第2話
Selfish Desire

 

 HRが終わった後、俺は真っ先に長門の席に向かった。幸い、ハルヒを含めたクラスのほぼ全員の注意は朝倉に向いているので何を話しても大丈夫だろう。
 俺が向かってくるのを確認すると、長門は向こうから口を開いた。
「大丈夫」
 そうは言っても。
「朝倉涼子は派閥を抜けた。今は私と同じ派に属している。それに」
 何か秘策でもあるのか?
「禁則プログラム」
 何だそりゃ。アレか、朝比奈さんの言動を縛ってるのと同じやつか。
「全くの別物。禁則プログラムは朝倉涼子の一切の殺傷行為、破壊行為、また情報操作行為の一部を制限している。プログラムを解除する 鍵は私が管理している」
 …よくは分からんが、とりあえず害はないんだな?
「そう」

 放課後、掃除当番に当たっているハルヒを置いて部室に向かうと、朝比奈さんはいなかった。3年生は配布物やら何やらが多くてHRが長引いているらしい。
 とりあえず、読書人形と化している小柄な文芸部員に朝の続きを聞いてみる。
「なあ長門、やっぱり今回も、朝倉はお前のバックアップなのか?」
「そう。今回の復活は情報統合思念体の命令」
 やっぱりか。
「お前は不満じゃないのか?前に戦った相手をまたバックアップにするなんて」
 俺のその問いに、長門はほんの少しだけ俯き、呟いた。
「…私は、ただの端末だから」
 その悔しそうな様子に俺がいささか面食らっていると、
「あ、キョン君。少し…いいかしら?」
 話題の人、朝倉涼子が部室に顔を見せたのだった。

「長門さんから話は聞いた?」
 いきなりそう切り出した朝倉に、俺は緊張しつつも頷いた。
「ああ。だが、禁則プログラムが云々のあたりは正直、理解できなかった」
 朝倉は苦笑してみせる。
「そうでしょうね。長門さん、説明するの下手だもん。つまりね、分かりやすく言うとこういうことよ、キョン君。
 …あ、実際に見せたほうが早いか」
 まさか。
「そ。そのまさかよ」
 言うなり、朝倉は微笑んで、いつかのように右手の爪を禍々しいほど長く伸ばした。
 そしてそのまま―――。
「ッ!?」
 一閃。
 俺と、ついでに後ろのパソコンを机ごとたたき斬るはずだったその斬撃はしかし、何も傷つけることなく全てを透過した。
「…え?」
「別に、ナイフでも同じよ。ほら」
 今度は同じく俺を殺そうとした際に使ったナイフを取り出し…いや、作り出し、机に突き立て―――られなかった。
 またしてもナイフの刃は机をすり抜ける。当然、引っこ抜いた後の机には傷一つない。
「どうなって…」
「まあ詳しい理屈は省くけど、要は私が行う全ての殺傷・破壊行為は『なかったこと』にされるわけ。だから、もう警戒しなくても大丈夫 よ?」
 ただただ唖然とするのみの俺に、朝倉は小さく付け加えた。
「…もっとも、今となっては殺そうなんて欠片も思ってないんだけどね」

 それからいつものようにSOS団の活動をし、下校時間になると団員は解散。
 とっとと帰ってしまったハルヒ以下団員たちを見送り、さて俺も帰るかと校門のところまで行くと、
「いっしょに帰ろうか、キョン君」
 朝倉が俺を待っていた。

 朝倉とは他愛もない話をしながら下校した。俺の態度がぎこちなくなるのは仕方がないことだと思って勘弁してほしい。
 何せ、相手は俺をトンデモ能力を駆使して殺そうとした宇宙人なんだ。いくら殺傷能力がなくなったとはいえ、警戒しちまうのは仕方ないことだと思うね。
そんなことを考えていると、ふいに朝倉がこんな話をしてきやがった。
「ところでさ、『吊り橋効果』って、知ってる?」
「知ってるが、それがどうかしたか?」
「だからさ…あぁもう、ホントにニブチンなんだから」
「この際だからはっきり言っておくが」
 俺は溜息混じりに言ってやることにした。
「お前、俺の中では印象最悪だぞ? それにあれは『2人にとっての極限状態』じゃないだろう。せいぜい『俺にとっての極限状態』だ」
「だからごめんなさいって。それに、意外と殺しにかかる方も普通の精神状態じゃいられないものなのよ?」
 そんなリアルすぎる感想はやめてくれ。冗談に聞こえない。
「んー、涼宮さんも変わったと思ったけど、あなたもだいぶ変わったわね。ツッコミが上達したような気がする」
 仕方ないだろう。俺がツッコまなかったら誰があの団長様の暴走を止めるんだ。
「ふふ、そうね。羨ましいな…楽しそうで」
「それはそうと、なんでいきなり『吊り橋効果』なんだ? お前、俺のこと好きなわけでもないだろうが」
 俺がそう言うと、朝倉は本気で驚いたような顔をした。やはり美人、驚いた顔もかわい…うぉっとぉ! ナシ! 今のナシ!!
「…まさか、キョン君。本気で言ってんの?」
 何がだ。
「…はぁ。予想外だったわ。まさかここまで天然だなんて」
 失礼な。誰が天然だ。
「言わないと分かんないかな、普通…。まぁいいわ」
そう言うと、朝倉はわずかに顔を赤らめ、告げた。

「好きよ、キョン君」

 


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