿を確認すべく、周囲を見渡す。
 東の空にはいない。西の空にもいない。南の空にもいない。西の空にもいない。しかし、自動車道上に朝倉の姿はない。
どこに行きやがった――
 だが、すぐに一つ確認していなかった方向があったことに気がつく。まあ、こういう時のセオリーって奴だ。
 俺は首を振り上げ、真上を見た。案の定、朝倉の端正の整った足が俺めがけて急降下してきている。
しかも、もう目と鼻の先まで迫ってきていた。これでは避けられない。ナイフで斬りつけるのではなく、頭から踏みつぶす気か。
 すぐに来るであろう衝撃と痛みに耐えるべく、両腕で頭をかばい目をぎゅっとつぶる……しかし、いつまで経っても
それは来ず、ただ何かがぶつかる鈍い音だけが耳に届いた。
 恐る恐る目を開けてみると、俺の前に森さんが立ちふさがり、朝倉の足を両手で受け止めていた。
絶対に離さないと言わんばかりに足首を握りしめている。これで朝倉の動きは封じされたかと思いきや、
彼女はその捕らえられた足を軸に身体をひねらせたかと思うと、今度は全身を360度回転させ、逆の足で森さんに
蹴りを入れようとした――が、今度は新川さんがその足を自動小銃で見事に受け止める。
 両足を封じたのを見るや否や、少し離れたところにいた古泉がタタタと自動小銃で朝倉を撃ち始める。
これではさすがの朝倉とは言え、蜂の巣になるしかないと思いきや、森さんの手に靴と白いソックスだけを残して
あっさりと拘束状態から離脱しやがった。軟体生物か、こいつは。
 かなりの勢いで森さんから飛び退いたせいか、朝倉はしばらく膝をつくようなポーズで路面を滑り俺たちから距離を取る。
この間、朝倉が次の行動にとれないと判断したのか、機関の面々はすぐに自動小銃のマガジンを交換した。
全く無駄のない動きと判断。俺もそれに習って取り替えようとするが、はっと気がつく。一発も撃ってねえよ、俺。
 当の朝倉はまるで俺たちの行動を見守るように、膝をついた姿勢からゆっくりと立ち上がった。
なぜか脱げたはずの靴と白いソックスも復活している。そして、凶悪ナイフを子供をあやすようになでると、
「ふーん。確かにこれだけすごい動きをするなら、ナイフ一本でも十分ね。銃や爆弾よりも視覚的恐怖感も大きいし、
うん、結構良い感じじゃない? あなたが恐れる理由もすごくわかるわ♪」
 心底楽しいそうな笑顔を浮かべる。教室に閉じこめた俺をジリジリと追いつめてきたときと同じように。
久々の再会だった言うのに、全然変わっていないなこいつは。だが、さっきから口にしている言葉は何だ?
まるっきり意味がわからないんだが。
 だが、そんな俺の内心の疑問に答えてくれるはずもなく、朝倉はまたナイフを構えて俺の方に飛びかかろうとするが、
待ってましたと機関組と谷口・国木田が朝倉めがけて撃ちまくり始めた。俺もあわてて朝倉の方に自動小銃を向け、
引き金を引くが発砲しない。安全装置の確認ぐらいしろよ、俺は。
 これにはたまらないと思ったのか、朝倉はまたお得意の大ジャンプでそれをかわす。だが、これは墓穴を掘ったはずだ。
一度障害物のない空に上がってしまえば、物理法則に従って落下・着地するまでは
せいぜい身をよじることぐらいしかできないはずだからだ。これで蜂の巣は確実――
「……勘弁してくれ」
 思わず呆けた声を上げてしまう俺。朝倉はまるで空中に見えない地面でもあるかのように、何かを踏み台にして
銃弾の嵐をことごとくかわしていく。それでもたまには避けきれないものもあるのか、ナイフを振り弾をはじき返していた。
個人の癖して、難攻不落の要塞か、こいつは。ってか、俺もいい加減撃てよ。いつまでぼさっと観戦しているつもりだ?
 ようやく俺も朝倉への銃撃に加わろうとしたタイミングで、森さんが手を振り、
「そっちの二人と向こうの二人で彼を離れた場所に移動させて! ここはわたしと新川・古泉で食い止めます!」
 最初の二人は多丸兄弟。向こうの二人とは谷口・国木田。で当然『彼』ってのは俺のことだ。
俺を連れて逃げろと言っているわけだが、そんなわけに行くか。
 俺がせっかくやる気を見せているというのに、多丸兄弟はお構いなしに俺の両腕をがっしりとつかみ、
「とにかく離れよう」
「そうそう、ここに固まっていてもどうしようもないからね」
 平然と言ってくる二人に、反論もできない。というか、完全に身体を封じられているので、俺が嫌だと言っても
引きずってでも連れて行くだろう。
 谷口と国木田も俺のそばにより、
「よっし! とにかく住宅地の方に逃げるぞ! 俺と国木田が援護するから、キョンお前はとっとと走れ!」
「キョンの背後は任せてよ。絶対に朝倉さんを通さないから安心して」
 そう言って俺に背を向けて、朝倉への攻撃を再開した。だが、朝倉はそんなことはお構いなしに急降下して、
路面にナイフを突き立てる――その瞬間、ナイフが刺さった辺りを中心に地盤沈下の如く路面が崩壊を始めた。
 もうめちゃくちゃな状態で、俺は多丸兄弟に引きずられるようにその場から離れることしかできなかった。
 
◇◇◇◇
 
「……これからどうするんだ?」
 双眼鏡で森さん達の様子をうかがいながら、俺は谷口に訪ねる。
 俺たちは今崩壊寸前の民家の2階部分に身を隠していた。地震でも起きたら、あっという間に残骸に変身してしまいそうだが、
この際贅沢は言っていられない。いつどこから朝倉が出現して襲いかかってくるかわからないからだ。
 谷口はゆがんだ窓から外をのぞきつつ、
「とりあえず、待機しているしかねーだろ。俺たちが下手に動いたらかえって邪魔になるだけだしな」
 谷口の言うことにも一理ある。現在、元々畑があった場所で森さんと新川さんの二人が朝倉の相手をしていた。
ここからでもはっきりと見えるその優雅にして凶悪な動きっぷりは改めてぞっとさせられるものだった。
しかし、その一方で二人がかりとはいえ、そんな化け物を相手にしている森さんと新川さんはすごすぎる。
宇宙人製ヒューマノイドならどんな突飛な身体能力を見せても、宇宙人だからの一言で片づけられるが、
あの二人は生身の人間のはずだ。それとも機関とやらで改造手術でも受けているのか? その内、全身コスプレのヒーローに
変身したりしないだろうな?
 そんな二人にさすがについて行けないのだろうか、古泉は少し離れたところから自動小銃による援護射撃を続けていた。
あれだけすばしっこい動きをされると、古泉の超能力でも相手にするのは至難の業だろう。
たとえ、戦えたとしても途中で力尽きてしまいそうだ。
「だからといって、なにもせずにただ黙ってみているわけにもいかないだろうが!」
 そんなつもりじゃなかったんだが、ついいらだった声を上げてしまった。くっそ、ここについてからなにもかもがもどかしい。
 実際、あんなペースで動き続けていたら、その内に森さん達の体力も尽きてしまうだろう。やられるのは時間の問題だ。
「やべえ!」
 言ったそばからこれだ。谷口の声に釣られて双眼鏡で森さんたちを伺うと、いつのまにやら仰向けに倒れた森さんに
朝倉の野郎が馬乗りでナイフを突き立てようとしてやがる。だが、間一髪のところで新川さんが体当たりを敢行し、
その一瞬の隙の間に森さんが離脱した。朝倉は古泉の援護射撃をかわしながら、いったん距離を取り始める。
「このままじゃ、森さん達がやられちまうぞ! どうするんだよ!」
 俺のせっぱ詰まった声に、国木田はまあまあと言いつつ、
「黙ってみている訳じゃないよ。当然、支援の準備も万端だからね」
「支援だと? どこにそんなものがあるってんだ?」
 俺がはてなマークを浮かべていると、国木田は背中に背負っていた大型の無線機でなにやら連絡を取り始める。
 一方で、多丸兄弟は森さんから別の指示が飛んだらしく、いそいそと銃や荷物のチェックを始め、
「すまないが、あっちの方の手伝いに行ってくるよ」
「向こうもなかなか厳しそうだからね」
 そう言って崩壊寸前の民家から出て行った。
 国木田の方は連絡を終えたのか、無線機を置き、
「作戦を説明するよ。とはいっても大したことじゃないけどね」
 大まかに作戦内容を要約するとだ。しばらくあのまま朝倉を釘付けにしておく。その間に閉鎖空間周辺に配備されている
長距離射程の野砲でありったけの砲弾を朝倉めがけて撃ち込み、これを叩く。当然、寸前で森さん達が退避することも
織り込み済みだ。俺の知らん間にそんなことまで決めていたのかよ。
「あったりめーだろー。あんな化けモン相手に長々と関わっていたらこっちがもたねぇ」
 谷口が言うのも一理ある。まだラスボス戦ではなく、序盤戦なのだ。しかし、最初の出向かえが超人・朝倉の歓迎では
ハードルが高すぎるんじゃないのか?
 と、ここで俺は自分のいる場所を思い出し、
「でもよ、砲撃って着弾したらもの凄い衝撃がくるんだろ? こんな今にも倒壊しそうな家にいて良いのかよ?」
 俺の指摘に、谷口と国木田が、あ、と声を上げた。どうやらそこまでは頭が回っていなかったらしい。やれやれ。
 
◇◇◇◇
 
 俺たちは民家から出て近くの水田に身を沈めながら、機関VS朝倉の激闘劇を眺めていた。
多丸さん達が参戦したせいか、朝倉は防戦一方になっているように見えた。さっきから銃弾を決して受けず
かわし続けるところを見ると、当たればダメージを当てられると見て良いのだろうか?
 俺の疑問に国木田は賛同するように頷き、
「恐らくね。砲弾の直撃を受ければ、骨まで木っ端みじんになるから、確実に仕留められると思うよ」
 ちなみに作戦に不満でもあるのか、谷口は口をとがらせ、
「あーあー、もったいねぇ。せっかくAAランクプラスと再開できたってのに、口説く暇もなくやっちまわないとならねーのかよ」
「結婚の約束をした相手がいる奴の台詞じゃねえぞ」
「うっせ。冗談に決まってんだろーが」
 プレイボーイでもない一般人は普通そんなことを考えもしないんだよ。まあ、そんなヨタ話はさておきぼちぼち時間だ。
すでに先ほど国木田の砲撃要請でこっちに砲弾が雨あられのように飛んできているはずだ。
国木田は着弾予測時間を腕につけた時間で数え続け、ぎりぎりいっぱいのところで森さん達に退避の指示を出す。
あとはジェイソン朝倉を爆散させて完了と。俺がなにをするまでもなく、とっとと終わってくれそうだ。
 程なくして空気を切り裂くような音が俺の耳に入り始める。どうやら来たらしい。間髪入れず、国木田が無線で森さん達に
指示を飛ばした。
 そこからがすごい。森さん達は国木田達の指示があってもしばらく動かずに朝倉との交戦を続けていた。
そして、朝倉が大ジャンプで宙に舞ったとたん、地震発生を悟った勘の鋭いネズミの如く一斉に周辺に散り、
近くの用水路の溝や物陰に身を潜めたのだ。あそこでぎりぎりまで引っ張れるとは、
今までどれだけ修羅場を乗り越えてきたんですか?
 まだ大ジャンプしたまま落下を続けていた朝倉だったが、やがて着地することなくその頭上に大量の砲弾が降り注いだ。
「うわおっ!」
 思わず俺は情けない声を上げてしまった。だが、勘弁して欲しい。すごい衝撃と轟音が来るとはわかっていたが、
俺の想像を遙かに超えるものが全身に叩きつけられたんだからな。数十発に上る怒濤の着弾による衝撃で俺の鼓膜どころか、
脳がシェイクされている気分だ。
 しばらく轟音が続いていたが、やがてそれも収まり辺りに閉鎖空間独特の静寂が戻る。
朝倉のいた場所には濛々と砂煙が立ちこめ、かなり上空まで伸びていた。着弾のすさまじい威力が見て取れる。
さすがにいくらフレディ朝倉とは言え、あんなものの直撃を受け続ければひとたまりもあるまい。
 やれやれ。勝負あったみたいだな。そう思って水田から立ち上がった俺は――甘かった。
 突如、耳に届いたガキッと金属がぶつかる音。俺が何気なく振り向けば、目の前にはあの凶悪なナイフが突きつけられていた。
それを寸前のところで谷口が自動小銃で受け止めている。
「うわわあわわっ!?」
 俺は全く予想していなかったことに腰を抜かして水田にしりもちをついてしまった。一方の朝倉のナイフを受け止めている谷口は
ものすごい力をぶつけられているのか、全身を振るわせつつ、
「油断――してんじゃねえぞ――キョン! 早く下がれっ!」
「谷口っ!」
 水田に座り込んだまま何もできない俺に変わって国木田が谷口の援護を始める。同時に俺の襟首をつかんで朝倉から
引き離し始めた。だが、谷口では荷が重すぎる。すぐに脇腹に強烈な蹴りを入れられ、水面を飛び跳ねる石のように、
10メートル以上とばされた。
 ここでようやく俺は腰を抜かしている場合ではないと自覚し、銃を構えて立ち上がる。どうやってあの砲撃をかわしてきたんだ?
地面に潜るか瞬間移動でもしない限り無理だぞ。
 いや、もうそんなことを言っている場合じゃねえ。目の前にいるのはエイリアン朝倉だ。どっからともなく沸いて出てきたり、
血が硫酸ってことだって十分にあり得る。いちいち驚いていたらきりがないからな。今だって、両手を後ろに回して
少し前屈みという女の子ポーズに騙されそうになるが、よく見てみれば水田につかることなく、まるでアメンボの如く
水面に浮かんでいるくらいだ。ドラえもんか、こいつは。
 俺は朝倉に向けて銃を構え、ようやく初射撃を開始しようとして――
 すっと俺の前に立ったのは国木田だった。水田の泥水で全身汚れきったその姿は、まるでこいつが歴戦の勇士みたいな
印象を持ってしまう。
 そして、俺の方に振り返らずに、
「キョンは援護をお願い。僕が他のみんなが来るまで何とか朝倉さんを食い止めるから」
「バカ言え! 一人でどうする気だよ!?」
 俺はとっさにさっき吹っ飛ばされた谷口の方に目をやる。相当強烈な衝撃を食らったのか、脇腹を押さえて
苦悶の表情を浮かべていた。どこか怪我でもしてなければいいが。どのみちすぐに復活は無理そうだ。
なら俺が……
「二人で一斉に飛びかかっても仕方がないよ。援護してもらった方がよっぽど有利に戦えるからさ」
 そう言ってそう言ってゆっくりと朝倉の方に歩み始める。くそっと俺は舌打ちしつつ、朝倉に銃口を向けた。
少しでも国木田に何かしてみろ。即刻撃ち殺してやる。
「やあ、朝倉さん。すごく久しぶりだね。3年ぶりぐらいかな?」
 国木田の日常的な問いかけに、朝倉は可愛らしく首を傾け、
「うーん。そうね、きっとそのくらいぶりってことになるのかしらね。あたしはよくわからないけど」
「覚えていないのかい?」
「ううん、ただ知らないだけ」
 朝倉がこんな世間話に応じていること自体驚きだが、やはりどうもおかしい。この目の前にいる朝倉は
俺たちのことを知らないのか? どうにも発言に違和感を覚える。まるで気がついたら朝倉涼子という女子高生になっていました
みたいな。
「でさ、北高で同級生だった好みでここを通してくれないかな? 委員長だったんだから、僕たちの助けになって欲しいんだ」
「うん、それ無理♪ だってあたしの役目はあなた達を殺すことだもん。あ、でもそっちの彼は殺さずに捕まえるけどね」
 俺の方を指差し、そう言った。何だって? 他の連中は殺すが、俺だけは捕まえる? どういうことだ?
 国木田はいつものほんわかな笑みを浮かべ、
「そうなんだ。じゃあ、だめだね。僕たちの目的とはどうしても対立してしまうから」
「どうするの?」
「力づくで通らせてもらうだけだよ」
 それを言い終える前に国木田は、銃口を朝倉に向け発砲を始めた。朝倉はすぐに左右に身体を振って全弾かわし
水田の泥水をはねとばして大ジャンプを行う。だが、さっきまでの十数メートル飛び上がるものではなく、
人一人を頭の上がぎりぎり見えるほどのジャンプだ。そして、ナイフを振り上げ、国木田を一刀両断するかのように
ナイフを振り下ろす。
 国木田はその動きを予想していたのかすっと一歩だけ後ずさりし、紙一重でそれを避けた。
朝倉は着地の衝撃をキャンセルしたかのように、流れる動きで国木田への斬りつけ始める。
だが、この連続斬りつけもぎりぎりのところで国木田はかわし続けた。
 で、援護担当の俺なんだが、二人があまりに密着しているんで、銃を撃つことができない。
俺みたいな素人に毛が生えたくらいの腕じゃ、確実に国木田にも当たるぞ。
 国木田の動きは見事なものだった。朝倉の背筋の凍るような斬撃に全くひるむことなく、ひょいひょいとかわし続けている。
足下がぬかるんだ水田ということを考慮すれば、信じられない身体能力だ。朝倉も押しの一辺倒ではだめかと、
いったん国木田と距離を取るべく後ろに飛び引いて――
 ――だが、それはフェイントだったらしい。すぐに国木田めがけて一直線に飛びかかる。
これには国木田も反応しきれないのか、硬直したまま朝倉の突進を受け入れてしまうかと思われたが……さっきまでと同じように
また身をよじらせ紙一重でそれをやり過ごす。いや、訂正だ。さっきまでとは違った。狙いがはずれた朝倉の腕が
国木田の脇を通り過ぎようとした瞬間、自動小銃を握っていた腕で、朝倉の右腕をがっちり脇腹との間に挟み込んだのだ。
そして、身体を固定された朝倉の動きが止まったのを見逃さずに、国木田はいつの間にか左手に握られていた
オートマチックの拳銃を朝倉の顔面に突きつける――
 パンッと乾いた銃声とともに、朝倉の右側頭部が吹き飛んだ。国木田の技量に感心しつつも、飛び散っていく人間の破片が
猛烈なリバース感を誘う。だが、それもすぐに収まった。なぜならまるでビデオテープの逆回しのように、
吹き飛んだ朝倉の顔面が再生されたんだからな。
 俺のストレートな感想はこれに限る。反則だろ。さっきから散々銃撃をかわしていたのは何だったんだ?
あんな再生能力を持っているんじゃ、いくら直撃を受けても平気なはずだ。
まさか、ずっと俺たちを騙すために仕込んでやがったのか? とんでもない性悪女だ。
 これには国木田も焦りの表情を浮かべた。あいつのこんな表情を見るのは初めてだ。決まったと思われた瞬間に
即座にそれを覆される。誰だって、絶望の一つや二つしたくなるってもんだ。
 一方の朝倉はなにがそんなに楽しいのか、ニコリと国木田に笑顔を返した。国木田は血相を変えて朝倉を引き離しにかかるが、
冷酷な殺人鬼がそんなことを許すわけがない。自由になった右腕を振って、国木田の喉にナイフを突き立てようとするが、
間一髪のところで自動小銃のストックでそれをはじき返した。結構な威力だったのか、ナイフが朝倉の手から外れ、
空高く舞い上がる。
「やるじゃない」
 いつもの優等生で可愛らしい笑顔で朝倉。滑るように水田の表面を移動し、上空から落ちてきたナイフをキャッチすると、
再び国木田のようにナイフを構える。
 一方の国木田は完全に息が上がってしまっていた。少し離れたところにいる俺にも呼吸音が届き、
肩どころか全身で息をしているその姿はもう痛々しいレベルまで到達していた。
身体的な疲労はもとより、精神的な負担も大きいはずだ。これ以上はまずい。
 だが、それでも国木田の戦意は衰えていない。まだじっと朝倉の方を見つめたまま、銃を構え続けていた。
 そんな姿を見て、朝倉はふうっとため息を吐くと、
「ねえ、いい加減あきらめてよ。どうせ結果は同じなんだから」
「そうもいかないんだよね。ここで引くのと、死ぬのは大して違いがないからさ」
 ぜいぜいと息をしながらも、国木田の口調は変わらない。こいつのなにが心を支えているって言うんだ?
 朝倉は仕方ないと再び嘆息すると、またナイフを振りあげて、国木田に襲いかかる。そして、国木田も銃で応戦しようとして――
 ――次に起こったことは全くの予想外のことだった。最初はなにが起きたのかわからなかった。朝倉は途中で歩みを止めて
国木田の方をじっと見つめている。一方の国木田も目を見開いたまま微動だにしない。
そこで俺はあることに気がついた。朝倉のナイフがいつの間にか柄のみになっていることに。刃先部分が完全に消失している。
 ……スペツナズナイフというものをご存じだろうか? 俺も半信半疑で実物を見たことがあったわけじゃないが、
昨今のネットにあふれる情報の中で偶然遭遇したことがあるものだ。それは見た目は普通の軍用ナイフと変わらないが、
一つ変わった点がある。それはある操作によってナイフの刃先だけをあいてめがけて射出することができることだ。
 俺は視線を国木田の腹部に向ける。そこにはナイフの刃だけが、ちょうど心臓の辺りに突き刺さっていた。
防弾チョッキはさておき、防刃の装備も重さ数キロの装甲板すら突き抜けていた。
次第に国木田の迷彩服の上半身が血に染まり始める。次の瞬間には、力なくそのまま水田の泥水の中に倒れ込んだ。
「――国木田っ!」
 ようやくここに来て俺は銃の引き金を引くことができた。とにかく、国木田から朝倉を引き離すべく乱射する。
だが、朝倉は余裕の笑みで一歩も引かずにその場で俺の銃撃をかわし続けた。さらに、いつの間にか刃が復活していた
ナイフを一振りして――
 バスッと頭に鈍い衝撃が走る。一瞬何が起きたのか理解できなかったが、すぐにわかった。俺の頭に何かが当たった。
おそらく朝倉が撃ち返した銃弾が俺の頭をかすめて……
 俺はとっさに銃を投げ捨て頭が無事かどうか確認する。さわりごこちを見る限りヘルメットをかすった程度で、
頭本体には当たらなかったらしい。って、俺はなにをやっているんだ!?
 思い直して銃を拾おうとするが、すでに遅かった。水面を滑るように飛びかかってくる朝倉の姿。
当然、その手にはナイフが握られている。ちくしょう、ここまでか。
 だが、すぐに側面からの銃撃が始まり、朝倉の動きが止まった。見れば、復活していた谷口が朝倉めがけて撃ちまくっている。
俺もこの気を逃さずに飛び込むように落としていた銃を広い、そのまま地面に密着しながら朝倉めがけて乱射する。
 と、ここで二つの黒い物体が俺の頭上を越えていくのが目にとまった。ちょうど朝倉の目の前に来た辺りで、
ばんっと破裂し、水田の泥水がはじけ飛ぶ。手榴弾だ。振り返ってみれば、ようやくこちら側にやってきた森さん達が
朝倉めがけて銃を撃ち始めていた。
 手榴弾の直撃を受けたかと思われて朝倉だったが、すんでのところでその存在に気がついていたらしい。
氷上を滑るスケーターのように、水田の上を滑り俺たちからやや離れたところに移動した。
「大丈夫ですか!?」
 真っ先に俺の元に駆け寄ってきたのは古泉だった。俺は朝倉に向けた銃口を決して外さないように慎重に立ち上がり、
「くっそ……全然無事じゃねえよ。国木田が……」
「援護します。早く彼の救出を」
 古泉はそう言うと朝倉の方に走り始めた。同時に、森さんら機関組も向かう。
 俺は水田の中に飛び込み、突っ伏するように泥水の中につっこんだまま動かない谷口を抱き上げた。
「おい、国木田しっかりしろ! 死ぬな! 死ぬんじゃねえぞ!」
 俺の必死の呼びかけに、国木田はうなるような声を上げるばかりだ。気がつけば、泥水の中に多量の血が混じり、
不気味な色模様を形成し始めている。このままでは――まずい。
 とにかく俺は突き刺さったままのナイフの刃を抜き、国木田を背負う。早く病院に連れて行かないと命に関わる。
 一方で機関の人たちの活躍で朝倉の行動範囲は押さえられつつあった。朝倉は兎のように飛び回り、銃弾をかわしているものの、
反撃に転じられないようだ。しかし、国木田の直撃弾を受けてもあっさり回復しやがったのに、なんで執拗にかわす必要がある?
 俺は古泉の方に手を振り、呼び寄せる。それに応じた古泉はこちらに駆け寄り、
「大丈夫ですか? 傷の具合は?」
「出血がひどい。意識ももうろうとしているみたいだ。何とかしてくれ!」
 俺の悲痛な叫びに、古泉は手際よく国木田の傷の具合を調べ始める。だが、すぐにそれを止めると、
「傷が深すぎます。内臓まで達している可能性が高い。ここでは手の施しようがありません」
「だったら早く病院に連れて行って医者に診せないと!」
 だが、古泉は冷酷にも首を振り、
「……無理です。今は戦闘中です。けが人を背負って戻るなんて言うことは考えられません」
「ここは広いし、平地も多いだろ!? ヘリを呼べばいい! この距離ならお前みたいな超能力無しでも到達できるはずだ!」
「確かにそうかもしれませんが危険すぎます。みすみすそんなチャンスを逃すような相手ではないでしょう。
ヘリごと破壊され犠牲者が無駄に増えるだけです」
「じゃあどうしろってんだよ!?」
 自分でもわかる。俺は今にも泣き出しそうだ。だが、古泉は俺から目をそらすと、
「……残念ですがどうしようもありません。諦めるしか……」
「ふざけんなっ!」
 俺は激高して古泉の胸ぐらを掴み上げる。今にも死にそうな国木田をただ黙って見ていろって言うのかよ。
 そんな俺に珍しく古泉は眉毛を釣り上げて、
「僕だって助けたいんです! ですが、状況を考えて負傷者を連れて後退するのは難しい。
やりたいことと現実にできることは違う。それを理解して下さい!」
 そう俺を諭すように言ってくるが、到底納得できねえ。
 俺たちはにらみ合ったまま一歩も引こうとしなかったが、そこに谷口がやって来て、
「おめーら何やってんだよ! 今はケンカなんてやってる場合じゃねーだろ!?」
 その一喝で目を醒ました。そうだ、何をやっているんだ俺は。こうやっている間にも、国木田の命が削られているんだぞ。
だが奮闘を続ける森さんたちも危ない。これ以上戦闘を継続すればいずれ疲弊し、次の犠牲者が出るのは確実だ。
無敵のライバック朝倉は全くダメージもなく楽しそうに跳ねまわっているんだからな。
 俺は考え始める。いいか? 今の俺の目的はなんだ? そりゃ、ハルヒの無実を証明し、
ハルヒや長門、朝比奈さんを取り戻してまた以前のようなSOS団としての日常を取り戻すことだ。
そのためにはどうしてもSOS団の部室にたどり着かなくてはならない。そのためには多少の犠牲は避けて通れないのか?
 俺は農道に仰向けに横たわっている。国木田を見つめる。息も絶え絶えになり明らかに消耗している。
 何としても助けてやりたい。これが俺の本心だ。しかし、現実を見てみろ。今までこの閉鎖空間で何人死んだ?
こないだの国連軍による侵攻の際には何万人死んだと思っている? さらにあの神人が大量・広範囲に出現した時と、
閉鎖空間の拡大に伴う全世界規模の政情不安による混乱。それを併せれば何百万の人が死んだ?
例え今国木田が死んでもそのたくさんの犠牲者の一人にしか過ぎないと言えるんじゃないのか?
ならば今死に行く人間よりも早くSOS団の部室にたどり着き、この灰色世界を無くすことによって次の犠牲者を無くす方が
先なんじゃないだろうか? くそったれ……こんな事も理解できないのかよ、俺は。
そうだろ。その方がいいに決まっているじゃないか。うんざりだよ、とっとと納得しやがれってんだ。
 轟音が響く。俺は思考の迷宮から現実に引き戻された。見れば、ターミネーター朝倉か民家を破壊し、
その残骸の上から俺たちを見下ろしていた。
「……だめだ」
 思わず言葉を漏らす。どれだけ自分に対して言い訳を積み重ねても納得できなかった。
今、目の前で長い付き合いの大切な友人が命を落とそうとしている。だから助けたい。
このシンプルでストレートな意志はどうやっても覆せるものではなかった。
「古泉。お前のいっていることは正論だし、頭のどこかで理解もできている。
だが、手が届かない遠くで誰かが死にそうなんじゃないんだ。今、目の前で友達が死にそうになっているんだ!
俺は見捨てるなんて絶対にできねえぞ。協力してくれなくても良い。一人で国木田を連れて帰ってやるだけだ」
 俺の怒気のこもった声に古泉はただ黙って俺の方をにらみつけている。一方でそばで朝倉を警戒していた谷口は俺の肩を叩き、
「キョン、俺も付き合うぜ。怪我をしたら置き去りなんていう話は聞いてねーからな。俺が死にそうになったときに
置き去りにされたらたまんねーし」
 そう俺の言葉に賛同してくれた。助かるぜ、谷口。
 だが、古泉は一向に首を縦に振ろうとはせずに、じっと渋い顔を続けていた。何でこいつはここまで頑固に反対するんだ?
俺の知っている古泉とはどうにも違和感を覚えてしまうが……
 と、こっちの様子がおかしいことに気がついたのか、森さんが軽やかな走りで俺たちの元に駆け寄ってくる。
「何か問題があった?」
 森さんの問いかけに、古泉が端的に状況を説明する。俺はそんな時間も惜しいと思い、国木田を肩に背負い始めた。
森さんの判断がイエスかノーか関係なくすぐに閉鎖空間の外目指して走るつもりだった。
 事情を把握した森さんは、俺と古泉を一瞥すると、
「わかりました。では、いったん島の入り口付近にあったSAまで戻ります。そこで捜索救難ヘリにて、
回収してもらいましょう。古泉、支援と救難ヘリの要請をお願い」
「ですが! それでは本末転倒――」
 反論しようとする古泉を、森さんは視線だけで黙らせると、
「いい、古泉? 今のわたしたちのやるべきことは、彼を無傷かつ精神的に良好な状態で、目的地に送り届けることよ。
それを忘れないで」
「……わかりました」
 森さんの指示を了承した古泉はヘルメットを深めにかぶり、表情を悟らせないようにしていた。
なにをそんなに気にしているんだ、こいつは?
 続いて、森さんは俺と谷口を見回し、
「そっちの二人はそれでいい?」
「問題ないです。ありがとうございます!」
 自分でもわかるほどに、答えた口調は歓喜に満ちていた。喜べ国木田。まだ、助かる可能性はあるぞ。
 
◇◇◇◇
 
 俺は国木田を背負ったまま、農道を一直線に走っていた。多丸圭一さんが俺の荷物を持っていてくれたことが幸いし、
負担はそこまで大きくなかった。とはいえ、数十キロの人間を背負っているんだから楽ということもない。
長くは持たないだろう。
 この辺り一面は畑と水田で覆われているため、見通しが効きすぎていた。おかげで現在朝倉と機関の人たちが
どこで戦っているのか容易に把握できたんだが、代わりに俺の動きも朝倉から丸見えってことでもある。
今のところ、俺の方には目もくれず多丸兄弟と戦い続けているようだが、あの凶悪女のことだ。
俺がけが人を運んでいるとわかったら、ナイフの矛先を変えるに決まっている。
「おいキョン! 大丈夫か!? 変わった方がいいんじゃないか!?」
 そばで併走している谷口は、息が上がり始めている俺に声をかけてくるが、それに首を振って拒否する。
辛いのは事実だが、谷口に背負わせた場合、俺が護衛を務めなきゃらならんことになるが、
さっきまでの戦いで俺のダメダメっぷりが自分の中で決定づけられているからな。とても、国木田を守りきれるとは思えない。
なら護衛は谷口に任せて、こういう力任せの作業をやっていたほうが効率がいい。
 ようやく自動車道を視界に捕らえた辺りで、すぐ近くで銃声が響く。見れば谷口が後方に向けて撃ちまくっていた。
ついに来やがったか。
 背後を振り返ってみれば、案の定自動車よりも速い速度で朝倉がこっちに突進してきていた。
あとものの数秒で俺たちに追いつかれる。
 谷口は叫び声を上げながら、必死に応戦していたがやはり持ち前のすばしっこさでことごとくそれをかわしていく。
次に少しでも動きを止めようと思ったのだろう、朝倉の足下に手榴弾を投げつけ、爆発とともに砂煙が立ちこめさせた。
ナイスだ谷口。さすがの朝倉でも視界が遮られれば動きも鈍くなるに決まって……
「キョン、上だ!」
 だが、朝倉の動きはいつだって俺の予想を上回る。谷口の言葉に従って背後の空を見上げると、
濛々と立ちこめる砂煙のさらに上空を朝倉お得意技の大ジャンプで飛び越え、俺の方に飛びかかってきている。
やばい、このままだとやられちまう。
 俺はあわてて走る速度を落とし、方向転換しようとして――
「――うわっ!?」
 本日何度目かの情けない悲鳴を上げて、農道に国木田ごと倒れ込んだ。同時に、熱風が入り交じった衝撃波が
俺の全身を焼き焦がす。俺の頭の上で何かの大爆発が起きたらしい。
 気がつけば国木田が俺の背中から落ち農道に倒れ込んでいたため、あわててかばうように覆い被さる。
 何が起きたのか。俺は辺りを見回し、状況を把握に務める。近くの水田に落ちていた谷口は口に入ってしまった泥水を
吐きだしていたのでとりあえず無事そうだ。次に見つけたのは、農道の上に倒れている朝倉の姿。
俺にとってはこれは夢か幻かと言いたくなるほどの光景だ。あのプレデター朝倉が倒れ込んでいるだと?
外見はきれいなままだったので大したダメージがあるようには見えなかったが、自分の意思以外で足を止めたのは
恐らく初めてじゃないか?
 そして、さっきまで全速力で走っていたため全く気がつかなかったが、バタバタと凄い轟音が辺り一面に響き渡っている。
ほどなくして、俺の頭上に数機のヘリ――それも映画や何かでよく見かける攻撃ヘリコプターが通り過ぎた。
さっきの爆発はこいつの攻撃か?
 しばらく倒れたまま動かなかった朝倉だったが、ヘリの存在をすぐに察知したらしい。すぐに立ち上がると
俺たちとは反対方向に向かって走り出す。
 だが、その動きを見逃さずに攻撃ヘリ数機が機関砲――名前がわからんから機関砲にしておく――を撃ちまくり始めた。
着弾した畑と水田がまるでえぐられるように破壊され、逃げる朝倉を土煙の蛇が執拗に追いかけていくように見えた。
 危機を乗り越えたと判断した俺は、また国木田を背負い移動を開始しようとする。
そこに追いついてきた古泉が駆け寄り、
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、何とか、国木田も無事だ。今の内にSAまで行くぞ」
 俺はまた立ち上がり走り始めた。後ろからは機関の人々と一緒に谷口もついてきている。
 相手が攻撃ヘリに変わった朝倉は、さすがにあの火力の前に押され気味になったのか、防戦一方になっていた。
そんな彼女にも容赦なく攻撃ヘリから多数のロケット弾らしきものが撃ち込まれている。
 と、ここで古泉が俺の肩をつかみ、
「代わります。いえ、変わってください。あなたの走る速度では間に合いません!」
 そう言って強引に俺から国木田を奪い取るように背負った。何だってんだ。国木田をいたわってくれるのはありがたいが、
いくらなんでも焦りすぎだぞ。おまえらしくもない。
「わからないんですか? 今、味方のAH-64Dが朝倉涼子戦っているんですよ? それも超能力者の支援無しで、です。
このまま数十分も経てばパイロットは全員意識を失って死亡するでしょう。今、僕たちは負傷者を救うために
別の人たちをきわめて危険な状況に追い込んでいるんです。時間がありません。背負っている彼にも、戦っている彼らにもね」
 古泉の言葉に俺の血の気が引くのがわかった。国木田を背負って走るだけで精一杯でそんなことまで頭が回っていなかったのだ。
 と、俺ははっと思い出す。森さんの指示に古泉が行っていた言葉に、本末転倒というものがあった。
確かにそうだ。ここで国木田を助ける代わりに、別の誰かを失って良いということには決してならねえ。
古泉がずっと渋っていたのはそれが理由だったんだ。
 俺は唾棄するように毒づき、
「ちくしょう! 頼むから誰一人として死ぬんじゃねえぞ!」
 そうわめきながら走ることしかできなかった。
 
◇◇◇◇
 
 全力で走ること十数分。俺たちはようやく目的地であるSAに到達できた。幸いなことに朝倉が追いかけてくる様子もない。
すでに上空には2機のヘリコプターが待機していて、俺たちの無線連絡を受け取った後、一機がSAの駐車場に着陸する。
もう一機はそのまま空中にとどまっているが、タイプは同じ輸送用のものに見えるが、護衛のための攻撃ヘリらしい。
 すぐに古泉が背負っていた国木田をヘリに乗っていた乗員達に託す。国木田の顔は完全に青ざめ血の気を完全に失っていた。
ただ、俺の呼びかけに軽くうなずくところを見るとまだ意識はあるみたいだ。
 一方でさらに驚いたのは、救助に来たヘリの乗務員達の表情だ。明らかに疲労困憊し、負傷もしていないのに
国木田と同様に真っ青な表情を浮かべていた。古泉の支援無しに閉鎖空間に入ると、これだけ消耗するってのか?
 程なくして、国木田を乗せたヘリはそのまま閉鎖空間の外へ飛び去っていった。さらに、それを追うように、
朝倉を攻撃していた攻撃ヘリたちが飛んでいく。森さんが撤収の指示を出したようだ。
その内一機が煙を吹き出しながら飛んでいることに気がつき、背筋がぞっとしたが、
「あの程度では落ちる構造をしておりませんので、無事に外までたどりつけるでしょうな」
 そう新川さんが俺を安心させてくれた。
 結局、攻撃ヘリチームは全機無事に帰還できたしく、俺はほっと胸をなで下ろす。
肝心の朝倉だが、途中から見失ってしまったらしくその消息はつかめないとのこと。SAの辺りは山になっているため
その辺りから俺たちを伺っているのかとぞっとしてしまったが、
「大丈夫でしょう。理由はわかりませんが彼女はここまで移動できないと思われますから。
可能ならここに初めてきたときに襲われていますよ」
 というのは古泉の意見だ。ちなみに谷口はそれをすっかりと信じているのか、荷物とヘルメットを脱ぎ捨て、
完全にリラックスモードに入っている。ま、ぴりぴりしていても仕方がないから、俺も古泉の言葉を信じることにしようかね。
 気がつけば、空に浮かんでいた灰色の太陽は消えて無くなり、代わりに灰色の月が大地から上ろうとしていた。
どうやらいつのまにやら夜になっていたらしい。全く昼夜の区別もつかないなんて情緒のかけらも無いな、ここは。
「今日はここで野営します。各自きっちりと休息を取っておくように。明日の朝、また島の中心部に移動します」
 森さんの言葉に、俺はしりもちをついて空を見上げた。とんでもない一日だった。しかも、何一つとして解決していない。
続きがまた明日の朝から始まるんだ。
 俺の視界には灰色の空に、灰色の星々が目に映る――
 
◇◇◇◇
 
 深夜ぐらいの時間だろうか。俺は何かの物音を聞きつけて起きた。アスファルトの地面に眠っていたせいで、
身体中の節々が痛みやがる。だが、さらのがざがざと何かが動く音が耳に飛び込み、俺はあわててそばに置いてあった
自動小銃を握りしめる。閉鎖空間の中を歩き回れるやつなんて、古泉のような超能力者の支援がない限りいない。
そして、現在そういった行動を取っているのは俺たちだけとされている。なら、さっきから物音を立てている奴は……
 再びがさがさと音が響いた。今度は慎重に音のする方をじっくりと観察する。SAの周りは木々に覆われているが、
どうやらその中を歩いている奴がいるようだ。俺は物音を立てないように、慎重に自動小銃の安全装置を解除する。
 夜だというのに、灰色に染まっているせいか、周囲はやや明るく感じられた。おかげで移動している奴の
影を捕らえることはそう難しくはない。
「……いた」
 SAから北側にある林の中に動いている奴がいることに気がつく。軽やかな歩みで木々をくぐるように東の方へ進んでいた。
 俺はとりあえず周りの人間を起こそうと、一番近くにいた谷口をたたき起こす。
「んがっ――なんだよぉー、こんな夜中に」
「でかい声出すな。誰かが北側の山の中にいるんだよ」
 俺は口元で指を立てて寝ぼけ顔の谷口を黙らせた。同時に、自動小銃を構えて動く影に狙いを定める。
 谷口は目をこすりながら、俺に倣うものの、
「本当に敵なのかよ? 熊か何かじゃねえのか?」
「閉鎖空間の中にいる熊なんて自動的に敵に決まっているだろうが」
 ぶつくさと不平を漏らす谷口を一喝しておく。にしても、あれは朝倉か? うっすらと見える影は人のように見えるが
距離が遠いため細部までは判別できない。だが、そんなことはどうでもいい。あんな場所でこそこそと動いている奴なんて
怪しいに決まっているからな。
 俺はじっくりと動く影を銃口で追う。もう少し動くと少し開けた場所に出るはずだ。そこで仕留めてやる。
 そして、予定通りその影がはっきりと見える場所に行ったと同時に、俺は引き金を――
「――待ってください――!」
 どこからともなく聞こえてきた古泉の声。あのバカ、なんてタイミングで呼びやがる。
 見れば、背後から息を切らせて古泉が走ってきていた。俺は銃をいったん置いて、地面に伏せた。
今の声で俺たちの存在に気がつかれたはずだからな。朝倉なら超ジャンプで飛びかかってきてもおかしくはない状況だ。
 ……だが、古泉が次にはなった言葉は俺の脳髄を激しく揺さぶった。
「あそこにいるのは森さんです! 絶対に撃たないでください! 辺りを警戒して歩いているだけですから!」
 それを聞いたとたん、俺はぐらっと強い落下感に襲われた。あそこを歩いているのは森さん。
俺は危うく森さんを撃ち殺そうとしていたのか?
「おいおいおいおい~! 頼むぜキョン! 危うく誤射することだったじゃねえかよっ!」
 つばを飛ばしながら俺に抗議する谷口に俺は何一つ反論できなかった。何やっているんだ俺は……
 
◇◇◇◇
 
 結局、俺はその夜を眠れずに過ごしてしまった。激しい過労感と軽い頭痛が俺の集中力を奪う。こんなのでまた今日戦えるのか?
「では、出発します。全員警戒を怠らないで」
 夜間も警戒のためにほとんど眠っていなかったというのに、森さんは俺とは正反対に軽い足取りで自動車道を進み始めた。
その後を機関の人たちと大きなあくびをしながら谷口がついて行く。だが――
「――どうかしましたか?」
 俺の様子がおかしいことに気がついたらしい。古泉が引き返してきた。
谷口も俺の方に振り返ってこっちを不思議そうに見ている。
 自分でも俺の身体がおかしいことに気がついていた。来るときに橋の上でへばったときは疲労感で動けなくなったが、
今は違う。確かに疲れもあるし、昨日の無理な動きで全身が悲鳴を上げている。だが、足が一歩も動かないのはどういうことだ?
いや、動かそうと思えば動く。だが、どうしてもあの朝倉のいる場所に行こうという気にならない
――はっきり言って行きたくなかった。
 俺のただならぬ様子を感じ取ったらしい。古泉は耳元の無線機で森さんに連絡を取り始める。
 やがて、森さん達が戻ってきて、
「仕方ありません。現時点での移動は断念します」
 そう言って全員SA内に戻り始めた。こんな時だけ、俺の足取りは軽かった……
 
◇◇◇◇
 
 俺の体調不良は、新川さんから色々と問診のようなものを受けた結果、病気などではなく精神的なものであるとされた。
昨日の一件があまりに衝撃的すぎて精神が憔悴しているのだろうと。
 森さんたちは、俺をSOS団部室に届けることが任務のため、俺が回復するまでここにとどまるという決定を下した。
 そのままの状態で結局閉鎖空間二日目の夜を迎えようとしていた。俺は一歩も動くことができず、またそうする気分にも
なれなかった。
 自分の身体は自分が一番よくわかる。そんな話はしょっちゅう聞く。
だが、今の俺の精神状態は自分自身でも全く把握できなかった。言葉にできないもやもや感が脳裏に渦巻き、
ただいたずらに俺の足を縛り上げる。
 しかし、いつまで経ってもそのもやもや感がほぐされるような気はしなかった。
俺はその夜一睡もせずに自分が今何を思って何を考えているのか、じっと読み解き続けた。
 
◇◇◇◇
 
 その次の昼になっても、俺は自分の心理状態がわからないままだった。いい加減、うんざりしてきているというのに、
それでも前に進もうという気にはなれなかった。ただ一つわかったこともある。これ以上戻りたくもないのだ。
戻る足は軽いと思っていたが、閉鎖空間の外まで出ようと言う気分にはならない。どうなってやがる。
進みたくもない、戻りたくもない。本当にどうしちまったんだよ俺は……
 
◇◇◇◇
 
 閉鎖空間3日目の夜が近い。食料が無駄に労してしまっているため、輸送ヘリをこちらに向かわせることになったようだ。
もっとも俺は話に参加もできず、ただ道の縁石に座ってそれを聞いていただけだが。
 ただ一つだけいい知らせがあった。国木田は無事に病院まで搬送され、一命を取り留めたらしい。
傷は深いものの、しばらく入院してリハビリをこなせば、日常生活に復帰できるだろうとのこと。
俺はこの知らせには心底安心したが、それでも俺の気分は大して変わらなかった。
「よっ、キョン。調子はどうだ?」
 と、谷口が俺の横に座り込んできた。俺はしばらく何も答えられなかったが、
「最悪さ。行きたくもない戻りたくもない。我ながら自分の正確がわからなくなったよ」
「なんだよぉ。ずいぶん弱気じゃねえか。ホントにどうしちまったんだよ、一体」
 俺は額に手を当てて、
「それがわかれば苦労しねえよ」
「……そうかい」
 そう答えると谷口は黙って灰色の空を眺め始めた。釣られて俺も見上げる。
最初は違和感を感じすることしかできなかった空だったが、慣れって言うのは恐ろしいものだ。
今ではこの空が当たり前に感じ始めている。
 ふと、俺はあることに気がついた。谷口の成長ぶりだ。あのアホ丸出しのこいつが、平然と森さんたちのようなプロにくっつき、
実力こそ劣っているものの自分の仕事をこなしている。国木田もだ。俺みたいな2年間眠りこけた上、
ただのへたれと貸しているのとは明らかに対照的だ。一体、何があの二人をここまで変えた――ここまで動かしているのだろう。
 その時、俺は唐突に――本当に唐突だったが、口から言葉がこぼれ落ちた。
「なあ谷口。何でおまえここに来たんだっけ?」
「何だよ。それなら来る前に話しただろ?」
 谷口の言葉に俺はその時の話を思い出した。大切な彼女を守ってやりたい。それがこいつの一番の理由だったはずだ。
その時は男らしくなった谷口に感銘を受けたものが、今は別の感想が脳内に浮き上がる。
「でもよ、そのために別の誰かが犠牲になってもいいのか? こないだだって国木田が危うく――」
「それは考えないようにしている」
 俺の言葉を遮ってきた谷口の声はひどくまじめなものだった。普段の印象と合わせれば、顔と声が一致していなければ
谷口とは認識できないほどにだ。
 谷口は続ける。
「ああ、わかっているさ。俺の理由が勝手なことくらいな。だが、俺みたいなアホには自分の大切なものを守ることぐらいしか
できねーんだよ。聖人でもないし、権力者でもない。金持っているわけでもすごい能力があるわけでもない。
そんなただの凡人ができることと言ったらそれくらいしかねぇんだよ」
 ――それを聞いたとたん、俺は初めて自分が何を恐れているのかわかった。嫌になるぐらいに自分の中にあった矛盾にだ。
激しい脱力感とめまいが俺を襲う。ようやくそれが何なのか理解できたのに、ますます絶望するだけだった。
「すまねえ……しばらく一人にさせてくれないか?」
「……わかった。あんまり根詰めるなよ、キョン」
 そう言って谷口は俺の元か去っていく。
 理由はわかった。だが、どうする……俺はこれからどうすればいい?
 
◇◇◇◇
 
「隣、いいですか?」
 夜も更けてきたころに、俺のところへ古泉がやってきた。一向に動こうとしないおれにしびれでも切らしたか?
「邪推しないで下さい。ちょっとばかり気分転換に雑談でもと思いましてね」
「……あんまり話す気じゃないんだが」
「そう言わずに」
 と、結局俺の意志に構わず隣に座りやがった。好きにしろ。
「どうですか? 調子の方は?」
「……最悪だな。さっきようやく自分の心の病の正体がわかってえらくダウナーな気分になっているから」
「そうですか……」
 古泉はふっと中途半端な笑みを浮かべて嘆息する。
 そのまましばらく沈黙が流れた。その間、俺はずっと迷っていた。古泉にあることを聞きたかったんだが、
答えを聞くのが怖かった。しかも予想通りの答えが返ってくれば、俺のショックはますます拡大するだろう。
「いいですよ。言いたいことがあるなら遠慮無くどうぞ。愚痴なら聞き慣れていますから」
 どうやらちらちらと古泉の方を見ていたことを悟られたらしい。古泉があのキザなニヤケスマイルを俺に向けて来やがった。
というか、お前普段は愚痴を言われているのかよ。
「ええまあ。どうしても組織って言うのはそういうのは常について回ってきますからね。仕方がありません」
「森さんとかからも言われているのか?」
 俺の何気ない一言に、古泉は引きつった笑みを浮かべ俺の肩をつかむと、
「……そんな恐ろしいこと聞かないでください」
 どうやら古泉にとっても森さんは恐怖の対象らしい。なんというか、あの人は不気味な迫力があるからな。
 そんな感じでしばらく雑談に興じたおかげか、少しだけ俺の気持ちがほぐれていることに気がつく。
そして、俺は意を決して口を開いた。
「なあ古泉」
「なんでしょうか?」
「俺が北高に行きたいのはまたSOS団で楽しい日常を送りたいことと、ハルヒの無実を証明してやりたいからだ」
「そのようですね」
「……これって身勝手な理由か?」
 そう切り出したと同時に、俺は目だけで古泉の表情を追う。古泉はあごに手を当てて考えるような表情を浮かべた後、
「身勝手ですね。そう決まっているじゃないですか」
 その答えに俺の心臓にナイフが直撃したような痛みが走る。だが、古泉は全く容赦する気がないようで次々と続ける。
「世界滅亡が近いというのに、また友達と一緒に遊びたいからなんて身勝手極まりないですよ。
それによって、どれだけの人が犠牲になるかわかりますか? こないだだって朝倉涼子との戦いで、
あなたは友人の命を最優先に動きましたが、一歩間違えばここにいる全員の命が危なかったんですよ?
さらに支援に来たアパッチの部隊も捜索救難ヘリも下手をすれば撃墜されて死者が出ていてもおかしくありません。
それもこれも、あなたの身勝手な理由が原因でね」
 もう背中に何本の矢が突き刺さっている気分だ。おい、いくらなんでもひどすぎるんじゃないか?
もうちょっとオブラートに包んだ言い方ぐらいはしろよ。
 俺は怖かった。また朝倉のいるところにいれば今度こそ、誰かが命を落とすかも知れない。
もちろんそれが俺かも知れないが、それ以上に他の誰かが傷つく方が嫌だった。さらにこの距離だからこそ国木田は助かったが、
これ以上先に進んだところで誰かが怪我をしたらどうする? もうヘリでの救援もできないし、閉鎖空間に医者がいるわけもない。
死んでいくのを指をくわえてみていることしかできないだろう。
 俺が自分の望みを叶えたいために他人を危険にさらしている。誰がどう見ても身勝手としか言えなかった。
 だが、次に古泉が返してきた言葉は予想外のものだった。
「……ですが、それに何の問題があるんですか?」
「は?」
 俺は考えてもいなかった返答に一瞬聞き返してしまう。今、なんつった?
「問題ないって言ったんですよ。みんな身勝手なんですから」
 古泉の言葉に俺の中にあった何かがはじけたような気がした。身勝手でもいい
だが、世界滅亡が迫る中に身勝手な理由で行動して良いわけがないだろう?
「そうですか? 僕だってあなたとともに北高に向かっている理由だってとても身勝手なものですよ?
あなたとはやや異なりますが、少なくとも世界を救うためとか全人類を守ってやるとかなんて思っていませんし」
「森さんや新川さんたちもか?」
「当然です。みんな個人的理由でここに来ています。でも、僕はそれで良いと思ってますけどね」
 俺の頭は少し混乱状態に陥っていた。おかしい。何がおかしい? いや――なんか変だ? 変なのは何だ?
古泉か? それとも――俺か?
 ――バタバタとヘリコプターが飛行する音が辺りに響き始めた。
どうやら、先ほど連絡していた輸送ヘリがやってきたようだ。ほどなくして、SAの中に着陸し、積み荷を降ろし始める。
「あのヘリに乗っている人たちだって同じですよ。みんな個人な理由であなたに希望を託しているんです。
命が惜しいとか、家族を守りたいとかってね。立派な理由に見えるかも知れませんが、赤の他人であるあなたに押しつけるのは
身勝手と言って良いと思います。ですが、だからこそ、死ぬかも知れないのにここまで来てくれる。
あなたに手を貸して、自分たちの希望を満たすために」
 古泉の話が続く中、すぐにヘリは飛び立ち閉鎖空間の外側に向けて飛び立った。
「この状況下でできることと言えば二つしかありません。一途の望みを託して命をかけて戦うこと、あるいは耳を閉じ、目を瞑り、
そうやってただ世界が終わっていくのを眺めていくこと。どちらかしかないんです。ここにいる人たちは前者を選んだ人たちですが
世の中には後者を選んだ人も数多くいるでしょう。ただ黙っているなら、何の危険もありません。他人を巻き込む心配もない。
ですが、いつか消えて無くなることは確実ですけどね」
 ――ここで古泉は立ち上がり――
「いいじゃないですか、身勝手だって。はっきり言ってしまいますと、誰も犠牲を出したくないとか、全人類を等しく救ってみせる
とか言っている方がよっぽど矛盾していますよ。なぜなら、そんなことはできないんですから。できないことを言い続けるのは
ただの詐欺師です。できるなら超人とか神とか呼ばれるんでしょうけど。あなたはそのどちらかでいるつもりですか?」
 ……この辺りで俺は急に笑い出したくなってきた。今まで俺が悩んでいたことがとてもバカバカしくなった。
何を悩んでいるんだ。犠牲が出ても良いとは思わない。そのためにいかなる努力も惜しまない。それでいいじゃないか。
 俺が歩みを止めていた理由がはっきりとわかった。ようはさっき古泉が言っていた二つの選択肢の内、
俺は後者を選ぼうとしていたんだ。耳を閉じて、目を瞑って、ただ終わるのを待つだけ。そうすりゃ、俺の身勝手な理由で
誰一人巻き込まなくて良いからな。だが、それじゃ駄目なんだ。何の解決にもなっていない。
現に俺はこの二日間ただじっとここで座っているだけしかできなかったじゃないか。冗談じゃねえ。
こんなところで終わってたまるか。くそったれ、俺はまだやりたいこともやらなきゃならないこともあるんだ。
みんな勝手な理由で俺に期待してやがるってなら、俺だって勝手にやらせてもらうぞ。それで良いんだろ、古泉。
「古泉。色々すまなかった。明日の朝まで時間をくれないか? そうしたら、進むにしろ戻るにしろ決めるからよ」
「ええ。よく考えてください。あなたが決めることですから」
 俺は久しぶりにすがすがしい気分になっていた。

 翌日の朝。俺が出した答えは。
 ……決まってんだろ。北高に向かうだ
 
◇◇◇◇
 
「あら、また来てくれたんだ」
 朝倉はまたあの自動車道のICの残骸の上に座っていた。あの優しげな微笑みを俺に向けて語りかけてくる。
とはいってもお前と再会するために来た訳じゃねえけどな。
「でも一人なんだ。他の人たちはどうしたの?」
「お前に教えてやる義理はねえよ」
 朝倉の問いかけを冷静に突っぱねる。ここで来ていないとか一人だとか言っても、どうせすぐにばれるだろうし、
もうばれているかも知れないからな。
 さて、現時点で朝倉の前にいるのは俺一人というのは今朝倉が指摘したとおりだ。危険は承知だが、これも作戦なんでね。
ちなみに、確実にどうして俺みたいな素人に毛が生えた程度の奴が、おとりみたいなことをやっているんだと
指摘されるかもされないが、それは朝倉が唯一命を奪わないと宣言したのが俺だけだからだ。
少なくとも殺される心配はないとわかっているだけでも、それなりに安心できるってもんだしな。
「で、これからどうするの? また無駄な抵抗する?」
「無駄って言うな。俺はまだあきらめてねえぞ」
 朝倉はすっと後ろに手を回して、
「ふーん、まだあきらめてないだ。結構がんばるのね。でも、いくらあがいたところで結果は同じなのに」
「どうかな?」
 その言葉を皮切りに俺は朝倉めがけて自動小銃を撃ちまくる。朝倉はジャンプすることもなく、それを身をよじるだけで
かわし続けた。ああ、どうせ俺の腕前はへたくそだからそんな動きで十分なんだろうよ。
「しっかたないなー。ちょっと痛い目にあってもらった方がいいわね。その方が大人しく言うことを聞いてくれそうだし♪」
 それを言い終えると、一直線に水平移動で俺にナイフを突き刺しにかかる。法定速度の自動車よりも速いそれを
俺はぎりぎりのところでかわすが、胸元の迷彩服にわずかにかすり繊維が飛び散った。
 だが俺もただ避けるだけではない。腰につけていた拳銃を取り出し、俺の横を通過していく朝倉めがけて数発発砲する。
身体に二発ほど命中させるが、すぐに再生してしまった。やっぱりこの程度のダメージでは効果がないらしい。
こないだは対戦車ミサイルの直撃――あの後確認した――を食らっても平然としてやがったからな。
だが、避けるってことはやはりそれでダメージを与えることができる証拠とも言える。
 朝倉はバニーホップで移動し、またICの残骸の上に立った。そして、さっき銃弾を受けた辺りをなでて、
「ひどい事するわね。お仕置きが必要かしら?」
「どうかな? お前は俺を殺せないんだろ? 生身の俺に折檻なんて与えたらショック死しちまうかもな」
「うん、それは大丈夫。両手両足を切り落とすぐらいじゃ死なないでしょ?」
 死ぬに決まってんだろうが。可愛い顔して物騒なことをいいやがって。だが、朝倉はノープロブレムと人差し指を振って、
「大丈夫♪ 出血はあるかも知れないけど、ちゃんと止めてあげるから。知ってた? 傷口を火で焼けば出血は抑えられるのよ。
戦争かなんかだとたまにやっていたみたいね。あたしはあなたの脳さえ無事なら何でも良いから、それで十分なの♪」
 この野郎……身勝手な理由なら人のことは言えないが、こいつの場合はやらなくて良いことをおもしろがってやろうとしている
ようにしかみえねえ。こんな奴と数ヶ月とはいえ一緒にいたのか。ぞっとするぜ。
 だが、このスプラッタ話も決して無駄ではない。すでに俺の視界には目的のものが捕らえられていた。
朝倉に今にも突き刺さろうとしている携行型対戦車ミサイルだ。
 激しい衝撃と熱風に俺は一瞬ヘルメットを押さえて、目を閉じてしまうが、すぐに視認を再開させる。
さっきまで朝倉が立っていた場所が激しく爆散し、煙が上がっていた。今のは避ける暇はなかったはずだ。
 だが、すぐに煙の中から全く無傷な朝倉の姿が浮かび上がる。わざとなのか知らないが、ケホケホと咳き込むという
人間ぽい動作までしていた。こっちをおちょくってんのか。
 こっちもそれをぼさっと見ているわけにもいかず、俺は朝倉から距離を置きつつ自動小銃で銃撃を続ける。
同時に側面から多くの銃弾がばらまかれ始める。あらかじめ、側面で待機していた谷口の軽機関銃が火を吹き始めたのだ。
朝倉が徹底して回避行動を取る以上、それが間に合わなくなるほどの銃弾のばらまきが必要になったため、
輸送ヘリで持ってきてもらったのだ。
 朝倉はそれをいつもの超人的移動でかわすと思いきや、意外なことにICの残骸に身を隠してそれをやり過ごし始めた。
 だが、それも程なくしてやめると、いつもの十数メートルまで到達する大ジャンプで辺りの様子をうかがい始めた。
そして、俺の方を向くと、
「とっととあなたを捕まえて他の人たちは後でゆっくり始末するつもりだったんだけど、ちょっと邪魔になったから
先に片づけてくるわね」
 そう言って、谷口がいる方とは逆の方向へ自動車道を飛び出していく。あっちには森さんたち機関組がいるんだが、
上空からその存在に気がついたらしい。まずいな。これだけ早く感づかれるのは想定外だ。
 俺は国木田から受け継いだ無線機を取り、
「おい古泉。朝倉がそっちに向かったぞ。思ったよりも早く気が付きやがった。そっちは大丈夫か?」
『もうしばらく時間がかかりますが、こっちで遅延させます。あなたはそこでゆっくりと見物でもしていて下さい。
後はこっちで処理しますから』
 そう言って無線を切った。そこに谷口が自動車道に上ってきて、
「おい、朝倉はどうしたんだ?」
「あっさりと古泉たちの方にいっちまったよ。俺一人ってのは少々あざとかったか?」
 一瞬不安になるが、今更後悔しても無駄だと首を振る。後は古泉たちに任せるしかないんだから。
 
◇◇◇◇
 
 俺たちは水田地帯の周りで飛び回る朝倉の姿を双眼鏡で眺めていた。結局は機関の人たちVS朝倉で前と同じ状態だ。
朝倉の恐怖のナイフ攻撃を全員がかりで受け流し、朝倉の行動をできるだけ抑制する。
これだとまた体力勝負になってしまうが、長時間やるつもりはない。予定時間まであと5分に迫っている。
 作戦は前回朝倉にめがけて砲撃したのと似ている。あの時はいつのまにやら俺の背後まで移動されていたが、
あれは飛び散る砲弾の破片を全てかわした朝倉が高速移動で、俺たちの方に襲いかかってきたらしい。
新川さんがそう言っているんだから本当なのだろう。あのめちゃくちゃ状態を全部避けきるとは
いくら何でもやりすぎじゃないのか?
 だが、しかし今回は撃ち込まれるものが違う。破片を一つ一つかわしてしまうというなら、絶対にかわせないものを
撃ち込んでやればいいだけだ。
「キョン、時間だぞ」
「わかっているさ。おい古泉、あと10秒後に来るぞ」
『わかりました。こっちも備えます』
 俺の指示に従い、古泉たちは一斉に辺りに散り始め、それぞれ用水路の溝や民家の陰に逃げ込んだ。
そして、上空に2機の攻撃機が飛来し、計4発の爆弾を投下する。
 爆撃地点に、辺り一面に強烈な閃光と、火というよりもオレンジ色の液体が飛び散る。ナパーム弾って奴だ。
いくら朝倉が身をこなしてかわせてもこいつはかわせまい。どうやら瞬間移動まではできないみたいだからな。
あと、銃弾と違ってナパーム弾はひとたび浴びれば早々火を消すことができない。つまりいくら瞬時に再生しても
すぐに全身が焼かれていくだけだ。これならば無敵の再生も間に合わず焼死するはず。
にしても凶悪な兵器だよ。対人使用が禁止されるのも無理ないぜ。ちなみに朝倉は人間じゃなくて宇宙人だから適用外だ。 
 だが、念には念を入れておかなければならないので、次々と飛来した攻撃機がナパーム弾を次々と投下する。
もの凄い熱気が俺たちにも到達し、あわてて自動車道の縁石に身を隠した。だが、長々と隠れているわけにも行かない。
俺たちの仕事には着弾地点から朝倉が逃げていないかどうか監視する役目があるからだ。
「ヒューッ! こいつはスゲーな!」
 歓喜の声を上げる谷口。すごい威力なのは確かだが、こんなものが普通に使われていた世界があるかと思うと
ぞっとする方が先だ。
 俺は次々と爆撃地点にナパーム弾が落とされる中、必死に朝倉が逃げ出していないか確認し続ける。
しかし、周辺を見ても全く移動する物体は見受けられず、やはりあの火炎地獄の中にまだいるらしい。
ざまあみやがれ。国木田の仇討ち――いや死んでいないか。
 程なくして爆撃が終わり、閉鎖空間独特の静寂が戻る。さて、あとは火が収まるのを待って朝倉がどうなったかを
確認するだけだが……
「これで終わりか、キョン?」
「さあな。確実に仕留めたことを確認するまでは油断できねえぞ」
 俺たちは予定通り、爆撃地点への移動を開始する。俺の頭には不安と期待が入り交じった奇妙な感触が生まれていた。
朝倉は爆撃地点から逃げられなかったし、あれだけの大量のナパーム弾を受けて無事で済むわけがない。
なにより、爆撃が終わっても火炎の海から出てこないことが証拠だ。だが、一方であれだけ信じられない活動能力を
見せつけられると、まだ切り札を隠していてあっさりと現れるんじゃないかと思ってしまう。
大丈夫だ。作戦通りに進んだし、全くあいつが生き延びている要素は存在していない。瞬間移動でもできなければ無理だが――
 ふと、俺の脳裏にあの教室で襲われたときのシーンが蘇る。朝倉は長門の攻撃を残像しか残さないような高速移動で避けていた。
今戦っている朝倉は冗談みたいな身体能力を見せているとは言え、視認はできる程度のスピードで動いている。
あの時と同じ速度で動かれるとあのナパーム地獄からも逃げおおせるかも――
「そう言うことはもうちょっと早く思い出して欲しかったな」
 その声を聞いたとき、俺の全身が震えた。谷口も振り返って大仰に驚きの表情を浮かべる。
 いつの間にか、俺たちの背後――それも一メートル程度の距離に朝倉が立っていたのだ。なんだ? どういうことだ?
あの爆撃地点からは逃げていなかったはずだぞ。なら、あの時のような高速移動を使って脱出したのか?
だったらなぜ最初から使わない――
 朝倉が俺の疑問に答えるはずもなく、またナイフを構え俺たちに向かってきた。狙いは俺じゃない。谷口の方だ。
距離が近すぎるため、俺は声一つあげられず……

 一瞬意識がとんでいたと思う。俺はあわてていつの間にか瞑っていた目を開き、状況を確認する。
視線の先には朝倉の可愛らしい顔のドアップがあった。そして、向けられたナイフを俺の手がつかみ、
谷口への到達を阻止している。
 ――って、ちょっと待て。俺はこんな行動を取った覚えはないぞ。しかも、ナイフの刃をもろにつかんでいるため
手のひらから血が滴っているが、不思議と痛みを感じない。あああああ、わけがわからん。どうなってやがるんだ。
『遅くなった』
 当然、俺の頭蓋骨内に声が響いた。それは多く聞いたわけではないが、もう絶対忘れることのない声……
『長門か!?』
 叫んだと同時に気がつく。俺の意志に反して口が動かない。代わりに長門の声と同じように脳内のみに響く。
 どうやら今俺の意識と身体が連結状態になっていないらしい。だから、痛みもなにも感じていないんだろう。
ということは今俺の身体を乗っ取っているのは……
『しばらくあなたの身体を借りる。今のわたしが取れる手段はこれ以外に無かった』
『いや、何でも良い! 朝倉をぶっ倒してくれるなら俺の身体なんて好きに使ってくれ!』
『わかった』
 そう言って身体を完全に長門に預けることにした。別に俺が何をするわけでもないが。
 当の朝倉はしばらく何が起きているのか理解できていなかったようで首をかしげていたが、やがて察知したらしい。
またにこやかなスマイルを浮かべると、
「みーつけた♪ 今日はとてもラッキーだわ。目標が二つも見つけられるなんて」
 そう言うと、俺の手からナイフを引き抜くと、距離と取るべく50メートルぐらい離れた場所へ高速移動した。
長門と戦った時に見せた残像だけが残る移動方法だ。あれを今まで連発されていれば、俺たちはとっくに全滅していただろう。
 現状、俺の脳みそでも理解できることは長門が俺の身体を乗っ取っていること。また、長門が何らかの理由により
自分の身体が使えない状態にあるということだけだ。だったら、俺が何をする必要もない。すまないが、あとは長門に任せよう。
高速移動までできるようになった朝倉は、とてもじゃないが手に負えるような代物じゃないからな。
 が、一つだけ必要なことを思い出し、
『長門。すまないが口だけ使えるようにしてくれないか? 後ろの奴に指示を出したいんだ』
『わかった』
 ふっと俺の口元の感覚が蘇る。間髪入れずに俺は、
「おい谷口! とっととここから離れろ! ついでに古泉たちにも朝倉に絶対に手を出すなと言え!
今のあいつは手のつけられるような状態じゃないからな!」
「わ、わかった! って、キョン! おまえはどーすんだよ!」
「それは俺の中にいる奴に任せるさ」
 俺の言っていることの意味がわからなかったのだろう。目を白黒させながら谷口は古泉たちの方へ走っていく。
『口の制御をこちらに戻す。後は任せて』
『ああ、すまないが頼む。どうやらもう俺が適う相手じゃなさそうだからな』
 自分の中で相手に会話するなんてバカみたいな話だが、意外に意思の疎通は簡単に取れた。
 そう言って俺(長門)は朝倉の方に向き直す。朝倉の表情は変わらない。あの可愛らしい笑顔を継続していた。
そのままゆっくりと人間ペースの歩行速度でこちらに向かってくる。
「まずはそいつを解体することから始めるわ。頭さえ無事なら何とでもできるしね」
 相変わらずぞっとすることを平然と言いやがるな。
 と、唐突に長門が制御する口が動き始める。あの高速呪文って奴だ。確か長門が情報操作とやらを行う時に――
 俺の集中力が逸れている間に、朝倉の姿消えていることに気がついた。同時に俺の背後で髪の毛を振りまきながら
ナイフを肩めがけて振り下ろそうとしている朝倉の存在も認知した。
 やられるかと思いきや、まるで何かにはじかれるように朝倉が俺の後方に吹き飛ばされた。
人間の身体はバウンドなんてしないから、農道を滑っていく。
 だが、その程度では何ともないというように朝倉はまた立ち上がった。
 その後も、持ち前の超人的身体能力と高速移動を駆使して俺(長門)に襲いかかるが、
長門の超パワーはこれをことごとく撃退していった。どうやら力の差は歴然らしい。
 ふと、また俺の頭の中に朝倉に襲われたときの光景が蘇った。あの時は長門の方に集中してあまり朝倉のことを
憶えていなかったが、確か槍状のものを投げつけてきたり、腕が光って伸びてきたりしたな。あれは使えないのか。
 と、前方で俺(長門)を伺っていた朝倉の笑みがいつもと変化していることに気がついた。
何というか言葉にするならしめたと言いたげなものだ。
 次の瞬間、俺はその意味を理解した。突然、朝倉がナイフを投げ捨てたかと思うと、あの時のように光った腕を
俺の方に伸ばしてきたからだ。長門の細い胸板を簡単に突き抜けたあれは防ぎきれないと判断したのか、
長門は軽やかに俺の身体を動かしてそれをかわす。
 何だってんだ。さっきも俺が高速移動を思い出したら、突然それを使い始めてきたが、今度は伸びる腕かよ。
どうして今更使い始めるんだ?
『あれは朝倉涼子ではない。外見は一緒だが、中身は完全に別物』
『だが、さっきからやってくる攻撃は俺が知っているものばかりだぞ?』
『あなたの脳内イメージをスキャンして構築している。だから、あそこにいるのはあなたが思い描く朝倉涼子の姿。
あなたのイメージが拡張されれば、具現化された朝倉涼子の能力も変化する』
 長門の説明に、俺は後悔が募った。冗談じゃねえ。さっきから繰り返されているパワーアップは俺が元凶じゃねえか。
『気にしないで。有機生命体では神経細胞に記録された視覚的映像情報を短時間で意図的に改ざんするのは無理。
長い年月が必要と思われる』
 長門の説明はありがたいが、状況が変わるわけもなく、今度は朝倉はそこら中の電柱を引き抜き俺の頭上に落とし始めた。
 俺が短い悲鳴を上げる中、長門は冷静沈着にそれをかわしていく。
『……余り時間をかけられない。これから仕掛けて情報消去を行う。彼らが集まってくれば危険』
 何のことかよくわからないが、任せたぞ長門。俺は意識の中から応援するだけで精一杯だ。
 やがて長門は朝倉との距離を縮め始め、ボクサーの如く高速でパンチを繰り出し始めた。
てっきり超SFバトル的展開になるかと思ったが、意外に地味で拍子抜けになるものの、そんな贅沢を言っている場合ではない。
朝倉は余裕といわんばかりに、それを次々とかわし続けている。
『おい、長門! こんなんで本当に朝倉を仕留められるのか!?』
『黙って。わたしがするのは陽動。情報消滅は彼が行う』
 彼って誰のことだ――と聞くまでもなかった。すぐ横にあった水田の泥水の中から、突如一人の人間が起きあがる。
泥まみれで最初は誰だかわからなかったが、手から赤い光球が発生した時点でわかった。
「せぇぇぇぇぇぇぇい!」
 普段の古泉からは似つかわしくないかけ声で、朝倉めがけて光球を放った。朝倉はそれに反応することもできず、
身体の側面に直撃を食らった。
 強烈な衝撃波が巻き起こり、朝倉の身体が分解されるように散り散りになっていった。
だが、最後まで朝倉はその笑顔を変えることなく消滅していく。
 やがて光も収まり、凶悪殺人鬼・朝倉涼子は散り一つ残さずその存在を抹消された。
それを確認したのか、長門は身体の支配権を俺に戻したらしく全身に重力感が戻ってくる。
同時に、ナイフの刃を握ったせいでできていた手のひらの切り傷が痛み出した。
『これ以上ここにはいられない。わたしは涼宮ハルヒの元に戻る』
 そう長門の声が脳内に響いたのを最後に、彼女の声は聞こえなくなった。
 正直、引き留めてでももっと話を聞きたかったし、何よりも再会を喜びたかったんだが、これ以上望んでも仕方がないか。
無事は確認できたんだ。また後で逢えるさ。
 それにハルヒの元に戻るとも言っていた。なら我らの団長様は無事って事だ。
 俺はようやく朝倉との戦いが終わった実感し、ヘルメットを取ってほっと一息つく。
長門の支援のおかげで誰も負傷せずに終えることができた。やれやれだぜ。
 そんな俺に古泉は手をさしのべ、
「手の傷を見せてください。化膿しないうちに手当てしますんで」
 泥だらけになった古泉は美形台無しの状態だったが、それでもいつものさわやかスマイルを忘れることはなかった。
 
◇◇◇◇
 
 ようやく朝倉を撃退した俺たちはA島の中心部へと足を進めた。さすがに全員疲弊していた状態だったので、
今日は自動車道上で野営することになった。
 そして、その日の夜。
 俺は自分の荷物を整理しているときに気がついた。見慣れないノートが紛れ込んでいたのだ。
 最初は荷物を持ってもらっていた多丸圭一さんが間違えたのかと思ったが、ノートの後ろには『国木田』と書かれていることに
気がつく。正直、他人のものを勝手に開けるのは気が引けたが、確認の意味を込めて俺はその内容を確認することにした。
 そして、それが俺の大失敗の始まりだったことになる。発端は最初のページに書かれていた次の文字列だった。
 
 ――機関を信じないで――

 

 ~~その3へ~~

 

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最終更新:2020年07月06日 09:12