「とまあ、そういう状況なわけ。本当ならこれから学校中ひっくり返してカエル男を捜そうと思ったんだけど、もう
そろそろ外も暗いわね。明日にしましょう。あたしはちょっと寄る所があるから先に帰るわ」

 ハルヒはそう告げると、未来は薔薇色といった顔つきで帰路に着いた。長門の本を閉じる音が響く。さて、俺も帰
るか。

 ハルヒ以外の4人で下駄箱を目指している間、古泉が爽やかスマイルとともに話しかけてきた。

「どう思いますか。今回の事件」

 さあな、とうとう異世界人が侵略してきたんじゃないのか。俺の領地に入るなってな。古泉こそどうなんだ。機関
とか言うのが関与してるんじゃないんだろうな。ハルヒを楽しませるためにさ。

「さすがにこのように目立つ場所で、これほど大胆なまねは出来ませんよ」

 自嘲気味に笑う。いつもの胡散臭さは感じない。嘘は言ってないように思えるな。
 下駄箱から靴を取り出そうとしたとき、俺は見慣れた可愛い封筒が入っているのに気がついた。いわずと知れた朝比
奈さん(大)からの連絡文書。周りにいるのは長門と古泉、朝比奈さん(小)は背の高い下駄箱をはさんで姿が見えない。
ここで中味を見てしまうか。

『これからすぐ、朝比奈みくると長門有希を連れて部室へ戻ってください。そこで何をするべきかは朝比奈みくるがわ
かるはずです』

 いくらなんでもいきなり過ぎませんか、朝比奈さん(大)…。朝比奈さん(小)は既に靴を履き替えて外に出ている。
長門も古泉ももう帰る気満々だ。

「長門、朝比奈さん、ちょっと話が…」

「なんですかあ?」

「……」

 帰ろうとしているところ申し訳ないんですが、俺の下駄箱にこんな封筒が…。

「この封筒…!」

 中味を読んだ朝比奈さんが決意を秘めた顔つきになっている。なんとも言えず可愛らしいが、どうやら急を要する内容
のようなので自重することにしよう。長門は当然無表情、何故か古泉が後ろからニコニコと手紙を覗いているが、古泉を
連れてくるなとは書いていないので、まあ別にいいだろ。

「これは興味深いですね。ついて行っても宜しいですか?」

 好きにしろ、行きましょう朝比奈さん、長門。
 俺達は早歩きで我らが部室を目指した。校内にはもうほとんど生徒は残っていない。頑張ってるのは校庭の野球部その
他ぐらいだろう。
 部室前の廊下に着いた俺達は何か周りに異変がないかを確認した。外から見る限り特に変わったところはない。朝比奈
さんもまだ異変は感じていないようだ。可愛らしい瞳をきょろきょろさせている。指示では部室へ戻れとのことだった。
よく分からないがとりあえず中にいればいいだろう。俺は部室の扉を開いた。
 瞬間、俺は強烈な違和感を覚えた。超感覚とか、第6感とかそういう類のものじゃない。もっと分かりやすい、一般的
高校生を自認する俺でもわかる直接的な感覚さ。そう、明るかったんだ。窓から日が射している。光の具合から見て午後
の日差しだろう。

「これは…驚きましたね。この部屋だけ、昼間じゃないですか…」

 古泉がらしくないまじめな顔で呟く。朝比奈さんは…後ろの方で尻餅をついていた。

「そんな…今ドアを開けた瞬間強力な時空震を感じました…この時間平面上に歪みが出来るほどの…」

 歪み…これはその影響ってことか…それでこれから俺達はどうすれば。

「部屋ひとつが丸ごと時間平面を飛び越えるなんて…。あの…長門さん、この時間平面の修正は可能ですか?わたしでは
ちょっと…できそうにないので…」

「…可能」

 からくり人形のように朝比奈さんへ顔を向けると長門は一言だけそう言った。
 だがちょっと待ってくれ、この部屋がどこかの時間に繋がっているというのなら、その時間にいる俺達はどうなったんだ。
この部屋に集まっているだろう俺達はさ。

「その点は心配ないんじゃないでしょうか、部室の時計を見てください。まだ、放課後に入って間もない時間です。この時間
では皆集まってはいませんよ。」

 古泉が楽しそうな表情で語った。いつもの爽やかスマイルじゃないな、そういえばこいつ時間旅行をしてみたいとか言って
たっけ。まるで、いつかの閉鎖空間のハルヒみたいな表情だ。ここは深刻になるところだろ。

「今回僕は部外者らしいので」

 ああ、そうかい。ところで長門、どうすればこれを元に戻せる?

「時間平面上に存在する歪曲位置座標上での情報修正を必要とする」

 なるほど……俺の頭では理解できないことは分かった。

「つまり、長門さんに部屋の中に入って呪文を唱えてもらいます。あの、長門さん…情報の修正にはどれくらいかかるんで
しょう?」

「約3分」

 そういうことか、3分間長門に部屋に入ってもらえばいいわけだ。思ったより簡単だな。

「但し、当該領域からの異時間同位体の排除が必須となる。その役目をあなたにやってほしい」

 へ、俺?古泉とかじゃ駄目なのか?

「僕は部外者ですから」

 おのれ、古泉。後で晩飯奢らせてやる。
 わかった、それで俺はどうすればいい?

「あ……、ちょっと待ってください」

 朝比奈さんは捕食者から逃げるウサギのように可愛らしく物陰に隠れた。なんだ?通信?

「あのー、キョンくん…何も聞かずにこれをかぶってくれますか?」

 そういって、トンチキ空間となった我らが部室にあったアマガエルのきぐるみを出してきた。…なんで?
 いやちょっと待て、カエル(頭)があるってことはここは1週間以上前のはずだ。だが、この状況には見覚えがある。そう、
俺がカエル男と見つめあったシチュエーションにぴったりじゃないか。ってことは、もうすぐ俺が部室にやってくる…。

 まずい、長門早く始めてくれ。だがあの時の俺は長門にも朝比奈さんにも古泉にも会ってはいない。どうするべきか。
決まっている、まずは長門を隠さなきゃならん。そして朝比奈さんと古泉には廊下に出ていてもらって、ドアを閉める。
そうして初めてあの時と同じ状況になる。…これも規定事項って奴ですか、朝比奈さん(大)。

 すまん長門、掃除用具いれの中で情報修正は出来るか?

「問題ない」

 そういって俺は長門を掃除用具入れの中へ丁重にご案内した。宇宙人製有機ヒューマノイドインターフェースとはいえ
女の子に対して何やってるんだ俺は。

 そして来た。ノックの音がした。あの時は無反応だったはずだ…ったよな?若干記憶力には不安があるものの、俺は『俺』
を迎え入れた。俺を見つめる『俺』。なんつーアホな顔してやがる。小一時間説教を始めたい気分になったが、あの時の俺
はそんなことされていない。俺は近づき、『俺』をそっと外に押し出した。ドアの閉め方も少し意識して静かに閉めた。こ
んな感じだったよな?
 長門、まだか?もうすぐ俺は我に帰って再度進入してくるはずだ。我ながら忌々しい行動をとったものだ。悲鳴でもあげ
て教室に帰れよ『俺』。そうして、どんな悲鳴が俺に似合うかな、などと考えているうちにいきなり辺りが暗くなった。
 同時に掃除用具入れから出てくる長門。

「情報修正完了」

 終わった…。冷や汗でっぱなしだったぜ。俺には時間平面理論とか言う小難しいことは分からないが、自分が経験したこ
とがなかったことになれば、碌なことにならないだろうということぐらいは想像できる。そう考えていると、ドアを勢いよ
く開けて朝比奈さんと古泉が入ってきた。

「成功したんですね…。よかったあ…」

「お疲れ様です」

 ほんと疲れたぜ。後で飯奢れよな、古泉。

「僕の知り合いのラーメン屋でよければ」

「まだ、終わっていない…」

 長門がそんなことを言い出した。なんだって?まだあるのか?このトンチキ空間が。

「ふあ、そうです、そうでした。あと5つ、時間平面の歪みを捉えました」

 朝比奈さんが思い出したように呟いた。そうか、そういうことか。阪中、鶴屋さん、谷口、国木田がカエル男を目撃してい
たんだった。そして、なぜ顔を隠す必要があったのかもやっと理解した。彼らは俺に会っているんだ、カエル男に会う直前に。
ずっと引っかかっていたのはそれだったんだ。阪中は廊下で、鶴屋さんは部室で、谷口と国木田は教室で俺に会っていた。その
直後にカエル男に遭遇した。直前に会った人物が自分より先回りしていたのではどう考えても不自然だ。
 そのためのこれか…。俺はカエル(頭)に目を落として心の中で呟いた。
 もっと他の方法はなかったんですか、朝比奈さん(大)……。

 さて、そうは言っても、彼らを放っておく訳にもいくまい。俺はちょっとした変身ヒーローになった感覚でカエル(頭)を
装備した。古泉の笑顔がむかつくのは気のせいということにしておく。
 1年5組教室、生徒会室、男子トイレ、保健室だったか。あれ?さっき朝比奈さんはあと5つと言っていたよな?最後のひとつ
は何だ。誰にも気付かれなかったのか。……うん、まあそんなところだろ。

 一回目の作業で要領を掴んだ俺は滞りなく作業を進めていった。長門を隠して、部屋の中で待ち受ける。入ってきたら部屋
から追い出す。阪中は戻ってきたりしなかったから楽チンだ。具合の悪い国木田と膀胱爆発寸前の谷口には悪かったと思う。
 ヤバかったのは鶴屋さんだ。いきなり爆笑、苦労して生徒会室から出してドアを閉めると、思いっきりドアを開けようとして
きた。この時ばかりは肝を冷やした。元気爆発鶴屋さんと一般高校生俺の力比べはあと数秒続いていたら俺が負けていただろう。
さすがというかなんというか…。

 そして最後の部屋は体育倉庫だった。目撃情報なし、これなら余裕だろなんて考えていた俺に、俺はAHO of the Yearを捧げた
い。そう、時間は過去だけじゃない。未来だって存在するのだ。このときの俺はそれをすっかり失念していた。


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