第4章

 俺と古泉は今、例の黒塗りの車に乗って高速道路を走っている。古泉がドライバーに適当に回ってくれと伝えていたのでいつかの交差点へは向かっていない様だが。
 「突然すみません。少しばかりお話したい事があったので」
 何についてかは分かっている。分かっているから手短に頼む。
 「ご察しの通り涼宮さんについてですが、これもあなたが気付いていればこんな事にはならなかったのですが」
 いつものスマイルで皮肉を述べた。で、どんな事が起きたってんだ?
 「閉鎖空間です」
 やはりか。今更だが、すまない事をした。
 「それは僕に言うべき言葉ではないですね」
 俺は古泉の言葉にリアクションはせず、ただ自分のした事に対する責任の取り方を模索していた。さすがにハルヒがやたらと絡んで来たせいでこうなったんだ、なんて言い訳じみた事は言わん。だが、これは訊いておかなくては。
 「何故ハルヒはあんなに絡んで来たんだ?」
 古泉は一瞬驚いた様な表情をして苦笑しつつ、
 「本当にお分かりでないんですね。そのあなたの態度ですよ」
 俺の態度?確かに周りで色々とあって動揺していたかもしれないが、それでもSOS団の連中といる時は普段と変わらない態度だったはずだ。
 古泉は俺が本当に分からないといった様子を察したらしい。
 「仕方ありませんね。あまり時間も無いので手短に話しましょう」
 だから最初に言っただろうが。そう突っ込むと、古泉はフフッと笑いを漏らし、
 「そうでした。では、その涼宮さんが何かと絡んで来る原因ですが、究極は涼宮さんのあなたに対する嫉妬です」
 ・・・何だって?あのハルヒが俺にもちを焼いたってのか?だがしかし、もちを焼くってのはつまり・・・
 「そうです。涼宮さんはあなたに好意を持っている、という事になります」
 そういう事になる。絶句だ。杜甫じゃないぞ。俺はまさに声が出せずにいた。
 「先程、原因は涼宮さんの嫉妬だと言いましたが、もっと直接的な原因、つまり涼宮さんが嫉妬をする引き金となったのは3月30日、あなたと朝比奈さんがSOS団の活動に参加せず、蓋を開けてみればあなた達が時間を共有していた事です。最も、あなた自身が朝比奈さんと一緒にいた訳ではない様ですが」
 知ってたのかよ。それよりも、未来の俺はわざわざハルヒがもちを焼くように仕組んでたのか。
 「さらにあなたは無意識に、あなたによればいつも通りに朝比奈さんに視線が行っていて、それにより涼宮さんの嫉妬心は膨れ上がったと言う訳です。いやはや、乙女心は察し難いですね」
 これだけハルヒの心理状況を説明したお前が言うな。
 「涼宮さんに限りですよ。それにこれだけ説明したのですからあなたにもご理解頂けたでしょう。そしてどう行動すべきなのかも」
 ああ、この説明で理解できないヤツは言葉の通じない何処かの民族くらいだ。
 古泉は車窓の外を眺め始めた。太陽はまだ朱の輝きを放っているのがビルの合間から確認できる。そしてしばらくの間、車のタイヤがアスファルトを蹴る音だけが流れていた。
 「ところで、僕は『機関』に所属して涼宮さんを観察するために北高に来ました」
 突然古泉が沈黙を破った。
 「正直に申し上げますと、初めの頃の僕はSOS団の方達とここまで深くお付き合いするつもりはありませんでした」
 古泉が俺の方を向いた。十八番であるあの微笑みは消え、今日一瞬だけ見せたあの真剣な表情で。言っている事は相変わらず遠回しだが。
 「ですが、今の僕は『機関』の人間である以前に、あなた達SOS団の『友人』であると勝手ながら思っています」
 いつかの雪山での古泉の言葉がリフレインする。
━━━僕は『機関』の一員ですが、それ以上にSOS団の副団長でもあるのですから。
 「そして、これから僕が言う事はあなたの友人の1人として言います」
 これはかなりの爆弾発言じゃないのか?そう思ったが、次の古泉の言葉はそれを遥かに上回る核爆弾だった。
 「あなたは涼宮さんと友人以上の関係になって下さい」
 本日2回目の杜甫状態。
 「では、彼の家までお願いします」
 俺に核を打ち込んだ張本人はドライバーにそう告げた。
 
 俺はベットに寝転がりながら、別れ際のやり取りを思い返した。
 黒塗りの車は見慣れた市街地に入り、俺の自宅前で停車した。車を降りる際、古泉が微笑みながらこんな事を言った。
 「先程はあんな事を言いましたが、結局はあなた次第です」
 ああ。今日はすまなかったな。
 「お気になさらずに。では、良い結果を期待してます」
 ヤツは片手を上げて車窓を閉めた。同時に、車も走り出した。夕日はとうに西の彼方に沈んでしまった。
 「俺次第ねぇ・・・」
 天井に向かって呟いてみたが、どうにも踏ん切りはつかない。それにこれからもうひとイベントあるしな。携帯電話のディスプレイは6時5分過ぎを表示している。
 「さてと」
 体をベットから引き剥がし、上着を羽織る。今日は冷えるしな。
 親に適当な理由を付けて家を出る。少し早いがあいつならもういるだろう。自転車に跨り、変わり者ゆかりのベンチへと向かった。
 少し早く家を出ただけあって指定時間の15分前に着いたのだが、すでに長門はベンチにちょこんと座り、今日借りたと思わしきハードカバーの本を読んでいた。
 「よう。昨日は気付かなくて悪かったな」
 「平気」
 長門はぱたんと本を閉じて立ち上がる。少しだけこちらに顔を向けた。
 「付いて来て」
 俺は言われた通り、長門の後ろに付いて行く。行き先なんて聞かなくても分かるだろう?この1年間で何度世話になったかわからない、今俺の前を音も無く歩く宇宙人の部屋さ。
 「上がって」
 「おじゃまします」
 長門以外誰もいないのは分かっているし、俺がこんな事を言っても長門が「どうぞごゆっくり」と言うはずもないのだが、あえて俺は言う。宇宙人の部屋に侵入する地球人代表として。
 そんな3流SF漫画でも使われないようなフレーズを考えているうちに、長門がお茶を運んできた。
 「飲んで」
 ん、いただきます。やはり長門の淹れたお茶もなかなかいい。いつも思うのだが、こいつに出来ないことなんてあるのだろうか?
 「今、公園のベンチであなたの異時間同位体が涼宮ハルヒと接触している」
 ぶほっ!?長門の突然のつぶやきに吹き出す俺。だが長門はお構いなしに続ける。
 「涼宮ハルヒは本来ならば巨大な閉鎖空間を発生させるほどの精神ストレスを負っている。この時点で閉鎖空間が観測されないのは彼女の時空改変能力が極端に失われているため」
 俺は服の袖で口を拭う。
 「だが、このままほっとく訳にもいかないんだろ?」
 無言で頷く。
 「それに・・・原因は俺にあるらしいしな」
 「あなたの言う通り涼宮ハルヒの精神ストレスの原因は主にあなたに依存する」
 少し間があり、また続ける。
 「彼女はあなたと今以上の関係を望んでおり、あなたはそれに応えるべき。それに━━━」
 不意に、先程の古泉の言葉が蘇る。
 
 「これから僕が言うことはあなたの友人の1人として言います」

 「あなた達有機生命体の生命維持活動は私達と異なり、限界がある。だから━━━」
 
 「あなたは涼宮さんと友人以上の関係になって下さい」 
 
 この時、俺はわずかに長門が微笑んだ様に見えた。思わず湯飲みを落としそうになった。
 「あなたには幸せになってほしい」
 口が動かない。どうやら湯飲みに全神経を集中していて喋ることが出来ないようだ。
 「これは、私個体の望み」
 「そうか」
 簡単に口が動いた。とりあえず湯飲みをテーブルに置く。
 「古泉一樹から強制はさせずに、あなたに決断を委ねるようにと言われた」
 次は間抜けに開いていた口を閉じる。
 「それでもあなたは涼宮ハルヒの『鍵』。忘れないで」
 長門はお茶を飲み始めた。これで話は終わりという合図だろう。
 「そうか。今日は一旦帰って考えてみる」
 「そう」
 俺は長門のマンションを出た。外は相変わらず寒く、冷たい風が顔を撫ぜる。
 
 風呂から上がった俺の背中は再びベットに張り付いていた。だが、俺の気持ちは度重なる核弾頭により優柔不断領域から脱出して決意を固めていた。
 「やるしかないな・・・」
 今日はもう未来の俺がタイムトラベルしたので決行は明日になる。照明を消して布団に潜る。朝比奈さん、明日は頼みます。
 
 
 次の日の朝、俺は妹の布団剥ぎよりも早く起床した。時刻は現在6時50分。朝比奈さんもきっと起きているだろう。朝比奈さんの携帯番号へ掛ける。何回かのコール音の後、
 「もしもし・・・キョンくん?」
 「あ、おはようございます。えっと、今から会えませんかね?」
 この言葉だけ聞けばなんとも恋愛チックだが、実態はそんな甘いものじゃあない。
 「・・・・・・」
 右耳に沈黙が流れる。何だ?
 「朝比奈さん?どうかしましたか?」
 「あっ、ううん。ごめんね。じゃあいつもの駅前でいいですか?」
 時間指定をしないのはご愛嬌だろうね。俺が指定しなくては。
 「じゃあ7時半に駅前にしましょう」
 「うん・・・じゃあまた後でね」
 はい、と言おうとして電話は切れた。まだ何か朝比奈さんの様子がおかしい。
 がちゃり。
 「あ!キョンくん起きてたのー!?」
 妹がドアを開けてでかい声を出す。
 「そりゃ俺だって早く起きる日はあるんだよ」
 「ふぅん・・・デートでしょー?」
 馬鹿言ってないでさっさと顔洗ってこい。よだれの痕付いてるぞ。
 「キョンくんもー」
 妹は俺を無理矢理引っ張って行く。やれやれ、威厳無いな俺。
 そうこうしてる内に時刻は7時半に近付いて行き、遅刻の二文字が俺を襲う。妹の意識が朝飯に向いている隙に家を出て、自転車で駅前を目指す。
 
 どうも俺は人を待たせる星の元に生まれついたらしく、聞けば朝比奈さんは15分前にはやって来ていたそうだ。
 「いつもすみません」
 「気にしないで」
 彼女は優しく微笑んでくれた。俺にはその笑顔が無理して作られたように見える。気のせいとは思えないが。
 「時間逆行、するんですよね?」
 「そうですが、ここでやる訳にもいきませんよね」
 「あぁっ、そうでしたぁ」
 朝比奈さんははっとした表情。本当に未来人なのかと疑ってしまうのは無理も無い話じゃないか?
 「場所ならもうありますから、大丈夫ですよ」
 そう言って俺はある建物を指差す。
 「あれって・・・」
 そう、長門のマンションである。朝比奈さんにはちと気の毒だが。
 
 「俺だ」
 「入って」
 なんていつも通りのやり取りをして部屋に上がらせてもらう。
 「お、お邪魔しますぅ」
 朝比奈さん、そんなオドオドしなくても。
 「今回私は付いて行く事はできない」
 そうなのか?
 「あの時間平面上に私は存在しなかった」
 あの、と言うのは昨日俺が長門の部屋に上がっている時だろう。
 「じゃあ、朝比奈さん。お願いします。まずは3月30日の午前2時頃の俺の部屋で」
 「分かりました。目をつぶってください」
 目を閉じ、背中に朝比奈さんの手の温度を感じた刹那、目眩の様なあの感覚に襲われた。
 無重力空間がこんな感じなら俺は絶対宇宙飛行士になれないな、なんて消えかける意識の端っこで考えて、視界が暗黒に覆われた。

 時間遡行した俺が何をしたのかなんて今更説明する必要も無いと思うので割愛させてもらう。だが、まだ疑問に残る事がある。それは、俺が30日に逆行した際朝比奈さんには31日の部活終了後、俺を探検に連れて行ってくれと頼んだだけだった。それだけで朝比奈さんは顔を曇らせた。何故だ。隣にいる朝比奈さんに聞こうものならまた涙を浮かべて断られるだろう。とりあえず今はタイムトラベルに集中するしかないのか。
 「えっと、次は1日の図書館でお願いします」
 1日の図書館。それは俺が寝ている時間に行われた。本棚の世界に紛れた長門に事情を説明し、午後のクジ引きで俺とハルヒが同じになる様にしてくれと依頼した。こうしなければあの喧嘩は発生しない。させたくはないのだが。
 そして最後━━━
 「昨日の、そうですね・・・午後7時、光陽園駅前公園でお願いします」
 俺とハルヒが先程のいざこざを乗り越え、今以上の関係になるであろう最後の時間遡行へと向かった。
 
 
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