(『分裂』ネタバレ注意!)

 

 

 あたしは橘京子。超能力者。
 これまでごくごく普通の学校生活を送ってきたのだけれど、ある日、本当に突然、あたしは 「ある事」に気がついた。


 この世界には、かみさまがいる。


 朝、目が覚めてベッドから起きて、カーテンを開けるより早く、その感覚はあたしの中に宿っていた。まるで瞬きや呼吸をするくらいに当たり前に。


 県立北高。
 ここはあたしの通っている学校じゃない。それに、今日は休日。
 だけど、この学校は今日文化祭なのだ。
 あたしはある人を確かめにここに来た。

「へい彼女! どうよ? 俺とこのすんばらすぃ文化祭を見て回ったりしてみないかい?」
 誰かに肩を叩かれた。振り向くとこの学校の知らない男子生徒がひょっとこのお面をねじったような顔でにんまりとあたしに話しかけていた。
「あたしと……ですか?」
 あたしは自分を指差した。まずいわ京子。今回の潜入は極秘なんだから。

 例えば、もしこの人が「あの人」の知り合いなんだったとしたら、そこからあたしの存在が知られてはいけない。予定ではもうちょっと先にそれなりに劇的にばーんと登場する予定なんだから。
 そういうわけであたしは断ることにした。
「あの、友達と待ち合わせてるんで……ごめんなさいっ!」
「そりゃ好都合だ! ちょうど俺もツレがいるんですよ、二人ね」
 ひょっとこから失敗した般若のお面みたいな顔になってヘタな大道芸人みたいな素振りで言った。

 まずい。この男、存外しつこいわっ。

「おい谷口。お前相手が困ってんのが分かんないのかよ」
 般若くんの後ろから声がかかった。そしてその人の顔を見てたちまちあたしは面を伏せた。
「んぁ? ……何だキョンか。いいとこなんだから水差さないでくれよ」
「どこがいいとこだよ。彼女、どう見たって野良犬に追い立てられた子猫状態じゃねぇかよ」
「何言ってんだ。いいかキョン。ナンパってのは押しが肝心。多少強引でも、男のそういうところに女の子は惹かれるもんなのさ。ねぇ彼女? ……あ、あれ?」


 一瞬で逃げ出した。いきなり最大のピンチを迎えてしまうところなのでした。
 モルタルの壁に背をつけて、呼吸を必死で整えて、横を見る。
「…………」
「きゃぁぁあっ!」

 


 魔女がいた。
 真っ黒な衣装に三角の山高帽子をつけて、心の奥まで見透かされてしまいそうな目でこちらを見ている。
「あのっ! ななな何でしょうかっ!?」
「……」
 話しかけてから手遅れであることに気がついた。
 さっきの彼といい、どうしてこうも重要人物とあたしは出くわしてしまうのでしょうか!?
 長門有希。情報統合思念体のインターフェース。
「……それ」
「ははははいっ!?」
 長門さんはあたしの足もとを指差した。見下ろすと先端に星のついたステッキらしきものが立てかけてあった。慌てて拾って渡す。
「……」
 長門さんはしばし黙って星型ステッキの先端を見つめていたものの、やがて何事もなかったかのように振り向いて、無言のまま立ち去った。

 何も気づかれてませんように何も気づかれてませんようにっ……!


 早くも半分くらいエネルギーを削られた気分になりつつ、あたしはフラフラと校内を歩いた。
 今日の目的を思い出さなきゃ。


 三年前――。
 そう。忘れもしない、あのよく晴れた日の朝。

 


 わたしはこの世界にかみさまがいることを知った。
 かみさまは今の世界を苦しみから救ってくれる。それは、途方もないくらいの平穏。

 かみさまはあたしたちと何ら変わらない人の姿をしていて、普通に学校に行っている。
 こんな話をしたら、そんなバカなことあるかって笑われるかもしれないけれど、あたしには分かる。かみさまである「彼女」は確かに世界をいい方へ導いてくれる。

 けれど、「彼女」はまだ自分の力を知らずにいる。

 ううん、それどころか、本当の力を「ある人」に奪われてしまった。
 わたしが今日確認しに来たのはその「ある人」のほう。

 ある人――涼宮ハルヒ。

 三年前、かみさまである「彼女」の存在に気がついたあたしは、同時にその力が涼宮さんによって奪われてしまったことも知った。そして、あたしと同じように涼宮さんの方をかみさまとして信奉している人たちがいるってことも、後の調査で分かった。そしてその人たちは、「彼女」に力を戻すことを頑なに拒む。自ずと彼らとあたしたちは対立して、別の勢力となってしまった。

 この三年間、あたしはずうっともどかしかった。

 本当のかみさまは「彼女」なのに、どうしても力を戻してあげるわけにはいかない。それどころか、あたしが「彼女」に会うことすら、上の人たちはまだ許してくれない。

 



 校舎から中庭に出たあたしは、正門前で力を盗んでいった犯人を見つけた。

「え……」
 見つけた、のだけれど。

 バニーガールの格好をしていた。
 ……ここって、笑うところなのでしょうか?

「ぷっ」
 くくくく。自然と笑ってしまった。


 どうしてだろう。
 これまでずっと、半ばうらめしく思ってきた人のはずなのに。
 いざこうして本人を見ると、不満をぶつける相手にはできない気がする。

 涼宮さんは満面の笑みで、バニーガールスタイルのまま道行く人にビラを配っていた。
「楽しそう」
 そう、涼宮さんは心から楽しそうにしていた。
 思えば、涼宮さんもまた自分の力について誰からも何も聞かされていないはずなのだった。
 あたしは、そんな彼女を半ば一方的に心の敵みたいにしていらいらしたりしていた。

 


「あ! そこのあなた!」

 十分距離を置いていたはずなのに、気づくと涼宮さんがすぐ近くまで来てあたしと視線を交わしていた。
「わわっ!」
「はいこれ! わがSOS団の映画。視聴覚室でやってるから是非見に来てちょうだい! って言うか来なさい!」
 それだけ言ってさっさと振り向き行ってしまった。
 ビラを見ると「全米が泣くどころの騒ぎじゃない! アカデミー賞総なめでもまだ足りない圧巻のスケールで送る超スペクタクル!」とアオリが書いてあって「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」とタイトルが記してある。さっきの魔女、長門さんを初めとしてあたしの知っている顔が三人写っている。彼女たちの本来の役割を知っているあたしは、それを見てまた吹き出しそうになった。
「ふふ……おかし」

 そこでふっと息をついた。

「あーっ」
 やめやめ。今日の潜入はおしまいでいいわ。

 まだ舞台に上がる日は来ないけれど、それはこの先に確実に存在しているのだから。
 何も今焦ることはない。待ち遠しい気持ちは隠せませんけれど。

 



 あたしは踵を返して、そっと裏門から外に出た。


 彼らと再会する日を思い描いて。


 (おわり)

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