ホワイトデー前後の物語


 かのバレンタインデーから早一か月。今年は市内に隠されたチョコを探して回った日の一か月後だ。
 見つけたまではよかったが、次の日は筋肉痛で動けなくなった挙句、お返しは倍返しでと団長の100Wの笑顔を突き付けられた。
 俺は勝手に思ったんだが、SOS団のバレンタインは男が損してるよな?
「では、あなたは僕達が得する日があるとでも?」
 うるさいな、古泉。わかってはいるんだよ、この団は女性上位主義によって成り立っていることはな。
「……そしてなぜお前がここにいる」
「あなたもお返しを買いに来たのでしょう? 僕も同じですよ」
 そういうことだよな。当たり前だ。ホワイトデー前日。
『もらった人にはお返しを』の精神を持つ俺の財布から一気に金が飛んで行く日だ。忌々しい。
 さて、ここで実に問題なのは3人とも同じ物を渡すかどうかだ。
「僕は同じ物を渡す予定です」
 お前には聞いてない。というより離れろ、今日はお前と買い物をする気はない。
「そうですか、それではあなたが何を用意するか楽しみにしてますよ」
 やっとニヤけ顔が遠くに離れていき、俺はデパートのベンチに腰掛けて考えだした。
 誰に何を渡すか……。みんな菓子でもいいが、長門は本の方が喜ぶだろうし、朝比奈さんもお茶とかのほうが良いだろう。
 できるだけ喜ぶ顔が見たいから喜びそうな物を渡すで決まりだ。
 しかし、一つだけ問題がある。
「ハルヒの欲しい物ってなんだ?」
 何が欲しいか聞いたらツチノコとか言いそうだし、不思議な物以外に欲しがりそうもない。
 そもそもあいつは「希望なんて聞いたら面白くないじゃない!」とか言いそうな人間だ。
 やっぱり自分で考えて渡すべきか。
 ……とか考えていたんだよ。そう考えているうちに今日が終わり明日が終わり、15日になってしまった。……ヤバいな。


 俺はいつものようにハイキングコースを登り、学校へと向かっていた。
 その時だ、やけにダークネスなオーラを発している人物を見つけてしまった。
 ……怒りを通り越してってやつか? よ、よう、ハルヒ。
「……バカ」
 振り向いてそれだけを言い放つと、ハルヒは再び俯いて歩き始めた。
 やっぱり俺がお返しをやらなかったからか? そりゃ渡すのが遅れるのは悪いと思う。
 朝比奈さんと長門に先にお返しを渡したのはただ単に何を渡すか決まるのが早かったからだ。
 ハルヒにも絶対に渡すからってメールをいれた。だからそんなに怒らなくてもいいんじゃないか?
 そんなことを考えながらハルヒの背中を眺めていたら急に振り向かれ、ネクタイを掴まれた。
「あたしが何に対して怒ってるかわかったら屋上に来なさい! 授業中もずっと屋上にいるから!」
 元気なかったのか怒ってるのかはっきりしてほしかったが、ハルヒはそう言うと走って校舎へと向かって行った。
 何に怒ってるかだと? そりゃ、二人に渡したのに一人だけお返しをもらえてないからじゃないのか?
 あー、答えは出たな。じゃあ屋上に行くか。俺も授業なんてサボってやる。
 靴箱から教室を素通り、一気に屋上へと登る階段に向かった。
 ……ちょっと待て、なんか嫌な雰囲気が流れている。小声で何か呟いてるのが聞こえるぞ。
「バカバカバカバカバカ……。あたしがあんなに勇気出したのに……」
 勇気出した? なんの話だ?
「フるならまだしも、返事も無しなんて最低よぉ……バカバカバカキョン……」
 意味がわからん。俺の頭の中はクエスチョンマークが大量発生だ。
 そして、何故俺がそんなにバカと言われなければならない? ……もういい、声をかけりゃ済む話だ。
「ハルヒ、さっきぶりだな」
「キョン!? ……わかったの?」
 ハルヒが涙を拭いていたように見えたのは気のせいだろう。
「だからアレだろ? 朝比奈さんと長門に渡したのに……」
「違う! ……もういい」
 ハルヒは膝を抱えて頭を埋めた。そのカッコだとパンツが丸見えなんだが。
 とりあえず横に座ってみる。いつまでもパンツを見とくわけにも、ほっとくわけにもいかないからな。
 そもそも、俺は何かしたか? さっき言ったことが違うとなるとどうなるんだ?
 うーむ、わからん。俺が渡されたのは『義理!』って大きく書かれたチョコだけだったし。
 しかも見栄を張ったのか箱だけやけにでかかったな。
「……もしかして気付いてないの? それともまさかあたしをからかってる?」
 いやいや、からかってるとか言われても何の話なのかさっぱりなんだが。
「あんたに渡したチョコの箱の底」
 箱の底? 中身を取り出したらすぐに畳んで捨てたからわからない。メッセージでも付いてたのか?
「箱の底は確認してない。あまりにもチョコが美味そうだったからな。そこまで気が回ってなかった」
 ……で、箱の底はどうなってたんだよ。
 ハルヒは右手を振り上げると俺の右頬を打ち抜いた。いきなりだし、痛い。
「いってーな!」
「……あたしのラブレター」
「へ?」
 ハルヒのラブレター? 箱の底に? 誰宛てのだ?
「……あんたに決まってるじゃない。一字一句忘れてないわ」
 ハルヒが……俺に? 『義理!』のチョコはどうなってるんだよ……とか言ってる場合じゃないな。
「『今までわがままに付き合ってくれてありがと。よかったらこれからもずっと、あたしの一番近くでわがままを見守って』……」
 ハルヒは頭の中にある原稿を音読するようにそのセリフを口にした。
 何回も、何回も口にしたのだろう。その言葉はやけにスムーズに出てきているように聞こえた。
 無言で膝を抱えて俯くハルヒの横顔を見ると、頬がほんのり朱に染まっている。
 一言で言うと、かわいいってやつだ。
 ともかく、返事をしなければならない。ハルヒはこれだけ思いを伝えたのだから、誠意を持って応えなければ。
「ハル……」
「何回も練習したわ。だけど、面と向かって言えなかった。だから箱の底なんかに書いたのよ」
 告白ってのは難しいからな。恥ずかしくない奴なんていやしないさ。
「ハルヒ、だか……」
「そりゃ気付くのは難しいわよね。ごめん、キョン」
 ……おかしい。こいつは俺の言葉を遮るようにしゃべってないか?
「ハ……」
「そうそう、みくるちゃん達からは聞いたわよ。好みの物を選んで……」
「聞け!」
 もう我慢ならん。ハルヒの肩を掴み、強引に視線を合わせた。……何を怯えてやがる。
 涙目で顔を横に振りながら、俺を見つめるハルヒがそこにはいた。
「やめて」とか「言わないで」みたいな表情をしてやがる。なんでだよ。
「やっぱりいいから。返事しなくていいわ……っていうかしないで。仲良く出来なくなるのが怖いから……ね?」
 やだね。もっと仲良くなるためには返事をしなくちゃならん。
 もちろん……ってわけじゃないが、俺はO.K.を出すつもりだ。理由? そりゃご想像にお任せする。
「落ち着け、ハルヒ。俺は……っ!」
 見事なまでに口を塞がれた。ここで漫画とかならばキスで塞がれるんだが、人生そんなに甘くないな。
 手で口を押さえられ、そのまま後頭部をぶつけるように倒された。
 たんこぶが出来た上に腰も強打だ。さっきのパンチより効くぜ……。
「言わないで言わないで! 好きじゃなくてもいいから言うなっ!」
 命令形ですか、団長様。だけど、そんな命令にゃ従えないな。雑用の反乱だ。
 ハルヒが漫画のようにやってくれない。それなら俺が漫画のようにやってやる。
「キョン、今まで通りで……んっ……」
 二回目のキス。ムードもへったくれも無い、俺からハルヒへの強引なだけのキスだ。
 ……いや、違うな。強引なだけじゃない。とびっきり愛のこもったキスだから。
「ぷはっ……キョン、なんで……」
 教科書通りのやり取りになりそうだな。「お前が好きだからだ」とか言えばありきたりな展開の出来上がりだ。
 だけどな、うちの団長はありきたりなんか求めちゃいない。
 もう一度、短く唇を触れさせ、ハルヒの髪を撫でながら俺は口を開いた。
「お前が好きだからだ」
 ……あ、結局ありきたりになっちまった。しまった、いろいろ考えたのに。
 慌てて言葉を継ぎ足してみた。
「俺のわがままも少しは聞いてもらうからな」
 それでもありきたりな言葉しか出ない。誰かハンマーを持ってこい。
 この足りない頭を叩いて直すから。いや、本気で。
「……あたしの方がたくさん聞いてもらうんだからね?」
 お、少しずつハルヒらしさが戻ってきたぞ。 
「それは構わん。だけど、二人でいる時は立場は対等だぞ。『団長』と『団員その1』じゃないからな」
「わかってる。ありがと……」
 ハルヒは俺に頭を預けてきた。あれか、恋人特有の幸せな時間ってのはこういうことなんだな。
 谷口にも自慢してやりたいぜ。
 ともかく、これで晴れてカップルだ。そしてホワイトデー問題も終了だ。
 ……ん? お返しはどうしたかって? もう渡したじゃないか。
 ハルヒからもらったのは『義理!』の気持ちだ。それを倍返しにすると……な? 『本命!!』の気持ちになるのさ。


おわり



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