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ふと、気がつくと、俺はひとりで公園のベンチに座っていた。
光陽園駅前公園、古泉が転校してきた日に長門と待ち合わせをした場所。
そして、三年前に戻ったあの日には、朝比奈さんの膝枕で眠り、朝比奈さん(大)と会った、俺にとっては思い出の多い場所でもある。
だが、どうやらここは現実の光陽園駅前公園ではないようだ。
周囲を見渡しても、人っ子ひとり居らず、空は灰色の雲に覆われ、薄ボンヤリとした光を放っている。
閉鎖空間
いままでの人生で数えるほどしか入り込んだことのない、現実の世界とは少しだけズレた場所にある異世界、ハルヒが無意識のストレスを発散させる空間に、いま俺はいる。
俺は大きくため息をついた。
ハルヒの無意識が俺をこの空間へと導いたことを瞬時に悟ったからだ。
そして、このようなハルヒの我侭に起因する、微妙にズレた日常に慣れてしまっている自分に、ほとほとあきれていた。
さて、今回ハルヒはどのような無理難題を俺に押し付けてくるのだろうか。
まずは、ハルヒの精神分析の専門家を自称するニヤケ面を探すことにしよう。
そう思って、俺は立ち上がり、辺りの様子を覗ったが、古泉の姿はどこにもなく、逆に前回来たときとは違う奇妙な違和感を覚えた。
まず、第一に閉鎖空間に必ず存在するはずの神人の姿が何処にも無い。
ここはハルヒがストレスを発散させるために存在する空間なので、そのストレスの象徴ともいうべき神人がいないのは異常事態ともいえる。
そして、第二になんとなく肌にまとわりつく感覚のようなものが、いままでとは違って感じられる。
言葉では上手く説明できないのだが、いままで俺が入り込んだハルヒの閉鎖空間で感じていた不気味な肌触り、
ハルヒの負の感情が漂っているような感覚が無く、むしろ、橘京子に導かれて進入した佐々木の閉鎖空間に近い平穏な優しい感じがした。
だが、いくらいままでの閉鎖空間と比べて居心地がよくても、いつまでもここに留まるわけにはいかないだろう。
前回と同様の方法で帰れるのなら、まずハルヒを探す必要がある。
とりあえず、北高に行って、教室か文芸部室でハルヒを探すことにしよう。
そう考えて、俺は北高に向かうべく、足を一歩踏み出した瞬間、
ガサッ
後ろの植込みが不自然に揺れる音がしたため、俺は大きくため息をついて後ろを振り返った。
「そこにいたのか古泉。隠れて様子を覗うのは、あまり良い趣味とは言えな………」
背後に古泉の姿があることを予想していた俺の目に飛び込んできた光景は、古泉のいつものニヤケ面ではなく、庇護欲をくすぐる、愛らしい天使のお姿だった。
「あ、朝比奈さん? ここでなにをしているのですか?」
「え? キョンくん?」
声をかけると、朝比奈さんは驚いたような表情で俺の方を見た。
朝比奈さんは、いつも文芸部室で見るメイド衣装ではなく、制服姿だった。
そして、朝比奈さんの言動や様子から、朝比奈さん自身も状況を把握できていないことが分かった。
「朝比奈さん、古泉を見かけませんでしたか」
「いえ、見てないです」
「じゃあハルヒは」
「すみません、わたし気がついたらここにいて……、それよりここはいったいどこなんですか」
朝比奈さんが不安を滲ませた目で俺を見つめてくる。
「おそらく、閉鎖空間。ハルヒの精神世界の中です」
「え、ここがそうなんですか」
朝比奈さんはびっくりした表情で辺りをきょろきょろと見回し始めた。
その様子から、ここに来ること事態、初めてであろうことは容易に想像できた。
「まず、北高に行きましょう。そして、古泉かハルヒを探すことにしましょう」
そう提案すると、朝比奈さんは不思議そうにこちらを見て、俺に疑問を投げかけてきた。
「古泉くんか涼宮さんならここから出る方法を知っているんですか?」
「おそらく」
そう言いながら、俺はできれば古泉に、この閉鎖空間にいてもらいと願っていた。
理由は、言わなくても分かると思うが、ハルヒを見つけ、前回と帰る方法が同じであれば、俺は朝比奈さんの前でハルヒと………
できればそのような状況に陥ることだけは全力で避けたかった。
「さあ、行きましょう」
俺は、朝比奈さんを先導するように、北高へと向かって歩き始めた。
「ま、待ってください」
朝比奈さんはあわてて俺の元に駆け寄ると、不安そうにブレザーの裾をつまんだ。
その様子を見て、デジャブのような感覚が俺の頭をよぎった。
確か、このような光景を以前にも一度見たことがあるような………
しかし、あの時、俺の横にいたのは朝比奈さんではなく、ハルヒだったため、デジャブとはまた違うのかもしれない。
俺は神人が出てこないか辺りを注意深く見回しながら、北高への道程を進んでいった。
無人の北高への坂道を、俺は朝比奈さんにブレザーの裾をつままれたまま登っていく。周囲は暗く、物音ひとつ聞こえない。
普段、登下校している道程にもかかわらず、とても不気味で薄気味悪いものに感じられた。
北高に到着後、まずSOS団の本拠地である文芸部室に向かったが、誰の姿も無かった。
校内を隈なく探すために、二手に分かれようと提案しかけたが、朝比奈さんを独りにするのは不安だったので、俺達はふたりで校内を見回ることにした。
しかし、校内にはハルヒや古泉どころか人っ子ひとり居らず、何も見つけられないまま文芸部室へと戻ることになった。
ふと、俺はハルヒと閉鎖空間に来たときの状況を思い出し、パソコンの電源を入れた。長門に連絡が取れるかもしれないとか考えたからだ。
だが、パソコンのスイッチをONにしても電源は入らず、黒いモニターの画面を数分間見つめることになっただけだった。
「万策尽きたか」
俺は大きくため息をついて、団長席の背もたれにもたれかかった。
「え、ええと、帰る方法、わからないんですか」
朝比奈さんが不安そうに俺を見て言った。
「大丈夫です。必ず帰れますよ。だから心配しないでください」
そうとも、俺ひとりならともかく朝比奈さんもいるわけだからあきらめるわけにはいかない。
俺の言葉を聞いて、若干安心した表情を浮かべた朝比奈さんは
「よかった、じゃあお茶いれますね」
と言って、朝比奈さんはやかんに水を汲み、火にかけた。その様子を見ながら
「ガスと水道は使えるのか」
などとまったく関係の無いことを考えていた。
いかん、いかん、真剣に変える方法を考えなくては………
俺は朝比奈さんの入れてくれたお茶を飲みつつ思案に熱中したが、どうしてよいかさっぱりわからなかった。当然と言えば当然である。
いままで危機に陥ったことは何度か会ったが、冬山の時も、ハルヒがいなくなった時も、何らかのヒントは与えられていた。
しかし、今回のこの状況は全くそういった類のものが無いのである。これでは解答を導き出せと言うほうが無理だ。
ふと、朝比奈さんの方に視線を向けると、朝比奈さんは窓から外の景色を見て、ぼうっと惚けているように見えた。
「朝比奈さん、どうかしましたか」
俺がそう声をかけると、朝比奈さんはハッと我に返ったようにこちらを向いて、
「え、え、いえ、な、なんでもありません」
と、少し狼狽しながら答えた。

朝比奈さんの動揺した姿を見て、俺は直感的に何か知っているのではないかと思い、朝比奈さんに問い掛けた。
「朝比奈さん、どんな些細なことでもいいです。何か知っているのでしたら教えてください」
朝比奈さんは俺から目を逸らし、小さな声でつぶやくように答えた。
「ご、ごめんなさい。ここに来るとき、声を聞いたの。確かに聞き覚えのある声なのに思い出せなくて………」
「その声はなんと言っていたんですか」
何度もハルヒがらみのトラブルに巻き込まれた俺の直感が告げている。これがいまの状況を打開するヒントだと。
「確か……白雪姫、スリーピングビューティー……」
朝比奈さんがその単語を口にした瞬間、窓の外が青く光った。
「な……」
窓から外を眺めると、いままで姿の見えなかった神人がいきなり目前に現れて、いまにも校舎を破壊しようとしていた。
俺はとっさに朝比奈さんの手を取り、文芸部室から飛び出した。
「ちょ、な、キョンくん?」
廊下に出ると同時に、轟音が響き渡り、びりびりと部室棟が揺れた。
ハルヒと閉鎖空間に迷い込んだ時と同じように、俺は朝比奈さんの手を握り、全力で階段を駆け下りると中庭を横切ってスロープからグラウンドへ出た。
グラウンドの中央付近、ハルヒとキスした場所まで来て、俺はあの時と同じように神人が校舎を破壊するのを眺めた。
奇妙な既視感を感じる。まるであの日が再来したかのような。
しかし、決定的に違うのは、いま俺の隣にいるのがハルヒではなく朝比奈さんだということだ。
「ここで、キスをすればいいのね」
朝比奈さんの言葉に不意を突かれ、俺は驚愕の表情で朝比奈さんの方を振り向いた。
「朝比奈さん………」
朝比奈さんは、横を向いて、俺から目を逸らし、小さな声でつぶやくように言った。
「ごめんなさい、わたし……最初から知っていたの。でも、これはキョンくんが選択することだから……」
「どういうことですか」
「わたしは未来人だからキョンくんと結ばれることはできないの。でも、涼宮さんはわたしの願いをかなえてくれようとしている」
そう言うと、朝比奈さんは俺の方をまっすぐに見つめて、強くはっきりとした声で言った。
「選ぶのはキョンくん、あなたよ。わたしか、涼宮さんか」
朝比奈さんは、真剣な表情で、じっと俺の目を見つめている。俺は、普段見ることの無い朝比奈さんの気迫に、少々驚愕した。
朝比奈さんにキスをしなければ帰れない。そして朝比奈さんもそれを望んでいる。このとき俺はそう思った。
俺はゆっくりと朝比奈さんに近づき、朝比奈さんの背中に手を回すと、目をつむって、唇を合わせようとした。
その瞬間、俺の脳裏にハルヒの顔が浮かんだ。その表情はとても寂しそうな、悲しそうな、そんな感じがした。
気がつくと、俺は朝比奈さんの背中から手を離して、一歩後退りをし、距離をおいていた。
「キョンくん、どうしたの」
「す、すみません、なぜか、その、できないんです」
悲しげに見つめてくる朝比奈さんに、俺は狼狽しながら答えた。朝比奈さんは俺のそんな様子を見て、悲しそうな表情のまま微笑んだ。
「そっか、わたしキョンくんにふられちゃったんだ」
「え、そ、そんなつもりでは………」
俺は戸惑いながらそう答えたが、後に続く言葉を見つけられなかった。
なぜ、俺はあんな行動をとったのだろうか。朝比奈さんとキスする機会をわざわざ自分から潰すとは………
まさか、俺は朝比奈さんよりもハルヒに惹かれているのか。いや……、そんなことは……ない…はずだ。
遠くの方から、神人が校舎を破壊する轟音が聞こえてくる。ふたりとも、とても危険な状況だったのだろう。
しかし、この時の俺はそんなことはまったく気にならなかった。考える余裕がなかったと言った方が正しいかもしれない。
朝比奈さんは俯いたまま、じっと俺の前に立っていた。小刻みに小さな身体が震えているのがわかった。
その朝比奈さんの姿が、とてもいたたまれないものに思えて、俺は朝比奈さんを慰めようと、一歩朝比奈さんに近づいた。
「さわらないで!」
朝比奈さんはそう叫んで、朝比奈さんの肩に手を置こうとした俺を静止した。
「さわられると、キョンくんのことを諦められなくなるよ」
そう言って顔をあげた朝比奈さんの目からは大粒の涙が溢れていた。俺はかける言葉を見つけられず、その場に立ち尽くした。
「涼宮さんのことよろしくね」
朝比奈さんは涙を流しながら、笑顔でそう言った。
その瞬間、周囲の景色の光の亀裂が走り、ガラスが割れるように、崩れ落ちると、俺は自宅のベッドの上で目を覚ました。



翌朝

俺が登校すると、寝不足の俺をさらに憂鬱ににさせる場面に遭遇する。
下駄箱のまえで、例のニヤケ面が待ち構えていたのだ。
「お疲れのところ失礼ですが、昨日のことについて一言お礼をと思いまして」
「昨日? お礼? どういう意味だ」
「朝比奈みくる、失礼、朝比奈さんといっしょに閉鎖空間に閉じ込められたことですよ」
「古泉、お前、覗いてやがったのか。なぜ俺たちの前に姿を現さなかった」
俺が古泉を不満気に睨みつけてやると、ふふふと不敵な笑みを浮かべながら、得意の解説を始めやがった。
「朝比奈さんもあなたに言ったと思いますが、昨日の閉鎖空間は涼宮さんが朝比奈さんの願いをかなえるために創った世界なのです。
それと同時に、あなたの本心を探るための世界でもありました。だから、部外者である僕は侵入することができなかったのです」
「どういう意味だ」
「すなわち、涼宮さんはあなたが朝比奈さんに特別な好意を持っているのではないかと疑りました。
そのため、あなたと朝比奈さんを二人きりで閉鎖空間に閉じ込めて、あなた方の反応を確かめたのです」
「迷惑な話だ」
「そしてもし、あなた方の反応が涼宮さんの想像したものであったなら、涼宮さんはあなたと朝比奈さんのために世界を創り出そうとしていたのです」
「俺たち二人のために世界を創る? どういうことだ」
古泉は、少しあきれた表情で、俺の質問に答えた。
「あなたもご存知のように、朝比奈さんは未来人で、この時代の人間ではありません。だから、あなたと朝比奈さんが結ばれることは本来ならありえないのです。
涼宮さんは、理由はともかく、何らかの事情であなたと朝比奈さんが結ばれないことを識閾下で知っていたのです。
つまり、涼宮さんが新たに創ろうとした世界は、あなたと朝比奈さんの間に障害が無い、すなわち朝比奈さんが未来人ではない世界。
その世界ではあなたと朝比奈さんは普通の一般人としてお付き合いすることができるのです。そして、あなたは朝比奈さんと結ばれることになると考えられます。
ただ、そうなった場合、涼宮さんはご自分と元あるこの世界の両方を消してしまう可能性がありました。
だから機関の上層部は戦々恐々とした状態で、あなたの判断を見守っていたというわけです」

俺は訝しげに古泉の顔を見つめて言った。
「なぜ、ハルヒはそんなことをしようと考えたんだ」
俺の質問を聞いて、古泉は少しだけ首を傾げながら答えた。
「さあ、僕にも涼宮さんの本心はわかりません。もし、あなたが本当に朝比奈さんに特別な感情を抱いているのであれば、
自分は身を引いても良い、そう考えたのかもしれませんね。しかし、あなたと朝比奈さんが付き合っているところは見たくなかった。
ただ、涼宮さんはそう考える一方で、あなたが必ずこの世界に帰ってくると信じていたようですけどね」
それこそ矛盾じゃないのか。だったら最初からそんなことを考えなければいいじゃないか。
「それが女心というやつではないですか。つまり、あなたを信頼していたと言い換えてもいいでしょう」
そう言いながら、古泉は俺に微笑みかけてきた。
古泉の話を聞いても全然釈然としないが、ハルヒが一般人とはかけ離れた思考の持ち主だという事は十分理解できた。
まあ、ハルヒが一般人とかけ離れているのは、前々からわかっていたことだがな。
古泉は俺のそんな様子を見ながら、少し真剣な表情になって、俺に囁いた。
「あなたは意識していなくても、曖昧な態度はときに人を傷つけるものです。もう一度同じことが起こらないようにしてくださいね」
古泉は、そう言いながら、廊下を歩いていた長門の方をチラッと見て、俺の元から去っていった。
わけがわからん。
まあ、深く考えるのはやめることにしよう。
俺は教室にたどり着き、いつもと同じようにハルヒと2~3言葉を交わしてから着席した。
ハルヒの様子はいつもと変わらず、平穏無事に時間は過ぎた。放課後になって、俺はある種の不安が頭の中に浮かんだ。
このまま文芸部室に行って、朝比奈さんに顔を合わせるのはなんとなく気まずい。理由ははっきりわからないが、なんとなくそんな感じがする。
しかし、そんな理由でハルヒが俺の欠席を認めるわけも無く、俺は不安を抱えたまま、ハルヒと部室へと向かった。
結果的には何事も無く、朝比奈さんも普段と同じ様子で俺に接してくれた。
そんなこんなで、この日もSOS団の団活は終了したわけだが、その日朝比奈さんがいれてくれたお茶は、なぜか普段より苦い感じがした。


~終わり~

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