三月末。
桜がどうのこうのという話をニュースはしているから今が春というのは言うまでもないけど。
まだ寒いかな。うん、私にはまだ寒い。だって、寒いんだもん。
そんな風に心の中で私は愚痴りながら町を歩いている。
男装用のウィッグを外して、元ある姿の私として。
言ってしまえば、男の国木田ではなく、女の国木田として歩いている。
ズボンになれたせいか、いつもの数倍もの寒さを私は感じている。
ただミニスカートではない。あまり好きじゃないから穿かないの。
それにしても寒い。結構厚手のロングスカートを穿いているんだけどなぁ。
「くすっ」
ふと、私はある事を思い出して笑った。あの谷口が私をナンパしてきたことだ。
ウィッグの髪型と今の黒髪のロングだとだいぶ印象が違うみたいで彼は私が国木田だと気付いてなかったみたい。
もちろん丁重に断った。私なりにアドバイスをしてね。人が良い、って彼を知ってる人に話したら言われるかもしれない。
けど、そうじゃない。彼がナンパする女の子というのは可愛いという証にはなる。
そういうわけでちょっと嬉しかった。
もしも、キョンに誘われたら最高なのに。なんて事を思いながら空を見る。
物凄く真っ青な空だった。どこまでもどこまでも蒼い穹。
そこに彼の顔が浮かぶ。それで前を見なかったせいだろう。何かにぶつかった。
「きゃっ」
ぶつかった布越しに解る人の温もり。誰かにぶつかったと尻餅付きながら理解した。
「あ、すいません。大丈夫ですか?」
「いえいえ、こちらこそ上を見上げていたもので・・・」
謝りながらその人の顔を見て私は思わず絶句した。
キョンだったからだ。頭の中が急速に真っ白へとなっていく。
私はずっと地面にぺったんこと座ったまま顔を凝視していた。
「俺の顔に何か?」
「い、いえ、別に!」
言われて慌てて我に返る。さっきから恥ずかしい。あ~、恥ずかしい。
「そうですか・・・立てます?」
そう言って差し出してくれる手を、私はそっと握った。
暖かい手だった。本当にぬくもり溢れる。
それに引っ張られて私は立ち上がる。私は思わず
「ありがとう、キョン」
と言ってしまった。すらりと凄く自然に。
「あれ・・・俺の名前・・・」
しまったと思っても手遅れ。口から一度出た言葉は戻る事は無い。
あぁ、人生一生の不覚だった。顔が熱い。火が出そうだった。
ばれてないか?ばれてないよね?うん、だってキョンって鈍感だもん。
それに男国木田の時にはシークレットブーツ履いてるけど今は履いてないから今は小さい。
そうだ。女装はどうあれ身長を変える事なんて出来やしない。うん、ごまかしちゃえ。
「え、えぇ。私、国木田の従姉妹なんです。今、こっちに泊まりに来てて・・・」
か、簡単すぎるかな。嘘として簡単すぎるかな。大丈夫かな!?
内心ビクビクとしながら返答を待つ。そして、キョンが口を開いた。
「あぁ~道理で似てると思いましたよ」
・・・簡単に騙されてる。
「よく言われます。男装すると特に」
男装するとも何もキョンが言うその国木田は男装した私だけどね。
「つまりは、あいつが女装したらこんな感じになるっていう事か・・・ふぅん、可愛いな」
可愛い。今、可愛いって言った!?
顔から蒸気が上がるかと思うぐらいその言葉で顔が熱くなっているのが自分でも解る。
「あ、ありがとうございます」
「また無意識に言葉に出てましたか。すいません」
そう言って苦々しく笑う。と、突然私の手を握ってきた。ちょっとだけドキッとする。
「血が出てますね」
「え?」
つかまれた手を見るとすりむいて血が出ていた。
「これぐらい大丈夫ですよ」
「そうもいかないですよ。俺が注意しとけば怪我を回避できたんですから。公園行きましょう」
キョンに誘われるがままに私は近場の公園に入った。
そこにある水道で傷口を洗う。そして、ハンカチで水分をふき取る。
彼は財布を取り出すとそこから絆創膏を取り出した。なんで持ってるんだろう。
・・・多分、涼宮さん絡みだろうとは思うけどね。大変そうだもん。
きっと怪我なんて多々あるんだろうな。あれだけ元気だから。
「それに何もしないよりかはマシだと思いますよ」
ペタッ。
そんな感触と共に手に絆創膏が張られた。
「ありがとうございます」
絆創膏を見ると東京ディスティニーランドのキャラクターの絵が印刷されていた。
「ディスティニーランド好きなんですか?」
「妹の趣味なんですよ」
「そうですか」
「じゃ、俺は急いでいるので失礼します。国木田によろしく伝えて下さい」
「はい」
キョンが立ち去ってからしばらくして、私はとことこと歩き出す。
だけど、途中で公園に引き返してそこで蒸気を噴出するように息を深く吐いた。
あ~、恥ずかしい恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
ベンチに座って一人頭を抱えて悶々と顔の熱を感じながら空気の寒さを感じる。
しばらくそうしていないと落ち着きそうに無い。心臓はバクバクと跳ねてるし。
―――密かに夢見た正義の味方私がなれちゃうなんてね~♪まさか本当に~♪
ふと、ポケットの中で携帯が鳴った。どうやらメールらしい。
「・・・キョンからだ」


F r o m:キョン
タイトル :No title
本  文:すっかり忘れてたんだが借りてたCD返しに今からそっち行くわ。


「げっ!急いで帰らないと!!」
私は立ち上がって少し早歩きで自分の家へと帰宅することにした。
「ただいまぁっ!」
帰るや否や二階の自分の部屋に上がってウィッグの用意をする。
長髪を急いでまとめてウィッグ用ネットに仕舞う。その上からいつものを装着。
そして、スカートを脱いでズボンを履き、上着を脱いで男性用に着替える。
胸は元々無いから問題ない・・・ちょっと悲しい事だね。
「あ~あぁ、あ~。よし」
そして、声をなるべく男の子風に出すようにする。
ピンポーン!
チャイムが鳴るのを聞いて二階から玄関を見下ろす。
立っている人物は間違いなくキョンだ。
「ギリギリ間に合った」
私は鏡でさらりとチェックして玄関に出る。
「よう、国木田」
「わざわざありがとう、キョン」
「気にすんな。長い間借りすぎてたんだからな。谷口だったらぶち切れてるな。ほい、これ」
差し出されたCDを受け取ろうと僕は手を差し出した。
そこで、キョンの顔が微妙に揺らいだのに気がつく。
「どうした、キョン?」
「・・・・・・・・・」
じっと睨み付けられている。ある部分を。
視線をとんとんと追っていく。顔から肩。肩から二の腕。二の腕から手首、手首から・・・。
あ。
しまった~!と思ってもまた手遅れ。一度出した手は戻る事は無い。
あぁ、人生一生の不覚だった。ん?二回目か。じゃあ人生ニ生の不覚?
って、そんなものはどうでも良いの!!顔が熱い!!火が出そう!!
ばれてないか?ばれてないよね?うん、だってキョンって鈍感だもん。
でも流石にこれは。あ~、どうしようどうしようどうしよう。
な、なんとかしてごまかす!!
「あ、これ?家の中で怪我しちゃってさ。救急箱の中にこれしかなかったんだ」
「・・・・・嘘だな」
今回は無理!?駄目だ駄目だ!!諦めたら駄目だ、国木田!!
女だってばれたら・・・友情が崩壊の危機が迫る。
なんとかして、なんとかして!!大丈夫だ。相手はキング・オブ・愚鈍。
「僕は嘘なんかついてないよ?」
「いや、嘘だな」
「どうして?」
「身長が国木田にしては低い」
「え」
シークレットブーツに変えるの忘れてたー!
「あと、それウィッグだな。少しだけ黒髪垂れてる」
「えっ」
指摘されて気付いた。
「そんでもって・・・絆創膏だ」
沈黙、せざるを得ない。あ~、この数年間に渡る友情さらば。きっともうキョンの近くには立てないんだろうな。
女の子だと知ったらきっと遊んでくれなるなるんだろうな。今まで騙してたわけだし。
さらば青春、フォーエ―――ぎゅっ―――バー・・・ん?ぎゅっ?
「・・・・・・・・・・」
遅れること数秒。私は、それに気付いた。
キョンに、抱き付かれている!?
「ほえ、ふわ、ふぇ!?」
「お前が女だと解ったからには、遠慮はいらないな」
「な、何を言って・・・」
「好きだ」
「ぷぁ!?」
さっきから奇声しか口から出てこない。
まともな言葉を構成しようとして失敗した言葉だけがスパーンと口から出て行く。
「俺にはホモ趣味が無いからな・・・お前が女だったらと何回思った事か」
「わ、私も好きだけど・・・好きだけど・・・好きだけど・・・あっと・・・えっと・・・」
そんなこんなで、私とキョンとその他諸々を巡る物語が
「で、でも、ちょ、ほえ、ふわ、ふぇ、ひょ・・・」
私の混乱と奇声と共に始まるのだった。


―――グルグルと物語を紡ぎ出す為に歯車は回る。
―――やがては辿り着く一つの結末へと進める為に。
―――これはそのほんの1ページ。
―――不条理に展開を繰り広げるガラクタのような練習曲<エチュード>。

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最終更新:2007年04月04日 00:05