高校を卒業してから、はや1年。
あのうるさいハルヒと別の大学に行ったおかげで
俺はめでたく宇宙人も未来人も超能力者もいない普通の日々を手にいれた

ハルヒいわく「SOS団は永久に不滅なのよ!」とのことだが、
活動の根城であった文芸部室では現在、北高の新1年生数名が文芸部として活動している。
あるべき姿に戻ったとも言うべきだが、いまの部室にはガスコンロや湯飲みはない。
朝比奈さんが着ていた華やかな衣装も、コンピ研からかっぱらってきたパソコンもない、

普通の部室になっている。

昔のハルヒなら「ここはSOS団のアジトなのよ!」と部室を強引に不法占拠しただろうが、
楽しそうに活動する現部員、つまり後輩の様子を見ているとそんな気にもならないらしい。

拠点を持たない現在のSOS団にはどこか勢いがないと言うか、ごく普通の仲良しグループとなっている。
いつもの喫茶店に集まり、みんなで市内探索をしたり、イベントに参加したり・・・

そんな活動からも、最近は遠ざかっている。

それぞれの団員が新しい環境で忙しいのだろうか、
あのハイテンションの団長様からは、もう1年も召集命令がかかってこない。

実際、俺も忙しかった。

溜まっていたレポートをようやく仕上げ、自室でシャミセンを抱えてベッドに倒れこんだ。

ああ、疲れたさ。

人間というのは考え込むと突然憂鬱になることがあるそうだが、今の俺もちょうどそんな感じで、
何か釈然としない気分となりながら、激動が続いた高校時代の思い出を頭に描いている。

何気なく外に出た俺は、ハルヒの支離滅裂な行動を苦虫を噛む様な顔で振り返りながら、
朝比奈さんの素晴らしいお姿をもっと堪能していればよかったと後悔の念を抱き、
木漏れ日が射す道を、高校時代、毎朝苦しめられたあの坂を上っていた。

平日の学校だというのにどことなく静かで、相変わらず安っぽいプレハブ校舎が風情を醸し出している。
桜舞い散る校門を、卒業式以来久しぶりに通る。

おもむろに懐かしくなってきた俺は、かつて騒然とした毎日を過ごした場所を1箇所1箇所巡ってみた。
教室に入ることはできないが、セキュリティの欠片もないこの学校を見回るのは造作もないことだった。

古泉に能力を聞かされた中庭のテーブル。文化祭でハルヒと長門が観客の度肝を抜いた体育館。
なんだ、ほとんど何も変わってないじゃないか。

自然と口元が緩む。何もかもが懐かしい。
様々な場所を歩き回った俺は、校門を出る前によく分からない気持ちに駆られ、あの扉の前に来ていた。

そう、現在はSOS団のプレートが外されて、正規の活動を行っているあの、

文芸部部室の扉の前に。

4月の上旬、今は授業中。
かつてのハルヒのように、授業をサボってまでクラブ活動に精を出すような奴はいないだろう。
部室に鍵がかかっているのは当たり前のことである。

しかし、憂鬱というよりは懐古の面持ちが強くなっていた俺は、かつての思い出の1ページをさらうように、
いるはずのない朝比奈さんの着替えを目撃しないために、軽く扉を2回叩いた。

当然、反応はない。

俺が1番に来るとは珍しいじゃないか、と自分に懐かしく言い聞かせ、ドアノブに手をかけた。

ガチャリ・・・

鍵はかかっていなかった。
まったく、部活動時間外にはしっかり施錠するのが部長の仕事だぜ。
ハルヒもその辺だけはしっかりしていたんだから、そこは見習っておくべきだな。他はともかく。

扉を明けると同時に、懐かしい言葉が浮かんできたのでつぶやいてみた。

世界を大いに盛り上げるための、

「涼宮ハルヒの団。」

つぶやきを言い切る前に、

扉の向こうから俺の高校生活をクソ面白いものに変えやがった声が聞こえた。
どこか色っぽいような顔で俺に微笑みかけたそいつはまさしく、

涼宮ハルヒだった。

なにやってんだお前はこんなところで・・・

と言いたくもなったが、ハルヒの顔を見ていたらどうも言葉が出てこなかった。
どうやら俺が忙しい日常の中で、もっとも再び見ていたいと思ったのは、こいつの顔だったようだ。

おかしい話だよな、こいつと会ったらもっと忙しくて面倒なことに巻き込まれるんだぜ。
でも、ひとつ言えることは、忙しさの中にも楽しさと、そして心のやすらぎを得ることができたということ。

いろんな思いが交差する中、最終的に俺の全思考回路がハルヒに向ける言葉として選んだものは、
「よう」という一言だった。

「あんた、よく覚えていたわね」

とハルヒがつぶやいた。
どちらかと言えば勘が鈍いほうの俺だが、これが何のことかは一瞬で思い当たった。
少しの間をおいて、はにかみながらハルヒにこう返す。

「団長、1周年おめでとうございます」

ハルヒの目が、かつてのように輝いた。
「ふん、相変わらずあんたはバカね」

これは思わぬ反応だった。と、同時に久しぶりに聞くハルヒ節がなぜか心地よく感じた。

「どうせあんたは卒業して1周年とか考えてるんでしょうが違うわよ!
今日はSOS団設立からちょうど4周年でしょ!だいたい1周年だったら卒業式から逆算しても
日にちが合わないじゃないの。ふん、あんたにしてはいい事言ったけど詰めが甘いわねー!」

まぁ、そういわれてみればたしかにそうか。
ただ雰囲気的には1周年って感じはするがな。もう4年経つのか。早いもんだ。

あらためて部室を見回してみると、随分閑散としている気がする。
現文芸部の作成した会誌や読書コンクール作品などが整えられて机の上に置いてあり、
至極まじめに活動している様子が見受けられる。

そういえば俺たちもハルヒ編集長の指示によって文芸部(ではないが)の会誌を作ったっけな・・・
朝比奈さんのかわいらしい童話や長門の淡々としたエッセイ、鶴屋さんの大爆笑必至のアレ。
コンピ研の部長氏が目を充血させてまで書き上げたようなパソコンゲームなんとかの記事。

そしてできれば忘れたい俺の恋愛(というのかどうか分からんが)小説。

「あんたの恋愛小説にはもうちょっと期待してたんだけどねー、期待して損したわ。」

余計なお世話だ

「そういやお前、大学の方はどうなんだ?また変な団作ってんじゃないだろうな」

相槌を打つ程度に聞いてみるが、返答の内容はだいたい見当が付く。

「作ってないわよ。あたしはSOS団の団長なの。新しい団を作るつもりも入るつもりもないわ」

恐らく、ハルヒの高校生活はとても楽しいものだったのだろう。
そのひとつがSOS団の存在、ひとつというより大きなウエイトを占めているのは間違いない。

はじめて会話したときの、あのどこか不満気で釣り上がった表情だったハルヒはもうどこにもいない。
あいつはおそらく、高校生になって劇的に日常が面白くなるとは考えてなかったはずだ。
期待はするけど、どこかで晴れない気持ちが芽生えてたはずだ。

でも。

それが、この3年間だったもんな。

個性的な仲間たち。数々の不思議な体験、胸が躍る冒険。
地味な事件のひとつひとつさえ、とても面白かったんだろ、なぁ、ハルヒ。

なんで分かるかって?
何度でも言うさ。

俺も楽しかったからだ。

「なーににやついてんのよ!また変なこと考えてるんじゃないでしょうねっ!」

「また」って、俺がいつお前の思う変なことを考えたんだよ。
だいたいお前が思う変なことってのは、一般人にとってどれだけ驚異的な発想なんだろうね。

・・・とは思うものの、1年の時の冬に雪山で変な空間に閉じ込められたときに、
「風呂を覗くな!」みたいな主旨の事を言っていたっけな。
こういうところでは意外に乙女ちっくというか、古泉に言わせれば常識的な考えを持っているんだよな。

バレンタインデーでもそうだっけか。義理義理義理義理言っておいて毎年ちゃんとくれて、
年々チョコの内容がグレードアップしていったのはなんだったんだろうな。

最後の年のバレンタインデーなんて大きさも凄ければ、
団長様直々にお書きなされたカードみたいのまで入ってたっけな。
まぁ古泉のも同じ大きさでカードが入ってたみたいだが、何て書かれてたは知らん。

ただ、俺に宛てたカードに書いてあった言葉は今でも覚えてるぜ。
1年の時に貰ったのは、チョコにバレンタインデーとぶっきらぼうに書いてあっただけだったが、

あのカードに書かれた文字を俺は生涯忘れることはないんじゃなかろうか。

なんて書かれてたか?それはだな、

禁則事項。ずーっとな。

ちなみに俺はそのカードを今でも大切に財布に入れてる。
クレジットカードやどこぞの会員証よりも優先順位が上な、一番目立つところに。

「ふん、まぁいいわ。でも、あんたよく覚えてたわねぇ。ちょうど電話しようかなーって思ってたんだけどさ。
団長様は授業真っ盛りの学校に団員を集合させる気だったのかよ。

「ちがうわよ。集合場所はここじゃなくていつもの喫茶店。」

喫茶店か、あそこには色々とお世話になったもんだな。
おそらく俺は、この部室に来なかったら図書館か喫茶店に向かっていただろう。
その先でも結局こいつに会ってたことになるんだな。

巡りあわせ、か。

ハルヒに出会ってから、俺はこの言葉をつぶやく機会が減った。
理由はお分かりのとおり、「自分の思いを実現する力が涼宮ハルヒにはある」というバカげた話を、
一般人とはかけ離れた奴から耳にしてしまったからな。

俺の中で、ほぼ必ず「巡りあわせ」はこの言葉に置き換えられた。

ただ、今の状況はハルヒがそう願ったから、というわけではないような気がする。
それとは別に・・・、なんだろうな。言葉にはしづらい内容だ。

「とにかく、せっかくの記念日なんだからねっ!みんなで集まりましょうよ!」

ハルヒの目がまた輝きだした。ホント、楽しそうなときののこいつはいい顔するねぇ。
SOS団専用スマイル。俺は勝手にこう名づけてるんだが、その名のとおり一般生徒には
なかなかお目にかかれない特上のハルヒスマイルだぜ。

「それじゃ、喫茶店行くか。みんな集まってのSOS団だからな。」
別に深い意味があって言ったわけでもなく、そんなすぐに急いで行こうという意図があったわけでもないが、
「えっ・・・ちょ、ちょっと待ちなさいって!えっと・・あの、その・・・ふ、風情のない奴ねあんたもっ!」

と、全力で部室から出ることをわざとらしく拒否しやがった。なにがしたいんだ、こいつは。

「とにかく・・・たまにはいいでしょ、あたしとあんた二人で懐かしむのも・・・。あんたは団員その1なんだし・・・」
ハルヒが顔を赤らめている様子を想像した諸君、残念。

いきなり後ろ向いて細い声になるんだから顔までは見れなかった。

どんな顔してたんだろうな。

間髪入れずにハルヒは振り返り、俺のいる方へと近づいてくる。
よくみると、紙袋を後手に隠しながら歩いてくるのが分かった。

「ハルヒ、お前後ろに何隠してんだ?」

頑張って俺に見られぬように隠している紙袋に入っている物体について、

わざと先に聞いてやった。

「!!!!・・・ちょ、ちょっとあんた、そういうのは気付いても言わないのが男心ってもんでしょうが・・・」
立ち止まってハルヒはそっぽを向いた。

予想通り。この反応が見たかった。
たまにはいいだろ?俺のほうがお前を困らせてやっても。

「・・・バカ。」

そう言いながら、ハルヒは紙袋から包装された物体を取り出した。

「なんだこれ?」

おそらく万人がそういう反応をせざるを得ない、意外な代物が飛び出してきた。
年季を感じさせる、例えるならば中学生が3年間一度も買い換えずに使い込んだ筆入れのような、

財布だった。

先ほど意外な代物と言ったが、俺はこの財布に見覚えがあった。
喫茶店の代金を払うのは大体が俺の仕事のようなものになっていたので、見かける機会は少なかったが、

それはハルヒが使っていた財布と見て間違いはなかった。

「・・・お、お礼の言葉はないのっ!?団長直々の贈与品なんだからおとなしく謝辞を述べなさいっ!」

なんだそのめっちゃくちゃな理屈は・・・。
と思いつつも、何でまた財布なんだろうな。それもハルヒ本人の使っていた。

その辺はまた後で聞くとして、まず最大の疑問を投げかけてみた。

なんでまた、これをわざわざ包装してるんだお前は。

「プレゼントってものは普通包装してあるでしょ!当然の事しただけよっ・・・。」

まぁ・・・たしかにプレゼントって物はだいたい包装してあるものだが、
そもそも渡す本人が日常的に使っていたものをプレゼントするってのはかなりのレアケースなんだろうか。
いや、そんなことより根本的におかしいだろ。なんというか。

つーかこいつはもしかして包装紙だけをわざわざ買いに行ったのか?
包装紙を売ってる店なんて聞いたことないから、
大方近所のデパートの店員を脅してかっぱらってきたんだろうな。

そう思ってくしゃくしゃになった包装紙を眺め、さてどこの店の包装紙だ?と店のマークを見回したが、

なかった。店のマークも、特徴も。
それにどこか、一般小売商などのものにしてはやけに包装紙にムラが目立つ。

まさかこいつは、わざわざ包装紙とリボンを手作りしたのか?

・・・聞いたらそっぽ向きそうなので、これは言わないでおくか。

「・・・大学の同級生が財布をくれたのよ。だからそれはもういいの。あんたにあげるわ。」

要するにいらないものを恵んであげますよってことか。
フリーマーケットに売りに行くって選択やそのまま放置しておくって選択肢はないのかよ。
俺ならたぶん捨ててるな。

「けっこう使い込んであるけど、あんたのそのボロい財布よりはマシでしょ」

お前に言われたくはねーな、と言いたいところだが実際俺の財布も年季が入ってるからな・・・
でも一応まだ使えるっちゃ使えるぞ。これでもけっこう愛着あるんだからな。

「えっと・・・今まであんたには色々お金出してもらってたからさ。
その・・・なんというかお礼よお礼。借りた恩はちゃんと返すのが義理人情の世界でしょ。」

いつからSOS団は義理人情の世界になったんだよ、と思いつつ、
俺のハルヒへの投資は金以外にも、睡眠時間とか平凡な生活の終焉とか色々あったな、
お返しは財布1個で足りるもんじゃねーぜ、という気もするといえばするな。などと考えていた。

「そのかわり、あんたの財布はあたしが預かっておくわよ!ちゃんとありがたくあたしの財布を使いなさい!」

ああ、そういうことか。要するに俺の財布が欲しかったんだな、こいつは。
そんな質のいいもんでもないが・・・こいつなりに何か考えがあるんだろう。

ってことは大学の同級生が財布をくれたってのもたぶんデマカセだな。

相変わらず素直じゃないヤツだ。

「まーた!なーにニヤニヤしてんのよ!・・・べ、別に深い意味があるわけじゃないんだからっ!」

ん、またニヤニヤしてたのか?俺は。
別に意識あっての行動ではないんだがな、どうもクセになってるらしい。

外の景色が春らしく、穏やかな陽気で静けさの中にあるように、
文芸部室もまた静かになっていた。この空間には俺とハルヒしかいない。

それにしちゃやけに静かだな。

「さっ!キョン!おとなしく財布を渡しなさいっ!ついでにあんたの財布の中身も拝見させてもらうわよぉ♪」

ハルヒは強引に俺のパーカーのポケットに入っている財布に向かって腕を伸ばしてきた。
全く、ほんとにむっちゃくちゃな奴だなこいつは・・・

ん?俺の財布の中身・・・

これはまずい。

俺が理性を最大限に働かせて、財布の略奪を必死に阻止しようとしたときにはすでに、

ハルヒの手を伸ばした先にあった。

「ふぅーん、さぁーてさてっ!雑用キョン君の財布にはなーにが入ってるのかしらっ!」

俺は一瞬目を覆いたい気分になったが、もうどうしようもないのでハルヒを見つめた。
そもそも略奪を阻止したとして、アレだけを財布から抜くのなんて無理だろう。
これはしてやられた。

「・・・ちょっ、あんた・・・これ・・・」
ハルヒの顔が紅潮していくのが分かった。もうホント、これ以上ないくらいに分かりやすかった。

「あ・・・あたしは別に、それ、本気のつもりじゃ・・・っと、その、冗談よ!2ヶ月はやいエイプリルフールなのっ!
あ、あんたもそれ見て冗談にしちゃきついなとか・・・い、いってたじゃないの!
もう1年以上経つのに・・・それを・・・財布に入れてるって・・・」

どうしよう、ほんとにこれ。
団長様直々のお言葉だったので入れておきましたとか?

どう考えても言い逃れにしかならない。
俺は・・・

俺が3日間意識を失っていたときに、寝ずに俺を看病してくれていたハルヒ。
世界が改変され、北高から姿を消したハルヒを全力で探し始めた俺。

バレンタインデーで年々グレードアップするチョコを俺にくれたハルヒ。
どこかでポニーテール姿のハルヒを望んでいる俺。

雨の日の帰り道、結果的に相合傘を望んだハルヒ。

・・・鍵をそろえよ、か。
俺はこの状況とは無関係な、そんな言葉を思い浮かべていた。
あの時、俺は自分で意識したわけでもないのに、気が付いたら仲間を集めていたっけ。

気が付いたら。

もしかしたら、そんなはずはないとは思うが、

俺は全ての騒動や日常の中で、平行してもうひとつの鍵をそろえていたのだろうか。

涼宮ハルヒ、という鍵を。

「なぁ、ハルヒ」
「なによ」

口を開くまで時間がかかった俺の、やっとひねり出した言葉に、ハルヒは間髪入れずに返してきた。
この辺はこいつらしいな、とつくづく思う。
色々な言葉が思い浮かんできたが、なぜか俺は突拍子もないものを選び取ってしまった。

「俺、思うんだけどさ。曜日によって感じるイメージはそれぞれ異なるような気がするんだよ」

ハルヒが「はぁ?」という反応をしている。
まぁ、そりゃそうだろ。この場面でこんな言葉を投げかける奴は宇宙探しても俺ぐらいだろう。

「色でいうと月曜は黄色。火曜は赤で水曜が青で木曜は緑、金曜は茶色、日曜は白、だな」

ハルヒは変な顔を少しゆるませて、「ってことは、月曜が0で日曜が6になるわよね。」と返答する。

懐かしい会話が、立場を入れ替えて喋る形になったが、
俺はこの部分をあえて自分で言った。

「俺は月曜が1って感じがするけどな」

ハルヒはきょとんとした顔で、
「そりゃあんたが日曜になにもしてなくて、学校が始まる月曜が週の始まりのように感じたからでしょ」と答えた。

この場違いな問答で、俺は何かが分かったような気がした。
もちろん、そこまで深い意味を持って投げかけた質問なわけでもない。

「あんたの意見なんか誰も聞いてない、じゃないのな。」

ここら辺は俺の記憶力を素直に褒めるべきだな。
普通は4年前の会話を一字一句覚えているなんて、ありえないことだろうが。

その後のハルヒの一言が、後ほどかなり大きな意味を持つことになってしまったからな。
前後の会話はなんとなく覚えていたよ。ここまで鮮明だとは思ってなかったが。

「え、あたしそんなこと言ったっけ?」

ハルヒが首を傾げながら俺の問いかけに答えた。
ひとつ考察してみると、過去の記憶を探るうえで、局地的な言葉の存在を忘れることは
誰にでも多々あることで、それほど珍しいものでもない。

だが、俺にはハルヒがなぜ、その言葉を忘れてしまったのかがなんとなく分かっていた。

出会い、SOS団を作り、多くの出来事を越え、歳月が経った俺たちの関係。
そこには見えない信頼関係が出来上がっているように思える。

今のハルヒは、俺の意見を無視することはあっても全否定することはなくなった。
初対面と3年の付き合いでは、そりゃ内面の意識も変わるだろう。それは信頼関係とみて間違いない。

でも、ひとつひっかかることがある。それがさっきそろえた「涼宮ハルヒ」という鍵だ。
信頼関係というなら、俺と古泉の間にもあるようにハルヒと朝比奈さんの間にもある。
つまり、部員全員が信頼関係で繋がっているはずだ。それが、SOS団だろう。

じゃあ、俺とハルヒとの間には信頼関係をある意味で越えている何かがあるのだろうか。
そうでないと、ここまで鍵をそろえた理由が説明できない。

そして、何よりも謎になるのはこのカードを財布に入れていた俺である。

今思えば、俺はなんでこのカードを財布に入れているんだろうか。
まずそこが矛盾点になる。

ハルヒの顔が不意にうつむいた。
そして、おもむろにこう呟く。

「あんたも回りくどい奴よね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」

強気に聞こえたその言葉は、どこか恥じらいの成分を含んでいた。
回りくどい、か。脳内の俺を説明するならこれほど端的な言葉もねーな。実に分かりやすい。

・・・

どうして、もっとはやく気づかなかったんだろうな。
回りくどく考える必要なんてこれっぽっちもないじゃないか。

俺は、ハルヒと2人になった閉鎖空間のときと同じように、手をハルヒの肩に乗せ、ぐっと引き寄せた。

「な・・・なによっ」

ハルヒの顔が、凄く近くにある。
あの時よりももっと近く、遠めに見たら抱き合っているようにしか見えない距離にまで引き寄せた。

今までハルヒと過ごしてきた日常の中で、顔が今くらい近くに来たことは、何回かある。
ただ、今までと違うのは、体も凄く近くにあるということ。

いつぞやハルヒが言った「黙って溜め込むのは精神に悪いわよ」という言葉。
それを倣うように、左脳をフル回転させて思考した考えを忘れ、
ハルヒの言った「はっきり」の一言で浮かんだ思いをヘタクソな言葉に乗せて、俺は言った。

「ハルヒ」

「どうやら俺はお前の事が好きみたいだ」

・・・

結局少し回りくどい言い方になってしまった。
どうして俺はこうなんだろうな。まぁ、そこは個性として考えてくれればありがたいよ。

「・・・バカ」
俺の腕の中で、ハルヒはそう呟いた。
「すまん」

これ以上先、言葉は必要なかった。
あの時感じたときと同じように、ハルヒの唇は温かくも湿りをもっている。
 ________________________

|本命、かも。
|________________________
回りくどくなく、やたらストレートだったこの言葉。最後にやや照れ隠しのように記された団長のキメ台詞。
そういえば渡される前の日にハルヒが国語辞典を読み漁ってたな。こいつに穏やかってのは変だが。

ともかく、こうして俺はここでハルヒを立ちながら抱きしめ、唇を重ねている。
時が止まって欲しいとも感じたさ。体中に幸せを感じていたからな。

そんな状況下で、全く予期せぬ事態が発生した。

ガチャッ!

扉が勢いよく開いた。

こういう間の悪い奴を俺は一人知っている。
そのT君はアホなので変な方向に勘違いしてくれて助かったが、この状況はそうともいかない。

ドアノブをまわす音から扉が開くまで幾分かの間があったので、ハルヒから体を離すには充分だった。
離れるハルヒの顔が、どこか名残惜しそうな、そんな雰囲気を醸し出している。

それにしても、誰だ。いきなり。
だいたい今は授業中だろ。文芸部は今でも実は地下で突拍子もない活動をしてるのか?
授業が終わるまでも、あと30分くらいは時間があるはずだ。

すると、

パァン!という小さな火薬音と共に、これまた見覚えのある顔の奴が出てきた。
今のはおそらくクラッカーだろう。

「おやおや、ちょっと入室するにはタイミングが早すぎましたかね?」

古泉だった。

すると、ガタリ、という音と共に掃除ロッカーから長門が出てきた。
こりゃまずい、古泉はともかく長門は顛末全部分かってるんじゃないだろうか・・・

古泉の後ろからは、なぜかメイド服を着ている、(大)と(小)の間くらいに成長した朝比奈さんが出てきた。
朝比奈さんの位置づけはとりあえず(中)ってことにしておこう。

「これはいいアダムとイヴですねぇ」

古泉がいつものニヤケ面を100倍増長させたような顔で皮肉を言うと、

「涼宮さんにもこんなところがあったんですねぇ!キョンくんを部室に呼び出すなんてぇ」」
「んなっ!ち、ちょっとみくるちゃん、違うって!これは、あの、その!偶然よ偶然!」
朝比奈さん(中)がほほえみながらハルヒをちょんっと小突いた。

意外な光景だった。
というか、朝比奈さんはわざわざ未来からやってきたのだろうか。
それにしても、ハルヒにちょっかい出すなんて、朝比奈さんは色々と成長していくんだな、と感心した。
体の方も順調に朝比奈さん(大)に向かって邁進しておられるご様子。

「・・・これはドッキリだったのか?」
そうつぶやくしかなかった。そりゃそうだろ。

「いえ、僕たちは特に打ち合わせなんてしていませんよ。」

と古泉が答えた。
じゃあなんだっていうんだ、その準備のいいクラッカーといい朝比奈さんの姿といい。

「よく分かりません。ただ、なんとなくです。クラッカーを用意させていただいたのも、
ただの僕の気まぐれです。なんとなく、皆さんと会える気がする。ただ、そう考えて北高を訪ねただけです」

少し動機は違うものの、古泉がここを訪れた理由はなんとなく俺と似ている。
懐かしい気持ちもあったが、少しだけこいつらに会える気がしていた。

よくもまぁ、とんでもないタイミングで出てきやがったがな。
でもこの理屈じゃ朝比奈さんとお前はともかく、長門の説明が付かないだろ。
掃除ロッカーに入ってるとか、こうなることを知ってないと無理だ。

「長門さんは何かが起こる気はしていたようですよ。もしかして、お二人を驚かせたかったのでは?」

そんなはずがあるかい。
と思いながらも、無表情とは少し違った、どこか笑いの成分をわずかに含んでいる顔つきをしている長門を見た。
長門はピクリとも動かずに、一言

「子供が丈夫に育つ事を願う」

・・・

こいつ、なかなか痛いツボを突いてきやがる・・・

ハルヒはまだ朝比奈さんとじゃれあってる。いい景色だ。
それはいいとして、この恥ずかしい状況を少しでも逸らすために、この偶然性への疑問を問いかけた。

「・・・古泉。ハルヒはたしかにお前ら全員を集めるつもりでいた。これは間違いない。
ってことは、いつもの通りハルヒがそう望んだからお前らと、そして俺がここに来たという理屈も通る。
だが、あいつはバレンタインデーの時のこともあったが、こういう恥ずかしい結末になるのを
一番嫌がるような回りくどい奴だぞ(俺が言えることではないが)。
だとしたら、この状況はなんなんだ?起こりえないことが起こっているんじゃないのか?」

俺の長い長い問いかけに対し、古泉は意味をすぐに理解したのか、こう返してきた。

「涼宮さんが完全な神ではないから、と説明することも可能でしょうが、私は違うと思いますね。」

じゃあなんなんだよ。いい加減頭が混乱してきた。

「簡単なことです。涼宮さんが望み、あなたが望み、僕が、そして朝比奈さん、長門さんが望んだから。
これで説明がつきますよ。望む、の捉え方を少し変えて考えてみてください。」

俺が望み、他のみんなが望んだこと。

ああ、そういうことなのか。

文芸部の部室。かつてここはSOS団の拠点であり、根城であり、我が家だった。

団員は、すでに全員がこの北高を卒業している。
SOS団は団長の「永久に不滅」の言葉どおり、解散はしていない。残り続けている。

いつもの喫茶店がいつもの喫茶店であるように、この部室もまた、姿かたちは変わっても、SOS団の「家」だ。

俺たちとって文芸部部室は、もう駅のホームのようにただ通り過ぎるだけの場所ではなくなっていた。
みんなで過ごした日々を、決して忘れたくない。

環境は変わっても、その思いがあるからこそ、この部室に来る意味がある。

SOS団の創立記念日。この日だからこそ、みんな特別な思いを抱いているはずだ。
ハルヒが現実にしたわけじゃない。それぞれ思っている思いが合致したからこそ、
こうしてSOS団の面々はここにいる。もう一度、部室でみんなと一緒にいたい。それが「望み」なんだろう。

この不思議な団結力が、信頼関係ってやつなのかな。
それにしても、思わぬ展開になってしまったけど。

「なぁーんだ!電話する手間がはぶけたじゃない!みんな来るなんて!」

ハルヒは何事もなかったように、元気な声で団員を見回した。
「ちょうどいいわ、こんな機会もうないでしょうしね。やーっぱSOS団の活動拠点はここじゃないと!」

そういってハルヒは部室の隅にあった勉強机を自分のホームポジションに移動し、
その机の上であぐらをかいて、「第何回か忘れちゃったけど、定例会議の開始よ開始!」と笑顔で言った。

現在の時刻は3時50分。あと30分もすれば、正規の部員が部室に戻ってくるだろう。
不法侵入で通報されないためにも、30分でここから立ち去らないといけない。

メイド服の朝比奈さんは、どこからともなく水筒と湯飲みを取り出し、団員についで回った。
長門は教室の隅でハードカバーの本を読んでいる。ページをめくる音以外たてずに。
古泉はこちらを向いてニコニコしながらも、ときどきハルヒの意見に相槌を打っている。

30分。わずかな時間であっても、SOS団の活動に支障はない。
団長の名言「時間より中身」、ってな。

この状況を作り出した巡りあわせ、というより団員の不思議な団結力。
俺は心から誇りに思うよ。

SOS団は、最高だってな。

おわり

 

 

 

えぴろーぐ

楽しい時間は、あっという間に過ぎた。
チャイムの音が聞こえると、団長の声のもと一斉に俺たちは学校を出た。
・・・誰かに泥棒と間違われていないことを切に願う。

当初の予定通り、市内探索を行うことになった。
久しぶりだな、この感覚。1人で出歩くことはあるが、団員みんなで回るのはやっぱり楽しい。

そういえば、学校前の坂を全員で下ったことはあんまりなかったな。

「さぁて、ひっさしぶりの探索だから、相手も油断しているでしょうね!チャンスだわ!」

ハルヒは先頭をいつもの大股歩きで邁進している。元気な奴だ、全く。
さらに「本日の予定を説明するわよぉ!」
と高々に声を張りあげ、気の遠くなるようなハードスケジュールを宣言した。

おいおい、喫茶店や図書館、公園はともかく阪中の家って完全に逆方向じゃねーか。

「大丈夫よ!もう阪中さんには連絡しておいて、快い返事をもらったわっ♪」
いや、そういうことじゃなくてな・・・。まぁいいか、ルソーは元気にしてるんだろうかな。

ハルヒの言う場所の1箇所1箇所がそれぞれ思い出の1ページのようで、思わず顔が緩む。


全ての箇所を回り終えたころ、すでに時計の針は9時を過ぎていた。

まだ4月も上旬ということもあってか、夜になると横風が冷たい。
もうちょっと着込んでこればよかったかな、とも思うが、そもそも家を出る時にはこんなことは想定してなかったな。

「今日は楽しかったわねー!やっぱSOS団はこうでなくちゃ!」

ハルヒの顔が今日一番の満面の笑みになっている。ああ、俺も楽しかったさ。
で、いつまでその白ひげを付けてるつもりだ?

「んなっ、ちょっとぉ・・・!あんたもっと早く教えなさいよねっ!」
そういってハルヒは恥ずかしそうな顔をしながら、
口元についているシュークリームの残りカスをぺろんと舐めた。

駅に着いた俺たちは、名残惜しい感情を隠しきれないような顔でそれぞれ別れを告げた。
朝比奈さんは大きく手を振りながら改札の向こうへ、古泉はニコニコしながら駐輪所へ、
長門はそのまま自宅の方角へとテクテク歩いていき、ハルヒは「じゃあねー♪」と言ってみんなを見回す。

「んじゃあな。」と俺は軽く手をあげ、振り返って歩き出した。

5分くらい歩いただろうか。路地を抜けて公園の前を通りかかったとき、
後ろから誰かが俺の服をつまんでいるのが分かった。

そこにいたのは、
さっき駅前で別れを告げたばかりの、

ハルヒだった。


部室の時のように、顔を赤らめながら俺を見上げたハルヒは、消え入るような声で、

「・・・財布、まだ交換してないでしょ。」とつぶやいた。
ああ、そういえばそうだったな。あの時はいきなり古泉たちが現れて・・・

「それに・・・ま、まだ・・・答えてないでしょ、あ、あんたの・・・こ、こっ、こく・・・」

とりあえず、道の真ん中でそんな話するのもなんだから、どっか座ろうぜ。
そう言った俺はハルヒの手を引き、公園にある大きなベンチに座った。
ハルヒは俺の手を握ったまま、顔を逸らして言葉を続けた。

「まったく・・・あ、あんたもいきなりすぎるのよっ・・・。その・・・心の準備ってものがね・・・」

3年間、俺は心の準備を常にお前によって無視され続けたけどな。

「そ、それとはまた話が別よ・・・!その、あの・・・。」

吹く風にかき消されるような、ハルヒらしからぬ小さく弱い声。
ハルヒの萌え部位がポニーテール以外にもあったということを、もっと早く知りたかったぜ。


谷口の話では、中学生時代、こいつはされる告白をすべて承諾していたらしい。
2週間とか直後に「普通の人間の相手をしている暇はないの」と言ってフッていたみたいだが、
どんなにつまらない奴の告白も受け入れていた。

おそらく、そのときもハルヒらしくサバサバと受け入れていたのだろう。

ところが今はどうだろう。
中学時代のハルヒがいちいちこんな風に恥ずかしそうにしていたとはまったく考えられない。

俺は超能力者でも未来人でも宇宙人でもないから、
ハルヒの頭の中をインチキして覗くことはできない。できたとしても覗こうとは思わないけどな。

でも、ひとつ分かることは、
ハルヒが俺のことを特別な存在だと考えてくれているということ。

それが何よりも、

嬉しかった。


「もう・・・、ひ、ひとの言おうとしていた台詞を先に言うんじゃないわよ・・・」
ハルヒはそう言って、俺に寄り添ってきた。

「あ、あたしのほうが、あ、あの、あんたのことを・・・・」

それ以上は言葉が出なかったみたいなので、俺はちょっとからかってみたくなり、
「団長が団員の心配をするのは当然だよな」と冷静にツッコミを入れた。

「う・・・ち、ちが・・・。そういうことじゃなくて、その、団員とかじゃなくて、あたしは・・・」

これ以上はちょっとハルヒが恥ずかしすぎるみたいで可哀想なので、
そのままぎゅうっと抱き寄せてやった。

「あ、あたしはさっきみたいな中途半端なのは嫌いなんだから・・・ちゃ、ちゃんと心を込めなさいよ」

お前もな。

部室のときよりも、柔らかく。

俺たちは唇を重ねた。


「だ、団長と下っ端のヒラ団員だけで行う特別定例会議は・・・か、必ず週3回以上行うわよ!」
「都合が悪くて週2回しか無理だったらどうするんだ」
「んなことがあったら罰ゲームよ罰ゲームぅ♪団長の命令は絶対なんだからねっ!」

そんなことを話しながら、俺たちは寄り添って夜空を見上げた。

罰ゲームか。
どんな罰を受けることになるんだろうな。

できることなら、一度も罰ゲームを受けないで済むようであってほしい。

谷口よ。
お先に失礼させてもらうぜ、悪いがな。

お前のお得意の女子ランクの判断基準がどういうものなのかは知らん。

でもな、

俺はどんなランクよりも上に来るような、
自慢の子を見つけたぜ。


ハルヒを家まで送り届け、特上の笑顔を堪能したあと、俺は自宅へと向かった。
今ほど幸せな気分であったことは、人生においておそらくなかっただろう。

家に帰る道の途中、長門のマンションの横を通りがかった。
長門、卒業してからなにしてたんだろうな、と気にはなったが、
なにせ今は頭の中がハルヒでいっぱいなので、深く追求するのはやめた。

すると、マンションの入り口に誰かが立っているのが見えた。
遠目には誰だかほとんどわからなかったが、マンションの光で周囲が照らされている位置まで来て、
そこにいる人物が他でもない長門であると分かった。

「お前、なんでまた外に出てるんだ?誰かを待っていたのか?」
「私が待っていたのはあなた」

意外な言葉が返ってきた。
なんだ、せっかくいい気分だというのに、また情報思念統合体だか何だかの騒動に巻き込まれるのか?

「これ」
長門はそう言ってひとつの封筒を俺に渡した。

「家に帰ったらあけてみて」

そう言って長門は、自室へと帰っていった。

 _________________________________

| 無視できない重要な問題が発生した。
| あなたは明日の午後1時13分に、隣町の駅前から南南西徒歩10分の
| 距離にある建物の裏口から中に入って、
| その建物の1階にあるコインロッカーを開けなければならない。 
| 
| 涼宮ハルヒを必ず連れて行くこと。ただし、涼宮ハルヒに詳細を伝えてはいけない

|_________________________________

・・・・・・・・・

・・・マジかよ、長門。今度は何が起こるんだ?
今までもいろいろなことに巻き込まれてきたが、少なくともこの1年間は平穏だった。

久しぶりにゴタゴタ巻き込まれることになりそうだぜ。
ただ、なんだろう。

このワクワクする気持ちは。

ともかく、長門がそういうなら従うしかない。
それにしてもハルヒを連れて行かなければいけないって、珍しいケースだな。

部屋に戻り電気を消して布団に入った俺は、色々と忙しかった一日を振り返りながら、
枕の下にかつてハルヒとツーショットで撮った写真をおいて、眠りについた。

翌朝。

まずはハルヒを呼び出さないといけない。詳細は隠さないといけないそうだから、そうだな・・・
名目上は・・・特別定例会議、か。

「もしもし、どしたのキョン?え、今日会いたいって・・・?え、うん・・・別にいいけど・・・わかった、12時半に駅前ね。」

これから何が起こるかはまったく予測がつかない。

ただ、ハルヒと一緒ならなんとかなりそうな気がする。

「おっまーたせっ♪ってあれ、あんたが先に来るなんて珍しいじゃないの」

まぁな。朝から落ち着かなかったから集合時間の30分前にはここに来ていた。
さて、団長さん。一番最後に来た者は罰金、だな。昼飯代が浮いたぜ。

「んなっ、ちょ、キョンズルいわよあんた!まぁ・・・別にいいけど、今日・・・お弁当作ってきたから」

なんという桃色の図式なんだろうかこれは。
ハルヒの料理の腕前がたしかなのはクリスマスパーティの頃から周知の事実なので、これは期待できる。

ありがとな。

「お、お礼なんて別にいらないわよ!それよりも、一体どこに行くつもりなの?」

どこへ、か。詳しくは俺もわからないんだけどな。
とりあえず長門の指示通りに動くしかない。

「はぁ?詳しくわからないってなんなのよそれ。まぁ、たまにはあんたの行きたいところへ行ってもいいけどね」

なんとかハルヒに詳細を話さないように説明し、俺たちは隣町行きの電車に乗った。

「隣町って特に目立つような店も遊ぶようなとこもないわよねぇ、どこかあったかしら」
そんなこと言われても俺も詳しくは知らないし、
そもそも隣町には滅多に行くことなんてないから地理も分からん。

「・・・どうしよっかな、「あーん」ってのはベタよねぇ。うーん、キョンが・・喜ぶような」

ぼそぼそと小さい声でハルヒが何かつぶやいていたようなので、
「ん、なんか言ったか?」と聞いてみたが、

「んな、な、なんでもないわよ、なんでも!」とお茶を濁される。
気になる。これは気になる。

そんな会話をしているうちに、電車は隣町の駅へと到着した。

さて、ここからが本番だ。

時間は現在ちょうど1時。あまりのんびりしているヒマはない。
南南西の方角、詳しい指定はされていないのでまっすぐ、とにかく直進すればいいのだろう。

長門、これからなにが起こるのかはわからないが、
できれば頭を使わなくて済むようにしてくれよ。

レポート仕上げの疲れで頭の方はあまり調子がよくないからな。

ハルヒから特に要求されたわけではないが、
俺たちはお互い手をぎゅっと握り締めながら、指定地点へ向かって歩いた。

1時13分。

おそらく、ここだろう。駅から歩いてきた方角にある建物で、
裏口がこちらを向いてるのはこの大きな教会のような外観の白い建物だけだ。

中に入ってみる。綺麗な内装だな、どこか神秘的な感じさえする。
これはなんの建物なんだろうか。

なぜか、ハルヒは中に入ってからやたらとそわそわしている。

「ちょ・・・ここって・・・ね、ねぇ、キョン、わ、わたしたちにはまだ早いってば・・・///」

ハルヒは突然顔を赤らめた。

ここはどこなんだ?

「バ、バカ・・・。こんなところに連れてくるんだったら、さ、最初からそういいなさいよぉ・・・」

ハルヒはやたらと恥ずかしそうにしているが、とりあえず一刻の猶予もない。
俺はハルヒの手を引いて、コインロッカーがあるというところへ向かって駆け出した。

長門から渡された封筒には同封物として、ここのコインロッカーに対応していると思われる鍵が入っていた。

コインロッカーを発見した俺は、封筒から鍵を取りだし、番号を照らし合わせる。

69番か・・・えーっと、69、69はっと・・・

あった。

コインロッカーというにはあまりに大きなサイズのロッカー。
大きな駅に置いてある、人間1人がなんとか入れるくらいの大きさのロッカー。

って、まさかここから人かそれに順ずる何かが出てくるってことはないよな。
というか、勘弁してくれ、そういうのは。

俺はおそるおそる、ロッカーの鍵を開け、扉を引いた。

とんでもないものが飛び出してくるとか、
異世界への扉が開くとか、何年か前へ遡行するとか、そんな予想をしていた。

中に入っていたのは、また封筒だった。

この中に過去と未来を繋ぐデバイスでも入ってんのか?
それとも、また別の場所に行って何かをしろという指令書でも入ってんのか?

なにが出てきても驚かない覚悟をもって開いた封筒の中には、
さらに小さな封筒が2つ入っていた。

そのうちひとつには、

「祝電 長門有希」 と書かれている。

封を開けて字面を読んでみると、短く1行でこんな言葉が書いてあった。


「子供が丈夫に育つ事を願う」


・・・・・っておい。

・・・そういうことかい。

「・・・なぁハルヒ、ここなんていう場所だか分かるか?」
俺はやれやれとした顔でため息混じりにハルヒに問いかける。

「え・・・あ、あんたが連れてきておいて・・・な、なに言ってんのよ・・・け、結婚式場でしょ・・・」

これは皮肉交じりなんだろうか、それとも、マジで祝福してるんだろうか・・・
掃除ロッカーの中で顛末を聞いていたとはいえ、的確な皮肉と言うかなんというか。

これは長門の意思なんだろうか。あえてこんなドッキリ作戦で皮肉を言おうと思ったんだろうか。
それにしても、長門。

お前はなかなか痛いところをついてくるな・・・。


終わり

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最終更新:2020年06月17日 22:47