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「それでは開廷します。被告人は前へ」
俺がそう言うと、手錠をされている女は証人台の前に立った。
「検察官は起訴状の朗読をお願いします」
原告側の席に座っている女が立ち上がり、手に持っている紙の朗読し始めた。
「被告人は平成二十七年八月十日午後二時頃、西宮市在住の二十五歳男性を明確な殺意を持って殺害し――」
ああ……なんでこんなことになっちまったんだろうな。
こんなことになるとわかってたら勉強なんて真面目にやるんじゃなかった。

 

大学を受験するとき、俺はハルヒの猛レッスンを受け、絶望的だった地元の私立どころか、東京の国立に合格することができた。
このときは本当に奇跡だと思ったし、これからこれ以上の奇跡が起こることは無いだろうと思った。
しかし奇跡は終わらず、大学に入ってから俺の成績は伸び続け、卒業してからは就職をせずに法科大学院に入った。おそらくハルヒでもここまで成績はよくなかっただろう。
高校の頃の俺からは考えられないミラクルで司法試験にも合格し、とうとう裁判官にまでなってしまった。
そして今、全国のメディアの注目が集まる殺人事件の裁判を担当することになった。

その殺人事件の被害者というのが残念なことに、あの谷口なのだ。

この辺は後で説明しよう。

 


ここへ来て、俺は気絶しそうになった。
証人台の前に手錠をつけられて俺を見ているその女は見覚えのある顔だったし、検察官の女や被告の弁護士も見覚えがある。
平成二十一年から施行された裁判員制度によって、俺の横には一般人の中からランダムに選ばれた人間がいるが、その人間のうちの何人かも俺の知っている人間だった。
「被告人に訊ねます。先ほど検察官が朗読した起訴事実に間違いはありませんか?」
女は検察官の方を見て、つぎに俺の目を見て言った。
「いいえ。私は誰も殺してはいません」
何年も会わないうちに話し方が変わっていたが、それはおそらくここが法廷だからだろう。七年前のアイツでも法廷であの口調ということはないだろうな。
「弁護人、それについての意見は?」
「被告人と同意見です」
弁護人の顔には、昔のような笑みが無くなっていた。まあ、こんな状況じゃ笑えんな。
その後、弁護側と検察側の争いがあるのだが、長いので省略する。

「それでは被告人、元の席に戻りなさい。これより証拠調べの手続きに移ります。それでは検察官、冒頭陳述を行ってください」
検察官の女は立ち上がった。
「検察側が証拠により証明しようとしている事実は次の通りです。凶器と思われる花瓶は――」
あれ? 眼鏡掛けてるな。なんとかインターフェースでも視力は落ちるんだな。
まあ、今の長門には似合うが。
弁護人はさっきから俺のほうをちらちら見てくる。なんだ? 俺の顔がそんなに珍しいのか? 七年前には何回も顔をあわせたって言うのに。
かなり離れているのにもかかわらず、「顔が近い」と言いたくなるのは何故だろう。
「現場は被告の自宅から二百メートルの位置にあり、被害者は被告の中学時代からの同級生で――」
これはやはり被告、いや、ハルヒが望んだからか? なぜそんなことを望む?
「被害者は被告と一時期交際しており――」
古泉が弁護士になったという話は聞いたが、ハルヒの弁護人ということは、ハルヒが直接頼み込んだのか?
そこまでは納得できる。しかし、長門は? 長門はいつの間に検察官になったんだ?
ん? 長門も古泉も法科大学院を卒業して司法試験に合格したってことか?
三人とも合格なんて偶然か? 奇跡か? 必然か?
いや、ここにSOS団が揃っているのも奇跡か。
長門によるお経のような冒頭陳述は終了し、弁護側の冒頭陳述もあるのだが、これも長いので省略する。
検察側というか、長門は証拠調べの請求をした。
長門が取り出した証拠は、一冊の小説だった。
「この小説は被害者が五年前に執筆したものです。この本の内容は被害者が高校時代に経験した実話です。彼の同級生は皆これを被害者に貰っていて、それ以外の目的で出版されたものは一部もこの世には存在しません」
五年前にハルヒ達のいる大学で、同窓会のようなもの(厳密には同窓会ではないが)が開かれ、そこで配られたようだ。俺はその場に居合わせなかったため、後日、谷口によって宅配便で送られてきた。
あの谷口だからたいしたものではないだろうと甘く見ていたが、思った以上に文章力があって、かなりの厚さだったが一時間で読みきってしまった。
内容もそれなりに面白かった。主に、ハルヒによるSOS団の奇妙な活動が記されているのだが、ページをめくるたびにそのときの思い出が浮かぶ。
「発行された部数は同級生の数と同じ、つまり被害者はこれを一冊しか所持していませんでした。しかし現場にはこれが二冊存在していました」
絶望的だな。有罪確実だ。
「つまり犯人はこれを被害者から受け取った人間、被害者の同級生となります」
「意義あり」古泉が立ち上がった。「彼の同級生の中に一人、東京に移住したためにそれを受け取ることのできなかった人間がいます。それはその人物のものでは?」
ん? 谷口は俺に本を送ったことを他のヤツには言わなかったのか?
「これは殺人が起こった際に現場に置かれていったものです。この本には栞が閉じられていて、もう一方の本にも栞が閉じられていました。
それは、この二冊が別々の人間によって読まれていたということを証明しています」
しばらく会わない間に長門の口調が変わっているような気がする。この口調は法廷用か?
ハルヒは俯いたまま顔を上げず、表情はこちらからは見えない。
「先ほども申しました通り、犯行現場である被害者の自宅は被告の自宅から二百メートルの位置にあります。これは他のどの同級生よりも近く、犯行を行いやすい距離であると言えます」
人を殺しやすい距離ってなんだよ。二百メートルだと人を殺しやすいのか? 殺ろうと思えば何処でも殺れるぞ。
そう、東京に住んでたって、殺そうと思えば殺せる。
「被害者は被告とつい最近まで交際していて、犯行当日も被告が被害者の自宅へ入っていく姿が目撃されています」
絶望的だ。俺は判決を下すだけしかできない。この証拠に対して意義を出すこともできない。

 

じゃあ、無罪にすればいいじゃないかって?

 


それは残念だができない。

 


そしたら、真犯人の俺が捕まってしまうだろ?

俺はまだ捕まりたくはないんだ。

 


次に弁護側の請求に移った。
「この本は、被告のものです。ご覧ください。先ほど検察官が見せたものと同じものです。つまり、彼女の本は犯行現場ではなく、彼女の自宅にあったということを意味しています」
「意義あり」長門が立ち上がった。「弁護人が先ほど言われたとおり、同級生の中にその本を手にしていない人物が一人だけいます。それはその人物のものではないという証明ができない限り、彼女のものという証明にはなりません」
そんな証明できるはずない。
結局、弁護側が墓穴を掘って請求は終わった。
次に証人尋問に移った。
証人を見て、また俺は気絶しそうになった。
「はい。確かに彼女が谷口の家に入っていくのを目撃しました」
国木田、なんでお前は証人台の前にいるんだ?
「そのときの時間はわかりますか?」
文章で書くと長門らしくないが、かなりの棒読みだ。
「午後二時……十五分くらいです」
「午後二時十五分で間違いありませんか?」
「はい」
と、どんどん尋問を進めていく。ハルヒはどんどん不利になる。俺はどんどん有利になる。
次に被告人質問となる。
「事件当日、月曜のスケジュールをすべて教えてください」と古泉がハルヒに質問する。
「午前七時に出勤、午後七時帰宅。それだけです」
「つまり、被告はその時間帯、現場にいることはできないんです」
弁護側がアリバイを証明。ちなみに俺は「アリバイ」が英語だということをつい最近になって知った。
「仕事の休み時間は何時から何時までですか?」
今度は検察側の質問だ。
「二時から……三時までです」
「これで被告のアリバイは完全に崩れました」
ハルヒが不利になればなるほど、俺へ疑いがかかる可能性は少なくなる。

全員が、俺があの本を手にしていないと思い込んでいるようだ。俺にとって非常に都合がよい。
このまま、俺がハルヒに対して有罪判決を下せば、誰も俺を疑うことはない。

この日はこれで閉廷した。
弁護側も検察側も、次の裁判までに自分達に有利な証拠を探すということだ。

 

俺が谷口を殺したのは月曜日のことだった。
久しぶりに地元へ戻り、真っ先に谷口の家に向かったのだ。
理由? 貰った本の礼を言うためさ。
「まさかお前が東大に行くなんてな。賭けなくてよかったぜ」
「お前が作家になったのも意外だな。ウチに本が贈られてきたときは驚いたぞ」
俺はその本を片手に持って、ソファに座った。
「そういえば、ハルヒはどうしてる?」
「ん? お前メールしてないのか?」
「ああ、忙しくてな」
「お前が東京行ってからすぐに、俺と付き合ったよ」
谷口の言っていることが、一瞬理解できなかった。
「それは冗談か?」
「いや、本当だ。つい最近まで付き合ってた」
「別れた原因は?」
「我侭で唯我独尊な女はついていけないって言って振ったんだよ」
「ほう」
気がつくと、俺は手元にあった花瓶で谷口を殴り殺していた。
足元にはうつ伏せに倒れている同級生。フローリングは血で紅く染まっていった。
そのときの俺は、けっこう落ち着いていた。
ソファの上に置いたバッグを持ち、すべての指紋をふき取り、谷口の家を出た。
深夜だったので、誰もいない。目撃者なんていない。
完全犯罪は簡単だ。
問題はあの本を谷口の家に忘れたことだ。しかし、俺がその本を持っていることを知っている唯一の人間はたった今死んだので、完全犯罪に変わりはない。
ただひとつ、わからないことがあった。
俺はなんで谷口を殺したんだ?

 


「なんでこんなことになってしまったんでしょうか」
「さあな。犯人に聞いてくれ」
ある日、古泉がウチに訪ねに来た。はるばるご苦労さん。
このとき、相手にしなければ、俺の完全犯罪は崩れることはなかった。
そう、俺の完全犯罪はここから崩れていった。

 

中編 ~「証拠が無きゃ、作りゃいいのよ!」~

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