今日はやたらと、蝉がうるさい。よくわからないけど、俺はそう思っていた。梅雨も終わったばかりだというのに、陽気は既に真夏。帰ってすぐにでも風呂に入りたいくらいだ。
 高校生ってのは、思っていたよりも面倒な職業だ。最近になって、俺はそう思うようになってきた。
 朝は毎日決まった時間に起きなくちゃならないし、帰りだって早くても三時過ぎだとか、ほとんどリーマンと変わらない生活じゃないか。ついでに言えば、SOS団に加入させられている俺は、日が暮れかかる時間に帰ることになるのは、ザラだ。


(酷い生活だ……)


 朝には停めるところが無い駐輪場だが、この時間になると自転車の数も疎らになる。逆なら遅刻することも無いのに。世界ってのは理不尽に出来ているものだ。
 夕闇に霞む街を見上げた。オレンジ色に染まる世界は、まるで違う世界にいるようだった。


(いるんだけどな……違う世界を作れる奴がな)


 これでまた二人だけの世界になってたら笑える。いや、決して笑える状況では無いのだが。
 視線を駐輪場の出入口へと戻す。夕日が眩しくて、よく見えない。が、誰かがいるのはわかった。
 顔は見えない。服装は制服で、俺が見慣れたものだということがわかる。そして俺は見慣れていた。そのシルエットを。


「……何でいるんだよ」


 思わず溜息を吐いた。
 どうやら相手も俺に気付いたらしく、もたれかかっていたフェンスから背中を離し、叫んだ。


「今日行きたいところがあるのよっ!!」


「だから何だよ……」


 その言葉が何を意味するのかをわかっていたとしても、俺には訊き返す義務も権利もあると思うんだ。
 なぁ、ハルヒよ。

 

 

 


 " 涼宮ハルヒの放課 "

 

 

 


 蝉よりやかましい奴に出会ってしまった。本気でそう思う。


「昨日夕日が超綺麗なスポットを発見したのっ!!」


「……で?」


「今日も見に行こうと思うのよっ!!」


「……ほう」


「もう沈み始めてるじゃないっ!?」


「……ああ」


「送ってっ!!」


「だが断る」


 ハルヒの言葉を無視すると、自転車に跨る。そして、ペダルを踏み込む。
 

「……あん?」


 動かない。いや、正確には動いてる。けれど、それは重たさと謎の奇音を伴う動きだった。後輪を見てみる。


「乗っけてかないと、後輪に傘を突っ込むわよ……」


「もうやってるじゃないかっ!!」


 うわ、ビニール傘が見るも無残な姿になってる。というかほとんど真っ二つに近い。しかもビニール部分がチェーン付近まで絡まってやがる。


「お前は何がしたいんだっ!!」


「二本目行っとく?」


「……」


 これは脅しというヤツでは無いだろうか?
 しかしそんなことを言ったら、ハルヒのことだから法律まで改ざんされてしまうかもしれない。
 絡まったビニールを引っ張りながら、夕食までに帰れることを祈った。

 

「キョンっ! あの山よっ!!」


「って学校と真反対じゃないかよっ!!」


 数分後、ハルヒが目指しているという場所が見えてきた。いや、頂は遠い訳なのだが。
 この街は若干盆地上になっているので、学校も山の上だが街を突っ切った先も山なのだ。確かにこの山を登った先は学校よりも高いし、夕日もさぞ綺麗に見えることだろう。
 しかし、タイムリミットはとても近い。


「畜生っ……しっかり摑まってろっ!!」


「わぷっ……ちょっと! 女の子を乗せてるんだからデリケートに扱いなさいよっ!!」


「無茶っ……ゆーなっ……!!」
 口ではそう言うものの、ハルヒはしっかりと俺の腰に手を回してきた。もしや、これって結構レアなシーンじゃないのか?
 曲がりながらも、整った顔立ちの少女を後ろに乗せ、街中を自転車で疾走する。
 多分全国の中高生からすれば、かなり憧れるシチュエーションでは無いのだろうか?後悔はあるものの、少しばかり優越感もある。悪くない。


「ちょっと! スピード落ちてるわよっ!!」


「はいよっ……!!」


 これでもうちょい可愛げがあればな、と思うよ。毎日のようにな。
 日没まで、良いとこ10分も無いだろう。それを小さい街ながら端から端まで移動するというのは、かなり厳しい注文だと思うぞ。


「さあっ!! あの坂を登ったらもうゴールよっ!!」


「それって最後の難関って言うんじゃないのかっ!?」


 さらりと悪魔のような発言をする。それが涼宮ハルヒ。


「……」


 何で理解しちゃってるのであろうか。俺は。


 さて、着いた。
 頂上付近の路肩。木々が生い茂るその先を少し行った場所。
 一段低くなっている場所は上からも下からも見えにくく、そして街が一望出来るような場所だった。正直かなり危険な場所だと思うのだが、よっぽどのことが無ければ大丈夫だろう、と思う。
 にしても、綺麗な風景だ。吹き抜ける風も、汗ばんだ身体に癒しを与えてくれる。
 そして、目の前にいるハルヒはワナワナと震えている。


「どーした……あまりの感動に、言葉も出ないのか?」


「そう見えるなら、アンタの目は節穴でしょーね……」


 うん、そうだね。だって、今日のお日様は完全に帰っちゃったもんね。
 つまり、日没終了。


「どーしてくれんのよっ!?」


「元々間に合いそうに無かったんだから、良いじゃねぇか……」


 歩けば、間違い無く間に合わなかった。それを考えれば、仕方が無いことだと思う。


「アンタがもー少し気合を見せれば見れたでしょーがっ!!」


「ならもう少し俺を労われっ!!」


 信じられるか? 俺が必死で坂を漕いでるっていうのに、こいつは降りようともしないんだぜ?
 某ジブ●の"●をすませば"だって、某バイオリン職人見習いの少年が「乗せて行きたいんだっ!」って言っても某小説家見習いの少女は「ううんっ! 一緒に行きたいのっ!!」って降りて一緒に自転車を押したんだ。台詞は若干違う気がするけどな。
 そんなことより、そのくらいの可愛げがあっても、良いんじゃないかなって思う訳だよ。


「全く……どっかの無能のお陰で、無駄な時間を過ごしたわ」


 話聞けよ。そして労われよ。


「んなこた知るか……俺は帰るぞ」


 ハルヒを置いて林を抜け、路肩に停めてあった自転車に跨る。
 何が無駄な時間だ。俺の方が無駄な時間を過ごした気分だっての。


「……お前、何やってんだ?」


「二本目」


 それくらいは見てわかる。


「つーかどっから持ってきたんだ……」


「駐輪場の自転車にいっぱい挿してあったわよ?」


「……」


 ゴメン。知らなかったんだ。でもわかってくれ。ハルヒの傍若無人の振る舞いをさ。


「……送ってやるから乗れ。そして傘は明日戻しとけ」


「めんどいからここに置いてくわ」


 誰かこいつを止めろ。


 行きに苦労した分、帰りは楽なものだった。漕ぐ必要も無く、ただ体重移動だけで下山出来るのだから。


「キョン! もっとスピード出しなさいよっ!!」


「出ねーよ……」


 つーか危険過ぎる。二人乗りで坂を下るって行為からして。多分、朝比奈さん辺りなら即ゲームオーバーじゃないかと思う。
 小学生や中学生には、あまり真似して欲しくない行為だな。


「ねぇ……ちょっと前に、この状況に似た曲って無かった?」


「あー……あったな。そーいや……」


 何年か前の曲だった気がする。季節も同じで、確かに似たような感じだった。でも、イマイチ覚えてない。そもそろあまり好きな歌手でも無かったし、カラオケで誰かが歌ってるのを聴いたくらいだったような。


「どんな歌詞だったか?」


「えーと……確かねぇ……」


 ゆっくりと、そして風に流れるようにハルヒは歌い出す。俺の後ろで。俺の耳元で。とても澄んだ声で。ずっとお前がそうだったら良いのにな、と思わせるような綺麗な声で。
 俺は身を任せた。風と。季節と。蜩の声と。
 そして、ハルヒの声に。

 

 

 

 


   大きな五時半の夕焼け 子供の頃と同じように

 

 


   海も空も雲も僕等でもさえも 染めていくから

 

 


   この長い長い下り坂を 君を自転車の後ろに乗せて

 

 


   ブレーキいっぱい握り締めて ゆっくりゆっくり下ってく

 

 

 

 


「……とっくに五時半過ぎてるし、夕焼け終わってるし……スロットルも全開だから全然似てなくねぇか?」


「う、うるさいわね……あたしが似てるってゆーんだから似てるのっ!!」


 理不尽な奴め。
 そうやって笑ってる俺がいて、また笑えてきた。

 

 


「ハルヒ」

 

 


「……何よ?」

 

 


「明日は見に行こうぜ……一緒に」

 

 


「……ばか」

 

 


 明日こそ、曲の通りになると良い。そう思う。
 大変だけどな。

 

 

 

 

 

 


おわり


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