自衛隊は我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たることを任務とするらしい。
ちなみに世界で一番給料のいい軍隊は日本の自衛隊だ。(政府は軍事組織じゃないって言ってるが、俺はそんなの信用しない)
日本はここ60年ほど戦争に巻き込まれていないので、自衛隊が自衛という任務で動いたことは一度も無い。
大抵は「自衛隊」という名前とはまったく関係の無い任務なのだ。


ああ……平和だなぁコンチクショウ。



午後六時五十五分。UH-60ブラックホーク内にて。


俺は結局ブラックホークに乗せられた。
ちなみにヘリコプターに乗るのは初めてだ。プロペラの音は思った以上に大きくて、自分が喋っている声も聞こえない。
マイクがついたヘッドフォンのようなものを渡されて、なんとか会話ができる状態だ。
「朝倉、この自衛隊はどうやって連れてきたんだ?」
「あたしは情報操作も得意。ちょこっと操作して、あたしを陸上自衛隊の司令官にしちゃったの。ついでに世界をちょっと改変して、世界中の人間があたしに従うようにしたわ」
俺は溜め息をついて、頭を抱えた。
こいつは何がしたいんだ……?
「安心して。あなたを殺そうとは思わないから」
もうどうでもよくなってきた。自分のこめかみをコンバットマグナムで打ち抜いたことがある人間が、元学級委員長に殺されるのを今更怖がったりはしない。
すまん。嘘ついた。やっぱ死ぬのは嫌だ。俺、セガールじゃないし。死ぬのは怖い。
「で、何をするつもりなんだ?」
「そのうちわかるわ」
その台詞さっきも聞いたような気がするんだが……。
「この世界の神はあなた。だからあなたが望んでいる限りはあたしはこの世に存在できないってワケ。
でももちろん例外があるの。それはこの世界が他の世界の内側に作られたもので、その外側の世界の神があたしだった場合。
だからあたしはあなたの影響を一切受けずになんでもできる。改変もね。
世界の改変さえできればこの世はあたしの思い通り。あなたの神としての力はごくわずかになるわ」
……なんの為にそんなことをするんだ? 情報ナントカの観測か?
「自分の楽しみのためよ。もう仕事なんてどうでも良くなっちゃった。この世界で好きなように暮らしてるほうが楽しいし。
この世界はあたしのもの。刃向かうものには容赦しないわ」
こいつは完全に狂ってる。ああ……神に祈ったくらいで助かるのならいくらでも祈る。
でも神はコイツだ。神よ、神から俺を救いたまえ。アーメン。
「来たわ」
何が?
パイロットが叫んだ。



「三時の方向に攻撃ヘリコプター三機! こちらに接近しています!」



はい?
「あれはアパッチね。撃ち落して」
「待て、何事だ」
「あれはアメリカ軍だわ。長門さんが情報を操作したのね。あなたを救おうとしてるみたい。無駄だけど」
ブラックホークはぐるりと右を向いた。
「向こうのほうが早いわ。ハイドラ70ロケット弾よ。さっさと避けて」
なに?
前からロケット弾(生で見るのは初めてだ)が六発、とんでもないスピードで飛んできやがった。長門何考えてんだ!?
ブラックホークは右にすばやく避けて……ってそんなに揺らすな。酔う。
六発のロケット弾は機体の左を通り過ぎていった。
あのロケット弾はどこまで飛んでいって、最終的にはどうなるんだろうか……。
「今度はスティンガーよ。撃たれる前に撃って」
スティンガー? なんじゃそりゃ。
「空対空ミサイルは装備されてませんが!」パイロットが叫ぶ。
「接近して機関銃でパイロットを狙って。ドッグファイトよ」
「それは危険です! 逆に撃墜される恐れが!」
「援護するから構わないで撃って」
なんで俺は戦争に巻き込まれてるんだ? 女の戦争ってこういうのを言うのか? ドッグファイトってヘリコプターでするもんなのか?
「接近します!」
ブラックホークはググーッと速度を上げて、一番左のアパッチに向かっていった。
おいおい、ぶつかるんじゃないか? やめてくれよ! なんか撃ってきたぞ!
「撃って!」
朝倉がそう叫ぶと朝倉の横にいた乗員が、持っていた機関銃をアパッチに向けて撃った。
銃弾はコックピットに命中して、アパッチはどんどん高度を落としていった。
「その調子でもう二機もお願い」
待て、ここは市街地だ。市街地でドッグファイトをするな。住宅の上にアパッチが落ちたら大惨事だぞ?
「大丈夫。この辺の住民はあらかじめ避難させといたわ」
そういう問題じゃないだろう……。
ブラックホークは次のアパッチに接近し、乗員が機関銃を撃つ。
またコックピットに命中してアパッチが落ちる。
「あと一機よ」
「スティンガーです!」


~ちょっとキョンの兵器知識~
FIM-92スティンガーミサイルとは米国が1970年代に開発に着手し1980年代後期に採用された携行式地対空ミサイルである。
「スティンガー」とは英語で「毒針」の意。FIM-43レッドアイ携行空対空ミサイルの後継として1972年に開発が始まったもので、
開発においては、どのような状況下でも使用できる全面性と、整備性の向上、敵味方識別装置(IFF)の搭載に主眼が置かれた。
誘導には開発当初、赤外線/パッシブ・レーダーの複合モードシーカーが開発されたが、実際には既存のパッシブ式赤外線・紫外線シーカーが用いられている。
現在、実用化されているミサイルの中では最も命中率が良い(2003年現在)ミサイルとされ、ギネスブックにも掲載されている。
欠点としては目標を目視で発見しなければいけない点やバッテリーの持続時間などが挙げられる。
本来は地対空ミサイルだが、アパッチには空対空として武装されている。
調べるときにはウィキペディアって便利だな。


「いいから接近して」
「しかし……」
「いいから」
「……はい!」
なんだかよくわからないが、なにか無茶なことをしようとしているのはわかる。
「一時の方角からスティンガーミサイル!!」
「援護するから接近して!」
ブラックホークは残った一機に距離を詰めていくが、ひとつのミサイルが寸分の狂いもなくこちらを目指している。
ミサイルは機体の2mほど手前で爆発したが、この機体はノーダメージだ。
おそらく朝倉が情報ナントカで援護したのだろう。
「今よ、撃って!」
乗員が機関銃の引き金を引いた。




日本が直接関わった戦争は第二次世界大戦が最後だ。1945年だから、今から62年前か。
俺が生まれる前だ。俺の両親も生まれてない。
だから俺は戦争というものを知らないのだ。だから人が目の前で射殺されたり、ヘリが撃墜されたりする光景など映画でしか見たことがない。
今日だけで俺はいろんな体験をした。アパッチの乗員は二名(これは後から調べたものだ)。つまり、俺は六人が死ぬ光景を見たのだ。
それも街中での空中戦。最悪だ。
世界はこの女の手に落ちた。抵抗できるのはごく一部の人間、事情を知っているSOS団員だけだ。
しかも、そのうち一人は人質に取られている。



……今日は人生最悪の日だ。



午後七時十一分。UH-60ブラックホーク内にて。


アパッチを撃墜し、ブラックホークはK市へと向かっている。
「A海峡大橋のT区側核シェルターに向かって」
「了解」
なに? A海峡大橋に核シェルター? そんな話初めて聞いたぞ?
「森博嗣って知ってる?」
「ええと……作家か?」
「そう。『すべてがFになる』の作者よ」
読んだことないな。ミステリー小説だっけ?
「ええ。『そして二人だけになった』って小説は?」
それは……アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』じゃないのか?
「タイトルは似てるけど違うわ。これも森博嗣の小説なんだけど、その小説の舞台が明石海峡大橋の支柱に作られた核シェルターなのよ。この小説自体はフィクションだけど、その核シェルターは実在するの。T区側とA市側に一つづつ」
……なんでお前がそんなこと知ってるんだ?
「ちょっと調べさせてもらったの」
なるほど。


午後七時二十分。A海峡大橋T区側核シェルターのヘリポートにて。


ブラックホークはシェルターの入り口にあるヘリポートに着陸した。
「降りて。早くしないと次はF-15かB-2スピリットが飛んでくるわよ」
どっちも知らないが怖い。
「わかったから急かすな」
ヘリコプターから降りて、久しぶりの地上の感触を足の裏で確かめながら空を見上げると、もうすっかり暗くなっていた。
長門、早く助けに来てくれ。もうF-15でもなんでもいいから強力なヤツでこいつを叩きのめしてくれ。
俺の神の力が完全に無くなったわけじゃない。望めばそのうち来てくれるさ。
「すぐにアメリカ軍の攻撃機が来るわ。ブラックホークを5機と第303飛行隊を呼んで」
神は人の心を読むのか?
「了解」
パイロットは機内の無線を手に取った。
長門……超強力な戦闘機でも無理かもしれん……。
「いくら長門さんでもこれには対抗できないかもね」
「……」
負けか。
俺は朝倉に連れられて、シェルター内部に入った。
「ここなら長門さんが核を使ったとしても、あたしに与えられるダメージはゼロ。前回とは違って準備は万端よ」
「……なんでお前は俺を人質に取ったんだ?」
「あなたは一応神としての力を持ってるから、あたしの目の届くところに居てもらったほうが都合が良いの」
なるほどな。それだけか?
「他にもいろいろとあるけど、その辺は」
朝倉は某未来人のように微笑んで言った。
「禁則事項です」
……対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスじゃなかったら惚れてたかもしれんな。


午後七時三十分。A海峡大橋T区側核シェルターにて。


「で、世界を征服して何をするつもりなんだ?」
「当ててみて」
シェルター内は思ったよりもくつろげる。
ソファもあるし、食い物も飲み物もある。
『そして二人だけになった』は読んだことはないが、シェルターの構造は小説とは違うらしい。
「……わからん。なんかヒントをくれ」
「ん~……夢のため、かな?」
夢? 人間ならまだしも、インターフェイスに夢なんてあるのか?
情報を操作すれば、大抵のことはできる。それに、今は神になったんだ。できないことはない。
「で、夢は叶ったのか?」
「まだ叶ってないけど、このままなら叶うかもね」
このままなら叶う?
「この世界の神はもうお前だ。どんな夢も叶うんじゃないか?」
「ううん。簡単には叶わないわ」
簡単には叶わない。ということは、朝倉の影響を受けないということだ。
朝倉の影響を受けないもの?
それって……
「来たわ」
朝倉が急に立ち上がった。
「どうした?」
「長門さんが来たわ。迎撃用意しなきゃ」
なんでソファに座ってるだけでそんなのがわかるんだ? 人間レーダーか? あ、人間じゃないか。
「あなたはここに居て。すぐに終わるわ」
そう言って、朝倉は外に飛び出していった。



午後七時二十分。A海峡大橋T区側核シェルターにて。


このシェルターは「オーシャンズ11」に出てくる金庫のようなセキュリティなのだが、その分厚い扉を開かずに吹っ飛ばして突入してきたのは朝倉ではなかった。
「助けに来た」
「待ってたぞ長門! 遅かったじゃないか! お前一人か?」
長門はコクと頷く。
宇宙人はすごいな。一人で攻撃ヘリと戦闘機を撃ち落したのか?
長門は首を横に振った。
「じゃあ、どうやって入ってきたんだ?」
「隙を見て進入した」
長門は俺の手首を掴み、そのまま走り出した。待ってくれ、転ぶ。このスピードならかなり豪快に転ぶ自信がある。
「急いで。追われている」
「追われてるって誰に!?」
「朝倉涼子」
全速力でヘリポートまで出てくると、空にはヘリコプターと戦闘機がウヨウヨいた。イワヤマトンネルのズバット並みに多い。
ヘリコプターは俺たちの周りにどんどん集まってくる。しかし機関銃を撃とうとはしない。
100m程先にはブラックホークとは違う、バスのように少し胴が長いヘリコプターがある。
「ありゃなんだ?」
「EH101。ウエストランド社とアグスタ社が共同開発したヘリコプター」
そういうことが聞きたかったんじゃないんだが。
「乗って」
長門の指示に従い、ヘリコプターに駆け寄って乗り込んだ。
長門はコックピットに乗り込んだ。
「長門が操縦するのか?」
「そう」
しっかりと操縦桿を握る長門。
待ってくれ、シートベルトくらい着けさせてくれ。
「時間が無い。離陸する」
プロペラが回り始め、ヘリコプターは地面から離れた。
揺れは思ったよりも少なかったが、揺れないわけじゃない。シートベルトを着けなければ。
「戦闘機がウヨウヨ飛んでるぞ?」
「問題無い」
長門が唇をすばやく動かすと、空に飛んでいた全ての攻撃ヘリコプターと戦闘機がスイッチを切られたラジコンのように勢いが無くなって、どんどん高度を下げて、やがて地面に墜落した。
「最初からそれをやってくれよ……」





第五章 ~神様失格~


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