第4章・邂逅(ここもあたしです。みくる☆)
 
 わわ、い、言っちゃいましたぁ…。
鶴屋さんの後押しがあったから言えたんです。
明日会ったらなんて言えばいいのかな。恥ずかしいから遠回しに言っても大丈夫かな。ううん、それだと気づかれなかったら困るし、やっぱり素直にはっきりと言わないとダメかな…。
どうやって伝えたらいいのかな、頭の中でグルグル回ってます。
 
グルグル回って、フワフワしてしまいそうですが、もし、あたしの気持ちを伝えたらどうなるんだろうと考えてしまいました。あたしの知る未来を考えれば、伝えてもたぶんうまくいきません。いえ、そうでなくてはならないのです。それが規定事項ですから…。
時間駐在員たる者、規定事項を変えてしまう行為は許されません。未来へと続く時間平面上で、ある一平面上にある落書きのようなものであるあたしが、たとえ未来を変えようとしても、本来の未来に帰結するためにどこかでリバウンドが起こります。
ううん、それよりも、涼宮さんに知られたら、また…。それだけは絶対に許されないことなのです。
鶴屋さんの「大丈夫」という言葉を信じてみたいですが、鶴屋さんは普通の人です。勘はいいけれど、何か知っていたり不思議な力があるとは思えません。
もし、キョンくんに想いを伝えてしまったら、規定事項を改変させることに繋がる行為をしたということで、処罰を受ける可能性もあります。計画しただけでも、処罰になることもあります。
規定事項の改変は重い処罰対象であり、精神操作を受けるか、最悪、未来への強制帰還となることもありえます…。
そんなのあたし耐えられません。それならばただ彼の側にいられるだけでいい…。
やっと言うことができると思ったけど、やっぱり、今からキョンくんにお断りの電話を入れよう。
この時間の規定事項を守るのがあたしの仕事だから…。
 
そう考えてキョンくんに電話をかけようとしたその時、あたしのすぐ後に人の気配を感じました。
時間遡行を行った時に周囲の空間に生ずる特有の波動を感じます。たぶん誰かが時間遡行をしてきたのでしょう。
それも、出現と同時にあたしへの強制コードを発令しながらです。
「最優先強制コードです。朝比奈みくる。そのままじっとしててね。わたしを見ちゃダメよ」
「は、はいぃ。わかりましたぁ…」
強制コードが出た以上、命令は絶対です。でもこんな変な命令は聞いたことありません。
一体どうして?
少し考えてキョンくんのことが頭によぎりました。規定事項改変未遂を問われるのでは。
そんな予感がして、あたしは前を向いたまま、床にへたりこみました。全身が震えています。
嫌ぁ…、キョンくんが好きな気持ちを失くしたくない、まだ帰りたくもないよぉ…。
不安と恐怖があたしのすべてを支配する直前、その人は言いました。
「この時間遡行はわたしの独断かつ秘密裏で行っています。よって、あまり長い時間留まることができません。一回しか言いませんからよく聞いて理解してください。そんなに緊張しないで。まずわたしの身分ですが、あなたをこの時間への派遣を命令した涼宮案件の次席管理官です」
その人はあたしの上司にあたる次席管理官さんでした。涼宮案件とは『涼宮ハルヒによる時間断層発生に関する案件』の略です。あたしが今就いてる任務はこの案件に関わっています。
管理官とは案件の統括責任者です。主席管理官が案件の実行本部長であり、案件に関わる者すべてが管理官の指揮統括で行動します。この人は次席ですからそれに続くナンバー2の方です。
あたしも一度もお会いしたことがないトップの人です。そんな方がどうしてあたしなんかに直接?
「あなたはわたしのことを知らないかもしれませんが、わたしはあなたのことを良く知っています。他の誰よりもね。今の状況ですが、これからあなたがしようとしていることは、あなたの行動予定にはありませんし、規定事項でもありませんが、それをした場合、未来が変わってしまう可能性が高いとわたしは判断しています。本来ならば最優先強制コードを発令し、規定の未来を損なう可能性があるとして、あなたには行動を慎むよう指令すべきなのですが…」
ああ、やっぱり…。
あたしは顔を両手で覆いました。管理官さんの前でなければ、たぶん泣いています。
「わたしはあなたを処罰しにきたのではないの。それに強制もしません。あなた自身に選択して欲しい。一つは時間駐在員として捻れを元の流れに戻すこと。そしてもう一つはこのまま…未来を変えてしまうことです」
!!!?
驚きました。
だって、あたしの行動だけでは未来は変えられないし、変えようと計画しただけでも処罰対象になり得るのですから。それも管理官自らそれを破れと…。
「本来の未来に戻る可能性がある今、あまり詳しくは言えないの。特にわたしの身分を明かしてしまうと、この案件から外される規則だから。今は言えません。本題に入りますが、もし、未来が変わってしまったらというお話をします。あなたが満足する結果を得られた場合、おそらくあなたは未来を失います。ええと、正しくは任務が完了して未来へ帰ることはできなくなってしまうでしょう。この時間で生きていくしかないのです」
未来に帰ることができない?
「それについては今は答えられません。さて改変したあなたには、時間遡行規則によれば意図的改変を行ったことにより規定事項改変罪を問われることになりますが、本当にそうでしょうか? 改変後の未来は改変事項が規定事項へと変わり、これまでの未来に上書きされることになります。実は規定事項改変罪なんて、かなり限定された状況下でないと適用できません。なぜなら、改変後の世界からみれば、改変前の規定事項なんて誰にも解らず、比較することができないからです。その前に、改変があったことすら気がつかないかもしれません。表向きは規定事項の改変は観測、検知されて違反者は処罰されることになっていますが、改変後の適用例は少ないの。たまにはあるけど…現行犯が一番多いかな。改変されてから未来が上書きされるまでにはいくらかタイムラグがあるから、完全に上書きされるまでに、検知して強制介入・再改変までした事例もないわけではないけれど、稀よ。時間が限られちゃうしね。本当の意味での改変罪は、これまででも数えられるほどしかないわね。ふふ、意外でしょ?」
 でも、内部告示資料には処罰事案が記載されていますよ? そこそこはあると思いますけど…。
「事件発生数や検挙率は一応学習してると思うけど、その実態は管理官クラスにならないと教えてもらえないことなの。この時間あたりにはぴったりな表現があるのでそれを使うと、大本営発表って言うわね。あの発表は、わたし達の敵対組織の工作員による物が多数です。あっちの組織の工作員は判明次第監視してるからね。内部の者による犯行は少ないわ。それに、時間遡航適応者は限られてるから、敵味方問わず逮捕者は記憶操作をしてから駐在員として再利用することも多いので、氏名や写真など個人データは公表されないしね。改竄なんていくらでもできるの。だからね、改変を未然に防ぐことが重要になるの。大きな時間分岐点はこれまでの調査によってある程度は判明しているから、常時監視していますので、ここに手を加えることは非常に困難です。まず無理ね」
 時間移動法規の授業では、そんなことは教わってないと思います。絶対に捕まるからやめておけと言われたのは覚えてますけど。
「あと、遡行任務前に精神操作をして禁則事項や強制コード、これも脳内デバイスの一種だけど、強制暗示で埋め込むのってどうしてか知ってるわよね? 機密保持と指令遵守のためっていうのは後からの付け足しで、本来の目的は改変を防ぐために、時間遡行者に即時的かつ絶対的な行動制限をかけることができるようにするためだったの」
 それは解ります。今あなたが現れたときにそれをしたのですから。
「基礎理論では過去に遡って改変をしようとしてもその時間平面だけで終わってしまうって教えてもらったわね? だから、直接干渉はできない、その時代に生きてる人の行為でしか過去を変えることはできない、って。 端的に言うと、あれは嘘。上級職では公然の秘密よ。こんなの」
 えー、そんな…あたし、ずっと信じてました。以前、ある人にケガさせたのだって、直接的な力でケガさせるんじゃなくて、空き缶を蹴っ飛ばさせてケガさせたのに…。あたしが直接じゃなくて、キョンくんにしてもらったりとか…。
「だって、未来に影響しないならわたし達が干渉しようがないじゃない? 間接的干渉だって、それは手間が増えるだけで直接的干渉と同じことよ。少なくとも、この時間のあなたの協力者にそれをお願いした。それ自体が過去に存在するものへの直接的な干渉じゃない」
 管理官さんはくすくす笑っています。確かにそうです。なんで解らなかったんだろう?
「そういうふうに改めて精神操作をされるから…よ。でも気づく人もいるわね、だから事件を起こすことがある」
 なんでぇ…どうしてそんなことを?
「時間遡行をした者の行為は未来へ影響するの、その時間平面で起こったことはすべて礎となって未来は形作られるの。誰がしたことであってもね。変わっては困る未来としては、反映されないんだと遡行者に刷り込んでおかないと都合が悪いから。無理だと思ってることは、しようとも思わないでしょ? それだけでも精神的な抑止効果があるわ」
 だから精神操作をした上に、監視と強制コードで3重の安全装置を施しているということなんですね…。では、すべての行為が監視されているのですか?
「一応、遡行者には常時監視がついています。敵対組織の工作員も判明しだい監視がつきます。こちらへは強制コードは通用しませんから、実力行使をするけどね。また、記録されている規定事項にかかる分岐点も監視されています。でもね、まだわかってないことも多いの。すべての事象の監視はできないし、すべての分岐点の検討もできていないから」
 でも、それだけ安全装置があるなら、何も知らないあたしなんかが未来を変えるなんて、無理なことじゃないですか! ひどいです。
「ここからがわたしがここに来た目的です。よく聞いて。あなたのしようとしていることは、さっきも言ったけど、あなたの予定表にはないことだし、規定事項にも記録はされていません。だから、今は単にあなたの監視をしているだけ。それが分岐点になるとは、わたし以外の未来はまだ思ってないの。スキがあるのよ」
 
ここで少し補足説明をしておきます。でも、時間移動の概念を持たない人に対して言葉で説明するのはとても難しいことなのです。うまく伝わらなかったらごめんなさい。
改変された場合、過去から未来への影響の伝わり方ですが、その影響は水面にできた波紋のように未来方向へ伝わります。ですからタイムラグが生じます。
時間的距離が離れるほど時間差は大きくなり、また影響は軽微になっていきます。
改変後における改変事実の検出は、その波紋が到達してからでは解らなくなってしまうため、波紋が到達するまでに行わなければいけません。再改変もこの時間差の中で行わないといけません。
どれくらいの時間差があるかはわかりませんが、管理官さんの話では時間的制限が大きくて再改変は難しいようです。
強制コードの発令の仕組みですが、発令権限者による発令と同時に受令者も受令します。
同時とは同一時間平面上という意味ではありません。異なる時間にいる者同士での同時とは、絶対時間移動標準時(ATTC)に基づきます。
遡行者は過去や未来へ移動できますが、自らの体に流れる時間を止めたり戻したり早めたりできません。体内時間の流れを変えることはできないのです。
ATTCはこれを利用したその人にとっての最も基準となる時間です。ATTCはその人が生まれてからの経過時間が設定されています。
遡行者など、案件の関係者は、誤差の大きい生理的体内時計とは別に、誤差がほとんどないATTCと、もう一つ、相対的時間移動標準時(RTTC)を脳内デバイスとして用意します。
案件に入ると必要に応じてRTTCを設定・同期させます。ですから、“同時”とは、このRTTC上でということです。TPDDはATTCもしくはRTTC情報を利用して時間設定をします。
RTTCを設定するときは概ね、遡航者側をマスターとして、未来側をスレーブとするようです。これは遡航者の監視をし易くするためです。
基本的に時間遡行者は、単数もしくは複数の監視員がリアルタイムで監視しています。監視員は強制コードの発令権限も持っていますので、改変につながる行為を発見した場合、すみやかに指令を発令して行動強制の上、駐在員へ干渉を行うシステムになっています。
RTTCで同期を行ってることもあり、監視中の時間経過は駐在員と同じだけの時間が必要です。それだとあまりにも効率が悪いので、未来側にいる監視員は適当に間引きして同期を取って、飛び石のように監視したりもするみたいですけど。
違法な改変を行うにはこの監視員と結託するのが簡単ですが、誰が監視員なのかは秘密にされており、直接の連絡は許されていません。私的接触自体が難しくなっています。
一人で改変を行うには、監視員に悟られないように、改変したい規定事項に関連する未知の分岐点を自ら探しだし、不審行動と思われないよう行動しながら干渉を行うしかなく、解りやすく言うと、“Aという分岐点を起こすには、その前にあるBという分岐点でCという行為が必要”という連鎖関係を持ち、しかも未知であるものを割り出して少しづつ干渉していくしかありません。あまりにも緻密で秘密裏かつ壮大な計画が必要な上、連鎖関係がない場合も存在するので、実際は不可能だと言われています。なお、これはあくまで内部犯行によるものであって、敵対組織の遡航者には当てはまりません。
あとはイレギュラー要因を利用するしかない…と。
 
「実はね、今わたしはあなたの監視員になってます。通常なら管理職に就いている者が駐在員の監視員なんてしないんだけど、未来も今はクリスマスシーズンなのね、若い子とか、彼氏彼女持ちはほとんど有給取っちゃって人手薄なのよ。わたしもまだ若いんだけどなぁ。わたし達の組織って、準国家機関でしょ? 有給願とかって、ちゃんと申請したらわりとすぐ許可されちゃうの。ただの監視員なら一時的に他部署から借りたりもできるんだけど、この時期は他の部署も手薄だし、それに涼宮さんの最も近くにいるあなたは特別扱いなの。それで特例措置として、管理官命令でわたし自身が就いちゃいました。うふ」
 はぁ…なんか、さばけた人ですねぇ。少し親近感を感じます。
「えーと、脱線しちゃいました。わたしが監視を担当しているときなら、あなたが何かをしても強制コードを発令せずに済むわ。見逃してあげますってことです。でも、他の監視員のときはダメです、見つかっちゃいますよ。幸い、わたしは、あなたの時間で明日24時までの監視担当なの。もしダメでも、結果的に未来に影響が出ないんだったら、大して問題にはならないと思う。結果オーライってわけね。うまくいったなら、未来は新しく上書きされてしまうから、罪にも問われないわ。だって、それが正しいことに変わったんだから。未来に影響が伝わる前に干渉される可能性はゼロではないけどね」
 夜の12時まで。なにかシンデレラさんみたいですね。シンデレラさんはボロの服になっちゃうけど、あたしは捕まってしまうのかな。
「それを過ぎるまでに完遂できなければ、監視員の引き継ぎデータを見られたらバレちゃいます。あなたがするだけじゃダメ、相手の返事まで含めての時間よ、それだけは注意して。しないのなら何もしないで。時間内に結果が出ないときは、次の監視員によって、改変の可能性ありとしてあなたも相手も記憶操作を受ける可能性があります。もうこんなチャンスはないかもしれないわ。そうね、あまり時間はないけれど、一つだけ質問に答えましょう」
質問は一つしかありません。
どうして、あたしにそんな選択をさせるのですか?
「わたしはね、任務のために大好きだった人を諦めました。想いを満たすことは規定事項を変えてしまうこと繋がることだったから。でもね、わたしも女ですもの。女としての幸せも欲しかったの。任務のために仕方がなかったことだけど、後悔もしているの。すごくね。あなたにはそんな後悔はして欲しくないの。だからあなたに選んで欲しい。どちらを選んでも失うものは多いわ…。残り時間は少ないけど、よく考えて決めて欲しいの」
管理官さんは、後ろからあたしをそっと抱きしめて、言いました。
首筋に水滴が落ちるのを感じます。泣いているんだ…。そう思うと、あたしを抱きしめている管理官さんの手にそっとあたしの手を重ねました。なんだか覚えがある懐かしいような気がします。
そして感じました。この人はあたしなんだと。未来の…。
「これから、あなたの強制命令コードを変更します。万が一、他の監視員や駐在員に気付かれて指令を出されたときの対抗措置です。改変がなかった場合は、速やかに元のコードに戻します。発覚すればわたしは処罰されますが、それが改変前ならなんとかすることはできますから。改変後ならたぶん発覚もしないでしょうし。うふふ。」
 管理官さんは、わたしの頭を優しく撫でました。直接に、変更されたコード番号が入力されます。撫でたりしなくても、素肌でどこかに触れれば伝達できるのですけどね。
「では、わたしは帰りますね。それからあなたの親友のこと、一般人ですが信じられる人です…。あの人は普通だけど特別なの。そのときがくれば、あなたにはいろいろお話することができるかもしれません…」
 コード変更により先ほどの指令は解除されましたから、振り返ることができます。未来のわたしに聞きたい。あたしがそれを選ぶことを期待しているのですか? いろいろな物を失うことになろうとも…。
 あたしは振り返りました。でもその人は消えた後でした。空間からの消失によって生じる波紋のような微風を残して。

 

 


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