目覚まし時計が鳴る前に止めるのって、快感じゃない?
わざと遅く設定した目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
今日は土曜日なんだけど、不思議探索は中止。
キョンが家の用事でどうしても出られないっていうから。
みんな平然とそれを受け入れてたけど、勘ぐってないわよね。
別にキョンがいないから中止にしたっていうんじゃない。
理由は別にあるの。でも、興味ないはず。だから言わない。

ベッドから起き上がって、洗面台に直行して、日常の身だしなみを済ませる。
パジャマのままだけど、朝ごはん食べるまではこれでいいや。
出掛ける予定もないし、今日は完全休養日ってことね。
居間に入ると、親父がカーペットに寝そべって新聞を読んでいた。
「おはよう」
「お、おはよう」
親父はあたしの顔をちらりと見たけど、なにも言わない。
出掛けないの知ってるからで、構う気はあまりないみたい。
今日は穏やかな休日になりそうね。

母さんが食卓に朝ごはんを並べ始めた。あたしもすこし手伝い、親父はバターとかジャムを冷蔵庫から出している。台所は大混雑。
そうだ、たまには親父が朝ごはんつくればいいのよ。
「無理よ、父さん料理ぜんぜん出来ないから」母さんが苦笑しながら言った。
「ああ、自分の才能の無さに愕然としたからな」
親父は情け無さそうに苦笑しながら言う。
「そうだっけ?」
「俺に出来るのはカップラーメンに湯を注ぐぐらいだよ」
「ちょっと前に、焼きそば作ってくれたじゃない」
「あれは例外。腹減って死にそうな時はなんでもできるさ」

食卓にずらりと並んだ朝ごはん。親父がリモコンでTVのスイッチをつけた。
適当にチャンネルを変えていって、落ち着いたのはなぜかアニメ番組。
あたしが小さいころからの習慣で、逆に楽しみになってしまったっていうんだけど、本当かしら。
「なんだ?新番組か」親父がぼそりと言った。
「そういう時期でしょ?」母さんはやさしく突っ込む。
「そか。最終回見逃しちまったな」ぼつりと親父が言った。
「真剣にみてんの?」思わずあたしも言葉が出てくる。
「いや。正直どうでもいい。ま、これ見て、来週も見るかどうか決めるか」
「アニオタね」パンにマーマレードをたっぷり乗せながらあたしは言う。
「なにを言う。やってるから見てるだけだ」親父はパンにブルーベリージャムをたっぷり乗せながら言った。
「この前、古いロボットアニメのDVD買って喜んでたじゃない」
「あれはその……レンタルがなかったためで……悪かったな」
「ふん。趣味は隠しても、ボロがでるのよ? 素直になったほうが身のためよ」
「隠しきれないものは、趣味以外にもあるぞ?」親父はスクランブルエッグに箸をつけながら言う。
「なによ」
「好意」ニヤリと親父が笑った。「彼が好きって事、隠し切れてないぞ?」
「バッカじゃないの」顔が一瞬で熱くなるのを感じる。
「赤くなってかわいいわね、ハルヒは」母さんがくすくす笑う。
母さんも余計なこといわないでちょうだい。

朝ごはんを済ませて、普段着に着替えた。
TVは朝の情報番組を映し出している。あたしは居間のカーペットに寝転がって、それを眺めている。
デートコースを紹介するコーナに反応しちゃうのは、しょうがないわよね。
録画しとこかしら。リモコンを操作して、録画開始と。
「綿密なプランは却って逆効果だぞ?」
着替え終わった親父がソファに座りながら言った。

「大 き な お 世 話」
「なんにもない時間をつくっとけば、意外な展開があるかもしれんぞ?」
「そんな展開なんか期待してないもーん」
「そうか。まあ 友 達 だもんな」
「……そうよ。だから、別にいいのよ……」
「うわ、そこでブルーになるか。意外だ。まぁ彼が言わないんなら、おまえが言えばいいだろうに」
「いいの。……いまの関係壊したくないし」
「まあ、気持ちは分からんでもない。だが、魔法はそう簡単にとけはしないぞ?」
んなこと言って、解けたらどうすんのよ。全部パァになるんだからねぇ。
「俺なんて母さんが掛けた魔法、いまだに解けてないんだから」
「ばーーーーーか」
「ま、頑張れ」親父はソファから立ち上がった。「ちょっと出掛けてくる」
「どこにいくの?」
「レンタルDVD屋。返すDVDもあれば借りたいDVDもあるしな」
暇だし、あたしも行こうかな……

親父と並んで歩いてビデオ屋に向かう。ちょっと歩いたところに、大きなレンタルビデオ屋がある。
「おいてないDVDは、リリースされてないDVDだけ!」なんてキャッチフレーズが有名。もっともローカルな話だけど。
親父は小脇にDVDの入った袋を抱えている。中身は映画だったり、アニメだったり、バラエティだったり、さまざま。
多趣味というか、節操がないのよね。この親父は。
「ハルヒはなんか借りる気あるのか?」
「まあ、面白そうなのがあればね」
「彼の口説き方なんてビデオはないと思うけどな」
「バーカ。…あのさ、恋なんて精神病の一種だと思ってたのよね。ずーっと」
「確かにそうだな。明らかに自分がおかしいからな」
「そう思ってたんだけど、最近そうも思えなくなってきて」

「それも正しい。恋は楽しいものだからな」
「どーすればいいのかな……あたし」
「なにを悩むことがある……でも、悩まないと成長しないし、難しいな」
「なにが言いたいのよ」
「まあ、悩めってことかな」
「役に立たないわね」
「親としちゃあ、ハラハラしながら子供の成長を見守るぐらいしか出来ないんだよ。おまえの代わりになってやることは出来ないからな。
せいぜい帰ってくる場所にしかなれないんだ。そして大きくなれば、違う場所に帰るようになる。それが独り立ちってもんだろう。
ちゃんと独り立ちして、そのうち誰かの帰る場所になってやってほしいとは思うけど、それも所詮親のわがままかもしれないな」
「………」
あたしは足元の石ころをかるく蹴飛ばした。石ころは回転しながら、どこかへ飛んで行った。
「まだ時間はあるし、たっぷり悩めばいい。おまえは賢いからな、答えを見つけられる筈だ」
「………」
「なーんてな。柄にも無く説教みたいなこと言っちゃったな」
「ばか」
一瞬だけ景色が滲んだのは、きっと目の錯覚ね。

レンタルDVD屋に客は少なかった。土曜の朝だもんね。
ちょっと店内をぶらついてみたけど、特に心を引かれるものはなかった。恋愛物に手が伸びそうになるけど、参考になる訳でもないからやめといた。
親父はDVDを返却してから、何本かアニメDVDを借りていた。
ロボットが出てきて戦争が始まる世界名作劇場って説明してくれたけど、意味が分からない。
親父だけ荷物をかかえて、レンタルDVD屋を二人で出た。
「ロボット、ドリル、世話好き女の子は男のロマンだぞ?」
「全然わかんない」
「フッ、おまえに息子でも出来れば嫌でも分かるさ」
「残念でした。あたしは娘希望よ」
「母さんと同じことを言う」
「父さんは息子がよかったの?」
「ん?別に。名前、両方考えてたしな。そもそも実際産まれるとなると、とにかく元気に生まれてくれってだけだしな」
「そういうもんか」
「親になればわかるけどな」
「そうか………」いつかはあたしもそうなるのよね。相手は……誰だろう。あいつかな。あいつだったらいいのに。
そんなところまで付き合ってくれるのかな。
「といっても、まだ孫はいらんぞ? まだお爺ちゃんと呼ばれるには早すぎる」
「……一回死んだらどう?」
「死んだら、今度はおまえの子供として生まれてくるかもな」
「ほんとしつこいんだから」
「親ってのはそーゆーもんだ」
「ばーーーーーーか」

家に戻ると、母さんが昼食を用意していてくれた。
スパゲッティだった。ミートソースがおいしい。お代わりまでしちゃった。
親父は自室で、借りてきたDVDを見始めるようだ。ウキウキしてるのがよく分かる。本当、子供なんだから。
母さんはいい洗濯日和と喜びながら、洗濯を始めている。
あたしも自室に戻った。部屋を片付けて、ごろごろ昼寝でもしようかしらね。
机の上に置きっ放しの携帯がなにかを知らせている。
どうやらメールみたいね。誰かしら。確認すると、あいつからのメールが届いていた。10分ぐらい前か。
『用事が済んだ。いまどこだ?』
『家』
それだけ打ってベッドに寝転んだ。
用事終わって、すぐメール送ってくるなんて、そんな彼女にするような事をあたしにするって、どういうつもりなのかしら。
ちょっとだけ、期待しちゃうじゃない。
『そうか』
返事はすぐにやってきたけど、そうかってなによ、そうかって。
『なんか用?』
悔しいけど、そう打つしかない。でも、あたしはキョンに用なんてないけどね。
あたしに用があるなら、早くいいなさい。
『暇か?』
キョンって勉強しないだけで、頭悪くないと思ってたんだけど、そうでもないのかしら。即メール打てるってだけで分かるでしょうに。
返事を打つ前に、メールがまた届いた。
『暇なら、散歩しないか?』
メール打つのめんどくさい。あたしはキョンに電話を掛けた。

「ん?出掛けるのか?」居間に降りて行くと、親父がコーヒーを飲んでいた。
「うん。ちょっと散歩に出てくる」
「ほう。そんなかわいい格好で散歩か?」
そりゃまぁ、ちょっと甘めかもしれないけど、こういうの流行ってるわけで。
「そうよ」
「彼なら、晩飯「うるさいわね」」
あたしが睨みつけると、親父は苦笑して言葉を切った。
「まあいいか。そのうちな」
「そういうんじゃないって、何回言えば分かるのよ」
「またまた。好き好きビームが出て「黙れ」」
親父はやれやれといわんばかりに肩をすくめた。
「夕方には帰るから」
「ああ、気をつけてな」
親父は笑顔で小さく手を振った。
あたしは軽く手を振って、家を出た。

おわり

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最終更新:2020年03月08日 00:41