衛星軌道を周回する軌道基地。
 私は、自室でゆっくりと本を読んでいた。
 昔から変わらぬ私の趣味。

 今読んでいる本は、「機関」の力で、地球連邦議会図書館から強引に取り寄せたものである。
 「機関」時空工作部最高評議会評議員の権力は、こういうときには便利なものだ。おかげで、情報操作を行使する頻度を減らすことができる。人はそれを権力の濫用というのかもしれないが。

 しばらくそうしていると、カリカリと椅子をひっかく音がした。
 振り向くと一匹の猫が、私を見上げている。


 涼宮ハルヒにシャミセンと名づけられた猫。その年齢は今となっては私と大差はないだろう。
 日本の古い伝承によれば、そのような長寿の猫は「猫又」と称されることになっている。

 なぜ、そんなに長寿なのかといえば、私が彼の中に凍結した情報生命素子の影響である。
 当然、涼宮ハルヒは一般的な猫の平均寿命をはるかに超えて長生きする彼のことを怪しんでいたが、古泉一樹がもっともらしい説明をすると一応は納得したようだった。
 おかげで私も助かった。涼宮ハルヒに対する直接的情報操作は禁じられていたため、この問題にどう対応すべきか苦慮していたから。
 それにしても、今は亡き古泉一樹のこの能力にはいまだに感心することしきりである。
 論理的思考が基本ベースである私は、もっともらしい嘘を上手につくというのがいまだに苦手だ。

 この猫は、いわば私の同志ともいえる存在だった。涼宮ハルヒと『彼』の夫婦を間近で見守ってきたという点において。
 だから、飼い主である夫婦が天寿をまっとうしたあと、私は躊躇なく彼を引き取った。
 涼宮ハルヒの子孫の観測及び保全という私の長く孤独な任務において、私が愛した人たちと共に過ごしてきた存在がずっとそばにいるということは、私の心の支えになってくれた。


 彼が抗議するように、椅子をひっかいている。
 時刻を確認する。ちょうど餌の時間であった。
 棚から餌を取り出す。地球から取り寄せたキャットフード。含有される栄養分こそ多少の進歩はあるものの、外観は昔のそれと大差はない。
 食欲を満たした彼は、睡眠欲を満たすべく再び丸くなった。

 私は、再び本を読み始めた。


 それから2時間がたち、私は読み終わった本を閉じて、立ち上がった。
 そろそろ、中級工作員朝比奈みくるが任務を終えて帰還してくる時刻だ。

 涼宮ハルヒと『彼』の玄孫であり、私の親友であり、そして、同志でもある彼女。

 その彼女は、中級工作員として組織の中で頭角を現しつつあった。
 この調子なら、2年もしないうちに上級工作員に昇級するだろうと予測された。
 そのあかつきには、「過去の私たち」に対する時間工作活動を任せることになるだろう。
 なぜなら、涼宮ハルヒ及びその周辺事項の保全という私の最優先任務にとってそれは必要不可欠なものであり、また、私にとってもそれが規定事項であるから。

 彼女の部屋で彼女を出迎えるべく、自室を出ようとして、ふと振り向いた。
 私のもう一人の同志は、相変わらず丸くなって眠っている。

 それでよい。

 彼が安らかに眠っていられるということは、すべてが平穏である証であるから。

終わり


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