今日は、SOS団恒例の不思議探しの日です。
そして、2人と3人で組み分けするのもお馴染みのことなんですが……。
今回、あたしが一緒になったのは――長門さんでした。
ど、ど、どうしましょう!?
キョン君も、古泉君も、涼宮さんもいないんですっ。ふたりっきりなんですっ。
長門さん、あたしなんかと一緒じゃつまらなくないかしら。
かと言って、お喋りするにも……あたしが知っていたり思いつく話題は長門さんならもう知っていそうで、気後れしちゃうんです。
でも、絶好のチャンスなんです。あたしだって長門さんともっとも~っと仲良しになりたいですからっ。
心臓ドキドキ、けど、頑張りますっ。
今日こそ、長門さんとの距離を縮めるんですっ。みくる、ファイトッ!
――って、長門さ~ん、何処に行くんですか~!? あたしをひとりにしないで~!
そっちは、喫茶店じゃないですか~、みんなでよく行ってキョン君にいつも御馳走になる……そういえば、いつも疑問に思うんですけど、キョン君、財布の中身大丈夫なんでしょうか?
あ、これですぅっ、長門さんとの共通の話題、キョン君の財政事情について。これなら長門さんも関心を持ってくれそうですよね。
そんなこと考えている間に、長門さんがさっさと喫茶店に~!? 入店した以上、何も注文しないで帰るのもお店の人に悪いですよね~、涼宮さんに露見した場合に長門さんだけが不思議探しサボったって叱られるのも嫌だし、こうなったら開き直ってせっかくのふたりきりの喫茶店というシチュエーションを最大限に利用して長門さんといっぱいお喋りするしかありませんねっ。
ということで長門さんを追い意気込んで喫茶店に入ったのはいいんですが……。
「あっ!?」
あたしは思わず驚愕の声を発していました。
長門さん、凄いです。
よもやの不思議発見と言っていいかもしれません。長門さんは知っていて、この喫茶店を選ばれたんでしょうか。
あたしは、あの人と再会したのです。
自己欺瞞で自分をごまかせないが故に、周囲に誤解されていそうな……そう、長門さんに近い放っておけない雰囲気の、男の人。そして、私と同じ未来人……所属は違えど。
彼は丁度喫茶店を出て行くところで、あたしと鉢合わせする格好となったのです。
彼はあたしのように軽はずみな声を出したりはしませんでした。ただ、あたしを見て眉間に薄く皺を刻んでいました。
それは僅か1秒程度の対峙でしたが、彼は足を止めていました。
その間隙を縫って、彼を呼び止める声が、彼の後方から放たれたのです。
「待ってってば、話は済んでいないのに」
「あれ」
あたしたちと同年代の女の人でした。それも見覚えのある――キョン君の中学時代のお友達の佐々木さんと一緒にいたツインテールの少女。
彼に追いついた彼女も、まず先に喫茶店に入った長門さん、それから、あたしに視線を巡らしました。その節は偶々見かけた程度だったので、ちゃんと御挨拶もしていなかったのに、彼女もあたしたちの顔を覚えていてくれたようです。
ちっ、頭のすぐ上で舌打ちが聞こえました。
視線を上げたあたしからあからさまに視線を合わせないようにして、彼はツインテールの彼女にぶっきらぼうな一瞥を投げると、さっさと喫茶店に出ようとします。
ふたりは知り合いなんでしょうか。世間って狭いですね。
そんなことを考えてぼけっと立っていたあたしが悪いんですけど、帰ろうとしている彼には正面で突っ立っていたあたしは邪魔だって至極当たり前のことまで思い至らなくて、彼に押し退けられる際に、ちょっとした力だったのに踏ん張れなくてバランスを崩してしまったんです。
(――あ)
よろめくあたしに見返る彼が視界の隅に入りました。瞬間的に意識できたのは、それぐらいで、あたしはみっともなく尻餅をつくしかなかった、はずだったんだけど……。
そんな確定的な未来を覆し、長門さんがいつの間にかあたしの背中に腕を回して支えてくれたのでした。
「な、長門さん」
もう席に行ったものとばかり思っていたのにありがとうございます。すいません、ホント、あたし鈍臭くて。
「…………」
あれ、長門さん?
長門さんはあたしを支えてくれたまま、じっと彼を見上げていました。普段、感情を表に出さないクールな長門さんにしては珍しく明確な意思表示のように、あたしには受け取れたんですっ。
な、なな、長門さんが……怒っていらっしゃいます!? な、何故でしょう!? あたしがあまりにトロいからなんですか、そうなんですか。
「謝ったほうがいいんじゃないかしら。女を突き飛ばしておいて、謝罪の言葉ひとつなしじゃ、連れの人がいくら温厚でも怒るの当然でしょ」
うろたえているばかりしか能がないあたしをよそに、ツインテールの彼女が彼に諌め口調で言葉を投げつけていました。
え?
あたしは思わず長門さんと彼を見比べていました。
長門さんはあたしに対して怒っているんじゃなくて、あたしを突き飛ばしてしまった彼に怒ってくれているんですか。長門さんがあたしの為に……。で、でも、悪いのはぼさっと立っていたあたしのほうで、彼に悪気はないはずなんですよ。
後半のくだりを声に出して言ったら、長門さんは凝視をあたしのほうに移しました。射竦められそうな真っ直ぐで綺麗な眼差し、全身に緊張が走っちゃいます。
「…………そう」
沈思黙考の風情だった長門さんでしたが、ほんの少し頷くと、あたしの足が地に着いているのを見計らってくれたのか、あたしから丁寧に手を離しました。
そのときでした。あたしの緊張を更に解くような笑い声が噴き出されたのは。
「あっははははは、現代じゃ貴重なくらい善良な人ね」
人目を憚らず、逆に見ていて気持ちいい位に――えと、便宜上、あたしの心の中では失礼ながら、こう呼ばせて頂きますね――ツインテールさんが爆笑されていました。
「この人の良さを見習って欲しいですよねぇ、そこの唐変木にも」
ツインテールさんの言いように、彼はむっとした顔つきになりました……こんな歯に衣着せぬ言い方できるなんて、どういう関係なんだろう?
でも、やっぱり気の毒です、彼の過失じゃないのに。
「あの、お知り合いなんですか?」
彼には居心地の悪い話題をすり替える狙いで、あたしはツインテールさんに話を振ってみました。
彼女はほんの一瞬思案顔を垣間見せて、ちらっと彼を一瞥すると極めて明朗な声で、
「ナンパされたんです」
「はあっ!?」
ふたつの声が見事にシンクロしちゃいました。口をあんぐり開けて驚いたのは、あたしだけじゃなくて、彼もだったんです。
それがおかしくて、あたしはついつい彼を見つめてしまったんですけど、彼はあたしの視線に気付いたのか、すぐに仏頂面を装いました。しかし、気恥ずかしそうにしている人間臭さをあたしは見逃しませんでしたよ。
彼は一度ツインテールさんをじろっと睨み付けると、早々と退散するに限ると言わんばかりに再び踵を返しました。
「待って下さい、あのっ――パンジーさん」
あたしは咄嗟に彼を呼び止めていました。彼のお名前を知らないので、あんまり考えないで、彼の呼び名がパンジーしか思いつかなかったんです。でも、可愛らしいですよね、ニックネームとしていいんじゃないかしら。
彼はひきつったというか、脱力というか、相反するふたつの表情がどっちつかずみたいな感じで、あたしに振り返っていました。
上唇を尖らせるようにして何か文句でも言いたげだったんですが、
「パンジー!? パンジーねっ、それいいですね、その呼び方頂きますっ」
ツインテールさんがお腹を抱えてまでいてけたけた笑うものですから、言う機を逸したかのように彼は渋面で口をつぐんでしまいました。
あれ、あたし、何か悪いことしちゃったのかな?
「こんな茶番に付き合ってやる義理はない」
彼は冷淡に言い捨てて、今度こそあたしたちを一顧だにせず早足で喫茶店を出て行ってしまいます。
あたしは追いかけようとしました。あたしも、彼に言いたいことがあったから。
でも、ツインテールさんが軽やかな身のこなしで、あたしの前方に身体を差し入れて来たので、あたしはつまづきそうになりながらストップしました。
「こっから先は、あたしたちの問題ってことで。申し訳ないんですけど」
邪気の無い笑顔で彼女はそう言いますが、そうは言っても――。
「だけど、あたし、あの人は――」
そう、あたしたちは未来人だから。あたしたちは、この時代の人とお別れしなきゃいけないのが決まっているんです。なのに、わざわざナンパするなんて、不謹慎です。それを注意できるのは、同じように未来からやって来たあたしだけなんです。
「お話はまたの機会に、貴女たちとはまた会うはずですから」
「え」
パンジーさんとは同じ未来人だから、涼宮さん関連で顔を合わせざるを得なくなるでしょうけど。
このツインテールさんは……キョン君との関連になるの、かな?
キョン君の親友だという佐々木さんが思い浮かびました。繊細な心を、涼宮さんとは逆の方策で守っているような大人びた雰囲気の人。
「貴女には、そのとき改めて自己紹介しますね、じゃあね」
ツインテールさんは言葉も足取りも軽快で、勢いがあって、あたしに付け入る暇を与えずに、パンジーさんに続いて喫茶店を出て行っちゃいました。
涼宮さんや鶴屋さんとはまた異質な彼女の空気に圧倒されて、あたしは茫然と佇んでいたのですが、ぐいっと不意に手を引っ張られました。
長門さんでした。
長門さんはあたしの手をしっかり掴んで、空いているテーブルまでとことこ歩いて行くと、
「大丈夫」
と一言。
それから静かに席につきます。
あたしってば長門さんにまた気を遣ってもらったんでしょうか。
あたしは慌てて長門さんに倣って、長門さんの向かいの席に腰をかけます。
長門さんにこれ以上余計な心配をかけさせるなんて、もってのほかですもん。
長門さんが「大丈夫」って言ってくれたから、あたしは心置きなく、今目の前にいる長門さんとお喋りしようと思います。
「ねえ、長門さん」
パンジーで思いついたんですけど、
「文芸部室にもお花を置きたいんですけど、長門さんはどうですか?」
パンジーさんと遭遇したことは涼宮さんには禁則事項である以前に、不思議という概念に当てはまらないでしょうけど、でも、お花を置くのってお部屋の模様替えにもなって、涼宮さんやみんな喜んでくれると考えたんですが……あの……。
「え、と……」
「…………」
長門さんはメニュー表に視線を落としたまま無言です。
「ど、どうでしょう?」
長門さんが俄かに視線を上げました。
真正面から目が合っちゃって、あたしは心臓がどきんと跳ね上がったような感覚を覚えました。
「……植物育成について情報不足……教授を願いたい」
「え、あ」
数秒間かけて、あたしは長門さんの申し出の意味を理解します。もうっ、あたしって本当にのろまなんだからっ。
このタイムロスを取り戻さんというあたしの願いが神様に通じたんでしょうか。
あたしの頭に今の気持ちを簡潔に凝縮できる一言が自ずと閃いたんです。
あたしは長門さんに伝えます。
「喜んで」
と。
【蛇足:その頃の橘さんと藤原さん】
藤原(以後、藤)「よくもまあ、あんなデマカセを平気でつけるもんだな」
橘(以後、橘)「へぇ、あの可愛らしいお嬢さんにナンパ男って思われたのがショックなんだ?」
藤「そうは言っていない」
橘「ヘタにあたしたちの関係を勘繰られて、今のうちから、あの可愛らしいひとを悩ませるのも不憫でしょ。それに、あのひとにはこちらの不始末による“借り”があったし……敵対勢力のことに気付くことなく平和に暮らせれば、それが一番」
藤「どのみちわかるのに、無駄なことを」
橘「どのみちわかるのなら後回しにしても構わないってことでしょ、パンジーさん」
藤「その呼び方はやめろ」
橘「え~、いいニックネームじゃない。そうね、パンジー藤原って繋げると、ゼ○ジー北京みたいで更に親しみが増しませんか?」
藤「お前、年齢いくつだ?」
橘「うふふ、貴方なら本人に確かめるまでもないでしょ、過去の人間のことなんて」
藤「……ちっ」(舌打ち)
橘「まあ、それはともかく、貴方、ただでさえ人当たり悪いんだから、パンジーって呼ばれるほうが空気和みますよ」
藤「ふん、僕には理解できないな、そんなことをいちいち気にかけるなど」
橘「じゃあ、パンジーで決定ということでいいですね」
藤「何故、そうなる!? おい、どこにメール打っているんだ!?」
橘「だって、貴方にとってはどう呼ばれようと気にかけることでもないんでしょ。じゃあ、あたしたちがどう呼ぼうと関係ないじゃない」
藤「…………」
橘「ということで親睦を深める一環として、佐々木さんと周防さんに報告しときま~す。貴方がパンジー藤原って、それはもう可愛らしい愛称を賜ったってことをね」
藤「……勝手にしろ」
橘「あ、そうそう、キョン君の連絡先も佐々木さんに教えてもらったから、キョン君にも」
藤「なっ」
橘「あ~、でもぉ、これは佐々木さんに任せたほうがいいのかな……ねえ、どう思う、パンジー藤原」
藤「何で、あいつにまで教えるという流れになるんだ」
橘「だって、彼には近いうち、あたしたちの仲間になってもらう予定ですから。何事も早めに行動しとかないと」
藤「ちょっと待て。あいつに教えるのだけは許さん」
橘「え~、パンジー藤原って呼んでもらったほうが関係改善になりますよ~。彼、笑って貴方を睨むどころじゃなくなると思うけど」
藤「お前な……」
橘「さあて、じゃあ報告報告と」
藤「や~め~ろ~!」