二日目

午後五時。部室前にて。


『三名欠席により
今日の活動は休み』
という貼り紙を見たのは放課後のことだった。
ハルヒが風邪で欠席しているのは知っていたが、古泉まで休みか? 珍しいな
まず、俺がこの貼り紙を見て思ったことは一つ。

もう、殺人現場を目撃するのは嫌だ。

もしかしたら、また何か巻き込まれるかもしれないな。なんてレベルじゃない。
少しでも変わったことがあったら、俺が俺を殺してしまう現場を俺が目撃する前兆だ。
このドアに貼られた貼り紙を剥がして、そのままさっさと帰ろうとしたときだった。
部室の中から人の気配を感じた。気配だけだが、明らかにドアの向こうには誰かがいるのだ。
それに物音もする。足音のような音。おそらく一人だ。
団員以外にこんな部屋に入るような物好きな人間はこの世どころかあの世にも存在しないので、おそらく長門だろう。
というか、長門であってくれ。
一人でいつものように読書しているのだろうか。いや、していてくれ。
神様仏様イエス様俺様団長様、どうか長門が読書をしていますように。
俺は意を決して、冷たいドアノブを回して中に入ろうとした。
このドアは一昨日に見事に蝶つがいが外れたのだが、翌日に団長様に連れられて、ホームセンターまで行く羽目になった。
蝶つがいって、あんまり売ってないんだな。
ドアを開けると、残念ながら人間が二人いた。
そこまではなんら問題ない。俺はそのままいつもどおりの席に座って長門が読書している様子を眺めているだろう。
しかし、それができないのだ。その二人の人間のどちらか片方が長門ではなかったせいで。
皆さん、そこに誰がいたか予想していただきたい。絶対当たるから。
長門でもなければ古泉でもないし、朝比奈さんでもハルヒでも鶴屋さんでもない。国木田でも谷口でもないし、朝倉でもない。
俺の妹でもないし、コンピ研の部長がそこにいたわけでもない。
絶対に、そこにいるはずのない人間がいたのだ。
一人は俺のほうを見て、こう言った。
「そろそろ来ると思ってたぞ」
ああ……勘弁してくれ。
俺の頭の中は正直言って、パニックだ。
その男は片手に拳銃を持っていて、銃口からは煙が出ている。
「その拳銃で誰を撃つつもりだ?」と聞くまでもなかった。
もう一人のほうは、そいつの足元で頭から血を流して、ピクリとも動かずに床に寝そべっているのだから。
ここで俺のまめ知識をひとつ。
俺はここを部室とは呼ばない。トラウマと呼ぶ。
男は「ちょっとこいつを処理するの手伝ってくれ」と俺のほうを向いて言った。
本当に恐怖を感じたときは、笑うしかないものだ。
しかし、笑うことすらままならない。
だって二人とも……



「俺」なんだから。

ここで言う俺とは、キョンである。名前はまだ無い。(あるけどな)
つまり、同一人物が同じ部屋に三人存在しているということである。
これは前にも見たことがる光景だな。
え~と、これは俺が望んだことと考えていいのか?
俺は望んでいたのか? 俺が俺を殺してしまう場面を俺が目撃してしまうという非常にややこしいシチュエーションを。
だとしたら、俺は精神科に行ったほうがいいな。
これはアレか? 「デジャヴ」か?
「聞いてるか?」と俺の顔を覗き込む俺。
コイツ、さっきなんて言ったっけ? 「こいつを処理するの手伝ってくれ」だっけ?
「こいつ」ってこの死体のことか? 頭から血を流して死んでる俺のことか?
断る、って言ったら撃つよな?
「まあ、撃つことは無いだろうが、お前は後悔するぞ」
すまん。何言ってるんだか全然わからん。馬鹿な俺にもわかるように説明してくれ。
「俺は未来のお前だ。お前もいずれ自分で自分を殺すんだ。後で後悔しないように、
今、未来の俺を手伝ったほうがいいんじゃないか?」
……どうせそれ以外に選択肢は無いんだろ?
わかったわかった。手伝うからそのコンバットマグナムを捨てろ。俺はその銃にはトラウマがあるんだ。
「俺」は長机に拳銃を置いた。
「じゃあ、手伝ってもらおうか」
コイツの足元に転がっている俺は、眉間に穴が空いていて、そこから血が流れ出ている。
……気持ち悪い。こんなの明らかに死んでる。脈を確認するまでもない。
……綺麗な顔してないだろ? ……死んでるんだぜ?


で、どうやって処理するんだ?
「今考えてんだよ、ちょっと待て」と頭を抱える「俺」
そもそも、お前が撃たなきゃよかったんじゃないか?
「今更そんなこと言っても遅いだろ。撃っちまったんだし」
「俺」の足元には、まだ死体が放置されている。何も考えが浮かばない。
今日は古泉は休みだし、どこにもこの死体を隠すことはできない。
「なんか、いい考えは無いのか?」と言いながら、「俺」は椅子に座った。
あるわけ無いだろう。
「……静かにしろ」
「何?」
「声を出すな、静かにしろ」
なんだかよくわからないまま、「俺」の言うとおり静かにすると、廊下から音が聞こえてきた。
足音だ。
待て待て、これってやばいんじゃないか?
この部室には俺が三人いる。しかもその内一人は脳天を拳銃で撃ちぬかれて死んでる!
こんなのを見られたら非常にまずいんじゃないか? 人生最大のピンチ!
ドアノブが静かに回る。ドアが開く。
入ってきたのは……





長門だった。
やばいな。とてもやばい。
そのやばさを百点満点で表すなら三兆点くらいだ。百点満点と言っているのにもかかわらず、百以上になるくらいやばい。
足元には脳天を撃ちぬかれた俺の死体が転がっているし、床は血で真っ赤に染まっている。
「長門、この死体どうするんだ?」と「俺」。
「大丈夫、わたしが処理する」と言って、長門は死体に歩み寄った。




ん?




こいつら……




共犯?




長門が「情報連結を解除」と言うと、俺の死体は光の粒となって脚のほうから消えていった。
床を見ると、いつのまにか血痕まで消えていた。
「長門、これで終わりか?」と「俺」。
コクと頷く長門。
……これはどういうことだ? 説明してくれ。
「そのうちわかるさ」
「いや、ちゃんと説明してくれ」
「時間が無いんだ。そのうちわかるから、今はこれで納得してくれ。長門、行くぞ」
長門はドアから出て行った。「俺」もドアに向かっていった。
長机の上には拳銃が置いてある。
……拳銃。




「……説明しろ」俺はもう一度言った。
「……待て、正気か?」
気がつくと、俺はコンバットマグナムを「俺」に向けていた。
俺を殺しときながら、何の説明もせずにさっさと行っちまうのか?
「まあ落ち着け。そいつをそこに置くんだ」
「説明しろ」
俺は「俺」に狙いを定めた。
説明するまでここから出さん。


「……安全装置くらい外したらどうだ?」


何?



俺は急いで拳銃を確認した。安全装置は……無い。
この銃に安全装置は元々ついていない。



急いで「俺」のほうを向くと、俺に向かって回し蹴りをしてきた。
あわてて一歩退くが、拳銃は足で弾かれ床に落ちた。
まずい!
俺は「俺」に後ろに突き飛ばされ、長机を巻き込みながら倒れた。
「俺」は拳銃を拾おうとする。俺は急いで、「俺」の足を掴んだ。
「放せ! この野郎!」
「俺」は必死に脚を振り回すが、そんなことでは俺は離れない。
「逃がすか! この野郎!」
俺が思いっきり「俺」の脚を引っ張ると、「俺」はバランスを崩してそのまま豪快に転んだ。
衝撃で机の上の最新型パソコンが床に叩きつけられる。
「放せ! 時間が無いんだ!」
「説明しろぉぉぉおおお!!」
俺は「俺」の脚を引っ張って逃げられないようにしっかりと掴んだ。
「俺」はもう一方の足で俺を蹴ってくる。
「放しやがれぇぇぇええ!!」
「俺」は蹴るのをやめ、床に落ちている拳銃に手を伸ばした。
これは……まずいな。
「させるかっ!」
俺は「俺」の脚をさらに引っ張り、これ以上進めないようにがっちりと掴んだ。
「放せっ! 放しやがれこの野郎っ!」
「俺」は再び俺を蹴り始めた。
俺は右手で「俺」の左足を掴んだまま、俺を蹴ってくる右足を左手で掴もうとしたが、うまくいかない。
「俺」は棚にしがみつきながら、なんとか立ち上がろうとする。
俺が脚を掴んでいるため、「俺」はうまく立てず、窓に寄りかかっている。
「放せっ! 放せっ!」
「俺」はまた、俺を蹴ってきた。



ここなら……



拳銃に手が届く。


俺は急いで拳銃に手を伸ばした。
「俺」はそれを奪おうとするが、俺が脚を押さえているため、手が届かない。
俺は「俺」に向かって銃を構えた。
「説明しろ!!」
「無理だ!! 放せ!!」
俺は引き金を引いた。
銃弾は「俺」の脇を抜けて、窓を突き破った。
「俺」はその窓に寄りかかっていたため、バランスを崩して窓の外に落ちていった。


ああ……やっちまった。



第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。




第二章 ~神は誰だ~


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