窓が割れている。そして、その窓から「俺」が落ちた。
どうすればいい? 殺してしまった。
話が違うじゃないか。 俺は頭を撃ち抜かれるんじゃないのか?
パニックになった俺は助けを求めるべく、ポケットから携帯を取り出した。


午後五時三十分。部室にて。


古泉、結局この世界の神は誰なんだ?
「貴方のほうから電話をくれるのは珍しいですね。一昨日お話したとおりですよ」
……俺か? 俺なんだな?
「ええ、そうです」
じゃあ、俺が金持ちになりたいと望めば、俺は金持ちになれるのか?
「世界の基礎がすでに確立しているので、あまりにも突拍子もないものについてはわかりかねますが、
現実になったとしても不自然でないことなら貴方の望んだとおりになるでしょう」
じゃあ、俺が厄介ごとに巻き込まれたくないと願えばその通りになるんだな?
「ええ、そういうことになりますね」
例外は無いのか?
「例外は二つです。ひとつは先ほども言ったように突拍子もないこと、たとえば、ドラゴンを飼うとかですね。
もう一つは、貴方よりもさらに大きな力を持つ神が存在した場合です」
どういうことだ?
「あの時、涼宮さんが作った世界は、貴方が統括しているこの世界の内側にあるため、貴方の管轄内だったということはお話しましたね?
もしも、この世界も誰かが統括する世界の内側に位置していたら、その誰かは貴方よりも大きな力を持っていることになります」
……ややこしいな。つまり、この世界も他の世界の内側に俺が作った自己満足の世界かも知れないんだな?
「ひとつの仮説に過ぎませんがね」
もし仮に、お前がその誰かだったら、この世界は俺ではなくお前を中心にして回るということか?
「いえ、基本的には貴方が統括する世界なので貴方中心なのですが、その場合は僕はあなたの影響を受けないということになります」
ちなみに、俺の影響を受けていないヤツに心当たりは無いか?
「………………無いですね」
なんだ今の間は。
「いえ、なんでもありません」
もし、SOS団の中でその神がいるとしたら誰だ?
「見当もつきませんね。案外僕かもしれませんし。その人を注意深く観察していればわかるんでしょうけど、
あいにく僕にはそれほどの余裕はありません。貴方の考えは?」
お前はないだろうと思ったから、お前に電話したんだ。
「では、朝比奈さんか長門さんのどちらかだと?」
多分、長門だな。
「ほう、なぜそう思いますか?」
勘だ。
「神が勘に頼るのですか」古泉の笑い声が電話の向こうで聞こえる。
勘に頼るしかないだろう。そいつは俺の影響を受けないんだから。
「そうですね。まあ、そのような人間がいるとは限りませんが。
このような電話を僕にしてきた、ということは何かトラブルでも?」
「まあ、ちょっとな」俺は窓の下にある死体を見ながら言った。
「何かお困りのようでしたら、できる範囲で手伝いますが?」
いや、大丈夫だ。じゃあな。
俺は電話を切った。


午後五時三十六分。部室にて。


そもそも、俺が増えるという時点でおかしいんだ。
俺がもうトラブルには巻き込まれたくないと願っているのだからその通りになるはずなんだ。
つまり、今回のトラブルを起こしたのは俺の力の影響を受けない人物ということになる。
長門か? いや、影響を受けないのは主犯だけだ。長門が主犯だとは限らない。
俺はどうやって増えた? 未来からやってきたから増えたんだ。
じゃあ、未来の俺をこの時間帯に遡らせたのは誰だ?
そんなの一人しかいない。朝比奈さんだ。
だが、朝比奈さんがその人物に従っているのかもしれない。
十分にありえる。だが、そのためには朝比奈さんと長門と知り合いで、
さらに二人の正体が未来人と宇宙人ということに気がついている人間でなければならない。
これに当てはまる人間は……古泉と喜緑さんと長門と朝比奈さん。
いや、知っているとも限らない。ハルヒは知らなかったが世界を操ることができた。
つまり、朝比奈さんと長門を従わせることができる人間とは、
朝比奈さんと長門の正体を知っているということを朝比奈さんと長門が知っている人物だ。
……ややこしい。実にややこしい。
いや待て、その人物を従わせることができる人間も、その候補に入るんじゃないか?
朝比奈さんと長門の正体を知っているということを朝比奈さんと長門が知っている人物を従わせることができる人物。
頭がこんがらがってきたぞ。
朝比奈さんと長門の正体を知っているということを朝比奈さんと長門が知っている人物は、前に上げた四人だけのはずだ。
その四人を従わせることができる人間は……俺の知る限りでは存在しない。
つまり容疑者は四人だ。
さて、問題はここに俺を含めるべきか否か。
俺が、その「誰か」という自覚を持っていない可能性もある。一昨日まで神の自覚なんてなかったんだからな。
しかし、その俺とは俺ではない。「俺」だ。
そう、あの時のもう一人の俺、つまり「俺」は、もしかしたら俺の異時間同位体ではない可能性もある。
あれが三人とも俺の異時間同位体ならば、俺はコンバットマグナムで眉間を撃ち抜かれて死ぬわけで、
決して三階から落ちて死ぬことは無いのだ。
つまりあの「俺」は俺の異時間同位体ではなく、それ以外の何かだということだ。
それがなんなのかはわからん。パラレルワールドからやってきたもう一人の俺か、あるいは俺に変装した俺以外の人物かもしれない。
俺のクローンかもしれないし、俺の幻覚かもしれないし、俺のそっくりさんかもしれない。
まあ、あの「俺」はいつかわかると言ったのだから、いつかはこの謎が解けるのだろう。


午後六時。部室にて。


さて、どうするか。
死体を放っといたまま帰るわけにもいかない。
未だに死体が誰にも目撃されていないのは、俺がそうなるように望んだからだ。神はいいぞ。
とりあえずお茶で一服してから考えることにしよう。俺は急須にお湯を注ぎ、湯飲みにお茶を注いだ。

 

~ちょっとキョンのまめ知識~
日本茶という言葉は、日常的な会話に用いられる用語であって、茶の学術的な分類として定義された言葉ではない。
ちなみに日本三大銘茶は『色の静岡、香りの宇治、味の狭山』と言われている。
狭山茶は美味いぞ。茶葉の厚さと伝統の火入れにより色・香り・味ともに濃い茶だ。少ない茶葉でも「よく出る」茶に仕上げられている。

 

だが、今俺が飲んでいるのは『色の静岡』だ。
ちょっと熱めの静岡茶を時間をかけて飲み干し、湯飲みを机に置く。

……どうすればいいだろうか。


開いた窓から入ってくる涼しい風が頬を撫で、非常に心地よい。
ちなみにこの窓の十数メートル下には死体が一つ転がっている。
もうずっとこのままでいたい。ここにいると和む。
まあ、死体が近くにあるのでそんなことは言ってられんのだがな。

このとき、俺のポケットに入っている携帯電話が震えだした。着信だ。
液晶は相手が長門であることを示している。
もしもし?
「……問題が発生した。すぐに私の部屋に来て欲しい」
すまん、今ここを離れられないんだ。何があった?

 


「朝倉涼子が動き出した」

 

 


俺のトラウマはマリアナ海溝の何倍も深いようだ。名前を聞いただけで体中に鳥肌が立つ。
一昨日の一件で、俺のトラウマはさらに抉られたからだ。
「……で、どうすればいいんだ?」
「彼女は昨日から市内で姿が確認されている。昨日に遡り、彼女の計画を阻止する」
いつもに比べてかなりわかりやすい説明だったが、かなり無謀だな。
「長門……俺が行かなきゃいけないのか?」
「そう」
「そうか……だが、俺はここを離れられないんだが」
「そちらへ向かう」

 

 

俺は鈍い。
このときの俺はまだ気がついていない。
先ほどのことが再び繰り返されるイコール、俺は三階から落下という
どんなフラグクラッシャーでも折ることのできない死亡フラグを手にしてしまったのだ。
俺は残念ながらスティーヴン・セガールではないし、アーノルド・シュワルッツネガーでもなければジャッキー・チェンでもない。
三階から落ちて無事なわけが無い。それもただの三階じゃない。学校の三階は普通の建物の三階の二倍はある。
それに、俺はまっさかさまに落ちたのだ。生き延びられるわけがない。
電話を切って、長門が来るのを待つことにした。

 


午後六時二十五分。部室にて。


「迎えに来た」と長門。その後ろには朝比奈さんもいる。
「で、昨日に遡るんだな? 俺はここから離れられないんだが」
「なぜ?」
言うべきか? 言うしかないだろう。
「その……俺の死体がこの窓の下にあるんだが……」
「無い」
なに?
「そのようなものは存在しない」
俺は窓から身を乗り出して、窓の下を確認した。

 

 

……死体が無い。

 

 

 

 

どういうことだ? ついさっきまではあったはずだ。俺が無くなって欲しいと望んだからそうなったのか?
古泉は突拍子も無いことは実現しないと言ったはずだ。
誰かが死体を運んだか、それとも蒸発したのか、俺の幻覚だったのか、ただのホログラムだったのか俺には全くわからん。
俺はこのことを深く考えないようにして、長門と朝比奈さんについていくことにした。

 

 

 


すでにお気づきの方も多いと思うが、この物語は二日目から始まっている。
その理由は、説明するよりも実際にこの続きを見てもらったほうが早い。

 

 


一日目

 

午後六時。部室にて。


この時間は、俺はハルヒに連れられてホームセンターに向かっているはずだ。
だからここには誰もいない。
俺と長門と朝比奈さんを除いて。

 

「現在、朝倉涼子は校内にはいない」
どこにいるんだ?
「この時間帯のあなたのところ」
……ホームセンターか。
コクと四ミクロンほど頷く長門。

 

 


午後六時二十三分。ホームセンターの駐車場にて。

 


朝比奈さんは部室に残り、俺と長門でホームセンターまで来ることになった。
徒歩で。
「で、朝倉はどこだ?」

 

 

 

「ここよ」
俺の背後から、あのトラウマ声が聞こえてきた。って、顔が近い! 息が耳にかかる!
俺と長門が急いで後ろに振り向くと、周りの風景が、朝倉に初めて襲撃されたときのような空間になった。
ああ……トラウマ復活だ。
まったく俺はなぜこのようなことに巻き込まれなければならないのだろう。
この世界が俺の思い通りになると知ったときはもう厄介ごとに巻き込まれずにすむと思ったのだが、どうやら神は厄介ごとが好きらしい。
神が誰だか知らんが。
「パーソナルネーム朝倉涼子を敵性と判定」
「あら、私を消すつもり? この空間が私の情報制御下にあるのはわかるでしょ?」
急に体が動かなくなってしまった。またか。長門も動けないようだ。
「安心して、彼を殺そうってわけじゃないわ。ちょっと驚かせようと思って」
もう十分驚いた。
「それは危険。世界を改変する可能性がある」
「ええ、だってそれが狙いだもの。彼を奪おうとしてるのに、この世は彼を中心に回ってるのよ?
改変しなきゃ何もできないじゃない」
朝倉のこの言葉で、俺は気づいた。

 

 

 

 

 

 

 


神はこいつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿な俺は、容疑者のなかに消えた人間を含めるのを忘れていた。
そう、神は朝倉だ。
俺はもう、トラブルに巻き込まれるのはごめんなんだ。だが、今回のトラブルを起こしたのは朝倉。
朝倉がこの時間帯に現れたから、俺と長門はこの時間帯まで遡る羽目になった。
朝倉のせいで、俺は増えて、俺を殺した。
俺の影響を受けない唯一の人間、いや、インターフェイスは朝倉だ。

 

 

 

 

 

 

右にいる長門が、例の高速呪文を唱え始めた。
神に対する反乱の始まりだ。

 

 

 


第三章 ~ブラックホーク・ダウン~

 

 

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最終更新:2020年06月29日 18:31