6.移動/終焉に向けて

「聞こえる?」
おお、長門か。待ってたぞ。頼れるのはやっぱりお前だけだ。そうだろ、長門。答えてくれ。
「…分からない」
一気に不安になる。俺はもうこれ以上迷いたくなんてない。対処するにはどうしたらいい?なあ!
「あなたがここに戻って来れない可能性がある」
俺の表情は一気に青ざめたんじゃあないだろうか。何せあの長門が。長門がそんなことを言うなんて。
「嘘だろ?おい」
「嘘ではない。これはわたし自身の解析結果。見て」
そう言うと俺の視線が自然と上に上がる。これも長門、お前の情報操作の結果か?
「違う。そんなことはしていない」
じゃあ何でだ。
「…分からないの?」
おい朝倉。またお前か。
「……一応わたしもいるんですけど…」
…誰?あ、すみません、生徒会の方でしたよね。で、誰だっけ?


俺の目の前には文字の羅列があってめまぐるしく回転している。長門の声がそれを音読する。
言っていることは一つだ。だけど俺にはよく分からない。
『あなたがいる世界はあなたによる情報改変の結果作られた異空間。物理法則も秩序もない世界。
わたしはそこに介入を試みた。彼女達も手伝ってくれた。
けれど時間が限られていた。わたしたちには何もできなかった。介入の成果はなし。
わたしたちもあなたには逆らえなかった。』


「それはどういうことだ?」
「そっちの世界においてはね、キョン君、あなたが涼宮ハルヒなのよ」
意味が分からん。俺は女体化なんぞしとらん。興味もない。
「そんなつもりで言ったんじゃないのに…」
「あなたがその世界において、自分の都合の良いように情報操作をする能力を持ってるから、こうなったんです」
おいおいおい、そんなことがあってたまるかよ…
「二人の言うことは本当。わたしも何度も解析を試みた。結果は全て同じ」
マジか。
「えらくマジです」
っておい、古泉?
「こんにちは。いやあ、僕の力も捨てたもんじゃあなかったようです」
「…でもあなたは現状を正確に把握しているとは言いがたい。わたしたちに話を進めさせて」
お前の判断は妥当だ。古泉に話をさせておくと余計に訳の分からんことになる。
…まあ、長門。お前もちょっと分かりやすく話を進めてくれるとありがたいんだがな。

「じゃ、じゃあ、わたしは…」
朝比奈さんボイスに癒されようとした次の瞬間。
「…朝比奈さん、あなたも少し黙っていてもらえますか?」
えー…あ、そうだ、喜緑さんボイスによってそれは遮られてしまった。何気に言い方、辛らつじゃないですか?


「すみません」
「とにかく、あなたの想像によってこの世界が形づくられてるのは明白なの。
 …あたしたちが介入したせいで、色々変化があるのは認めるけどね」
「そういうこと。そして鍵も、あなた自身」
「…俺は、本当にそっちに帰りたい」
「じゃあ何で僕と一緒に帰らなk」
「あなたは黙ってて」
…朝倉もキツイなあ。そういうのが好きな男にはたまらないと思うぞ。古泉はそういうのとはまた別系統っぽいが。
「…何か複雑ね」
「それよりも」
長門が言う。真剣な口調だった。俺はちゃかし半分だった表情を改める。
俺は真剣だ。俺は真剣に帰りたい。
「そう。あなたが強く願えば、それは現実になる。…涼宮ハルヒと同じに」
視界が歪んだ。タイムスリップしたあの時のような眩暈と吐き気、酔いが俺を襲う。
「でもそれはあなたの世界でのこと。そちらの世界を心地よく思うようでは駄目。
 …甘さを捨てて。そこにいるわたしは、あなた以外の人間は、全く違うモノ」
そうだ。クールになれ、俺!俺はハルヒのみたいな能力なんかいらないし思い通りにならなくてもそれなりに楽しむ方法を知ってるじゃないか!

 

「そう。あたしは本当に今度こそこの世界から消えちゃうけどね」
おい朝倉!おまっ、そんなこと言うな!
「駄目、あなたは黙って」
そうだ長門、頑張れ長門。そして頑張れ俺!…一回酔いに耐え切れなくなって嘔吐してしまったけどな。
「あたしは本当のことしか言ってないのに…」
お前は人間の情緒とやらを知らんからそんなことが言えるんだ。
俺は元の世界に戻りたい。戻りたい。戻るんだ!
意味の分からん世界など金輪際ごめんだ。
誰かと会って話すんなら、それが非日常的なシチュエーションだろうと、学校や喫茶店や駅や道路や、俺の帰る家がある世界の方が良いに決まってる。
「わたしも、キョン君には戻ってきて欲しいんです。…涼宮さんも元気がないし…」
そうだ。ハルヒ。勝手に落っこちていったっきりのハルヒ。他の色んな人間が介入の結果出会ったものだっていうんならハルヒは何だ?

オーケー、素直に認めよう。俺はハルヒに会いたかったのさ。

目を閉じてるはずなのに視界が歪む。虹色になっていく。そして暗転。まっさかさまに落っこちる感覚。
…ようやく地面に落ちることができるのか……。俺は安堵した。

 


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