ずいぶん久方ぶりにハイキングコースを上り、まだ満開に花を咲かせた桜をみれば、ちょうど一年前を思い出すね。
どちらかといえば憂鬱な気持ちで坂を上って、入学式にでてこまごまとした手続きを済ませ、何人かの顔なじみと談笑しつつクラスに移動したな。
そこでハルヒと出会ったのは、なんというか神様の悪戯なのか、人生の徒なのか、いまでも疑問に思う。
2年に進級したといっても、大幅なクラス変えは行われず、そのまますんなり2年5組として出発することになったのを聞いて、複雑な心境になったことは言うまでもないだろう。
担任も変わらず岡部教諭が務めるし、新鮮味はまるでないね。
俺の後ろの席は、当然のようにハルヒが座っている。
黙々とノートになにか書き付けていたが、俺の視線に気づくとそれを手で覆った。
「なに見てんのよ?」じろりと大きな瞳が俺を射貫くように向けられた。
「なに書いてんだ?」
「重要で機密な書類よ」
「へえ」5冊いくらで売られているノートにしか見えんが。
「団長以外は閲覧禁止よ」
なんだ個人的な落書きか。5年後読むと赤面どころか自己嫌悪のあまりもだえ苦しみ、いっそ死のうかと思うようなポエムあたりか。
春という季節で説明はつくが、5年後発掘して後悔したくなければ、やめといたほうがいいぞ。
「バカなこと言わないで。あしたから新入生のオリエンテーションが始まるでしょ? そのためにいろいろ考えているのよ」
そもそもSOS団なんていわば非合法の地下組織じゃねえか。言葉をかえれば、文芸部に寄生しているだけだろう。下手に部員募集なんかしてみろ、また生徒会長が難癖つけてくるぞ。
「それは望むところよ。とっととケリつけて、平穏な学生生活を取りもどさなきゃね」
諸悪の根源が、まるで正義の味方のような口ぶりだ。
「そうだ。あんたに言いたいことあったんだ」
聞いてやるが、もうじき岡部がやってくるから、手短にな。
「あんた、SOS団にまったくといっていいほど貢献していないわよ?」
「ほう」貢献しようなどとはまったく思っておらず、当然のことだろう。
「やってるってことは、あたしに逆らうか、みくるちゃんのお茶飲むか、図書館で居眠りしているぐらいじゃない。
古泉くんはそりゃ貢献してくれているわよ、去年の合宿先みつけてきてくれるし、あたしに逆らうこともない。
みくるちゃんはちゃんとモルモ…違う、マスコットやってくれてるし、有希だってとってもいい子にしてる。
あんたは、そうね。コンピ部と同レベルの貢献しかしてないわよ」
「それで?」
「夏までになんか貢献しなさい。そうしないと、訓告処分ものよ」
いつからSOS団は公務員組織の一部になったんだ。
「そういう減らず口を、まずどうにかしなさい。あんたの妹ちゃんは素直ないい子なのに、どうしてあんたは」
ハルヒの罵詈雑言はとめどもなく続くかと思われたが、岡部の登場によってそれは遮られた。
背中にムスっとした視線と、もやもやしたオーラを感じるね。
まったく春だというのに景気の悪い話だぜ。
そう思うだろう?

HRでクラス委員なんかの選出が行われ、休み明けのけだるいムードのまま短縮授業をこなした。
ハルヒはといえば、短い休み時間を新入生狩り、もといスカウトのために奔走しているようだったが、釣果はいまのところないようだ。
日本の川で南米産の魚類をみつけるより、我がSOS団に適切な人材をみつけるほうが難しい昨今だろうと想像はつく。
下級生がくれば、雑用をこなす手が増えるだろうし、俺にとってもメリットは少なくない。
ただ、これ以上団員が増えるってことはまずないだろう。いまのところはな。
あっけなく放課後がやってきた。どれ、部室へと向かうかね。

ハルヒと連れだって部室に向かう。教室はより部活棟に近づいたのだが、それだけで新鮮な感じを受けるのは、俺が普通の人間であるなによりの証拠だろう。
ハルヒに言わせると、購買や食堂も近くなってメリット大らしい。が、それらを利用しない俺にとっては、ピンとこない話でしかない。
女子の下級生ーなんといい響きだーが二人、初々しく廊下を歩いていて、陳腐な言い方だがいかにもフレッシュだ。
「なに鼻の下延ばしてんのよ」と毒づくハルヒはしかめっ面で言った。
「いや、春を実感してるだけだ」
「さっきもいったけど、あんた実績つまないと、夏には戒告処分ものよ」
「さっきもいったが、いつからSOS団は公務員になったんだ」
「一定の人員を抱える組織という意味では等価よ」
「なんでもイコールで結ぶな」
「まったく……その減らず口をどうにかしなさいよ」
「んじゃ、これからマナーモードだ」ブルブル震えるだけにしてやるよ。
「そうしてて」ため息と共にハルヒが言った。


部活棟への渡り廊下から、風に吹かれた桜の花吹雪が見えた。空はぼんやりと白く、ぽかぽかと暖かい日の光がうれしいね。
「あ、そうだ」ハルヒはポケットを探ると、俺に一枚のパンフレットを手渡した。「これ」
「なんだこれ?」早々とマナーモードを解除した俺は黄色いパンフレットを受け取った。
「フリーマーケット。週末にあるんだって」
「へえ」場所は俺の家からもほど遠く、自転車でいく必要がありそうだ。
「あんたん家にもいらないものとかあるでしょ。そういうものを売りさばいて部費の助けにするってのも、ひとつの貢献よ」
「しかし、長門が結構な予算をぶんどってきただろう?」
「組織には表のお金と裏のお金が必要なのよ。で、これは裏のお金に回すの」
一般的には、表のお金から裏金をつくるもんだと思っていたが、ハルヒの考えは違うもののようだ。
多分、何のために裏金を用意するのかまったく考えていないことだろう。
「しかし、なんでもいいのか? せっかく買ってきたのに、なぜかシャミセンが食べなかったキャットフードとかでも」
「猫飼ってる人は、あんただけじゃないわよ」
「なら懸賞で当たったが、置き場所に困る巨大プラモデルとか」
「そんな趣味あったの?」
「いや、ゲームだと思って応募したら、プラモが届いてがっかりだ」
「あ、そ。他にはなんかある?」
「あとは物置に仕舞いっぱなしだが、壊れかけのレディオがあるな」
「ラジオでしょ。で、それは鳴るの?鳴らないの?」
「壊れかけなんで、たまに叩かないと鳴らなくなるな」
「ま、なんでもいいわよ。売れるかもしれないし」
ハルヒは俺の手からパンフレットを奪い取ると、丁寧に畳んでポケットに収めた。
「ハルヒはなにか出すのか」
「古着が結構たまったから、それを放出しようかと思ってる」
「ほう」
あの地球上のどこで買ったのか問い詰めたくなるような洋服が、ほいほい売れるとは思えないがね。


いつものようにSOS団の活動が始まり、そして長門が読んでいた本を閉じて終わった。
ハルヒは一言もフリーマーケットについて触れる事なく終わった。ということは、逆に俺以外全員知っているということかもしれん。
この際、いつ伝えたとかそういう問題は問題じゃない。どういう訳か、他の部員は知っているが、俺だけが知らないことは結構あるからな。
「フリーマーケットですか?」古泉が驚いたような表情で俺に聞き返した。
「ああ、週末はまた忙しくなりそうだぜ」
「いえ、なにも聞いてはいませんが……」
「そうなのか? てっきり、俺だけが知らないのかと思ってたが」
「逆ですね。あなたしか知らない事ですよ」
「それも困った話だな」
「そう言わずに、お二人でフリーマーケットを楽しんでください」
そういって、古泉は薄く笑った。

まだまだ先だと思っていた週末はあっという間にやってきた。
週末を迎えるまではいろいろあったさ。新入生のオリエンテーションに備えていろいろ準備したよ。すべてが無駄になったけどな。
そもそもSOS団にこれ以上人はいらんだろう。俺はそう思うし、実のところハルヒもそう思っているように感じるのだが、口を開けば「新人、新人」と騒がしい。
連休が明ければすこしはおとなしくなるかもしれんがな。
そんなことをつらつらと思い出しながら、金曜日の夜、まったりと風呂を楽しみ、自室へ戻ってくれば、携帯が着信を知らせた。
『明日フリーマーケットだけど、準備は出来てるの?』
誰あろうハルヒの声が携帯から流れる。こんな時間でも元気とは恐れ入るね。
「ああ、準備はバッチリだ」俺は部屋の隅にある大きなボストンバックに目をやりながら答えた。
毎日その話題で電話かけてくれば、準備も整うってもんさ。
『最近、気合が入ってないわよ。この前の仮入部受付だって、結局入部希望者ゼロだったし』ハルヒの悩ましいため息が聞こえた。
「そもそも俺のせいじゃねえ。まあ、見事なチャイナドレスのお披露目が出来だけでも良しとしろ。あそこにいた約半分の目はクギづけだったぜ」
『そんなんに引っ掛かる奴に、SOS団員は勤まらないわよ』
「なら、おとなしく待ってろ。来たければ向こうから来るって」
『こんなんじゃ、SOS団拡大なんて夢のまた夢じゃない』ハルヒがため息交じりで言った。
「ところで、明日は何時にどこ集合だ?」


『明日は8時にいつものところ集合って、昨日も言ったでしょ。8時半から受付。9時から開始よ』
「そうか」
『午前中で全部売り切って、午後からは他回るんだからね。分かってる?』
「ああ」
『なによ、気の抜けた返事ばっかり。やる気あんの?』
「まかせろ、いざとなれば無料放出も辞さない覚悟だ」
『それじゃ目的と違うじゃない』ハルヒが呆れたような声で言う。『ちゃんとお金を稼いで、SOS団にちょっとでも貢献しなさい。分かった?』
「分かったよ」
『本当に分かったの? まったく……ところで明日、起きれるの?』
「大丈夫だ。目覚ましはばっちりセットしてある」
『なんか怪しいわねえ』
「ああ、超常現象がたまに起きるんだがな」
『え?』ハルヒの声が急に改まった。『なにが起こるの?』
「何故か月曜日の朝だけアラームが、オフになっているという超常現象だ」
『はいはい。あんたがアラーム切ってんでしょ。ふざけたこと言ってると死刑よ』
「ま、心配ならモーニングコールでもしてくれ。その前に起きてること確実だがな」
『ばーか。あたしは団長、あんたは平団員。どこの世界に団長にモーニングコールねだる平団員がいるのよ』
「心配ならだ。別にその必要はねえよ」
『そんなにして欲しけりゃ、あの佐々木って子に頼めばいいじゃない』
「あいつはそんなんじゃねえって」
『どうだか。ま、どーしてもっていうなら、してあげなくもないけどね』
「ま、当てにせず待ってるぜ」
『しないからって、遅刻したら本気で死刑よ。分かってるわね?』
「分かってるって」
ハルヒはなかなか電話を切ろうとせず、そのまま話し込んでしまったのはきっと、春の夜だからだろう。そうに決まっている。


夢の中でなにかの音が聞こえた。夢からは覚めたが、目が覚めないそんな状態で携帯電話をまさぐれば、着信を知らせている音だと分かった。
寝ぼけた頭で、携帯電話を開くと、遠くからハルヒの声が聞こえてきた。
『起きた?』ハルヒは布団にもぐりこんでいるのか、音が奇妙にこもっている。

「ああ、ハルヒか。起きたぞ」
『声がまだ寝てるわよ、しゃきっとしなさい』
「おまえの声も似たようなもんだぞ」
『起きたばっかりだもの。しょうがないわ』
「まだ布団の中なのか?」
『そうだけど、なに?』
「なんか一緒に寝てるような気がするな」
『……バカなこと言ってないで起きなさい。あたしはもう布団から出たわよ』
「ウソつけ、声がさっきと変わらんぞ?」
『……そういうところは鋭いのね。いいから、さっさと布団から出なさい』
無理やり布団から体を起こして見れば、空が明け始めたばかりじゃねえか。
なんて時間に起こすんだ。あと、2時間は余裕で眠れたぞ。
『絶対間に合うような時間に起こしてあげたでしょ。感謝されることはあっても、文句言われる筋合いはないわよ』
「………」
『あたしはもう一眠りするから、二時間後に起こしてちょうだい。もう目、覚めたでしょう?』
「おい、ハルヒ」
『おやすみ』
電話は切れた。俺は頭を振りながら、この身に降りかかった不幸を嘆くことしかできなかった。


二時間早く起きたお陰で、妹に悟られずに出掛けられたのは、確かに感謝してやってもいいかもしれん。
が、寝不足だ。寝不足にもほどがある。実質、3時間か4時間しか寝てねえ。
自転車を漕ぎながら、舟漕いでしまいそうになるのはご愛嬌だ。
待ち合わせ場所に到着すれば、核融合で元気を生成してるような笑顔のハルヒがいた。やはり大きなボストンバッグを片手にしている。
今日はハーフパンツにポロシャツと結構ラフな格好だな。トレードマークの黄色いリボン付カチューシャが風にたなびいていた。
「おはよう」つやややかな肌は、睡眠不足など感じさせないね。
「おはよう」
「あんた、大丈夫?顔色悪いけど」
「育ち盛りに睡眠不足は大敵だな」
「なにいってんだか……」ハルヒは唇をアヒルのように変形させながら、俺の自転車の荷台にまたがった。「さ、行くわよ」

ハルヒが俺の背中に地図を書いたが、くすぐったいだけでちっともわからん。
あっちこっちと背中ごしにハルヒの言う方向に自転車を走らせると、ほどなく会場に到着した。
結構な参加者で受付が混雑しているのかと思いきや、その半分は主催者と気の早いお客さんというだけだった。
難無く受付をすませれば参加費を払い、ブルーシートを受け取った。
適当な場所を選べるというので、しばらくうろうろ歩き、ほどよい場所が確保できた。
ブルーシートを地面に引き、プラスチックのペグを打てばできあがりだ。結構広いスペースで、SOS団全員で十分雑魚寝して余るほどだ。
ハルヒはボストンバックを開き、座布団二つに籐のカゴに魔法瓶を取り出した。
それを脇によせると、せっせと商品の陳列にとりかかる。
主にTシャツで、どれもこれもこの地球上のどこで買ったのか聞きたくなるデザインばかりだ。数えてはいないが、十数枚はあるはずだ。
Tシャツを並び終えたハルヒは、俺をジロリとにらみつけた。
俺は肩をすくめ、自分のボストンバックのジッパーを引いた。シャミセンが食わなかった餌、巨大プラモデル、そして壊れかけのレディオを並べた。
ハルヒは、一応満足したのか、今度はスカートを並べ始めた。不思議探索ではみたことのないような、キテレツなデザインが目立つ。
「なに、見てんの?」
「いや、みたことねえのが並んでるなと」
「中学時代のだもん」
「もう履けないのか?」
「失礼ね。まだ履けるわよ。ただ、やたらと裾が短くなったから、捨てようと思ったのよ。丁度いいから放出するだけよ」
そういうのを履けなくなったというんだがな。一般的には。


スカートを10枚程並べ終わったハルヒは、俺をにらむように見ると、座布団を俺に渡した。なにも考えずそれを尻の下に引いて、ハルヒを見つめた。
「なによ」ハルヒは一言毒ずくと、籐のカゴから紙コップをひとつ取り出すと、ポットの蓋をあけ、暖かいコーヒーを注ぎ入れた。
「ほら」ハルヒの表情はどこか柔らかい。俺に紙コップを渡すと、もうひとつ紙コップを取り出して、それにも注ぎ入れた。
「気が利くね」
「あんたよりはね」そういって、わずか.5秒だけ俺にアカンベーを見せた。
「うまいな、このコーヒー」
「ふん」ハルヒは、そっぽを向いて紙コップに口をつけた。
口元が心なしか緩んでいるように見えた。

ハルヒは、コーヒーを飲み干すと、俺が持参した『商品になるかもしれないガラクタ』の値踏みを始めた。付箋とマジックをいつのまにか手にしている。
「なに、この戦闘ロボットだかなんだかわかんないのは」
まずは巨大プラモデルが標的となった。
「さぁなぁ。ゲームだと思ったら、これだからな。俺に聞かれてもわからん

「ん………」ハルヒは、いつになく真剣な表情をしつつ唸った「こいつは1000円ね。取り合えず」
そういって、付箋に1000-と書き込むと、俺のプラモデルに張り付けた。
お次は飼い猫が食わなかったキャットフードだ。安かったので、5kg袋を買ったのだが、処分に困ったという一品だ。
「これ、いくらで買ったの」ハルヒはまるで目利きのプロのようにいう。
「1890円。だったかな」
「んじゃ、200円ね」付箋にそう書き込み、ぺたりと張り付けた。
最後は壊れかけのラジオである。ときどき叩いてやらないと音がでない。めっきりラジオなんて聞かないので、押し入れにしまい込んでいた。
「これって、電池で動くの?」
「単一4本だがな」
「アダプタもあるのよね……」ハルヒは唸り声を上げながらいう。「500円ね」
ハルヒは付箋にそう書き込むと、スピーカーの部分に付箋を張り付けた。
「おまえの古着はいくらで売るんだ?」
「Tシャツも200円、スカート300円ってとこかしらね」ハルヒはにこりともせずに言うと、自分のボストンバックから値札プレートを取り出した。


200円と書いてあるプレートをTシャツの前に起き、300円と書いてあるプレートをスカートの前においた。
「手慣れたもんだな。常連か?」
「参加は始めて。でも、何回か来たことあるから」
「なるほど」
「さ、これで後はお客が来るまでしばし休憩ってところね」
ハルヒはまたポットからコーヒーを紙コップに注いでくれた。
「あと、どれぐらいあるんだ」俺は紙コップを受け取りなあがら尋ねる。
「10分ぐらいかしらね」自分の紙コップにコーヒーを注ぎながらハルヒが答えた。

9時開始とはいえ、9時にくる客というのはわりと目が肥えているらしい。とりあえず、出品者の品物を眺め歩いている。
20分立ったが、一つも売れていない。ハルヒは穏やかな表情で何杯目かのコーヒーを注ぎ入れた。
「あの、これ、いいですか?」見たところ女子中学生といった感じの二人連れがハルヒに声をかけた。
「どうぞ」ハルヒは気安い声で返事をする。
ごそごそと相談が始まり、Tシャツ2枚とスカートの一枚が売れた。しめて700円。
ハルヒはにこやかに1000円を受けとり、300円のお釣りを渡した。お、小銭までちゃんと準備してんのか?
「あたりまえじゃない。5000円ぐらい小銭あるわよ」
「……大したもんだな」
「こういう場所では当たり前のことなの。覚えなさい」
俺はうなずくだけにしておいた。
女子中学生だの、高校生だのがやってきては、ハルヒのTシャツやらスカートを購入していく。一時間も立つころには在庫の半分がすでに売れていた。
それにくらべて、俺はいまだになにも売れてはいない。まぁいざとなれば、無料奉仕する覚悟はある。
なにせ持って帰りたくはないからな。
「あの、これ、本当に1000円でいいんですか?」
その声に振り向けば、中学生の男の子が真剣な表情で俺を見つめていた。
「ああ。いいぞ」
「ほんとですか」その男の子は1000円札を俺に差し出した。「売ってください」
俺は1000円札を受け取ると、その男の子はプラモデルの箱をまるで強奪するように持って一目散にどこかに消えてしまった。


「あれ、よっぽどレアなものだったんじゃないの?」尻を座布団に預け、三角座りのハルヒは笑いながら言った。「あの子、必死だったけど」
「かもな。もっとも俺にはその価値がわからん。1000円で売れたのならそれでいいさ」
「欲のないこと。たまには欲出さないと、大事なもんも手に入らないわよ」
「そうかもな。ま、そんときになってから考えるさ」
「そんなんじゃ、いろいろなくしちゃうわよ」ハルヒはため息をつきながら、ポットにコーヒーを注ごうとした。
コーヒーはほんの少ししか出なかった。ハルヒは口をとがらかせて、ポットを見つめている。
さすがに二人で10杯近くも飲めば、空にもなるだろうな。
「ちょっと、お湯もらってくるわ」ハルヒはポットをつかんだまま立ち上がった。慌ただしくボストンバッグに手を入れて、コーヒーの元を取り出す。
「ま、適当にやってて。もっとも、キョンだけじゃ売れるものも売れないだろうけど」
そう言い残して、ハルヒは風のように消えた。

困ったね、一人で店番か。まあみたところ、ハルヒの持ち込んだ古着はTシャツにしろスカートにしろ残り数枚だ。
ざっと見渡した限り、そういうものに興味を持ちそうな女性も見当たらない。
「あの、このキャットフードいただけますか?」
おじいさんとおばあさんのカップルがにこやかな笑みを浮かべている。
「え、これでいいんですか」言ってから、なんでおれは余計な事をいうのかと、自己批判してしまう。
「ええ、うちのネコが好きなもんで」おばあさんが柔らかな物腰でいった。
「ああ、そうですか。どうぞ、どうぞ」
200円貰って厄介払ができるとは思わなかったね。おじいさんが結構重いキャットフードを軽々と持ち上げると、悠然を歩いて行く

あとはこの壊れかけのラジオだけか。こいつはなかなか売れそうにない。
なぜなら回りでも結構電化製品は並べられていて、しかもDVDプレーヤーやCDプレーヤーといったところが主流だ。
ラジカセでもないこいつが売れるなんて、万に一つの可能性しかないかもな。
「このラジオなんだけど、音は鳴るのかな?」
聞き覚えのある声に振り向けば、良く見知った人物だった。
佐々木が楽しそうな笑顔を浮かべて、俺を見つめていた。


「音は鳴るさ。ときどき叩かないと沈黙しちまうがな。…しかし、意外なところで会うもんだな」
佐々木はポロシャツにジーンズというラフな格好だった。すらりと伸びた足にジーンズが良く似合っている。
「ふむ。壊れかけのレディオってところだね」佐々木はにやりと笑った。
「そんな、壊れかけのラジオなんて買ってどうするつもり?」
聞き覚えがあるようなないような声を追うと、見覚えのある顔に出くわした。
見覚えがある? いや、そういうレベルじゃないね。忘れようにも忘れられないだ。この、朝比奈さん誘拐犯の顔はな。
犯罪者は悪びれもせず、佐々木に寄り添うように立っていた。薄手のセーターにプリーツスカート。そういう格好をしてると高校生にしか見えない。
が、こいつはその背中にナイフを忍ばせていてもおかしくはない。
「覚えてる?」にこりと微笑みながら犯罪者が言う。
「ああ」俺はすこし腰を浮かせながら答える。いつでも立ち上がれるようにな。
「あの時はごめんなさい。やむにやまれぬ事情があってね。成功させるつもりもなかったし、あんなこわい思いはもう二度とゴメンだし」
ムカつくことに、さわやかな笑顔で平然とのたまいやがる。
「彼女は橘京子さん。僕の最新の知り合いさ」佐々木が楽しげに紹介した。
「……そいつと付き合うのはお勧めしないぜ」俺は橘をにらみながら答えた。
「あら、まだ怒ってるのね。もうあんなことしないって」
橘は俺が睨みつけても、さほど動じずに答えた。
「どうだかな」
「あれはちょっとしたポーズよ。どうしてもって圧力がかかったの。主に未来方面から。
でなきゃ、あんな無茶なカーチェイスして、こわいお姉さんにピストル突き付けられたりなんかしないわよ」
どうだかね。そのウソついていませんといわんばかりの真っすぐな瞳がかえってウソっぽいぜ。
「キョン、そう怖い顔をしないでくれたまえよ」微笑みを崩さず、佐々木が言った。「彼女の言うことが信用できないとしても、ね」
「ひっどぉい、佐々木さんてそういうこと言うんだ」頬を膨らませた橘は、じろりと佐々木を軽く睨んで、微笑んだ。
「知ってるのか? 佐々木、こいつの正体を」
「彼女が教えてくれたよ。一切合切。とてもおもしろい。いや、まさかSFのような事が、僕の身近に存在していたとは思わなかったよ」
「それならどうして……」
「彼女は僕に危害を加えない。そしてなかなか興味深い話を聞かせてくれる。願ってもない相手だよ」
「話?」
「神様の話。あたしね、古泉くんと似たような組織に所属してるの。趣旨は全然違うし、全然分かり合えてないけどね」
橘はにこやかに答えた。古泉の笑顔と同じような一種の仮面なのだろうか。
「で、何の用だ? フリーマーケットを覗きにきたわけじゃねえだろう?」
「半分は外れだよ。こういうところで掘り出し物が見つかるなんてことは珍しくないからね」佐々木が言う。
「もう半分はね、あなたに会いに来たの。ま、今日はご挨拶程度だけど」
橘はそういって、クスクス笑った。
まだハルヒは戻ってこない。湯を貰いにいっただけだろうに。気づくと同時に焦りに変わった。
まさか、今度はハルヒを誘拐するつもりじゃねえだろうな?
佐々木は苦笑を浮かべ、橘はかるく手を振った。
「そんなことをしたら、今度こそあたし殺されちゃうもの」
橘は唇を笑みの形に変えながら言った。
「そうね……目撃者もいない、不幸な轢き逃げ事故」舌なめずりするように橘は言う。「そう。新聞の地方面に乗る程度の事故。そんなとこね」
「なにを言ってる?」
「ああ、ごめん。もしあたしが涼宮さんを誘拐したら、どうなるかって話よ。
誘拐はまず成功しないし、失敗したからってもう許してはくれない。
その場は帰してくれるかもしれない。でも、その瞬間から不幸な事故に巻き込まれて死ぬ確率が、100%に跳ね上がっちゃう。
そんなリスクを抱えてまで、涼宮さんを誘拐する理由はないし、必要もないの。
それに別に涼宮さんに恨みはないし。ただ、ちょっと違うだけなの」
「なにがだ?」
「涼宮さんがどうのっていうより、機関との考え方の相違が主ね」
「じゃなぜ、ハルヒは帰ってこない?」
「主催者のテントで、お湯が沸くのを待ってるだけよ。なかなか沸かないんだけど」橘はくすりと笑みを浮かべた。「ちょっと時間を稼ぎたくてね」
「どういうことだ?」
「あなたとお話する時間を稼ぎたくてね。人となりを知りたかったの」
「………」
「そうだ。おもしろい話一つだけ教えてあげるわね」橘は思い出したように言った。「あのね、閉鎖空間ってね、涼宮さんの専売特許じゃないのよ」
「なんだと?」
「この世界をそっくり上書きしちゃうような、そんな乱暴な人が神様だって、間違っていると思わない?」

橘はにこりともせずに、そう言い放った。佐々木はしゃがみこみ、我関せずという表情で、ラジオをいじりはじめる。
俺は何も言葉を返すことができず、橘と睨み合うだけだった。
「そろそろ涼宮さんがこっちにくるみたい。あたしたちは失礼させてもらうわ。また、そのうちまたお会いしましょう。できれば、だけど。
今度はゆっくりと、ね」
橘はにっこりと笑顔を浮かべた。目は笑っていなかったがな。
「これはこれは良さそうだ」佐々木はラジオを指さしながら言った。「500円か。ちょっと待ってくれたまえ」
そういって佐々木は、ポケットから小さな小銭入れを出した。中から500円を取り出すと、俺に渡した。
「領収書出るんなら、あたしが払ってもいいんだけど、ないわよね?」
橘が生真面目な表情で言った。本来の表情がこれなのか?
「あるわけねえだろ?」
「そうよね。……あ、涼宮さんがこっち睨んでる。すんごい怖い顔」
「それでは僕たちは失礼するよ。涼宮さんによろしく」
佐々木は壊れかけのラジオを手に取ると、そのままスタスタと歩きだした。
「ちょっとぉ、佐々木さん待って~」
置いてけぼりを食った橘が、その後を追いかけていった。


「またあの女、来たんだ」ハルヒは唇をカモノハシよろしく変形させながら言った。重そうなポットをどすんと置いた。
「よっぽど、あんたがお気に入りみたいね」
「なにいってんだ。ハルヒによろしく言ってたぜ」
「どーせ、あんた目当てでしょ。あれ、壊れかけのレディオ売れたんだ?」ハルヒは目を丸くしながら言った。
「ラジオだろ? ……ああ。佐々木が買っていった」
「ふーん」ハルヒは不機嫌そうに唸った。「あんた実はワルなんじゃないの?」
「なんの話だ」
「無自覚なドンファンは、始末に負えないわね」
「俺は風車を相手に戦ったりしねえぞ?」
「そこでボケは要求してないわ」ハルヒは肩をすくめた。「まさか3人も相手してるなんて思わなかったわね」
「三人?」
「佐々木って子と、新顔が二人いたじゃない」ハルヒは自分の紙コップにコーヒーを注ぎながら答えた。「一人は普通っぽい子で、一人はなんていうの不思議系?」
「不思議系?」
「うん。背が低い子で、髪の毛がぶわーっと多くて。あんまりみない髪形で、手入れ大変そう。雨の日とかどうしてるのかしらね。……って、あんた気づかなかったの?」
「……ああ、喋らなかったしな」
まったく勘弁してほしいもんだぜ。そういう相手があっちにもいるってことか。
悪の宇宙人や未来人、超能力者が本格的に攻めてこようっていうのか。
これは大至急、長門や古泉、朝比奈さんを召集して対策を練らなければな。
場合によってはこっちから先手を打つのも有りなんじゃないのか。
そうなると、俺もなにか特技を身につけておいたほうがいいのか。
古泉や長門に頼めば、特訓やらナノマシンやらで、俺も戦えるようになるんじゃないのか。その結果、特殊部隊も顔負けの能力を発揮したりして……

なんてな。小学生レベルの勇ましい妄想に逃げ込んだ所で、なにも解決しねえ。
分かってる。俺は古泉や長門、朝比奈さんが羨ましいだけなんだ。
特別な力をもつ、選ばれたまたは作られた存在。そういう存在への憧れは誰しも心の奥底に眠らせてるもんだろう? 俺もそうだ。
そいつが暴れだしそうになっているんだ。ドラマの予兆を感じ取ってな。
一難去って、また一難。最後までどうなるか分からない、練りに練ったストーリーってやつで、主役を演じてみたいんだ。
仲間を見殺しにして、涙を流しておまえのことは忘れねえぜと言った30分後に、笑顔でハッピーエンドさ。そしてエンドロール。おまけのNG集もあるよってか。
俺はそんなドラマを渇望するほど、つまんねえくだらねえおもしろくねえ日常を送ってる訳じゃねえ。うんざりするほど非日常を味わってるじゃねえか。
そうだ、思い出した。佐々木いわく「エンターテイメント症候群」ってやつだ。
中学卒業で完治したとばっかり思っていたがな。またぶり返しちまったか。



そもそもSOS団は烏合の衆じゃねえし、俺にはとっておきの切り札がある。
我らが団長殿は、無類の求心力で俺達を引っ張って行くはずだ。
どこへ着くのかはわからないがな。
まぁ、見せ場という見せ場は、すべてハルヒにくれてやればいい。
あの真夏の太陽よりもまぶしい笑顔が見返りだ。それで十分じゃねえか。

「どうしたの?」ハルヒはキョトンとした表情で、俺の顔を見つめている。「考え込んじゃって」
「いや、なんでもない。ちょっと眠くなってきただけだ」
「やれやれねぇ。これでも飲んで眠気を吹き飛ばしなさい」ハルヒはため息をつくと、俺の紙コップにポットからコーヒーを注ぎこみ、俺の鼻先につきつけた。
俺は紙コップを受け取った。新鮮なコーヒーの香りがたまらないね。
「何はともあれ、あんたがもってきた商品は完売。1700円の売上ね」
「これで少しは評価してもらえるってことか?」
「そうね。1700円の5%ぐらいはね」
「おいおい、もうちょっと色つけろよ」
ハルヒはクスリと笑みを漏らした。さりげない、いい笑顔だった。
「考えとくわ。……ね、そろそろお腹空かない?」
「ああ」
「ふふん、感謝しなさいよ? サンドイッチ作ってきたの」
ハルヒは籐のカゴを引き寄せると、中に入ったラップにくるまれたサンドイッチを俺に見せた。
「おお、うまそうだな」
「でしょう? ちょっと早いけど、食べちゃいましょう」
ハルヒはラップをほどきはじめた。いそいそと食事の準備をはじめている。
その横顔はどことなく、幸せそうに見えた。

たっぷりのサンドイッチに、カットフルーツのデザートまで用意していたのには、さすがに驚いた。
「これだけ準備してたのは、時間かかったんじゃないのか?」
「まぁね」ハルヒはイチゴにフォークを突き刺しながら答えた。「それなりにね」
澄まし顔で答えるハルヒは、どことなく照れているようにも見える。どうも身体のあちこちがむず痒く感じるね。
「へんな顔」ハルヒは妙な表情でつぶやくように言った。「でも、そんな顔も出来るんだ」
ハルヒがなにを言ってるのか、俺には分からないのだが。

食事が終われば、盛大な追い込みをかけなければならないのかと覚悟した。
しかし、俺にはろくな芸などないぞ。せいぜい手でも叩いて呼び込みやるぐらいしか出来ない。
が、そんな心配はそもそもいらなかった。
ハルヒのTシャツや、スカートはぼちぼちと売れていく。
最後のスカートを購入したお客さんをハルヒは笑顔で見送りながら、つぶやいた。
「大したもんだな。初めてだってのに」
「もっと褒めていいのよ。そういうのはオーバーすぎるぐらいで丁度いいんだから」
ハルヒはお金を勘定しながら言う。こういう方面にも才能が有ったのは意外に思うが、ハルヒが苦手とする方面が思いつかないね。
「さすが我らが団長だけのことはあるな」
「でしょう」ひまわりのような笑顔が咲いた。「もっと褒めて」
「才色兼備でしかも沈着冷静で、えーと、暴飲暴食とくれば言うことないね」
「ほ め ろって言ったの。けなせとはいってないけど?」
「褒めたつもりだが」
「適当に4文字熟語ならべただけじゃないの」
ハルヒは口をとがらせたまま、紙コップにコーヒーを注いだ。それをやけ酒のように一気に飲み干した。
「さてと。ここは撤収しましょう」
「今度はお客になるわけか」
「そうね。一回りして、掘り出し物がなければ帰りましょ」
「ああ」

ぐるぐる回った結果、ハルヒは実にさまざまながらくたを掘り出し物と称して買いあさった。
主ながらくたをリストアップすれば、ぱっと見アフリカンな日本製のお面、巨大なローズクオーツの原石や、隕石のかけら、古ぼけたスノードームなどになる。
「スノードームを集めてるのか?」
「そういうんじゃないけど、これはいいものよ。スノーの舞い方が違うわ」
真面目な顔でハルヒが答えやがる。そうかとしか言葉が見つからねえよ。

やさしそうなお姉さんがさまざまな服をならべている店を見つけた。
ハルヒは白いレーススカートを手に取った。どちらかといえば、朝比奈さんにきていただきたい一品だね。
腰の位置でスカートを合わせサイズを確認しつつ、ハルヒはクルリと回って、俺に微笑みかけた。
にこにこ微笑むハルヒと、なにが言いたいのか分からず戸惑う俺が見つめ合った。そのまま言葉もなく、見つめあった。
5秒ほどで、売り子のお姉さんがお腹を押さえて笑い出した。
ひとしきり笑ったお姉さんは、ごめんと一言謝ってから言葉を続けた。
「だめじゃないの、キミ」歯切れの良い声だった。「かわいい彼女に声かけてあげなきゃ」
「ほんと気が利かないんだから」ハルヒは俺を恨めしそうに一瞬睨むと、お姉さんにお金を払う。
「ま、男の子はそんなもんよ。暖かい目でみてあげれば?」お姉さんはスカートを畳むと、適当な紙袋にそれをしまい込んだ。
「暖かい目で見てるのに、これなの」ハルヒは肩をすくめた。
「ほら、頑張らないと捨てられちゃうよ。こんな可愛い彼女、そうはいないよ」
お姉さんは、そういいつつ紙袋をハルヒに手渡す。
「しかも浮気者だし」ハルヒが紙袋を受け取りつつ言う。
「酷いわねぇ。こんな可愛い彼女が隣にいるってのに?。駄目よ?浮気なんかしちゃ?」
「は、はぁ」納得はいかんが、そう答えるしかない。
「優しい目してるのね」お姉さんは微笑み返してくれた。「彼女を大事にね」
「は、はぁ」彼女って、ハルヒのことしか考えられない。確かに代名詞でいえば彼女になるんだろうがな。そういう意味じゃねえよな。
「じゃ、ありがとう」ハルヒはにこりと笑顔を浮かべると、すたすた歩いていってしまう。
「ほら、少年。彼女を大事にするんだぞ?」
そういって笑うお姉さんの表情はとてもやさしかった。

ハルヒを追いかけていけば、いつの間にか公園に入った。芝生が青々と輝いている、結構広い公園だ。こんなところに、こんなもんがあったとは思わなかったね。
「まったく好き勝手なこと言いやがって」
「なによ、事実を述べたまでよ。浮気者で、気が利かない。その通りじゃない」
ハルヒは俺の顔を見ず、ニヤニヤと笑っているだけだ。
「浮気者って。ハルヒ、あいつはそういうんじゃないって言ってるだろう?」
「その言い方が浮気者っぽいのよ」
ハルヒは邪悪な笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「まるで昼ドラに出て来る浮気亭主のセリフみたい」
「そんなの見てんのかよ」
「あら、意外におもしろいわよ。ストーリーぶっとんでて。下手なハリウッド映画見てるより面白いわ」
「まったく……付き合ってられねえぜ」
「キョンって、あたしのこと彼女だと思ってんの?」
「な、なんだと?」
「だって、さっきお姉さんと話してたときに、否定しなかったじゃない」
ハルヒは満面に笑顔を浮かべて、俺の脇腹を肘でつついた。
「あれは……あそこで否定したら、話おかしくなるだろう、だから」
「満更でもない表情してたくせに」ハルヒはぷいと顔を背けた。
「危ない危ない、暗がりに連れ込まれないうちに逃げよっと」
ハルヒはうつむいたまま、ゆっくり走りだした。
「おい、待てハルヒ。おまえは勘違いしてるぞ」
「やなこった。捕まえてみなさいよーだ」
ハルヒは振り返ると一瞬、お得意のアカンベーを見せて走りだした。

参ったね。悪の宇宙人や超能力者に未来人なんてのを相手に戦う方が、よほど楽かもしれねえな。
この団長様には誰も敵わない。そういう風にこの世界は出来てるんだろう。
俺はハルヒを追いかけて、走りだした。

おわり


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