いつもの朝、俺は誰にも起こされることもなく爽やかに起床した。妹が来るのはあと5分後だ。
たまには驚かしてやるか。頭から再び布団に潜り込み妹を待った。
「キョンくん! 朝だよ~……うわぁ!」
妹が飛び付いてくるタイミングを見計らって布団から飛び起きた! ……誰だ?
「もう! 驚かせないでよ、そして自分の妹の名前も忘れたの?」
「いや、名前はしっかりと把握しているが……」
「おかーさんがご飯作ってるから早く降りて来てよ!」
そう言うと妹(?)はドタバタと階段を降りて行った。
なぜ俺が妹に疑問形を付けているのか。それはだな……。
中身はまるで変わりゃしないが外見が高校生だったからだ。

 


とりあえずこんな時はまず電話をするべきだ。長門、長門……っと。
あれ、おかしいぞ。アドレス帳に長門の名前がない。間違って消したか?
それなら古泉だ。長門の番号は覚えているがワンタッチで済む分だけ古泉のほうが早いからな。
『もしもし。そろそろかけて来る頃だと思いましたよ。今、あなたの家の外にいますから降りてきてください』
さすがは古泉だ。頼んでもないのに頼りになる。これだけあいつが動くってことはハルヒ絡みなんだな。……やれやれ。
俺は電話を切り、制服に着替えて外に出た。すると目の前に爽やかスマイル野郎が立っている。
「単刀直入に言いましょう」
随分と急いでるな。
「それだけの緊急事態というわけですよ。……この世界は変わりました」
「……なるほど。急ぐわけだ。説明しろ。どんな理由から妹が高校生になるような世界に書き変わったんだ?」
「……そうですか。やはりアレが原因ですね。昨日の部室の出来ごとを振り返ってください」
なんなんだ? 昨日の部室か……。

 


「キョン、あんたちょっとカバンの中を見せなさい」
俺が古泉と囲碁をしていると本当に唐突にハルヒはそんなことを言い出した。
「断る。なぜお前にカバンを見せなければならん」
「いいから貸しなさい!」
カバンを守ろうとした俺の手より僅かに早くハルヒの手がかっさらって行った。
マズい、カバンの中にはアレが……。
「休み時間に谷口とコソコソとしてたから気になったのよ。どれどれ……」
ハルヒはそれを見ると一瞬固まり、ゆっくりと引き出した。
「言っておくが無理矢理入れられたんだ。『お前はもう少し恋愛をわかった方がいい』とか言われてな」
ハルヒの手に掴まれているもの。それはいわゆる『ギャルゲー』と呼ばれる物だ。
谷口に無理矢理入れられたって言ってるだろ。みんな、そんな目で見るな。
「……没収。あたし今日は帰るわ。あんたのバカっぷりに疲れたから」
ちょっと待てと言おうとした俺より先にハルヒは部室から出て行った。
残念ながら谷口、お前のゲームは無事には帰らないだろう。
そしてお前ら、俺をそんな目で見ないでくれ……。

 


って感じだったよな。まさか……。
「そのまさかですよ。彼女は帰ってあのゲームをやった。そしてそれに限りなく近くなるように世界を改変した」
どんな単純バカだ。やったゲームに影響されてその主人公になりたいと思ってるガキと一緒だな、あいつは。
「だから僕達、男性陣には影響は無いんです。あなたの妹さんが妹キャラ、他のあなたに親しい女性の方々も属性に応じて変わっていることでしょう」
大変なことになりそうだな。解決方法は?
「僕は何も出来ません。今回ばかりは全てあなたが解決しなければなりません。方法もわからないですから」
またえらく投げやりだな。主人公の悪友役はお前じゃないのか?
「残念ながら僕では無いのですよ。しばらくすればわかります。それでは僕は機関に顔を出さなければならないので」
古泉は新川さんの運転する車に乗って帰って行った。……ギャルゲーの世界か。
俺が妹に優しくしたら妹フラグが立つってのか? 試してみる価値はあるな。わが妹ながらなかなかかわいかったからな。
所詮はハルヒの作った夢世界。しばらくすれば長門が解決するか、古泉が解決方法を見つけるかするだろう。
それまではゲームの主人公という立場を楽しむのも悪くない。
妹に優しくしてみよう。あいつに『お兄ちゃん』と呼んでもらえるチャンスかもしれん。
家の中に戻り、食卓についた。……なるほど、ゲームっぽくベタだ。
妹は頬にジャムを付けながらパンを囓っていた。
多分、ゲームならこんな感じの選択肢が出るはずだ。
1、取ってあげる
2、放っておく
3、鏡を見せる
ここは1を選択するべきだな。……っておい、普通に生活しろよ、俺。
俺は黙って妹の頬をティッシュで拭ってやった。よく見るとあちこち制服もおかしい。襟が曲がっていたり、シャツが出ていたり。
それを全て直してやった。
「あ、ごめんねキョンくん。ありがと……優しいね!」
妹は俺の妹とは思えないほど可愛く微笑んだ。これはいかん。将来、谷口を家に呼ぶことだけはしないでおこう。
「キョンくん、せっかく早起きしたんだからたまには早く学校に行こうよ!」
「あぁ、そうだな」
「決まりだね! カバン持ってきてあげるから早くご飯食べてね!」
妹は素早く立ち上がると階段を駆け上がっていった。
妹と登校か……。この世界だからこそ出来る芸当だよな。
そう思い、パンを水で一気に流し込んだ。

 


妹と並んでハイキングコースを歩く。どうせ世界を変えるならこの坂も無くしてしまえばよかったのに。
「キョンくん、カバン持ってぇ……」
妹は……弱かった。坂道を歩いて登れないくらいにフラフラになっている。
元の世界に戻ったら少し体力トレーニングをさせようと思う。
カバンを持ってやり、上を見て坂を登り始めるとラスボスを見つけた。
あのカチューシャに、背格好。間違いなく涼宮ハルヒだ。そうだな、声をかけてみるか。
どうせ、間違いなくただのツンデレキャラだろうけどな。おーい、ハルヒ……うおわっ!
振り向きざま逆水平チョップか。少し高さが違えば失明だぞ。
「おはよう、キョン。だけどね……いつから呼び捨てを許可したかしら?」
おいおい……なんだ、この主従関係。こいつはこんな関係を望んでいたのか?
「親しき仲にも礼儀あり、よ。ちゃんと年上ってことを考慮して呼び捨てはやめなさい」
はいは…ちょっと待て、今こいつはなんて言った?
「いつも通りの『ハル姉』なら許したげるわ」
…年上? ハルヒが? 嘘だろ? ツンデレ姉キャラですか。欲張りめ。
「あ~、ハルにゃんだぁ! おはよ~!」
遅れて登って来た妹がハルヒを見て嬉しそうな表情を見せた。
「あら、妹ちゃん。キョンと一緒に登校してきたの? カバン、持ってもらってるわね……」
ハルヒの目がキラリと光った。マズい、この展開は……。
100Wの笑顔を発動させつつ、俺を指差しながらハルヒは大声で言い放った。
「あたしのも持って行きなさい!」
主従関係っつーかパシりじゃねーか……。
「返事は!?」
俺は口から出る長い溜息を終わらせるとハルヒのカバンを奪いつつ返事をした。
「了解だ、ハル姉様」
やれやれ、この世界が終わるまでに俺が過労死しなけりゃいいけどな。

 


三人分のカバンを持ったまま坂を登り終え、一息ついた所でハルヒはカバンを奪い去った。
「ご苦労さま。それじゃあね、授業中に寝たら死刑だから」
言い方が少し丸くなってはいるが、セリフはハルヒそのままである。
「キョンくんありがと~。またおうちでね!」
妹はハルヒを追うように走って行った。さて、俺も行くか……いてててっ!
手首を合気道のような力で捻りあげられた。……なぜ!?
「ちょいとキョンくんっ。いくらあたしと知り合いだからってその格好じゃ門を通せないなあっ!」
長い髪の毛に軽快な口調。間違ない、鶴屋さんだ。しかし一つだけ違う。
腕に付く腕章には『風紀委員長』と書いてあった。
「シャツ、ネクタイっ! 今月3回目にょろよっ! ……反省文室行きだねっ。放課後にあたしのクラスまで来るにょろっ」
鶴屋さんは俺の背中をトンッと押すと、俺の後ろから来る生徒を同じように掴まえていた。……谷口か。
気を取り直して靴箱へと歩き始めた。反省文室ってなんなんだ? くそぅ……しかしサボれないな、鶴屋さん相手だし。
この世界は楽しいことばかりかと思ったが全然違うじゃねーか。さっさと元の世界に戻りたいぜ。
なんてことを考えながら靴を取ろうとすると手が女の人に当たった。
あ、すまん……朝比奈さん?
「あ、ごめんなさいっ! あの……キョンくん、でいいのかな? 同じクラスになった…」
同じクラス? あぁ、ハルヒパワーのせいか。朝比奈さんと同じクラスなんてハルヒに感謝だ。
一日中、目の保養が出来るぜ。
「はい、その通りですよ」
「あの……えっと、敬語は使わなくていいですよ?」
つい癖で出てしまうよな。これからしばらくは直さなくちゃいかん。
ハルヒはハル姉、朝比奈さんには敬語を使わない…。
「あ、いけない! 週番でした…キョンくん、先に行ってます!」
あ、そんなに走ると……やっぱりコケた。
朝比奈さんは振り向いて照れくさそうに微笑んでまた走って行った。
……最高のクラスメートだよな。
しかし自分のクラスまで変わってなくてよかった。そんな物が変わってたら俺はどこに行きゃいいかわからなかったからな。
フラフラとゆっくり自分の教室に向かっていると、後ろからゾンビの気配を感じた。……って谷口か。
「こってりと搾られた……。今月3回目だから職員室行きだとよ……はぁ」
3回目? 俺と一緒なのに職員室行きと反省文室行きの違いか……黙っておこう。
「そうか、そりゃ気の毒だったな」
「鶴屋さんに触ってもらえるからって何回もだらけた服装で行くんじゃなかったぁ!」
……自業自得だろ。

 


教室に入ると余計な物がたくさん見えてきた。まずはこいつだ。
「みんな早く席に着いて! 今週はチャイム着席強化週間だから!」
これでもかと言うくらい委員長をこなす朝倉。まぁ、長門が何もしないってことは平気なんだろう。
そして「おはようございます」と言って、何か不思議な感じのまなざしを向けてくる喜緑さん。あなたもハルヒのせいで落第ですか。
そして……。
「…………」
俺の後ろの席。席替えで窓際最後列になり、ひたすら本を読み続ける長門。
見事に固めたな、ハルヒの奴。これでこのクラスには宇宙人が3人、未来人が1人、そして…超能力者もだ。
「何故か僕もこのクラスになっていましてね。9組に行った時は恥をかきましたよ」
もうどうでもいい、好きにしてくれ。ただ席が気になるけどな。
後ろが長門。前が朝倉。右が朝比奈さん。右後ろが喜緑さん。右前が古泉だ。
どうだ、なにかおこりそうだろう? どうにか早く元の世界に戻れないのか、長門。
「……?」
首を傾げる長門。まさかこいつの能力も消えてるのか?
「…近い。恥ずかしい」
あー、見事にあの時と同じ何の能力もない長門だ。しかも少し感情が増えてるバージョンの。
「こーら、キョンくん。長門さんの読書の邪魔しちゃダメ! 前を向いて先生を待ってなさい」
はいはい、わかりましたよ朝倉委員長。ナイフで刺されたくないから言うこと聞きますよ。
「ナイフって何のこと? 夜更かしばっかりするから夢と現実が混ざっちゃうのよ」
朝倉は諦めたように前を向いた。まさに夢であるとは思ってないんだろうな。

 


そこからは普通に授業をこなした。朝比奈さんの落とした消しゴムを拾う回数が異常に多かった以外は普通だ。
その度に手が触れたりして少しうれしかったけどな。
そして昼休み、午後の授業を経て今に至る……っと。
そういえば鶴屋さんのクラスに呼び出しを食らったんだったか? とりあえず行っておくか。
スタスタと校舎内を歩き、鶴屋さんの教室へと向かった。おーい、鶴屋さーん。
「うん、ちゃんと来たねっ! エラいエラい」
で、何処に連れて行く気ですか? 手が痛いから引っ張らないでください。
そのまま一直線に屋上へ連れて行かれた。
「さぁ、この気持ちいい風と陽射の中で一枚反省文を書くにょろっ! 終わるまで見てるからねっ」
反省文室ってのは屋上ですか。まぁ、谷口のように職員室で岡部に見られながら反省文よりかは遥かにマシだよな。
カバンを机代わりにして、俺はペンを持った。なんとなく手が動く。
これも屋上効果か? 鶴屋さん様様だな。
「けっこう真面目に書いてるんだねっ。……もうちょっとゆっくりでいいにょろよ」
「そうは言っても鶴屋さんが屋上に連れてきてくれたお陰でペンが進むんですよ」
鶴屋さんはまだ書きかけの俺の反省文を黙って奪った。
「ちょっと休憩するっさ! あんまり時間取らなかったら反省にならないからねっ!」
な…早く終わらせて帰ろうと思ってた俺の気持ちわどうなるんだ。畜生、無駄だったのかよ。
「ん~、風が気持ちいいにょろっ!」
風になびいている長い髪がとても綺麗に輝いている。まるで…あぁ。そういうことか、なるほどな。
これは本来なら一枚絵ゲットのイベントなんだな。だからこんなに目の引きつけられる姿になっているんだ。
さすがはハルヒだ。一日で見事にギャルゲーを理解したみたいだ。
「さ、続きを書くっさ! あたしもちょろんと用事があるから早くねっ」
イエッサー。俺も帰りたいんで早く終わらせるつもりだ。超特急で書いてやる。

 


言葉通りに素早く終わらせ、鶴屋さんにO.K.をもらった帰り道。俺は何故かハルヒと歩いていた。…たまたま会ったんだよ。門の前で。
「あんたと二人で帰るのって久し振りねー」
「そうだな」
「昔はあんなに可愛かったのに今じゃこれだもん。本当なら死刑よ」
いつお前が俺の昔を知ったんだよ! なんて言えやしない。今のハルヒは姉ちゃん的存在だ。
きっと記憶を捏造して俺との昔の記憶を作ったんだろう。…この世界の昔の俺、同情するぜ。
「今のあんたはカッコいいけどね……」
「ん? なんか言ったか?」
「何も言ってないわよ! 早く帰りましょ!」
ハルヒは俺にカバンを持たせると早足で前に歩いて行った。ところで……。
「ハル姉の家ってどこだ?」
拳骨一閃。痛い、痛すぎる。クリーンヒットしたぞ。
「あんたね、冗談でもそんなつまらないこと言わないわよ。0点ね」
いや、本気だが。
「自分のお隣さんの家も分からないの?」
歩きから自転車へと移動手段を移行させていた俺とハルヒ。目の前には自宅があり、一件隣り奥を見てみた。
『涼宮』。表札にそう書いてあるじゃないか。…半分はわかってはいたさ。信じたくないだけで。
「それじゃ、また明日ね。迎えに来たげるから」
来なくていい……なんて言ったら殴られるか。
ハルヒに手を振り、家の中に入ると妹が抱き付いて来た。……高校生パワーの妹が。
「キョンくん、お帰り! 遊ぼう?」
あーはいはい。後でな。お前もいい歳なんだから抱き付いて来るな。
「いーじゃん、別に。だってほら、わたしはキョンくんが……ね?」
なぜそこで顔を赤くする。ともかく、晩メシまで寝るから後で起こしにこい。
後ろでふくれる妹を置き去りに、俺は自分の部屋へと駆け込んだ。
ふぅ、やはりここが一番落ち着くな。おやすみ……。
プルルル……プルルル……。
誰だ。人によっては無視するぞ。
ディスプレイを覗きこむと、朝から確認したが登録されていなかった番号があった。
長門か。珍しいな。
「…………」
どうしたんだよ、黙り込んで。用があるんじゃないのか?
「別に」
「お前が用も無しに連絡するなんて珍しいな」
長門は電話の向こうでしばらく黙った後、か細い声を出した。
「あなたが『一人暮らしは寂しいだろうから、いつでも話し相手くらいにはなってやるからかけてこい』と言った」
あれ、俺そんなこと言ったか? 思い出せん。
「……ごめんなさい。彼女でもないのに迷惑だった」
「ちょ…待て。長門!」
切れた……。かけ直すべきだよな。
すぐに今かかって来た番号へとかけ直した。
長門と普通の会話が出来る。それだけでかけ直す理由には十分だ。
「……なに」
「全然迷惑じゃない。むしろたくさん話そうぜ」
「……そう」
そして長門と何分くらい話しただろうか。本物の長門じゃないってわかっててもうれしいもんだよな。
「キョンくーん! ごっはんっだよー!」
電話中だ。しばらくしたら行くから。
「……いい。楽しかった。また明日」
切れた。…やれやれ。わかったよ。さっさと飯を食えばいいんだろう?
「そーだよっ! そしてわたしと遊んでくれる約束じゃん!」
結局、俺は休憩は取れないんだな。
長門もハルヒに毒された今、頼りになるのは古泉だけか。
……本当に頼んだぞ。この生活は疲れすぎる。ちゃんと戻れたら…そうだな、飯くらい奢ってやるから。
俺は心からそう思い、妹と食事を取るために階段を降りた。

 


 翌朝、自分で目を覚ました俺は妹の攻撃を回避したということになるだろうな。
 たまには俺が起こしに行ってみる……か……。
「…………ふふ」
 これは何かの間違いだろうか? 隣りに人が寝ている。……しかも下着で。
 これは説明を求める必要があるな。……ハル姉。
「昨日は獣みたいだったわよ、キョン」
 ま、まさか……いや。記憶にない。そんなはずがあるわけないだろう。
 しかしハルヒの力で強引にというのもある。ヤバい、これは非常にやば……。
「いびきがね。あたしがあんたの横に入っても気付かないで寝たまんまなんだもん。ちょっとした仕返しよ」
 ……出てけ。
「え? 何言ってんのよ。だから冗談だってば」
 お前が出て行かないなら俺が出る。しばらくそこにいやがれ。
「いや、だ、だから冗談だってば……」
 俺はさっさと制服に着替えて飯も食わずに外に出た。
 非常に不愉快だ。本気で間違いを冒したかと思った。
 いくらハルヒの世界だからとは言え、そんなことをしたら間違いなく俺は自己嫌悪で寝込んだな。

 ともかくだ。あんな真似をされるのが俺は一番嫌いだ。謝るまでは許してやらん。
 そう思ったまま一日を過ごしたが、ハルヒは謝りに来なかった。
 少し寂しいが、あいつがそれでいいならいいだろう。
 どうせ俺には関係の無いことだ。
 ……この考えが間違っていた。あくまでも当事者は俺なんだよ。ついでに古泉も。
 まさかこんな形を取って来るとは思わなかったぜ。


 ところでだ、一つ質問をさせてもらう。
 ゲームと現実の違いはなんだ? ……そう、『やり直しが利く』って所だ。
 人間の人生は一度きり。だからこそ面白くもある。
 しかし誰にだってやり直したいことはあるだろ? ゲームの世界ならそれが出来てしまう。
 ここまで言えばわかるよな。そう、ハルヒの奴はリセットボタンを押したんだ。
 おかげでまったく同じ一日目や二日目を体験し、出会い方までまったく一緒だ。
 どうなってるんだよ、古泉。
「いやはや参りましたね。まさかリセットボタンを押して来るとは思いませんでした」
「いやはやじゃねえ。これってエンドレスなんじゃないか? ハルヒが気に入らなくなる度に書き替えるんなら」
 古泉は溜息をついて俺の肩に手を置いた。
「仕方がありません。僕があなたの攻略本代わりになりますよ。本当ならあなたが自分で気付くのが一番いいんですけどね」
 俺に何を気付けと言うんだ。
「ふふふ……とりあえず僕が言えるのはただ一つです。かりそめで良いですから涼宮さんと付き合えるように生活してください」
 かりそめなんて無理だ。そんな気持ちを俺は持つ気は無い。

「ならば本心で構いません。あなたの好きな人と付き合えるようにアプローチしてください。涼宮さんを選ぶなら間違いなく帰れますが、他の人でもあるいは……」
 わかったよ。どーせゲームのような世界だ。しっかりとアプローチしてみるさ。
 とりあえずその場を離れた。本心での好きな奴、か。
 なんだかんだでハルヒが気になるんだよな……。


「さぁ帰るわよ!」
 ちょくちょく仲良くし始めた辺りから、俺はハルヒと毎日一緒に下校していた。
 今日も同じようにだ。現実はこう甘くはないんだろうけどな。
 もし元の世界に戻ったら日付はいつからなんだ? それとも普通に時間が流れてて俺と古泉だけが寝てたとかになるのか?
 まぁそんなもん考えてもしょうがないか。とりあえずは古泉の言う通り、誰かと付き合えるようにアプローチするだけだ。
「ね、ねぇキョン。ちゃんと聞いてた?」
 ん、あぁ。ごめんハル姉。ボーッとしてた。
「だからさ、昔みたいに一緒に寝よっか?」
「はい?」
「一緒の布団で寝たいかなって……い、嫌ならいいわよ! ただ懐かしい思い出に浸ろうと思っただけなんだから!」
 俺は恋愛なんてしたこと無いが……これが『フラグ』ってやつか? いや、まだ油断してはダメだ。
 一応ここはO.K.を出しておいて、きちんとタイミングを見計らってその先、つまり告白をするべきだな。
「しょうがないな。別に構わないぞ。俺も懐かしい思い出に浸りたい気分になったからな」
「じゃあ決まりね! 帰ったら枕だけ持ってあんたの家に行くから」
 ハルヒは俺を置き去りに走り去った。部屋を荒らされたく無かったら俺も走って帰れってことか。やれやれ。

 しかし、あいつのあんなに喜んだ顔は初めて見たな。あんな顔して笑うのか。
 元の世界に戻ったら少し喜ばせてみるか。……なんてな。


 真っ暗な部屋に女と二人って緊張するな。それがどれだけ近い相手だとしてもだ。
「ふふふ、懐かしいわね」
「あぁ、懐かしいな」
 ドキドキでそれどころでは無いが言っておく。ハルヒと一緒に寝た記憶なんか俺には一切ないからな。
「ねぇキョン。こっち向いて」
 そりゃ無理だ。恥ずかしい。
「向きなさい」
 だから無理だと言っている。
「向け!」
 やれやれ。そんなに大きな声を出すんじゃねーよ。
 俺はイヤイヤながらハルヒの方に顔を向けた。うお、近い。
「ふふふ。いい子ね、キョン」
 いい子って歳でもないが黙っておくか。ハルヒの俺の頭を撫でる手が気持ちいいからな。
「あたしドキドキしてるかも。だってあんたの顔がこんなに近いんだもん」
 暗闇の中で確認し辛いが、ハルヒの顔は赤みを帯びているような気がする。
 しかし……なんだ。限界だ。告白していいか?
 顔が近すぎて平常心を無くしそうだ。まだ早いのか? えぇい、わからん。どうせなら谷口に攻略法でも聞いておくんだった。
「あたしね、本当は言いたいことがあったのよ」
「なんだよ。はっきり言えよ。ハル姉らしくないな」
 ハルヒはほんの少し『溜め』を作った。そして口を開いた。
「好きよ。キョン」
 あぁ、そうか。だからこいつは寝る前なのに髪をポニーテールにして来たのか。


 気がつくと俺は一人でベッドに寝転がっていた。
「キョンくん起きて~! あれ、起きてる……」

 そして響いてくる妹の声は幼くて、身長もだいぶ縮んでいる。戻ってきたのか。
「わたし、シャミ連れて先に下に行ってるからすぐに来てね!」
 妹はそう言って変な歌を歌いながら階段を降りて行った。
 あんな中途半端でハルヒは満足したのか。俺は確実にO.K.を出すつもりだった。
 『向こうの世界』では俺達は愛し合っていて、幸せになれるはずだった。
 ならば何故、あいつはこの世界に戻したんだ?
 今の俺なら簡単に答えが出せる。そう、あいつはただ俺に告白をしたいが為に『あっちの世界』に連れて行ったんだ。
 素直じゃないあいつだからな。こっちの世界で俺に告白なんて死んでも出来なかったんだよ。
 自慢してるつもりも無いし、古泉みたいにハルヒのことを解るわけでもない。
 つまりあれだ。極端に言うと『都合のいい妄想』ってやつだ。
 まぁ妄想だろうが暴走だろうが知ったこっちゃ無い。今やりたいことは一つだ。
 俺は携帯を開いて電話をかけた。
「こんな朝早くに何よ。内容次第じゃ罰ゲームだからね?」
「屋上と中庭、どっちが好きだ?」
「意味わかんない。どっちかと言うと屋上よ。それがどうしたのよ?」
「50分以内に来い」
 電話を切り、学校へ行く支度を終えて俺は家を出た。飛ばせば間に合うはずだ。
 何をするのかって? やり残したことをするだけだ。


「50分以内とか無理矢理ね! 何をするのか教えてもらおうじゃない!」
 ハルヒは屋上に見事に50分以内に来やがった。こいつの運動能力はどうなってるんだ。
「まぁいい。ほら、寝ろ」
 俺はその場にカバンを枕にして寝転がり、ハルヒの為に腕を横に伸ばした。
 そうだ。さっきの続きをするんだよ。文句あるか?

「な、なによ唐突に。あたしは神聖なSOS団の団長よ。そ、そんなこと簡単にさせてあげると思ってんの? ま、まぁ、あんたがどうしてもって……」
「どうしてもだ」
 ハルヒはなんというか遠慮がちに俺の腕に頭を乗せた。さて、これからが本番だ。
「今日はもちろん話があるから呼んだわけだ」
「……何よ。改まって」
 俺はそんなに改まってるか? まぁいい。人生初の告白と言うものをさせてもらおう。
「好きだ。ハルヒ」
 飾らない言葉ってのが一番効果があると俺は思っている。だからこんなに味気無い告白をした。
「へぇ。偶然ね。あたしもよ」
 そんな平然としてるフリなんかするなよ。顔真っ赤なくせに。でもって口許が緩んでるぞ。
「う、うるさいわね。そんなこと無いわよ!」
 向こうで見たハルヒの本当に嬉しそうな顔がそこにはあった。
 喜んでもらえたなら何よりだ。
「……で、こっからどうすんのよ。告白して終わり?」
 どうすんのってなんだよ。俺はこれで幸せだ。
「あたしはまだ満足じゃないわ。あたしを喜ばせてよ」
 こいつは何を言ってやがる。とりあえず青春真っ直中の俺の妄想からすると、女を喜ばせるってのは……それは無いよな。
 ならばアレの次に喜ぶっつったらこれか?
 俺は横を向いて、ちょんとハルヒの唇に俺の唇を触れさせた。
「一応学校だしこれで許してくれ」
 また顔が赤いってのは黙っててやろう。
「うん、幸せよ。バカキョン」
 やけに素直だな。まぁいいか、幸せだって言ってるんだし。
 ただ一つ。決まったことがあるな。
「幸せ……」
 隣りで目を瞑ったこいつの為に今日の授業は完全にサボりだってことだ。


おわり


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